九月九日 『歴史が変わった日』と呼ばれる出来事によって世界は大きく変わった。悪の組織であるDCが壊滅するという信じられない事態。だがその本部が消滅し、最高司令官であるキングが命を落としたことがそれが紛れもない真実であることを示していた。それによって人々は安堵した。これまでのDCによる殺戮や略奪がなくなったことで。同時にある噂が流れ始める。DCを倒したのが二代目レイヴマスターであると。その真偽を人々は知る術は無いもののただ感謝し、謳歌する。長い間続いた暗黒時代の終わりと平和の訪れを。故に気づかなかった。
それが束の間の平和であることに。新たな争いの始まりに過ぎないことに―――――
ソング大陸最大の都エクスペリメント。その街の中心に位置するビル街。その中の一つのビルの廊下をどこか緊張した面持ちで歩いている女性の姿があった。だがその女性が只者ではないことが雰囲気と身のこなしから伺える。その顔にはタトゥーのような物が刻まれ、首からは双眼鏡の様な物がぶら下がっている。
『レディ・ジョーカー』
それが彼女の名前。DCの諜報部員であり現在は参謀にまで抜擢されている女性。レディは急ぎながらも決して取り乱すことなく歩みを進めある場所で動きを止める。その前には一つのドアがある。何の変哲もないごく普通のドア。しかしそれはレディにとって、いや全てのDC構成員にとっては恐れ忌むべき扉。そんな感覚を振り払うように一度大きな深呼吸した後、レディはドアをノックする。そしてしばらくの間の後
「入れ」
そんな男の声がドアの奥から、部屋の中から響き渡る。
「は! 失礼いたします!」
号令が放たれたかのように背筋を伸ばし声を張り上げながらもレディはそのままドアを開け、部屋の中へと入って行く。同時にその内装が明らかになる。一言でいえばごく普通のオフィス。いくつかのテーブルが並べられ、本棚には多くの本が並べられている。だがそんな中にあって一際存在感を放つ者がいた。ドアを開けたレディの正面にある大きなデスク。そこに腰かけている少年。彼こそがこの部屋の主。その風貌はこの部屋に合わせたかのようなスーツ姿。ただの少年であったなら少し背伸びをした微笑ましい光景。だがそれを微塵も感じさせない程の風格、カリスマがそこにはある。身に纏っている黒のスーツとは対照的な金髪と顔に残る大きな切傷がその証。その首には一つの魔石が掛けられている。シンクレアという名の王の証。
『ルシア・レアグローブ』
それが彼の名前。金髪の悪魔の異名を持つ少年。そして新たなDCの王たる者の姿だった。
「レディか……何の用だ」
ルシアはその鋭い視線をゆっくりとレディに向けながらも問いただす。何の用でこの場にやってきたのかと。その視線だけでレディは知らず息を飲む。ただ目の前にいるだけで息が苦しくなるような圧倒的な存在感。膝を突き、首を垂れているにも関わらずそれ以上に床に這いつくばらなければならないのではないか思ってしまうほどの重圧。かつての先代キングにも全く引けを取らない王の威光に晒されながらもレディはそれを悟られまいと答える。
「はっ! お忙しいところ申し訳ありません。一つご報告を差し上げたいと思い……」
そう言いながら面を上げた瞬間にレディは言葉を止めてしまう。それは思いもしなかった人物がその場にいたことによるもの。
「レイナ将軍……いらっしゃったのですか?」
レディは驚きの表情を見せながらも部屋の壁にもたれかかるようにルシアの傍にいるレイナの存在に気づく。その姿もルシアに合わせたかのようなスーツ姿。どうやらルシアに気を取られすぎているせいで気づくことができなかったらしい。
「あら、失礼ね。最初からここにいたわよ。ルシア様の前で緊張するのは分かるけど少し落ち着いた方がいいわよ」
「は、はい。申し訳ありません」
「レイナ……余計なことは言わなくていい」
「はい。失礼しました」
そう言いながらレイナは少しルシアから離れた場所に移動していく。レディの報告の邪魔をしないようにする配慮。何故ここにレイナがいたのか疑問はあるもののレディは気を取り直しながらも自らの役目を果たさんとする。
