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No.33445の一覧
[0] 【完結】蝉だって転生すれば竜になる(ミンミンゼミ→竜・異世界転生最強モノ)[あぶさん](2014/07/11 00:39)
[1] 第二話 竜は真の慈愛を知る[あぶさん](2014/07/11 00:08)
[2] 第三話 孤独な竜はつがいを求める[あぶさん](2014/07/11 00:09)
[3] 第四話 竜はやがて巣立ちを迎える[あぶさん](2014/07/11 00:17)
[4] 第五話 竜の闘争[あぶさん](2014/07/11 00:22)
[5] 第六話 竜と少女の夏休み[あぶさん](2014/07/11 00:29)
[6] 第七話 蝉の声は世界に響く[あぶさん](2014/07/11 00:35)
[7] 幕間[あぶさん](2014/07/11 00:37)
[8] エピローグ 蝉だって転生すれば竜になる[あぶさん](2014/07/11 00:39)
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[33445] 第七話 蝉の声は世界に響く
Name: あぶさん◆5d9fd2e7 ID:de479454 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/07/11 00:35




「滅ぶのか、ユグドラシルよ」


「はい」


「星が、落ちてくるのか」


「はい」


「あなたがそれを、受け止めるのか」


「はい」


「この星の全ての生き物の代わりに、あなただけが死んでしまうのか?」


「はい」


「いつ、の話だ」


「七日後に」


「どうにか、ならぬのか?」


「ごめんなさい」


「何故だ! 何故貴方なのだ! 何故貴方が犠牲にならねばならぬ!」


「だって私は、その為にこの場所に、この世界に生まれてきたのですから」





第7章  蝉の声は世界に響く



みなさん、見えていますか? 彼が輝きを増し、きらめく様が
星たちの光に囲まれて、登ってゆく姿が見えていますか? (ワーグナー)






