魔都の中心に今、人間界における最高の魔導士三人が集結していた。
一人は満身創痍の姿を晒している大魔道の称号を持つ時の番人ジークハルト。だがその姿とは裏腹に瞳からは全く力は失われていない。それどころか以前を遥かに超える存在感がそこにはある。
もう一人がジークと同じ大魔道の称号を持つ六祈将軍最強の男、無限のハジャ。ジークとは対照的に全くの無傷であり、その名の通り無限の魔力を持つ魔導士。だがその表情は驚愕と確かな恐怖に染まっていた。その視線はただ己の上空に注がれている。ハジャだけではない。その場にいる全ての者達の視線が一人の老人に注がれている。それだけの力と存在感がその老人にはある。
「さて……色々と聞きたいことがあるがまずは裏切り者からにするとしよう。何か申し開きはあるか、ハジャ。我が弟子よ」
超魔導シャクマ。世界最強の魔導士でありハジャの師にあたる男。魔導士の頂点に立つ人間が今、その場を全て支配してしまっている。胡坐をかきながら杖に乗り、眼下に視線を向けているその姿からはまるで自分以外のすべてを見下しているかのよう。その殺気にも似た視線を直接受けているハジャは知らず息を飲み、体が震えるのを抑えるので精一杯。そんな異様な事態の中、ジークはいつでもその場から動けるように体勢を整える。
(まさかシャクマまでこの場に現れるとは……だが一体何が目的だ? 確か奴はハジャの師だったはず……)
ジークは自らの後ろにいるニーベル達を庇うように位置取りをしながらシャクマとハジャの動向に気を配る。だが今の状況はジークにとっては不可解極まりないもの。シャクマの乱入はジークにとっては絶体絶命にも近い窮地。与り知らぬこととはいえ自分が以前とは比べ物にならぬほど力を上げたことは実感できたものの相手は超魔導の称号を持つ魔導士。加えてまだハジャもおり、最悪二対一で戦うことをジークは覚悟していた。しかし今、ジークの前には予想だにしなかった展開が巻き起こっている。まるでそれはシャクマがハジャを詰問し、追い詰めようとしているかのような光景。
「わ、我が師よ……何故あなたがこのような場所に……それに裏切りとは一体。私はただレイヴマスターどもからレイヴとシンクレアを………」
「御託はよい。お主に問い質しておることは一つだけだ。何故ルシアを裏切るような真似をしておる」
「……っ! そ、それは……」
ハジャはできる限り平静を装いながらシャクマに対して弁解を行わんとするもそれは息つく暇もなくあっさりと両断されてしまう。もはや言い訳など最初から通用しないのだと悟るには十分すぎるほどの威圧、重圧。師弟の間だからこそ絶対に覆せない壁が存在する。ハジャはようやく思い出す。師であるシャクマの恐ろしさを。その前では自分の浅はかな知略など通用しない。だがハジャにはまだあきらめはない。この場を乗り切り、己の野望を成就させるための最善策を瞬時に導き出す。それは
「師よ……あなたの疑問はもっともなもの。ですがこれは世界を守るためのものなのです。ルシアの目的は星の記憶を手にし、世界征服を実現することではありません。真の目的はエンドレスを手に入れこの並行世界を消滅させること。DCはそのために利用されているにすぎません。私はそれを防ぐために動いているのです」
ルシアの真の目的を晒し、シャクマを自らの陣営に引き入れること。シャクマがDCに、ルシアに与していることは既にハジャはシンフォニアでの出来事を監視していたことから知っていた。シャクマがルシアに従っているのも星の記憶を手にするため。DCに属している全ての者達の目的もそこにある。だが既にハジャはルシアの目的が星の記憶を手にすることではなくこの並行世界を消滅させることであることを見抜いていた。それは世界を破滅させる、並行世界を生きる者達にとっては許されない行為。