「ルシア様……ご命令通り残存戦力の編成と新たな支部の確保を完了しました」
それはルシアからのDCに対する初めての命令。残っている残存戦力、構成員の再編成と新たな支部、各地の行動拠点の確保。同時にそれは参謀に抜擢されたレディにとっては初めての任務。ある意味自分を試されているに等しい意味を持つもの。本来なら一カ月はかかる任務をレディは見事に一週間で成し遂げた。間違いなく彼女自身の高い能力があってこそ為せる技。
「そうか……よくやってくれた」
ルシアはそれを聞きながらも無表情のまま。その姿にレディは自分がミスをしたのかと思い身構えるもそれ以上ルシアは問い詰めてくる様子もない。どうやら参謀としての実力をある程度は認めてもらえたらしいことに内心安堵しながらもレディは気を引きしめながらもルシアに向かって面を上げる。それはこの一週間ずっと疑問に思っていたことを尋ねるため。
「ルシア様……本当にご命令だけの内容で宜しかったのでしょうか……?」
「……どういうことだ?」
「い、いえ……確かに残存戦力の編成と支部の確保は重要な問題ですが……戦力増強や新たな本部の建設は行わなくても本当に宜しかったのですか……?」
レディは内心怯えながらも自らの王に向かって尋ねる。それはルシアの真意について。
今、DCは表向き壊滅したことになっている。キングの死と本部の消滅という事態によって。その影響で帝国や解放軍によって残党狩りの名目の元DCのほとんどの構成員や支部が壊滅的な打撃を受けてしまっている。それを何とか凌ぎきった者達の中の一人がレディ。その限られた者達でしか知らされていない事実がある。それがルシアの存在。キングの血を受け継ぐ新たな王の存在。それによって残った者たちは新生DCを結成した。だがその内容はレディ達が想像をしていた物とはかけ離れたもの。
まずは本部について。先の戦いによって壊滅してしまった本部である城を新たに建設することが最優先だとレディは考えていた。だがそれはルシアによって却下される。同時にこのビル、エクスペリメントにあるビルを買い取りそこを本部とすることが決定された。表向きは企業だと偽った上で。
もう一つが新生DCの誕生を秘密裏にしていること。本来なら新たな王の誕生と共に戦力を増強し、調子に乗っている帝国や解放軍に対抗するべきなのではないか。だがそんな当たり前の考えを裏切るかのようにルシアは真逆の命令を、指令を下す。表立っての行動、戦闘行為の禁止という信じられないようなもの。それと並行して諜報部隊の新設と増強を命じたもののそれ以来大きな動きは見せていない。レディではなくとも疑問を抱くのは当然。それは今のDCにいる者たちの総意でもあった。だが
「ああ……何か問題があるのか?」
それはルシアの言葉によって切り捨てられてしまう。同時にその重圧によってレディはめまいを起こしそうになる。ようやくレディは気づく。まさしく先代のキングに匹敵する力をルシアが持っていることに。DCの中でも限られた者しかしらない事実。それはルシアが単独で六祈将軍を下したということ。にわかには信じられないような事実。一人ひとりが一国の戦力に匹敵するという六祈将軍。しかもそれを五人同時に相手にし勝利する。まさに怪物。それに逆らうことなど誰にもできない。六祈将軍の五人がルシアに従っているのが何よりの証。
「も、申し訳ありません……! 出すぎた発言でした……!」
再び首を垂れながらレディは謝罪する。あまりにも出すぎた自分の発言に。反逆と取られてもおかしくない無礼を働いてしまったことに。そんな中
「……簡単な理由だ。DCがいなくなったと思えば他の組織が表に出てくる。他のシンクレアを持った連中もな……」
呟くようにルシアは口にする。その内容にはっとしたような表情を見せながらもレディはようやく気づく。ルシアが何を狙っているのかを。
『シンクレア』