ガリッ ガリッ という音とともに、像は少しづつ形を成す。
もはやこの爪の扱いにも慣れたものだ。

木の性質も大分わかってきた。
どこが堅くどこが柔らかいか。どこに注意をせねばならないのか。
そういったコツというものを段々と掴んできた。


あの日からもう3日も経った。


いくら不器用な私とて、毎日毎日トーテムポールを削り続けていれば、それなりに慣れるものである。

順調だ。全てが順調に進んでいる。


一つ問題があるとすれば、モデルである彼女ぐらいか。


「どうした? 笑ってくれぬのか? ハーピーよ、私はそなたの笑っている姿を彫りたいのだ」


無理やり笑おうとしたハーピーは、苦しそうに頬を歪めるばかりで、あの林檎のような愛らしい微笑みは浮かべてくれなかった。


仕方あるまい、ならば記憶の中から笑顔を呼び出すしかないだろう。

私は最高のトーテムポールを作りたいのだから。



「世界樹様はとても悲しんでいらっしゃいます」



制作に励む私の背中に、冷たく、硬い声がぶつけられた。


「おお、ニュージュか。ちょうど良かった。今日にでもハーピーの像が完成するのでな。次はそなたを彫るつもりだったのだ。明日、私のところへ来てくれぬか?」


「世界樹様はとても悲しんでいらっしゃると言っているのです!」


「そうか‥。ならば悲しむことなど何もないと伝えておいてくれ」


ギリッっと、石と石をこすりあわせたような音がした。
愛らしい少女の口から漏れたものとは思えない、歯ぎしりの音だった。



「自分で言えばいいでしょう!! 毎日毎日こんなものを作って!! なぜ! …なぜ、世界樹様に会ってくれないのですか!」


「私は意思の弱い男でな。最後の日まで会わぬと決めたのだ」


あの日以来ユグドラシルには会っていない。

夏の太陽が降り注ぎ、喉がカラカラと鳴いた。

私は水飲み場から、水をぐいと飲んだ。

ユグドラシルは私の背中にある岩山の方角にある。

巨大な岩山は世界樹から私の体をスッポリと覆い隠しているだろう。

ここからではユグドラシルは私の姿を見ることはできないし、私からも彼女の姿を見ることはできない。


「最後の日には、会いに行ってくれるのですか?」


「ああ、約束する」


「…信じても、良いのですか?」


「私は約束は必ず守る」


私はニュージュの目を見て、堂々とそう答えた。

ニュージュはもう一度歯ぎしりした後、ユグドラシルのいる方角へと消えていった。


振り返れば、笑ってくれと頼んでおいた筈のハーピーが声を上げずに泣いていた。


モデルを頼んでおいた筈のニュージュは、次の日、私の元には来てくれなかった。






赤い星の事をユグドラシルから聞いてからはや5日目。


赤い星は竜以外の生き物でも視認できる程に大きくなっていた。

もはや残された時間は少ない。


私の目の前には、ファゾルト、ファフナー、ゲーコ、ラミア、ハーピー、ニュージュの、首だけが並んでいた。


「うむ。大分完成に近づいてきたな。」


縦に積み重なっている皆の頭は笑顔だった。
最近は誰もその笑顔を私には見せてはくれなくなってしまったが。


私の友は、みんな綺麗に笑うのだ。
だから私は大好きな、皆の笑顔を彫ったのだ。


「やはり、彼女も彫らねばなるまいなあ…」


苦手ではあるが彼女も私の友達である。
私は巣のある方角に背を向けて声を上げた。


「ああ、喉が渇いたな。水でも飲むか」


そう言ってから三分後。私は巣穴の前の自分の水飲み場へと向かった。
水飲み場は私の顔ほどの大きさと深さはある。

ゲーコが掘り当ててくれた地下水へと直につながる水飲み場は、大量の水がこんこんと湧いており、炭酸水のように泡立っているせいで底は見えない。

新鮮な天然水がいつでも飲める。素晴らしい水飲み場である。
ザボンと顔でも突っ込んで飲めば、湧きたての地下水の冷たさがきっと喉を潤してくれるであろう。


ところで、リザードマンという種族は息は長いものの、水中で呼吸をすることはできない。

せいぜい水中に潜んでいたとて5分が限界というところか。


暫く待っていると、ぷかりと白い頭が浮かんできた。


「ふむ‥、やはり近くにいたのか。リザードマンの巫女よ」


「ごきげん麗しゅうございます。我が君よ」



・・・・・・・・


・・・・・・・・


私はリザードマンの巫女の顔を彫刻していた。


彼女は手頃な岩に腰掛け、涼やかな笑みを浮かべていた。
モデルが協力的であると仕事も捗る。

ガリガリ、ガリガリと、みるみると形が作られていった。


「…そなたはちゃんと笑ってくれるのだな。」


「我が君が私に笑ってくれとおっしゃってくださる。これ以上の喜びがこの世にあるでしょうか?」


「‥そうか、そなたにとっては私は信仰の対象であったのだな。」


私はニュージュが目を覚ました時の、あの狂信ぶりを思い出した。
命じられれば何でも従う。死ねと言われれば喜んで死ぬ。

信仰するものとされるもの、その関係とは一体どういうものなのだろうか。

友人。とは呼べぬのだろうか?

