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No.33595の一覧
[0] 僕が伝説になる必要はない(ドラクエ3っぽい世界観)[かんたろー](2012/08/23 03:27)
[1] 僕が伝説になる必要はない 第二話[かんたろー](2012/07/10 02:06)
[2] 僕が伝説になる必要はない 第三話[かんたろー](2012/08/23 03:28)
[3] 僕が伝説になる必要はない 第四話[かんたろー](2012/12/26 02:32)
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[33595] 僕が伝説になる必要はない 第二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:a89cf8f0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/10 02:06
 真昼を少し過ぎた、日差しの強い草原地帯で、二人の男女が向かい合っていた。一人は憤怒の炎に猛り狂い、一人は目尻を垂らし今にも泣き出しそうである。
 アスターと、アスターの仲間うんこを殺した女だ。アスターの持つ杖は怒りで震え、女の剣はぶるぶると狂的なまでに揺れている。

(……目標を定めさせない為の揺れか、落ち付くんだ僕。やはり奴は相当の使い手に違いない、いくら僕と戦って疲弊しきっていたとはいえ、あのうんこを殺した女……怒りで目が曇ったまま勝てる相手じゃない!)
「おとうさあん……おがあざあん……」

 冷静に、あくまで沈着にと念じ続けるアスターとは対称的に女は泣き事らしき言葉を呟いている。それは恐らく、相手を油断させようとする策だ、とアスターは見抜いた。その卑怯極まりない行動に舌打ちした後、一度メラの炎を消した後、アスターは己の額に杖を叩きつけた。明日にはこぶになっているだろう勢いだった。杖が当たると同時に女は「ひぃっ!」と威嚇した。

(よし、痛みで頭は戻ったか? ……これから先は一瞬の油断も出来ない。奴の物腰や構えから、歴戦の戦士であるのは間違いない、いや、奴の領域は剣豪とすら言える……)

 剣を扱う人間などレーベには一人もいなかったので、アスターは心の中で恐らくだが、と後に続けた。確証は無かったが、それは最早確信の領域だった。推論、仮定を超えた時、想像は真実となる。
 再度メラを唱えて火を向けると、女は尻餅をついて剣を手放した。気が狂ったように「いやああぁぁぁ!!!」と叫びながら己の頭を両手で隠す。客観的には、女の降伏宣言とも取れる行動。しかしアスターは決して油断しなかった。古来より、このような罠にかかり命を落とした人間は星の数を超える。その事実をアスターは知っていた。幼馴染のシスターの家に置いてあった幻想忌憚を綴る本では飽きるほど見た展開である。

(隙だらけだ……だが、それ故に恐ろしい……恐れているのか、僕は、こいつに?)

 今なら渾身のメラを放るだけで女を消しカスに出来るだろう、だがそれが誘いに直結しているのではないか? 疑心暗鬼に陥り始めるアスター、考え無しに突っ込むような思慮の浅い者よりは幾倍良いだろうが、彼はそれを臆病だと自身をなじる。
 恐怖……それはアスターにとって縁遠いもので、されど酷く近しい存在だった。
 彼は、他の存在を恐れた事は無い。どのような境地に立たされても、彼には敵を燃やしつくす力があったのだから。
 しかし彼はいつも怯えていた。自分自身にだ。いつの日か暴走した自分の力が村を、いや国を焼き尽くすのではないか、と。

(もしかしたら、僕は今日こいつに殺されるかもしれない……けれど、それでも僕はこいつを許せない……ッ!!)

 大切だったのだ。彼にとってうんこは。
 出会ってから僅かの間しか時間を共有していない。ついさっき出会いついさっき永遠の別れを経たばかりの浅い時間。さりとて、浅い関係では決して無かった。
 戦い合い、死線を潜り抜け得た勝利。そしてお互いの力を認め得た仲間。名前をつけてやった時の喜びよう。それら全て眼を閉じれば思い出せる。

「だから旅なんて嫌だったのよ!! 私お父さんみたいに強くないもん!! 私は踊り子になりたかったんだもん!! やだよお、変態に殺されたくないよお!!」

 女の声など耳に入る事無く、アスターは生きながらにして走馬灯を浮かべていた。死を覚悟しての事だろう。友の仇を討つためとはいえ、まだ年若いアスターが背負うべきでは無い覚悟を、彼は担っていた。それは、間違いなく勇者たる者の宿命。
 そして、アスターは声高らかに宣言した。

「女、貴様の本気を見せてみろ! どのような力でも、僕のメラが全て焼き尽くしてやる!! くらえええええぇぇぇ!!!」
「やだああああああぁぁぁぁ!!!!」

 杖を振りかぶり、今まさに炎をぶつけようとした瞬間、アスターは自分の鼻に衝撃が走ったのを感じ無意識に体を後ろに跳ぶ。鬼の形相となるアスターと違い、女は呆けた顔をしていた。左手には掌より少し小さいくらいの石を持っている。

「あ、当たったの……? ごめ、ごめんなさい! まさか当たるとは思わなくて……こ、殺さないでっ!!」

(──神速ッッ!?)

 アスターは目の前が真っ暗になるのを感じた。驚くべき事に、アスターの最速の詠唱、さらにその上を行く攻撃を女は繰り出したのだ。
 それはもう、女もまた常人では無く超人、いや魔人と同意であることを意味している。
 そこまで考えた時には、アスターは冷汗が止まらなくなる。

(駄目だ、この距離は不味い!!)

 急ぎ敵の攻撃範囲だろう位置から遠ざかる為、後ろを振り向き一心不乱に走る。背中を狙われるかと戦々恐々であったがその心配は杞憂となり、十分な距離を稼いで後ろを振り返った時には、まだ女は座り込んだままだった。知らず、安堵の息が漏れる。

「聞こえるか女!! もうお前の攻撃は僕には届かない! 仮に貴様の足が攻撃速度と同じように神速たるものだとしても、この距離を稼ぐ事はできないだろう! 僕の勝ちだ!!」
「え? ええ?」
「今度こそ、お前をうんこの所へ送ってやるぞ!」

 一撃で仕留めてやると、アスターは魔力を念入りに練った。大気は燃え上がり、灼熱の塊が杖の先に宿る。この熱量ならば小動物は愚か、猪でも当たり所が悪ければ死んでしまうだろう。恐るべき、魔力量だった。彼の力が飛躍的に上昇しているのは、怒りによる部分と、それに劣らぬ焦りと恐怖があるからだろう。
 幸い、敵はアスターがすぐに動けるとは思っていなかったのか未だ座ったままである。これならば、メラが外れるという事もないだろう。知らず口端が吊り上がった。






──貴方は自分の強すぎる力に悩んでいる。なら……その悩みを自慢に、誇れるものに変えて欲しいとお父さんは願ったわ──

 魔法を放つ寸前、ぎっ、と全身が錆びついたように動かなくなる。
 周りには何もないただの草原、であるのに母が隣にいたように感じたのだ。その声は優しく、自分の息子を信頼し心底案じている声だった。

──貴方が自分の力に恐れる事無く立ち向かえるようになってほしいわ──

 誇れるのか? アスターは自分の心に在る何かがそう呟いているのを聞いた。
 誇れるか? このままこの女を焼き殺して自分の力を恐れず向き合えるだろうか?
 確かに、女の力は凄まじい。彼女なら、例え無傷のうんこにも勝てたかもしれない。性格もまた、悪鬼の如く凄惨で劣悪で、下衆の極みである。だが、今の彼女の姿はどうだ? 震えているのは演技ではないとしたら? ただ自分の強すぎる力に怯えているだけだとしたらどうだ? 今の自分はただ弱い者をいたぶるだけの屑じゃないか。それではこの女と何も変わらない。
 徐々に怒りが霧散していくと、正しく霧が晴れたように視界が変わる。悪に浸かりきった魔女に見えた女は、まだ幼い少女だった。そうは言っても、アスターとそう変わらないように見えるが、年下であるのは確かだろう。

(僕は、怒りに駆られて年下の女の子を殺そうとしていたのか?)

