六祈将軍と六つの盾。新生DCとBGの最高幹部であり最高戦力。互いに数は六つに届かないものの対となる者同士が空中要塞アルバトロスで激戦を繰り広げている。だがそれも終わりに近づきつつある。拮抗した実力を持っていたとしても全力でぶつかりあえばどちらかが勝利し敗北する。当たり前の、そして残酷な摂理。しかしそれすらもこの戦いにおいては前座に過ぎない。何故ならこれは戦いではなく戦争なのだから。そのトップ、リーダーを倒さない限り戦争は終わらない。逆を言えば例え幹部が全滅したとしてもリーダーが生き残っていればその陣営の勝利となる。そしてここにその片方、新生DCの最高司令官がいた。黒い甲冑とマントに巨大な黒い剣。何より目を引くのがその金髪。対照的な色合いを持つ少年、ルシア・レアグローブ。金髪の悪魔の異名を持つ王だった。
(よし……とりあえずは問題ないみてえだな……)
ルシアは心の中で安堵のため息を吐きながらも一直線に走りつづけている。そこはアルバトロスの中の通路。だが見張りである兵士の姿は全く見当たらない。閑散とした光景はまるで無人なのではと思ってしまうほど。だがそうではないことを証明するように艦内にはけたたましい警報が流れ続けている。侵入者を知らせるもの、言うまでもなく六祈将軍の襲撃によるものだった。だがそれこそがルシアの狙い。正面突破という派手な真似をさせて六祈将軍にBGの意識を集中させその間に時間差を空け、本命であるルシアが侵入する。目論見通りその策は成功しルシアの存在に誰一人気づくことはない。全ては順調。だが
『何だ……一人も敵がいないではないか。つまらん。やはり六祈将軍が来るのを待つべきではなかったかもしれんの』
それが気に入らない、もとい退屈だといわんばかりの声を漏らす存在がルシアの胸元にいた。マザー。五つあるシンクレアの一つでありルシアにとっては共犯者であると共に敵以上に厄介な存在。
『な、何言ってやがる!? これ以上にないくらい上手く行ってんじゃねえか! 何の不満があんだよ!?』
『いや、不満と言うよりも誤算と言うべきかの。どうやら思ったよりも六祈将軍というのは実力があったようだ。もしかしたら六つの盾とやらの方が大したことなかったのかもしれんが……』
『ど、どういうことだよ……』
『何だ、気づいていなかったのか。まあアナスタシスを探す方に意識を集中しておったのだから無理もないか……喜べ主様よ。どうやら六祈将軍が六つの盾を後一人まで追い詰めたようだぞ』
くくくという笑いと共にマザーは事実を告げる。その言葉に驚きながらもルシアもまた自らのDBマスターとしての力、感覚をアナスタシスの探索から船全体の把握へと切り替える。同時にルシアは戦況を把握する。まず六祈将軍が全員健在であること。そして六つの盾のDBたちのほとんどが敗北したことを。DBの状況まで把握できるルシアにはそれが手に取るように分かる。だが安心することはできない。何故ならまだ戦闘が終わっていない二つのDBが存在していたから。それはアマ・デトワール、すなわちユリウス。そしてもう片方の相手が問題だった。
(これは……酸のDB……ってことは相手はルカンか……!)