私は無言でトーテムポールを掘り続けた。


「我が君よ。貴方様が何を考えていらっしゃるのか、卑小な私には計りかねますし、それについてあれこれという権利もございません…」


黙ってモデルをしていた彼女が、不意に口を開いた。


「私は我が君を信じております。貴方様が成すことは全て私にとって正しいのです」


「そうか…」


彼女の言葉の真意はよくわからない。
しかし、盲信や狂信とは違う芯の強さが、そこにはあるような気がした。


「…ですが一つだけ、女として我儘を言わせていただければ…」


微笑みを浮かべたままじっと動かなかったリザードマンの巫女は、突然平伏し、額をべたりと地に押しつけた。


「どうか、どうか、命を投げ出すような事だけはおやめ下さい!」



「どうか、どうか。私は貴方をお慕いしております故。どうか! どうか!」


リザードマンの巫女はそれだけ言うと、再び岩の上に座り微笑みを浮かべた。
額についた土がパラパラと落ちていた。


私は彼女の願いに、無言を貫くことしかできなかった。


仕事だけは、捗った。








6日目。トーテムポールは完成間近である。
その頂上に、最後に彫るべきものは決まっている。



大樹ユグドラシル



私は彼女の姿をトーテムポールの天辺に彫る。

ぐーっと伸びやかに、空へとそそり立つ美しい姿を思い浮かべながら。私は彼女を彫った。


私の憧れと想いと尊敬を、全てぶつけた最後の彫刻は、6日目の夜に完成した。


…しかし、完成はしたものの何かが物足りない。


ふと、遊び心が沸いた。

私はユグドラシルの幹を僅かに削ると、そこに小さな小さな出っ張りを彫った。

足りなかったのは遊び心だったようだ。


大樹に蝉のようにしがみつく竜の姿を彫ることで、トーテムポールは完成した。








七日目の朝。私は夜が開ける前に起きた。


赤い星は月のように大きな輪を纏い、不吉に輝いていた。


最後の日だ。


まずは岩山へと向かった。

ファゾルトとファフナーにどうにかしてくれと頼まれていたあの黒い岩山。

一週間前は僅かに傷をつけることしか叶わなかった、あの岩山。


それに私は、狙いを定めた。

大きく息を吸い込んで、魔力と空気を腹の中で練った。

生まれた音をその中で反響させて何百倍にも大きくする。

それが私の、本来の咆哮。





「ミーーーーーーーーーン!!!!!!!」




私の咆哮は岩山を削り、吹き飛ばした。


ぶくぶくと太っていた私の体は、今はすっかりと元通りになっていた。


当然である。この7日間、何も食べてこなかったのだから。

樹液を寄越せと暴れる胃袋に、たまに水をやるだけで過ごしてきたのだから。

決して樹液の誘惑に負けぬよう。一度も彼女に会わなかったのだから。


「すごい…」


声の方を振り向けばニュージュがいた。

よかった。喧嘩別れのようになってしまっていたから。最後にもう一度会いたかったのだ。


「ニュージュよ、頼みがある」


私は友に、願いを言う。


「ユグドラシルの事を頼む。私などの事でも、彼女はきっと心を痛めてしまうだろうから」


「頼むって、‥まさか…、竜さん…! あなた!」


「ニュージュよ。達者でな」


その言葉を最後に飛び立とうとしたが、待ってくれと呼び止められた。


「貴方は…、生まれたばかりなのでしょう!? 生まれてまだ、3週間しか経っていないのでしょう!? なんで、なんで!?」


ニュージュの言葉は私には意味がわからなかった。




だって




「三週間も生きれば十分じゃないか」









最後に向かうべき場所は決まっている。


私は七日ぶりにそこに降り立った。


ユグドラシルの幹に手を触れると、感情と言葉の奔流が私の中を駆け巡った。


「ああっ!! ああっ!!! 本当に! 本当に会いに来てくれたのですね!! 同居人さん!」


もはや共に住んでいない私を、彼女はなお同居人と呼んだ。


「別れを言いに来たのだよ。ユグドラシルよ。」


「ああっ! ああっ! 同居人さん! ありがとうございます! 会いに来てくれて! 最後に会いに来てくれてっ!! 別れを言いに来てくれてっ! ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!!!」


