「この島にレイヴがあると聞いたんだが……知っているか……?」
コートを纏った男、シュダが店内にいるゲンマに向かってそう問いただしてくる。だがそれはまるでレイヴの場所をゲンマが知っていると分かっているかのような口ぶりだった。そんな突然の来訪者の言葉にゲンマとカトレアは戸惑いの表情を隠せない。何故なら既に目の前の男が普通ではないことに気づいていたから。その風貌、佇まい。明らかに危険な場所に身を置いている人物であろうことが見て取れた。
「お、お客さん……一体何言ってるんですか? 冷やかしは困りますよ……」
ゲンマはいつものように笑みを見せながらシュダに向かってそう答える。できるだけ自然に誤魔化せるように。だがゲンマは既に悟っていた。目の前の男が間違いなくこの島にレイヴがあるのを知った上でやってきているのだと。こんな誤魔化しなど長くは持たない。しかしゲンマはそれを分かった上でも何とか時間を稼ごうとする。それは自分の隣にいるカトレアを何とかこの場から逃がすため。自分だけならともかくカトレアの身を危険にさらすわけにはいかない。ゲンマにとってカトレアはハル同様、友人であるゲイルの子供。それを守ることが今のゲンマの為すべきことだった。だが
「お前が知らないわけないだろ、ゲンマ。貴様はゲイルのダチだもんな」
そんなゲンマを嘲笑うかのようにシュダの言葉が告げられる。ゲンマはその言葉に驚きを隠せない。初対面のはずの目の前の男が自分の名前を知っている。だがそれだけではない。ゲイル。そうシュダは口にした。自分の名前だけならともかく何故ゲイルの名前が出てくるのか。だがその疑問はゲンマだけのものではなかった。
「ゲイル……? あなた父さんのことを知ってるの……?」
カトレアが絞り出すように、呟くように口にする。その表情は怯えと戸惑いに満ちている。明らかに危険な雰囲気を纏ったレイヴを狙っている男。そしてそんな男が自らの父の名を口にしている。十年以上戻ってきていない父の名前を。突然の、理解できない事態の連続にカトレアは混乱するしかない。
「ほう……ゲイルの娘か。だが女に用はねえ。俺が聞きたいのはレイヴとシバの居場所だ」
シュダは一度カトレアに向かって目を向けるもすぐに用はないとばかりに再びゲンマに向かって行く。もし逆らうのなら容赦はしない。言葉にしなくともシュダの纏っている空気がそれを物語っている。しかし
「この島を出ていけ! ここにはレイヴは無え!」
ゲンマはそんな空気を、自らの危険を省みず店のカウンターに隠している銃を瞬時に取り出しシュダの額に向ける。それは護身用の銃。だがこの平和なガラージュ島では意味を為さずゲンマも一度も実際には使ったことのないもの。だがそれでもそれを感じさせないような気迫と覚悟でゲンマは銃を構える。しかし銃を目の前に突きつけられているにも関わらずシュダにはまったく動揺が見られない。むしろ楽しんでいるのではないかと思えるほど。
「ゲンマっ!?」
「何してるっ!? さっさとここから離れろカトレア!」
カトレアがそんなゲンマの姿に心配の声を上げるもののどうしようもない状況にその場に立ち尽くすしかない。このままゲンマを置いたまま逃げていいのかという思いがカトレアの決断を鈍らせる。だがその瞬間、それは起こった。
「なっ……!?」
「え?」
驚きはゲンマとカトレア二人のもの。二人の視線の先には銃があった。いや銃であったものが。既にそれは元の形を保ってはいない。まるで何かに断ち切られてしまったかのようにバラバラになってしまっている。何故そんなことになっているのか二人には分からない。だがその理由にようやくゲンマは気づく。それはシュダの姿。先程まで何も持っていなかったその手に剣が握られている。恐らくはコートに隠していたのだろう。だがそれを手に取る動きが、抜く動きが全く見えなかった。そして銃が切り捨てられる瞬間も。ゲンマは悟る。目の前の男が間違いなく達人レベルの剣の腕を持っているであろうことを。そしてその力の前には自分は全くの無力なのだと。
