夜でありながら星のような輝き、光の水晶によって照らし出されている星跡の洞窟。かつて星の記憶があった聖地。そこで今、四人の男女が向かい合っていた。
二代目レイヴマスター、ハル・グローリーと魔導精霊力の少女、エリー。様々な偶然、運命によって導かれた二人。その表情は二人とも驚きと共に緊張感に満ちている。
対するはダークブリングマスター、ルシア・レアグローブと四天魔王、絶望のジェロ。ハル達とは対照的に彼らには全く驚きも焦りも見られない。特にジェロにはおよそ人間らしさが感じられない。まるでルシアが初めて会った時を思い出させる無機質のような静けさ。
レイヴとDB。魔導精霊力とエンドレス。対極である二つの力を持つ者達が向かい合うも誰も身動きはおろか声を出すこともなくただ向かい合う。その中心にはルシアがいる。ハル達はもちろんジェロもまたルシアが動きだすのを待っていた。だが
(ち、ちくしょう……! 何でこんなことに……)
当の本人であるルシアは必死に感情を表に出すまいとしながらも今の状況を前にして混乱するしかない。魔界探検ツアーが終わったと思えば次は六祈将軍の人事、極めつけがレイヴマスター一行との対面ツアー。もはやルシアには一瞬たりとも心を落ち着かせる暇は残されてはいない。加えて今はかつてとは根本的に事情が異なる。それは
(っていうかジェロの奴、何勝手に出て行ってんの!? そこは空気を読めよ! い、いや……こいつにそんなこと期待するのは最初から無理か……でももう少しだったっつーのに……)
自らの隣に控えているジェロの存在。ある意味マザー以上にルシアにとっては厄介な爆弾となりえる女王。先程までハルとエリーが良い雰囲気だったというのにハルの告白をぶったぎりながら出て行くとは流石のルシアも予想外。止めようとするも間に合わずまるで出オチのようにハル達の前にルシアも姿を見せるしかなかったのだった。
(と、とにかく今は話を進めるしかねえ……! 何とかこの状況を乗り切ることだけを考えるんだ……!)
ハルに心の中で謝罪しながらもルシアは頭を切り替えながら改めてハル達に向かい合う。シンフォニアでの再会を含めれば二度目の邂逅。だがその意味はルシアにとってはとてつもなく大きい物。ある意味、シンフォニアとは比べ物にならない程の危険がこの場にはある。原作知識というルシアしか持ち得ない、あり得ない情報からルシアだけがその事実を知っていた。それは
(ま、間違いねえ……やっぱりこの下にエンドレスがいやがる……!! マザー達は気づいてねえみたいだが、気づかれたらどうなるか……いや、というかエンドレスが目覚めたらこの辺一帯消し飛んじまうんじゃ……!?)
エンドレスという終わり亡き怪物、全ての争いの根源とも言える存在が今、ルシア達の足元、星跡の下に眠っているのだから。それこそがルシアが戦々恐々としている最大の理由。ルシア個人としてはハル達との再会自体はさほど大きな問題ではない。元々最低でも一度は六祈将軍を率いてハル達と接触する予定だったのだから。加えて原作のルシアからすれば死亡フラグ、敗北フラグの再会でもあるためそこに一抹の不安を感じずにはいられないルシアであったがそこについてはもはやあきらめざるを得ない。ウタとの戦いに比べれば危険度は低いだろう……という見通し。
案としてはここでのハルとの戦いでわざと負けるという選択肢もあったのだが断念せざるを得ない。未だハルは全てのレイヴを手に入れておらず、エリーも記憶が戻っていない現状ではシンクレアを壊すことはできない。恐らく今のハルの実力では自分には及ばないであろうことも明らか。さらにこの場にはジェロもいる。はっきり言えば今のハル達に勝機は一片たりともない。
(何とか理由をつけて見逃すしかねえか……シンクレアを奪ったからって辺りが妥当か……? できればこれ以上シンクレアを手に入れるのは避けたいんだがそうも言ってられねえし……)
背中に嫌な汗をかきながらおおよその見通しをつける。シンクレアをハル達から奪い、まだ倒すには値しないなどの理由をつけて見逃す。敵役の定番、テンプレのような展開だがそれ以外に手はない。しかしその難易度は常軌を逸している。ジェロが勝手をしないように抑えながらハルと戦い、シンクレアを奪い、エンドレスを目覚めさせることなく、ハル達を見逃す。言葉にすれば簡単だが実際に行うのは並大抵のことではない。
