人に負けるな、どんな仕事をしても勝て、 しかし堂々とだ (沢村栄治)
「木には柾目と板目っちゅうもんがあってなぁ、年輪の所から割れやすくなっとるからぁ、気ぃつけにゃあならんべぇ」
「きき、木は、か、乾燥させてからじゃないと、ちゃちゃ、ちゃんと彫れねえんだな」
…ふむ。やはり彫刻というものは奥が深い。
天は突きぬけるように青く、入道雲はもくもくと膨らんでいく
真昼の太陽はガラスのかけらのように降り注ぎ、風はなでるようにうなじを通り過ぎる
緑の下草が広がる原っぱの上に、私と二つの影がある。
私は今、ファゾルテとファフナーの元で、彫刻のイロハを教わっていた。
先日、ユグドラシルの前でトーテムポールを作ると宣言した私は、その次の日より、一人製作作業に入ることにした。
しかし蝉であったころはもちろん、先代の竜より受け継いだ知識の中にも、彫刻などやってみた記憶がない。
私の爪はなんでも切り裂くことができる故、とりあえず見よう見真似で始めてはみたものの、全くうまくいかず、ただいたずらに木々を切り倒すばかりであった。
ユグドラシルに、完成したら必ず見せると約束しているために、あまり惨めなものを作るわけにもいかないのだが…。
さて、一体どうすればよいのかとほとほと困り果てていた時、ふと頭の中に、二人の気のよい巨人の顔が浮かんだ。
巨人達の住処を訪ね、トーテムポールを作るため教えを請いたいと頼んでみたところ、二人はいつものように豪快な笑い声をあげ、私の師となることを快く引き受けてくれた。
それが昨日のことである。私は決して優秀などとは言えぬ不出来な生徒ではあったが、二人の巨人は、丁寧に、根気よく、私を導いてくれた。
学ぶことは楽しい。
できなかったことができるようになるということは、わくわくとするものだ。
巨人による2日間の指導の結果、トーテムポールの土台部分はようやく形になり始めていた。
「んでぇ、竜様はぁ、なぁにを作っとるんだべかぁ?」
ファフナーの質問に答えようとした私を、ファゾルトの声がさえぎった。
「ば、ば、馬鹿なんだな兄者、ど、どど、どこからどうみてもナマズなんだな」
「おおぅ、ナマズかぁ、口さ大きくあけてぇ、愛嬌あるなまずだべぇ」
二人はうんうんと頷き、私の彫刻を眺めている。
ふむ‥、ナマズか、言われてみれば確かによくにているかもしれん。
このままナマズだと言い張ってもよいのかもしれぬが、不出来な弟子としては自身の未熟さを師に正直に告げねばなるまい。
「いや、ファフナー、これはそなただ」
私の返答を聞いた二人の巨人は、ぽかんと口をあけた後、山をも震わせるような大きな声で笑いはじめた。
「ぶわっはっはぁ!!なんじゃぁ、わしゃあ、そぉんな顔しとるんかいのお」
「はひひっはひっはひっ、あ、あ、兄者はナマズの巨人だったんだなぁ」
二人の巨人はひとしきり笑った後、ファフナーの上に乗ったもう一つの彫刻を指差した。
「それじゃぁ、竜さまぁ。わしの上にのっかっとるこいつは?」
「あ、兄者、そそ、それはどう見てもか、カバなんだな。」
「いや、ファゾルト、こちらはそなただ。」
二人の巨人は、先ほどよりもさらに大きく笑い始めた。
「こりゃあええ、わしがナマズならぁ、おまえはカバだぞぉ」
「わわ、わしは、カ・・、カカ、カバだったんか?」
ふむ…。やはり見てくれが悪いか。確かに言われてみればどうみてもナマズの上にのったカバである。
これは一度作り直すべきなのであろうか。そんなことを考え始めた私の心を察したというわけではないのだろうが、二人の巨人は笑ってしまったことを謝罪したあとに、私にこう言ってくれた。
「なぁに、最初はみぃんなこんなもんだべえ。始めっから上手くできるやつはおらんべぇ、大事なのは心ぉこめてつくることだぁ。このトーテムポールには、竜様のいっしょうけんめえがつまっとるべぇ」