ルシアはそのDBの正体を瞬時に見抜く。実際に感じるのが初めてであるにもかかわらずそれができるのもDBマスターの力。例えるなら知識のレイヴのようなもの。見たり、感じ取ることでその知識が頭に浮かんでくる。同時にルシアは戦慄する。その力の大きさに。そしてアマ・デトワールの精神状態に。そこから焦りが伝わってくる。間違いなくユリウスが追い詰められている証だった。
『だがどうやら最後の一人はなかなかやるようだな。アマ・デトワールの方も粘っているが時間の問題だな』
『お、おい! 何そんなに落ち着いてやがる!? ユリウスがやばいってことだろうが!』
『ふむ……前々から思っておったが何故そこまで六祈将軍にこだわる? 戦いで味方が死ぬことなど当たり前であろう』
『そ、それは……まあそうだが……』
『お主がヘタレであることは分かっておるが度が過ぎるぞ。六祈将軍はあくまで配下であって駒。そして主は王、キングだ。我らの役目は六祈将軍のお守りをすることではないぞ』
『ぐ……』
マザーの忠告、警告とも取れる発言にルシアは言葉を詰まらせるしかない。それはあらゆる意味でマザーの言葉が正しいことを理解しているからこそ。マザーの言う通りルシアの目的はハードナーを倒しシンクレアを手に入れること。そして六祈将軍はその障害となる物を排除すること。単純明快な役割であり関係。駒をわざわざ助けに行くなど王のすることではない。だがそれでもそこを割り切れないのがルシアがルシアである所以。そんな自らの主の姿にやれやれといわんばかりの雰囲気を纏いながらもマザーは言葉を続ける。
『まったく……まあよい。とにかく今はハードナーとかいう奴を倒すのを第一に考えろ。そうすれば万事上手くいく』
『ど、どういう意味だよ……?』
『アナスタシスだ。奴を手に入れればお主の心配はなくなる。我の力でアナスタシスのDBを壊すことができるからな』
『……! そ、そうか……』
ルシアはマザーの言葉によって我を取り戻す。ルシアはハードナーを倒すことばかりに目が行き失念してしまっていた。それはハードナーを倒すことはすなわちシンクレアであるアナスタシスを手に入れることを意味する。そうなればアナスタシスの加護を受けているDBを壊すことも止めることも思いのまま。その瞬間この戦争はDC側の勝利となる。そして
『それに加えるなら奴の力は『再生』だ。死にはしない限り六祈将軍を治療することもできる。どうだ、少しは落ち着いたか?』
まるで子をあやすようにマザーはどこか慈悲深さを感じさせながら告げる。それはハードーが持つシンクレアであるアナスタシスの能力。持つ者に再生の力を与えるもの。それは自らの身体にだけではなく他人の身体にも有効なもの。その力ならば致命傷であっても瞬時に傷を再生することができる。ルシアはその事実にどこか心が軽くなったかのように溜息を漏らす。同時に感じ取る。それはユリウス以外の六祈将軍がルカンの元に向かっている感覚。四対一という状況。いかに相手がルカンといえども簡単には遅れは取らない戦力。その事実とマザーの言葉によってルシアは落ち着きを取り戻し、そして気づく。
『マザー……お前、もしかして俺のこと心配してそんなこと言ってんのか?』
マザーの言葉の真の意味。それが自らの主であるルシアを心配してのものだったことに。いつもは感じることのない慈悲深さもその理由。普段なら気が触れたのかと思うだけだが状況が状況なだけにルシアはその事実に辿り着く。
『っ!? な、何をバカなことを言っておる!? か、勘違いするでないぞ……これはお主があまりにも情けない顔をしておるから仕方なく我が』
『分かった分かった……とにかく余計なことを考えずに戦えってんだろ』
『ふ、ふん……分かればいいのだ。まったく、いつもいつも余計な手間をかけさせおって……』
ルシアの言葉によってマザーは狼狽し慌てまくるしかない。まさにツンデレの鑑のような反応。もし実体化していれば間違いなく顔を真っ赤にしながらそっぽを向いているに違いない程の騒がしさ。そんなある意味いつも通りのやり取りをしながらも気を取り直しルシアが動き出そうとした瞬間
「そこまでだ……ここから先には行かせん」
まるでいきなり現れたかのように彼女は現れた。閃光のような速さを以て。いつかと同じように。その手に巨大な戦斧を持ちながら。その姿は半年前となんら変わらない。
BG副船長 『閃光のルナール』
ルナールはそのまま一定の距離を保ったままルシアと向かい合う。その姿は戦士そのもの。欠片の油断も慢心も感じさせない。瞳からは確かな意志が見て取れる。ルナールにあるのは唯一つの感情。ハードナーの敵を排除すること。ただそれだけ。それ以外の事柄など些事だといわんばかりの姿。だがそれを前にしてもルシアは眉ひとつ動かすことは無い。ただまっすぐにルナールを見据えているだけ。自然体そのもの。
『ほう……どうした、いつかのように右往左往せんのか。余計な邪魔が入ったというのに』
『うるせえよ……そんなに俺に慌ててほしかったのか?』