(何なんだこれ……? 何で俺、こんな無理ゲーみたいなことばっかさせられてんの? 普通に世界征服するだけなら三分もかからねえっていうのに……)
改めて自分の置かれている理不尽な現状にげんなりするもルシアにはどうすることもできない。原作ルシアのように世界征服、正確には並行世界の消滅だけなら本気になれば三分でできる。残るシンクレアを最短で集めて大破壊を起こせばいいだけなのだから。何故自分の時だけハードモードなのかと愚痴りたい気分。
『いつまで黙りこんでおるつもりだ、アキ? さっさと進めんか。全然面白くないぞ』
『うるせえよ! ちょっと考え事してただけだ!』
『流石ジェロね。大魔王の出鼻をくじくなんて。でもまだジェロはこんなもんじゃないわよ……空気を読むなんてもってのほか、空気を凍らせるのがジェロの真骨頂なんだから!』
『お前……この会話、ジェロにも聞こえてんだぞ……?』
『え?』
『ともかくアキ様、今は目の前のレイヴマスター達に集中なさっては? ジェロもそれを待っているようですし……』
『そ、そうだな……』
いい加減あきたとばかりに胸元にあるシンクレア達が騒ぎ始める。このしゃべる石達の面倒を見ながら、という条件を思い出しながらルシアがようやくハル達に声を掛けようとした瞬間
『ふぅん……騒々しいと思ったらあなた達だったのね。いつからシンクレアは喋るだけの石に成り下がったのかしらぁ?』
そんな聞いたことのない女性の声が洞窟に響き渡る。だがハルとエリーはその声に気づくことはない。それどころか彼らには声すら届いていない。何故ならその正体はエリーが胸から下げている魔石。母なる闇の使者の内の一つ。
『ヴァンパイア』
かつてドリューが持っていた四つ目のシンクレアが今、ルシア達の前に姿を露わしたのだった。
『ほう、誰かと思えばヴァンパイアではないか。あまりにも空気だから気づかなかったぞ』
『へぇ……誰かと思えば無口なマザーじゃない。一体どういう風の吹き回しなのかしら。散々しゃべる意味なんてないって豪語してたのに』
『ふん、昔は昔、今は今じゃ。それよりも相変わらず気色悪い声を出しておるの。性格の悪さが滲み出ているぞ』
『そっくりそのままお返しするわぁ。そういえばアナスタシスも久しぶりねぇ。まともに話せそうなのはあなただけね』
『お久しぶりです、ヴァンパイア。お元気そうでなにより』
ルシアはただそのままヴァンパイアに向かってマザー達が話しかけているのを黙って聞き続けるしかない。同時にようやく思い出す。そう、ヴァンパイアという新たな頭痛の種が増えるであろうことを。だがふとルシアは違和感に気づく。それは三つ目のシンクレアであるバルドル。性格からいっても真っ先に騒ぎそうな彼女が全くしゃべっていないことに。その意味をルシアが尋ねようとするも
『あらぁ……? そういえばまだ挨拶してなかったわねぇ、バルドル? 久しぶり……ではないわ、あの時は随分お世話になったわぁ……』
それよりも早くヴァンパイアの挨拶によって遮られてしまう。もはや挨拶ですらない。事情が分からないルシアをして身体が震えてしまうほどの悪意と恨みがこもった呪詛とでもいうべき言葉。
『ソ、ソウネ……ゲンキソウデアタシモウレシイワ……』
『えぇ……元気だったわぁ。何故か突然担い手を凍らされて、そのままよりによってレイヴマスター達のところに置き去りにされるなんてことがあったけど、この通りよぉ? あなたが来るのを待ちわびてたんだから。で、私が納得する理由があるんでしょうねぇ、バルドル?』
『あ、あはは……あれはちょっとした手違い、不慮の事故なのよ! あたしは嫌だって言ったんだけどジェロがどうしてもって言うから……』
『そう……どっちにしろ肩入れしてたことには変わりないと思うんだけど、そこのところどうなのかしら、ジェロ? 確か四天魔王はシンクレア争奪には関与しない取り決めじゃなかったかしらぁ?』
「…………」
ヴァンパイアの恨み事と呪いの視線を受け、慌てふためいているシンクレアを統べるシンクレアであるはずのバルドルとは対照的にジェロは全く反応することはない。瞬き一つ見せない。間違いなくシンクレア達の声は聞こえているはずにもかかわらず。まるでハルやエリーのように声が本当に聞こえていないかのような振る舞い。
