ソング大陸最大の都エクスペリメント。かつてドリュー幽撃団によって大きな損害を受けた傷痕は残ってはいない。行きかう人々の数も、溢れる店の数も以前よりも増したのではないかと思えるような賑わい。一年という月日が為せる技。そんなエクスペリメントの高層ビル街の一つ。最上階の一室に一人の少年の姿があった。
「…………はあ」
一際大きな溜息の後、少年はやれやれといわんばかりの勢いで椅子へと腰を下ろす。見るからに高級そうな椅子にデスク。いわゆる社長椅子に座りながらも威厳も何もあったものではない。ようやく一つ、大きな仕事を終わらせた解放感と未だに残っている問題に頭を悩ませている。そんなある意味いつも通りの有様。
それが元DC最高司令官、アキの今の姿だった。
『まったく……久しぶりに人間界に戻ってきたかと思えば情けない。もっと威厳を見せてはどうだ?』
『うるせえよ……誰もいねえのに威厳を見せても意味がねえだろ。ここで威厳を見せるような相手がいねえことはてめえだって知ってんだろうが』
『ふむ、そういえばそうであったな。つまらん。いつかの右往左往する主の姿がもう見られんと思うと退屈で仕方がないのう……』
アキはそんなある意味いつも通りの自らの胸元にいる相棒、マザーの言葉にげんなりするしかない。もっとも直接声を上げることなくアキもマザーも会話を行っている。一年前、マザーは生まれ変わった際にアキ以外の人間でも聞こえる声で話すことが可能になった。だがそれでも勝手に会話していれば傍目から見れば怪しいことこの上ないため普段は以前と同じように会話を行うのが常となっている。恐らく自分の話を信じてもらえなかったエリーの仕業だろうというのが二人の共通する認識なのだが真偽はまだ定かではなかった。そんな中
「失礼します、アキ様。お時間宜しいでしょうか」
ノックと共に聞き慣れた男性の声が部屋に響き渡る。聞く者を現実に引き戻し、姿勢を整えさせるような冷静さを感じさせる声色。流石にこのだらけきった姿を見せるのはまずいと座り直しながらもアキはそのまま入室を許可する。
「お久しぶりです、アキ様。魔界からお戻りになっていたのですね」
元六祈将軍であり、DC参謀である男、ディープスノー。一年前と変わらない冷静沈着さと雰囲気を纏ったアキにとっては右腕と言ってもいい存在。
「ああ……今戻ったところだ。よく俺が戻ってくることが分かったな」
「はい、レディから連絡があったもので。お元気そうでなによりです。以前お会いした時は随分お疲れのようでしたから……」
「そ、そういやそうだったか……大体半年ぶりくらいか……」
ディープスノーの言葉を聞きながらアキはどこか乾いた笑みを浮かべるしかない。今も充分疲れているのだが当時の自分はそれとは比べ物にならないザマだったのだと。そう考えれば少しはマシになったのかと自分を褒めてもいいのかもしれない。
「ふん、そのぐらいにしておけ。あまり甘やかすとすぐに調子に乗るからの」
「マザー様、すいません、挨拶が遅れました。御帰還お疲れ様です」
「うむ、お主も変わらぬようだの」
「だからこいつに様づけなんて必要ねえって言ってんだろうが、ディープスノー。石ころに様付けなんて悪い冗談みたいなもんだ」
「いえ、マザー様はアキ様のパートナー。呼び捨てなどできません。同じようにアキ様を呼び捨てにすることも」
「おや、どうやら先に釘を刺されてしまったようだぞ。一本取られてしまったな、我が主様よ?」
くくく、といつものように邪悪な笑みを浮かべながらマザーは上機嫌にアキをからかい続ける。自分を様付けしてくれる唯一と言ってもいいディープスノーを前にしてテンションが上がってしまっているかのように。同時にアキはディープスノーに先手を打たれてしまい黙りこむしかない。マザーだけではなく、自分の様付けもやめさせたいと常々思っているのだがどうやらルシアではなくなった今もディープスノーの忠誠は変わらぬものであるらしいことに喜ぶべきか悲しむべきか。
「しかしこれではどっちが最高司令官か分かったものではないな。ディープスノー、この際お主がDC最高司令官になってはどうだ? その方がもっと上手くいくような気がするぞ」