 なるほどな、と彼は納得した。やはり自分は化け物なのだと。力だけでなくその心まで。杖を握る力が強まっていく。
 友を殺された痛みで我を失っていた自分を恥じ、憤り、だらりと腕を垂らした。残ったのはただの無力感だった。

「…………行ってくれ」
「え……な、何ですか……?」涙溢れる目を擦りながら、少女は問い返した。アスターは苛立って杖で地面を叩き叫ぶ。
「もう行ってくれ!! これ以上僕を苦しめるな!!!」
「はっ、はいい!!!」

 言うと、少女は慌てて立ち上がり、何度か躓きそうになりながらも走り去っていく。この場にいるのは沈痛な顔のアスターと、かつての友の亡骸だけだった。
 その場に座り込み、両腕を交差してそこに顔を埋めるアスター。押し殺した嗚咽が、暫くの間流れたのだった。






「最初に燃やしつくした相手が、お前だなんてね……」

 メラメラと燃える友の死体を見ながら、黄昏るようにアスターは言う。死体は灰になり風に舞って何処か遠くに飛んで行った。
 初めて生き物に魔法を使った。その相手と友になり、その友を火葬する。痛みを伴う、悲しすぎる結末。
 だが、とアスターは腹に力を込める。これが旅なのだ。これが魔王を討伐する為に必要な別れと試練なのだと。右手を後ろに払い、その際涙の飛沫が舞う。

「止まるな僕。止まればうんこの死が無駄になる。それは村の皆を……いや、うんこをも裏切る事になるんだから」

 空を見上げた時、ゆらゆらと形を変える雲が、自分の友と同じ形となり、なんとはなしに笑顔を作った。さりとて、アスターの目から涙が止まる事は無い。






 友の埋葬を終えた後、最初の目的通りに町へと向かったアスターは、今門を潜り抜け念願の町に辿り着く事が出来た。門番に「何処から来たのだ」と問われた時「レーベからです」と答えた折、「……嘘を言っているようには見えんが、レーベ? 聞いた事無いなあ」と首を傾げられた上に怪しまれ、隣国のスパイではないかと疑惑をかけられた後、はや牢獄行きかと思われたが、通りすがりの老人が「ほれ、着色料の生産地として有名なあの田舎だ」と助言をしてもらった事で解放された。何故町に入るだけでこのような面倒になるのだとアスターは憤慨したが、昔聞いた話で「町という所に住む人間はどいつもこいつも性格が悪い下衆の集団だ」と幼馴染に聞かされていた事もあり許してやることにした。

「すまんな、そういえば時々レーベという村から臭いのきつい草束が届けられることがあったよ。あれって着色料なんだな」兜を被った、短髪の少し真面目そうな門番の一人が言う。後半の疑問はもう一人の、兜をつけず少しだらしなさそうな風体の門番に向けられたもので、問われた方は「七年に一回とかのペースだろ? そんなの、覚えていられる訳ないじゃないか」と笑っていた。それが、己の非を正当化しようとしている行為にしか見えず、アスターは拳を握る。
「今回はもう許しますが、誰かれ構わず疑うのは許せません。それも、この僕に」
「なんだよあんた。何か、有名な方なのかい?」訝しむように訊く門番。それも当然か、見た目まだ年若いアスターが大人物とはとても思えない。その反応を鼻で笑い、アスターは宣言した。
「当然だ、僕はゆう……」

 アスターは、自分は勇者だと伝えようとして、口を止める。無用な混乱を避けるためである。一度勇者と口にしてしまえば、目の前の無礼な門番は畏まり非礼を詫びるだろう。だがその後尊敬の念を込めて様々な話を聞かせてくれと懇願するに違いない。旅の初日で疲れているのに、決して良い感情を持てないこいつらと話をするのはかなり嫌だった。
 それもまた勇者の仕事だと言われればそれまでだが、理由はそれだけではない。今彼らに話を聞かせるとすれば、その内容の大部分が死んでしまった友の話となる。未だ傷の癒えていない彼からすれば、それは少々耐えがたいものだった。

(けれど、旅人ですと伝えてそのままでいるのは会話の文脈がおかしくなる。何より、この礼儀のなっていない門番を調子づかせるかもしれない、かといって勇者たるもの嘘を言う訳にはいかない)

 悩んだ結果、アスターは真実でありながら相手を威嚇させる最適の言葉を思い浮かべた。

「僕は、賢者となる者だ」
「はあ……? はっ、そりゃ面白い冗談だな坊主」だらしなさそうな門番が笑って、嘘はよくないぞ、と窘めてくる。知らず、アスターは奥歯を噛みしめた。
「……僕は、人を傷つける事は良しとしない。けれど、無礼を重ねられて笑っていられるほど堕ちてもいないぞ」
「へえ、そりゃあこわ……い、な……」

 門番のおどけた態度が、消えた。
 特別、アスターが攻撃的な行動に出たのではない。彼はただじっと門番を見据えていただけだ。
 まだ二十にもとどかないだろう若者に、魔物との戦闘を想定し、鍛錬に鍛錬を重ね無法者ならば二、三人同時に相手取る門番がその若者の眼光に恐れをなしていた。
 勘が良い訳でも、戦気を感じ取れるでもない門番だが、アスターの目は雄弁に語っていた。いつでも貴様を倒せるぞ、と。
 それを悟った途端生まれたのは怒り。たかが田舎者の若造が、由緒ある自分に喧嘩を売っているのか、と。いいだろう、ならば今直ぐに殴り倒してやろう、なんなら、剣を抜いて怖がらせるのも良い。庶民が兵士に逆らって良い道理が無い……そこまでは言わないが、無礼な態度を取ってはならない。多少暴力的な思考ではあるも、あながち間違った倫理観とは言えないだろう。
 つまりは、今ここでこの門番がアスターに殴りかかろうとも、罵声を浴びせ、怒鳴りつけようとも大した問題は無いのだ。精々、上司役の兵士長に小言を言われる程度。見た目に反してプライドの高い彼にとっては田舎者に舐められる方がよっぽど問題だった。しかし──

「いや……その、悪かった、よ」門番の言葉に驚いたのは、もう一人の真面目風の門番だった。自分の相方である彼が素直に謝罪を送るとは、信じられなかったのだ。
「分かればいいよ。僕も、気が立っていたから強い言葉を使ってしまった。許してほしい……いや、許して下さい」
「いや! こっちに非があるのは確かだ。勝手に疑って謝りませず……とにかく、中に入ってくれ。アリアハンにようこそ、旅人さん」アスターが頭を下げれば、慌てて自分が悪いと告げる。気不味い気持ちもあったのだろう、先を促して町に迎えた。
 アスターが詰所から出て町──アリアハンに入ったのを見送ると、真面目風の門番が口を開いた。

「おいおい、お前が謝るなんて一体どうしたんだ? 良い事だが、あんな子供相手に頭を下げるお前じゃないだろう」
「馬鹿言うな、俺だってそういう時くらいあるさ」
「嘘つけ」相手の言葉を一蹴する。あしらうように、とも言うだろうか。
「本当だって……ただな、」一拍置いて、だらしない門番は詰所に置きっぱなしだった兜を被りながら続ける。「どうも、あいつの言葉に嘘が見えなくてよ」そう伝えると、まさか! と相手の門番は驚く。
「それじゃあ何か? あんな若い男が賢者だって、そう信じるのか?」丸っきり疑いの視線を浴びて、男は膨れた。
「賢者じゃねえよ、賢者になる男だって言ってたろ? ……初めてだよ、あんなにまっすぐで強い目を見たのは。ああいや、二回目か。オルテガ様そっくりだ、あいつの目は」
「ふうん……俺にはよく分からん」
「だろうな。これは、戦に出た奴にしか分からんもんさ」

 それっきり会話が途切れ、怠け者と陰口を叩かれている男が今日この日はいやに真面目に仕事に取り掛かっていたので、真面目な方の門番は、しばらくあの旅人の男がこの町に滞在しないかなあとぼんやり思った。












 僕が伝説になる必要はない
 第二話 新たなる出会い、邂逅












 町の様子は盛況の一言だった。騒がしいとも言える。
 今まで農村であるレーベを出た事が無いアスターにはそれが新鮮に映った。人々はごった返すように道に溢れ、世界中の人間がここに集まっているのではないかと真剣に考えたほどだ。

「あら、旅人さん? アリアハンへようこそ!!」

 路上で林檎を売っている町娘が急に声をかけてきたので、アスターは戸惑ってしまい返事をするのを忘れてしまった。相手の娘は気にする事無く新たな客を見つけようと違う人間に声をかけていた。
 決して狭い道では無く、大通りと言えよう面積があるにも関わらず道の両端に店が並んでいるせいか、少し歩けば人にぶつかるほど。立ち止まれば後ろからせっつかれるように背中を押される。長閑なレーベでは考えられない事だった。耳を防ぎたくなるほどの喧噪だが、耳を塞いでもこれは大差無いな、とアスターは人ごみの中溜息を吐く。

(けれど、悪い心地ではないな。皆笑っているんだから)

 町の人間は皆性格が悪いと思ったが、どうやら一概にそうとは言えないらしい、と認識を改める。
 改めはしたが、それでも背中を押され今にも転んでしまいそうなこの状態は芳しいものではない。アスターは体を斜めにしてすり抜けるように大通りを抜ける。その先には薄暗い、日の当たらない細い道があり、奥にある井戸で二人の中年女性が楽しそうに会話をしているのが見えた。
 そこに近づき、アスターは二人に声をかける。

「すいません。魔王バラモスの場所を知りませんか?」アスターは常に実直で直球な問いを心掛けている。断っておくが決してわざとではない。
「あははは……え? あんた、私らに言ったのかい?」どうやら、二人の女性は話に夢中でアスターの言葉に気付かなかったらしい。ええ、と頷いた後再度アスターは問う。
「魔王バラモスがいる所を知らないですか?」

 その、まるで友達の家を聞くような態度に二人の女性は目をきょとんとさせる。お互い見つめ合い、たっぷり二十秒はかけてからああ! と手を叩いた。その後、首から金の首飾りを付けた趣味の悪い女性が口を開く。

