混迷を深めつつあるアルバトロスの内部。けたたましいサイレンが際限なく鳴り続け、それに呼応するように数えきれないほどの兵士達が侵入者を排除せんと奔走するも兵士達は誰一人その任務を果たすことができない。侵入者たちは誰一人身を隠すことはしていない。むしろ捕まえて見せろといわんばかりに堂々と、大胆不敵に船内を闊歩している。にも関わらず兵士達は侵入者に傷一つ負わすことすらできない。それが侵入者とBGの兵士達の間にある超えることができない絶対の壁。
『六祈将軍』という名の称号を持つ者たちの力だった。
「あら……この辺ももう終わりかしら? 案外呆気なかったわね……」
その一人であるレイナはどこか拍子抜けだといわんばかりの様子を見せながらも辺りを見渡す。そこには既に戦闘不能にされ動くことすらできなくなっている数えきれないほどの兵士達がいた。その数は優に百を超える。にも関わらずレイナは息一つ乱すことなくその場に立っている。その煌びやかなドレスも美しい肌にも傷一つない。それが六祈将軍の一人であるレイナの実力。その前ではどれだけ兵士がいようが何の意味もなかった。
(久しぶりの実戦ってことでちょっと気にしてたんだけど余計な心配だったかしらね……それともBGの連中が大したことなかったってことかしら……?)
髪をかき上げながらレイナは倒れ伏している兵士たちを尻目に優雅にその場を離れて行く。レイナは半年ぶりの実戦と言うことでいつも以上に気を張っていたのだがどうやら余計な心配だったのだと悟る。腕をなまらせてはいなかったのだがDCに匹敵するとまで言われていたBGとの戦闘。もしものことも考えていたのだが何のことは無い。やはり一般兵レベルではどれだけいたとしても自分たちの障害とはなりえないらしい。もっともDCの兵士だったとしてもそれは同じなのだが。
(とりあえず場所を変えましょうか……一応陽動の役目もあるわけだし……そういえばルシアは上手くやってるのかしら? ハードナーって奴はキングに匹敵するとかレディは言ってたけど……)
レイナは考え事をしながらも歩き続ける。その姿はとても侵入者だとは思えないようなもの。全く恐れも緊張も感じさせない。途中で何人かの兵士によって襲撃されるも片手間に排除してしまう。その圧倒的な強さについに兵士達はレイナの姿を見るだけで抵抗することなく逃げ出すようになってしまう。
レイナたち六祈将軍はルシアからいくつかの命令を受けていた。一つが六つの盾の殲滅。そしてもう一つが陽動の役目。
この戦いはDCとBGの戦争でもあるがその勝負は互いのトップのどちらが勝つかが全て。極端な話六祈将軍が全勝したとしてもルシアがハードナーに負けてしまえば全てが終わり。故にルシアをハードナーと一対一の状況に持って行くことがレイナ達の役目。本当にハードナーがキングと同格ならばいかにルシアといえども苦戦は免れないはず。負けるなどとは考えていないがそこに余計な横やりが入ればどうなるかは分からない。とにもかくにも一刻も早く自らの役目を果たさんとレイナが新たな区画に侵入せんとした時
「やっと見つけた。六祈将軍」
そんなアルバトロスに侵入してから聞くことのなかった女性の声が響き渡る。レイナはどこか驚いたような表情を見せながらも声の主に向かって振り返る。それはまさかこの場に自分以外の女性がいるとは考えもしていなかったから。
そこには一人の少女がいた。まるで豹のような衣装を身に纏った少女。だがその両手には鉤爪のような物が装備されている。その纏っている空気も明らかに今まで戦って来た兵士達は一線を画すもの。
「あら、よく知ってるわね。そういうあんたは誰かしら。迷子なら他を当たってくれる? お姉さんは今ちょっと忙しいの」
それを知っていながらもレイナは両手を腰に当てながらまるで少女などどうでもいいとばかりにあしらう。明らか挑発行為。戦闘を行う際のレイナの常套手段。あえて自分が優位だといわんばかりの態度を見せることで相手を挑発し、自らを高める意味を持つもの。