「うるせえよ……その話は散々したじゃねえか。それと今はデーモンカードじゃねえ。デーモン『ガード』だ。間違えんじゃねえよ」
「むう……ややこしいの。もっと分かりやすく違う名前にすればよかろうに……」
人間の考えることは分からないと言った風にマザーはふてくされてしまうがこればかりはアキも譲るわけにいかない事実。今の自分もディープスノーもDCではない。DG、デーモンガードという新しい、本来あるべき姿に戻った組織の一員なのだから。
『デーモンガード』
通称DG。それが今、アキ達が運営している組織の名称。かつてのDBを利用した世界征服を目的とした悪の組織ではなく、悪の組織や、暴力行為を取り締まる民間組織。その最高司令官がアキであり、副指令がディープスノー。この一年でようやく軌道に乗り、支部も増やしている組織だった。
「確かに名前が似ているのは仕方ありません。元々DCはデーモンガードという名称を間違えてデーモンカードとしてしまったのが始まりですから……」
マザーに対して宥めるようにディープスノーは言葉を続ける。DGは十年以上前、先代キングとハルの父であるゲイルが作り上げた組織であり、本来は人を襲う悪魔、亜人を対峙する傭兵のような仕事を請け負うものだった。ガードからカードに呼び名が変わったのはゲイルが看板を作る際につづりを間違えたからという間抜けな理由。もっともゲイルが抜けてからDCは変わり、悪の組織へと堕ちて行ってしまったのだがもはやそれも過去の話。
もう一度DCを元の形に戻すこと。それがアキがDC最高司令官になってから計画していたもの。自分が消えたとしても問題がないようにディープスノーにはかつて二人にきりになった時に後を任せていたのだが、色々ありこうしてアキもまたDGに参加することができたのだった。
「悪いな、ディープスノー。ほとんどお前に任せきりになっちまって……」
「いいえ、お気になさらずに。これはかつてのキングの夢でもあります。今度は私がそれを受け継ぐだけ。そのためにもアキ様のお力もお借りしているのですから」
「まったく……本当に主には過ぎた部下であるな。仕える相手を間違えているのではないか、ディープスノー?」
「て、てめえ……」
マザーのある意味当然の主張に怒りをあらわにしながらもアキはあきらめるしかない。その言葉通りこの半年はほとんどディープスノーに組織の設立も運営も任せきり。何もしていないわけではないが最高司令官は間違いなくディープスノーの方。もっともアキもそう提案したのだがディープスノーは頑として受け入れず、妥協点として副指令に落ち着いている。
「ま、今までは迷惑かけたからな……これからはこっちに集中するさ。現場は俺、事務はお前。それでいいな?」
「はい。宜しくお願いします、アキ様」
「うむ、確かに頭脳労働より肉体労働の方がお主向きであることは嫌というほど見せてもらったからの……正しい判断じゃ。少しは成長したということかの?」
あえてマザーの言葉を無視しながらもアキは考える。一年前の九月九日。時が交わる日。レイヴとDBによる石の戦争が終結した日。あの日を境に世界から全てのDBは消滅した。
だがそれで争いや犯罪が消えてなくなるわけではない。DBは違う兵器や魔法に姿を変え、悪の組織は違う力を手にしながら活動している。ならばそれを取り締まる、抑止する組織が必要となる。それがDG。DCを母体とした組織。かつてDCに属していた構成員のほとんどは解体と共に逮捕されたが、アキに忠誠を誓っていた一部の構成員はそのままDGへと参加。今は少しずつではあるがDCではなく、DGの名が世界に広まりつつある。
かつてのキングとゲイルの夢を実現させること。それに加えアキ自らの罪滅ぼし、贖罪もそこにはある。状況に流されたとはいえDBを世界に流したこと、DC最高司令官となっていながら全ての構成員の動きを止めることができなかったこと。ダークブリングマスターとして世界を危機に陥らせたこと。挙げればきりがない程の罪。それを償うために少しでも動くことがアキの責任。許されることがないとしても、意味がないかもしれないとしてもアキが決めた生きる道。