「あんた、アリアハンの人間じゃないね? ここいらでは見かけない顔だし、そうだろ?」

 嘘をつくような事でもないだろうと、アスターは素直に頷き肯定を示した。

「そうかいそうかい、やっぱりあれだね、勇者様の仲間になろうって故郷を出てきた口か。偉いねえ、見たところまだ若いだろうに……まあ、徒労に終わりそうだけどさ」最後の言葉はぽつり、と呟くように言う。呟いた言葉は聞こえなかったが、若いという部分に、悪意がある訳では無くとも、アスターはむっと顔を顰めた。
「これでも僕は十七です。もう成人の儀は終えています」
「あらやだ! そういや、中々精悍な顔じゃないか。嫌だねえ、年を取ると皆幼く見えちまう」おほほほ、と笑う女性に、私はまだそんな年じゃないよ! と不満を漏らす恰幅の良い女。未だ笑うもう一人の女性を押しのけて、その女は続きを語る。
「とにかく、魔王討伐の旅に出るつもりなんだろう? ああいや、もう出てるのか」
「はい。故に僕は魔王バラモスの居場所を……」
「それならほら、そこの大通りを進んで突き当りを右に。その後左を見ながら歩けば酒場があるはずさ。見た目は入りにくいが、そこの店主ルイーダは中々気の良い奴でね、あんたの助けになってくれるはずだよ」

 どうにも、こちらとの意思疎通がずれているようだが、これ以上彼女らと話していても実のある話は聞けそうにないな、とアスターは頭を下げた後また元の大通りに出る。その際、また呼吸を我慢しなくてはならないのかと憂鬱になった。

「……あ」

 彼女らと離れ、前後を腹の出た中年の酒臭い男性に挟まれて本当に呼吸を止めなければならないのかと覚悟を決めた時、アスターはふと思い出した。

「勇者様の仲間って……もう僕が旅に出た事が噂になっているのか。それなら、僕の顔を知っておいて然りだろうに、妙な町だなあ」

 もしかしたら、自分以外に勇者と呼ばれている人間がいるのかもしれない、などという考えは微塵も浮かばず、アスターはルイーダとかいう人物が経営している酒場へと向かった。






 酒場はすぐに分かった。教えられた道順を進めばそれは明らかだった。外観は汚れ、ドアは半分外れている。看板らしい、店の上に建てつけられたそれは黒く汚れていて何が書かれているのか判別できなかったが、店の外からでも明確に聞こえるほど人の話し声が響いていた。
 酒場というものを利用した事も無ければ入った事もないアスターだが、なんとなく騒がしいとういうイメージはあったので確信を持って店に入る。
 店の中にはまだ昼を過ぎたばかりというのに酒を飲みどんちゃん騒ぎをしている連中ばかりだった。見た目、誰もが荒くれ者らしい服装で言葉遣いも荒々しく下品な会話が飛び交っている。中には服を掴み合って喧嘩をしている者に、それを酒の肴にしている者、煽る者、どちらが勝つか賭けをしている者と、生来生真面目なアスターからすれば顔を顰めたくなる光景だった。
 なるべく、彼らと関わらないよう顔を下に向けながらまっすぐ店のカウンターに近づいて行く。その先には、金色の髪を巻いた、胸元が大きく空いている紫のドレスを纏った女性が立っていた。年齢は二十を超えて久しい、されど老けた印象の無い、同時に若々しさもまた消えうせた微妙な年頃に見えた。金箔の貼られた細長い棒を銜えていて、鼻や口から紫煙を吐き出している。良く言えば妖艶な、悪く言えば退廃的な女性。なんとも店の雰囲気にマッチした女性である。

「あの、貴方がルイーダさんですか?」多少肩肘に力が入りつつ、アスターは思い切って声を掛けた。
「んん? なんだいあんた、見ない顔だけど、もしかして旅人さん?」女性──ルイーダの言葉にアスターは頷いて、椅子に座った。
「僕は魔王バラモスを倒すために旅をしています」まだ旅立って半日も経っていませんが、とは言わなかった。
「こりゃまた……随分はっきり言うねえ。どうやら、話題を集めようなんて馬鹿な輩にも見えないし、嘘を言ってる訳でも無さそうだねえ」
「分かるんですか?」
「商売柄、嘘を見抜くのは得意なのさ」ルイーダは銜えている棒を取り、テーブルの角に当てた。すると、先端の丸い部分から何かの燃えカスのようなものがぽろ、とこぼれる。その後濡れた布で抑えると、燃えカスから出ていた煙が消えた。
「バラモスを倒すためって事は、勇者と共に旅をしようってのかい? それとも自分一人で?」さっきもそんな事を言われたな、と思いながら「勇者は僕だ!」と言いかけてやめる。無用な騒ぎは起こさないとさっき決めたばかりじゃないか、と己を戒めてとりあえず首を縦に振った。この時点で初めてアスターはここにも勇者と呼ばれている人物がいるのだな、と勘付いた。どうせ偽物だろうと決めつけてはいたが。
「まあ、そんなところです。でもその前に魔王バラモスの居場所を聞きたくてここに来ました。知っているなら教えてはくれませんか?」
「そう言われてもねえ」ルイーダは顔の横に開いた手を上げてさっぱりだ、というジェスチャーをする。「ネクロゴンド山脈を越えた先、その付近ってのは分かってても、正確な場所なんて誰も知らないのさ……って、これは常識だよ? こんな事も知らないなんて、あんた何処の出身なのさ?」

 言われて正直に答えようとしたが、また町に入る時の様な展開になるのはたまらない。そこは明言せず、アスターは先を促した。

「そもそも、ネクロゴンド山脈を越える方法も分かっちゃいない。昔、過去の勇者オルテガが越えたって噂だけど、誰もその方法を知らないのさ。あの人は仲間も連れず旅に出たからね……ああ、そういや途中で何処かの国の、何て言ったかな……そうそうサマンオサだ。そこの英雄が仲間になる予定だったらしいんだけど、土壇場になって裏切られたとか。ととっ、脱線したね」ははは、と照れ隠しのように頭を掻いて笑うルイーダに、見た眼はともかく確かに気のいい人のようだ、とアスターは力を抜いた。
「それじゃ、大事な話だけをしようか。あんたが魔王を倒したいってのが本当なら……いや、嘘をついてないのは分かるんだけどね。ともあれ、魔王を倒すならまず世界を回る事だね。ここアリアハンじゃ私以上に情報を持ってる奴はいないが、他国ならもっと色んな情報があるはずさ。そこで魔王の情報を集め、ネクロゴンド山脈を越える手段を見つける。これがまず一つ目」
「一つ目?」それで全てじゃないのか、と言いたげなアスターを制しルイーダは続ける。
「もう一つは仲間を募る事さ。あんたが勇者と旅に出るにしろ、そうでないにしろ、一人二人で魔王を倒すなんて夢物語ってもんだよ? 最低でも前衛後衛が二人ずつはいないと旅に出るだけでも厳しいね。見たところあんたは魔法使いらしいし、知ってるかもしれないが勇者は剣士だ。もし勇者と旅に出るなら、あと一人ずつ前衛後衛を集めな」
「集めなって……あの中からですか?」

 後ろを見ると、強さの質はともかく性格的に質の高い人間がいるとは思えない。共に旅をすれば路銀をすられそうな人間ばかりだ。ましてや魔王を倒すという崇高な目的を共に達そうとしてくれるとは思い難かった。
 ルイーダも自分の店のお得意を悪く言いたくないだろうが、乾いた笑いを漏らすばかりで「ああ見えて頼りになる連中だよ」というような、フォローの言葉は言わなかった。その反応を見てアスターはがっかりするでもなくやっぱりか、と呆れていた。

「強さは問題無いんだよ、あいつらもそれなりに息の長い冒険者達だからね。ただまあ、使命とか世界の為にとかってのは苦手だろうさ。それにあんたの実力は知らないけど、あんたみたいな若者と一緒に旅をしようなんて事は……まあ、引き受けないだろうねえ」
「なるほど。そういえば、勇者とやらはどうなんですか?」正直どうでもよかったが、幾度か会話の中に出てきたので聞いてみる事にする。そこには好奇心以上のものは無かったが。
 するとルイーダは自分から口にしていたにも関わらず訊かれたか、と苦い顔をしていた。