「アタシ、迷子じゃない。六つの盾の一人、レオパール。それがアタシの名前」
そんなレイナの挑発が気に障ったのかどこかムッとした表情を見せながら六つの盾の一人であるレオパールは改めてレイナと対面する。奇しくも互いの集団の紅一点。戦場という男が主となっている世界においてもなおその力によって地位を得た二人の女が互いに睨みあう。そこには単純な戦闘だけではない違う闘争の空気があった。
「六つの盾? あんたみたいなガキが? 冗談はいいからさっさとおウチに帰りなさい。パパとママが待ってるわよ」
「ム。アタシ、子供じゃない。それにそれはこっちのセリフ。早く家に帰ったら? オバサン」
瞬間、空気が凍った。まるで時間が止まってしまったかのようにレイナとレオパール。二人の女は睨みあう。その視線の間には凄まじい火花が散っている。女同士でしか起こり得ない攻防が今両者の間に巻き起こっている。もしこの場にルシアがいればそれだけで胃に穴があいてしまいかねない空気。
「そう……どうやらお仕置きが必要みたいね」
「そんなものいらない。だって勝つのはアタシだから」
言葉の応酬と共に互いに間合いを計りながらも空気が張り詰めて行く。レイナはレオパールの間合いと思われる範囲から少し離れた位置で動きを止める。口での応酬からは考えられない程無駄のない優雅な動き。戦士としての顔。鉤爪という装備から恐らく目の前の少女、レオパールは接近戦を得意としているはず。ならばその間合いの外から、遠距離によって近づかせることなく封殺する。レイナはその腕にある銀の蛇に手をやりながらも不敵な笑みを浮かべる。そこにはいつも以上の凄味がある。ある意味当然のもの。
『オバサン』
およそこれまでの人生の中で呼ばれたことのない侮蔑。レイナにとっては許すことのできない言葉。六祈将軍としての誇りに匹敵、それを凌駕しかねない怒りがそこにはあった。
「そう……ならさっさと死になさい」
レイナがその手を向けながら自らの力を解放せんとする。『銀術師』それがもう一つのレイナの称号。その名の通り銀を自由自在に操り相手を葬り去る力。BGの兵士達がいかなる手段を以てしても破ることができなかった攻防一体の力。その蛇の銀がまさに襲いかからんとした瞬間
「遅い」
レイナの視界からレオパールの姿が消え去った。
「――――っ!?」
同時にレイナはその場から飛び跳ねる。そこにはそれまでの余裕も優雅さの欠片もない。咄嗟の、本能にも近い行動。そしてその刹那、閃光のような爪による斬撃がレイナの頬を掠める。その光景にレイナの背中に初めて冷や汗が流れ、顔から余裕が消える。当たり前だ。もしあと一瞬でも反応が遅ければ間違いなく爪によって引き裂かれていたのだから。レイナは何とか体勢を立て直さんとするも
「させない」
それを許さないとばかりに突風のような追撃が、連撃がレイナに追いすがってくる。レイナは舌打ちしながらも何とかバックステップを踏みながら紙一重で爪を避け続けるもその速度について行くことができない。そしてついにレオパールに死角である背後を取られてしまう。
「おしまい」
ぽつりと、つまらなげに宣告しながらレオパールはその露わになっているレイナの背中に向かって爪を突きたてんとする。だがそれは
「残念♪」
「っ!?」
突如レイナの腕から動きだした銀色の蛇によって間一髪のところで防がれてしまう。そんな予想外の展開にレオパールは一瞬、呆気にとられるもののすぐさま凄まじい速度を纏いながら攻撃を再開する。そんなレオパールから距離を取ろうとしながらもレイナもまた自らの銀術によって応戦する。まさに目にも止まらない高速戦。まるで獲物を見つけた猫のように執拗に追い縋って行くレオパールとそれを紙一重のところで捌いて行くレイナ。両者の間に無数の火花が散り、その余波によって床と壁には無数の切傷が生まれて行く。もしそれに巻き込まれれば一瞬で粉微塵にされてしまうほどの応酬。傍目から見れば互角にも見える攻防。だがそれは決して互角ではなかった。
(ちっ……まずいわね……!)
