巨大な街とその中心に天にまで届くのではないかと思えるような高い塔がある。そこは帝国本部と呼ばれる場所。帝国と呼ばれるいわば世界国家を名乗る巨大国家の中心。そしてその中にある広い会議室。そこに四人の男たちがテーブルを挟みあいながら対面していた。当然その男達は皆一般人ではない。その全てが帝国軍人であるその中でも最高権力を持つ四人の将軍たち。それが男たちの正体だった。
「一体何だというのだ。つい先日作戦会議をしたところだというのに! オレもそうたびたび出てこれるほど暇ではないのだぞ!」
機嫌が悪いのか語気を荒げながら一人の男が声を上げる。髭を生やし、屈強な肉体を持ついかにも軍人だといわんばかりの大男。
『南の将軍ブランク』
それが男の名前。だがブランクの不満も当然の物。何故ならつい数日前にこの場で将軍四人による作戦会議が行われたばかりだったのだから。にもかかわらず今回の招集。血の気が多いブランクでなくとも気がたってしまうのは無理のないことだった。
「落ち着きなさい、ブランク。気持ちはわかりますが今は緊急の招集の内容を確認することの方が先決です。そうでしょう?」
そんなブランクとは対照的な冷静な態度を見せているのがもう一人の将軍。どこか冷たさを感じさせる雰囲気を持つ男。
『北の将軍ディープスノー』
ディープスノーはどこか諭すようにブランクに話しかけながらも話しの続きを他の将軍に促す。ディープスノーも今回の招集について詳しい内容をまだ聞かされてはいなかった。
「分かった……これは極秘情報だ。口外しないように注意してもらいたい」
ディープスノーの言葉に応えるように黒髪の大男が念を押すように告げる。
『東の将軍ワダ』
その言葉によって他の三人の将軍たちの間に沈黙が流れる。そして
「先日薬の町、ボニタで大きな事件が起きた。BGの最高幹部六つの盾の一人を捕縛したとのことだ」
その内容が語られる。だがそれによって将軍たちの間に衝撃が走る。だがそれは当然のこと。それほどに六つの盾という存在は将軍たちにとって、引いては闇の組織にとっては知れ渡っている存在なのだから。
「そ、それは本当かワダ!? あの六つの盾を捕える事が出来たというのか!? 一体誰がやったのだ!? お前の所の兵士か!?」
「待ちなさい、ブランク。そんなに焦っては話もまともにできませんよ」
「その通りだ……まずは順を追って聞いて行くことにしよう。ワダ、六つの盾を捕まえたのは誰なんだ?」
顔に入れ墨がある男がワダとディープスノーに代わり話を進めて行く。
『西の将軍ジェイド』
そんなジェイドの言葉に促されるようにワダは事の経緯を詳細に報告していく。
捕まえることができたのは六つの盾の一人であるシアンと呼ばれる大男であったこと。そしてそれを捕まえたのは帝国兵ではあるが通報があり駆けつけた時には既にシアンは何者かによって倒された後だったということ。その場には住民はいたもののその大半が眠っており詳しい情報が得られていないこと。およそ理解できないような不可思議な状況だった。
「何だそれは!? 結局何も分かってはいないではないか! しかも既に倒されていたなど……それでは帝国の威光もなにもあったものではないぞ!」
ブランクは興奮しながら声を荒げるしかない。せっかく六つの盾という大物を捕えることができたと思っていたにもかかわらずそれは帝国の手で為されたものではないと落胆したが故。たださえDC崩壊の原因も掴めずその残党狩りだけをしていると揶揄されている帝国としては名誉挽回のチャンスになり得たかもしれなかったにも関わらずそれができなかったことにブランクは怒りをあらわにするしかない。だがそれとは対照的に冷静に状況を分析している男がいた。
「住民が眠らされていた……というのはどういうことですか。もしやそれが六つの盾の持つDBの力では……?」
ディープスノーは手を顔の前に組みながらもワダに尋ねる。明らかに不自然な状況に対する疑問を口にする。
「ああ、その通りだ。尋問した結果、やはりそれは奴のDBの力だったようだ。だがいくつか気になることがある」
「気になること……何ですか?」
「うむ……実はシアンの奴がこう漏らしていたらしい……『レイヴマスターたちにやられた』と……」
その言葉に将軍たちは驚きを隠せない。それだけの意味を『レイヴマスター』という言葉は持っていた。何故なら最近、特にこの半年ほどはその噂が世界中で流れているのだから。
「それは確かなのか?」
「いや……それらしい人物は結局見つけられてはいない。奴の妄言だという可能性もある」
「そうに決まっておる! 巷ではDCを壊滅させたのもレイヴマスターだと噂されているらしいではないか! そんな世迷言を誰が信じる!?」
「…………」
