今、世界は混沌の中にあった。その原因、諸悪の根源ともいえる存在がDC(デーモンカード)。DB(ダークブリング)と呼ばれる持つ者に超常の力を与える魔石を使い世界に混乱を落とし入れる悪の組織。最高司令官『キング』に加え最高幹部『六祈将軍』を筆頭に完璧な組織力を誇る組織。その力の前には世界国家である帝国ですら敵わない。何とか抵抗はしているものの劣勢は覆すことができない。人々は悟っていた。DCの、DBの力の前には帝国ですら無力なのだと。だが人々は決して希望を失ってはいなかった。何故ならある噂が流れ始めていたから。
『二代目レイヴマスター』
レイヴと呼ばれる聖石を操る者。その後継者が現れたという噂が人々の間に広がりつつあった。曰く絶対に壊せないはずのDBが壊されていた、レイヴの使いと呼ばれる獣と共にDCを倒すために旅をしているといった誰が聞いたのかも分からないような噂に過ぎないもの。だが人々はそれに縋るしかなかった。かつて王国戦争においてDBを後一歩のところまで追い詰めたといわれるレイヴマスターが再び世界を救ってくれることを。
しかし人々は知らなかった。レイヴとDBは対を為すもの。故にレイヴマスターにも対となる者が存在することを。
『魔石使い』
DBを操るDBを極めし者。それが世界に何をもたらすのかを――――
多くの人々でにぎわっている街中に一人の女性の姿があった。だがそれはただの女性ではない。まずその容姿。長い髪に煌びやかなドレス。およそ街中で歩くには不釣り合いだと思えるような格好。だがそれは恐ろしく絵になっていた。むしろその姿こそが女性には相応しいと言えるほど。すれ違う男性が思わず振り返ってしまうほどの美貌を持った女性。
『六祈将軍 レイナ』
レイナはどこか楽しげな笑みを浮かべながらも気配を消したまま何かを追うように歩き続けている。それは尾行。その対象はレイナから離れた前方にいるローブを被った人物。
『売人のアキ』
それがローブの人物の名前。DCの幹部である十六歳の少年。レイナとは少なからず縁がある人物。だがレイナはアキに気づかれないように気配を消し、距離を開けながらその後を憑けていた。しかしそれは特に珍しくもないこと。レイナはアキと会うときにはアキを驚かせるためにわざといきなりちょっかいをかけるという行動に出る。ある意味お約束のようなもの。だが今回はそれだけが理由ではなかった。
(金髪の悪魔、ね……)
レイナは真剣な表情を見せながらもその瞳でアキを見据える。ローブを被った上での後ろ姿なためアキの姿も表情も伺うことはできない。それでもレイナはこれまでの記憶を頼りにアキの姿を思い出す。
『金髪の悪魔』
シュダによってもたらされた情報によればアキは金髪の悪魔であるということだったがレイナはまだ信じきれてはいなかった。噂によれば金髪の悪魔はこの世に災いをもたらすほどの邪念と力を持った子供。だがその噂とアキの姿は全く一致しない。そんな危険な人物とはとても思えないよく言えばお人好し、悪く言えば情けない少年。それがレイナのアキに対する評価。しかしシュダが何の意味もなくそんな嘘を突くことも考えづらいことは事実。仮にアキが金髪の悪魔だとすればつじつまが合うことも多い。顔を見せたがらないこと、一つどころに留まらず世界中を渡り歩いていること、異常なほどにキングや六祈将軍との接触を拒んでいること。疑わしい部分を上げればきりがないほど。
だがレイナはまだアキにそれを直接問いただすことはしていない。それをいきなりするほどレイナはうかつではない。仮にそれが本当だったなら正体を見破った瞬間に戦闘になってしまう可能性もある。そして金髪の悪魔が噂通りの存在ならばその実力も折り紙つき。六祈将軍として簡単に後れを取る気などレイナは毛頭ないが決して侮ることはできない。実際にアキがどんなDBを使うのか、どんな戦い方をするのかを知らないという点も大きな理由。