(す、すげえ……完全にスルーしてやがる……一体どういう神経してんだこいつ……)
そのあまりのスルーっぷりにルシアですら呆気にとられるしかない。会話の内容からジェロがドリューを倒した経緯に関するいざこざであり、間違いなく当事者であるにも関わらず完全無視。むしろ清々しさすら覚えてしまうほど。
『ふふ、無駄よヴァンパイア。ジェロには何を言っても通じないわ。スルーされるだけよ。あれだけあなた達が泣き叫んでもドリューを倒すのをやめなかったのを忘れたのかしら。あたしなんてこの半年で何度無視されたか分からないんだから!』
『色々言いたいことがあったんんだけどもういいわぁ……でも泣き叫んでいたのはラストフィジックスだけよ。まったく、耳触りで仕方なかったわぁ……』
『そういえばラストフィジックスはどこに? ハジャという男に奪われたというのは本当なのですか?』
『ハジャ……? ああ、あの汚らしいジジイのことね。そうよ、ラストフィジックスはそのままどこかへ連れて行かれたわぁ。今頃どこかで泣きわめいてるんじゃない? いい気味ね』
心底清々したとばかりのヴァンパイアの言葉にルシアはドン引きするしかない。何故同じシンクレア同士でこんなに仲が悪いのか小一時間問い詰めたいところ。だが同時にラストフィジックスがディープスノー達が報告した通りハジャの手に渡っていたことが確定した形。不測の事態だがルシアとしては命拾いしたようなもの。もしこの場にラストフィジックスがあればエンドレスを含めて全てのシンクレアが集まることになっていたのだから。まさかあのハジャに感謝する日が来るとは思いもしなかったルシアだった。
『ふぅん……それが新しい担い手ってわけね。初めまして、ヴァンパイアよ。宜しくねぇ』
『あ、ああ……ルシア……いや、アキだ。宜しく……』
初めてヴァンパイアから話しかけられ、慌ててルシアは挨拶し返すもどこか居心地の悪さを感じるしかない。それはヴァンパイアの視線。ダークブリングマスターのルシアにはそれが分かる。正確にはまるで獲物を見定める蛇、妖艶な視線がルシアを舐めまわしている。思わず鳥肌がたってしまうほど。
『なるほどねぇ……悪くないわぁ。堕ちれば私好みになるかも……』
『お、堕ちる……? 一体何の話だ……?』
『ヴァンパイア、あなたまだ担い手を陥れる癖、直ってなかったの? あれだけ治しなさいって言ったのに……』
『これは私の趣味よ、口出しされる覚えはないわぁ。ドリューも良かったけど堕ちるところまで落ちちゃったし……でも今度はもっと楽しめそうね』
ヴァンパイアはまるで新しいおもちゃを見つけたかのように興奮を隠し切れていない。担い手を陥れ、堕とすことが彼女の趣味であり悪癖。かつての担い手であるドリューもその策略に嵌まったに過ぎない。人間に幽閉されたドリューをすぐに助けることはせず放置し、絶望と怒りによって闇に染まるまで堪能してから力を与えたのもそのため。人間達を支配した後、本当は人間に憧れていたという事実をドリューに突きつけ、壊すところまで楽しむはずだったのだがジェロの乱入によってそれは失敗に終わってしまったのだった。
『アキ、まともに相手にするでない、不用意に心を許せば妊娠させられるぞ』
『妊娠っ!? どういう例えだよ!?』
『とにかく早くレイヴマスター達を皆殺しにして頂戴。いい加減レイヴと一緒にいるのは吐き気がするわぁ』
『……とりあえずてめえらは黙ってろ。邪魔だからな』
およそこれまでのシンクレアとは違った意味で異質なヴァンパイアにルシアは圧倒されるしかない。人間の負の部分や破壊、虐殺を心の底から愉しみとしている、マザー曰く性根が腐りきっている性格。ようやくその本当の意味を理解する。ある意味最もシンクレアらしいシンクレア。吸血鬼の名を持つに相応しい存在。思う所は色々あるが全てを振り切ってルシアは仕切り直す。
「久しぶりだな、ハル……元気そうで安心したぜ」
一歩ハルに近づきながらルシアは不敵な笑みを見せる。それに合わせるようにハルは背中にあるTCMをいつでも抜けるように構えながらエリーを庇うように前に出る。以前のシンフォニアでの再会の時には見られなかったような警戒具合。だがそれは当然。ルシアの隣に控えているジェロはハル達にとっては忘れることができない程の絶望を与えていった存在。ハルは直接目にしていないもののムジカ達の記憶を星跡で見たためその出鱈目さを知っている。自分が倒されてしまったドリューをこともなげに葬れる存在。そしてそれを従えるルシア。いかにお人好しのハルであっても気を抜くことはできない。