もっともそれ以外にも隠居したところで面倒事に巻き込まれるのは目に見えているから、という身も蓋もない理由もあるのだがあえてアキは口に出すことはない。
「アキ様、今日はジェロ様はいらっしゃらないのですか?」
そんな珍しく真面目な考えを吹き飛ばして余りある質問をディープスノーは行ってくる。アキは一瞬、体を強張らせるも溜息を吐くしかない。
「ああ……あいつはしばらく魔界で留守番だ。溜まってた王務もあるしな。いつまでもぶらぶらさせるほど魔界には余裕はねえ」
やれやれといった風にアキは魔界の現状をディープスノーに明かしていく。
エンドレスが消滅したあの日。アキはダークブリングマスターではなくなったものの、新たに本格的にある職業に就かざるを得なくなった。
『大魔王』という悪夢のような職業に。
これまでは肩書だけのお飾りと言ってもいい扱いだったのだが流石にそうも言えない事態がアキに襲いかかる。四天魔王の一人、アスラがいなくなってしまったこと。四天が一つ欠けてしまうという魔界における一大事が起こってしまったのである。
その穴を埋めるべく大魔王であるアキとメギドは奔走することになった。アスラが統治していた領地の扱い。その公務。引き継ぎ。挙げればきりがないほどの激務。そこでようやくアキは身を以って知る。魔王がいかにブラックな職場であったのかを。半年に一度しかDGに顔を見せることができないほどの忙しさ。本当に魔界はメギド一人でもっていたのだという事実を裏付けるもの。
しかも残る二人の魔王、ウタとジェロもまともに王としての職務を果たそうとしない。ウタはこれまで以上に修行に没頭し、ジェロは常に自分に付き纏ってくる始末。そんな状況が二カ月以上続いたある日。事件は起きた。
後に『怒りの日』と呼ばれる事件。
これまで本気で怒ることがなかったアキが初めて本気で四天魔王(ウタとジェロのみ)に制裁を加えた日。羅刹のごとくウタをボコボコにし、ジェロが本気で落ち込む程の絶望を与えた大魔王の怒りの日。それによってジェロはそのまま魔王としての職務を強制(元々やるべきことをメギドに押しつけていたので自業自得)、ウタに関しては条件をつけることで王としての役目を果たさせるというメギドですらできなかった偉業をアキは成し遂げる。その姿は人間であるアキが大魔王になることを反対していた勢力を一夜にして味方につけるほどのカリスマがあったという。
その甲斐もあり、一年でどうにか魔界は軌道に乗り、それまでと変わらぬ安定を取り戻したのだった。
「それは……本当にお疲れ様でした。ならもう少しお休みになられては……?」
「いや……まだ油断ならねえ。いつ好き勝手しだすか分からねえからな……もう少しは様子見だ」
「そうですか……」
アキの瞳に以前は見られなかった確かな狂気を見ながらもディープスノーはただねぎらいの言葉をかけることしかできない。魔界と人間界の安定という二足の草鞋を履きながらも両立させているアキにはやはり王の資格があるのだろうと。アキ本人としてはこれぽっちも嬉しくない事実だった。
「それよりもいつまでもここで油を売っておっていいのか? 約束の時間までそう残っておらんぞ?」
「そうだな……じゃあ、ディープスノー。ちょっと出かけてくる。明日からは宜しくな」
先程までの愚痴も何のその。嵐のような騒がしさと共にアキとマザーは部屋を後にしていく。ディープスノーはそんな二人の後姿を見ながらどこに行くのか尋ねようとするもすぐに悟る。
「そうでしたね……今日は」
九月九日。最後の戦いから一年目。そしてアキ達にとっては忘れてはいけない、約束の日だった――――
『ふう……何とか間に合ったな……』
『そのようじゃな……しかしやはりここは賑やかじゃの。以前よりも大きくなったのではないか?』
『確かに……』
アキは息を整えながら目の前にいる一際煌びやかで巨大な施設に目を奪われる。ここエクスペリメントでも最大の規模を誇るカジノ。一年前から創業し、今はこのカジノ街の顔にまで至った店。アキ達にとっては何度か訪れたことのある馴染みの場所であり、待ち合わせ場所だった。