内心舌打ちしながらもレイナはただ己の最速の銀術によってレオパールの爪を防ぎ続けるしかない。とても攻勢に出る隙が見当たらない。もし今攻勢に出ようとするればその瞬間、均衡が崩れ爪によって引き裂かれてしまう。それほどまでにレオパールの速さは常軌を逸している。間違いなくレイナが戦ってきた中で最速の相手。恐らくはスピードに属するDBを持っているとしか考えられない力。久しぶりの実戦ということを差し引いても苦戦せざるを得ない相手。知らず侮っていたことを言い訳できない実力を目の前のレオパールは持っている。ここまでの接近戦になれば自分の切り札でもあるホワイトキスも力を発揮できない。否その発動の隙すらあり得ない。このままではジリ貧。ならばどこかで活路を見出すしかない。そんなレイナの狙いを待っていたかのようにチャンスが訪れる。
「くっ……!」
「ン」
レオパールの爪とレイナの銀の攻撃のタイミングが合わさり今までにないほど両者の間に距離が生まれる。それによって互いに壁に向かって弾き飛ばされるもレイナにとってはそれは千載一遇のチャンス。いかにレオパールといえどもこの距離、そして体勢からでは立て直す時間が必要となる。同時にそれはレイナにとっては勝機。レイナはすかさず自らの銀ではなくDBに力を込める。それによってこの状況を打破するために。だが
「隙あり」
「なっ!?」
そんなレイナの狙いを嘲笑うかのようにレオパールがそのまま一気に距離を縮めながら一瞬でレイナへと襲いかかる。あり得ないような動きを見せながら。それはまるで空中を移動するかのような動き。体勢をあろうことか空中で立て直しながら襲いかかってくるレオパールにレイナは対応が遅れる。それは秒にも満たない遅れ。だがそれはこの戦いにおいては致命的な、取り返しのつかない隙だった。
「ぐっ……!」
爪の一閃がレイナの足、ふとももを切り裂いて行く。何とか咄嗟に身体を捻ったことで急所は外すことはできたものの痛みによってレイナの顔が歪む。だがそれを悟られまいとするかのようにレイナは瞬時に銀を操りレオパールに向かって放つもその全てを難なく躱し、クルクルと回転しながらまるで猫のようにレオパールは地面へと着地する。それに合わせるようにレイナもまたその場で動きを止め改めて対面する。奇しくもその間合いは最初の位置と同じ。だが確実に違うこと。それはレオパールは無傷でありながらもレイナは傷を追ってしまっている。小さな、それでも確実な差だった。
「やるね。アタシのスピードに付いてこれるなんてルナール様だけかと思ってた」
「あらそう。でもどうして途中でやめたのかしら。あのまま行けば私を倒せてたかもしれないのに」
自らの足の負傷を相手に見られまいとしながらレイナは変わらず不敵な笑みを浮かべながら挑発する。自らの劣勢を悟られまいとするために。だがそれは決して虚勢ではなかった。レオパールを罠にはめるためのもの。だが
「ううん。あのまま続けたら危なかったのはアタシの方。何だかよくないカンジがした」
レオパールはレイナの挑発を受けながらもどこか冷静さを取り戻している。その姿にレイナは舌打ちするしかない。確かに足に受けたダメージは少なくない。この足ではもう先程までの高速戦は無理だろう。だからこそあの場でレイナは勝負をつけたかった。レイナは視線を向けることなく自分の背後に生み出しておいた埃の塊の存在を感じ取る。それこそがレイナの持つ六星DBホワイトキスの力。空気中の塵や埃を集める力、無から有を生み出す空気のDB。それを使ったことで隙が生まれ足に手傷を負ってしまったもののそのまま追撃してきたところを用意できた銀弾によってレオパールを全方位から襲う。それがレイナの策。だがそれは失敗に終わってしまう。レオパールのまさに第六感とでも言うべき勘によって。
「そう。まるで本当に猫みたいね。豹じゃなくて猫の恰好にした方が良いんじゃない、子猫ちゃん?」
「余計なお世話。あんたこそ蛇みたいな気持ち悪い攻撃してるくせに。蛇女」
最初と変わらない対抗意識を見せながらもレイナとレオパールは決して油断することなく互いの間合いを取りあう。だが依然間合いにおいてはレオパールの方が有利。レイナが銀で攻撃を仕掛けるよりも早くレオパールの爪の方が早く届く距離。猫と蛇は互いの喉元に食らいつく瞬間を見計らうかのように睨みあう。じりじりと円を描くような動きを見せながら。そして互いの位置が最初と正反対になるまで動いたその瞬間、再び戦いが始まった。