(まあ、まだ焦る必要はないわね……)
レイナは髪を掻き上げながらも意識を切り替える。このまま考え続けても答えが出るわけでもないという判断。そしてレイナは自らがわざわざここまでやってきた理由を果たさんとする。レイナはアキが大通りを外れ人気が少ない路地裏に入っていくのを確認し、自らが持つDBに力を込める。
『ホワイトキス』
それがそのDBの名前。無から有を生み出す六星DB。銀術師であるレイナが使うことによって本来の力を発揮できるDB。レイナが笑みを浮かべながらその力によっていつかのようにアキを捕えんとした瞬間
「……何の用だ、レイナ?」
背後から突如声が掛けられる。まるで最初からそこにいたかのように。レイナは咄嗟に飛び跳ねながら大きくその場から距離を取る。まるで戦闘さながらの動き。だがレイナ自身自分の行動に驚いていた。それは自分に声を掛けてきたのがアキであることを知っていたから。自分の前方にいたアキが突然後ろに現れたのだから驚いて当然。恐らくそれがアキの持つDBの力だとレイナは見抜く。もっともどんな能力なのかまでは見抜けてはいなかったが。だがレイナが驚いているのはそこではなかった。
(この感じ……まるで……)
それは気配、いや雰囲気と言ってもいいもの。自分の背後を取られた瞬間、アキから放たれたプレッシャーこそがレイナが取り乱している理由。それは殺気や敵意の類ではない。それは単純な重圧。息が苦しくなるような、身体が震えるような感覚。それをレイナは知っていた。それはそう、まるで――――-
「……残念、せっかく驚かせようと思ったのに」
「…………」
そんな自らの戸惑いを悟られまいとするかのようにレイナは悪戯が失敗してしまったような笑みを見せながら改めてアキと対面する。ローブによって表情を伺うことはできないがその雰囲気は明らかに不機嫌になっていると分かるもの
「もう、そんなに怒らないでよ。久しぶりね、アキ。何か月ぶりかしら? ちょっと見ない間に少し雰囲気が変わったんじゃない?」
「お前は全然変わってないみたいだな……レイナ」
どこか溜息を吐きながらアキは呆れ気味にぼやく。レイナは内心安堵していた。既に先程まで感じていた重圧も身体の震えもなくなっている。いつも通りのアキの姿。数か月ぶりにも関わらず相変わらずぶっきらぼうな態度。まるで先程の感覚は気のせいだったのかと思えるほど。もしかしたら金髪の悪魔かもしれないと必要以上に警戒していたためにそんなことになってしまったのかもしれない。レイナはそう自分に言い聞かせながら普段通りにアキに接することにする。妙な態度をとれば余計な疑念を与えかねないからこそ。
「褒め言葉として受け取っておくわ♪ それにしても今までずっとどこにいたの? 全然居場所が分からなくて探すのに苦労したんだから」
「……まあ、色々だ」
レイナの言葉にどこかかすれるような声でアキは答える。まるで思い出したくもない何かを、トラウマを刺激されてしまったかのよう。レイナはそんなアキの姿を訝しむしかない。ここ数カ月、レイナはアキの居場所をずっと掴めずにいた。時期としてはシュダが六祈将軍に任命されたごろから。金髪の悪魔のことを聞かされた手前レイナもアキと接触しようとしていたものの全く連絡も所在も掴めずやっと今それが果たされたところ。
「色々ね……てっきりDCから逃げ出したのかと思ったわ。そういえばユリウスが会いたがってたわよ。何でもDBの調子を見てほしいとか。友人に恵まれてるわね、アキ?」
「……余計な御世話だ。それにその間の分のDBは先に渡してるんだから文句を言われる筋合いはない」
「もう……何でそんなに機嫌が悪いわけ? 私が会いに来てあげたっていうのに……あ、もしかしてあの彼女に振られちゃったとか?」
「……彼女?」
「そう、あの長い金髪の娘よ。一緒に暮らしてるんでしょ? 隠したって無駄よ。ちゃんと知ってるんだから♪」