「いらっしゃ……て、誰かと思えばアキじゃない! 久しぶりね、遊びに来たの?」
入店するや否や、圧倒されるような声とともにバニーガールの姿をした美女がアキを出迎えてくれる。プロポーションや容姿は文句なしに似合っているのだがいかんせん纏っているオーラは接客業とは思えない慣れ慣れしさ。
「んなわけねえだろ……お前も相変わらずみてえだな、ジュリア」
竜人ジュリア。レットの恋人であり、今はこのカジノでバイトをしているかつてのハル達の仲間。今はアキにとっても友人であるジュリアはどこかからかうような笑みを見せながら騒いでいるだけ。
「分かってるわよ。ここからあんたのDB……じゃなかったMBで星跡の地まで行く予定でしょ。まだ他の連中は来てないけど」
「そうか……ならこんなに焦ることもなかったか……」
「ふん、遅れるよりはマシじゃろう」
「あら、そういえばマザーも久しぶりね。相変わらずアキを振り回してるわけ?」
「逆だ。我がこやつに振り回されておるのよ。全く、面倒な相手を持つとお互い苦労するの」
「そうよね。全く、あの甲斐性なしは何をやってるのかしら。遅れたらただじゃおかないわよ」
パキパキと指の骨を鳴らしているジュリアの姿に心当たりがあるアキは沈黙を貫き通すしかない。そんなアキの内心を知っているマザーもまた黙っているだけ。そんな中
「やっぱりアキポヨ! また遊びに来てくれたポヨか?」
「お久しぶりです、みなさん。マッパーグリフォン加藤。お先に待たせていただいていました」
アキの姿に気づいたルビーとグリフも慌てた様子で駆け寄ってくる。ルビーはこの一年で自らの力でカジノを経営、成功を収め、グリフについては未開の地であったイーマ大陸のマッピングを完成させ、ちょっとした有名人となっていた。
「元気そうだな。ま、心配はしてなかったが」
「当たり前ポヨ。それよりもアキの方は大丈夫ポヨか? 前来た時は凄い顔をしてたポヨ」
「そ、それは……」
「あの時は凄かったわね。いいカモ……じゃなかったお客だったわ。今日もお金を落として行ってくれるのかしら?」
「……ふざけんな。もう二度とギャンブルはしねえ」
「くくく……あの時のお主の負けっぷりはそれはもう見物だったからの。DGを経営破たんに追い込むような真似をせぬように気をつけるのだな」
「てめえ……! 元はと言えばてめえが大負けするからあんなことになったんじゃねえか!?」
「我のせいにする気か!? あれはお主の運が悪いのが原因であろう!?」
「どっちもいいお客さんポヨ!」
互いに責任をなすりつけ合うも周りは止めることなく眺めているだけ。どっちもどっちであることを知っているからこそ。ようするに主従揃ってギャンブル運は最悪だということだけ。
「ふむ。どうやら少し遅くなってしまったようじゃの」
騒がしいアキ達の姿をどこか懐かしげに見つめながら新たな訪問者が現れる。肩に荷物を担いだ、修行僧を思わせる雰囲気を纏った男。
「レットか、久しぶりだな」
「うむ、お主も変わりないようじゃのアキ。それにマザー」
互いに視線を合わせながら短い言葉でアキとレットは再会を喜び合う。どこか男同士でしか分かり会えない空気がそこにはある。事実、アキにとってレットはハルの仲間達の中ではもっとも早く和解することができた人物であり、交流も多い存在だった。
「ジュリア、そのくらいにせんか。あまり騒ぎ過ぎるとルビーに雇ってもらえなくなるかもしれんぞ」
「そんな心配はないわ。あたし目当てに来るお客さんも多いんだから。ね、ルビー?」
「それよりもお店をめちゃくちゃにするのを止めてほしいポヨ。今度やったら減給ポヨ」
「あれはあのセクハラ野郎が触ってきたからよ! あたしは悪くないって何度も言ったでしょ!」
オーナーであるルビーの言葉に慌てながら弁明するジュリアだが全く悪びれる様子がないのは変わらない。ある意味いつも通りの光景にレットは安堵のため息を吐きながらアキと視線を合わせる。そこには言葉にはできないシンパシーがあった。