『くくく……それはそれで面白かったのだがな。だがどうやら今日はそんな気分ではないらしい。たまにはこういうのも悪くない』
怪しい輝きを放っているマザーの姿を見ながらもルシアには不思議と恐れも焦りもなかった。それはルナールがここに来ることを知っていたから。むしろルシアからすればやってくるのが遅かったと思うほど。ルナールはハードナーの側近であり盾。ならばハードナーの傍から離れることは考えづらい。故にルシアはルナールがやってくることに驚くことは無い。むしろそれはルシアにとっては好都合なこと。
一つがルナールと六祈将軍が接触することがないということ。ルナールは副船長という地位が示すようにハードナーに次ぐ実力者。その強さをルシアは身を以て知っている。例え六祈将軍であってもハジャ以外のメンバーではルナールには絶対に敵わない。なら自分に狙いを定めてくれるのは好都合。
もう一つがハードナーと戦う前にルナールを排除できること。もしハードナーと戦闘中に乱入され二対一という状況になることがルシアにとってはもっとも厄介な展開。原作ではハルとハードナーの戦いには割って入らなかったルナールだがもしそうなっていればハルには勝ち目は無かっただろう。ならば先にルナールと戦えるこの状況はルシアにとっては願ったり叶ったりのもの。
だがそれでも以前のルシアでは考えられなかった感情。敵を前にして落ち着いているなど今まであり得なかった状況。だがその理由をルシアは悟っていた。
ルシアは静かに、それでも力強くその手に力を込める。ネオ・デカログス。それがその手にある魔剣。半年前とは違う自らの剣。同時に自らの成長の証。半年の間に磨いた力。それを試すことができる状況に知らず身体が震える。怯えではなく武者震い。もしかしたら既にネオ・デカログスの感情がルシアに流れ込んでいるのかもしれない。だがそれはデカログスだけではない。ルシアもまたルナールとの戦い、再戦には思う所があった。唯一引き分けた相手。そしてあの頃の自分と今の自分がどう変わったのか。それを示す戦い。
一度大きな深呼吸をしながらもルシアは剣を構える。それに合わせるようにルナールもまた戦斧を構える。両者の間に言葉は無い。否そんな物は必要ない。あるのはただ目の前の障害を排除することだけ。
ルシアはただ思う。あり得ないようなこと、認めたくないことだがどうやら自分は先のマザーの言葉によって鼓舞されたのだと。悔しいが自分はやはりDBマスターなのだと。
『……行くぞ、マザー』
『よい。では征くとしようか、我が主様よ』
魔石使いと母なる闇の使者。そして新生DC最高司令官ルシア・レアグローブとしての初めての戦いの火蓋が切って落とされた――――
瞬間、音が消え去った。
いや音すらもその速さに追いつくことができない。目にも止まらない、映らない速さ。それを体現している二人の戦士が縦横無尽に駆け回る。始まりの場所である一画は既に無人。今はその戦場はせまい通路へと移っている。その細い道を二つ存在が駆ける。
光と風。
光であるルナールはその二つ名である閃光となりながら通路を駆ける。光のように直線的に。地面、壁、天井。その全てを足場とし、直線的に角度を変えながら。それはさながら鏡によって反射される光。
風であるルシアはその手にある剣の形態を変えながら駆ける。だがその速さは風を、音すらも置き去りにしかねないもの。その動きもそれに合わせたように流線的な物。まるで出口を探す風の流れのごとくルシアは駆ける。
ルナールとルシア。両者はそのまま互いを見据えながら移動し続ける。まさに超がつくほどの高速戦。その証拠に二人は何人かの兵士の間をすり抜けるも兵士達はその存在に気づかない、気づくことができない。一般兵レベルではその姿を見ることすら敵わない。それが『金髪の悪魔 ルシア・レアグローブ』と『閃光のルナール』の戦いだった。
だがそんな中にあって徐々に変化が訪れる。二人しか認識できない世界の中で競い合っている内の一人に焦りが生まれてくる。それは
(くっ……! このままではまずいな……)
閃光のルナール。ルナールは光を纏いながらも自らの後ろから追い縋ってくるルシアの姿に内心で舌打ちするしかない。だが表情には決してそれを見せないことこそが彼女が歴戦の戦士である証。だがそんな彼女であっても今のこの状況はあってはならないものだった。傍目には両者は拮抗しているように見える。だがそれこそがあり得ない。
閃光となっている自分へと追い縋っている。
それこそがルナールにとっては致命的な問題。しかしそれは正しくは無い。現状として速度においてはルナールが上回っている。その証拠にルシアは追い縋りながらもルナールに追いつくことができず離されつつある。だがそれだけでも驚嘆に値すること。ルナールは戦闘が始まった瞬間にルシアの持つ剣が大きく形態を変えたことを見抜いていた。そしてそれこそがこの速さの理由なのだと。だがそれ自体に驚きはない。何故なら
(こいつ……やはり以前エクスペリメントで交戦したローブの男か……!)