「悪い子じゃないんだよ。昔は店の手伝いにも来てくれたし、親孝行もする優しい子だった。けど……どうにも、戦いには向かないみたいでねえ、今日が勇者の旅立ちの日ってのは知ってるかい?」アスターは首を振った。
「今日がその勇者の十五歳の誕生日だったのさ。前勇者オルテガの悲報が大陸に響いた直後決まった決まりでね、オルテガの娘アルルが十五歳になった日には王様に会って準備金を貰った後魔王討伐の旅に出るって事になってたんだ」
「オルテガ?」
「あんた、まさかオルテガを知らないなんて事は……」流石にこれは笑って流せないぞ、とルイーダはジト目になった。
「別に知らなくても良いです。昔魔王に挑んだ英雄ってことでしょう?」
「まあそうなんだけどさ……今やここアリアハンでは勉学の一つのジャンルとして確立されてるくらいの偉人なんだけどねえ」まあいいか、と据え置いて続きを話し始める。「ともかく、アルルは早朝旅に出た。仲間も入れず一人でね」
「へえ、中々勇気のある人のようですね。それも女性なんでしょう?」話を聞いて急に興味が湧いてきたアスター。女性だから、という低俗な理由では無く単身魔王に挑むという精神が自分に類似していて何処か親近感を抱いたのだ。
「良いように取ればそうだろうけどね。実際は他人と接するのが苦手ってだけさ。私はオルテガを通じて昔から仲良くしてたから大丈夫だけど、初めて会った人間にはそりゃあ無礼な態度を取ったもんさ。内心おどおどしてるくせに、強がってそれを隠そうとしてるただのガキだよ、ありゃあ」
「昔から仲良くしてる割には、辛辣ですね」
「事実は事実。あの子が優しいのも、臆病なのもね」続けるよ、とルイーダが言うとアスターはどうぞ、と掌を上に向けた。
「まあ、もう話はほとんど終わりだけどね。一人で旅に出て、数時間と経たない内に泣きながら帰国さ。なんでも魔物でもない人間の変態に襲われたとさ。魔物相手に逃げ出すのも勇者としてどうかとは思うけど……ってこれは酷だね。でも変態に襲われて泣いて逃げるのは問題だろ? 少なくとも魔王を倒す勇者としてはさ」
「変態……許せないな、同じ人間同士で、それも女の子を泣かせるなんて」
「そう取るかい。案外本当にあんたならアルルと旅が出来るかもしれないね」
「本当にって、実際は僕と勇者が一緒に旅に出るなんてありえないと思ってたんですか?」
「あんたが、というよりはあの子がって意味かな。他人を怖がるあの子が違う村の、それも男となんてありえないさね」
「はあ……まあ、そうですか」仲間については期待はしていなかったと、首を振る。「そういえば、名前言ってませんでしたね。僕の名前はアスター、レーベから来ました」

 あんたあんたと言われて思いついたらしい、アスターは自分の名前を告げて手を差し出した。
 伸ばされた手を握り、ルイーダも自己紹介をする。

「私はルイーダ。見ての通りこの酒場の店主さ。ここに来たって事は知ってるだろうけどね……レーベ、アリアハンの北にある村だったかね」
「適当に歩いてきたので、北かどうかは分かりませんが恐らくそこだと思います」
「適当……やっぱりあんた、仲間を見つけた方が良いよ。旅に慣れていないなら、実力云々以前に野垂れ死んじまうよ」
「そうですか。実はここに来るまでに結構迷いました」

 アスターの言葉に、ルイーダは声を上げて笑い、アスターは笑われている理由が分からず首を傾げた。






 それから暫く話し込んでいたようで、アスターが酒場を出た時には太陽が沈み始めていた。橙の日差しが妙に切ないのは村でも此処でも同じだな、と感じる。人通りは幾分まばらになっていた。

「仲間、か」

 思い浮かべるのは、やはりこの旅最初の仲間であったうんこの事である。今でも彼? の死を思い出すと胸が痛む。アスターは無意識に自分の胸を押さえていた。
 だが、次第に過去に縛られている自分を恥じて顔を振る。勇者たる者、後ろを見ていてはいけないと強く歩き出した。一歩目の勢いが強すぎて、足の裏が痛んだ。少し、涙が浮かんだ。

「ごめんなさぁい!!!」
「?」

 突然聞こえた女の子らしき謝罪の声に、アスターは不思議そうに辺りを見回した。すると、同じ様に酒場から出てきた男がちっ、と路上に唾を吐いた。

「散々期待させといてあの様かよ。昔からなよなよした奴とは思ってたけどよ、あんな子供が産まれたとあっちゃオルテガも浮かばれねえな」

 独り言だったのだろう、男はそのまま怒りを露わにしたまま路地の奥に消えていった。
 なんとはなしにその後ろ姿を見送っていると、また女の子の泣き声が聞こえる。さっきの男の話だと前勇者の娘であり今の勇者らしい。

「これは良い機会なのかもしれないな」

 アスターは天啓を得たり、と声のする方へ歩き出していた。彼の考えは一つ。「勇者は僕だぞ」と釘を差す事である。その行動力と即断力、正に勇者であった。






「────なんだっ、て……?」

 夕日帯びる道の下、アスターの杖がからからと地面に落ちた。同じくがしゃりとお鍋のふたが転がっていくがそれを気にしている場合では無い。
 女の子が泣いている。それは分かっていた、女の子である事もルイーダの証言から知っていた。まさか自分の家だろう扉に縋りつき家に入れてもらおうとしている、まるで子供が悪戯をした事で怒られているような構図とは思っていなかったがそれはどうでも良いのだ。
 そう、今アスターの視界に映る、泣きわめいている少女は……

「うんこの、仇……!!」

 草原にて見逃した憎むべき仇敵ががそこにいた。べそを掻き、必死に家人に許しを得ようとしている。道行く人は誰もが顔を顰めて本人に聞こえるような声音で陰口を叩いていた。
 それが、アスターには許せなかった。まだ幼い女の子に陰口を叩いていた人間をではない、これだけ謝っても許す気配の無い家人をではない、眼の前で泣いている女の子を、だ。
 あれほどの闘いを自分と交わしながら、目を見張る攻撃を見せながら、哀れに許しを乞う姿に怒りを覚えた。これでは、あまりに浮かばれないではないか。うんこを殺した鬼人が何故そのような姿を晒している。
 最早耐えきれぬとアスターは早足に少女に近づき後ろ首を取ってドアから遠ざけさせた。首を絞めたか、ぐえっ、と悲鳴を上げたがアスターは意に介さない。

「なっ、えっ、あ、貴方は……ッ!?」
「お前、どういうつもりだ!!!」
「ひっ! おっ、追って来たの!? この変態!」
「変態? 何処にもいないじゃないか」アスターは後ろを振り向き恥部を露出しているか女性に乱暴をしているかしている人物を探したが何処にもそのような人物はいなかった。それが誤魔化そうとしている行動だと考え、アスターの怒りはなお高まる。
「だ、だから貴方が……」
「ふざけるなよお前!! お前がそんなんだったら、あいつはどうするんだ!? あいつは強かったのに、あいつは凄かったのに! お前がそんな無様なままじゃあ浮かばれないじゃないか!!」アスターがそう言うと、少女は怯えた眼を一変させて今度はアスターの胸倉を掴んだ。
「なによ……なによ!! 私のせいじゃないわ! 私がオルテガの娘だからって勝手に期待した皆が悪いんじゃない! 私はそんなの頼んだ覚えは無いし、望んだ事も一回も無いわ! それなのに……なんであんたみたいな変態にそんなこと言われないといけないの!? お父さんが浮かばれるとか浮かばれないとかあんたに言われる筋合いは無いわよ!!」逆鱗に触れたというように、少女は態度を変えて激昂した。ちなみに説明は不要かもしれないが、アスターの言うあいつと少女の考えている人物は違う。
「変態!? ……やっぱりいないじゃないか!! 誤魔化すのもいい加減にしろぉぉ!!!」
「あんたが変態だっつってんのよおぉ!!!」

 堪忍袋の緒が切れるとはこの事か、とアスターは目を見開いた。よもや、自分の友を汚す行為を働きながら人を変態呼ばわりするとは度し難い。思わず喉元に手が伸びたが、触れる前に押しとどめた。先程まで少女が泣こうが喚こうが岩戸の如く開かなかった扉が音を立てて開いたからだ。中からひょこっと女性が顔を覗かせた。

「お母さん!」顔を輝かせたのは少女である。さっきのまでの剣幕はどこへやら、りんりんと輝く目がそこにはあった。
「アルル……その方はもしかしてお仲間さん?」睨むような目つきでアスターを見遣る母らしき女性。娘が泣いている事に関心はないようだった。
「止めて下さい奥さん。彼女は僕の仇です」
「仇……? ちょっとアルル、どういう事か説明なさい」
「そんなんじゃないわ! ちょっと聞いてよお母さん……痛い痛い! 耳を引っ張らないで!!」
「お客さん、申し訳ないのだけれど、少しお時間を頂けないかしら? 中でお話を聞かせて下さい」
「いや、僕は旅を続けなければ……少しなら、はい。うん」

 笑いながらも殺気染みた何かを放出する女性に、アスターは怯えた訳ではないがぶんぶんと頭を縦に振った。おじゃまします、の声が随分と小さかった。
 家の中は、娘がいるにしては殺風景なものだった。入口に置かれた花瓶以外女性らしい置物は無く、装飾品の類は一切無い。部屋に通されたものの、あるのは机と椅子ぐらいだった。
 椅子には、先に老人の男が座っていた。老いてもその眼光は鋭く、若い時分には相当の剣士だったのではと推測される。
 並みの人間ならば竦んでしまいそうな視線を受けてもアスターに変化は起きなかった。家主だろう老人の許可を得る事もなく椅子に座る。その行動に老人の眉がぴくりと動いた。