「それはともかく……アキ、ウタから伝言を預かっておる。『約束を忘れないように』とのことじゃ」
「…………そうか。分かったって伝えといてくれ。後ちゃんとそっちも約束を守るようにってな……」
伝言を聞いた瞬間、体を強張らせながらアキはぽつりと漏らすだけ。まるで死刑宣告が届いた囚人のような儚さがそこにはある。
「ふむ、そういえばもうその時期か。あきらめるがいい、我が主様よ。元々お主がした約束なんじゃからな」
「分かってるっつーの……」
マザーの嬉しそうな声とは対照的にアキはこの世の終わりのような表情を見せるしかない。
『一月に一度、決闘を行うこと』
それがアキがウタと交わした約束であり契約。ウタを魔王として働かせるために結んだアキの苦渋の選択だった。もっともこれでもかなり譲歩したもの。怒りの日に完膚なきまでにボコボコにされた状態でこんな約束を言いだすウタの精神にアキは呆れ果てるものの、魔界の安定のため約束を守り続けているのだった。
「まったく……そんなに面倒なら手を抜けばいいものを、主もまだまだ子供じゃの」
「うるせえよ!? 手を抜いたらその瞬間殺されかねねえんだから仕方ねえだろうが!?」
アキは他人事のようにからかってくるマザーに食ってかかって行くもこれまでの決闘を思い出し血の気が退いていく。間違いなく手加減抜きの真剣勝負。それを前に手を抜くことなどできるわけがない。その瞬間、いつかと同じように死にかねない。その甲斐もあり現在の戦績はアキの全勝。何だかんだで負けず嫌いであること、一応大魔王として配下には負けるわけにはいかないというわずかなプライドによる執念。もっともウタは想いの拳を会得してから急速に成長し続けており、いつ追いつかれるか分からない有様。どこかの戦闘民族のような怪物に日々アキは頭を悩ますことになってしまったのだった。
「だが流石じゃな、アキよ。ワシもまだまだ精進が足らん。もっと腕を上げねば……」
「そうか……でもお前もよく続けれるな。ウタの相手なんて一月に一度でも精一杯だっていうのに……」
「いや、まだワシはウタに本気を出させることができぬ。付き合わせておるのはワシの方じゃろう」
レットのどこか満足気な表情と言葉にアキはドン引きするしかない。レットは一年前から己の腕を上げるために魔界、正確にはウタに稽古という名の修行をつけてもらっている。もっともウタからすれば修行をつけているわけではなく、戦いを楽しんでいるのだが。未だウタには及ばないものの日に日に実力を上げて行くレットにウタはいつか全力で戦える時が来ることを楽しみにしているらしい。アキには理解できないバトルジャンキーとでもいえる男二人。しかしそこにはレットも知らないアキの狙いがあった。
一つがウタの目標を自分からレットに移すこと。レットの実力が上がればアキの負担も減るであろうという狙い。
そしてもう一つが欠けてしまった四天を埋めること。魔界においては強さが全て。レットがその域まで至れば竜王であるレットには充分その資格がある。統治能力については不安もあるがウタよりはマシであろうという見通し。
「働かんかい!!」
「ごふっ!?」
自分が知らぬうちに魔王候補にされているとはつゆ知らず、レットはジュリアから怒りのひざ蹴りを食らい吹っ飛んでいく。働かない、穀潰しであるニートに対する制裁に苦笑いをしている中
「何だ、もうみんな集まってんじゃねえか」
「そうね、もっと集まりが悪いと思ってたのに」
ルビーのカジノで合流する予定の最後の二人が現れる。共に同じ銀術師の称号を持つ男女。ムジカとレイナ。どこか夫婦のような空気を感じさせる二人組は騒いでいる仲間たちの姿にどこか懐かしさを感じた笑みを浮かべている。
「よう、レット。相変わらず尻に敷かれてるみてえだな」
「そっくりそのまま返させてもらうぞ、ムジカよ。どうやらそっちも上手くやっておるようじゃな。風の噂で耳にしたぞ」
「ボクも銀の律動って銀術劇が流行ってるって聞いたポヨ! 今度ここでもやってほしいポヨ!」
「ああ、いつでも呼んでくれ。ここなら客も来るだろうしな」