全てのDBの頂点、母なる存在。今それは五つに分かれてしまっている。その内の一つが今ルシアがもっているもの。そしてそれを全て集めることによってある場所へ行き力を手に入れることができる。
『星の記憶』
この星の生命ともいえる聖地。全てを手に入れ、全てを失うこともできる力。それを手に入れることが新生DCの真の目的。
今、諜報部の働きによって残る四つのシンクレアの在処を調査しているところ。それによって所持しているであろう組織についてはおおよそ見当がついている。
『ドリュー幽撃団』 『鬼神』 『BG(ブルーガーディアン)』
この三つの組織のリーダーがそれぞれシンクレアを持っているという情報が有力。だがそれらの組織は今まで表だって動きを見せることは無く身を潜めていた。DCの完璧とも言える組織力の前に。だが今、表向きはDCが壊滅したことによって恐らくこの三つの組織、そしてそれ以外の組織も動き出すはず。まさに闇の派閥争い。
レディは悟る。それこそがルシアの狙いだと。表に出てきた組織からシンクレアを奪うこと。そしてその動きを知るために諜報部に力を注いでいるのだと。そして
「戦力は俺と六祈将軍がいればいい……それだけだ」
戦力の増強も必要ないのだということ。それだけの力をルシアと六祈将軍は持っている。
レディはそのまま頭を下げたまま退室していく。今まで以上のやる気を見せながら。新生DCならば世界を支配できるという確信を持って―――――
「…………」
「…………」
後にはルシアとレイナ。二人が部屋に残される。ルシアはしばらくそのままレディが出て行ったドアを見つめたまま。その表情から感情を読み取ることはできない。レイナは腕を組んだままそんなルシアを見つめ続ける。沈黙。しばらくの間無言の静寂が部屋を支配する。それがいつまでも続くのではないかと思われた時
「……ぷっ、あはは! あはははは!」
そんなレイナの笑い声が部屋中に響き渡る。まるで噴き出してしまったかのように。お腹をかかえたまま笑いをこらえきれないといわんばかりにレイナは笑い続ける。
「……何がおかしい」
不機嫌そうに、ジト目になりながらルシアはそのままレイナに抗議の視線を送る。そこには既に先程まで見せていた威厳も何もあったものではない。普段通りの少年の姿。それがさらにツボにはまったのかレイナは笑い続けるだけ。ルシアはもはやあきらめたといわんばかりにそっぽを向いてしまう。恥ずかしい演技を見られてしまった子供のような姿。
「ふふっ……ご、ごめんなさい。どうしても我慢できなくって……でもレディがいる内は我慢したんだからいいでしょ?」
「そうか……てめえやっぱり俺に喧嘩を売ってんだな……」
「冗談よ、冗談♪ あなたには敵わないってことはもう十分分かってるわ。それに普段通り接していいって言ったのはあなたでしょう?」
「ふん……」
レイナはからかうようにルシアに話しかけるもルシアはまだ納得がいっていないのか不機嫌さを隠そうともしない。レイナはそんなルシアの姿を見ながらもどこか安堵していた。どうやら立場は変わっても中身は変わっていないであろうことに。
今日、レイナがここにやってきたのは自らの担当する地域の体制が整ったことを報告するため。あの日、ルシアによって新生DCが誕生し六祈将軍たちは新たな役割を与えられた。それは各地のDCの残党、構成員たちの監視と言う名の統制という役割。表立った動きをせず、しばらくは身を潜めることになったものの全ての構成員がそれに従うわけではない。特にDBの汚染に弱い、DBを扱うことに拙い者たちはその欲望のままに勝手に動いてしまう可能性がある。それを抑える、監視する任務をルシアは六祈将軍に与えていた。もっともべリアルは文句を言っていたもののルシアの力を目の当たりにしたため渋々従っている形。他の六祈将軍たちは特に不満を漏らすこともなく動いている。レイナもまたその中の一人だった。
「でもちょっとは慣れたみたいね。一応最高司令官だし情けないところは見せないでよ『キング』?」
「その呼び方はやめろっていつも言ってるだろうが……」