「どうか師よ。我が力になっていただきたい。世界を消滅させることなど許してはなりません。星の記憶を手にし、全てを手に入れるべきは私達のような賢者であるべきです」
ハジャは首を垂れながら自らの師にむかって懇願する。さながら忠誠を誓う騎士。だがその内面は限りなく人を欺くためのもの。
「我にルシアを裏切りお前の下につけと……?」
「とんでもありません。あなたこそ王に相応しいお方。ルシアではなくあなたこそ星の記憶を、世界を手にするに相応しい。そのための力、クロノスもこの場にあります。あそこにいる魔導士、ジークハルトを生贄に捧げればクロノスを手にすることができます。そうなればあなたに敵う者はいません。どうか……」
ハジャは思いつく限りの提案によってシャクマを味方にせんとする。本来なら自分がクロノスを手にしたいところだが今のジークに敵わないことは明白。ならばシャクマの力を借りることによってそれを為すしかない。もしクロノスがシャクマの手に渡ったとしても星の記憶に辿り着く瞬間を狙えば自らが全てを手に入れることも可能。世界を消滅させんとしているルシアと世界を手にせんとするハジャ。そのどちらにつくかなど考えるまでもない。だがハジャは知らなかった。
「……賢者か。そのような言葉をまさか貴様のような愚者から聞かされるとは」
シャクマが一体何を目的に動いているかを。その正体が何者であるかを。
「師よ……一体何のことを……?」
「貴様の愚かさを嘆いておるだけよ。本気でそんな世迷言を口にしているとは……まさかクロノスを手に入れるために大魔道の生贄が必要などという作り話を真に受けておったのか?」
「っ!? つ、作り話……!? そ、そんなはずは……現にクロノスは封印されているではないですか!?」
ハジャはシャクマによって告げられた信じられない言葉に狼狽し、声を上げるしかない。自らが何十年もかけて準備し、成就させんとしてきた野望の一つが全て否定されかねないのだから。だがそんなハジャの哀れな姿を見ながらもシャクマは眉ひとつ動かすことなく告げる。
「最初からクロノスは封印などされてはおらん。あれはただそこに在るだけの存在。何人もあれを手にすることはできん。そもそもクロノスなどという魔法は存在せん。あの力を神聖視した者たちが作り出した幻想よ」
クロノスと呼ばれる魔法が虚構であることを。ただの純粋な力の塊であり人の手に余るもの。エンドレスを誰も操れないようにクロノスを操ることは不可能。大魔道の生贄が必要と伝えられていたのもクロノスから魔導士を遠ざけるための迷信。その事実にハジャはようやく辿り着く。少し考えれば誰でも気づく単純な答え。超魔導であるシャクマがその魔法を手にしていないということ。それが答え。魔導精霊力に匹敵すると言われる魔法を知りながらシャクマが手にしていないことなどあり得ない。突きつけられた現実にハジャが戦慄し、失望する。しかしそれすらも超える絶望がハジャには待ち受けていた。
「何よりも私がルシアを裏切るなどあり得んよ。我はシャクマ・レアグローブ……ルシアの祖父。かつて王の中の王だった者だ」
シャクマ・レアグローブという名。恐れ忌むべき称号を持つかつての王こそが目の前にいる男の正体であること。
ハジャが気づくのが遅すぎた。シャクマにとって世界征服など何の意味もない些事であることを。
ハジャが知るのが遅すぎた。シャクマにとって並行世界の消滅こそが真の目的だったことを。
「せめてもの情けだ。我が手でこの偽りの世界から消え去るがいい。愚かな我が弟子よ」
死の宣告と共にシャクマが指を振るい、魔力がハジャに向かって放たれる。逃れることができない死の光。無限の魔力を以てしても防ぐことができない超魔導の一撃。
「我は……我はこんなところで死ぬわけにはいかぬ――――!! 我こそが世界の……時の――――」
