無数の灯りによって照らされたビル群。本来なら多くの人々で賑わっているはずのエクスペリメントは今、無人の抜け殻と化している。既に民間人は避難によってその一画には残っていない。だがそれは当然のこと。何故ならそこは今まさに超兵器が向かっている場所であったのだから。
『シルバーレイ』
数日前帝国を一夜にして消滅させた大量破壊兵器。それが向かって来ている方角から逆方向に人々は必死に逃げまどっている。例えそれが無駄なことだと分かっていながらも。シルバーレイが使われれば逃げ場など無いというのに。だがそんな誰もいない無の街を駆ける一つの影があった。
(どうやらもうこの辺には誰も残ってねえみたいだな……)
金髪とそれとは対照的な黒の甲冑を身に纏った少年、ルシアは誰もいない、車だけがひしめき合っている道路の間をまるで縫うように駆ける。だが速度は常軌を逸している。車どころか飛行機に匹敵するのではないかと思えるような速さ。もしその場に民間人がいたとしてもルシアの姿を捉えることはできず風が過ぎ去ったとしか思わないだろう。それはルシアが持つネオ・デカログスの形態の一つ闇の音速剣の力。今のルシアは限りなく光速に近い音速によって動くことができる。目にも映らないような速さを纏いながらルシアは一直線にある場所へと駆ける。人々が避難している方向とは全く逆の方向。シルバーレイが向かってきているであろう方向へ。狂気の沙汰と思われてもおかしくない無謀な行動。
(間違いねえ……このDBの気配は鬼神の参謀が持ってた物……ならもうすぐそこまでシルバーレイは迫って来てやがる……!)
ルシアは顔を強張らせるも逸る気持ちを何とか抑え込みながら自分が向かっている先から感じ取れるDBの気配を読み取る。どんなものも空中で操ることができる能力を持つ『スカイハイ』と呼ばれるDB。原作では鬼神参謀であるゴブが所有していたもの。その気配がエクスペリメントの上空に近づきつつある。それはつまり既にシルバーレイがすぐそこまで迫ってきていることを意味する。シルバーレイの威力から考えればもはやいつ発動してもおかしくない。事態は一刻を争う。それだけではない。ルシアにはさらに気に掛けなければならない事情がある。
(ディープスノーも鬼神達と交戦中だ……だがいつまでもは保たねえ……! レイナとハル達もどうなってるか……!)
ルシアはただ急速に動き続ける事態に焦りを募らすしかない。自分がシルバーレイの破壊に向かわなければならないためルシアはディープスノーに鬼神達の足止めを命じた。だがいかに六祈将軍といえどもそれは至難の技。しかも対象はDCの構成員だけでなく民間人まで含めたもの。だがその無茶を承知でディープスノーは戦場へと向かってくれた。なら一刻も早くシルバーレイを止めるしかない。加えてサザンベルク大陸では恐らく既にドリューとレイナが接触しているはず。ハル達がそれに巻き込まれている可能性も高い。それを救うためとネクロマンシーを止めるためにはドリューを倒すのが絶対条件。だがドリューを倒せばシンクレアが四つ揃ってしまうという根本的な問題は解決したわけではない。どう足掻いても詰んでいると言ってもいい状況。しかしルシアはその全てを振り切り今は唯一つのことに意識を集中させる。
『シルバーレイを止めること』
それが今のルシアの為すべきこと。それができなければDCの構成員も、十万人以上の命も失われてしまう。だが
『ふむ……熱くなるのは構わんが少しは周りに気を配らんか。足元を掬われかねんぞ、主様?』
『っ!? い、いきなり話しかけるんじゃねえよ!? 今は高速移動中だぞ!?』
『アキ様……お気を付け下さい。どうやら鬼神達も既に手を打っていたようです』
突然のマザーとアナスタシスの言葉によってルシアは現実へと引き戻される。同時に感じ取る。無人であるはずのこの区画に自分以外の気配があることを。それが何なのか理解するよりも早く
「残念だがここは行き止まりだぜ、金髪の悪魔さんよ」
地に響くような吹きと声と共に金の波がルシアへと襲いかかった。
「――――っ!?」