レイナは一本取った言わんばかりに捲し立てて行く。レイナは知っていた。アキが金髪の少女と行動を共にしていることを。以前アキを尾行していた際に一度だけ少女がアキに向かって声を上げながら近づいて行くのを見たことがあった。もっとも何故かアキは少女に向かって何か文句、説教をしていたのだが。
「…………」
「あら……? 藪蛇だったかしら?」
難しい顔をして黙りこんでしまったアキの姿にレイナは呆気にとられてしまう。自分を驚かせてくれたちょっとしたお礼、もとい仕返しのつもりだったのがどうやら当たらずとも遠からずだったようだ。
「……そう。なんならお姉さんが代わりにデートに付き合ってあげてもいいわよ?」
「お断りだ。それよりも用はそれだけか? ならもう行かせてもらうぜ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! もう、ちょっとは冗談に付き合いなさいよ……全く」
取りつく島もないアキの態度に溜息を吐きながらもレイナの雰囲気が変わっていく。どこか親しみがある姉のような雰囲気がなくなりDC幹部としての、六祈将軍としての雰囲気に。そしてレイナは告げる。
「……シュダがやられちゃったのよ。二代目レイヴマスターとかいうガキンチョにね」
それがレイナがアキの元へとやってきた理由。レイナ個人ではなく、DCとしての理由。最高幹部である六祈将軍の一角が敗れるという一大事だった。
「シュダが……いつだ?」
「つい数日前よ。全く……おかげで余計な事後処理はしなくちゃなんないし、六祈将軍の格を落としてくれるしでこっちはいい迷惑よ」
「…………」
レイナは不満そうな表情を見せながら愚痴を言い続ける。だが愚痴も言いたくなるというもの。シュダが二代目レイヴマスターを始末することについてはレイナも一枚かんでいたのだから。あれだけ自信を見せていたにも関わらず負けてしまうなどとレイナは考えてもいなかった。いくら後発とはいえ六祈将軍に選ばれた男。以前とは違い六星DBを持っていたにも関わらず敗北するなど誰が想像できるだろうか。しかも相手は最近現れたばかりの二代目レイヴマスター。どうやら十六歳の少年らしい。そんな子供に負けてしまうこともそうだがそれ以上にその余波が大きかった。六祈将軍の一人が敗れたことによって解放軍や帝国が調子づき、レイヴマスターに対する期待も高まりDCに対する抵抗も強まってきている。まさにレイナにとっては踏んだり蹴ったりな結末だった。
「まああんな奴のことなんてもうどうでもいいわ。でもよかったわね、アキ。これで晴れてあなたも六祈将軍の仲間入りね♪」
「…………」
「もう、冗談よ冗談。もうそんなことしないからそんなに睨まないで頂戴」
「……ほんとだろうな。もう二の舞はごめんだぞ」
アキの呪いすら感じる視線、言葉を受けながらも何のその。むしろレイナは楽しげですらある。何故ならそれよりも面白いことが起こりうる事案こそがレイナがこの場にやってきた理由。それは
「アキ、キングからの招集よ。場所は三日後DC本部。私たち六祈将軍もね」
キングからの招集。六祈将軍であるシュダが倒されてしまったことに関連するものだった。
「招集……? 一体何の? それに俺は六祈将軍じゃねえぞ」
「さあ? きっと二代目レイヴマスターってガキンチョの始末じゃないかしら。それにこれはキングからのご指名よ。よかったわね、アキ。キングに気に入られてるみたいじゃない♪」
「…………」
良い意味か悪い意味かは分からないけどね、と付け足しながらレイナは告げる。良くも悪くもアキはキングの目に留まっているらしい。だが無理のないこと。キングからの六祈将軍の指名を断ったのだから。もしかしたらシュダがやられたことで再びアキに白羽の矢が立つかもしれない。もっとも一度断った以上キングがそれを再び行う可能性は低いが面白い事態であることは変わらない。レイナとしてはアキが金髪の悪魔であるか確かめる目的もあるのだがそれとはまた違うベクトルでアキのことをいじることもまた楽しみの一つだった。そんな中