ただ絶叫しながらハジャはクロノスへと縋りつくもクロノスは応えることはない。究極への探求に魅せられながらも今のハジャにはただ虚構に縋ることしかできない。ハジャは自らの持つ無限の魔力によって生き延びんと足掻くも全てが消え去って行く。六十一式DBという狂気に身を染めて手に入れた無限も超魔導の前では無意味。かつて自らが口にした言葉と同じ。
『どんなに魔力があったとしても超魔道の前では一にも満たない』
それが答え。自らを超える力によって圧殺される。この上なく分かりやすい、自らが体現してきた真理。それに従いながらハジャはこの世から消え去って行く。
それは無限の欲望の行きつく果て。無限に魅せられた愚かな魔導士の最期だった――――
「見苦しい物を見せてしまったな……ではそろそろ本題といこうか」
「…………」
まるで何事もなかったかのようにシャクマは視線をその場にいるジークに向ける。その視線は先程までの比ではない。つい先ほど大魔道であるハジャを葬ったというのに息一つ切らすことない。その場にいるだけで全てを支配してしまえるような王者の風格。それに晒されながらもジークには恐れはない。あるのはこの場で目の前の超魔導を倒さなければならないという事実だけ。
「……場所を変える。ここではまともに戦えないだろう」
「よかろう。好きな死に場所を選ぶとよい」
ジークは破れかけた上着を破り捨てながら指を空に向ける。それだけでシャクマは全てを察したのか杖によって瞬時にその場から飛び去って行く。上空という魔導士だからこそ立ち入ることができる領域。同時に魔導士がもっとも実力を発揮することができる戦場。あえてジークはそこを戦場に選んだ。同じ魔導士である以上地の利はない。ハジャとの戦いで既に魔都の中心は崩壊寸前でありこれ以上の魔法戦には耐えられない。何よりもニーベル達を、時の民達を巻き込むわけにはいかなかった。
「ジーク……」
「心配するな、ニーベル……ミルツ様達と今すぐここから離れるんだ」
「でも……!! ジークだってボロボロじゃないか! なら……!」
「無駄だ。あいつからは逃げられん。それに逃げられたとしてもお前達がただでは済まん……」
ニーベルが必死に訴えるもジークには既に選択肢はない。言葉にするまでもなくニーベルがこの場から逃げるべきだと口にしようとしていることにジークは気づいていた。確かにそれは正しい。いくらハジャを超えたと言ってもそれまでの戦いの傷や消耗がなくなったわけではない。いつ倒れてもおかしくない程の重傷に加えて疲労困憊。しかも相手はハジャを片手間に葬れるほどの怪物。撤退を選択し、傷を癒すことが正しいことは誰の目にも明らか。だがジークにそれは許されない。超魔導であるシャクマから逃げ切ることは不可能。空間転移をしたとしてもすぐさま追跡されてしまうのは火を見るよりも明らか。よしんば逃げ切れたとしてもニーベル達は間違いなく殺されてしまう。それはジークにとっては敗北と同義。否、敗北以上に犯してはならないもの。
「オレは必ず勝つ……信じて待っていてくれ」
誓いと共にジークもまた風のエレメントを纏いながら空高く舞い上がって行く。それをただニーベル達は見上げることしかできない。今のジークとニーベル達の間には天と地ほどの力の差がある。できるのはただ信じることだけ。それでもニーベル達はジークの勝利を信じ、その場から動き始めるのだった。
「どうやら大魔道を超えておるのは間違いないようだな。成程、ハジャでは相手にならんわけだ……」
「……何故ハジャを殺した。あのままなら二対一でオレを追い詰められたはず……」
「あやつがいたところで主が相手では何の役にもたたん。何よりも奴はルシアを裏切った。当然の報いよ」
ジークの疑問にシャクマはさも当然のように応える。大魔道を超えた戦いにハジャなど邪魔にしかならないという理由。そして何よりもルシアを裏切った者に対する制裁。それこそがシャクマがここに現れた理由。それを聞きながらジークは先のシャクマの言葉を思い出す。聞き流すことができない言葉。