ムジカは煙草をふかしながら自らのグループの宣伝を始める。
『銀の律動』
かつてムジカをリーダーとしていた盗賊団であり、今はムジカとレイナの二人が取り仕切る演劇団。演劇と言っても人が演じるものではなく、銀術による銀術劇。かつてレイナの父が行っていたものであり、その規模を大きくしたもの。ある意味レイナの夢であり、銀術を芸術の域に昇華したもの。その美しさによって話題となり、現在は新たな銀術師加わり、同時に銀術師を育成しながら世界中を旅しているのだった。
「久しぶりね、アキ。そっちはどう? 相変わらず忙しくしているのかしら?」
「ああ……見ての通りだよ。平常運転だ」
「うむ、久しぶりだな。どうだ、ホワイトキスの様子は? 問題ないか?」
「ええ。以前よりも馴染むぐらいよ。おかげで助かってるわ、マザー♪」
「お前らな……」
自分をそっちのけでおしゃべりを始めてしまうレイナとマザーにアキは辟易とするしかない。主にその内容に。
レイナの腕にある闇の輝き。かつて六星DBであった『ホワイトキス』がその理由だった。
(まさか六星DB達が残るなんてな……まあ、確かにあいつらはマザーの加護を受けてたから当たり前っちゃ当たり前だが……)
アキは思い返す。一年前、エンドレスが消滅したことによって全てのDBは消滅した。残ったのは生まれ変わりMBとなったマザーと自分が持っていたDB達だけ。そうアキは思っていたのだが想像していなかった事態が起こる。
それは六星DBが全て健在であったということ。アキが所持していた、回収していたホワイトキス、ジ・アース、バレッテーゼフレアの三つが壊れていないことでその事実が判明した。マザーの加護はアキが持つDBと六星DBに与えられていたことからその全てがMBに生まれ変わったということ。
同時に六星MBについてはマザーの許可があれば他の人物でも扱えるという出鱈目ぶり。その甲斐(せい)もありめでたくホワイトキスはレイナの元に戻ることになった。レイナに対しては貸しが多かったこと、何よりもマザーが許可してしまった以上仕方がないこと。
同様にシュダにはバレッテーゼフレアがユリウスにはアマ・デトワールが譲られている。ユグドラシルについては今はアキが回収、所持している。元の持ち主であるジェガンが今は平和に暮らしていることも確認済み。ジ・アースについては保留中。後一年、メギドの元でちゃんと働けばベリアルに返してもいいかもしれないとアキは考えている。もっとも問題があるようならすぐ没収する気だが。唯一の例外としてゼロ・ストリームだけは壊れてしまっているので存在しない。しかしそれを前にして
『ん? 何なら生み出してやってもよいぞ。我には新たな魔石を生み出す力は備わっておるからの。欲しい魔石があるならいつでも言うがよい』
よく分からないことをマザーが口走っていたような気がするがアキは聞かなかったことにした。何事もやりすぎは宜しくない。もし無茶をしたせいで新たなエンドレスが生まれでもしたら取り返しがつかない。アキはただ耳に栓をし、これ以上MBを増やすことはしないと心に誓っているのだった。
「ったく……とにかく集まったならさっさと行くぞ。向こうで待ってる奴らもいるんだからな」
このままでは収拾がつかないとばかりにアキは再会を喜び合っている仲間たちを半ば強引に集めて行く。その手にある魔石、ワープロードによって瞬間移動をするために。瞬間、まばゆい光が全てを飲みこんでいく。行き先は唯一つ。
星の記憶。今は星跡の地となっている聖地だった――――
「ほんとに全部記憶の水晶になっちまってるな。星跡の洞窟と同じだな」
「凄いポヨ! 持って帰ってもいいポヨか!?」
「それはやめておいた方が良い気がしますが……」
「確かに……最後の戦いの戦場だったとは思えないわね……」
辺りに広がっている星の輝き、水晶にムジカ達は目を奪われるしかない。完全に星の跡地になってしまっている空間。見渡す限りどこまでも続くような神秘。そこが一年前、世界の命運を賭けた決戦が行われた跡地だった。
