「……! ……レア! ……カトレア!」
「ん……」
まどろみの中、誰かの声によってカトレアは次第に意識を取り戻していく。だがまるで寝起きのように頭がはっきりとしない。それでも何度か頭を振りながらもカトレアはゆっくりと体を起こす。
「ゲンマ……?」
「おう、目が覚めたかカトレア! なかなか目を覚まさねえから心配したぞ! 身体の方はどうだ? どこも怪我はねえか?」
「え、ええ……でも一体……?」
カトレアは自分の前の前にいるゲンマの姿に驚きながらも混乱するしかない。きょろきょろと辺りを見渡すもののそこはカトレアにとって初めて見る場所。どこか薄暗い空間。松明と思われるものだけが明かりのまるで洞窟のような場所。カトレアは自分の身に何が起こったのか全く見当がつかない。
「オレもさっき起きたばっかでさっぱりだ……さっきまで店にいたはずなのにどうなってんだ?」
「店……そうか、確か私たちあの時霧みたいなものに包まれて……」
ゲンマの言葉によってカトレアはようやく思い出す。先程までの出来事。街を襲って来た男。それから自分達を庇うように戦ってくれたローブの男。その戦いの最中にどこからともなく霧のようなもの辺りが包まれてしまったことまではカトレアは思い出す。だがそこから何が起こったのかは全く記憶にない。気づけばこんな場所にいた、まるで神隠しにあってしまったかのような状況。ゲンマもそれは同じ。だがいつまでもここにいても仕方がないと判断し、二人は辺りを警戒しながらも出口と思われる場所に向かって歩いて行く。途中、誰かがここで生活していたかのような痕跡が目につく。明らかに最近まで誰かがここで生活していたのは間違いない。その人物が自分達をここに連れてきたのだろうか。そんなことを考えながらも二人は日の光が差す場所、洞窟の出口までたどり着く。
「やっと出口か……ん? ここ、島の森の中じゃねえか……?」
洞窟の出口から辺りを見渡しながらゲンマがそう呟く。そこは間違いなくガラージュ島の森の中。しかもかなり奥深く。ここから微かに見える街の姿からそれは間違いない。しかしだとすれば余計に不可解なことだらけ。一体いつのまに自分達はこんなところまで連れてこられたのか。誰かが自分達を見張っている様子も、襲ってくる様子もない。誘拐だとすればあまりにもお粗末すぎるもの。
「よし……カトレア、とりあえずここから離れるぞ」
ゲンマはどうするべきか悩むもののひとまずはこの場から離れるべきだと判断する。いつ犯人がもどってくるか分からない。そして街に戻るのもひとまずは保留だ。まださっきのコートを羽織った男がいるかもしれないのだから。だが
「…………」
いつまでたっても返事がカトレアから返ってこない。カトレアはまるでゲンマの言葉が聞こえていないかのように何かに魅入られるかのようにその洞窟へと視線を向けていた。そしてその胸中にはある人物のことで満たされていた。
(アキ……?)