四人の将軍がそれぞれの意見を持ちながらも言い争っていく。レイヴマスターと呼ばれる存在によって。唯一DBに対抗する力を持つ聖石『レイヴ』を操る正義の騎士。だがその存在が本当にいるのかどうかすらもまだ定かではなかった。だが
「だが気になることがある。実は奴の持っていたDBが粉々に破壊されていたのだ」
その言葉によって疑惑は確信へと近づいて行く。何故ならDBが壊れることなどあり得ない。これまで帝国のいかなる兵器を以てしても破壊することができなかったDBが粉々に破壊されていたというのだから。
「ば、馬鹿な!? あれだけ試して傷一つつけれなかったDBが粉々に!?」
「うむ、直にこの目で確認してきた。間違いない」
「恐らくレイヴマスターが実在するのは間違いないだろう。オレも以前、パンクストリートでDBが破壊されているのを見たことがある」
ジェイドの言葉によって他の二人も確信する。レイヴマスターと呼ばれる存在が間違いなくいるのだと。
「な、ならば早くそのレイヴマスターを探し出すのだ! 我々帝国の味方にすることができれば他の闇の組織に対する切り札にもなりうるのだぞ!」
「それは早計過ぎますよ、ブランク。まだそのレイヴマスターがどんな人物かも分かっていないのです。帝国に不利益をもたらす可能性もある。慎重に動くべきです」
「ディープスノーの言う通りだ。とにかく今はレイヴマスターよりも六つの盾の一角が落ちたことによる影響を考えることが最優先だ」
気を取り直したように話題は六つの盾を有しているBG、そしてそれに対抗し得る二つの組織、ドリュー遊撃団と鬼神についてに移っていく。そのパワーバランスが崩れてしまうことが帝国にとっては一番恐れていること。帝国は確かに国家としては最も大きなものだが戦力については闇の組織全てに対抗できるほどのものではない。DBという圧倒的な力を持つ闇の組織に対してはどうしても後手に回らざるを得ない。それに歯がゆさを感じながらもひとまずは各組織の衝突が起きないように牽制することが決定された。もっとも焼け石に水、時間稼ぎにすぎないことを誰もが分かっていながらも口に出すことは無い。
「では私はこの辺りで失礼します。レイヴマスターについても私の方で調べてみます。しばらく連絡が取れないかもしれませんがご心配なく」
「分かった。オレも部隊の強化に動くことにする。何かあったら連絡してくれ」
「うむ、ではくれぐれも内密にしてくれ。余計な混乱は避けたいところだからな」
それぞれの思惑を胸に将軍たちは己の持ち場へと戻って行く。そんな中、ジェイドはふと振り返りながらある男の背中を見つめる。
それはディープノー。その微かな違和感。いつもは寡黙であり多弁ではないディープスノーだが今回の会議ではいつもよりも口数が多かった。ただそれだけ。だがそれが何かジェイドにとっては引っかかるものがあった。しかしそれ以上の考えても仕方がないと思いながらもジェイドもまた動き出す。闇の組織の牽制に。そして独自にレイヴマスターを探すために。
誰も気づくことなかった。最も警戒しなければならない組織の一員がすぐ傍にいたことを―――――
雲ひとつない広大な青空。本来なら鳥以外は踏み入れることができない領域。そこにあり得ないような巨大な船が存在していた。いや、それは船と言うにはあまりにも大きすぎる。城だと言った方が正しいのではないかと思えるような巨大な船。
『巨大空中要塞アルバトロス』
それがその船の名。その名が示すように移動だけではない戦うことを主眼に置いた要塞。空賊BGの拠点の姿。
『ブルーガーディアンズ』
百万人以上の兵を持ち欲しいものはどんな手を使っても手に入れるという考えの元、略奪と殺戮を繰り返す大空賊。その戦力はかつてのDCにも匹敵するとまで言われ、現在の闇の覇権争いをしている組織の中でも事実上のトップに君臨している組織。
そして今、アルバトロスの中にある巨大なホールに三つの人影があった。だがその空気は普通ではない。まさに一触即発とでも言うべき危険な空気が、重圧が空間を支配している。もしその場に一般人や一般兵がいれば倒れ込んでしまうような空気の中、いつもと変わらぬ表情をみせている一人の少女がいる。
黒髪に褐色の肌。何よりも目を引くのがその手にある巨大な戦斧。少女がただの少女ではなく戦士であることの証。
『閃光のルナール』
それが彼女の名前。閃光のDB『ライトニング』を持つBG副船長でありナンバー2の実力を持つ者。その威風も佇まいもそれに相応しいもの。だがそんなルナールでさえも表向きは平静を装ってはいるもののその胸中は穏やかなものではなかった。その証拠にその頬には確かな汗がある。冷静沈着なルナールですらそうならざるを得ない程の重圧がホールに充満している証。