「ワシの眼圧を受けて怯まぬとは、アルルめ、力は無くとも見る目はあったらしい」
「御老人、申し訳ありませんが其処の団子を取ってくれませんか。少々小腹が空いたのです」
「……礼儀に関しては、まあ良かろう。強い旅人とはえてしてそういうものだ」容貌に反して、優しい人物なのかもしれない。無礼と取られかねないアスターの実直な行動に怒りを示さず、言われたとおり机の上に置いてある団子をアスターの前に移動させた。
「かたじけない、魔物との戦いで疲れていまして、食事を取る暇も無かったのです」両手を合わせ礼をしてから団子を口に運ぶアスター。無礼なのか礼節弁えているのか分からなくなった老人はまた顔の皺を濃くした。

 そうしてすぐに、母である女性と娘──アルルが席に着く。それまでずっと耳を引っ張られていたアルルは耳を押さえつつ、団子を頬張るアスターを恨めしそうに見遣った。母の目を気にしつつそっと団子に手を伸ばすと、その手をアスターに叩かれた。

「なんて意地汚いんだ。人の食べ物を横取ろうとするなんて」
「その団子は元々私のよ!! あなたが勝手に盗ったの! 返してよ!」
「やめいアルル!! ワシが許可したのだ、臆病者に食わせる団子などこの家には無いわ!!」急突に変わる老人の態度に、アルルは痙攣したかのように震えて膝に手を置き俯いた。その様子が哀れだったので、アスターは心優しくも腰につけてあった団子の入った袋を彼女の前に置いた。
「食べなよ。一度貰ったこの団子を渡す訳にはいかないが、これなら君にあげてもいい」

 言われて驚いたものの、ちらちらと母と恐らく祖父だろう、を見て彼らが渋々了承した事でアルルは飛びつくように袋に手をかけて開いた。中にキビの団子がわんさかと詰まっているのを見て表情が綻ぶ。
 辛抱たまらぬと袋に手を突っ込み一口に半分ほど団子を詰め込んだ後、また顔が変わる。どんよりとしたものだった。

「ふごく……不味ひ……」一気に詰め込んだので、喉を詰まらせそうに言うアルルに今度は老人だけでなく母親も怒った。
「アルル! あなた、人様の好意になんて事を!!」
「根の腐った孫よ、勇気も無ければ心まで失のうたか!!」

 だってだって!! と喚くアルル。その後も様々な罵声を受けてまた泣き出しそうになった彼女はもう一つ団子を取り出して老人に差し出した。

「そんなに言うなら、食べてみてよこれ! ものすっごく不味いのよ!?」まだ言うか! と顔を真っ赤にしながら出された団子をひったくるように奪い、豪快に口を開けて食した。
「ぶほっ!! 糞不味いなこれ、喉がすげえ渇くわ」含んですぐに噴き出した後、老人らしからぬ言葉遣いで団子を否定した。それを見た母親があらあら、と慌てながら水を取りに行く。
「ほら! おじいちゃんだって不味いって思うでしょう!?」
「たわけがっ!! ワシはお前からこの団子を貰ったのだ、そこの御仁から貰ったお前から貰ったのだ! 人様の好意を無駄にしたのではない、孫の好意を無駄にしたのだ! これは天と地の差があるわ! 恥を知れアルル!!」
「おかしいよ! そんなのおかしいもん!! 一緒だもん!!」

 醜い争いが巻き起こり、たまらずアスターは椅子を蹴倒して立ち上がった。響いた音に驚いたのか、そこにいる全員が押し黙る。

「その団子は、僕が村を出る時に老夫婦が寝食を忘れ作ってくれたものです。あまり馬鹿にしないで頂きたい」そう言うアスターは当初草むらにでも捨ててやろうとしていたのだが、そういう事実は彼の中にはもう無い。ただただ、優しかった老夫婦を虚仮にされたように感じて怒っていた。素晴らしい人格だった。
「ご、ごめんなさい……」家族以外の人間に怒られる事に慣れていないのか、アルルはさっきまでとは違い何も言わずしゅんとなる。反して老人はそれ見た事かと腰に手を当てていた。
「全く、不出来な孫で申し訳ない」そう言うが、老人は不味いと言うばかりか、吐き出している。
「いえ、分かって下されば……ただ一度渡したものですので、残さず食べて欲しいですね。ああ、袋の方は後で返してもらいますが。その時に袋を洗いたいので、水を貸してもらえますか?」
「ええっ!? これを全部食べなきゃいけないの!?」
「水ですね、分かりました」

 母と娘でえらく言葉の内容が違うが、アスターは満足したように笑った。
 その後、肝心の話をしようとするまでに少々時間がかかった。行動はともかく、言葉遣いは丁寧で落ち着いた雰囲気であるアスターを母と老人が気に入ったせいだろう。気に入った理由は、いつもおどおどとしている娘に辟易していた為、それと相反して自信溢れるアスターがとても気持ち良く思えたのだろう。夕食に誘われた後、楽しそうに談笑していた。この家の住人であるアルルは「貰った団子を食べきるまで夕食は無いからな」と老人に言われ、何度も吐きそうになりながら団子を頬張っていた。途中で「涙をつけて食べれば塩味が効いておいしくなるかな……?」と漏らしていた時には流石の老人も哀れんだ目を向けていた。アスターは全く気にしなかった。重複するが、素晴らしい人格だった。

「すると、貴方は賢者であり、なおかつ勇者でもあると言うのですな?」老人が訊く。賢者と聞いて、いつのまにか言葉遣いが敬語に変わっていた。並の職業と違い、賢者とは限りの無い知識を物にした人物でしか成り得ない職業である。世界にも五人しか確認されていないとか。若くしてそのような地位についているとは、とアスターに感心と尊敬を覚えていた。アスターがアルルを敵視する理由については全く意味が分からなかったので、母親も老人も頭を傾げたが、深く聞き出す事はしなかった。何故か? 意味が分からなかったからだ。「それは、大変ですね」としか言いようが無かったのだ。然り。
「いえ、僕は勇者ではありますが、まだ賢者ではありません。今だ修行の途中です。ただ、神父様に賢者になるのはもうまもなくだと伝えられました」
「まあ、神職たる神父様に!」驚いたのはアルルの母である。娘の話を聞く時とは違い、身を乗り出してアスターの言葉を熱心に聞いていた。蛇足だが、レーベ村に住まう神父は教会許可証を持っていない。所謂モグリという奴だ。その事実を知る村人はいない。シスター以外は。

 ふむふむ、と髭を撫でつつ老人はちら、と自分の孫を見た。そこには床に座りながらもそもそと粉っぽいいやむしろ粉そのものかもしれない団子を食べているアルルの姿が。不味過ぎる団子を食べ続けて脳に異常を発したのかくすくすと含み笑いを零している。絶えず涙は流れているが。
 嫌な物を見た、とすぐに視線をアスターに戻した。

「そして、魔王バラモスの居場所を知る為にここアリアハンに来た、と。なるほど、流石は賢者を目指す身。目標は高いのですな」

 賢者になるのは過程であって、賢者を目標としている訳では無いのだが、自分で修行中の身と言ってしまった為とりあえず頷いておいた。

「バラモスの居場所は分かりませんでしたが、当面の目標は決まりました。世界各国を回り、魔物の被害に悩まされている国を助けつつ情報を集め、いつの日か魔王バラモスを倒そうと思っています」
「そうですね、まずは各国の助力を得るのが先決でしょう。しかし、旅はお一人で?」アルルの母がぽつりと疑問を呈した。アスターは頷く。
「それは……失礼かもしれませんが、無謀ではありませんかな? いかに貴方がお強いとはいえ、たった一人では戦いは熾烈を極めましょう。貴方のその格好からして魔法を扱うのでしょう? なれば、詠唱時間を稼ぐ為に壁役として剣士や武闘家を集めるべきでは?」いかにもな老人の台詞に、アスターは首を振った。
「お二方の町を悪く言うつもりはありませんが、ここアリアハンには本当の戦士はおりませんでした。例え力があれど、志無き者を仲間にしようとは思いません」

 アスターの言葉に胸打たれたように母が顔を赤くする。恋愛感情などという下賤な感情では決してない。まだ若くして自分の言葉を持つアスターが眩しく思えたのだろう。同じように老人もまた感銘を受けたような顔だったが、「いやしかし」と否定分を前置いて語り始める。

「綺麗事だと抜かすつもりは毛頭無いが、やはり力ある者でなければバラモスを倒せませんぞ。志は確かに重要だが、共に戦う内にそこは矯正されるかもしれん。例え元が卑怯であれ乱暴であれ臆病であれ、性格は変わるものだ…………そこで、ものは相談なのだが」老人は一度言葉を切り、横眼に己が孫を見る。やはりまだ泣いていた。「この子を連れて行っては下さらんか?」
「ひっく、あはは……えっ?」異質な表情を作っていたアルルは朦朧とした意識の中でも聞き逃す事無く、しかし呆けたままに疑問符を上げた。
「力も勇気も根性も無い孫だが、仮にも前勇者オルテガの娘、旅に出れば必ず花開くと信じています。どうか、この阿呆を旅の共に……」
「おじいちゃん!!! なんで私がこんな変態と!!」