四年前に突然いなくなってしまったもう一人の家族、アキ。それが今、カトレアが思い浮かべている人物。何故それを今この場で思い出したのか。それは目の前の洞窟。それをカトレアは知っていた。そこはアキが毎日足を運んでいた場所だったから。
カトレアは思い出す。アキが島にやってきてからしばらく経った頃。アキが何故か夜中になると家を抜け出してどこかにいくようになった。それが気になったカトレアは一度だけその後を隠れて付いて行ったことがある。そして見つけたのが目の前の洞窟。何故こんな場所に夜中入り浸っているのか。それが気になり昼間再びアキが家にいる間にもう一度同じ場所に行ってみたものの洞窟を見つけることは出来なかった。何度かアキに尋ねてみようとは思ったもののきっと何か理由があるのだと思いカトレアはそのまま気づかないふりを続けることにしたのだった。
そして今、それが目の前にある。この洞窟の存在を知っている。そして先程自分達を救ってくれたローブの男。もしかしたらあれは――――
「カトレア、どうかしたのか? どっか調子でも悪いのか?」
「え? う、ううん何でもない。ごめんなさい、行きましょう」
カトレアはゲンマの言葉によって我に返りながらゲンマの後に続いていく。一度だけ洞窟に振り返りながら。どこか心配そうな表情がそこにはあった。もしアキならばどうして正体を隠す必要があるのか。あのローブの男が本当にアキかどうかは分からない。だがカトレアには奇妙な確信があった。例え四年と言う長い時間は離れていようとアキは家族。ならきっと間違いない。自分だけではない。自分以上にアキを心配していた、待っていたハルならきっと自分と同じように感じるに違いない。
カトレアはアキとハル、二人の身を案じながらもゲンマと共にその場から離れて行くのだった――――
太陽が照りつける海岸の砂浜。そこに二人の男の姿があった。一人はコートを羽織った男、シュダ。その手には剣が握られている。そしてもう一人が包帯姿の老人、シバ。だが包帯からは傷が開いてしまったために血が滲み出ている。呼吸は荒く、すでに立っているのがやっとの状態。その手にある剣、TCMを杖代わりにしているものの今にも倒れてしまいそうな重症だった。
「剣聖シバも歳には勝てずか……」
「ぐっ……!」
シュダがどこかつまらなげに告げる。既に勝負は決まっていた。シバは海岸に現れたDCたちから村を守るために戦い続けた。文字通り剣一本で。満身創痍、とても戦えるような状態ではないにも関わらず。それでも兵士達相手に一歩も引かずに戦うことができる。年老いてもなお剣聖の名は伊達ではなかった。だが目の前の相手、シュダは相手が悪すぎた。怪我がない状態ならば、そしてレイヴが使えたなら話は違っていたかもしれない。しかし今のシバでは時間を稼ぐのが精一杯。万に一つも勝ち目がない戦い。それでもシバは臆することなく、あきらめることなくシュダに対面している。その瞳の力は失われていない。それが五十年間、世界を想い戦い続けてきた男の姿だった。
「なるほど……剣聖の名は伊達ではないってことか……できれば若い頃のお前と戦ってみたかったが……ここまでだな」
シュダは剣士として目の前のシバに敬意を示しながらも剣を構える。とどめの一撃を加えるために。だがシュダの中には疑問が渦巻いていた。
一つがシバが全くレイヴの力、TCMの能力を使ってこなかったこと。TCMとはその名の通り十の姿に形を変える剣。その力はDBに匹敵するもの。いかに老人、そして重傷を負っているとはいえその力は健在のはず。にもかかわらず全くそれを使うそぶりを見せない。それすらできないほど消耗してしまっているのだろうか。
もう一つが先程街中で戦ったローブの男の存在。あの男がシバなのだとシュダは考えていたが明らかに目の前のシバの強さとローブの男の強さは一致しない。剣術においては確かに似通ってはいたが力や速さは全く違っていた。やはり別人だったと考えるしかない。