「あらそう? じゃあルシア様の方がよかったかしら?」
「もういい……用が済んだならさっさと出ていけ。まだ仕事が残ってんだよ」
「何よ、つれないわね。まあいいわ。でもレディじゃないけどほんとにこのままでいいの?」
レイナは普段通りの調子を取り戻しながらも再びルシアに尋ねる。今のままのDCでいいのかと。確かに表だって行動しないことの理由は分かる。実際にこれからはシンクレアの争奪戦と言う名の闇の派閥争い。それを炙りだすために身を潜めるというのは理にかなっている。だがそれは他の構成員にまでは理解されないだろう。DCは悪の組織。その証拠にこれまでのDCは殺戮や略奪などを行い、私利私欲を満たすために動いている者が多かった。いくら新たな体制とはいえいきなり待機命令、戦闘禁止が伝えられれば反発する者、命令無視する者も出るはず。世界征服という目的すら疑われかねない。
「ああ……結局星の記憶を手に入れれば全ては思うがままだ。なのにわざわざ面倒な世界征服なんてする意味はねえ」
「そう……」
「……何だ、お前もべリアルみたいに不満があるのか?」
「冗談。あいつと一緒にしないでくれる? 私は別に戦闘狂じゃないわ」
レイナはどこか不機嫌そうにそのまま部屋の出口へと向かって行く。ルシアはそんなレイナの後ろ姿を眺めているだけ。もう厄介事はごめんだといわんばかりの態度。レイナは振り返りながら
「……それに個人的には今のDCの方が性に合ってるわ。もっともずっとこのままじゃ流石の私も退屈しそうだけど」
どこか小悪魔のような笑みを見せながらルシアへと告げる。男なら見惚れてしまうような笑み。だがルシアにとっては溜息を吐くしかないような笑み。それを見ながらもルシアは告げる。もう一つの自分とレイナの関係を示す事案を。
「シルバーレイについては今は調査中だ。進展があったら伝える。それでいいか?」
それはルシアとレイナの個人的な契約。シルバーレイの探索について協力するという約束。
だがその言葉にレイナはどこか呆気にとられるように言葉を失ってしまう。驚きの表情のままルシアに向かって固まったまま。だがルシアは何故レイナがそんな反応をしているのか分からず驚くしかない。
「な、何だよ……」
「その契約……まだ続いてたの……?」
「……? あ、ああ……当たり前だろ。どうかしたのか……?」
「…………」
レイナはどこか当たり前だといわんばかりのルシアの言葉に呆気にとられてしまっている。それはまさかまだあの時の取引が継続しているなど思ってもいなかったから。あれは自分がルシアが金髪の悪魔であることを黙っていることを条件に交わした脅迫に近いもの。今の状況、DC最高司令官となったルシアにとっては無視して当然のもの。だがどうやらルシアはそれを守る気らしい。ある意味ルシアらしいと言えばらしい。その力はキングに匹敵するほどのものだがやはり本質は変わらないらしい。
「いいえ、何でもないわ。じゃあ何かあったら連絡して頂戴。何ならキングの時みたいに側近になってあげてもいいわよ、ルシア♪」
どこか上機嫌にレイナはそのまま部屋を後にする。まるでOLのように見える後ろ姿を見せながら。何かが違っていたらもしかしたらそんな姿をして仕事をしていたかもしれない。そんな可能性を感じさせるもの。それもレイナが上機嫌な理由のひとつなのだがルシアはそれを知る由もなかった――――
「はあ…………」
レイナが退室したのを確認した後、ルシアは大きな溜息を吐きながらデスクに突っ伏してしまう。ようやく面倒な仕事が終わったといわんばかりの態度。慣れないことをこの一週間続けてきたことによる疲労だった。
『くくく……どうした、情けない。一国の主になったというのにいつも通りではないか。我が主様よ』
そんなルシアの疲労をさらに上限突破させんとするかのように少女の声が響き渡る。ルシアは机に伏したまま顔を横に向ける。そこには一人の少女がいた。金髪に黒のドレスを纏った少女。自らが持つシンクレアであるマザーの実体化した姿。だが今のそれはいつもとは大きく異なっている。その姿は幼く、およそ十二歳程だろうか。そしてそのままデスクに座りぶらぶらと足をばたつかせている。完全に遊んでいる子供そのもの。しかも声までそれに合わせて幼くしている。手の込んだ悪戯だとしか思えないような光景。
