「アキ……?」
エリーはどこか心ここに非ずといった風にその名を呟きながら目の前の光景に目を奪われていた。そこには少年がいた。甲冑にマントという見たことのない格好だが見間違えるはずはない。何故ならエリーは二年間、ずっと目の前の少年と一緒に暮らしていたのだから。そのままアキはエリーに背を向けながらも振り返る。夜の暗さによってはっきりとは見えないが間違いなくそれはアキ。瞬間、エリーはまるで力が抜けてしまったかのようにその場に座りこんでしまう。その体は既にボロボロ。服は破れ、体中には雷によって火傷を負ってしまった痕が痛々しくも残っている。
「アキっ……あたしっ……あたしっ……!」
緊張の糸が切れたようにエリーはその場に座り込んだまま泣き崩れてしまう。まるで洪水のようにその目から涙が流れ続ける。既に顔は涙でぐちゃぐちゃだった。エリーは何とか声を上げようとするが嗚咽を漏らすことしかできず言葉にできない。その胸中も様々な感情が混ざり合いエリーはどうしたらいいか分からない。
どうしてここにいるのか。今までどこにいたのか。どうして自分を置いて行ったのか。
聞きたいことが、知りたいことが山のようにある。会ったら文句を言って叩いてやろうと、そう決めていたはずなのに。でもそんなことは今のエリーの中には全くなかった。あるのはただ純粋な嬉しさ。もう一度アキに会えたこと。そして自分を助けてくれたことへの。
だがエリーは何とか落ち着きを取り戻しつつも気づく。それはアキの姿。その姿もだがエリーは違和感を覚えずにはいられない。それはアキが自分を見つめたまま何もしゃべらなかったから。ただの一言も。きっと今の自分を励ますために何かいつもの調子で話してくれると思っていたエリーはどこか不思議そうにしながらもアキを見続ける。その表情からアキの感情を読み取ることはできない。今までエリーが一度も見たことのないような表情。
「アキ……?」
「……エリー、そこでじっとしてろ」
アキはエリーの言葉を遮るようにそう言い残したままデカログスに手を掛け、目の前のジークと対面する。同時にようやくエリーは思い出す。アキが現れたことで忘れかけてしまっていたがまだ雷の男、ジークは健在であり状況は変わっていないのだと。そして同時にエリーは不安に駆られる。それはアキのこと。ジークが恐ろしく強いことをエリーは先程の雷で悟っていた。おそらく今までハルと共に旅をしてきた中で戦ってきたどの相手よりも。もしかしたら助けに来てくれたアキまで殺されてしまうかもしれない。実際にアキが戦っているところを一度も見たことがないエリーは何とかしなければと思うも既に身体は満身創痍で満足に動くことすらできない。例え動けたとしてもエリーではジークをどうにかすることなどできるはずもない。エリーはそのままただアキの背中を見つめることしかできない。
(アキ……それが金髪の悪魔の名か……)
自分と対面しているアキを見ながらもジークは冷静に状況を分析する。ジークは目の前の少年が金髪の悪魔であることを確信していた。身に纏っている物は異なる、成長しているがその顔は間違いなく二年前と変わらない。だが突然のアキの乱入にもかかわらずジークは全く動じることは無い。何故ならアキ、金髪の悪魔がこの場に現れる可能性をジークは最初から計算に入れていたのだから。
(まさか金髪の悪魔と3173の女が本当に行動を共にしていたとはな……)
それはハジャによってもたらされた情報。金髪の悪魔と魔導精霊力の娘、エリーが行動を共にしていた可能性があるというもの。現在は別行動をしていたらしいがエリーと接触すれば金髪の悪魔が現れる可能性があるためジークはそれに対する対策としてこの結界を張っていた。余計な邪魔が入らないようにするために、そしてもしそれが破られたとしても逆に結界内におびき寄せ始末するために。既にジークは金髪の悪魔、アキが偽装と瞬間移動の能力があることを見抜いており、それを封じる力を結界内には施してある。これでアキを以前のように取り逃がすことは無い。もう二度と同じ失敗を犯さない、絶対の意志をもってジークは二年ぶりにアキと対峙する。アキがその手に大剣を構えるのを見ながらもジークに恐れは無い。剣士では魔導師には勝てない。その道理を知っているからこそ。
金髪の悪魔と魔導精霊力。