「シャクマ・レアグローブ……お前は本当にあのレアグローブの王なのか?」
レアグローブという呪われた血の証。金髪の悪魔であるルシアのみが受け継いでいるはずの血統を持つ者がまだこの世界にいることを意味する物。五十年前、王国戦争を引き起こした張本人が今、ジークの前に君臨していた。
「信じられないかね。だが無理もない。表向き私は終戦とともに死んだことになっておるからな。だがこの体に流れる高潔なる覇王の血は変わらぬ。超魔導の称号もそれに比べれば些細な物に過ぎんよ」
そんなジークを嘲笑うかのようにシャクマは自らの正体を告げる。その言葉、そして金髪こそがシャクマがレアグローブの血を継ぐ者であることの証。それを確信しながらもジークはさらなる疑問を口にする。ともすればハル達の疑念が晴れるかもしれない可能性。
「……ならお前がルシアを裏で操っているのか?」
「私がルシアを? そんな訳がなかろう。ルシアは私が誰なのかも知らんよ。ルシアに家族など必要ない。この世に覇王は一人しかいらぬ」
「ならお前の目的は何だ。星の記憶を手に入れることでなければ何故お前はルシアの味方をする?」
「目的? そんなものは決まっておる。この並行世界の消滅。それこそが我らレアグローブの宿願。そのために動いているだけよ」
「っ! 並行世界の消滅だと…!? それがどういうことか分かっているのか!? そんなことをすればお前も死ぬことになるぞ!」
「百も承知よ。この世界は全て偽り。現行世界こそが真実。そのために私は動いてきた。だがそれもあの忌々しいレイヴマスターのせいで狂わされた! 本当なら五十年前に大破壊によって表面的とはいえ世界は消滅するはずだったというのに……!」
それまでの態度を一変させ、悔しさを滲ませるように憤怒と共にシャクマの表情が歪む。まるで世界の敵を思い出しているかのような豹変にジークは圧倒されながらも対峙する。だがほぼ確信しつつあった。目の前の存在こそが五十年前からの因縁の根源なのだと。
「レイヴマスター……剣聖シバ・ローゼスのことか?」
「その通りだ。今は二代目になっているようだが今のレイヴマスターなど足元にも及ばんよ。奴に後れを取らなければシンクレアによって全てが終わり、このような醜態を晒すこともなかった……」
シャクマは憎悪に身をやつしながらかつての王国戦争を思い出す。シンフォニアとレアグローブによる世界を賭けた戦争。シャクマにとってはそれはただの遊戯。さながらチェスをするかのような物。シンクレアによって世界を消滅させるための時間稼ぎ。だが遊戯で終わるはずのそれは思わぬ存在によって覆る。
『レイヴマスター』
DBに対抗するために生み出された聖石レイヴを操る担い手。剣聖シバ。その力によってDBによって絶対優位の力を持っていたはずのレアグローブは追い詰められることになる。蒼天四戦士も加えたシンフォニアは激闘の末についにあと一歩のところまでレアグローブに迫る。無論シャクマも黙ってそれに甘んじていたわけではない。超魔導と呼ばれるほどの力を持った魔導士でもあるシャクマは自らレイヴマスターを倒さんとした。既に蒼天四戦士は激戦によって命を落とし、残るはシバのみ。剣聖と超魔導。剣と魔法の頂上決戦はシバの勝利に終わる。瀕死の重傷を負いながらもシャクマは間一髪のところで空間転移によって逃れることはできたもののそのままシバの一撃によってシンクレアはダメージを受け、完全な大破壊は起こらず世界の十分の一を破壊するに留まった。それはシャクマにとっては許すことができない屈辱だった。
「そうか……やはり貴様が全ての元凶ということか」
「私が? 何をおかしなことを。全てはエンドレスの意志だ! 私はそれを手助けしただけに過ぎんよ!」
「違う! 貴様は全てをエンドレスのせいにしているだけだ! この世界で生きて行くことに負けたことに気づいていないのか!?」