そんな疑問を抱きながらもシュダはその剣をシバに向かって振り下ろそうとした瞬間
「シバ――――っ!!」
叫び声と共に一人の少年が飛び込むように両者の間に割って入る。いきなりの事態に驚きながらもシュダは一旦その場から距離を取る。援軍、もしくはシバの仲間がいたことを警戒してのこと。そこには一人の少年がシバを庇うように支えている光景がある。歳は十五、六歳程。珍しい銀髪。それが少年、ハル・グローリーだった。
「シバ、大丈夫かっ!?」
「ハル……? なぜここに……?」
「プルーが案内してくれたんだ! それより動いちゃだめだ、傷が開いちまう!」
『プーン』
ハルは倒れ込んでしまうシバを何とか支えながらゆっくりとその場に座らせる。ハルがここに来たのはプルーのおかげ。シバの危機を感じ取ったプルーがハルに助けを求めたからだった。ハルはシバのボロボロの姿に表情を曇らせる。こんな体で戦い続けるなんてとても正気とは思えない。だがまだシバは戦う意志を失っていない。まるでハルに剣を差しだしてきた時と同じ、それ以上の覚悟がそこにはあった。ハルはその姿に圧倒される。一体何がシバをここまで突き動かすのか。知らず息を飲み、体が震える。それが何から起こるものなのか分からない。それでも自分が為すべきことをハルは悟る。
「任せろシバ……後はオレが何とかする!」
ハルはその手にTCM、レイヴを持ちながら目の前の男に対面する。シバをこんな目に合わせた、そして島を襲おうとしているDC。それを許すことなどハルにはできない。
「ほう……今度はお前がオレの相手をしてくれるってわけか」
「よ、止すんじゃハルっ! その男の強さは本物じゃ……前お主が戦った者とはケタが違う! 早くここからそれを持って逃げるんじゃ!」
『プーン!』
口から血を流しながらもシバに必死にハルを制止しようとする。それは先程の戦いでシュダの実力を知ったからこそ。以前ハルが戦ったDCの下っ端などとは文字通り桁が違う強さ。いかにハルがレイヴマスターの力を持っているとしても、才能があったとしても昨日剣を初めて持ったハルが敵う相手ではない。とにかく今はレイヴとTCMを持ってこの場から逃げることだけがハルにできること。そうシバは判断し声を上げる。だが傷ついたシバはそれ以上動くことができず傷を塞ごうとプルーがその体を震わせながらシバに近づいて行く。それを見ながらもハルは剣を構えたまま逃げる様子を見せない。それはハルの性格。今ハルは怒りを感じていた。シバをこんな目に会わせた相手に。そして街を襲おうとするDC。まるで四年前の再来。怒りによって頭に血が上ると周りが見えなくなるハルの悪い癖ともいえるもの。だがそれは純粋な、そして正義感が強いハルだからこそ。
「ダメだ……友達は守らなきゃダメだって姉ちゃんが言ってた!」
友達であるシバを守るためにハルは逃げることなどできない。それはレイヴマスターとしてではなくハル・グローリーとしての選択だった。
「……意勢がいいのは分かったが向かってくる以上容赦はせんぞ」
ひとまず様子を見ていたシュダだがTCMを持ちながら自分に対峙してくるハルに向かって再び剣を構える。そんな中
「……お前、DCの偉い奴なのか?」
「……? それがどうした?」
ハルがいきなり問いかけてくる。シュダはそんなハルの言葉の意味が分からない。今にも戦いが始まらんとしているこの状況で一体何を気にしているのか。だがそれは
「じゃあ……アキって奴のこと何か知ってるか?」
アキという予想外の言葉によって明らかになる。シュダは一瞬、目を見開きながら動きを止めてしまう。当たり前だ。この状況、場面でそんな人物の名前が出てくるなど想像できるはずもない。
「アキ……? 『売人のアキ』のことか?」