思いつく限りで最悪の組み合わせ。このまま放っておけば文字通り世界を崩壊させかねない危険因子。時を狂わす危険を持つ存在。それを見逃すことなどできない。
「……いいだろう、ならば両方消し去ってやる!」
ジークは叫びと共にその手を構える。自らに課された使命を果たすために。今度こそ逃がしはしないという決意と共に。瞬間、凄まじい魔力がジークから発せられ始める。その力によって空気が震える。まさに大魔導士に相応しい力の鼓動。
だが今にも戦闘が始まらんとしているにも関わらずアキは全く戦う気配を見せようとはしない。デカログスを手に持ってはいるものの明らかにいつもとは様子が異なる。ただそこに立っているだけといった風。
『……どういうことだ? お主、エリーが魔導精霊力を持っていたことを知っていたのか?』
「…………」
アキの胸にかかっているマザーがどこか威圧感をもって詰問をおこなってくる。
詰問は今、後ろに座りこんでしまっているエリーについて。それを助けるためにアキがこの場にやってきたことにマザーは気づく。それ自体は構わない。個人的に思う所がないわけではないがマザー自身、エリーは共に暮らしてきた同居人、友人の様なもの。だがそれだけではすますことができないことがあった。それはエリーが発している魔力。それをマザーは知っていた。魔導精霊力。かつてリーシャ・バレンタインが自らの天敵たるレイヴを生み出した力。確かに姿が瓜二つなことに疑問を抱いてはいたものの同じ力まで持っているなど偶然ではすまされない。アキがそのことを知った上でエリーを匿っていたのか、それとも知らなかったのか。知っていたのなら何の意図があってそんなことをしたのか。聞きたいことが山のようにある。
『聞いているのか!? 事によっては許さんぞ! それにいつまでそうしているつもりだ!?』
叱責はまるで無防備な姿を晒している自らの主に対してのもの。格下の相手であればそれでも構わない。だが目の前にいる魔導士、ジークはそうではない。間違いなく六祈将軍レベルの力の持ち主。だがそれだけであったならマザーはここまで焦りは見せない。それはジークの魔力。それはとても以前とは比べ物にならないようなもの。どんな手段を使ったのかは分からないが間違いなく先に戦ったルナールに迫る力を今のジークは持っている。それと引き分けたアキだがそれはイリュージョンとワープロードの補助があったからこそ。だがこの結界内ではそれは通用しない。地力のみではいかに力をつけているアキとはいえども分が悪い。だがアキは先程から全く反応を示さない。まるでマザーの声が聞こえていないかのように。
『……もうよい。主が動かないのであれば我が』
呆れと憤りを見せながらもマザーが動こうとした瞬間
『……ごちゃごちゃうるせえぞマザー!! てめえは黙って俺の言うことを聞いてろ!!』
それはアキの今まで聞いたことのないような怒号によって遮られてしまう。
『――――っ!?』
まるで飼い主に怒られてしまった犬のようにマザーは身がすくんでしまう。だがそれは無理のないこと。何故なら今のアキの言葉が間違いなく本気だと悟ったから。これまでのぶっきらぼうな、冗談じみたものではなく本気でアキが怒っていることにマザーは驚きそのまま黙りこんでしまう。
アキはマザーを一喝した後、ジークを見据える。アキがエリーを優先した理由。それはエリーがマジックディフェンダーを付けていると思い込んでいたから。それは魔力の反応だけでなくその力も封じてしまうもの。もしそのままであればジークの雷を受けても魔導精霊力の力は発動せず最悪そのまま死んでしまうかもしれない。そのことに気づいたアキはそのままここまでやってきた。レイナの方も気にはなったものの距離的にエリーの方が近いこと、そしてエリーと違い自衛できるハルかムジカなら大丈夫だと判断してのもの。DBの気配によって戦闘中であることからまだ無事のはず。それでも一刻も早く向かわなくてはならない状況。いつものようにアキは焦りによって混乱しながらこの場へと到達した。この状況を目にするまでは。
その胸中はある感情で満たされていた。それは怒りと罪悪感。エリーの姿を見た時アキはそれを感じていた。見るも無残な姿。いつも楽しそうに笑っているか、怒っている顔しか見たことがないアキにとってその泣き顔は到着した時のアキの焦りと動揺を一気に吹き飛ばして余りあるものだった。