 老人の言葉に異を唱えようとしたのはアルルである。アスターという剛の者と共に旅をするのはついていけないと思ったのかもしれない。現に、彼女は苦々しい顔をしていた。嫌悪巻らしきものも浮かんでいたが、それはただの思春期に違いない。
 立ち上がり指差してくるアルルを無視して、アスターはすぐさまに答えを出した。

「お断りします」
「どうして貴方が断るの!? いや、有難いけど、ああなんだか胸がモヤモヤする!!」
「それは恋よ、アルル」
「おかあさんは黙ってて!! ……あっ、痛い痛いごめんなさい耳痛いごめんなさいぃぃ!!!」

 さっきもこんな光景を見たなあ、と思いながら、アスターは耳を引っ張られるアルルを見ていた。視線を戻すと、まだ鋭く目を光らせている老人がいた。
 向かいに座るんじゃなかったなあ、と軽く後悔しながら背筋を正した。

「……不満ですか、おじいさん」
「不満という訳ではないが、もう少し考えては下さらんか? ああ見えて、剣の腕だけは悪くない。城の兵士程度には扱える……いやどうだろうか?」老人は自分で言っておいて疑問を抱いた。しかし、
「そんな事は知っています!!」

 机を叩きながら立ち上がるアスター。はっ、と我に返った時にはもう遅い。団子の時と同じくこの家の家族達は凍ったように動きを止めていた。

「この女……いや、アルルさんがいかなる力を持っているか、僕は知っている。確かに戦う力ならば、この町一番……いや大陸一かもしれない」
「……えっ?」ここ数年で初めてこの老人が呆けた顔をしたという事実を知らぬまま、アスターは続ける。
「足運び、腕の振り、瞬発力、果ては剣の扱いまで! 全てが常人では為し得ぬ位に辿り着いている! そんな事は知ってるんだ!!」
「いや、こやつはとてもそんな力は持っていませんが……」
「……謀りますか、それは僕が余所者だからですか? それとも、僕という新しい勇者が現れたので、潰そうという腹積もりですか?」

 アルルに力が無い。それはアスターにとって太陽が無くなるのと同じ程度に信じ難い事だった。嘘と断定するのに迷う必要が無いほどの言葉なのだ。
 自分の友を殺し、自分に恐怖を与え、ましてや一撃を喰らわせたこの女が弱いはずがない。
 やはり町の人間はほとんどが醜悪な性格をしているようだ、と認識を三度入れ替えた。
 ……なにより、度し難いのは。アルルを弱いと謳うこの老人は、うんこをも弱いと言っているようで耐えられなかったのだ。心底友人として認めたうんこを貶されている気がして、昼間の怒りと悲しみが蘇ってくる。
 机に立て掛けていた杖とお鍋のふたを取り、立ち去ろうとするアスターに老人が慌てながら声をかけた。

「何処へ行かれる!?」
「御食事、大変美味しく頂きました。ですが、どうやら貴方方とは話が合いそうに無い。僕は嘘を言う人間が大嫌いなんだ……礼儀の無い男と思って下さって結構。失礼します」

 どすどすと足音を鳴らしながら家を出ていったアスター。呆気に取られたまま、力尽きたように椅子に座りこむ老人。顔を手で覆い、疲れきった声で漏らした。

「この人ならば、と思ったのだが……やはり、アルルなんぞを旅に連れて行ってくれる訳がないか……」
「お義父さん、仕方ありませんよ。こうなったら恥になろうとも、王様からもう一度お力添え頂き兵士の方を貸してもらって……あら?」

 同じように希望が消えた、と落ち込んでいた母親は今の今まで耳を掴んでいた自分の娘がいない事に気づき、不思議そうな顔をしていた。
 辺りを見回せば、壁に吊るしていた剣も消えている。首を傾げるも、洗い物が終わっていない事を思い出してそちらに思考を向けた。






 外の風を感じて、アスターは深く息を吸い込んだ。怒りで熱を持った頭を冷やそうと、何度も何度も。
 ようやく、考えがクリアになったので宿屋でも探そうと、半ば散策気分で歩き出した。
 なに、分からなくなれば誰かに聞けばいいのだ、と楽観的に考えていたのだが、どうもそれは間違いだったらしい。夜が更け、深夜に差し迫ると町は音を失くし人影はまるで無くなったのだ。
 いかに治安が回復したとは言っても、全国家暴動の時代はそう昔の事では無い。その時に生まれた犯罪者はまだまだ町に根を張っているこの時代、夕食時を超えれば外を出歩く人間は急激に減るのだ。暴動時代を知らないアスターはその事を知らず、(そもそもレーベは他の国との交流をほとんどとっていないので、アスターに限った事では無いが)町とはいえ、夜は皆寝るんだな、と新しい発見をしていた。

「町の人間は皆眠らないと思ってたけど、そんな事は無いのか。あいつめ、嘘をついたな。あのズベが」

 幼馴染のシスターの言を思い出して、アスターはまた怒りが沸々と湧いて来た。レーベ村のシスターと言えば大法螺吹きで有名なのだが、アスターだけは全て信じきっていたので彼女の恰好の騙し相手であったという。真に高潔な人物とはこういう者を言うのだろう。
 それからしばし、自分の力で宿を探そうと歩き回ったが、途中で自分がお金を持っていない事に気付く。村長が集めた金は皆アスターのローブを作るのに使ってしまったので、彼は一文無しで旅に出ていたのだ。村を出たことが無いアスターだが、お金が無いと宿に泊まれない事は知っていた。聡明である。
 一瞬路上で寝る事も考えたが、勇者である自分が宿無しと思われるのは良くないと考え直した。考え直した理由は道端で泥酔して寝転げているターバンを巻いた男が豪快ないびきを立てているのを見たから、というのもあるだろう。実に醜い姿だった。

「仕方ない、勇者たる者野宿の経験も必要だろう。今日は町の外で寝るとしよう」

 幸いか、まだ暖かい季節である今日である。風も自分の着ているローブで凌ぐ事も出来るだろうと、早速アリアハンの外に繋がる門に向った。
 道すがら、最後にルイーダに挨拶をしていこうかと思いまっすぐには向かわず酒場を経由する道を選んだが、昼過ぎに寄った時よりもさらに人相の悪い男達が大勢中に見えたので店には入らず、顔を合わせないまま店の外で頭を下げ、小さく「ありがとうございました」と礼を述べて立ち去った。
 二つに分かれた道に出て、左に歩く。大通りをそのまま進むと門が見えてきた。松明の火に照らされるだけの薄暗いそれは何故か物悲しい気持ちにさせた。不安を煽るような、とも言える。これから旅に出る人々を押し留めるような、そんな効果が感じられた。
 昼間に見た門番が、木製の背もたれも無い椅子に座って船を漕いでいた。
 出会った時は礼儀のなってない門番だと不快に感じたが、夜遅くまで自分の仕事に精を出し疲れて眠っている姿を見ると、労をねぎらいたくなるアスター。松明にくべる為の薪が近くに積んであったので、いくつか手に取り門番の近くに置いて得意のメラで燃やす。これで、風邪を引く事は無いだろう。その優しさは天を救うほどであろう。

「ま、待って!!」

 門を潜ろうとした時、後ろから声がして振り返った。アルルだ。彼女がゆらゆらと瞳を揺らしながらアスターを見ていた。握った拳は頼りなく震えていた。声もまた震えていて、精一杯の勇気を振り絞っているのが見てとれる。

「なんだ、君か。もう遅いんだから、早く家に帰りなよ」言って去ろうとするアスター。あっ! と短く叫んだアルルは走り寄り、彼の裾を掴んだ。

 一体何なんだ、と僅かに怒りを覚えてもう一度アルルを見るアスター。
 文句の一つも言ってやろうとした矢先、アルルが先に口を開いた。

「勇者? 馬鹿じゃないの!? ルビス様からの神託があったの? 国王様に命じられたの? それともダーマ総本山からの命令? 貴方の父か母が勇者として活躍したの? ねえどうなの!?」
「きゅ、急にどうしたんだよ」そのアルルの豹変ぶりに、アスターは戸惑いを隠せず、彼らしくない頼りない返事を返してしまう。
「答えなさいよ! どうせ何も無いんでしょ? ちょっと他の人より戦いに優れてて、それで有名になりたくて言ってるだけなんでしょ? 良いわよねそういうの。期待なんか無い、ただ自分がやりたいようにやるだけ。辛ければ投げ出せば良いし、それまでちやほやされればラッキーくらいにしか思ってないくせに!!」深夜になるというのに、彼女の声は大きく、叫び散らすようだった。
「私は違うもの! 皆に期待されて、皆に命令されて!! そうよ、確かに十五歳の誕生日にルビス様の夢を見たわよ。初めて会った神様に『貴女は臆病者です』って言われたわよ、お父さんが死んだ時に顔も見せず言葉もくれなかった国王様に魔王を倒せって言われたわよ! ダーマからの使いとかいう神官がくっだらない祝福とやらをしてくれたわよ!!! そんなのいらない、私は勇者になんてなりたくなかったのに!!」