会いに来なかった私を責めるどころか、ユグドラシルはなんども礼を言ってきた。


「ああっ! そんなに痩せてしまって! 最後になりますが、好きなだけ飲んで下さい! お腹いっぱい! 好きなだけ!」


樹液の甘い匂いに私の空きっ腹が引き寄せられてしまいそうになったが、必死で耐えた。


「樹液はいらぬ」と伝えると、まるで酔いが冷めたかのようにユグドラシルは急におとなしくなり、震えた声で「そうですか」と答えた。



「約束を、果たしに来たのだよ」


「約束‥?」


「約束したであろう? 完成したら必ず見せると」


私はトーテムポールをザクリとユグドラシルの幹の直ぐ側に突き刺した。


「ギリギリになってしまったがやっつけ仕事などではないぞ。どうだ? 中々のものだろう? 私が作ったトーテムポールだよ。教えは受けたが全部私が作ったものだぞ」


ユグドラシルは、暫く無言であった。
目を持たぬ彼女だが、私が手に持つそれを一生懸命に見つめている事が感覚で分かった。


「その‥、反対側も見せてもらってもいいですか? しっかりと記憶に焼き付けておきたいのです」


私は手に持ったトーテムポールを、ゆっくりと回していく。


トーテムポールが一周して、もう一周して、三周目を回りきった所で、ユグドラシルは「もう大丈夫です」と言って、私を止めた。


「同居人さん…、貴方には本当に‥、一体なんとお礼を言えばよいのでしょうか」


ユグドラシルが纏う空気は、いつものような穏やかな、優しいものへと変わっていた。


「貴方と出会って三週間。本当に、本当に、楽しかったのですよ」


ユグドラシルの言葉には、言葉以上のものが込められてるようなきがした。


「私、貴方に出会えて本当によかった」


「私もだよ。ユグドラシル」




「だから同居人さん」
「だからユグドラシル」



私とユグドラシルの声が重なった。




「貴方は絶対に私が守ります」
「貴方は絶対に私が守るよ」




私の口から飛び出た自分とほとんど同じ文言に、ユグドラシルは驚いていた。


翼をはためかせた。


「待って! 同居人さ‥」


ユグドラシルとは幹や根など、その一部に触れていなければ会話はできぬ。

故に空に浮かんだ私には、もはや彼女の声は届かなかった。



翼のないユグドラシルでは、私に追い付くことは叶わない。

さよならを言っていないことに気付いたが。まあ、仕方あるまい。




竜の翼と魔力で空へとぐんぐんと昇る。


夜は既に明け始めていたが、いくつかの一等星がきらめいていた。

一等星達が作る三角形の中央。


不吉に輝く赤い星に向かって、私はまっすぐに飛んでいった。











熱圏


大気圏の一番外側の層であり、その高度は地上800kmにも達する。

もはや大気と呼んでいいのかすら解らぬ程、空気は薄い。

遮る者のない太陽の熱が直接身を焦がしてくる為、そこにいれば高所にもかかわらず、火のように体が燃えあがる。しかし空気が薄過ぎるせいで気温そのものは低い。そんな不思議な場所だ。


地上最強の生き物である私とて、風の魔法で周りを蝋のように固めなければ、決して辿りつけぬ場所である。


私は熱圏の中程に止まった。


これ以上行けば引力から解き放たれ、星から宇宙へと放り出されてしまうだろう。


遥か昔、古代兵器が生まれた時代には、星の船で熱圏の更に外まで飛び出した者達もいたそうだが、私の限界はここまでである。


私には、星の殻は破れない。


眼下に広がるのは球状の海と土。

そして私の真下には、ユグドラシルがいた。

樹高20000メートルのユグドラシルが、あんなにも遠く、小さく見えた。

真上から見て初めて気が付いたのだが、ユグドラシルの姿はまるでワイングラスのような形をしていた。
下から見上げていた時は球状だと思っていた。実はユグドラシルの枝葉が作る球体は、上部にポッカリと穴が空いていたのだ。


