「あーん、もォ最高!」
歓喜の声を上げながらエリーは慌ただしく辺りを見渡していく。そこにはまばゆいばかりの煌びやかな建物がこれでもかと建ち並んでいた。人が溢れ活気に満ちあふれまるでお祭り騒ぎ。そんな人々の様子を見ることによってエリーの目には輝きが満ちている。今にも飛び出して行きかねない程。
なぜならここはカジノ街。この辺り一帯が全ての店がそれに関連するものだった。そしてエリーは大のカジノ、いやギャンブル好き。そんなエリーが目の前の光景を前にしてじっとなどしていられるはずもなかった。
「あんまりはしゃぎすぎるなよ。追い出されるぞ」
「大丈夫、大丈夫! 分かってるもん。それよりほんとにいいの? ここで遊んじゃって?」
「ああ。しばらくはこの街に滞在するし、ここんところじっとしてたからな。息抜きみたいなもんだ」
「ほんと!? やったあ!」
どこか呆れかえっているアキの姿などお構いなしにエリーは興奮が抑えきれず子供のようにはしゃいでいる。だがそれは無理のないこと。基本的にエリーはジークによって狙われているためアジトに留守番することが多い。出かけることができてもアキが一緒のためどうしても好き勝手はできない。不満はあるものの養ってもらっていること、一応護衛をしてもらっていること(もっともエリーはあまり実感はしていないのだが)もあって我慢していたのだがやはり羽を伸ばしたいのが本音。元々エリーは自由奔放な性格であり今までアキの言うことを聞いていたことの方が珍しいと言えるほどだった。
「でも急にどうしたの? この街に何か用事でもあるの?」
「い、いや……ちょっとこの近くの街に用事があってな。ちょうどその近くにこのカジノ街があったから寄ってみただけだ」
「そうなんだ。じゃあアキはカジノしないの?」
「ああ。これからちょっと出かけてくる。何かあったら連絡してくれ」
「そっかー残念……でもしょうがないか。アキ、ギャンブル弱いもんね」
「ほっとけ……」
エリーのからかうような言葉にアキは溜息を吐くしかない。それは以前エリーと共にカジノに行った時の出来事のせい。エリーの馬鹿勝ちを見ているうちに自分にもできるのではないかと勘違いしたアキはカジノで大負けをかましてしまったのだった。しかも変に負けず嫌いなのが災いし負け分を取り返そうとして負けを繰り返し結局持ち金全てをなくすことになった。アキはそれ以来賭けごとの類は行わないと固く心に誓っているのだった。
「じゃあママさんも連れてってあげて! 最近アキが構ってくれないって気にしてたよ」
「……分かった。夜には戻って来るから変なことして捕まるんじゃねえぞ」
「了解です、隊長! ではエリーは軍資金を調達してきます! 行っくぞー!」
おー! という掛け声と共にエリーはそのまま店へと突撃していく。十七歳の女の子が嬉々としてカジノへと入店していく光景に突っ込みたいところではあるがもはや気にするだけ無駄だとアキは悟りきっていた。相手はあのエリーなのだから。
どうも。アキです。ダークブリングマスターです。何とか元気にやってます。何故かいきなりキングと接触してしまうという洒落にならないイベントがありましたが何とかなりました。あの後何か起こるんじゃないかと冷や冷やしていたが変な動きはDCは起こしていない。どうやら俺が金髪の悪魔、ルシアであることはバレなくてすんだらしい。うん……バレてないよね? バレてたら何か動きがあるはずだし大丈夫だろう。そう思わないとやっていけないですけどね、色々と……あの後レイナに文句の一つでも言ってやろうと思ったら既にいなくなっていました。流石と言うべきか何とか言うかあの女には絶対勝てないような気がする。
ごほんっ! ともかく今はこれからのことを考えなければ! これからのこと。すなわち原作の開始をサポートすることを! サポートとは言ったものの本当は俺の不始末の尻拭いみたいなもん。今見送った少女、原作ヒロインのエリーをハルに引き合わせるという役目を果たさなければならん。どんなにこの時を待ちわびたか……色々な意味でストレスで胃に穴が空きそうだった日々もようやく報われる……っといかんいかん! 油断は禁物だ! 何かいつも油断した瞬間に予想の斜め上の展開になるような気がする! それだけは絶対に御免だ! まあ原作通りと言ってももはや取り返しがつかないレベルで色々やっちゃった感があるが。特にエリーの髪型とか。もうほとんどリーシャだよね、あれ。中身はエリーだけど。いくら言っても髪は切ってくれなかったし仕方ない。