「ふん、所詮は仮初の存在。理解することができんのだな。全ては定められたこと。レアグローブとシンフォニアが争い合うことも世界が終焉を迎えることもエンドレスの、神の意志! その資格を持つ者がルシアなのだ!」
「それは違う! オレ達は全てこの世界に生きる者。この世界にも生き残る権利がある。エンドレスに抗うことがこの世界で生きることだ!」
ジークとシャクマ。大魔道を超えた二人の魔導士がぶつかりあう。魔法ではなくその言葉で。並行世界に生きる者と現行世界こそが真実だとする者。神の視点からすればシャクマの方が正しく、人間の視点から見ればジークの方が正しい。どちらも正しく、間違っている答えの出ない、答えのない命題。
「愚かな……すぐに答えは出る。エンドレスとルシアによってな。だがその前に私が邪魔者を全て排除してくれよう。ここでお主を、そしてその後には二代目レイヴマスターとリーシャ・バレンタイン。エンドレスに逆らう全てを取り除くことこそが今の私が為すべきことだ」
問答は無意味だと断じ、シャクマは己が目的を言い放つ。今、シャクマが動き出したのは全てそのため。ルシアが四天魔王を配下にするために魔界に行ったこの隙を狙って動き出す全ての不穏分子を一掃すること。自らの孫であるルシアの覇道を阻む物を根こそぎ排除する。シンフォニアでの出来事から既にシャクマはハジャがそれを盗み見し、不穏な動きを見せていることは知っていた。その粛清のためにミルディアンに赴いたものの、さらにここにはレイヴ側に味方する大魔道を超える魔導士ジークがいる。ハジャならいざ知らずそれを放置することはルシアにとって万が一だが危険がある。それを排除した後に二代目レイヴマスターと全ての元凶であるリーシャ・バレンタインを亡きものにする。それがシャクマの計画。だがジークにとっては別の意味で声を震わせてしまうほどの衝撃を持つ事実が含まれていた。
「リーシャ・バレンタイン……? 一体どういうことだ……?」
『リーシャ・バレンタイン』という今は亡き少女の名が。
「お主こそ何を言っておる。魔導精霊力を持つリーシャを今度こそこの世から消し去る。それだけよ」
「何を言っている!? リーシャ・バレンタインは五十年前に既に死んでいる! レイヴを生み出した引き換えに命を失ったはずだ!」
「なるほど……どうやら本当に気づいていなかったのか。ルシアも同じことを言っておったが……まあ無理もあるまい。まさかリーシャが生きておるとはこの目で見るまで私も想像すらしていなかった。お主らがエリーと呼んでおるあの小娘が正真正銘リーシャ・バレンタイン本人だ」
エリーの正体がリーシャである。シャクマの口から聞かされた言葉の意味が理解できずジークはその場に磔にされるもすぐさま我に帰る。
「ば、馬鹿な……!? 何故そんなことがお前に分かる……!?」
「当然よ。私は五十年前からあの小娘達と縁がある。暗殺を命じたこともあるのだ……見間違えるわけがあるまい。魔導精霊力を持ち、全く同じ容姿を持つ者など他にいるわけがなかろう」
滑稽だと笑いを漏らしながらシャクマは淡々と真実を告げていく。
「シンフォニアで見た時には目を疑ったが同時にやっと分かったわい。国王が、マラキアが最期に笑った意味を。全てあのクソジジイが仕組んだことだったのだとな」
「マラキア……シンフォニア国王のことか」
「そうだ。わざわざリーシャを死んだことにしてまで隠したかったらしいな。まんまと一杯喰わされたが無駄なことをしたものだ。これでは死んでいった者達も報われんな、ククク……」
邪悪な笑みを浮かべながらただ嗤い続ける。かつて敵国の王であり、知り合いでもあったマラキアをシャクマは長い時間をかけて呪殺した。それほどまでにシャクマはマラキアを憎悪していた。だがその最期の瞬間、マラキアは笑みを浮かべながらこの世を去った。まるで何かを成し遂げたかのように。その答えを五十年経ってようやくシャクマは得た。リーシャを、魔導精霊力をシャクマの手から守り通したことがマラキアが笑みを浮かべた理由だったのだと。だがそれは終わりを告げる。他ならぬシャクマによって再びリーシャはその命を狙われることになったのだから。