そしてそんなルナールに対面するようにもう一人の人物がいた。
小柄なまるで子供のような姿。およそこの場にいるのが不釣り合いな容姿をしている子供。だが決してそれは間違いではない。
『六つの盾』
BGの最高幹部であり六祈将軍と互角、それ以上の実力を持つといわれている六人の戦士の一人。それがその子供『コアラ』の持つ称号。それに相応しい力をコアラは持っている。だがその姿は恐怖によって歪んでいた。身体は震え、目はうつろになり、顔面は蒼白になってしまっている。その場に立っているのが精一杯。普段ならあり得ないような事態。だがそうさせてしまうほどの力が、威厳がコアラの前にいる、そしてルナールの隣にいる男にはあった。
そこには一人の王が君臨していた。優に二メートルを超えるであろう程の巨体。左腕には本物の腕は無く代わりにマシンガンが据えられ、眼鏡をかけているその瞳からは恐ろしい程圧倒的な眼光が放たれている。腕と足を組みながら玉座に君臨している王の姿の威光によってコアラはその場に跪き、ルナールはその隣に控えるしかない。その男の胸には闇の頂きがある。
『アナスタシス』
持つ者に不死身の命を、永遠の命を約束するDB。この世に五つしか存在しないシンクレアの一つ、王の証。
『ハードナー』
BG船長でありシンクレアを持つ男。それが今、この場を支配している男の名だった。
「それで……本当にシアンの奴は帝国に捕まっちまったってわけか……?」
口にくわえている葉巻から煙を上げながらハードナーは静かにルナールに問う。だがその言葉には静けさの中に確かな威圧感がある。今にも爆発してしまうではないかと危惧してしまうような危険な空気があるのを承知したうえでルナールはそれにあくまでも冷静に事実だけを述べる。
「はい、間違いありません。数日前に諜報部員から帝国によってシアンが捕縛されたとの報告が上がっています」
「そうか……」
ハードナーはそう呟きながらも報告をあげているルナールには一切目を向けることは無い。だがそれはルナールを無視しているわけではない。その証拠にハードナーの視線はある一点に向けられている。それはコアラ。膝を突き、首を垂れているコアラに向かってハードナーはただその視線を向けているだけ。だがコアラの身体は震え続けている。まるでこれから自分が処刑されてしまうのではないかと思えるような姿。
「それで……シアンは誰にやられた? まさか帝国の兵に倒されたわけじゃねえんだろ?」
「はい……確定された情報ではありませんが……どうやらレイヴマスターによって敗北したようです。その後、帝国が捕縛したらしく……」
「ほう……お前が気にしていた二代目レイヴマスターっていうガキか……」
そのままハードナーは何気なく足を組みかえる。そこには何の意味もない。だがその動きだけでコアラはビクンと身体を振るわせる。ハードナーの一挙一動によってコアラは生きた心地がしない。何故なら
「で……コアラ。てめえ確かシアンと行動を共にしてたはずじゃなかったか……?」
コアラはシアンと共に行動をしていたのだから。
「そ、そうです……ウン。でもぼ、ボクは関係ない……それはシアンが勝手に動いただけで……」
コアラは恐る恐る面を上げながら必死に弁明する。それはつい先日起こった事態について。その際、コアラはシアンと共に薬の町、ボニタに訪れていた。それは魔導精霊力を持つ少女、エリーとその仲間であるレイヴマスターの偵察のため。以前エクスペリメントで得た魔力パターンによってその居場所を特定することができたため。そして何よりもDCが崩壊したことによって自由に動けるようになったのが大きな理由だった。
そしてその真の目的は魔導精霊力を持つエリーを捕縛すること。それこそがハードナーにとっての計画の最重要事項。だが今の段階では命令は捕縛ではなく偵察となっていた。それはルナールの判断によるもの。ルナールは以前エクスペリメントでレイヴマスターと思われる者と交戦した経緯がある。故にルナールはその相手の実力が自分とほぼ同等であることを知っていた。いかに六つの盾とはいえルナールと同等の実力を持つ者が相手だとすれば勝ち目は無い。組織に置いてもっとも信頼しているルナールの言葉によってハードナーはコアラとシアンに偵察の任務を与えた。
だがシアンはその命令を無視し、レイヴマスターに戦いを挑んでしまった。それはレイヴマスターを侮っていたこと、そして以前自分たちでは敵わないから手を出すなとルナールに言われてしまったことで逆に好奇心を抱いてしまったがゆえに起きた事態。それが六つの盾の内の一角が倒されてしまうという一大事の真相だった。
「そ、それにボクはその場にはいなかったんだよ、ウン! もうボクが行った時にはシアンもレイヴマスターもいなかったし……」