最初に動いたのはレイナだった。レイナは自らの腕にある銀の蛇を操りレオパールを攻撃せんとする。だがそれはあまりにも愚かな行為。
「バカか。お前」
それを罵るようにレオパールが銀の蛇よりも早く風のような速さでレイナへと疾走する。それはまさに先程の焼き回し。覆すことができない初動の差。しかも今のレイナは負傷しており先程のように動くことはできない。もうレオパールの攻撃を捌き切ることは不可能。レオパールがそのまま己の勝利を確信しながらその爪を振るわんとした瞬間
「バカはどっちかしら?」
レイナの口元から笑みがこぼれる。その表情にレオパールは目を見開くものの既に動きを止めることはできない。だがその感覚をレオパールは感じ取る。それは自らの背後。先程まで何もなかったはずの場所、自分が立っていた場所から無数の銀の槍が襲いかかってくる。それこそがレイナの狙い。間合いの取り合いを装ってホワイトキスによって生み出した攻撃の起点へとおびき出すこと。レイナの攻撃が腕にある銀の蛇だけだと思い込んでいたレオパールはその奇襲に対応することができない。もし対応することができたとしても目の前にいるレイナからの挟撃に晒されるだけ。故にここに決着がついた。そうレイナが確信した瞬間、それは起こった。
「ナルホド。でも残念。アタシには何も効かない」
レオパールの言葉。それが告げられるとともにあり得ないようなことが起こる。それは銀。レイナによって放たれたホワイトキスの銀がまるで吸い寄せられるようにレオパールの周囲に集まって行く。全ての銀の槍は間違いなくレオパールを貫く軌道で放たれたにもかかわらず。その光景にレイナは驚愕するしかない。自らの攻撃が全て通じなかったのだから。
「あんた……一体何をしたの……?」
「簡単。これがアタシのDB『ドレスアップ』の力。どんな物でも纏うことができるの」
まるで新しい服を見せびらかす子供のようにどこか楽しげにレオパールは自らの能力を明かす。『ドレスアップ』その名の通りあらゆるものを自らの服のように纏うことができる能力。だがそれはただ纏うだけではない。纏った物の特性すらも己の物にできる攻防一体のDB。使い方によっては恐ろしい汎用性を持つ強力な力だった。
「纏う……? じゃあさっきまでの速さもその力ってわけ?」
「そう。スピードが欲しいときには風を纏うの。今はこの銀を纏ってる。アタシにはどんな攻撃も効かない」
自慢げに話しているレオパールの姿とは対照的にレイナはどこかそれまでとは違う雰囲気を纏う。だがそれは一瞬で消え去ってしまう。レオパールは自らの優勢を確信することでその変化に気づけない。
「へえ……でもあんたに銀を操ることなんてできるかしら。お人形遊びとは違うのよ」
「ム。そーゆーこと言う人、嫌い。なら見せてあげる。ドレスアップの力を」
レイナの言葉に反抗するかのようにレオパールは自らが纏っている銀に力を加えて行く。そして銀の槍が勢いを増しながらレオパールの周りを回転し始める。まるで助走を付けるかのように。
「さっきのお返し。自分の攻撃で死ぬといい」
レオパールはそのまま自らが纏っていた銀の槍を凄まじい速度でレイナに向かって撃ち返していく。レイナは何とかそれを躱すものの驚きを隠せないかのように動きにキレがみられない。だがそれは無理のないこと。自らの攻撃が通じずしかもそれを奪われてしまっているのだから。そんなレイナの姿を嘲笑うかのようにレオパールはさらに纏っている銀によってレイナを仕留めんと迫っていく。
「これで分かった? アタシは何でも自由自在に操れる。風でも、銀でも、魔法でも。誰もアタシを傷つけることはできない」
逃げまどいながらも再びホワイトキスを使いレイナが何度も反撃をしてくるもその全てを纏い、撃ち返しながら悠然とレオパールはレイナを壁際へと追い詰めて行く。まるで鼠を追い詰める猫のように。そしてついに終わりの時が訪れる。レイナの背中には壁があり逃げ場は無い。何よりも負傷によってレオパールから逃げることなどできはしない。その証拠にレイナは悔しそうに唇をかむものの身動き一つしようとしない。まるでもうあきらめてしまったかのように。