ルシアは瞬間、体を捻りながら金の波を紙一重のところで回避するもそれを逃がすまいかとするかのように金の波はまるで蛇のように形を変えながら追い縋ってくる。変幻自在の動きを見せる金に翻弄されながらもルシアは完璧にその全てを回避する。闇の音速剣の速さを持ってすれば造作もないこと。だがそれを見て取ったかのように金の蛇たちは目標をルシアへではなくその周囲にあるビルへと変える。瞬間、ビル群は金によって無造作に削り取られ倒壊し、ルシアへの前へと立ち塞がる。だがルシアには全くダメージはない。これたただ単にルシアがこの場から逃がす隙を与えないためのもの。
「初めましてってところか……ホントにこんなガキがDCの新しいキングってわけかよ」
悠然と嘲笑うかのような笑みを見せながら一人の鬼が姿を現す。だがそれは唯の鬼ではない。他の鬼神達全てを合わせたとしても足元にも及ばない程の強さとカリスマを併せ持った王の一人。鬼神総長オウガ。かつてのキングに匹敵する実力を持つ怪物がルシアの前に立ち塞がる。だが
「…………」
ルシアはオウガが目の前に現れたにもかかわらず全く言葉を発することはない。ただ一瞬、呼吸を整えるよう仕草を見せるだけ。
「何だ、こっちが挨拶してやったってのにそっちは何も―――」
そんな不可思議な姿にオウガがからかうような言葉を掛けようとした瞬間、ルシアの姿がオウガの視界から消え去った。
「っ!? テメエ、オレを無視できるとでも思ってやがるのか―――!!」
オウガは文字通り鬼の形相を見せながら瞬時に己が纏っている金の鎧の力を解き放つ。それはルシアの行動の意味を看破したからこそ。ルシアは既にオウガから離れ、崩壊したビルを乗り越えんとしている。その行く先はシルバーレイがある場所。オウガとルシアの間には大きな意識の違いがあった。オウガにとってこの戦いは防衛戦。シルバーレイを狙ってくる敵を排除することがオウガの役目。そしてルシアにとって最優先すべきはシルバーレイの破壊。それ以外の要素は全て無視しても構わないもの。一分一秒も無駄にできないルシアと知らず戦いを愉しまんとしていたオウガ。その意識の差が初動に現れた。
ルシアはただ駆ける。闇の音速剣の速度によって風となりながら。敵から逃げるという本来なら許されないような屈辱。だがそんな感情をルシアは持ち合わせてなどいない。戦いを愉しむなどという思考はルシアには存在しない。ただ目的を達成するための手段。
「この腰抜けが―――!! ぶち殺してやらあああああ!!」
自らが王であることを誇りとしているオウガにとって無視されたことは何よりも許しがたい屈辱。目を血走らせ、額に青筋を浮かべながらオウガは己が力を解き放つ。
『金術』
その名の通り金属の中の王である金を自由自在に操る術。その速度と破壊力は銀術を遥かに超えるもの。オウガの纏っている鎧もまた全て純金でできる特注品であり彼にとってそれは無敵の矛である盾にもなり得る武器。その形状がオウガの怒りに呼応するようにムチのように変化し、ルシアを逃がさんと襲いかかる。ルシアはそれを先程同様速度によって回避しそのままその場を離脱せんとするもそれは敵わない。
「っ!」
ルシアはその瞬間、初めて表情を変える。それは自らに追い縋ってくる金のムチの動きが先程とは比べ物にならない程に上がっていたこと。その本数と相まって確実にルシアの動きを捉えている。それは先程の攻防ではオウガがルシアの速度を見誤っていたため。ルシアの想像を超える速度を考慮に入れた上でも動きに切り替えるという戦う者として圧倒的なセンス。だがそれだけであったならルシアも驚くことはない。問題は
「食らいな! ゴールドラッシュ!!」
その圧倒的物量。ムチではない無数の金の弾が全方位からルシアへと襲いかかって行く。だがそれはオウガの鎧の金だけではあり得ない規模。その証拠に金の弾丸はオウガからではなくルシアの周囲にある崩壊したビルの残骸から発生している。それこそがオウガの狙い。ルシアはようやく悟る。自分が罠にかかってしまったことを。ここ一帯のビルに既に無数の金が設置されていたのだと。およそ正気とは思えないような策。金という高額で希少な鉱物を湯水のように使い捨てるかの如き戦い方。かつてのシルバーレイの中の一室どころではないここ一帯を覆い尽くすような金の輝き。だがそれをオウガは宣戦布告によって軍門に下った闇の組織や国家、そしてルビーから奪った財産にものを言わせて現実の物とした。