コアラは涙目になりながらも必死に弁明する。その言葉に嘘は無い。ただどうしても言い訳できないことがあるとすればシアンがエリーの居場所をレーダーを持っているコアラに尋ねてきた時にコアラがすぐに教えてしまったこと。その意味をうすうす分かっていたもののその方が楽しい、そしてエリーを連れて帰れば自分たちの評価も上がるという功名心があったこと。それを悟られまいとするも
「コアラ……お前、いつからオレに口答えできるほど偉くなった……?」
ハードナーの言葉によってコアラは絶望に染まる。それはまさに死刑宣告にも等しい意味を持つ言葉。自分の浅はかな考えなど全て見透かされているかのような感覚。百万の兵の頂点に立つ王の力。その殺気が向けられたことでコアラは既に失神寸前だった。いつちびってしまってもおかしくないような圧倒的な重圧。
「ご、ごめんなさい……ボ、ボクたちだけでも……エ、エリーを捕まえられると、お、思って……ウン……許して下さい……」
「……ハードナー様、どうかご慈悲を。この者たちもただハードナー様のお役に立ちたい一心でしたこと……どうか……」
今にも泣きだしかねないコアラを何とか庇いながらもルナールはハードナーに向かって慈悲を乞う。そんなルナールの言葉が通じたのか、それとも違うことに興味が移ったのか定かではないがハードナーから放たれる殺気、重圧が収まって行く。その光景にコアラは安堵の息を吐くしかない。まさに九死に一生を得たに等しいもの。
「いいだろう……命令違反をして勝手に捕まるようなクズはオレには必要ねえ。それよりもコアラ、エリーの居場所は分かってんだろうな?」
「は……はい! モチロンです、ウン! 魔力レーダーからは絶対に逃げられないよ、ウン!」
ビクンと身体をはねらせながらもコアラは反射的に応える。エリーの居場所は問題なく特定できている。既にボニタの街にはおらず移動しているものの魔力を持っている以上コアラのレーダーからは逃れることはできない。そんなコアラの言葉を聞いた後ハードナーはしばらく黙りこんでしまう。コアラは自分がまだハードナーの逆鱗に触れてしまったのかと戦々恐々としながらもただ待つことしかできない。そして長い静寂の後
「ルナール……六つの盾全員を招集しろ。今すぐにだ」
ハードナーは告げる。己の決定を。その言葉が何を意味するかを知っているからこそルナールとコアラは言葉を失ってしまう。最高幹部である六つの盾の招集。しかも一人や二人ではなく全員。まさにこれから戦争を行うに等しい戦力をハードナーは呼び出さんとしているのだから。
「ぜ、全員をですか……!? しかしそれは……まだ杖の場所、解放軍のアジトも見つかっていないのでは……」
ルナールは驚愕しながらもハードナーに進言する。ハードナーの計画を実行するには二つ必要なものがる。一つが魔導精霊力。そしてもう一つが時空の杖とよばれるもの。だが杖についてはまだ場所が特定できていない。ハードナーの旧友であるユーマをリーダーとする解放軍のアジトにあることは調べがついているのだがその場所まで発見できていない。残る六つの盾はその捜索に動いている。それを全て集めれば計画に支障が出かねない。それを危惧した副船長としての進言。だがそれは
「二度同じことを言わせる気か。全戦力でレイヴマスターとその仲間どもを殲滅する。それだけだ」
船長であるハードナーの命令によって覆される。絶対的強者のみが持てる力がそこにはある。それに逆らうことなど誰にもできない。いや逆らうことなどあり得ない。ルナールも六つの盾も所詮は唯の駒。ハードナーの命令がその全て。
「オレはDCと同じ轍は踏まねえ……ちまちまやるのはオレの性じゃねえからな。それにもう『お預け』はごめんだ。分かるな?」
狂気にも似た炎を瞳に宿しながらハードナーは告げる。もう待つのは御免だと。無限の欲望とでも言うべきものをハードナーは持っている。全てを自分の物にしたい、奪いたい。その炎がハードナーを焼き続けている。だがそれをハードナーはギリギリのところで抑えてきた。DCという自分と同等の敵がいたことで。だがそれはもういない。自分を邪魔する者は存在しない。もしあったとしてもその全てを殲滅する。それこそが空賊の、BGの在り方。
その言葉と姿にルナールは自らの体が震えていることに気づく。だがそれは恐怖ではない。それは歓喜。武者震いとでも言うべきもの。先程ハードナーが口にした言葉。
『全戦力』
それに例外は無い。すなわち船長であるハードナーすらもそこには含まれる。まさにBGの本気を見せるに相応しい戦いが起ころうとしている。ルナールはただ頭を下げたままその場を後にする。もはや言葉は必要なかった。
今、『蒼の守護者たち』の名を持つ空賊の真の力が集結せんとしていた―――――