そしてその感情の矛先はジークではなく自分自身へのもの。確かにエリーを直接的に傷つけたのはジークに他ならない。だがアキはそれを知っていた。恐らくエリーがジークに襲われるであろうことを。だがアキはそれを見逃していた。そうなるのが当たり前だと。原作通りだと。それを崩すことを恐れていた。故に忘れてしまっていた。いや気づこうとはしなかった。その結果エリーがどうなるのかを。一緒に暮らしてきた同居人、少女がどんな目に会うのかを。その目で直接見るまで。
(ごめんな……エリー……)
アキは心の中で謝りながらもそれを口に出すことなくジークと向かい合う。今の自分は不用意にエリーに話しかけるわけにはいかない。恐らくはこの先、予定通りに行けば敵対することになるのだから。ここで余計なことを言うことはできない。それでもアキは行動する。本来ならハルが為すべき役割を。いや、それは言い訳だ。アキの脳裏にあの日のエリーの言葉が蘇る。それはきっとエリーにとっては何気ない一言。それでもずっとアキの心のどこかにずっと引っかかっていたもの。アキがジークに狙われていることを注意した時にエリーが笑いながら言った言葉。
『えー? だってその時はアキが守ってくれるんでしょ?』
その約束を守ること。それが今、アキが為すべきことだった。
そして次の瞬間、戦いが始まった。それは互いに譲れぬもののための戦い。先に動いたのはジークだった。ジークはその指を先程のエリーの時と同じように振るいながら魔法を放つ。それは雷。オーソドックスな魔法であるもののジークが得意とする魔法。速度と威力を合わせ持った攻撃。それが再び、今度はアキに向かって落とされる。だが先とは大きく違う点があった。
「きゃああっ!!」
エリーは反射的に目を閉じながら悲鳴を上げる。それはトラウマ。ジークの雷によって殺されかけたエリーにとって雷はトラウマとなってしまっていた。手で頭を押さえながらもエリーはすぐに顔を上げる。それは自分には雷が落ちていなかったから。だが同時にエリーはその光景に絶句する。そこは先程までアキがいた場所。だがそこには何もない。いや、確かにそれはあった。それはまるでクレーターのようにえぐられた地面。地面からはその威力による熱と煙が生まれてきている。先のエリーを襲ったものとは文字通り桁が違う威力。だがそれは今のジークだからこそできるもの。
同時に空から光が差してくる。今まで雲によって隠されていたそれが姿を現す。まるで星によって描かれているのではないかと思えるような巨大な絵が夜空にはあった。だがそれは絵ではない。魔法の一種。
『天空魔法陣』
それがその魔法の正体。その魔法陣の下にいる間のみ魔力を何倍にも増幅させる術。魔法陣を書くまでに膨大な時間を要するため実戦で使われることは無い魔法。だがそれをジークは用意していた。場所をわざわざ移動し、結界を張ったのも全てこのため。金髪の悪魔であるアキを確実に仕留めるための策。本来はキングに対する切り札として考えていた戦法だった。それによって今、ジークはハジャ以外の六祈将軍を同時に相手しても圧倒できるほどの力を手にしている。その魔力によって放たれた雷はまさに使われた相手を消し飛ばして余りある一撃だった。
「う、うそでしょ……アキ……? どこに行っちゃったの……?」
エリーはかすれるような声でその名を呼ぶものの返事は返ってくることはない。あるのは破壊の爪痕だけ。エリーの顔に絶望が浮かぶ。一気に奈落の落とされてしまったかのような感覚がエリーを襲う。それは心のどこかで悟っていたから。アキがどうなってしまったのかを。
「……終わりだ。安心しろ……すぐにお前も会える」
ジークはそんなエリーの姿を見ながらも再び歩き始める。今度こそエリーの命を奪わんと。もはや邪魔者はいない。いかに金髪の悪魔といえども今の自分の力には及ばないという自信。そしてようやく長かった自分の使命が終わりを告げると確信した瞬間、それは起きた。
「っ!?」
それはまさに直感と言ってもいいもの。それが捉える。風が自分に向かって襲いかかってくるような感覚。何故ならそれをジークは目で捉えることができなかったから。それでもジークはまさに神がかった反応で自らの手に魔力を込める。それは自分に襲いかからんとしているであろう存在を迎撃するため。