「アキ……どうしてお前がここに……」
「随分な言い草だな、せっかく会いに来たってのに……まあいい。単純な話だ。お前が持っているシンクレアを頂きに来た」
「シンクレア……やっぱりそうか……」
「当然だろ。俺はダークブリングマスターだ。そしてお前はレイヴマスター……そうだろ、ハル? まさかこの期に及んで戦いたくねえなんて戯言口にするんじゃねえだろうな。悪いが力づくでもシンクレアはもらって行くぜ」
「…………」
ルシアはその手にネオ・デカログスを持ちながらハルに向かって突きつける。紛れもない殺気を込めながら。もはや言葉など無用だと言わんばかりの状況を作り出す。それは前回の失敗を生かしたルシアの策。以前は初めての再会、自分を印象付けるため、原作を意識して接触を計ったが今回はその必要はない。ルシアの目的はシンクレアを手に入れるという最低条件をクリアし、この場を離れること。余計な会話や接触は計画が狂わされかねない。特に
「もう、アキ! まだそんなこと言ってるの? 喧嘩しちゃだめだって前も言ったじゃん。それにこのママさんは今はあたしのなんだからダメだよ!」
中途半端にルシアの事情を知り、ある意味ジェロよりも空気が読めないエリーという存在がいるのだから。エリーはジェロがいたことによって身構えていたものの、ルシアが前に出てきたことによっていつもの調子に戻りながら騒ぎ始める。ルシアはまるで自分をまねるかのようにヴァンパイアを胸元にかけているある意味怖いもの知らずなエリーに呆れながらも
「どうやら六祈将軍を倒したらしいな……少しは前よりマシになったか」
ルシアはエリーの言葉を完全に無視しながらハルへと話しかける。それが今回のルシアの作戦。エリーを完全に無視すること。奇しくも先程ジェロが見せていたことの焼き回し。完成度で言えばジェロには及ばないもののエリーの奇行をスルーすることが前回の反省から得たルシアの教訓だった。
「ちょ、ちょっとアキ! 無視しないでよ! ママさんも何とか言ってよ!」
『ほう、そう来たか。あのエリーを無視するとは中々思い切ったものだな、我が主様よ』
『なるほど、ジェロの真似ってことね。でもまだ冷たさが足りないわ。もっと虫けらを見るような冷たい視線も忘れちゃだめよ、アキ!』
『あなた達は……少し静かになさってはいかがですか。アキ様がしゃべっている最中ですよ』
『何この茶番? さっさと初めて頂戴』
(こ、こいつら……)
エリー以外にも無視しなければいけない連中がいたことを思い出しながらもルシアはただハルに向かって話しかける。ハルは今までの経験と二対一という状況からか臨戦態勢。
「……エリー、下がってくれ」
「ハル……? もしかして前みたいに戦う気なの? ダメだよ! 相手はアキなんだよ、また前みたいになっちゃたら……」
「……大丈夫。前とは違う。今度こそアキを止めて見せる。もう失敗はしないって決めたんだ」
「…………ハル?」
ルシアが自分の話を全く聞く気がないことに焦り、エリーはハルを止めんとするも叶わない。ルシアとは違い、自分の言葉に反応はしてくれるもののハルはTCMを構える。だがそれ以上にエリーはハルが放っている雰囲気に圧倒されていた。いつものハルでは考えられない程に張り詰めた空気が張り詰めている。ルシアを前にしたことによってその厳しさは増すばかり。六祈将軍との戦いが終わってから見せていた険しい表情。それを彷彿とさせる異質な凄味が今のハルにはある。その意味を理解できないエリーはただいつもと様子が違うハルに戸惑うことしかできない。
(この感じ……やっぱそうか……)
だがルシアだけは今のハルの状態を理解していた。ハルが昂ぶっている本当の理由を。あり得た未来、そしてこれから起こり得るであろう未来を知っていること。何よりも十剣という同じ武器を持つ剣士として。それこそが一度はルシアがハルと戦わなければいけなかった本当の理由。知らずルシアの手に力がこもる。覚悟していた、そして今の自分なら問題ないと言い聞かせていたとはいえいざその時が近いことを知るとざわめかずにはいられない。だが