「どうやら力づくで聞き出すしかないようだな。恨むならこんな島にレイヴを持ちこんだシバを恨むんだな」
シュダはどこかつまらなげに告げた後その剣をゲンマに向かって振るう。文字通り力づくでレイヴの、シバの居場所を聞き出すために。ゲンマはその剣閃から逃れることができない。そんなレベルを遥かに超えた速さ。一般人であるゲンマにそれを躱すことなどできるはずもない。カトレアは目の前で起ころうとしている光景を前にただ見ていることしかできない。その声にならない悲鳴が響き渡らんとしたその瞬間、それは現れた。
「……え?」
それは一体誰の声だったのか。だがその場の全ての人間がその光景に言葉を失っていた。シュダでさえ例外ではない。何故ならそこには男がいたから。
ローブを身に纏った男。だがそれだけでは男だとは分からない。しかしその手にある物がその人物が男であるとその場にいる者たちが感じた理由。
それは剣だった。まるで身の丈も程もあるのではと思えるほどの巨大な剣。それを使いローブの男はシュダの剣を受け止めていた。まるでゲンマを助けるかのように。
「っ!」
瞬間、ローブの男の剣に力がこもり、その反動によってシュダはその場から弾き出される。だがシュダは一瞬驚くような表情を見せながらも全く動じず受け身を取りながらローブの男から距離を取る。まるで間合いを測るかのように。
「……貴様、何者だ?」
シュダはその鋭い眼光で睨みつけながらローブの男に問いただす。だがその手にある剣は既に構えられている。いつ戦闘が始まっても対応できるほどの殺気を纏いながら。それは先程の一合でシュダは相手の力量の片鱗を感じ取ったからこそ。先程シュダが振るった一撃は本気ではなかったものの並みの剣士では受けることすらままならないもの。それを受け止めただけでも十分警戒するに値する相手。だがそれ以上にシュダを警戒させている事実があった。それは
(こいつ……一体いつここに現れた……?)
目の前に現れるまで全くローブの男の存在に気づくことができなかったこと。だがシュダはそんなあり得ない事態に驚きを隠せない。確かに気を抜いていないわけではなかったが目の前に敵が現れるのを気づかない程シュダの実力は甘くはない。まるで突然目の前に現れた。それが今の状況を表すのに最もふさわしい言葉。そして今この街にはシュダの他に十人以上のDCの兵士が襲撃している。だがローブの男はそれに気づかれないまま、もしくはそれを突破してきたということ。シュダはそのまま剣を構えたまま相手の出方を伺い続ける。だがローブの男もそれに合わせるように剣を構えながらも動こうとしない。だが明らかに分かること。それはローブの男の立ち位置。まるでゲンマとカトレアを庇うようにローブの男はシュダと対面していた。
「大丈夫、ゲンマ……?」
「ああ……俺は何ともねえ……けど一体何だってんだ……?」
慌てながらカトレアはゲンマに近づいて行くもののゲンマが無事だと分かりカトレアは安堵の声を漏らす。だがすぐに意識を切り替えながら目の前の光景に目を向ける。
自分達を襲って来た男とそれと対峙しているローブの男。
だがローブの男はまるで自分たちを守るかのように背中を見せている。ローブを被っているからなのかその影に隠れて顔を伺うことはできない。だがその男が持っている剣をカトレアは知っていた。
(あれは……シバさんが持っていた剣……?)