どこか不機嫌そうな表情を見せながらもシュダは答える。何故ならシュダにとってアキは快く思っていない、むしろ敵視しているに等しい存在だったから。シュダにとってアキは六祈将軍の選抜において自分を邪魔した存在。本人の実力ではなくDBを献上することで幹部にまで成り上がった者。売人という二つ名も誰かがそれを揶揄したものなのだろう。キングが定めた掟、DCの幹部同士での私闘は禁止されているため手は出せないもののいつかあの時の屈辱を晴らさんと誓っている相手。そんな相手の名前がまさかこんなところで、しかも島の住人から聞くことになるとはシュダは思ってもいなかった。だがそれを遥かに超える事実がハルの口から告げられる。
「売人……? 何だよそれ、金髪の悪魔じゃなかったのかよ?」
『金髪の悪魔』
DCにいる者、いや世界中の人々が知っているであろう畏怖すべき二つ名。
十年前、完璧と言われた砂漠の監獄メガユニットから脱獄した恐ろしい邪念と秘めているとされる少年。
帝国はそれを恐れ、そして賞金稼ぎたちが血眼になって探している賞金首。かつて賞金稼ぎだったシュダもそれを追っていたことがある存在だった。
「金髪の悪魔だと……?」
「そうだ。前この島に来た奴らがそうアキのことを呼んでたんだ。答えろよ! 今アキはどうしてるんだ! 何でDCになんかに入ってるんだ!?」
ハルは声を荒げながら問い詰めようとする。今アキがどうしているのか。どこにいるのか。下っ端などではない、幹部であるシュダならきっと何かを知っているに違いないという狙いだった。だがシュダはそのまま黙りこんでしまう。何かを考え込んでいるかのように。だがすぐにシュダの顔に笑みが浮かぶ。まるで面白いことを聞いたと言わんばかりの表情。
「な、なんだ!? 何がおかしいんだよ!?」
「いや……何でもない。だがオレも奴のことはほとんど知らん。DBを売り歩いていることとふらふらと世界中を渡り歩いているらしいことぐらいだ。レイナの奴なら何か知っているかもしれんが……」
「レイナ……? 誰だよそれ? それになんでそんなこと俺に簡単に教えるんだ?」
ハルはどこか拍子抜けしたかのような姿を見せる。まさか本当にアキのことを教えてもらえるなどとは思ってはおらず勝負に勝ってから聞き出そうと考えていたからだ
「面白いことを聞かせてもらった礼だ。どっちにしろお前はここで死ぬ。冥土の土産だ」
死の宣告を告げながらシュダは剣の切っ先をハルへと向ける。これから死ぬ人間に何を話しても問題はない。情けだと言わんばかりの姿にハルもこれ以上言葉は無用だと悟る。そしてしばらくの間の後、勝負が始まった。いや、それは勝負、戦いですらなかった。
「はあああああっ!」
先に動いたのはハルだった。ハルはその手にあるTCMを振るいながらシュダに向かって行く。臆することなく一直線に。絶対にこの戦いには負けられないという気迫と覚悟を持って。だがそれは無残にも破れ去る。
「くっ!」
苦悶の声は攻めているはずのハルのもの。ハルはただ目の前の光景、そして事態に焦燥していた。自分の攻撃が、剣が全く当たらない、躱されてしまっている状況に。
間違いなく今自分は攻めている。その証拠に相手はそれから逃げているだけ。にもかかわらずまるで自分が追い詰められているかのような感覚がある。そう、まるで全てを見切られているかのよう。そう言っても過言ではない程にシュダはハルの攻撃を紙一重のところで避け続けている。表情一つ変えず。汗一つかかず。逆にハルの方が息が上がり、汗にまみれ疲労していく。
それは圧倒的な経験の差。剣を使うこと自体が二度目のハルと剣を極めていると言っても過言ではないシュダ。ハルの動き、剣の軌道はシュダに完全に詠まれている。素人同然のハルの剣などままごと同然。加えて砂浜と言う悪条件下。シュダにとっては剣で防御する必要すらないもの。両者の間には子供と大人以上の力の差があった。
「無駄だ。そんな剣じゃオレに触れることすらできん」
「……! うるせえ、ならこれならどうだ!」