ま、まあそれは置いておいて俺は今、ソング大陸南部の街、ヒップホップタウンにいます。理由は単純。ここが原作でハルとエリーが初めて出会った場所だったから。修正を図るならやはりここがベストだろう。ここはガラージュ島から一番近い街だから間違いなくハルはここを訪れる。得た情報によればシュダは既にシバの排除に動きだしたらしいのでもうすぐ原作が始まる。後はハルが来たのを見計らってエリーを置き去りにすれば万事解決。全てをハルに託すことができるわけだ! この街は実はDCが管理する街であり街から出るには大金を払わなければならない。エリーには悪いが置き去りにする際にはお金を没収させてもらうことになるだろう。決してエリーの世話がめんどくさくなったわけではない! これも全てはマザーを、エンドレスを倒すため! うん、そのはずなのだが最近手段が目的に置き換わってるような変な感覚があるのだが……まあいいか。あ、あともちろんこの場でハルと会う気はない。ここで会っちまったら面倒なことになるし、どっちにしろエリーと出会えば俺の話は出るだろうから問題なし。理想としては原作通り第一部の後、シンフォニアで再会といった流れにしたい。そこで俺をDBマスターだと、敵だと認識してもらうという寸法だ。
あれ……? それでいいんだよな? だってそうしないと話が進まないし、俺、じゃなかったルシアっていうライバルがいないとハル達も成長しないし。うん、間違ってないんだが何だろう……改めて考えると色々問題があるような……まあ細かい差異はノリで、アドリブでなんとかするしかない! 深く考えすぎるとドツボにはまりかねん……
先行きが不透明な自らの将来に頭を抱えながらもアキはとぼとぼとそのままある場所へと辿り着く。それは鉄道。RAVEの世界でも鉄道は主要な移動手段の一つ。それを使いアキはある街へと向かおうとしていた。それ街の名はパンクストリート。世界最大の武器市。伝説の鍛冶屋であるムジカがいる街だった。
とにかくパンクストリートに一つ、アジトを作っとかねえとな……待機する場所がないのはきつすぎるし。それにあの街、パンクストリートでの出来事はハルにとって重要な意味を持つ。
一つは壊れてしまったTCMを直すこと。それができなければ話にならない。
そしてもう一つが仲間になる銀術師ムジカと出会うこと。
この二つの重要なイベントが終わるまではハルを見守る必要がある。何かやることはストーカー以外の何物でもないのだが構わない! これだけは譲れない! ここを通過すれば多少差異があったとしてもハル達だけで何とかできるだろう。いくら何でもずっと隠れながらハル達に付いて行くわけにもおかないしそんなことしてたらマザーにバレちまう。いくらあいつが馬鹿だと言っても無理があるだろう。師匠やイリュージョンたちは特に文句を言わずに俺に力を貸してくれることになった。どうやら俺に何か事情があると悟ってくれたらしい。やはり持つべきものはいいDBだな。その母親が一番聞き分けが悪いとか何の冗談だっつーの……
アキはおおよそのこれからの予定を整理しながらもある不安要素に頭を悩ませていた。それはマザーと出会ってからずっと気にしながらも結局解決できていない切実な問題。
アキはほとんど実戦経験がない。ある意味致命的な、そして早急に何とかしなければならない課題だった。
うーん……やっぱやばいよな。まだまともに一度も戦闘したことないのはやはり不味すぎる。全く経験がないわけではないが相手はザコばかりだったし……かといって戦うような相手もいなかったし。ジークは例外だ。っていうかこっちは逃げてるだけだったから戦闘ですらない。今はまだいいが表舞台に立つまでにはある程度戦えるようにならんといかん……そう言えばパンクストリートには獣剣のランスってのがいたっけ? あいつくらいなら初めての実戦にちょうどいいかも……い、いやそんなことしたらハルの実戦の機会を奪っちまうことになるし……はあ、どうしたもんか……
アキは頭を痛めるしかない。だがアキは経験を積んでいないわけではない。むしろ経験と言う意味ではこれ以上ないくらい仕込まれている。マザーの鬼畜ともいえる修行とイリュージョンによるイメージトレーニングによって。剣聖シバと蒼天四戦士を相手にするという無謀にも程がある無茶ぶりによって。それに慣れてしまっているのはルシアの身体が為せる技なのかアキの適性によるものなのかはともかくそういった意味ではアキに問題はない。だが実際に戦うとなると話は違ってくる。
本物の人間を前にして実際に痛みを感じながら命のやり取りをする。