それはシバが持っていた剣。鉄でできた巨大な剣。十字架のようなくぼみにはレイヴがはめられている。間違いなくTCM。ならシバが助けに来てくれたのだろうかとカトレアは考えるもすぐにそれが間違いであると気づく。それはローブの男の体型。ローブを被っているとしてもその背丈も、体の大きさも明らかに老人のシバではあり得ない。体型で言えばハルに近い姿。シバの話ではバルはレイヴの後継者に選ばれたと言っていた。ならハルなのか。だがカトレアはそれも間違いであるとすぐに気づく。目の前で起こる光景、剣士の戦いによって。
先に動いたのはローブの男だった。一度後ろにいるカトレアとゲンマを気にするようなそぶりを見せた後、それを振り切るかのようにその巨大な剣をシュダに向かって振り切って来る。だがシュダもそれを見切ったかのように自らの剣で受け止めるもそのまま店の外まで吹き飛ばされてしまう。だがローブの男はそんな優位であるはずの光景に浮き足出すことなくそのまま一直線にシュダの後を追い店の外へと飛び出していく。それはシュダの行動の意味を悟ったからこそ。
シュダはそのまま受け身を取りながらも立ち上がる。まるでローブの男がやってくるのを待っていたかのように。先の一撃を受けた理由。それは戦いの場を店から外、街中へと変えるため。それは店の中では剣で十分に戦えないこと。そして何よりもローブの男がゲンマとカトレアを気にしていることを瞬時に見抜いたからこそ。あの場で戦えばシュダにとっては有利だったのだがそれでは面白くない。シュダにとっては久しぶりに楽しめそうな相手なのだから。シュダはそこで改めて気づく。それは街の様子。そこには街の住民が誰ひとりいない。街も破壊されずそのまま。その場に残っているのは何者かによって戦闘不能にさせられているDC兵士だけ。間違いなくローブの男の仕業。十人を超える兵士をこの短時間で殲滅している。間違いなく只者ではない。
「どうやら腕は立つらしいな……それにその剣。お前がシバか?」
シュダはその剣を向けながら問う。ローブの男が使っている大剣。それが恐らくは噂に聞くレイヴの剣TCMなのだとシュダは見抜く。資料でしか見たことがなく実物を見るのは初めてだが間違いない。レイヴと思われる石も埋め込まれている。まず間違いなくレイヴマスターであるシバ・ローゼスのはず。
「…………」
だがローブの男は剣を構えるもののシュダの言葉には全く応えようとはしない。そのローブを脱ぐこともしない。シュダはその光景に違和感を覚えるものの些細なことだと切り捨てる。既にシュダにとっての興味はこれからの戦いに向けられていた。
剣聖。
それがレイヴマスター、シバ・ローゼスの持つ称号。それは剣士にとって最高の、そして最強の証。DCの最高幹部六祈将軍として以上に今、シュダは剣士としてこの戦いを楽しみにしていた。
シュダが知る限りで最高の剣士はゲイル・グローリー。自分を負かせた超えるべき壁。だがそのゲイルですら剣聖の称号の前では霞んでしまう。もちろん今のシバは老人。全盛期の力などあるわけもない。だがそれでも剣聖と呼ばれた男の力、そしてその剣、TCMと戦うことをシュダは心待ちにしていたのだった。
「まあいい……じゃあさっさと始めるとしようか」
シュダは宣言と共に凄まじい速度でローブの男に接近しながら剣を振るう。それは先のゲンマに向かっての振るったものは桁が違う。本気のシュダの剣。並みの剣士なら受けることすらできない程の剣閃。だがそれをローブの男は真正面から臆することなく剣で受ける。その衝撃によって火花が散り、金属音がゲンマとカトレア以外誰もいなくなってしまった街に鳴り響く。二人はそのままその戦いに目を奪われる。いや見惚れてしまう。