「りゅ、りゅ、竜様ありがとうなんだな、わ、わ、わしも兄者も、いい顔で笑ってるんだな」
私の彫刻したファゾルトとファフナーは、いつも大きく口をあけて笑う二人の笑顔を象った物だ。
二人は私の拙い彫刻を、味があって好きだと言ってくれた。
その後も二人の指導のもとに、彫刻を掘り進めた。太陽が金色の光を放ち始めたころ、我がトーテムポールの土台となるべき二人の巨人の顔は粗方出来上がっていた。
「たしかにこの歯抜けの間抜けづらはぁ、ファゾルトによお似とるわぁ。」
「あ、ああ、兄者の団子っぱなも、そ、そそ、そっくりなんだな。」
あれからどうにか、ナマズとカバはファフナーとファゾルトの顔らしきものになってくれた。
私は二人の巨人に心から礼を述べた。
前回の扉といい、今回のトーテムポールのことといい、私はこの二人の巨人の世話になりっぱなしである。
私は礼として二人のために何かできることはないかと尋ねた。不器用なこの身ではあるが、何か一つぐらい彼らのためにできることがあるのではないのだろうか。
礼などいらないと繰り返す二人ではあったが、私がどうしても折れぬとみるや、しばし思案しはじめた。
‥そして
「あ、あ、兄者、あ、あれを・・、りゅりゅ、竜様にたのんでみればどうなんだ?」
「あれかぁ? いくら竜様でもぉ、あれは無理だべぇ」
と言った。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
私は今、私の体の何十倍もある巨大な岩壁と向かい合っている。黒く鈍い光沢を持つこの岩は、何者をも拒む圧倒的な物質感を湛えていた。
「この岩の下の地層になぁ、良質の鉄があるはずなんだべがぁ…」
「か、かか、硬くて、ど、ど、どんな道具も歯がたたないんだな」
ファゾルトとファフナーの頼みごととは、鉄の鉱脈をふさぐこの巨大な岩をどうにかできないかということであった。その岩は二人の巨人ですら、動かすことも削ることもままならぬものらしい。
例えば私の爪ならば、この岩でも切り裂くことはできるだろうが、これだけの大きさになると一日二日でどうにかできるものではないだろう。
「無理せんでも大丈夫だべぇ、鉄はまた別の場所からさがせばええんだぁ」
「ひ・、ひ、日もくれるし、きょきょ、今日は竜様も家に帰った方がいいんだな」
二人の巨人は岩を目の前にして、やはり無理だと思いなおしたのか、遠慮がちにこういった。
ふむ…。私は二人に尋ねた。
「この岩は消し飛ばしてしまってもよいのかな?」
巨人達を遥か後方へと移動させたあと、私は再び岩山と向かい合う。
遠くから大丈夫かと声をかける二人の巨人に向かって、私は念のためにもう少しだけ後ろに下がるように伝えた。
今、私が何をしようとしているか。それはもちろん我が最大の武器、竜の咆哮である。
普通の竜の咆哮は生き物の意識を奪う効果しか持ち得ない。
しかし私の咆哮は蝉の発生法と合わさって、強力な音波兵器となる。歴代の竜の中でも並外れた物理攻撃力を持つ、我が最強の武器なのだ。
生まれてより今まで本気で咆哮をあげたことはない。目の前の岩壁は、わが咆哮の威力を知るには十分である。
私は大きく息を吸い込む。丹田で息と魔力を練り合わせる。
大気が奮え、あたりから生き物の気配が消えさり、草木が悲鳴をあげる。
案ずるな、この岩のほかには何者をも傷つけぬ。
目の前の岩に照準を絞り、咆哮に指向性を与える。
そして、蝉であったころを思い出しながら、
力の限り
吼えた
「みーーーーーーーんんんん!!!!!!!!!!!!!!(訳・はぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!)