聖杯


という言葉が頭に浮かんだ。

世界の何処かに隠されていると言われていた聖なる器

それを手にした者は、不死身の肉体と永遠の繁栄を約束されると言われている。

数多の冒険者や、諸国の王達が世界中を探して、求めて、それでも見つからなかった神器。それが聖杯である。


なるほど、これでは誰も見つけられぬわけだ。


いつも美しいユグドラシルではあるが、今日は格段であった。


ユグドラシルが徐々に輝き始める。


光が、幹から上り、枝へと広がり、葉を覆っていく。


眼下に広がる巨大な青い星。その星の力が、ユグドラシルへと集まっていくのが私にもわかった。


それは青き星の意思

全ての生き物が流すべき血を、ユグドラシルが引き受けろというのだ。

ユグドラシルが命と引き換えに、赤き星を受け止めろと言うのだ。



なんたる欺瞞



全ての生き物を生かすために、全ての生き物の母を殺すというのか!

彼女の骸と灰を苗床に、何もなかったように別の種を播けとでも言うのか!

星よ! 青い星よ! これを欺瞞と言わずして何と言う!

緑の優しい彼女に、赤い死の星と添い遂げよと言うのか!




空を見上げる。


赤い星が、大きい。


みるみる大きくなってくる。


大気が震えた。

いや、震えたのは私であった。


宇宙空間(そとのせかい)から、禍々しき雲をまき散らしながら。

楕円形の赤い星が、青い星へと向かってくる。



大きさで言えば直径10キロメートル程はあるだろうか。




私は古き竜の知識に問いかける。アレに勝てるかと?


なあに、たかが10キロじゃないか。

たかが山一つ分ではないか。

山一つならおまえの竜の咆哮が打ち砕いてくれるさ。


…とは、言ってくれなかった。


竜の知識はこう言った。


アレは危険だ。アレはよくない。


無限の暴力の塊だ。計り知れぬ力をその内外に宿している。


アレが地に落ちた時、膨大な位置エネルギーと運動エネルギーによって生まれた衝撃は巨大な爆発を生み出し、竜の住む島など一瞬で蒸発させてしまうだろう。

大気に塵と毒をまき散らし、この星全てを10年続く極寒の冬へと変えるだろう。

その10年で、この星の全ての生き物が死に絶えてしまうだろう。

植物も、動物も。もちろんお前も。


竜の知識はそう言ったのだ。




何たる理不尽




たかだか外の世界からやってきたというだけで、その体に無限のエネルギーを宿してしまうのか!

お前の何万倍も大きいこの青い星を、真っ黒な死の星に変えてしまおうと言うのか!

蹂躙し、全てを飲み込もうとでも言うのか! 



あの星の前では、竜など只の小石に過ぎぬだろう。

最後の竜が滅ぶべき時が来たのだと、理解した。





-大丈夫です-


と、誰かに言われた気がした。




下を向くと、彼女が緑色の光に満ち、輝いていた。



聖杯は満たされていた。


ユグドラシルの枝と葉に溢れる生の力。


星から集められた膨大な生命力と魔力が、そこにあった。

赤い星の死の力と、真っ向から立ち向かう緑色の生の力。


-だって私は、その為にこの場所に、この世界に生まれてきたのですから-


彼女の言葉を思い出す。


青い星にとっては、全て予定通りだったのだろう。


ユグドラシルをそこに産み落としたことも、その場所に忌まわしき赤い星が落ちてくることも。


杯の形の葉と枝は、隕石とぶつかり合った時の衝撃を、全て彼女が受け止めるように“設計”されていたに違いない。

長く伸びた幹は、落ちてくる隕石の緩衝材として“使用”するに違いない。


最初から全てを計算した上で、星はユグドラシルを作ったのであろう。

そして自分の役割を果たす為に、ユグドラシルは今まで、ゆっくりと成長してきたのであろう。

竜の記憶など到底及ばぬ、遥か昔の時代から。




なんたる宿命




緑の貴方よ。貴方は全てこの日のために、この星全ての生き物の為に、これまで生きてきたとでも言うのか。

何百万年、あるは何千万年という長い時を。今、この時の為に生きてきたというのか。

このような宿命に従った上で、あんなにも優しく生きてこれたというのか。


恐ろしくはないのか! あの凶暴な赤い星が!