「だが……生きていたとしても何故エリーは歳を取っていない? あの姿は間違いなく少女の物だ。五十年近く生きていたのなら……」
「フン……恐らく自らの体を氷漬けにし、時間を凍結させていたのだろう。魔導精霊力ほどの魔力があれば不可能ではない。念の入ったことだ。どうやら何が何でもエンドレスが復活する時代までリーシャを送り込みたかったようだな……無駄なことを」
(そうか……だからあの時エリーは地下で眠っていたのか。ならオレは知らずに余計なことを……いや、もしかすればこれは初めから決まっていたのかもしれん)
次々に明かされる情報によって混乱しながらも徐々にジークは答えに辿りつつあった。
何故あんな場所にエリーが眠っていたか。何故リーシャと瓜二つの容姿をしているのか。何故魔導精霊力を持っていたのか。何故記憶を失っているのか。
全ての点が線につながったかのような感覚。もはや疑う余地はない明確な答え。全てはエンドレスを倒すために。その可能性である魔導精霊力を持つエリーを現代に送るため。腕に残された3173の文字もエリーが記憶を失うことが分かっていたからこその物。リーシャが眠った後、レイヴが五つに別れてしまったのも源の力たる魔導精霊力が眠ってしまったから。それはさながら今は眠っているエンドレスとシンクレアと対を為す関係。シンクレアもまた五十年前はエンドレスが眠っていたが故に完全な姿とはならなかった。だがそのことが逆にリーシャが生きていたことの証明となる。魔導精霊力とエンドレス。レイヴとDBは対を為す存在。もしレイヴを生み出すことでリーシャが命を落としたのならエンドレスもまたシンクレアを生み出したことで消滅しなければならない。
「納得が行ったかね。だが知ったところで何も変わらんよ。ルシアはどうやらあの娘を手にしようとしているようだがあまりにも危険すぎる。あれはルシアには必要ない。留守の間を狙うようで気は引けるがこの好機を逃すわけにはいかんのでね。全てはエンドレスの、ルシアのためにお主らには全員死んでもらう」
シャクマは茶番はここで終わりだとばかりに空気を変え、魔力を高めて行く。それはシャクマにとってもこの行動はリスクが伴うものだからこそ。ルシアはエリーに対して恋愛感情に近い物を持ち、己の物にせんとしている。ただ魔導精霊力を持っているだけならシャクマもここまで強硬な策にはでなかったがそれがリーシャであるなら話は別。今は記憶を失っているが記憶を取り戻せば間違いなくエンドレスに牙をむく。ルシアがいたため動くことができなかったシャクマだが今、その枷は解き放たれた。例えそのことでルシアの逆鱗に触れて処刑されようがシャクマには何の後悔も恐れもない。ただエンドレスの、ルシアのためになるならば本望。狂気にも近い歪んだ感情がそこにはある。
ジークは悟る。今この瞬間は時の接合点。五十年前に途切れてしまった世界を、時を守るための戦いが再び始まったのだと。
二百万の命が失われた王国戦争。シャクマにとっては遊戯に過ぎない戦争。だが人々にとっては違う。全てはエンドレスを倒すために。
マラキアの、シバの、蒼天四戦士の、そしてリーシャの想いがあったからこそ今まで時は流れ続けている。それを守るのが、受け継ぐのが時の番人であるジークの役目。五十年前の悲劇を二度と繰り返さないために。
「エリーがリーシャであろうがなかろうが関係ない。オレは時を守るためにエリーを守る。それだけだ」
シンフォニアでの誓いを守るために。単純な、それ以上にない確かな理由。魔導精霊力でもレイヴでもないジークの戦う意味。
今この瞬間、世界最強の魔導士の座を賭けた、五十年前の王国戦争の妄執と未来の戦いが始まった――――