咆哮はまっすぐに突き進み岩壁にぶつかる。
砂埃が舞い上がり、竜巻のようにのぼっていった。
視界が晴れた後、我が咆哮を浴びた岩壁は…
先ほどと変わらぬ姿でそこにあった。
…はてな???
「‥ということがあったのだ、ユグドラシルよ」
「えーっと、つまり同居人さんの咆哮が力を失ってしまったということですか?」
食事の後、いつものようにユグドラシルに今日の出来事を語り聞かせる。月明かりが差し込むウロの中、木肌に身を預けながら、背中より伝わるユグドラシルの心地よい声を聞く
あの時巨人達の前で放った私の咆哮は、岩肌の表面を少し抉る程度にとどまった。黒玄武石のあの岩は、確かに硬くはあるものの、一週間前の私であれば咆哮によって粉々に砕くことができたはずだ。その後何度か試してみたものの、私の咆哮はやはり力を失ったままであった。
相手の意識を奪う、本来の意味での竜の咆哮は健在ではあるのだが。蝉の発声法により、音波を増幅させる兵器としての力はすっかり失くしてしまったようだ。
私の咆哮が弱くなってしまったこと、今思えば兆候はあった。
数日前リザードマンの巫女に夜這いをかけられたとき、とっさに放ってしまった私の咆哮は彼女を少し傷つけただけにとどまった。
私は仮説を立てた。ここ数日、私の咆哮は日増しに弱くなっていたのではあるまいか。
理由はわからない。ひょっとしたら私の蝉の魂が、日々竜のソレに移り変わっているせいなのかもしれない。
そして知らず知らずのうちに、蝉の発声法が体と魂から抜け落ちてしまっているのではないだろうか。
そう、私が完全なる竜となるために。
「ユグドラシル、あなたから見て私の体でなにか変化したところはないだろうか?」
日々、竜のソレへと変わっていく魂。ならばわが肉体にもいくらかの変化が訪れているのではなかろうか。私がまったく気がつかぬ間に。
私がユグドラシルと出会ったあの日から、はや10日が過ぎていた。
他の誰よりも私のことを知っているユグドラシルならば、あるいは私の変化に気づいているのではなかろうか。
「‥っ!! …変わったところ、ですか?」
ユグドラシルから伝わる声の中に、とっさに何かを隠そうとする意識が伝わった。
われらの語らいには言葉を使わぬ。それ故に相手の心の小さな変化まで全て理解できてしまうのだ。
私は察した。ユグドラシルが私の身の中に起きた変化に気づいていることを、それを私に伝えたくないと考えていることを。
「教えてくれないか、ユグドラシルよ。私は自分の身に一体何が起こっているのか知りたいのだ。何が起こっていたとしても、私はそれを受け入れるつもりだ!」
懸命に頼み込む私に、抵抗していたユグドラシルも、ついに隠すことをあきらめたようだ。
ぽつり、ぽつりと、言葉をつむぎ始めた。
「‥その、ここ数日…、同居人さんの体は…」
彼女の口は重い、私は黙って彼女の言葉を受け止める
「その…、ほんの‥、ほんの少しですけれど…」
ほんの少しという言葉に、彼女の気遣いが感じられた
私には分かる。どうやら「ほんの少し」どころではない変化が私におきているのだと。
「ほ‥、ほんの少しだけ‥、わ、私の勘違いかもしれませんが」
彼女はそこで言葉を続けられなくなった。最後の言葉を言うことができず、何度も濁した言葉を繰り返すのみだ。
「頼む、ユグドラシルよ! 私の為に、私が何者かを知る為に正直にいってくれ!」
最後の一押しに、ユグドラシルはついにその言葉を吐き出した
「ま、まあるくなった気がします!」
………………まあるく?