「これでおしまい。じゃあバイバイ。アタシまだたくさんお仕事残ってるの。一杯働いてジラフに褒めてもらわないといけないから」
もう飽きたといわんばかりにレオパールは止めとして纏っている銀の槍たちを無慈悲に、容赦なくレイナに向かって一斉に放つ。逃げ場もない最後の攻撃。自らの武器によって殺されるという間抜けな最後。その槍の穂先がレイナの身体を貫かんとした瞬間
「そう……心配しなくてもいいわよ。あんたはここで死ぬんだから」
ぞっとするような笑みを見せながらレイナは宣告する。まるで予言者のように。その言葉の意味を知るよりも早くレオパールはその光景に驚愕するしかない。
それは自分が放った銀の槍の雨。その全ての動きが止まってしまっている。あり得ないような事態。
「え!? ど、どうして!? アタシ、何もしてないのに!?」
「あら、どうしたの? 何でも操れるんじゃなかったのかしら?」
自分の制御を受け付けなくなってしまった銀に狼狽しながらもレオパールは何とか落ち着きを取り戻そうとするもそれをさせまいとレイナはホワイトキスによって全方位から無数の銀の雨を降らせる。レオパールは戦慄しながらも何とかそれを纏うことで攻撃を防がんとする。だが
「――――っ!?」
その全てを纏うことができず銀の雨によって身体が切り刻まれ始める。纏うことはできるものの無数に増え続ける銀の全てを制御することができず、またその制御が奪われてしまったかの如く銀のドレスが破られていく。それを何とかしようとするも撃ち返す銀すらもレオパールの意志を受け付けないかのように再び襲いかかってくる。あり得ないような、信じられないような光景。
「自由自在……確かあんたそう言ったわよね……」
銀の女王は笑みを見せながらレオパールへと話しかける。既に体中が銀の攻撃によって切り刻まれつつあるレオパールはまともにレイナの表情を見ることはできない。だがその声だけで十分だった。
「悪いけど私の銀も自由自在に動くの」
妖艶に笑いながら銀術師は告げる。自由自在。それは銀術を扱う者にとっては基本であり奥義。自分の手足のように銀を扱う者。それが『銀術師』
「ちょ……ちょっと待って……!」
レオパールは戦慄し、身体を震わせながら懇願する。同時に何とかこの場を脱出できないかと策を巡らすも叶わない。風を纏えばその速度で脱出することは可能。だが今この瞬間銀を纏うことをやめればその瞬間自分は八つ裂きにされてしまう。しかも相手は自分と目の鼻の先。この距離ではその隙すら生み出せない。
「小さい頃から仕込まれた銀術でね。あんたのおままごととはレベルが違うの」
瞬間、レオパールは悟る。この状況こそ目の前の女、レイナが生み出したものなのだと。自分を煽りわざと銀を纏わせたこと。それにより自分の速度を奪い、逃げ場すら奪い去ったのだと。
窮鼠猫をかむどころではない。もっと早くにレオパールは気づくべきだった。目の前の女が何であるかを。まさしく蛇。猫を、豹すらも丸のみにするほどの大蛇。それが六祈将軍レイナの正体であったことを。
ついに纏うことすらできなくなったレオパールに最後の使者が現れる。
『白銀の帝』
変幻自在の銀の戦士。ホワイトキスとレイナの銀術が合わさることで可能な奥義。
「小娘が……」
その一閃がレオパールを容赦なく斬り裂く。銀術を侮辱した、そして自らを侮った相手への粛清。それでもなおその命を奪っていないのがレイナがレイナ足る所以。その証拠に倒れ伏している兵隊たちもまた誰一人命を落としていない。
キングが最高司令官の時にはあり得なかった選択。だが今はそれを選択することがレイナにはできる。
「まったく……せっかくの新しいドレスが台無しじゃない。ちゃんとルシアに弁償してもらわないとね♪」
自らの負傷よりもドレスの心配をしながらレイナは気を取り直しながら進み始める。いつもと変わらない優雅さと小悪魔ぶりをみせながら。六祈将軍としての使命を果たすために。
何よりもその先にある目的を果たすために。約束したルシアからの協力によって失われた父の遺産であり芸術品である『シルバーレイ』を見つけ出すために。もしそれが叶わなくとも星の記憶に辿り着き自らの悲劇をなかったことにするために。
失われたものを取り戻すためにレイナは進み続ける。遠くない未来にその機会が訪れることをまだ知らぬまま――――