それはまさしく剣舞だった。互いに真剣。一歩間違えば手足が無くなってしまう、命すら失いかねないやり取り。だがカトレアにはそれがまるで舞いを踊っているかのように見えた。
剣が交差するたびに火花が散り、砂埃が起こり、地面が切り裂かれていく。だがそこにはまるで危なげがない。呼吸をする間すらない程の速度でありながら時間が長く感じる程の一種の美しさがそこにはあった。
カトレアは悟る。ローブの男が間違いなくハルではないことに。いかに運動神経に優れた、喧嘩に強いハルでも昨日初めて剣を握ったハルにこんな戦いができるはずがない。
そんな何度繰り返されたか分からない程の剣の交差の後、両者の間に大きな距離が開く。互いの間合いの一歩外。
「流石だなシバ……どうやら腕は落ちてないようだな、安心したぜ」
シュダは大きく呼吸をした後獣のような瞳を見せながら笑みを浮かべる。それは強者と戦える喜び。それこそがシュダの戦う理由。いつかゲイル・グローリーを倒すという目的のために己を磨いている戦士の喜びだった。
カトレアとゲンマもそんな両者の戦いに目を奪われたままその場から動くことができない。もしそんなこといをすればこの場の均衡が崩れてしまう。そうなれば自分たちも唯ですまない。何よりもあのローブの男の邪魔になってしまう。戦いとは無縁の二人ですらそれが分かるほど両者の力は拮抗していた。
だがそんな中、明らかに他の人物達とは温度差がある胸中を持った人物がいた。
(どうしてこうなった……)
それはローブの男ことアキ。アキは剣を握りシュダと睨みあいながらも内心焦りまくりだった。何故こんな状況になっているのか。
アキは洞窟でフルメタルの埋葬を終えた後一度ハルの家に戻ろうとしていた。何にせよハルに張り付いていた方がやりやすいからこそ。だがその道中であることを思い出す。それはDCの襲撃。それ自体は覚えていた。だがその内容に思い当たったアキは焦ることしかできなかった。それは原作での出来事。その中でゲンマがシュダによって重傷を負わされてしまったことをアキはすっかり忘れてしまっていた。もしかしたらアキが何もしなくても原作通り無事に済むのかもしれない。だがアキの存在によって少なからず状況は変化している。ゲンマが助かったのはプルーの力があったからこそ。だが今プルーはシバと共に海へと向かって行ってしまっている。それが間に合わなければ最悪ゲンマは死んでしまうかもしれない。
それに気づいたアキは音速の剣の全速力で街へと向かった。本当なら姿を見せたり介入する気はなかったのだがそんなことを気にしている場合ではない。シュダがゲンマに接触する前にゲンマをどうにか街から遠ざけなければ。最悪気絶させて森にでも放置しようとアキは考えていたのだが時すでに遅く街にはDCが現れ今にも街を襲わんとしていた。色々な葛藤があったもののアキはそのまま半ばやけくそ気味に音速の剣によって兵士たちを全員切り捨てた後、一直線にゲンマの店へと直行する。そこには今まさにシュダによって斬られようとしているゲンマと何故か原作ではいないはずのカトレアの姿があった。
そしてあれよあれよという間に今の状況。アキは背中に滝のように汗を流しながらこの状況をどうするべきか必死に思考していた。
ど、どうなってんだ一体? カトレア姉さんまで一緒にいるなんて聞いてないっつーの!? というか何で俺今シュダと戦ってんの? しかも剣で。確かこの時のシュダって剣なんて持ってなかったような気がするんだけど……っていうかこの人、やる気満々なんですけど!? 好敵手にめぐり会えたみたいなバトルジャンキーみたいな顔になってらっしゃるんだけどこれどうすりゃいいんだよ!?
