―――創作物が独り歩きすることは決して珍しいことではない。
命を吹き込まれた泥人形が命令に背いたように、創作物もまた独立したがるのだ。
時に自壊することさえ……。
そう、ここはナイトスプリングス。
今夜のお話は「創造力の源泉」
湖を持つ村に住まうマーサはある日、自宅の裏庭で岩がガタガタと揺れているのを発見した。
「……何かしら」
不自然な揺れ方だった。まるで、岩が何かの圧力に押されているような。
マーサは岩をどけてみようとしたが、重すぎた。
そこでテコの原理を利用してひっくり返した。
次の瞬間、黒い霧のようなものが岩を跳ね除けて空高く噴出したのだった。
重油か?
一瞬期待した彼女だったが、裏切られた。それは重油のように黒かったが、気体のようでもあり、液体のようでもあり、一つだけ言えるのは意味の分からないものだということだ。
マーサとお茶会をしようと庭先までやってきていた友人のリディアがやってくると、おもむろに尋ねる。
「あらまあ不思議だこと。ねぇマーサ。これはなんなの?」
「知らないわ。見たこともない」
とそこで、二人は腰を抜かした。
黒い霧から猫が実体化すると、地面にぼてっと落ちた。猫は逃亡した。
黒い霧の一部は飛行船となり空に浮かび、ある霧は周囲の植物を枯れさせた。
またある霧は深海で作業するための耐圧服に変わった。
二人が目を丸くしていると、黒い霧の根元からスーツを着込んだ男がぬっと姿を現した。
「やぁ。実は困っているんだ」
「あなたはだれなの?」
リディアが質問をすると、男は腕を組み、困り顔で黒い霧を見つめた。
「なんというか、その、創作をね」
「困っていることってなんなのかしら。ねぇ、マーサ」
「知らないわ」
男は口をヘの字に曲げると、美しい蝶に変化した霧に視線を固定させた。
「こいつのことさ。困ったことに溢れて溢れて止まらない。君たちを書いたはいいが、いろんなアイディアが場面を埋め尽くしてしまってね」
「まぁ大変。止めてしまってはいけないの?」
「それは駄目だ。アイディアは創作の第一歩だからね。でも有効活用はできない」
リディアが問いかけた。
「ならどうすればいいのかしら」
「どうしようもできない。源泉を止めることもできない。止めるとプロットどころかほかの作品に影響がでるからね。正直、私には手に負えないし、もしよかったらコーヒーでも淹れてきてほしいんだけど」
「まぁ、あなたが言うなら……」
二人が去った後で、次々と溢れては作品の進行を妨げるアイディアたちを見つめて、男がため息を吐いた。
「いっそかたっぱしから書いてみようかな? でもそれって、この作品が壊れてしまうことだ」
創作活動が創作物を脅かすことが頻繁に起こる場所……
それが、ナイトスプリングス。