――我々は他者が人間であるとして接している。この事実は紛れもない真実であると言い切れるだろうか?
もしかすると私以外はすでに死人となっていて、人の振りをしているだけかもしれない。
どれだけ人間に近いとしても、死人かもしれない。
証明する手段がない、いわゆる悪魔の証明ではあるが、嘘か真かさえ我々は断言できない。
証明することさえ憚られる現実が霧にかすんでいる場所。
それがナイトスプリングス。
恐怖心に打ち勝つということは難しいことだ。
デイヴィッド=ラヴクラフト氏はある日、町中の人間はすでに歩く死人であることに気が付いてしまった。
歩く死人が眠り、起きて、食べて、仕事に出かけて、家で家族と過ごしているのである。
老若男女問わずどの人間も歩く死体だった。死人が歩くことなどありえなかったが、実際に生活しているのだ。
誰もが異常に気が付かない中でただ一人、彼だけが異常に感づいたのである。
彼は日々を過ごす中で命ある人間を探すも、誰一人として生きてはいなかった。
「もう我慢ならない。俺は逃げるぞ!」
彼はある日、とうとう決心すると、おそらくは大丈夫であろう隣の町に逃げ込んだ。
警察署に駆け込んだ彼は自分の町が死人ばかりになっていることを知らせようとして、腰を抜かした。
警察官がいたのだが、まるで一人たりとも生きてはいなかったのだ。
「どうなさいました?」
「ほっといてくれ!!」
汗をかき、地べたに這いつくばって恐怖の表情を浮かべたデイヴィッド氏を不審に思った警官の一人が声をかけるも、彼は拒絶して警察署を飛び出した。
次に彼は教会に飛び込んだ。教会ならば、歩く死者という不浄の者を野放しにしたりはしないだろうと考えたのだ。
ところが、教会で祈りをささげる者も残らず死人だった。
神父がやってくると彼に声をかけた。
「歓迎しますよ。さぁお座りください」
「こ、断る!」
教会を飛び出した彼は学校やお店などに生きる者を探して放浪したが、一人たりとも発見できなかった。
いつしか彼は眠くなり、公園のベンチでぐったりと動かなくなった。
「ありえない」
「不自然すぎる死に方だ」
「死後硬直している」
半日後発見された彼は死後硬直の始まった死体となっていた。
不思議なことに、彼が死亡したのは一週間程度は前だったということである。
たとえ目撃したことでさえ、現実とは異なることがある。
ナイトスプリングスでは。