アキは今の状況に頭を抱えるしかない。ゲンマを助けるとはいえ姿を現してしまったのだから。
ハイドは戦闘には使えず、イリュージョンも近接戦をしながら姿を消せるほどの力はない。攻撃や防御、実際に行動に移る際には姿を晒さざるを得ない。ある意味制約のようなもの。それでも攻撃に移るまで姿を隠せるだけでも十分すぎる性能なのだがそれは六祈将軍レベルが相手になってくれば難しい。初見ならともかく二度目以降はほぼ通用しない。それでも何とかアキは二つの偽装、もとい小細工を行っていた。
一つはローブの影。それをイリュージョンによって偽装し絶対に顔を見せないようにしている。
そしてもう一つが剣。今アキが持っているのはデカログス。しかし表面上はTCMに見えるようにしている。それはデカログスを隠すため。
今この世界には二つのデカログスが存在している。一つはマザーによって造られたもの。もう一つがキングがエンクレイムによって造り出したもの。もしシュダがキングの剣がデカログスであることを知っていれば面倒なことになりかねない。
何よりもTCMに偽装すれば自分をシバに見せかけることができる。それが一番の狙いだった。そしてそれは何とか目論見どおりにいっている。だがアキが焦っているのはそれだけではなかった。
デカログスとイリュージョン。この二つ、いや二人のDBがアキの想像を超えて勝手にノリノリになっているから。
アキは今デカログスがかつてない程に力を漲らせ高揚していることを感じ取っていた。思わずそのテンションに、熱気にあてられてしまいかねない程に。それは今のシュチエーション。アキがカトレア〈本当はゲンマ〉を助けるという展開がデカログスにとってはどストライクだったから。
男が女を守りながら戦う。それこそがデカログスが待ち望んでいた戦い。とても魔石、悪の存在であるDBとは思えないような嗜好だった。
ちょ、ちょっと師匠、落ち着いてください! 何でそんなに戦意を高揚させてるんですか!? 相手はDCですよ? あいつ倒す必要はないんですって! とりあえずカトレア姉さんとゲンマを逃がす時間を、街のみんなが避難できる時間が稼げれば……え? そんなの関係ない? 女を守るのが男の務め? た、確かにそうですけどちょっと力を抑えてください! なんかクスリでも決めたかのように興奮が伝わって来るんです! っていうかゲンマは無視ですか!?
何とか暴れ馬を押さえつけるかのようにアキが奮闘している中もう一人着々と怪しい準備を進めているDBの姿があった。それはイリュージョン。アキは感じ取る。イリュージョンが何か自分が指示している以外の力を使おうとしていることに。
あの……どさくさに紛れて何しようとしてんのイリュージョン? え? 俺の黒髪を金髪に戻す準備と隠してる顔の傷を見せる準備? あっそう……って何それっ!? 何でそんなことしてんのっ!? んなことしたら正体ばれちまうだろうが!? は? シュダを倒した後にカトレア姉さんと感動の再会を演出するため? なんじゃそりゃああっ!? 何でそんなことせにゃならんのだっ!? っていうかお前そんなことするキャラじゃないだろっ!? そんなことはいいから今はちゃんと自分の仕事しろっつーの!
間違いなくマザーとエリーの悪影響によって乙女回路を全開になりキャラが崩壊しているイリュージョンを説得しながらもアキは何とかシュダと対面しながら打開策を模索する。
とにもかくにもアキは今はシュダの相手をしなくてはならない。先程のやり取りから剣術においてはほぼ互角。大きな力の差はない。これまで幻とはいえ全盛期のシバ相手に修行をしてきたのだから当然と言えば当然。そういった意味ではアキはシバの弟子と言えるかもしれない。となれば鍵になってくるのはそれ以外の要素。DBの力。
アキは自分の実力がどの程度のものなのか正確に理解していた。それは先のジェロ戦のおかげ。それによってアキは自分の強さがほぼ六祈将軍と同等であると知ることができた。イリュージョンとワープロードを併用すれば一対一であれば六祈将軍レベルであれば負けることはない。キング級になればマザーの力が必要だが。
そして今のシュダはまだ六星DBバレッテーゼフレアを持っていない。加えて原作で言えば初期の強さ。負ける要素はほぼないといっていい。倒すこと自体はそう難しいことではない。だが様々な理由からアキはシュダを倒すと言う選択肢を持つことができない。それを選ぶことでの影響が計り知れないからこそ。故にアキの選択は一つだった。