「そうね……でも全然実感はわかないわね。私達、誰かさんのせいで全然役に立てなかったからねえ」
「…………」
「よ、よさぬかジュリア。その話はもう終わっておろう」
「分かってるって。ちょっとした冗談よ、ね、アキ?」
ジュリアの何気ない、明らかにからかいを含んだ突っ込みにアキはただ黙りこむしかない。一年前の話ではあるが未だにアキにとっては忘れることができない、ジュリア達に対する負い目のようなもの。もっともジュリアも本気で責めているわけでなく、冗談に近いもの。まさかこの期の及んでへこまされることになるとは思っていなかったアキはそのまま視線を上げると
「どうやら来たようだな……久しぶりだな、みんな」
「皆さん、お久しぶりです!」
「相変わらず賑やかな奴らだ……」
待ちわびていたかのように二人の男と少年がアキ達に向かって近づいてくる。時の番人ジークハルトと爆炎のシュダ。そして時の民であるニーベル。皆、ジークの空間転移によってアキ達とは別に星跡の地にやってきていたのだった。
「そっちも元気そうだな、ジーク。ミルディアンの方はどうだ?」
「何とか上手くやっている。お前が作ったDGにも世話になっているようだな。おかげで時の民達も外の世界を知る機会が増えた」
「ほとんどディープスノーがやってるようなもんだけどな。これからは俺も動くからそっちに行く時は宜しく頼む。シュダ、お前もな」
「……気にするな。オレは好きにさせてもらっているだけだからな」
アキは久しぶりの再会を喜び合いながらジークとシュダ、両者に近況と共に感謝を述べる。
ジークは戦後、一線を退いたミルツに代わりミルディアン最高責任者の任に就いた。これまでの町に閉じこもった、時を止めたままではならないとのジークの考えを実現するため、時の民達は積極的にその世界に交流を計ることになった。その一環がDGとの協力関係。悪の組織や犯罪を取り締まるDGの役目は時の民たちにとっても馴染みやすいもの。その橋渡しとしてシュダをDGは雇い、活動してもらっている。互いに利益となるいわば同盟関係だった。
「お、お久しぶりです……アキさん……」
「あ、ああ……ちょと背が伸びたんじゃねえか?」
「は、はい……おかげ様で……」
どこかビクビクした、怯えた様子でニーベルがアキに向かって挨拶してくるもそんな姿にアキは心を痛めるしかない。正確には罪悪感に押しつぶされる思いだった。
「ほう……どうやらまだ怖がられているようだな。一体どんなことをしたのやら……」
「うるせえよ……言われなくても分かってるっつーの……」
マザーのからかいを受けながらもアキは落ち込むしかない。ニーベルがここまで怯えている理由はたった一つ。最終決戦で見せたアキの姿、もとい黒歴史がその理由。その際の恐怖によって未だニーベルはアキと接する際にはどうしても怯えてしまっている。二―ベルもアキを嫌っているわけではないもののどうすることもできないトラウマのようなものだった。
「でも、後はお二人が来られるのを待つだけですね……」
ニーベルのぽつりと呟いた言葉によって、それまで騒がしかった仲間達は皆、黙りこんでしまう。その脳裏にはここにはいない、二人の仲間の姿がある。
ハルとエリー。
この戦いにおける最大の功労者であり、世界を救った英雄達。だがエリーはその戦いで魔導精霊力を使い果たし、同時に記憶を失った。五十年前と同じように。どんなに仲間達が話しかけても、ハルが接してもそれは蘇ることはなかった。
だがその日の内にハルはそのままエリーを連れて旅立ってしまう。事情が分からないエリーを連れて強引に。まるで初めからそうすることが決まっていたかのように。
それが決戦の前夜にしたハルとエリーの約束。例えエリーが記憶をなくしても、ハルがこれまでの旅した場所を巡ることで思い出させるという約束。それを前にして誰も止めることも、付いて行くこともできない。
アキもまたそれは同じだった。ハルは誰よりも辛かったはず。自分が好きな相手が自分のことを忘れてしまう。それが分かっていながら魔導精霊力を使い、自分とマザーを救ってくれたエリー。アキにできるのはただハル達が約束を守り、一年後の今日、星の跡地に戻ってくるのを待つことだけだった。