逃れようのない金の弾雨がルシアを取り囲む。いかに闇の音速剣の速度を以てしても回避しきれない空間攻撃。それはまさにホワイトキスによるレイナの銀術。その物量と威力はその比ではなくドリューの持つヴァンパイアの斥力を以てしても防ぐことができなかった攻撃。だがそれを
ルシアは剣の一振りで難なく切り払った――――
「なっ――――!?」
オウガはその光景に驚愕の声を上げるしかない。当たり前だ。ルシアを襲った金の弾丸は一発一発が人間を粉々にして余りある威力がある。それを同時に、しかも全てを切り払うなど人間業ではあり得ない。だがそんなオウガに混乱する暇すら与えないとばかりにルシアはそのまままるで独楽のように回転しながらオウガへと向かってくる。同時に凄まじい轟音が辺りを支配する。迎撃せんとする金術の全てを回転しながら剣で切り払い、同時に先程以上の速度を以てルシアは迫る。だがその動きはまるでハンマー投げをしているかのように剣に振り回されている。それは正しい。何故ならルシアが手にしているのは十剣の中でも一、二を争うほど扱いが難しい物なのだから。
『闇の重力剣』
十剣中最高の物理攻撃力を誇り、それ故に凄まじい重量を持つ剣。ネオ・デカログスのそれはかつてのデカログスの比ではない。振り下ろすのがやっとであるほどの重量が闇の重力剣にはある。だが今、ルシアはそれを扱っている。もう一つの形態である闇の音速剣と組み合わせることによって。
闇の音速剣の速度で剣を振るい、斬撃の瞬間のみ闇の重力剣に切り替えるというある意味単純な連携。だがその重さゆえに振るった瞬間には体が剣によって振り回されてバランスを崩してしまう。しかしルシアは逆にそれを利用していた。重力剣を振るった後に再び音速剣に切り替えることによって。音速剣の使用中体が軽くなる特性を利用し、あえて剣によって振り回されることで速度を落とすことなく戦闘を継続することができる。その到達点が今ルシアが見せている独楽のような、ハンマー投げのような回転する動き。他のネオ・デカログスの形態であれば街を破壊する可能性があるため対人戦で使うことができる選択肢を増やすためのルシアの戦法の一つ。それが音速の重力剣だった。そしてオウガが自らの金術が破られたこと、ルシアの理解できない動きによって隙を晒した瞬間、勝負は決した。
巨大な右腕。鬼に相応しい強固な肉体の象徴が宙に舞う。ルシアの一刀によって。まさに断頭台の一撃のように。ルシアは重力剣がそのまま地面に叩きつけられる前に再び音速剣へと形態変化させる。闇の重力剣のまま地面へ叩きつければその瞬間、地割れが起きかねないため。ルシアはそのままその場を離脱し、シルバーレイの元に向かわんとする。だが
「悪いがこの程度じゃオレは死なねえんだよ、バカが!」
「っ!?」
オウガの勝ち誇った表情と言葉によってそれは防がれてしまう。ルシアは咄嗟に剣を構えオウガの至近距離からの金術を防御するもそのまま木の葉のように吹き飛ばされてしまう。何とか剣の形態を鉄の剣へと変わることでルシアは踏みとどまるも元も位置まで押し戻されてしまっていた。その視線が一点に注がれる。オウガの右腕があった場所に。だがそこには斬り飛ばされたはずの右腕がまるで何もなかったかのように健在であるというあり得ない光景がある。
「オレは不死身だ! どんな攻撃もオレには通用しねえ。悪いがここがシルバーレイで吹っ飛ぶまでオレと遊んでもらうぜ」
勝ち誇った笑いを見せながらオウガは自らの絶対的自信を誇示する。
『不死』
ネクロマンシーであるオウガの新たな力。その力の前ではネオ・デカログスですら通用しない。ラストフィジックスでは物理無効だけであったが今のオウガは物理以外の攻撃に対しても無敵の肉体を有している。加えて疲労もなく、力を使いきることもない。まさに最強の存在。
「それに今更シルバーレイに行っても遅いぜ。もうシルバーレイは稼働しちまってる。あと五分もすれば全部跡形もなく消し飛ぶぜ。残念だったな、ガハハハ!!」
「…………」
オウガは顔に手を当てながら傑作だと言わんばかりに笑い続ける。ルシアがシルバーレイを止めるために単身向かってきていることをオウガはヤンマ報告によって知り、既にシルバーレイを稼働させていた。本当ならシルバーレイの姿を逃げ惑う人々に見せ、恐怖させてから発動させる予定だったのだがそれを早めた形。パスワードを入力されたシルバーレイを止めることはもはや不可能。一度入力すればプログラムは解除することができない仕組み。