ルナールは以前にも一度同じ相手と交戦したことがあるのだから。ルナールは思い出しながらも確信する。目の前の相手、ルシアがあの時のローブの男だったのだと。ルナールはその正体が二代目レイヴマスターである可能性を疑っていた。様々な形態に姿を変える剣。レイヴマスターが持つというTCMに特徴が一致していたからこそ。だが同時にある可能性も考えていた。それはシンクレア。一瞬ではあるがその力をルナールは感じ取っていた。しかしそれは確信に至るものではなかったためルナールは万全を期すためにレイヴマスターを相手するつもりだったのだがそれは間違いだったのだとようやく悟る。ならば目の前の相手は誰なのか。六祈将軍と共にいたことからDC側であることは間違いない。しかしそれすらも些細なこと。ルナールはその目に捉える。ルシアの胸に掛けられた一つの石。もはや見間違うことなどあり得ない存在。シンクレア。それこそが何よりも重要なこと。すなわちルシアが自らの王であるハードナーと同じ闇の頂きの一つを持っているということ。ならばそれを排除しシンクレアを手に入れる。空賊たるBGに相応しい役目。だがそれが容易ではないことをルナールは感じ取っていた。それは
(しかしこの速度は……明らかに以前の奴とは比べ物にならん……!)
その速さ。それが半年前とはケタ違いに上がっている。自分の持つ閃光のDB『ライトニング』には及ばないもののそれに追い縋ることができる程の速度。
『闇の音速剣』
それが今ルシアが持つ剣の力。極限まで力を引き出したネオ・デカログスの力。その力はかつてのデカログスの比ではない。対となっていたTCMを超える存在。それによって今ルシアは限りなく光速に近い音速で動くことができる。
だがそれでも速さにおいてはルナールに分がある。こと速さに置いてルナールを超える存在はあり得ない。閃光のDBを極めしものの力。それは間違いない。揺るがない事実。その証拠にルシアはルナールに追いつけない。だがそれこそがルナールにとってはあってはいけない状況。そう、今自分が追われているという一点。それが最大の問題。
圧倒的な速さによって常に先制、相手を翻弄し戦斧による一撃で勝負を決する。
それがルナールの戦術。単純であるがゆえに強力な戦法。その証拠に以前の戦いでもルナールは常にルシアを先制し速さを以て追い詰めた。だが今の状況はそれとは真逆の物。先行している自分の後をルシアが追ってきているというもの。端から見ればルナールの方がルシアを翻弄しているかのように見えるように光景。だがそれは全くの逆。それはルナールの方がルシアによって追いたてられているという光景。すなわちルナールがルシアから距離を取ろうとしている事実を意味するものだった。
ルナールは頬に一筋の汗を流しながら後ろのルシアへと目を向ける。そこには全く表情を崩すことなく自分を追ってくるルシアの姿があった。だがそれだけ。速さで上回っている以上先制の権利はルナールにある。以前の戦い同様この勝負はルナールの攻撃にいかにルシアがカウンターを合わせるか。それだけ。故に勝負は一瞬でつくもの。だがそれがこんなにも長引いている理由。それはたった一つ。
(こいつ……本当に半年前と同じ奴なのか……!?)