ハルは焦りに身を支配されながらも一発逆転を狙うために剣に力を込める。ハルもこれまでもやりとりで自分が目の前の男に剣では全く勝負にならないことを悟っていた。昨日戦った兵士とは比べ物にならない強さ。だがそれでもハルの目にはあきらめはない。例え剣術で劣っていてもそれを覆せる力が今のハルにはある。それは
「爆発の剣!!」
レイヴの力。TCMと呼ばれる十剣の能力。鉄の剣から形態を変えた第二の剣がシュダに向かって振り下ろされる。シュダは当然のようにそれを躱すもののそれこそがハルの狙いだった。
「何っ!?」
瞬間、初めてシュダの表情に驚きが浮かぶ。同時にシュダがその衝撃によって吹き飛ばされ体勢を崩す。爆発。それがハルが振り下ろした剣から巻き起こった。その衝撃と巻き上げられた砂によってシュダは吹き飛ばされる。それこそがTCM第二の剣、爆発の剣の力だった。
「ハアッ……ハアッ……! ど、どうだ……!」
肩で息をしながらもハルは確かな手応えを感じていた。普通の剣の戦いでは及ばないが自分にはレイヴの力が、TCMの力がある。例え避けられても爆発の剣ならば少なくとも爆風や衝撃でダメージを狙える。その分自分の体にも負担がかかるのだが相手に与えるものに比べれば微々たるもの。だがハルは気づかない。先程の一撃が悪手であったことを。シュダを本気にさせてしまったことに。
「なるほど……そういうことか。お前が後継者か」
シュダは立ち上がりながら改めてハルに向き合う。だがその瞳が、表情が明らかに先程までとは違う。どこか遊び半分の雰囲気があったそれが今は全くない。完全にハルを敵として捉えている剣士の表情。それはハルがレイヴの後継者、二代目レイヴマスターだと気づいたから。
それはハルの手にあるTCM。それが先程までとは形が変わっている。そして先程の爆発。シュダはそれがあの剣の能力だと看破する。同時にハルが二代目レイヴマスターであることを。レイヴはDBとは違い使用者が限られる。その力の奪い合いが生まれないよう世界で一人しかレイヴの力は扱えない。シュダは納得する。だからこそシバはレイヴの力を使うことができなかった理由なのだと。それはつまり殺すべき相手、倒すべき相手がシバではなく目の前の少年に変わったということ。
「なら仕方ねえ。オレの力も見せてやろう」
「くっ!」
今までずっとハルの攻撃を避け続けるだけだったシュダが剣を振りかぶりながらハルへと接近していく。その速度と重圧に圧倒されながらもハルは再び爆発の剣を振るう。もし避けられても爆風によってダメージを、ダメージを与えられなくても目くらましにはなると考えてのもの。だがそれを裏切るかのようにシュダはその剣で爆発の剣を受け止める。
「え!?」
その行動にハルは驚きの声を上げるしかない。何故今まで避けていたのにわざわざ剣で受けるのか。そんなことをすれば爆発によって剣が折れてしまいかねないというのに。だがその疑問は驚愕に、そして戦慄に変わる。
それはシュダの動き。爆発が起きた瞬間、まるでそれを受け流すかのようにシュダが体をひねりながら剣を振るってくる。そんなあり得ない動きにハルは呆気にとられるしかない。初見で爆発の剣の威力を看破した、そしてそれ以上にそれを受け流せる技量を持ったシュダだからこそできる技。しかしそれ以上の衝撃がハルを襲う。
「な、何だこれ!?」
それは炎だった。いつの間にかシュダの剣に宿っている炎がまるで自分を狙っているかのよう襲いかかって来る。ハルはその熱に叫びを上げ必死に距離を取ろうとするも炎は逃がすまいと追い縋って来る。まるで生きているかのように。それがシュダの持つDBヴァルツァーフレイムの力だった。
「お前のその剣が爆発の剣だとすればオレの剣は炎の剣。どっちが上か分かったか?」