 それは、誰に言っているのだろうか。
 彼女の声はアスターに向けられている。しかし、彼女は本当にアスターに言っているのだろうか。目は固く閉じられている。全身に力を込めて吠える怒号はこの国に、運命に向けて飛ばされているみたいだとアスターは思った。
 しかし、同情は出来ない。何故なら、彼女の言葉は何一つ理解できるものではなかったからだ。
 小さくあくびをして、彼はこのつまらない愚痴もどきが終わるのを待っていた。

「私は踊り子になりたかったの!! 舞台に立って、舞って! 民謡や流行りの曲に乗せて体を動かしたいって! 沢山の人に綺麗だって言って欲しかった、色んな人に凄いねって言って欲しかったの!! 勇者だから凄いとか、そんなのいらない! 今までずっと馬鹿にされてた私だけど、踊りだけは上手いって褒めてもらえたから、それだけは頑張ってきたもの!」
「……それで?」義務的に、アスターは続きを聞きだそうとした。
「それで! ……それで…………」

 それっきり、アルルは黙りこくる。目線は地面に、叫びきった為息は荒い。火の灯りに照らされる彼女の横顔は不安で仕方が無いと言いたげだった。
 あ……、う……、と声にならない呻きを上げるのみ。三分程二人は黙ったままである。それでも、話を終わらせる事も、自分から話し始める事もアスターはしない。必要以上に熱血的に「君の努力は報われる! いつの日か君が素晴らしい踊り子になれるよう、そんな日を目指して頑張るよ!」と励ますこともしない。それは優しさでは無いと彼は知っているから。単に面倒だからではない。念のため。
 やがて、意を決したようにアルルが口を開いた。

「……どうして、あんな事を言ったの?」
「あんな事と言うと?」アスターが答えると、それが恍けているように聞こえたのか、アルルはもう一度威勢の良い声を出した。
「ほら! 私の家で言った事! た、大陸一番の力を持ってるとか、そういう感じの……」

 ああ、と言いながらアスターは思い出した。ほぼ間違いは無いだろうが、大陸を回った訳でもないのに大陸一は言いすぎたかな、と今更に考えた。

「嘘なら、もう少しマシな嘘をつきなさいよね。おじいちゃんや、お母さんに手解きしてもらったけど、いつもお前には才能が無いって言われたもの。もしかして、私を庇ったわけ? 家族の二人に色々言われてた私を哀れに思ったの? そんなの、良い迷惑なのよ!!」嘘をついたのか、と言われて今度はアスターが顔を赤くした。彼は、嘘をつくのもつかれるのも嫌いなのだから。
「嘘じゃない!! 僕は嘘なんか絶対につかないし、ついたこともない!!」
「じゃあ何でよ!? 言ってるでしょ、私は強くないし、才能だって!!」アスターの否定は相当の剣幕だったのだが、アルルは怯まず返した。それはとても臆病な女の子には見えなかった。
「君の強さは戦った僕が良く知ってる!! 直接武器を交えた訳では無いけれど、あの出で立ち、咄嗟に石を投げる判断力に投石の速さ! 剣の構えに戦いに対する冷酷な姿勢! 全てが君は強いという事を証明している! 勇者と呼ばれ賢者にもなれると言われた僕が言うんだ、間違いない!!」
「嘘よ! そんな事誰にも言われなかったもん! 駄目人間だって、何をやらせても微塵も身につかないっていつも言われてたもん!!」
「だったら僕が言おう! 宣言しよう! 君は世界最高峰の剣士であり、ファイターだ! この町の目の代わりに水晶がねじ込まれているような連中と違って確たる眼を持った僕が言う、君は強いと!!」
「っ!!」

 励ましも、温い優しさも無い。ただの本音をアスターはぶつけていた。それは絶対的な熱を帯びてアルルに伝わる。
 上辺だけの言葉ではない、必要無い説教染みた台詞で心を燃やす必要もない。ただの真実の羅列を送るだけ。それこそが人心を動かすのだと、今のアスターは知らない。知らないからこそ出来うるのだろうが。

「──勇者が嫌なら、剣士になればいい。僕はまだ君を許せないが、君の強さは本物だ。魔王バラモスを倒すのは僕だし勇者の座も譲る気は無い。大体、勇者なんて誰かに選ばれるでも譲られるでも無いんだから」

 そこで険しい顔を止めて、アスターが笑った。彼の柔らかい笑顔を見たのは初めてだったアルルは少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。これは、近くに松明の火があるからだ、と自分自身を誤魔化して。
 顔は横向けたまま、ちらちらとアスターを窺って、そんな事をしている自分がおかしかったのか小さく吹き出してしまった。
 そのまま、くすくすと笑い続けるアルルに、アスターはルイーダの時と同じく何故笑われているのか分からず首を傾げた。
 あーあ、と落ち込むような声を出しながら、それとは反対に憑き物が落ちたような晴々しい顔でくるりとその場で回るアルル。見上げた空には、満天の星空が広がっていた。この町って、こんなに綺麗な夜空が見えるんだ、と誰に言うでもなく呟いた。

「……決めた!」
「決めた? 何を?」アスターが問う。
「私、踊り子になるわ。剣士としての私をこんなに買ってくれる人がいるんだもの。きっと踊り子としてもやっていける、なんならこの町を出て遠くの町で始めても良いし……ありがとう! アスター!」

 それは彼女が延々と悩み続けていた事。悩みは決意に変わり、少女はまた夢を持って先を見る。歩みを止める迷いは晴れた。自分を認めてくれる誰かがいるだけでこんなに心強いものか、と顔だけでなく心で笑う。
 出会いは最悪でも、こんな気持ちを抱けるなんて、確かに彼は勇者なのかもしれないな、とアルルは思い、自分と同じように笑ってくれているだろう人物を真正面に見た。






 アスターは、笑っていなかった。
 いやむしろ、白けていた。
 両手を伸ばし、アルルの肩に両手を置いて揺さぶりながら、諭すような口調で言う。

「良いかいアルル。君に踊り子は無理だ」
「………………………………え?」長い長い時間をかけて、アルルは問い返す。ほんの僅かな恋心にも似た何かががらがらと崩れ去っていくのを感じる。
「踊り子は僕も知ってる。昔小さな頃に村に興行として大道芸の集団が訪れた事があったからね。その時初めて踊り子を見たんだ、あの姿はまだ目に焼き付いている。踊り子っていうのはさ、とても綺麗なんだ。君みたいな寸胴で短足でぺちゃんこでへちゃむくれで背が低ければ腕も短い指も短い童顔と言うより幼い顔立ちの君には無理だ。絶対に無理だ。逆立ちしても無理だ。君の踊りを見るくらいなら僕は猿の芸を見る方が良い。猿の芸に倍額払うだろう」

 アルルは、言われて自分の体を見た。なるほど、同年代に比べて足は短かった。背丈は百五十に届かないかもしれない。胸もまた無い、絶壁と言われた事もある。ルイーダに。腕は屈伸しても地面に届かなかった。それは単に体が硬いからというだけではすまないほど届かなかった。指はまん丸く、三つ四つ下の子供の指に酷似している。顔立ちは毎朝鏡を見ているので知っているが、自分では童顔かどうかは分からなかった。ただ、細みのない瞳にぷっくりとした頬、小さい鼻に小さい唇、女性らしい手入れなど全くされていない多少ぼさっとした髪など、妖艶ある雰囲気とはとても言い難い。というか、幼い。
 それにしても、ここまで言わなくてもいいだろうと今日何度目になるか分からない怒りの再発を感じている中、アスターは最後の追い討ちをかけた。

「大体、君そんなに可愛くないだろう」
「可愛いわよ!! みいんな私の事可愛いって言ってたもの!! ルイーダさんや、おじいちゃんやお母さんも小さい頃は私の事可愛い可愛いって言ってたわ!!」
「仲の良い年上のお姉さんや家族が女の子である君を可愛いと言うのは当然だろう。完全に客観視して君を評せば、良い所中の上だね」
「上の中! 絶対上の中はあるはずよ! 間違いないわ! あんた眼が腐ってるんじゃないの!?」
「目が腐る訳ないだろう? 頭まで悪いんだ、君は剣士になるべきだよ。ちょうどほら、ゴリラくらいの身長だしいっそゴリラ剣士を目指すべきだよ」
「違うもん! ゴリラに似てるなんて言われた事無いもん!!」
「馬鹿言うな!! そっくりじゃないか! 自信を持つんだゴリル!!」
「私アルルだもん!!!!」

 騒がしさもここに極まれり。深夜であるにも関わらず、彼らは大層な大声を張り上げていた。町中に響くとは言わないが、門の近くに建てられた民家から光が生まれ始める。住民が目を覚ましたのだろう。
 そして、仕事の疲れから深い眠りについていた門番も目を覚ました。目を擦り、ふらふらと頭を揺らしながら周りを見遣って、「ああ、あの臆病勇者が誰かと喋っているのか。見れば、その誰かとはあの旅人か」と丁寧に思考した後、妙に体が熱い事に気づき、言葉を失った。