『うるせえよ……それに何でそんな恰好してんだ? ここんとこずっとじゃねえか?』
『ふむ……少し趣向を変えてみようと思ったのだがお気に召さんか? やはり巨乳でなければいかんか』
『そういう問題じゃねえよ!? それにここでは実体化するなっていってるだろうが! 誰かが来たらどうする気だ!?』
『案ずることはない。すぐに姿は消せる。それに見られても愛人だと言えばいい。それで人間というのは丸く収まるのだろう?』
『お、お前……どっからそんな言葉を覚えてくんだよ?』
『そんなことはどうでもいい。それよりもよいのかこのままで。せっかくDCを乗っ取って六祈将軍を配下にしたのだ。もっと派手に動けばいいものを』
『ふん……さっきも言っただろうが。他のシンクレア持ちを炙りだすためだ』
ルシアはげんなりしながらも思い返す。それは一週間前。ジンの塔での戦い。そこでの六祈将軍との戦い。それはルシアにとっては完全に予想外の戦い。同時に絶対に負けられない戦いだった。もし負ければ、もしくは逃がすようなことがあればハル達の命はない。何とか退けることはできた(マザーの行動のおかげでもはや逃げることもできなかった)。だがその後が問題だった。それは予定よりも半年早くDCの司令官になってしまったこと。本当なら原作通りにシンフォニアでのハル達の接触後にと考えていたのだがもはや流れ的にそれを逃れることなどできなかった。だがそのまま新生DCを声高らかに立ちあげるわけにはいかなかった。そんなことをすればどんな影響が出るか分からない。ハル達が自分たちとすぐ戦う展開、また半年後であるはずのドリューとオウガの連合がすぐに起こってしまう可能性もある。BGもどんな動きを見せるか予想がつかない。
そして本部については建設する気はルシアには全くない。そんなことする意味も理由もない。ルシアとしては何故城など作る必要があるのか理解できない。普通は拠点は敵に知られないようにするものだというルシアの考え。他の組織のように移動できる船ならば納得もいくが大きな城を作る理由がルシアには全く分からなかった。
『ふむ……確かにその通りだが半年も待つことはないのではないか? 手当たり次第に組織を潰していけばよかろう』
『そ、それは……流石に相手はシンクレア持ちだしな……もう少し力を蓄えてからにしたいんだよ……』
『相変わらずヘタ……慎重な奴だ。だがまあいいだろう。我としても他のシンクレア達は侮れるような相手ではないからな。力を付けておくに越したことは無い。その頃には迎えも来るだろうしな……』
『……? 迎え? 何のことだ?』
『こちらの話だ、気にするでない。それでこれからどう動く気だ?』
『そうだな……』
ルシアは考える。ひとまずはDCの壊滅を装い身を潜めるのは確定事項。これはルシア自身が戦いたくないのもあるが一番がシンクレアを集めないようにするため、もしくはそれをできる限り遅らせるため。
確かに力の上では今のルシアと他のシンクレア持ちたちは拮抗しているといっていい。シンクレアの相性もあるだろうがアスラ以外は皆キング級の力の持ち主。故に勝負は各組織のリーダーの一騎打ちとなるだろう。勝算は無いわけではない。だが根本的な問題がある。
それはシンクレアを集めれば集めるほど次元崩壊のDBである『エンドレス』に近づいてしまうということ。そうなれば全てがおしまい。故にルシアはできる限り他のシンクレア持ちとの戦闘は避けなければならない。