ルナールがルシアに気圧されている。単純な、そして明確な差だった。
戦闘が始まってからルナールを襲っているルシアの殺気とでもいうべき重圧。その力の大きさ、そしてルシアの隙のなさにルナールは知らず圧倒されていた。それはまるでハードナーを彷彿とさせるほどのもの。これほどの高速戦になりながらも全く隙が見当たらない。そしてその行動も以前とは違う。以前はまるでルナールをその場から遠ざけようとするかのような気配があったが今はそれがない。完全に自分を排除するために目の前の少年、ルシアは動いている。その差がルナールに距離を取る、正確には逃げに徹しさせている理由。そしてもう一つ大きな理由がある。
それはルシアがまだ見せていない能力。瞬間移動と幻影を作り出すもの。その二つの能力を警戒してのもの。ルナールはその二つの能力によって以前の戦いではルシアを仕留め損ねた。故にその能力を警戒するのは当然のこと。だが未だルシアはそれを使用してこない。しかしそれはルナールにとっては精神的に追いこまれる要因となる。当たり前だ。
もしかしたら突然目の前にルシアが瞬間移動してくるかもしれない。
もしかしたら今自分を追ってきているのは幻影かもしれない。
攻撃を仕掛けてもそれが幻かもしれない。
攻撃を仕掛けてもその瞬間、瞬間移動で避けられてしまうかもしれない。
その疑念が、恐怖がルナールを惑わせる。以前はその圧倒的な速度差からそれを度外視しても攻勢に出ることができた。だが今は違う。ルシアは今、ルナールに限りなく近い速度を得ている。速さと言うアドバンテージもルシアが持つ二つの能力によって覆されかねない。だが時間が経過するにつれ刻一刻とルナールは精神的に追いこまれていく。常にルシアの能力を考慮し対応できるような態勢で動き続けること。それはいかにルナールといえども不可能、集中力を常に最大にしておける時間は限られる。人間である以上避けられない真理。このままではいけない。このままでは心理的な疲労によって追い詰められてしまう。
「―――――」
瞬間、ルナールはついに反撃に転じる。きっかけは目の前にある通路の曲がり角。一瞬ではあるがルシアが自分の姿を見失う場所。ルナールはそこに全てを賭ける。まるでそこに鏡があったかのように直角の動きを見せながらルナールは曲がり角を曲がり、そして百八十度反転しながらその戦斧を構え駆ける。急制動と急発進。 物理の限界を超えた動きとそれによってルナールの身体が悲鳴を上げる。いかに閃光の力を纏っているルナールといえどもその負荷からは逃れられない。だがそれでもルナールは自らの身体に鞭打ちながら襲いかかる。同時に曲がり角からルシアが姿を現す。だがその瞳はルナールの姿を捉え切れてはいない。いかに速度が増したとはいえその中で戦闘をするのは使い手。こと高速戦においてルナールを超える経験を持つ者はいない。曲がり角という絶対の死角と相手を認識するまでの時間差。それを狙ったルナールの横薙ぎの一閃。一撃で胴を両断する一振りがルシアを襲う。
(――――終わりだ!)
ルナールは己の勝利を確信する。そう思ってしまうほどの完璧なタイミングと速度。だがそれはそれを上回る絶技によって覆される。
「――――っ!?」
声を上げることすらできない刹那。だがそれでもルナールはその光景に目を見開くしかない。何故なら目の前にいた筈のルシアがいなくなってしまったのだから。その証拠に戦斧には敵を両断した感触は無く空を切る。一体何が起こったのか。凝縮された時間の中、それでもルナールは感じ取る。それは自らの視線の死角。足元。そこに少年はいた。身体をかがませ、しゃがみこむような体勢のまま。その速度によってルナールの真横を通過しそうになりながらも頭を下げることによってルシアはルナールの一撃を紙一重のところで回避している。だがそれはあり得ない。何故ならルナールは確かに見た。ルシアが自分の姿を捉え切れていないことを。加えてこの速度でのやり取り。気づいて戦斧を躱そうとしても間に合わない。にも関わらず自分の攻撃が避けられてしまった。それはつまり自分の攻撃が既にルシアに読まれてしまっていたということ。
ルナールは知らなかった。ルシアは既に二つの手を打っていたことを。
一つがルシアがわざとワープロードとイリュージョンの力を使っていなかったこと。それは精神的にルナールを追い詰めるため。それによる焦りを誘発すること。自らの能力を知っている、再戦というルナールにしか使えない戦法。その証拠にルナールは知らず焦りによって性急な攻撃を仕掛けてしまった。