そこには黒い剣士であるアキがいた。だがまるで目にも止まらないような速度を纏っている。ジークを以てしても対応することが困難な程の速度。光速には至らなくとも音速を超えているのではないかと思えるような速さ。ジークは悟る。アキがその速度を以て先の雷を避けたのだと。だがそれだけではない。アキはその手にある剣が先程までとは大きく姿を変えている。それは音速の剣。そしてそれは瞬く間に新たな剣へと形を変えながらジークに向かって振り下ろされる。ジークは自らの手に込められた魔力によってそれを防がんとする。それはその剣に特別な力が宿っていると見抜いたからこそ。そしてそれは当たっていた。
爆発の剣。それがアキが振るった剣の正体。爆発によって相手を倒すことができる剣。だがそれを魔導士であるジークは防ぐことができる。今の六祈将軍を超える力を持つジークならそれを防ぐことができただろう。それが以前のアキの一撃であったなら。
「―――何っ!?」
驚愕はジークだけのもの。それは凄まじい爆発によるもの。それによってジークは吹き飛ばされダメージを受けてしまう。だがジークは受け身を取るもののその表情は戦慄していた。何故ならジークはその魔力で爆発の剣の力を封じたはずだったのだから。間違いなく自分の全力によって。にもかかわらず爆発を抑えることができない。それはつまり自分の魔力をあの剣は、アキは上回っているということ。
予想だにしなかった事態にジークが混乱している隙を突くように再びアキの一撃が振るわれる。一瞬反応が遅れるもののジークは紙一重のところでそれを何とか回避する。それは本能。先程のやりとりが意味するものを頭よりも身体の方が理解しているが故の反射。そしてそれは正しかった。
瞬間、音が消え去った。まるで無音になってしまったかのような爆音が広場の、結界の中に響き渡る。同時に凄まじい爆煙が巻き起こるもジークとエリーはその光景に言葉を失う。そこにはアキの姿がある。だがその先、剣を振り下ろした先には巨大な破壊の爪痕があった。それは先のジークの雷によって出来たクレーターを上回る惨状。それを目の当たりにすることでジークの頬に一筋の汗が流れ落ちる。それは戦慄。もしあのままあの剣の、爆発の直撃を受けていたらどうなっていたのか。
だがそんなジークの思考の隙すら与えないといわんばかりに再びアキが超スピードでジークに肉薄せんと迫って来る。その瞳には一切の恐れも迷いもない。ただ一直線、最短距離を走りながらアキは再び爆発の剣をジークに振るわんと追い縋ってくる。
「……っ! 調子に乗るな!」
ジークは一瞬で後方に飛び、アキと距離を取りながら両手から新たな魔法を放つ。それは炎と氷の魔法。接近戦は不利だと判断したが故の戦法。魔導士は本来遠距離戦を得意としておりジークもその例に漏れない。先程までは知らずアキを侮っていたため接近を許したが同じ手は通用しない。二つの魔法には先程の雷と同等の力が込められたもの。直撃すれば一撃で勝負が決まる程の魔力。それはアキの左右から同時に襲いかかる。例え片方に対処できたとしてももう片方から逃れることはできない二重の攻撃。しかしそれはアキに届く前に消え去ってしまう。
「なっ!?」
ジークはその光景に目を見開くことしかできない。それは先程の魔法がかき消された、いや切り払われてしまったことによるもの。同時にアキの手、両手には新たな二本の剣が握られている。朱と青、対照的な色合いを持った二刀剣。双竜の剣。奇しくもジークが放った魔法と同じ属性を持つ剣。それ以てアキは魔法を相殺した。いや、そうではない。ジークは悟る。相殺ではなく、二刀剣の方が自分の魔法の力を上回っているのだと。
魔法をかき消したままアキは双竜の剣によって斬りかかるもジークはそれを間一髪のところで上空に飛翔することで回避する。それは先の二刀剣の力を目にしたが故。爆発の剣同様、まともに受ければ防御としたとしてもダメージは避けられないため。そしてもう一つ、それは空中と言う領域に移動するため。それは魔導士にとっては最大と言ってもいいアドバンテージ。空という場所で戦闘を行えるものは限られる。己の絶対領域に移動したことでジークは乱されたペースを戻さんとする。