もう一つはハル達、レイヴ側の問題。今、ハル達はジンの塔での戦いの傷を癒すために静養中。特にムジカは重傷であり半年後までハル達は動くことはない。それまでにシンクレア持ち同士の戦いが起こってしまえばどうなるか。ハル達が不完全な状態で巻き込まれる、もしくはシンクレア持ちの誰かが二つ以上のシンクレアを持ち力を増してしまう可能性すらある。それを避けるためルシアはできる限り原作に近い展開、時間の流れを作ることを目的として動いている。だがルシアもそれがそのまま上手く行くなどとは思っていない。今まで散々あてが外れてきたルシアは身を持って理解していた。恐らくは厄介な事態が半年の間にも起こりうると。
『他の組織の動きは諜報部に任せるとして……まずは修行だな』
それがルシアの選択。何にせよ力はつけておくに越したことはない。原作ではルシアはシンクレア持ちと結局一度も戦うことは無かったがそう上手く行くとは限らない。ならばそれに備えて準備だけはしておかなくてはいけない。六祈将軍はいるものの結局は王同士の戦いが全てなのだから。
『ほう……主の方から言い出すとは珍しい。どういう風の吹き回しだ?』
『うるせえよ……とにかく半年の間にマザー、お前を使いこなせるようにするぞ、いいな?』
『なっ!? わ、我をか!?』
『ああ……他の奴もシンクレアを持ってんだから当たり前だろ。なに驚いてんだ……?』
『そ、それはそうだが……うむ、改めて言われるとその……』
ルシアは何故かどもり始めているマザーに首をかしげながらも考えていた。それは今の自分の力。デカログスやイリュージョンなどについてはほぼ極めたといってもいい。だがやはりマザーについてはその限りではない。母なる闇の使者とまで呼ばれる五つの内のシンクレアの一つ。それを使いこなすことはDBマスターを以てしても容易なものではない。技術と力もそうだがそれ以上に親和性、相性が最も重要な点。かつてデカログスと成し遂げたような一心同体の感覚が必要となってくる。だがそれを未だルシアは成し遂げていない。
それはルシアの忌避感とでもいうべきもの。マザーの力である空間消滅。それを使うことに対する忌避感がどうしてもルシアにはあった。使用すれば相手の命を奪いかねない力。故に今までルシアは実戦で二度しかそれを使ったことは無い。一つはジェロ戦。もう一つは六祈将軍戦。ジェロについては追い詰められたからであり六祈将軍戦についてはマザーの独断だった。だがこれからの戦いではそうも言ってられない。
『ドリュー』 『オウガ』 『ハードナー』
彼らに対して出し惜しみなどできるわけもない。その隙が命取りになりかねない。それを克服するためにもルシアはマザーの力、その極みである空間消滅の形態変化を完全に習得する必要があった。
『し、しかし……その、なんだ、やはりこちらとしても心の準備が……』
『何を訳の分からんこと言っとんだ……? 元はといえばてめえの力が扱いづらいからこんなことになったんだろうが。ったく……他のシンクレアみたいに分かりやすい能力ならよかったのによ……』
『なっ!? き、聞き捨てならんぞ!? まるで我が他の奴らより劣っているかのようではないか!』
『違うのかよ。だって他の奴らに比べたらしょぼい能力じゃねえか……』
『お、お主……本気で言っているのか!? 前にも言ったであろうが! 我はシンクレアの中でも最強の存在だと! 元はといえばお主が未熟なことが……』
『分かった分かった……とにかくちょっと出かけるぞ。ようやく仕事が一段落したからな』
『待て! まだ我の話は終わっておらんぞ! ちゃんと先の言葉を撤回しろ!』
『痛ててててっ!? 分かったから頭痛はやめろっつーの!? あとその姿で纏わりついてくんじゃねえ!?』
ルシアは自分に向かって纏わりついてくるマザーの幻(ロリカトレア)と格闘しながらもスーツから着替え出かける準備を始める。同時にどこか安堵している自分にルシアは気づく。認めたくはないがどうやらDC最高司令官になってから一番気が抜けるのがこの厄介者と一緒にいる時間らしいことに。
ルシアはその手に花束を持ちながら向かう。すぐにでも行くべきだった場所へ。ようやくそれを果たすために。
ジンの塔。その跡地。そこがルシアの目的地。まだルシアは知る由もない。そこで一つの出会いがあることを―――――