二つ目がDBマスターとしての力。いかにネオ・デカログスによって速度を得たとしても根本的な高速戦においてルシアはルナールに一歩劣る。だがそれを覆すことができる力をルシアは持っている。それがDBマスターとしての感覚。ルナール自身ではなくライトニングの気配を感じ取ること。DBにも呼吸とでも言うべきものは存在する。力を扱う際に使い手に合わせる必要があるからこそ。それによってルシアはルナールの動きを、攻撃のタイミングを知ることができる。以前の戦いでも行ったそれは二度目の今回においてさらに磨きがかかっている。
それが今のルシアとルナールの差。半年間に開いた覆しようのない地力の差。それを示す一閃がルシアによって振るわれる。振り向きざまの剣の一閃。音速剣による速度を持った一撃。避けようのない背後からの剣がルナールの身体に襲いかかるもルナールはそれを躱すことはできない。自らの渾身の一撃を避けられた直後の絶対の隙。だがそれすらも覆す力が、切り札がルナールには残されている。
「ああああああ!!」
咆哮とでも言うべき叫びと共にルナールは紙一重のところでそれを発動させる。それはまさに刹那。ルナールを切り裂くはずだったルシアの剣が空を切る。だがそれは躱されてしまったからではない。その証拠にルナールはその場から全く動くことができていない。ただ違うのはルシアによって斬られた身体の軌跡だけが光の粒子になっていること。
『閃光化』
閃光のDB『ライトニング』を極めたルナールだからこそ可能な奥義。自らの身体を閃光と化しいかなる力も無効化、すり抜ける力。それによってルナールはルシアの攻撃を無効化する。だがそれはまさに綱渡り。もしあと刹那でも閃光化が遅ければ間違いなく勝負は決していたと悟るに十分な物。本来の彼女であればもっと早くに閃光化することができたはず。それはルシアの策による焦りによる影響。だがルナールは気づかない。その焦りによって自分が救われたことを。もし後刹那早く閃光化していれば既に勝負は決していたのだから。
瞬間、二人の間に大きな距離が開く。先の攻防によってルシアは身動きが取れず。ルナールもまた体勢を立て直すためにその場を離脱しルシアと睨みあう。距離にして十メートルほど。だが今の二人にとってはあってないような距離。一息で斬りかかれる間合い。ルシアとルナール。二人は息を整えながら互いを見つめ合う。だが先程までとは違うこと。それはルナールの姿。その焦りとも言えるものが消え去っている。それは皮肉にも先の攻防による影響。
「詫びよう……どうやら私は心のどこかでお前を侮っていたようだ……」
一度大きく目を閉じた後、ルナールは静かに戦斧を振りかぶる。天に向かって戦斧を突きだすかのように。今までに見せたことのない構え。それは正真正銘全力のルナールの姿。その体から発せられる空気も先程までとは比べ物にならない。
閃光化を使わされたこと。それはルナールにとっては屈辱以外の何物でもない。自分に触れられるということこそが閃光の二つ名を持つ彼女にとっては敗北そのもの。限られた時間しか使用できないそれを使われたことは自らが追い詰められている証。だがその事実が逆に戦士としてのルナールの心に火を付けた。それが今のルナールの構え。先の戦いでは見せなかったもう一つの切り札。
『ラブリュス』
それがルナールが持つ戦斧の名。雷神が雷をおこすために使っていたとされる逸話を持つ物。鍛えた人物も年代も不明。一説には本当に神々が使っていたという説もある伝説の武具の一つ。ルナールはそれを己が武器としていた。それには二つの意味があった。
一つが自らの速度、光速に耐えられること。普通の武器ではルナールの速度に耐えることができず壊れてしまうという単純な理由。
そしてもう一つ。それこそがラブリュスの真の力。持ち主の力を増幅させる物。雷神がそれを手にすれば雷を巻き起こしたようにルナールがそれを持つことで閃光のもう一つの力を使うことができる。
だがルナールはそれを実際の戦闘で使ったことは一度もない。そこまでの相手と戦ったことがないこと。何よりも大きな理由。それはあまりにも周囲に被害を及ぼしてしまうこと。もしそれをここで使えば間違いなくアルバトロスが墜落してしまうほどのもの。故にルナールは今までそれを使うことはなかった。だがその禁を破ってでもルナールはルシアを倒さんする。墜落によって仲間はもちろんハードナーに危険があると分かっているにも関わらず。その頭によぎる。
もういつ忘れてもおかしくないような幼い記憶。それでも決して忘れることは無いであろう光景。銃を持つ自分の手とそれを見下ろしている巨大な男。自分が自分であることの、ルナールとして生まれたあの瞬間。同時に誓った誓い。
『父であるハードナーを守る』
例えそう呼ぶことができなくとも譲ることはできない想い。愛する父であるハードナーのために。目の前のルシアを決してハードナーと戦わせるわけにはいかない。