その中でジークは改めて理解する。金髪の悪魔、アキの実力を。決してそれを低く見ていたわけではない。四年間追っていた中で一度も戦闘をしたことはなかったものの金髪の悪魔と呼ばれ、恐れられている子供。だからこそジークは切り札である天空魔法陣を以て戦いに臨んでいる。
『剣を極めしも魔の前にひれ伏す』
剣聖と呼ばれる者でも魔法の力の前では立ち上がれない。
それが道理でありジークにとっての信念。だが目の前の少年、アキの力はそれを覆しかねない程のもの。この状況でここまで苦戦するなど考えてもいなかった。あるとすればその相手は――――
瞬間、凄まじい衝撃がジークに襲いかかる。それはまるでジークが空に上がることを知っていた、狙っていたのではないかと思えるような絶妙なタイミング。そこに嵐のような突風が、暴風が襲いかかる。突然の、全く予期していなかった奇襲によってジークはそのまま吹き飛ばされる。だがジークは為すがままにされていたわけではない。その力、風のエレメントを操ることで自らを襲ってきている暴風をコントロールせんとするも及ばずジークはそのまま地面へと吹き飛ばされながら落下する。だがその刹那に目にする。それはアキ。アキが見たことのない形態へと剣を変え、自分へと構えている姿。
真空の剣。それがジークを攻撃した力の正体。空という本来アキが戦うことができない領域に手を出すことができる力。そして今のアキのそれは魔導士であっても防ぐことができないレベルのもの。
「ぐっ……!」
ジークはそのまま広場にある森林地帯に吹き飛ばされながらも何とか立ち上がる。幸いにも先程の攻撃には直接的な攻撃力はそれほどなかったらしい。恐らくは空に飛んだ自分を打ち落とすことを目的としているのだろうとジークは判断する。だがそれは間違い。アキの狙い。それは
(な、何だこれは……!? 身体が動かん……!?)
真空の剣の特性。それによってジークの動きを封じること。
瞬間、灯りが生まれる。それはジークが先程までいた場所。恐らくはアキがいるであろう離れた場所。そこから無数の光がまるで波のように溢れジークに向かって流れてくる。だがそれは光ではなかった。それは爆撃。まるで絨毯爆撃が行われているかのような爆発の波が凄まじい速度と破壊力を以て押し寄せてくる。それこそがアキの切り札。
『デスペラード・ボム』
キングが得意とする爆発の剣を使った爆発剣技。真空の剣との連携によるそれはまさに一撃必殺に相応しい威力を持つもの。その無慈悲な爆撃の波にジークは為すすべなく飲み込まれていった―――
デカログスは今、歓喜に打ち震えていた。それは自らの主の力、その覚醒に。これまでもずっとデカログスはアキにその力を託してきた。そこに間違いはない。デカログスは自らの全力を以てアキに応えていた。だがそれでもまだそれは十分なものではなかった。
それはアキには足りないものがあったから。以前デカログスはアキ自身にも告げたことがある。それは意志。戦おうする意志。だがそれは修行によって身に着けられるものではないためデカログスはそれ以上踏み込むことができないでいた。しかしそれが今、成し遂げられた。
『エリーを守るため』
それが今のアキが抱いている戦う理由、意志。自分のためではなく、初めて誰かのために戦おうとする意志。デカログスにとっての最高の力を生み出す理由。男が女を守るという状況と一致したもの。それは今までのアキとデカログスの力が足し算だとすれば今のアキの力は掛け算、互いが互いの力を高め合っている状態。今のデカログスの極限の力。
『一心同体』
DBと心を通わせることができるDBマスターであるアキだからこそできる頂きだった。
「―――――」
その光景に、力に感嘆の息を漏らしている存在がもう一人いた。それはマザー。マザーは今、言葉を発することなくその光景に、力に酔いしれていた。自らの主の力に。もし実体化していれば腕を抱きかかえたまま身体を震わせている程にマザーは興奮していた。
アキの覚醒。マザーが見出し、ジェロが認めた少年が今、超えるべき壁を一つ越えた。それは王の領域。他のシンクレアを持つ者たちがいる域にようやく届いたのだと。ジェロの言葉を借りればその器が満たされつつあるのだと。もっともまだこれは通過点に過ぎない。まだ器で言えば半分ほど。まだ目指すべき域には、大魔王の域には届いていない。だがそれでもマザーは陶酔するしかない。自らの主の成長に。