「ま、あきらめるんだな。遺言ぐらいは聞いてやってもいいぜ。お前が死んだ後は二つのシンクレアを頂くんだからそれぐらいは聞いてやるさ」
舌なめずりをしながらオウガはルシアの胸元にある二つのシンクレアに目を向ける。それを手に入れることがオウガの狙いの一つ。シンクレアを奪取した上に金髪の悪魔も倒したとなればドリューとした世界の女を自分の物にする約束も現実味を帯びてくる。だがようやくオウガは気づく。ルシアが先程から全く微動だにしないことに。まるで自分の話を全く聞いていないかのような有様。恐怖で頭がおかしくなってしまったのかと訝しんだ時
「……ほんとに死なねえんだな」
ルシアはどこか他人事のようにオウガの右腕を見ながら呟く。オウガは初めてルシアがしゃべったことに呆気にとられながらもその内容に笑いをこらえることができない。
「何だ、今更怖気づいたのかよ? てめえの言う通り、オレは死なねえ、シルバーレイで死ぬのはてめえだけだ」
オウガはどこか憐れみを含んだ声で告げる。自分は不死だと。シルバーレイの攻撃があったとしても自分が死ぬことはなく、死ぬのはルシアだけ。単純な、それでも絶望的な事実。だがそれを耳にしながらも
「……じゃあ手加減する必要はねえな」
ルシアはその手に剣を握りながらぽつりと呟く。まるでようやく事態を理解できたかのように。躊躇っていた何かを決意したかのような空気がそこにはあった。だがそれにオウガは気づけない。自分が触れてはいけない逆鱗に、入れてはいけないスイッチを入れてしまったことに。
「フン……どうやらシルバーレイより先にオレに殺されたいらしいな。いいぜ、特別に見せてやるよ、オレの本気をな!!」
オウガは不敵な笑みを見せながらその両手をルシア向かってかざす。同時に見えない力がオウガの掌に集中し、その周囲の景色がまるで蜃気楼のように歪んでいく。それは金術師の力。普段は金を操るためだけに使われている力が今、オウガの両手に全て集まって行く。それこそがオウガの切り札。金術の究極技。全ての物理を超えた無属性魔法にも似た衝撃を放つ奥義。
「王の威光――――!!」
金の光がルシアを、辺りの建物ごと包みこんでいく。防御も回避もできない完璧なタイミング。その証拠にルシアはオウガの攻撃を前にしても微動だにしない。ただ為すすべなく金の光に消えて行くだけ。辺りにあったビルの残骸も、無数の車も、道路も全てが消え去って行く。まるで粒子になって行くかのように。金術と銀術。それは金属という元素を操る術。それはすなわち原子を操ることと同義。物理的な力では絶対に防ぐことができない力。魔法であったとしても禁呪級の力でなくば対抗できない攻撃。故にここに勝負は決まったはず―――――だった。
「―――――」
オウガはただ声を出すこともなくその光景に目を奪われていた。そこにはルシアがいた。だがその周囲には何もない。全てが無になってしまっている世界。まるで世界がひび割れているかのようなあり得ない光景。その中にルシアは君臨していた。体は紫に光によって覆われている。その光はその手にある剣にまで達している。それが何なのかオウガは知っていた。
『次元崩壊』
シンクレアの極み。並行世界を消滅させ現行世界に辿り着くための禁じられし力。だがそれはオウガにとっては想定内。二つのシンクレアを持っている以上ルシアがそれを使ってくることは分かり切っている。それでも不死である自分の力も劣るものではない。もし粉々にされてしまっても再生できる力がオウガにはある。支配者であるドリューが生きている限りそれは変わらない。そう、変わらない。なのにオウガはその場を動くことができない。ただ単純な恐怖によって。それはシンクレアの力でもなく、死でもない。既に一度死んだオウガに恐れる物などあるはずがない。だがこの時オウガは知る。死よりも恐ろしい恐怖がこの世にはあるのだと。
それはルシアの瞳。
自分を見ているルシアの瞳。それにただオウガは恐怖する。そこには何もない。確かにルシアはオウガを見ている。だがそこには何の感情もない。まるで機械のような、昆虫のような冷たさがあるだけ。まるで自分を道端の石であるかのように、その存在などないかのように見つめているその視線。蛇が蛙に睨まれるどころではない。次元が違う隔たりがそこにはある。王であるオウガですらその場に跪くしかない圧倒的な力の差。