それがルナールの戦う理由。BGとしてではなく娘として父を想う少女の誓いだった―――――
先に動いたのはルナールだった。ルナールはその手にある戦斧を振りかぶったまま光速でルシアへと迫る。あまりにも無骨な直進。だがその体は既に閃光と化している。閃光化による光。あらゆる攻撃を無効化する力。文字通り閃光となりながらルナールはラブリュスを振り下ろす。秒にも満たない刹那。並みの者なら反応することすらできない一撃必殺の一閃。だがそれはルシアには通用しなかった。
「…………」
ルシアはその攻撃を完璧に見切り、身体をずらすだけで躱す。その手にある『闇の音速剣』の速度によって。速さはルナールには及ばないもののルシアにはそれを覆せる感知とこれまでの剣聖シバとの修行によって得た剣技がある。いかに光速の一撃であっても真正面からの攻撃では今のルシアを捕えることはできない。これは当然の結果。だがそれをルナールは誰よりも理解していた。攻撃は躱され、ルシアの攻撃も自分には通じない。故にこの攻防は引き分け、仕切り直し。だがその先がルナールにはあった。
「はあああああああ!!」
ルナールはそのまま自らの全ての力を込めた一撃を避けられた勢いのまま地面へと叩きつける。だがその瞬間、光が生まれる。とてつもない、目も開けられない程の光がルナールの持つ戦斧、ラブリュスから放たれる。それは唯の光ではない。まるで太陽が生まれたかのように光と共にある力が全てを支配する。
『熱』
閃光の力、速さと共に生まれるもう一つの力。熱量という力。それが今、ラブリュスから生まれ出す。同時に周囲にあるものが跡形も残らずに消滅していく。まるで全てが蒸発していくかのように。その圧倒的熱量によって小さな太陽とでも言うべき力がアルバトロスを襲う。
『炉心融解』
それがルナールのもう一つの奥義。速さに費やしていたライトニングの力をラブリュスによって熱に変換する切り札。触れた物を全て消滅させるリミットブレイク。だがそれはルナールだからこそできる技。閃光化という力を持っていなければ技を使った瞬間に使い手であるルナールも蒸発してしまう自爆技。だがそれは今この瞬間は違う。閃光化しているルナールはダメージを受けないまま相手だけを融解に巻き込むことができる。物理攻撃が通用しない相手でも瞬時に抹殺できる反則技。
その破壊の規模によってアルバトロスが悲鳴を上げる。船の三分の一は飲み込もうかという凄まじい熱の波が巻き起こりアルバトロスはその翼を失い地へと落ちて行く。だがそんな中にあってもルナールには罪悪感はなかった。あるのは安堵だけ。自らの父であるハードナーに届くかもしれない牙を持った相手を葬ることができたことへの。だがすぐさまルナールはその場を離脱せんとする。既に周囲は崩壊し足場もままならない状況。『炉心融解』はその強力さ故にライトニングの力をほぼ使い切ってしまう。自分が離脱する分の閃光化の力は残しているもののこのままこの場にいれば熱と崩壊に巻き込まれてしまう。そう判断し、その場を離れようとした瞬間それは現れた。
「なっ―――!?」
それは幻だったのか。視界を遮る程の光の中を一つの影が駆けてくる。それが何なのかルナールには分からない。だが次第にその輪郭が見えてくる。人の形をした剣のようなものを持った影。間違いなく先程まで自分が戦っていた相手、ルシア。だがあり得ない。間違いなく先の攻撃は直撃したはず。瞬間移動で移動したのか、それとも幻だったのか。いや、それもあり得ない。何故なら今、この一帯は『炉心融解』に覆われている。その空間を動くことができるなど自分以外にはあり得ない。
その油断が、そして驚愕がルナールの動きを鈍らせる。その隙を見逃す程ルシアは甘くなかった。音速によってルシアはルナールへと迫るもルナールは光速で応えることはできない。奥義を使ったルナールは既に光速で動くことはできない。だがそんな中でもルナールにあきらめはない。自らが纏っている防御である閃光化。それがあることを知っていたから。
だがルナールは知らなかった。
無敵の力などこの世に存在しないことを。
ルナールはその瞳で確かに見た。ルシアの持つ剣が大きくその形態を変えたことを。自分にとって天敵とも言える力を持つその剣を。
『封印の剣』
斬れないものを斬る魔法剣。光すら切り裂く力を持つ存在。物理以外の力に対して絶対の力を持つ剣。
隠していた切り札の差。そして先の戦いで互いに手札を晒したもののそれを利用したルシアとそれに頼り切っていたルナール。そして
一人であるルナールとそうではなかったルシア。
それがこの再戦、ルシアとルナールの決着だった―――――