シュダが既に勝負は終わったと言わんばかりに宣言する。同時にどこか失望したかのような雰囲気を纏いながら。それは先のローブの男との戦闘のせい。最初シュダはハルがあの時のローブの男であり剣の腕も自分を欺き油断させるためだと思っていた。だがそれが勘違いであったことをシュダは確信する。流石にここにきてまで実力を誤魔化す必要など無い。あれが一体何者なのかは分からないが先にレイヴマスターを排除するのみ。
「ちくしょう……なら……!」
炎から逃げきれないと悟ったハルは残った力を振り絞りながら海へと飛び込む。同時にハルに纏わりついていた炎も海水によって沈火される。ハルは何とかその場から立ち上がるも既に満身創痍。炎による火傷によって体はボロボロ。加えて先程までの攻防によって体力も限界。しかも炎による攻撃は海に逃げることでどうにかできるが剣ではシュダに及ばないことは変わらない。頼みの綱の爆発の剣も通用しないことは分かっている。まさに絶体絶命の状態。
「なるほど……少しは頭も回るようだな。だがもう限界だろう。楽にしてやる」
言葉と共にシュダが再び炎の剣を振るう。同時にその剣から再び踊る炎が生まれハルへと迫る。その数と勢いは先程の比ではない。海に逃げ込んでも負傷は避けられないほどの規模。加えてシュダ自身も剣を振りかぶりながら迫って行く。例え海に逃げ込んでもその隙を狙いハルを斬るために。もはやハルには退路すらのこされてはいなかった。
「いかんっ! ハル、もういい逃げるんじゃあっ!」
『プーン!』
その光景にシバが悲痛な叫びをあげる。既に満足に動くことすらできない体を引きずりながらハルを庇いに行こうとするも間に合わない。シバは絶望する。こんな事態を招いていしまった自分に。レイヴをこの島に持ち込んでしまったがために、レイヴマスターの力を与えてしまったために何の罪もない少年が命を奪われようとしている。シバはただ自分の無力さを呪いながらその時を待つことしかできない。
ハルはそんなシバの声が聞こえていた。痛みによって、疲労によって意識を失いそうになりながらもその声を、言葉を。
逃げろ。
それがハルの頭によぎる。あれはいつだったか。そう、それは四年前。奇しくも今と同じDCが島を襲ってきた時。あの時も自分はDCに襲われ為す術がなかった。だがあのときはアキが助けてくれた。その姿は今もこの目に焼き付いている。
その姿に憧れた。自分もあんな風に誰かを守れたらと。
その姿に嫉妬した。自分には何故力がないのかと。
だから体を鍛え続けてきた。もう同じことを繰り返さないように。姉ちゃんを、島のみんなを守れるように。
そしていつか、アキを探しに行けるように。
なのにまた繰り返すのか。これじゃああの時と同じだ。アキに守られたあの時と。
泣きながらただアキを見送ることしかできなかったあの時と。
「ああああああっ!!」
ハルはそのまま走り出す。シュダに、炎に向かって。残った全ての力をその手に込めて。決して逃げないと、そう誓うかのように。
そうだ。ここで負けたら、死んだらシバを、友達を助けることができない。島のみんなを助けることも。姉ちゃんを守ることも。そんなのは絶対に嫌だ。姉ちゃんを悲しませることはしないって誓ったんだ。あの日、アキがいなくなったあの時に。
そのアキのことが分かったんだ。やっと。もしかしたら探し出すことができるかもしれない。会えるかもしれない。なのに、それなのに。
こんなところでオレは負けるわけにはいかない―――――
それが四年間、ずっとハルが抱いてきたもの。そしてハルの今の戦う理由だった――――
瞬間、風が吹き荒れた。まるで台風のような風が。そしてその一瞬で全てが終わった。
その光景に誰一人声上げることができない。まるで何が起こったのか分からないかのように。シュダは視線を向ける。それは自らの右腕。そこにあったはずのものが砕け散っている。DBがはめ込まれていたブレスレッド。それが無残にも砕け散ってしまっている。DBもろとも。だがそれはあり得ない。DBはいかなる兵器によっても傷つけることができない魔石。しかしそれを為し得る唯一の力。それがレイヴ。同時にシュダは確かに見た。それは自分に向かってくるハルの姿。だがそれは先程までは大きく違っていた。