もっとも半分は先程のアキの恫喝が理由。初めてアキに本気で怒鳴られたことで興奮してしまっている状態。ドSでありながらドMの気もあるマザーの趣味によるものだった。
「アキ……?」
エリーはどこか恐る恐ると言った風にその光景に目を奪われていた。それは焼け野原。先程まで広場だった光景はもうどこにも残っていない。そこには何もない焦土だけ。それが真のデスペラード・ボムの威力。もしかしたらジークは死んでしまったのではないかとエリーが心配してしまうような惨状。命を狙われているとはいえ人が死ぬのは嫌だというある意味エリーらしい考え。だがそんなエリーの言葉を聞きながらもアキはその場を動こうとはしない。瞬間、人影が現れる。
「ハアッ……ハアッ……!」
それはジーク。焼け野原の中から。だがその姿は既に満身創痍。体中に火傷を負い、纏っていた外装は既に見る影もない。立っているのが不思議なほどの重症。それでもジークが生きているのは魔法のおかげ。身動きが取れないため自らの周りに力づくで魔力の防御を張ることでジークはデスペラード・ボムを耐え抜いたのだった。
それを見ながらもアキはデカログスを持ったまま静かにジークへと近づいて行く。どこか一歩一歩噛みしめるように。それを前にしてジークは知らず後ずさりしてしまう。それは無意識のもの。だがそれでもアキを恐れ始めている証。
ジークはその姿を見る。あり得ないような幻。歳も、姿も全く違う、親子ほど年が離れていてもおかしくない。にも関わらずジークは確かに見た。
アキの背後に映るキングの幻を――――
「―――――七つの星に裁かれよ」
ジークは唱える。その幻を、恐れを振り払うかのように。満身創痍の体の限界を超えながら。それはジークの持つ最強の魔法。雷や炎とは次元が違う宇宙魔法と呼ばれる最上級魔法。瞬間、七つの光の柱が現れアキを取り囲んでいく。まるでアキを逃がすまいとするかのように。アキはそれを見ながらもその場から動こうとはしない。否、その場から動くことができない。ジークは解き放つ、その力を。
『宇宙魔法 七星剣』
ジークが腕を振り下ろした瞬間、天空魔法陣のある空から七つの光が放たれる。それは星の剣。一つ一つに凄まじい規模の魔力が込められたもの。全てが着弾すればアキはおろか離れたところにいるエリーさえも巻き込んで余りある攻撃。まさに宇宙魔法の名に相応しい攻撃。だがそれは切り裂かれる。剣の一振りによって。
「―――――」
それは声にもならないもの。ジークにとっては信じられないような事態の連続。何故なら剣によって自らの最高の魔法が切り裂かれてしまったのだから。ジークは知らなかった。その存在を。
『封印の剣』
いかなる魔法も切り裂く魔法剣。まさに魔導士にとって天敵とも言えるもの。
そして今、アキはその剣と真空の剣を組み合わせルーン・フォースと呼ばれる連携技を繰り出していた。それは封印の剣の範囲を真空の剣によって広げたもの。同時にその衝撃波によって辺りは粉塵によって包まれていく。そしてその中をアキは駆ける。最後の一撃によってジークを倒すために。
「……! まだだ! オレはまだ……!」
ジークは満足に動けない身体に鞭打ちながらも残った魔力でアキの剣を防がんとする。もはや勝ち目は無い。そう悟りながらもジークは止まることができない。自らの使命を、時を守るという使命を果たすために。そう、正しいことのために。だが心のどこかでジークは気づいていた。果たしてそれが本当に正しいのかどうか。今の自分の姿。少女の命を奪わんとする自分とそれから少女を守らんとする少年。はたしてそれは正しいのか。悪魔であるのは果たしてどちらなのか。自らの信念が、信じてきた力が通用しない。そして最後の時が来る。
それは剣だった。アキが振るう剣。しかしそれは先程までとは全く違う剣。ジークの想像を超えている物。
『鉄の剣』
何の力も持たない鉄の剣。取るに足らない剣。だがこの瞬間、それは変わる。
『魔導士は魔力なき物は防げない』
それは覆すことができないもの。絶対的な力を持つ魔法の唯一の弱点。力に過信する者が陥る罠。そしてアキだからこそ知っている切り札。今までの攻防もそのための布石。鉄の剣の一閃。取るに足らないと思っていたものに破れる。それが時の番人ジークハルトの敗北だった―――――