『大魔王』
その片鱗が垣間見える。オウガは悟る。自分とは全く異質な王が今、目の前にいるルシアなのだと。
『母なる闇の使者』
全てのDBの頂点に立つ五つの母。その役目はシンクレアを統べるに、エンドレスを手にするに相応しい担い手を見つけること。それに選ばれた者は全て常人ではあり得ない程の野望と欲望を抱いている。
ドリューは人間への絶望と復讐、そして自らの絶対王権を作り出すために。
ハードナーは過去への執着、世界を破壊することで自身の欲望を満たすために。
オウガは自らの強さの証明、全ての女を、世界を自らの物とするために。
それぞれが王に相応しい、シンクレアに選ばれる資質を有している。そこに例外はない。つまりアキにもまたその資質があるということ。かつてマザーが口にした大魔王の資質がアキにもまた存在する。
『生き残ること』
それがアキの行動理念であり本質。他の三人に比べれば取るに足らない些細な物。だが他の三人の本質が外に向いたたものであるのに対してアキのそれは内に向いたもの。いわば全く逆の資質。この世界の存在でないがゆえに世界そのものを敵にしかねない危険を持つ存在。
自らは決して手を出すことはないがもし自らの領域に、自身の命に危険をもたらすものがあればどんなものであれ排除する。自分が生き残るためなら世界を犠牲にしても構わない。そのためなら油断も、慢心も、慈悲も、容赦もなく障害を排除する。
他の王達とは真逆であるがゆえに最も敵に回してはいけない存在。その片鱗が今、極限状態の中で目覚めつつある。
「っ!? ゴ、ゴブ!? 何してやがる、今すぐシルバーレイでこいつを――――」
本能で全てを悟ったオウガが持っていた無線でシルバーレイに乗っているゴブに向かって叫ぶもそれが終わるよりも早く
「――――消えろ」
オウガはこの世界から消える。ルシア時空の剣の一振りによって。その力はハードナーの時の比ではない。オウガの体を一瞬消し去る規模。オウガは既に死者。先の言葉通り手加減する必要がないからこその無慈悲な一閃。オウガは時空の剣によってこの並行世界から現行世界へと送りこまれてしまう。何もない、誰もいない死の世界に。この世界から消えたことでネクロマンシーでなくなるのか、それとも現行世界で生き続けるのかはルシアにも分からない。ただ一つ確かなこと。それはどちらであってもオウガにとっては『死』と同義であろうということだけだった――――
「っ!? そ、総長!? 総長、返事をしてください! 総長!」
シルバーレイの中に待機している参謀長であるゴブは必死の形相で無線に呼び掛けるも返事はない。ゴブは悟る。恐らくは総長であるオウガが敗北したであろうことを。不死である自分達を倒すことができるほどの力を金髪の悪魔が持っていたことを。ゴブはそのままその場に蹲り、ぶつぶつと独り言をつぶやいているだけ。だが次第にその独り言の声が大きくなっていく。まるで気が狂ってしまったかのような笑いと共に。だがそれは間違いではない。既にゴブの精神は限界に近かった。
ドリューによって殺され、死者として操られている現状。仲間の中ではそれを気にせずむしろ喜んでいる者すらいる。しかしゴブはそうはなれなかった。元々オウガやガワラ達ほど精神的にゴブは強くない。ある意味今の現状はゴブにとっては終わらない悪夢と同じ。シルバーレイという大量破壊兵器で何十万人もの命を奪った。気にはしないつもりでもその事実にゴブは日に日に怯えるしかない。
それでもゴブはそれを耐えながら動いてきた。総長であるオウガについていく形で。だが今、それは消え去った。残されたのはただシルバーレイという殺人兵器をドリューの代わりに使い続けるという地獄だけ。
「は……はは! はははは!! もうどうなっても知ったことか!! いいさ、お望通り全部消し去ってやるよ! ここだけじゃない、世界中ひとつ残らずコイツで跡形もなくなればいい―――!!」
ゴブは気が狂ったかのようにただ叫び、暴れながらシルバーレイを動かし続ける。既に発動した以上もはや止める術はない。エクスペリメントどこかソング大陸すら消滅しかねない力が今解き放たれんとしている。