怖くはないのか! 死の暗闇が!




-逃げて下さい-



そう、言われた気がした。




空には凶大な赤い死の力。

地には遠大な緑の生の力。




私は気がついた。

自分がどれだけ場違いな存在だったかということに。


アレに対抗できるのは、ユグドラシルだけだと。

卑小な竜の身などでは、アレに抗うことなど出来ぬのだと。



赤い星が、ついに大気圏を突き破るのが見えた。

星の表面を覆う厚い、赤い氷が、太陽の熱と空気の摩擦で解けて、赤い湯気があちこちから噴出し始める。


その姿は、まるで巨大な火の玉であった。


空気を切り裂く轟音が、聞こえないのが不気味であった。


それも当たり前である。赤い星は音よりも早く動いているのだから。


外の宇宙(せかい)よりやってきた、存在の次元が違う相手に、私の体はガクガクと震えた。


血の気とともに、頭も冷えた。


私の咆哮などでは、あの赤い星を砕くことなどできない。


全力の咆哮をぶつけても、氷の表面を僅かに削り取るぐらいが関の山であろう。


赤い星は私の羽ばたきよりもはるかに早い速度で、私へとまっすぐに向かってきた。

もはや後十数秒のうちに、私の身体は赤い星に飲み込まれるであろう。




-逃げて下さい!-




聞こえぬ筈の彼女の声が、再び聞こえた気がした。
そうだ。私が無駄死にした所で、一体何になるというのだ。
彼女だって、私が生き残ってくれたほうが嬉しいはずだ。

それが例え幻聴であったとしても、逃げるための大義名分を私は得た。




-逃げろ!-




竜の肉体より生まれた生き物の本能が、私にそう警告した。
あれは駄目だ。あれは無理だ。
あれは確実な死だ。死にたくない!
今なら未だ間に合う。全力で飛んで。あの星の射線から逃れよ!
ユグドラシルなどどうでもいい。私は生きたい! と、私の体が叫んだ。




-逃げなさい!-




竜の知識より産まれた賢者の知恵が、私にそう警告した。
お前では無理だ。あれには叶わぬ。
お前が最強なのはこの星の中だけだ。
星の外から来た最強には絶対に叶わぬ。
心配しなくともユグドラシルが、星もお前も救ってくれる。そう、私の脳が囁いた。