「その招集……誰が集まる予定なんだ?」
アキがしばらく考え込むような姿を見せた後レイナに向かって尋ねてくる。そんな先程までとは少し様子が違うアキを不思議に思いながらもレイナは答える。
「そうね……六祈将軍は私とジェガン、後はジークも来る予定よ。ハジャは帝国と解放軍の相手で動けないし他の連中は連絡がつかなかったの。あなたを見つけるのだって苦労したんだから」
レイナはどこか不満げに告げる。それは六祈将軍の連絡役という厄介極まりない役目を押し付けられていることへの不満。変わり者が多い六祈将軍たちは連絡が取れない者、好き勝手に動く者が多い。それを集める苦労を負わされているレイナからすればアキは最も厄介な一人にあたる。だが
「…………」
「……? どうしたの、アキ?」
アキはそのままじっと黙りこんでしまう。普段よく黙りこんでしまうことが多いアキだがそれはいつもより輪をかけたもの。特に気分を害するような言葉を口にした覚えもないレイナは困惑するしかない。そして
「……悪いが俺は参加しない。キングにもそう伝えといてくれ」
アキはそう言い残した後、踵を返したままその場を後にする。まるでもう話すことは無いと言わんばかりに。
「ちょ、ちょっとどういうつもりアキ!? キングからの命令なのよ!?」
レイナは血相を変えながらアキへと声を上げる。だがそれは当たり前。いくら六祈将軍ではないとはいえアキはDCの幹部の一人。しかも今回はキングからの直命。それに逆らえばどうなるか。前回は運よくアキは見逃してもらえたものの今回もそうなるとは限らない。最悪反逆者とみなされかねない行為。
だがアキはそんなレイナの忠告を耳にしながらもその場から消え去ってしまう。文字通り一瞬で。レイナが後を追うも既にそこには影も形もない。
(どういうつもりなの……アキ……? それに……)
レイナはいなくなってしまったアキに途方にくれながらもあることに気づいていた。それはアキの空気。ローブに隠れていることで表情は見えなかったが一瞬アキの空気が変わったことをレイナは見逃さなかった。
『ジーク』
それは自分がその名を口にした瞬間。レイナはその意味をまだ知らない。だがその意味を彼女はすぐに知ることになるのだった―――――
アキとレイナが接触しているのと時同じくして、一人の男が建物の中を歩いていた。そこはDCの支部の一つ。その中でも前線、帝国や解放軍の抵抗が強い南に位置する場所。男はよどみなく一直線にある場所へと向かって行く。この支部においてもっとも権限を持つ者の元へ。
男の姿はDCの兵士の格好ではない。にも関わらずDCの兵士達は男を警戒することもなく、むしろ恐れながら道を開けていく。何故ならその男にはそれだけでの地位と力を持つ存在だったから。
蒼い髪に白い外装を纏った美青年。その顔には命紋と呼ばれるタトゥーが刻まれている。
『時の番人 ジークハルト』
それが男の名前。DBを持っていないにも関わらず六祈将軍と同等の力、地位を持つ者。
ジークはそのまま大きな扉の前で歩みを止める。同時にその空気が変わっていく。その表情、身のこなしにはまったく油断と言うものがない。一度深く目を閉じ呼吸を整えた後、ジークはノックをし扉の中へと足を踏み入れる。
そこには一人の男、老人がいた。だがその姿はとても老人とは思えぬほどの威厳と風格を持っている。
ジークよりも高い背丈、そして圧倒的な存在感。キングにも匹敵しかねない、いやある意味それとはまた異質の重圧を持つ男。
「ほう……誰かと思えば主か。時の番人ジークハルト」
DC参謀、頭脳と呼ばれる男であり六祈将軍の中核足る存在。
『無限のハジャ』
二人の大魔導士が向かい合う中、新たな物語が始まらんとしていた――――-