その証拠にアキは一年経った今でも一度もガラージュ島には戻ってはいない。故郷に戻るのはハル達と一緒に。ハルが約束してくれた、共にガラージュ島に帰るという約束を守るために。
そして、ついにその時が訪れる。
その場にいる全ての者達はただその二人に目を奪われる。銀髪と金髪。対照的な髪を持つ少年と少女。忘れることはない、忘れることなどできない仲間達。
誰一人言葉を発することはない。ただ皆が息を飲んでいた。一年前のあの日。
最後の戦い終わり、世界を救いながらも報われなかった二人。仲間である自分たちをさん付けで呼んでしまうエリーの姿。それをただ笑いながら誤魔化していたハル。
あの時と同じことが、再び起こるのではないか。一年という月日でもそれができないのであればもうエリーは元には戻らないのではないか。そんな不安。だがそれは
確かに手を繋いでいる二人の姿によって吹き飛ばされる。
あるのは笑顔だけ。いつもと変わらない、太陽のような笑顔を見せながら少女は告げる。
「ただいま、みんな。待たせちゃってごめんね!」
エリーはハルの手を握りながら仲間たちと再会を果たす。五十年前とは違う、自分を待ってくれた仲間たちを安心させるために。
瞬間、歓声とともにエリーは仲間たちによって抱きしめられ、祝福される。
アキはそれを見守りながらもハルと拳を合わせる。言葉はなくともそれだけで十分だった。
それが一年前の続き。ようやく、ハル達の、アキ達の戦いの終わり。そして新たな旅路の始まり。
人生とは旅をすること。
旅をするとは生きるということ。
それは時に辛く困難でもあるけれど仲間がいるから歩き出せる。
いつまでもずっと――――
果てしなく広がる蒼い空と大きな雲。響き渡るカモメの鳴き声。太陽の元に、一人の女性がただ石碑を前に佇んでいる。
ゲイル・グローリーとサクラ・グローリー。
今はこの世にはいない両親の墓石。だがそれを前にしながらも女性、カトレアの表情には悲しみはない。二人がともに自分を、自分たちを見守ってくれているから。同時に背伸びをしながらカトレアは確かな笑みを浮かべる。何故なら今日は、何年も待ち望んだ約束の日なのだから。
「ねーちゃん!!」
島を出て行った時よりも背が伸び、大人らしくなった弟のハルがいつかと変わらないように自分へと駆けよってくる。姉ちゃん姉ちゃんと自分に付き纏っていたあの頃と同じように。だが違うのは口癖が治ったこと。そしてもう一つ。
「あたし、エリー!!」
新たな家族が増えたこと。太陽という言葉が形になったような元気な少女。奇しくもナカジマが口にしていたことが正しかったのだとカトレアは認めるしかない。同時に隅に置けないハルの成長に頬が緩むのが抑えられない。その手には一緒に出て行ったプルーの姿もある。そして
「…………」
もう一人の、待ちわびた家族の姿がある。違うのはあの頃からは想像もできない程に成長しているということ。だがカトレアにはすぐに分かった。分からないわけがない。共にこの島で生活した思い出。だが少年はそのままどこか戸惑うようにカトレア達から距離を置いている。まるでどうしたらいいか分からない、そんな雰囲気。
それに気づいたのか、ハルとエリーはカトレアの後ろに下がりながら少年へと視線を向ける。ハルは島を出る時の約束を果たしたことに満足しながら。エリーはただ待ちわびた瞬間を見逃さないように。
島を出た時から変わらぬ魔石がカトレア達には聞こえない声で囁く。どんなに強くなってもヘタレである自らの主を鼓舞するために。
「おかえりなさい、アキ」
全てを理解したように、カトレアの手がアキへと差し出される。自分が憧れた、大切な家族の手。いつか誓ったこの島に帰ってくるという誓い。いつの間にかあきらめてしまっていた願い。その全てが目の前にある。
「―――――ただいま」
アキはその手を取りながら帰郷する。自分が帰るべき場所へ。
ここにダークブリングマスターの憂鬱は終わりを告げる。
だがアキの物語は終わらない。それは今、新たに始まったばかりなのだから――――