ある意味で非日常の、ファンタジーの世界に足を踏み入れるなら避けては通れない問題。だがそれをずっとアキは後回しにしてきた。それはマザーが過保護なせいもあったがやはりそれ以上にアキ自身の問題。己の命を賭けて、己の手で戦うこと。それを忌避してきたため。心のどこかでまだこの世界が架空であるという意識がある証拠でもあった。
はあ……まあ悩んでてもしょうがない。今はとにかく目の前のことに集中しなくては。じゃあさっそく列車に……っといかんいかん忘れてた。一応マザーの奴も連れてってやるか。エリーにも言われたし、この辺でご機嫌をとっとくのも悪くない。キングの一件から不機嫌になって放置しっぱなしだったし。
アキはそのまま自らに手にワープロードを持ちその力を振るう。瞬間、見えない力と共にアキの先程まで何もなかったはずの手に突然マザーが現れる。それが瞬間移動のDBであるワープロードの能力。物体や任意の相手ならば呼び出すこともできるまさに反則に近い力。いわばどこぞの四次元ポケットのごとく運用できるDBでもあった。
流石はワープロード。汎用性が半端ない。イリュージョンとこいつはマジで地味だが使い方によっては反則並みのチートだな。もっともそれ以上のチートがDBには溢れてるあたり洒落にならんのだが……まあそれはともかく。
おい、マザーこれからちょっとでかけるけどお前も行くか? は? いきなり呼び出すな? こっちも色々と心の準備がいる? なにふざけたことぬかしてんだっ!? お前DBの頂点に君臨するシンクレアだろうがっ!? 情けないセリフ吐いてんじゃねえよっ!? え? 俺に言われたくない? や、やかましいわ!? それとこれとは関係ないだろっ! お前の方こそマスターの言うこともっと素直に聞いたらどうなんだ!? そんな気色の悪い声出しやがって似合ってねえんだよ! あ、痛てててっ!? だから頭痛を起こすのやめろって!? それやられるとマジでしゃれにならんのだっつーの! え? 汚染してるんだから当然だって……? お、お前そんなこといつもやってたのか!? じゃあ頭が痛くなってたのってそのせいかよっ!? 言ってなかったかって? んなもん聞いたこともねえわ!? どういうことだ説明しろやこらああああっ!?
脳内でマザーと言い争いをしながらもアキは列車に乗り込み目的地であるパンクストリートに向かって行く。これからの準備のために。アキとしてはそれ以上の意味はない一種の観光気分のもの。だがそれは一瞬で終わりを告げることになる。
初めての実戦。それが目の前にまで迫っていることなどアキはまだ知る由もなかった――――
アキが乗り込んだ列車の遥か後方。その天井に潜んでいる怪しい三つの人影があった。全身黒いタイツのようなものを身に纏ったヘンタイとしか思えないような異常な格好。しかもその全てがオッサンだった。街を歩いていればいかにRAVEの世界とはいえ捕まってしまうこと間違いなしの三人組。
「よし。どうやら上手く乗り込めたみたいだな」
「バッチリでござんす」
「でもアニキ、何でオレたちこんなところに隠れてるんスか? 盗みをするのはパンクストリートのはずじゃあ……」
「甘いぞ、子分B! 悪たるもの無賃乗車など当たり前だ! 分かったら列車を降りた後、腕立て伏せ十九回だ!」
「な、なんでそんなに中途半端何でござんすか?」
三人の中のリーダーと思われる男のよくわからない言葉に困惑しながらも子分の二人は従うしかない。どっからどうみてもお笑い芸人としか思えないような有様の三人組だがそれでも彼らは本物の犯罪者。強盗団。もっともまともに盗みを成功させたことのない間抜けな集団ではあったのだが。
「とにかく、今回の仕事を成功させればオレ達は真の悪になれる。もはやあのDCですらオレ達に恐れをなすだろう……」
「ほ、ほんとでござんすか!?」
「当たり前だ。今回の獲物は一億Eを超える代物だ!」
「い、一億ッスか!? さ、流石兄貴……悪のスケールのでかさが半端ないっス!」
「い、一体それはどんな代物なんでござんすか!?」
「フフフ……何でも『氷漬けの美女』と呼ばれるものらしい。オレたちが盗むのに相応しい逸品だ! いくぞ子分ども! 今こそオレたち大強盗ケツプリ団の名を知らしめる時だ!」
ケツプリ団のリーダーはノリノリで子分達と共に高笑いをあげつづける。もうすでに頭の中は盗みが成功したと思い込んでいるばかりの馬鹿騒ぎ。故に彼らは気づかなかった。いや、もし冷静であったとしても気付けなかっただろう。
自分達が手を出そうとしている物が文字通り世界に絶望を振りまく存在であることに。
今、ダークブリングマスターの絶望が始まろうとしていた―――――