「そろそろ本気で行かせてもらうぜ!」
シュダが再び剣を構えながらアキへと迫る。アキはほぼ仲間割れを起こしかけている自らのDBたちを抑えながらもそれを迎え撃つ。そして剣が交差し凄まじい火花が散り鍔迫り合いが起こる。それは先程までの戦闘の焼き回し。そのまま再び両者の距離が開き仕切り直し。そうなるとアキが判断しようとした瞬間、あり得ない事態が起こった。
炎。
突然シュダの腕にあるブレスレッドから巨大な炎が生まれ剣に宿って行く。まるで踊り狂うかのように。
『踊り続ける炎』
それがシュダが持つDB。狙った相手が燃え尽きるまで相手を逃がさない炎を生み出すDB.だった。
重なり合ったシュダの剣からアキに向かって踊るかのような動きで炎が迫る。アキは一気に剣に力を込めシュダと距離を取るも炎はアキを逃がすまいと追い縋って来る。
「無駄だ! その炎からは絶対に逃げられんぞ!」
シュダはそんなアキを嘲笑う。剣の勝負では互角。だがこれは剣の試合ではなく殺し合い。生き残った方が勝者。前線で戦い続けたシュダだからこそ持てる非情さだった。そしてついにその炎がアキを包み込まんとした瞬間、
炎がまるで何かに切り裂かれたかのように消え去ってしまった。
「え!?」
カトレアは目の前で起こった光景に驚きの声を上げるしかない。そしてその目に映る。それはアキが持っている剣。それが先程までは異なっている。緑を基調にした剣。それは封印の剣。その力によってアキは炎を切り払ったのだった。だが
「甘いな」
瞬間、勝負は決した。それはシュダの剣。それがアキを真っ二つに切り裂いている。まるでアキがそれを使うタイミングを見計らっていたかのように。それこそがシュダの真の狙い。ヴァルツァーフレイムは強力なDBだがシュダはそれに頼ってはいない。それを囮にした上での剣撃こそが真の狙い。まさか炎を切り裂くとまでは思っていなかったもののシュダはそのままアキを切り裂く。いや、切り裂いたはずだった。
「何っ!?」
驚愕はシュダだけのもの。何故なら確かに切り裂いたはずなのに全く手ごたえがなかったから。まるで幻を斬ったかのように。瞬間、切り裂かれたアキの光景が消え去っていく。まるで蜃気楼のように。だがそれだけではない。同時に霧の様な物が辺りに立ちこめてくる。それによってシュダは視界を封じられてしまう。
「ちっ……つまらない真似を……」
舌打ちをしながらもシュダは辺りの気配に注意を払う。これが恐らくはレイヴの力。視界を奪った上で奇襲を仕掛けるのが相手の狙いだとシュダは見抜き、剣を構えたまま身構える。確かに視界が封じられたのは痛いがそれは相手も同じ。加えて相手の気配を読み違えるほどシュダの実力は低くはない。逆に返り討ちにせんとシュダは剣を構える。だがいつまでたってもそれはやってこなかった。シュダの唯一の間違い。それは相手にとっての勝利条件が最初から自分とは異なっていたと気づくのが遅すぎたこと。
「……そういうことか」
シュダはまるで吐き捨てるように呟く。霧が晴れた後の街。そこには誰もいなかった。アキはもちろん、それを見ていたゲンマとカトレアまで。アキの目的が最初から二人を連れてこの場を離脱することだったとようやく気づいたシュダはそのまま剣をしまいながらも不機嫌な姿を見せたまま。せっかくの戦いに水を差されてしまったかのよう。そんな中
「シュダ様! こちらにいらっしゃいましたか!」
「何だ……オレは今機嫌が悪い。つまらんことなら承知せんぞ」
船で待機しているはずの兵士の一人が慌てた様子でシュダに向かって走り寄ってくる。どこか切羽詰まった表情をみせながら。シュダの纏っている危険な空気を感じ取りながらも兵士は恐る恐る報告を上げる。
「そ、それが……今、海岸にレイヴマスター、シバと思われる男が現れまして……」
「何? シバだと……?」
「は、はい……捕えようとしているのですが思ったよりも手強く……」
兵士は恐怖によって震えながらも現状を伝える。レイヴマスターとはいえ老人。しかもどうやら深手を負っているらしい。にもかかわらずそれに苦戦している報告を上げなければならない兵士は気が気ではなかった。だが
「シュダ様……?」
「………そうか。使えん奴らだ。すぐに戻ると伝えろ」
「……は、は!っ ご案内いたします!」
シュダは何か考え事をするような、引っかかりを覚えるような表情を見せながらもすぐに戦士としての顔に戻りながら海岸へと向かって行く。
先程まで自分と戦っていた相手。
それが何者だったのか。
そんな疑問を抱きながら―――――