逃げるべきだ。逃げても良いのだ。
私が星に背を向け、全力で逃げ出そうと思ったその時。







-鳴こうよ-






ただ一つ。小さな蝉の魂だけは、そう言った。

愛しい彼女の為に、鳴きたいと言った。

求愛の歌を、彼女の為に歌いたいと言った。

竜の肉体と知識に、小さく愚かな蝉の魂だけが反発していた。

力いっぱい、歌いたい。命いっぱい、歌いたい。

そう、言ったのだ。


そうだ、私は蝉なのだ。


蝉は、歌えば良いだけだ。

愛しい彼女に向けて、歌えばいいだけだ。

そうだ。大きな声で、彼女に聞いてもらいたい。

私の歌を、聞いてもらいたい。


だから




-鳴こうよ-




ああ、鳴こう




ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


聞こえているか、ユグドラシル。


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


届いているか、ユグドラシル。


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


竜の体に蝉の心。


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


こんなちぐはぐな我が身ではあるが、


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


私は貴方を


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


愛しているのだ。





砕けているのは私なのか、星なのか。


ふと我に返れば、私は巨大な星に無様にしがみつき。ただただ、咆哮を繰り返していた。

大気との摩擦の熱というのはすさまじい。

エリクシールである筈の血が、私の腰の辺りからボコボコと沸騰して水蒸気となり昇っていった。

赤い星とぶつかり合った時に、私の下半身はどこかへと消えていた。


ユグドラシルの元まで、あとどれだけの距離が残されているのだろう。

それまでにこの星を、一体どれだけ削り取れるというのだろうか。

彼女が滅びぬ大きさまで、この星を小さくすることができるだろうか。

残された私の力で、どれだけこの星を砕くことができると言うのだろうか


いけない、いけない。歌を止めている暇など無い。

彼女のために、歌わなければ。



彼女にいきて貰いたいのだから
彼女にきいて貰いたいのだから




ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン




求愛と咆哮、咆哮と求愛

もはや何のための鳴き声なのか、私にも解らなかった。

摩擦で沸騰した血液が、私の脳まで焼いてしまったのだろう。

ただひとつ、今鳴いているのはユグドラシルのためだということしか、もはや私には解らなかった。

竜の知識も血も肉も、どんどんと失われているが、そんな事はどうでもいい。




-もっと鳴こうよ-




ああ、鳴こう。私の魂よ。


愛していると、歌おう。

私はようやく、気付いたのだから。

貴方を愛していると、歌いたいのだ。




聞こえているか、ユグドラシル。

届いているか、ユグドラシル。


聞こえぬのなら、もっと大きな声で私は歌おう。

届かぬのなら、もっと強い声で私は歌おう。


ああ、嬉しい。あなたの為に歌えることが。

貴方のためだけに、求愛の歌を歌えることが。


もはや貴方がどこにいるのかもわからぬから。

貴方がどこにいてもいいように。




世界に響け、我が喜びと求愛の歌よ。



ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン



鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、鳴いて、……







気がつけば、私は地に横たわっていた。



わんわんという、だれかの泣き声が、わたしの遠いみみを打った。

眼球だけをうごかすと、はーぴーという種族が、声を上げて泣いているのだとわかった。
よくはわからないが、よかったなあ。とおもった。



誰かが小さくて柔らかいものを、わたしの額におしつけた。

赤子だった。側にいるのは、ははであろう。ははにそっくりな赤子だった。
やはりよくはわからなかったが、よかったなあ。とおもった。


ふしぎな服を来たリザードマンが、わたしのくびをしめていた。

はて? 彼女がわたしをころすのだろうか。なんだか逆なきがするが、よくわからない。
ただ、彼女がくびをしめていたりゆうはわかった。わたしのくびから下はもうなかった。


かえるが泣いていた。私もともになかねばならぬとおもったが、からだがないから、なけなかった。


巨人が泣いていた。泣き声もごうかいだなあ、とおもった。なにとくらべてかはわからなかった。


「巨‥さん! …を! …のところに!! 早く!!!」


やまねこのような、するどく、たかい声が、とぎれとぎれにきこえてきた。

わたしは、やまねこの少女にすがりつかれたまま、大きな手で、どこかへとはこばれていった。



どこまでわたしをはこぶつもりなのだろうか。

どこまでわたしはいきねばならぬのだろうか。

そろそろ、いかせてほしいのだが。


おおきなきのそばに、わたしはおろされた。


きからなきごえがきこえた。


そのこえに、きからつたわるあたたかさに、わたしのたましいはよろこびにふるえた


ああ、ありがとう! ありがとう! だれかはわからぬが、ここにつれてきてくれたひと!


そうだ! わたしはあなたにあいたかったのだ。

わかる! わかるのだ! あなたのことだけは、いまのわたしにもわかるのだ。


ユグドラシル


ユグドラシルのなきごえがきこえる

よかった。いきていたのだ。ユグドラシルよ。


きいてくれたか、わたしのうたを

とどいていたのか、わたしのうたは


わたしはあなたをあいしているのだ。

ユグドラシルからなにかのことばと、たくさんのかなしみがつたわってきた。


ちがうよ。ユグドラシル。わたしはあなたをかなしませたかったんじゃない。


きいてほしかったんだ。あなたに。



あなたのためだけに。わたしのうたを



なかないで。わたしがかわりになくから



あなたのために



あなたのために、もういちど



もういちどだけ、かならずなくから。



おおきなこえで



あなたへとなくから


































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