それは速度。まるで風のような、目にも止まらぬ速度で以ってハルは炎を振り切り、そして自分の反応すら超えて剣を振るってきた。人間の限界を超えたかのような速さ。何とかそれをかわそうとしたもののシュダはその腕にあるDBを失ってしまった。
ハルはそのまままるで勢いが殺しきれないかのように砂浜へと転がって行く。初めて出した未知の力に翻弄され、制御できなかったかのように。その手には剣が握られている。だがそれは爆発の剣でも鉄の剣でもない。
『音速の剣』
それがその剣の名前。TCM第三の剣。かつてアキがハルを救うために使い、そしてそれを記憶に、目に焼き付けたハルが呼び起こした力だった。
「な、何だこれ? オレ、一体……」
ハルはふらふらと立ち上がりながらも自らの手にある剣に驚きを隠せない。だが確かにこの剣には見覚えがある。そしてようやく気づく。自分がその力を使いシュダのDBを破壊したのだと。そしてすぐさま再び剣を構える。歯を食いしばり何とか体に鞭打ちながら。DBを破壊できたと言ってもまだ相手は無傷。まだ戦いは終わっていないのだから。だが
「ふっ……はは、はははは!」
シュダはまるで何かがおかしくて仕方ないとばかりに笑い始めてしまう。人目をはばかることなく。自分のDBを破壊されてしまったにも関わらず。ハルはそんな理解できない事態に呆然とするしかない。だがシュダは笑い続ける。それはレイヴの力を目の当たりにしたこと。そして何よりもハルの底力、その才能の片鱗を垣間見たことによる戦士としての喜びだった。
「面白い小僧だ。オレの名はシュダ。貴様の名は?」
ひとしきり笑い終えた後、どこか楽しげな笑みを浮かべながらシュダは問う。それは名前。戦いの前に名乗りを上げるのが戦士の流儀。それはシュダがハルを戦士だと、戦うに相応しい相手だと認めた証でもあった。ハルは戸惑いながらもそれに応える。
「ハル……ハル・グローリーだ……」
その名の意味を知らぬまま。
「っ!? グローリーだと……? まさか貴様、ゲイルの息子か……?」
シュダは驚愕の表情を見せながらもハルの姿を、瞳を改めて見据える。そこには確かにゲイル・グローリー、自分が超えるべき男の面影があった。同時にシュダは気づく。ハルという目の前の少年の持つ運命とでも言うべき様々な因果、因縁を。
「……!? ど、どうしてお前が親父のことを知ってんだよ!?」
「やはりそうか……ゲイル、売人のアキそしてレイヴ……本当に面白いことになってきやがったな……」
シュダは笑いをこらえることができない。ハルという少年の、男の魅力に。強さの片鱗に加えて様々な因果。これで楽しめないとすれば何を楽しめると言うのか。
「ここで殺すのは惜しいな。勝負はここで預けておく。もし追ってくるなら次会う時にはもっと腕をあげておけ。せっかくの剣が宝の持ち腐れにならないようにな」
シュダはハルの言葉を無視するかのように剣を収めたまま海に停泊している船へと戻って行く。今は見逃してやると、そう背中で語りながら。
「ま、待て! どうしてお前が親父のことを……!」
「待てハル! これ以上奴を追っても無駄じゃ! お主もこれ以上は戦えん……!」
『プーン!』
満身創痍の体を引きずりながらハルが去っていこうとするシュダを追おうとするも何とかそれはシバとプルーによって止められる。ハルはそれを振りほどこうとするも叶わずその場に座り込みそれを見送ることしかできない。だが既にハルに戦う力が残っていないのは明白。ハルは悔しさに顔を歪ませながらもその場に倒れ込むしかない。体の傷と疲労。そして何よりも自分の知らないこと、事実の連続。
(親父……アキ……)
ハルは今ここにはいない、そして事情が掴めない二人のことを想いながら意識を失うのだった―――――