アキはそのまま大きな溜息と共にデカログスを収める。既に身体はガタガタ。まるでフルマラソンを完走した後にさらに全力疾走したかのような疲れっぷり。だがそれは無理のないこと。ルナールからの連戦に加えて初めてデカログスの、自分の力を出し切ったのだから。
「すごいっ! すごいねアキ! アキってほんとに強かったんだ! てっきり嘘だとばっかり思ってた!」
ようやく決着がついたと思った途端、ずっと座りこんでいたはずのエリーがいつも通りの騒がしさでアキに近づいてこようとする。だが腰が抜けてしまっているのか何度も転びそうになりながら。ボロボロな服装と相まってめちゃくちゃな光景。だがどうやら思ったよりも元気そうなエリーの様子にアキは溜息を漏らすしかない。
はあ……何かどっと疲れたわ……うん、何かもう全てがどうでもいいぐらい燃え尽きた感がある……っていうか師匠!? どんだけテンションあげてんすか!? もう死ぬかと思いましたよ……何か勝手に自分の体を酷使されている気分だった……半分近く記憶がないような気が……ま、まあいっか……何とかなったわけだし……っていうか思ったよりジークが強かったような気がするんだけど気のせいか? もう少し楽に勝てるかと思ったんだけどこんなもんか……しかしどうしたもんか……
アキはげんなりしながらもこれからのことを考える。まずはジーク。剣での一撃を加えたものの一命を取り留めている。もちろんアキが加減した結果。重要人物であるジークを殺すことなどできるわけもない。どうやら魔法で治癒しようとしているようだがあの怪我ではすぐに動けるようにはならないとアキは判断する。もう一つがレイナのこと。今も戦闘が続いているが早く行かなければどうなるか分かったものではない。ハルかムジカかは分からないが一刻も早く向かわなければ。あまり使いたくなかった手だがマザーをワープロードで強制送還した間にケリをつけようとアキが決めかけた時
「エリ―――!! 大丈夫か――――!?」
そんな聞き覚えのある声がアキの耳に届いてくる。アキはゆっくりと振り返る。そこには見慣れた銀髪の少年、ハルがいた。だがその姿はエリーに負けず劣らずの満身創痍。どうやらレイナと戦っていたのは間違いない。しかしアキが気にしているのはそんなことではなかった。それは今、ハルに会うことの危険性。それに気づいたアキはそのままその場を離れようとするも
「あれ……? お前……もしかして……」
それよりも早くハルがエリーの元に駆け寄りながら気づく。アキの存在に。四年ぶりであること、そして金髪ではないことからすぐには確信が持てなかったもののハルがそのことに気づき、声を上げようとした瞬間、それは起こった。
「…………え?」
それはアキの声。だがアキは自分が声を出したことにすら気づかない。それほどの異常な事態が自分に起こっているからこそ。それは鼓動。鼓動が聞こえてくる。同時に自分の胸元が熱くなってくる。まるで自分の意志とは無関係に。そしてその感覚をアキは知っていた。それはジェロと初めて出会った時。だがその鼓動の大きさと熱は先の比ではない。瞬間、アキはようやく悟る。
それがマザーの鼓動なのだと。
「や、やめ―――――!!」
声にならない声を上げながらアキが制止しようとした瞬間、凄まじい力が放たれる。空間消滅。マザーのシンクレアとしての能力。使った相手を空間ごと消滅させる力。それが無慈悲に放たれる。他でもないハルに向かって。まるで条件反射のように。それはマザーのDBとしての、エンドレスとしての意志。自らの天敵たるレイヴとそれを操るレイヴマスターの力を感じ取ったためのもの。あまりにも唐突な、そして一瞬の出来事にアキはマザーの力を抑えることができない。いや、もし気づいていても力を使いきってしまっているアキではマザーを止めることなどできない。そしてその力がハルに向かって直撃しようとした時
「ダメ―――――!!」
悲鳴と共にエリーがハルを庇うように飛び出していく。アキもハルもその光景に身動き一つ取れない。それほどに刹那の出来事。
だがそれと同時に凄まじい光が、魔力が生まれ全てを吹き飛ばしていく。まるで太陽のような光が辺りを覆い尽くしていく。凄まじい、天変地異のような事態を引き起こしながら。
この瞬間、魔導精霊力が覚醒した―――――