『ふむ……どうやらレイヴマスターは主とやる気のようじゃの。ならば好都合。ジェロよ、今の内にエリーを確保しろ。余計な邪魔が入る前にな』
『…………は?』
そんな不安すら消し飛ばしてまうような理解できない言葉がマザーによって告げられる。ルシアが想像だにしていなかったエリーの奪還という策が実行されようとしていたのだった。
『な、何を訳が分からんことを言っとるんだ!? 俺達はシンクレアを奪いに来たんだろうが!?』
『おや、そうだったか……まあそんなことはどうでもよい。今回はエリーを手に入れることが最優先。前の時は結局有耶無耶になってしまったからの。今はジェロもおる。ちょうどいい機会ではないか』
『そ、それは……でもてめえはそれでいいのかよ? 前、エリーにキスした時には怒り狂ってたくせにどういう風の吹き回しだ!?』
『ふむ……そんなこともあったか。だがそれはそれだ。心配するでない、エリーも憎からずお主のことを想っておる。無理やり連れて行っても問題あるまい。元々置き去りにしたのはお主だけ。我はどっちでもよかったのだからな』
『そ、それはまあそうだが……他のシンクレア達がどう言うか……』
『あたしは別に構わないわよ。マザーがいいって言うんなら反対する理由もないしね』
『私も構いません……ちょうどその話はしたばかりですし』
『何の話か知らないけど早くして頂戴。いつまでも焦らされるのは趣味じゃないわぁ』
ルシアは何とか話題を逸らせないかと四苦八苦するもその全てが通用しない。あまりエリーの危険性を唱えればエリーを排除する方向に行きかねないためルシアもそれ以上大きく異論を唱えることができない。
(ちくしょう……何でこんな話の流れになってんだ!? そもそもマザーの奴、エリーの奴にこだわりすぎじゃねえか……? 何でそんなに……)
ルシアはある種の違和感を覚えるしかない。確かにマザーはエリーと旧知の仲。世界滅亡コンビを結成していた程。だが魔導精霊力を持ていたためエクスペリメントでは一度エリーを見殺しにしようとしたこともある。その後の取り決めでエリーには手を出さない、現行世界に連れて行く等のやり取りがあったためそれが原因かと勘繰るもやはり説得力は足りない。ジェロという新たな仲間が増えただけで不機嫌になっているのにマザーにとってはある意味天敵にもなりかねないエリーも加えようなどやはりおかしい。ルシアはマザーを問いたださんとするも
「…………」
「ジェロ……?」
それよりも早くジェロがゆっくりとルシアの前に出て行く。まるでエリーに向かっていくかのよう。シンクレアと話すには直接声を出す必要があるジェロは黙ってルシア達の会話を聞いていたものの自らの意思で動き出す。ルシアは慌てて何とか止めんとするもジェロはその場を動こうとはしない。このままでは自らの計画が大幅に狂い、破綻しかねない。だが
「……何か来るわ」
その理由はルシアが考えているものとは別物。ジェロがルシアの前に出たのは単純にルシアを守護するため。先程まで下がっていたのはハルの力ではルシアの害にはなり得ないと判断していたが故。しかし今は違う。魔導士であるジェロにはそれが分かる。凄まじい魔力の奔流が今まさに、ルシア達の前に現れんとしていることを。ルシアのその光景を見たことがあった。
『空間転移』と呼ばれる大魔法。その光がエリーの持つ水晶から放たれるとともに周囲を包み込む。
「…………え?」
エリーは目をこすりながらもただその後ろ姿に目を奪われる。対照的にハルはその姿を見ても動じることはない。まるでこうなることが分かっていたかのよう。ジェロもまたそれは同じ。ハルのように信頼ではなく、魔導士としての直感。ルシアはある意味エリー以上の驚愕を以てその光景に立ち尽くすしかない。
白いコートに青い髪。いつかを彷彿とさせる威風。かつてのシンフォニアの再来。
「すまない……遅くなった。ハル、エリー……」
時の番人ジークハルト。今は超魔導の称号を持つ、世界最強の魔導士。ジェロと同等、それ以上のイレギュラーが星跡の地に集う。
レイヴマスターとダークブリングマスター。人間界の超魔導と魔界の超魔導。対極である二つの頂点を決める決戦が今まさに始まらんとしていた――――