そしてそんなハルの姿を見つめている間抜けな少年の姿があった。
それはアキ。だがその姿は汗だくで疲労しきっている。まるでフルマラソンを完走したかのように。何故ならアキは今までずっと音速の剣で島中を走り回った後だったのだから。
アキはシュダとの戦闘の際、ワープロードによって森の洞窟まで瞬間移動をした。もちろんカトレアとゲンマをあの場から離脱させるために。その布石としてイリュージョンの力を使い霧を生み出し視界を遮ったまま。移動した場所が洞窟だったのはそこがガラージュ島におけるワープロードのマーキング地点であるため。それを見られることはアキにとってはリスクがあるのだが背に腹は代えられず、ワープロード以外ではあの場をシュダに気づかれずに脱出することは困難だったためアキはそうせざるを得なかった。もうあの洞窟を使うこともないだろうという見通しもあってのことではあったのだが。
そしてアキはそのまま二人を洞窟に置き去りにしたままハルの家へと戻る。シュダが来た以上何か不測の事態があった場合は対応するため。既に原作では違う場所にいた筈のカトレアがゲンマと共にいたという不測の事態があったこともありアキは万全を期す狙いだった。だがそれは呆気なく砕け散る。何故なら既にハルは家のどこにもいなかったから。
アキは混乱する。一体どこにハルは行ってしまったのか。もしかしたら入れ違いで街に行ってしまったのかもしれない。それともシバを探しに海岸に行ってしまったのか。もしかしたらそれ以外の場所の可能性もある。アキは一人家に残っているナカジマの訳の分からない独り言の中オタオタするしかない。ゴルとかポイとかカブトムシとかおよそ意味が分からない単語を連発しているナカジマに向かって全力で壁ドンした後アキは手当たり次第でハルを探すことになった。全速力で、息が切れてしまうほどの全力で。そしてようやく見つけたとも思えば既にハルとシュダの戦闘が始まっており今にもハルが負けそうな場面。もはや体裁も糞もないとばかりにアキがそのまま助けに入らんとした瞬間にあり得ない事態によって戦闘は終了。アキはまるで魂が抜けてしまったかのようにその場に立ち尽くすしかない。
あの……これ、一体どういうこと……? 何でハルがもう音速の剣使ってんの……? それって確かまだ随分先のはずなんですけど……もしかして俺のせい? うん、やっぱりそれしかないか……って待て俺っ!? 何普通に納得してんだ!? いいわけないだろそれ!? ま、まさかあの時の行動がこんなことになるなんて……い、いやここは結果オーライだろ。あれが無かったらほんとにハルの奴負けてただろうし……他の剣は見せてないし大丈夫だよな……? っていうかさっきも思ったけど何でシュダが剣持ってるんだよ!? 何!? ハードモードなの!? そんなの頼んでもいないっつーのっ!? というか何だよ売人のアキって? 二つ名っていうかただの悪口じゃねえか!? どおりでDC兵士が教えてくれないわけだ……爆炎とか龍使いとか時の番人とかみんなカッコ良さそうな二つ名なのに何で俺だけ……? いくら実際に戦ってない幹部だとしても酷すぎる……どこに文句言えばいいの、というか誰がこんな二つ名広めたんだちくしょう……!
アキはあんまりな扱いに不満を爆発させながらも一応安堵していた。音速の剣をこの段階でハルが使えるようになってしまうのは予想外だったが何とか原作通りシュダを追い払うことができた。これからの展開に多少の差異は出るかもしれないがハルが強くなる分には問題はない(と割り切ることにした)。だがアキは最も気にしていた、自分の、そしてハルの運命を左右しかねない大一番を乗り切った。これでもう大丈夫だと、そう肩の荷が下りた心境だった。
故にアキは気づかなかった。
自分が知らぬ間に新たな地雷が、命に関わる大きさの死亡フラグがたったことに―――――