『シルバーレイ』
銀術によって造られた最終兵器。だがそれを作ったグレンは生涯それを後悔した。例え芸術品としての価値があろうと多くの人を殺める兵器を作ってしまったことを。だがそれだけではなかった。シルバーレイの力。それはその名の通り、銀術の力を以て破壊を行う。
『絆の銀』
信じあう二人の銀術師が揃うことで可能な銀術の究極技。それこそがシルバーレイの攻撃の正体。その規模は比ではないが根本は全く同質のもの。だがそれを為し得る核をグレンは生み出した。それは娘であるレイナへの愛情。それを込めた絆の銀こそがシルバーレイの正体。パスワードもそれに合わせてREINA。娘を想う父の作品が今、再び人々を消し去らんとしている。
だが人々は知らなかった。それを止め得る力を持つ存在がいることを。
人々は思い出す。かつてシルバーレイを遥かに超える破壊があったことを。
オウガの攻撃と時空の剣の影響によって廃墟と化した一画にルシアは一人、空を見上げながら佇んでいた。その視線は真っ直ぐにある一点を、銀の船を見つめている。だがその距離はとてもすぐに辿り着けるものではない。加えて先のオウガ言葉が事実なら既に発動まで一分を切っているはず。どちらにせよ間に合わない。シルバーレイを使用されることを防ぐことはルシアにはできない。しかしルシアには恐れも迷いもない。何故なら
「……準備はいいな、マザー、アナスタシス?」
ルシアは最初からこの場からシルバーレイを破壊するつもりだったのだから。
『ふん、お主こそいいのだな? 失敗しても我のせいにされては敵わんからな』
『私達はいつでもいけます。どうかお心のままに、アキ様』
ルシアの言葉に応えるようにマザーとアナスタシスは光を放つ。もはや言葉など必要ないのだと告げるかのように。それを見て取ったルシアは胸にあるマザーを鎖から外し、自らの手の中に収める。まるでそれに全てがかかっているのだと言わんばかりの力を込めながら。
マザーを掴んだ拳をルシアはそのまま空へと向ける。片方の手はその手を支えるように添えられ、両脚は大きく開かれる。それはまるで自らの体を砲台に見立てたかのような体勢。だがそれは間違いではない。何故なら今からまさにルシアは『砲撃』を行わんとしているのだから。
瞬間、天変地異が巻き起こる。ルシアの周囲にある建物の残骸がまるで重力に逆らうかのように動きだし、辺りは地震のような揺れに晒される。台風のような暴風がルシアから吹き荒れ、まるで台風の目になったかのようにルシア以外の全ての物が崩壊していく。だがそれだけではない。崩壊したはずのビルが、大地がまるで元の戻って行くかのように再生されていく。まるでビデオの早送りと巻き戻しが繰り返されるかのように。
それはアナスタシスの力。崩壊しかけたルシアの周囲を再生によって何とか維持するためのもの。いわばサポートこそが今回のアナスタシスの役目。ルシアが今から行おうとしていることから街を守るためのもの。
ルシアはその手に光を灯す。同時に凄まじい熱がマザーから、自分の体から生まれて行く。まるで太陽を生み出さんとしているかのような力の奔流。時空の剣や絶対領域とは違う、物理的に世界を壊す力が今、ルシアの手の中にある。人の手に余る、神に等しき力。ルシアはかざす。その力を空へと、そこにある銀の船へと。
シルバーレイから銀の光が放たれる。夜の闇を全て照らして余りある破壊の光。銀術より生まれし呪われた力。その光に人々は恐怖し、絶望する。だが人々は忘れてしまっていた。今より遥か昔。五十年前、これを遥かに超える破壊の力が存在したことを。
王国戦争。その終末に訪れた悲劇。シンフォニアを死の大地へと変え、デスストームを生み出し、世界の十分の一を破壊した大災害。その名は
「大破壊――――!!」
かつて世界を震撼させたシンクレアの力。エンドレスの本質とでも言える大破壊。それが今、一人の人間の手によって放たれる。自らと同じ破壊の力を持つシルバーレイに向かって。まるで紛い物に本物を思い知らさんとするかのように。
その瞬間、エクスペリメントの時間は止まる。ただ人々は目の当たりにした。銀の光が為すすべなく紫の光によって飲み込まれて天へと昇って行く光景を。
それがエクスペリメントでの戦いの終わり、そして世界を滅ぼす力が世界を救った瞬間だった――――