「…………か、火事だあああぁぁぁぁ!!!!」

 兵士の言葉に、アルルとアスターも驚いてそちらに視線を向けた。そこには、積んであった薪に火が燃え移り、詰所にまで火が移り始めている光景がある。もうもうと煙は上がり、その勢いたるや少々の消火活動では焼け石に水だと分かる。もしやすれば、城に伝達を送らねばならない程だろう。
 兵士は慌てながらも大声で住民の避難を呼びかけ、男達には消火活動を手伝うように叫ぶ。
 しばらくそれを見ていたアスター達だが、集まった兵士達が訝しそうにこちらを見ている事に気が付いた。その視線に含まれているものが何かを、アスターはいち早く知り、そして驚愕の事実を知った。

「まさか、アルル……君!?」

 呆けていたアルルだが、アスターが疑いの声を上げてきた事で目玉が飛び出るかと思った。

「は!? 私が犯人とか思ってるの!? 違うでしょあんたが原因でしょ! あんたが門番さんの近くに火を置いたりするから、その火が薪に燃え移ったんでしょ!!」遠くからアスターを尾けていたアルルは少し前の出来事を思い出して叫ぶ。
「開き直るどころか、僕に責任を擦りつけるのか!?」アスターの目は怒りと悲しみが溢れていた。
「ちっがーう!!」

 アルルとアスターの言葉に確信を抱きつつある兵士達が徐々に詰め寄ってきた。すでに抜剣の準備は整っている。斬り殺す覚悟も。
 緊迫した空気の流れる中、そんな雰囲気を悟る事も無くアスターは、はっと何かに気付いたような、思い立ったような表情を見せた。

「そうか……そんなにも辛かったのか、アルル」いきなり何言いだしてんだこいつ、とアルルは言葉を失う。
「勇者という責任が嫌で、アリアハンの皆がそれを押し付けてくる事に嫌気が差してたんだろう? その想いはいつしか憎しみに変わり……そして、」ちらり、と火事の現場を見てアスターは一筋の涙を零した。アルルの開いた口は塞がらない。

 近づいていた兵士達からどよめきが走る。まさか! そんな! 信じられない! そんなに思いつめていたのかアルル……しかし犯罪は犯罪だ! 少しでも罪が軽くなるように掛け合ってやるからな……等々。眠っていた所を叩き起こされたからだろうか、彼らは信じるべき町の仲間引いては勇者として祭り上げられている少女よりも、迷いなく断言したアスターを信じはじめていた。
 ここでアルルも「そんな事ある訳ないでしょう!」と言えれば良かったのだが、元来臆病な上に、自分を勇者扱いする町の人間ほとんどに苦手意識を抱いていた為か、大勢の兵士達相手に声を張り上げる事も出来ず、何より火事という大事態、犯罪を行ったと疑われているという初めての体験に怯み驚き怖がってしまう。つまり、流されるままになってしまっている。

「……僕のせいだ」アスターの言葉に、口には出来ずともそうだよお前のせいだよとアルルは思った。
「僕が、もっと早くに勇者として旅に出ていれば、そしてバラモスを倒していれば、君がこんな恐ろしい行為に走る事も無かったのに……」
「ち……んっ、違、う……」重度のパニックで息が上手く出来ず、どもりながらもアルルは懸命に否定しようとした。声が小さすぎて誰の耳にも届かなかったが。

 憐れみながらも、アルルを捕まえようとする兵士達にローブを翻しながら向き直り、アスターは杖を掲げて声を発した。

「皆! これから僕が言う事を良く聞け! そして理解してくれ!!」

 当然、このような事を言われても、聞くわけもなく理解も何もあったものではない。
 だがその声が。朗々たるその声が。この場にいる全ての者に届けようとするその意志が、アスターのあまりの堂々たる態度に、何故か、その場にいる全員が動きを止める。消火活動ですら、一度停止した。アルルは吃音にでもなったのかと疑うほど声を詰まらせている。

「彼女は確かに罪を犯した! それは認める、大罪だ! 下手をすれば、人死にすら有り得る危険で野蛮で低俗で最低の、人非人たる行為だ……だが!」言葉の途中で俯かせた顔をきっ、と持ち上げてアスターは続ける。両手を広げ、それは全てを包もうとする神の慈悲を思わせるような構えだった。
「これも全て魔王のせいだ! 普通ならこの子は……アルルは普通の女の子だったんだ! ……いやちょっと力の強いゴリラっぽい女の子……いや女の子っぽいゴリラ? ……ともかく普通の雌だったんだ! 本来ならば!」
「あう、あう……」本当なら思い切り否定したいのだろうが、アルルは呻きながらアスターの服の裾を引っ張るだけである。そして、彼女の手をアスターは取り上に引っ張り上げた。
「けれどこの子は勇者を背負わされた! 前勇者の娘というだけで常人には耐えがたい重圧を背負わされたんだ! ……これから言う事は、貴方達アリアハンの人間には酷かもしれない、けれど言わせてもらう! ──甘えるなッ!!」

 アスターの一喝は空気を震わせて、この場に広がる。声の波紋は止まる事無く、皆一様に固唾を呑んで先の展開を待った。

「前勇者は、きっと勇敢で立派なものだったのだろう、だがそれを所詮力が強くてゴリラみたいで剣だけが取り柄で陰湿な性格で礼儀もなにもなってないこんな子供にそれを押し付けるな!!」
「ちょ、ちょっとぉ……」「しかしなればどうすれば良いのだ!? 私達に魔王を倒す術は無い! 無茶と言われても、最早オルテガ様の影を追う事しか私達に出来る事は無いのだ! お前の言うとおり馬鹿でちびでぺたんこで臆病者で言われてみれば踊りの練習とか抜かしてた時の動きはゴリラっぽかったそんな娘だが、頼らざるを得ないだろうがッッ!!」アルルの言葉に被せるように一人の兵士が前に出てアスターに反論する。理由は分からないが、一人の女の子が膝を突き鼻をすすり出した。
「簡単な事さ、新しい……いや、本当の勇者を頼ればいい」同じように、ずいっとアスターは一歩兵士達に向かって足を踏み出した。兵士達は、値踏みするように一人の賢者を見る。
「お前が、そうだと言うのか?」
「疑うならば、見ているがいいさ。僕が世界の暗雲を払い、平和という不変の現象を作り出すのを」

 アスターの言葉に躊躇いは無く、その場にいる全員は黙って彼の声を聞いていた。












「いつまで泣いているんだ、これから僕達は魔王を倒しに行くんだぞ、勇者の仲間である君が泣いてばかりではどうしようもない」
「あって……だってえぇぇ!!!」

 アスターとアルル、彼らは先ほどアリアハンを立ち、夜の草原を歩いていた。アスターは肩で風を切るように、アルルは取り敢えず持ってきていた剣を引きずりながら。そしてべそをかきながらついていく。
 町を出るその時に、兵士長らしき男が言った言葉をアスターは思い出す。

──ならば見せてくれ。希望のないこの世界に一陣の風を、勇者である証を見せてくれ、勇者よ──

 ふっ、と笑う。当然だ、その為に村を出たのだ。両親に旅に出ろと言われたその時から勇者を背負う覚悟はできていたのだから。
 蛇足だが、アルルがついてきている理由は至極当然のようにアスターが彼女の手を引いて町を出たからだ。なんでも、「僕と共に旅をしていく上で、君の悲しみが癒えれば良い。そして、本当の勇気を教えてあげるよ」とアスター以外の人間が言えば胡散臭い事この上ない理由でアルルを旅に連れ出したとか。
 それでも、アルル本人が旅に出るのを嫌がるならば、彼女は今からでも町に帰れば良いのだが、アルルは今アリアハンにおいてはプレッシャーに負けてアリアハンに火を放った極悪人として認識されている。実際は誰が火を放ったのか不明なのだが。ともあれ、そんな彼女が一人アリアハンに残ればどうなるか分かったものではない。

(絶対私が火をつけたって思われてるんだ、さっきはアスターの勢いに負けて兵士さん達も見逃してくれたけど、今頃冷静になってるよね……今帰れば私牢獄行きだよね……)

 アルルの考えが正しいかどうか分からないが、彼らが町を出て二時間後、アリアハンにて二人の犯罪者が指名手配されたとか。罪状はそれぞれ違い、片方が放火でもう片方が犯罪幇助である。

「君を……アルルを許した訳じゃないけれど、君も魔王の被害者なんだ。それに君みたいな危険思考を持つ人間を捨て置く訳にはいかない。幸い君は相当な猛者だし、実力的には仲間として頼りになる。私怨は忘れ、君を僕の仲間として認めるよ、アルル。だからほら、泣き止むんだ」
「やあだあああぁぁぁ!!! 私は踊り子になるのっ!! お家に帰してよ馬鹿あああぁぁぁ!!!」
「やれやれ……旅は長そうだね」

 聞きわけの無い新たな仲間の様子にアスターは溜息を吐き空を見上げた。星々は煌めき、彼らの旅路を見守っている。
















 三行で終わるおまけ







「ていうか、普通にあいつら犯罪者ですよね」
「あ」

 アスター達が町を出て二分後の兵士達の会話である。


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