私は自分の体を見下ろす、否、見下ろそうとして…
-むにっ-
あごの肉がつっかえた。
その後、何度も謝りながら、あたふたと私を慰めようとしてくれるユグドラシルに、正直に答えてくれたことに対する感謝の言葉をのべ、今日はもう遅いからと就寝することにした。
世界樹の洞の中で目を閉じながら、私は考えを整理する。
蝉の鳴き声は、腹の中の空洞で音を増幅させることにより体よりも遥かに大きな音を立てることができる。
私の竜の咆哮もそれと同じ方法により、強力な武器となっていたのだ。
しかし今‥
-むにぃっ-
私は自分の腹をつかむ。手に収まりきらない肉がそこにあった。私の体は大量の脂肪に覆われていた。
そう、この脂肪こそが私の咆哮の音と力を奪っていたのだ。
たとえば太鼓は、薄い皮を同じく薄く曲げた木の板に張ることにより、その中の反響で大きな音を作り出す楽器である。そう、蝉の鳴き声の仕組みに非常によく似ている。
しかし、もしもこの太鼓が何重にも重ねられた皮と、臼のようにぶ厚い木で作られていたならどうであろうか?その音の振動は、木と皮に吸い込まれ、低く鈍い音を放つのみである。
私の体を覆った脂肪は反響の効果を激減させ、かつ、体内の空洞をも小さくしてしまい、咆哮の力を奪い去ってしまったのだ。
さて、咆哮が弱くなった原因は理解できた。では次に、私がなぜここまで太ってしまったのかという疑問が浮かぶが、理由はもはや語るまでもないだろう。
食べすぎ、いや、飲みすぎである。
私は生まれてこの方、ユグドラシルの樹液しか口にしていない。決して飽きることのないその旨さに加え、最近日増しに量が多くなってきている彼女の樹液に、私は自重というものをしなかった。
ユグドラシルの樹液は素晴らしい、完全な栄養と神秘的な生命力に満ちた、世界でもっとも価値ある食事である。体によいことは言うまでもない。
しかし、どんなに体によいものでも取りすぎると弊害をうむ。樹液から取り入れた栄養と生命力を使いきれなかった私の体は、それらを脂肪として蓄積することを選んだようだ。
蝉であったころと違い、天敵もエサ場を争う競争相手も存在しない今の私は、知らず知らずのうちに、必要よりも遥かに大きな量の樹液を摂取していたようである。
結果、野生動物にあるまじき豊かな肥満してしまい、咆哮の力を失ってしまったのだ。
まあ、力は失ったとしても、竜としての本来の咆哮はそのままである。敵が来れば意識を奪えば済むことだ。
そもそも、この島には私の敵などいないし、いたとしてもわが咆哮に耐え、この鱗を貫くことのできる牙をもつ生き物など存在しない。
咆哮の威力が弱まったとて、竜として生きていくことに全く支障はないのだ。
…だが、しかし。
-むにぃんっ-
私はもう一度腹の肉をつかむ。
このようなゴム鞠のような体ではあまりにもみっともない。なにより、ユグドラシルに気を使わせてしまう程に肥えたわが身が恥ずかしい。
私は思う、明日からダイエットせねばな…と。
▲
▼
「あら? 同居人さん、船が見えますよ」
朝の食事を終え、今日も今日とてトーテムポールの製作に出かけようとしていた私に、ユグドラシルはそう語りかけた。
私は昨日の決意もむなしく、恥ずかしながら今朝も存分にユグドラシルの樹液を堪能してしまった。
朝起きれば芳醇な樹液の香りが漂ってくるこのウロの中で、欲求に抗うことはいささか厳しいものだった。
起きてそのまま樹液にむしゃぶりつくという一連の流れは、私にとって本能に刻み込まれた行為となってしまっているからだ。
私が新たな寝床に引越すまでは、ダイエットは到底無理であろう。
それはさておき、今はユグドラシルの示す方向をみる。
小さな小船が一艘、海流にのってこの島に向かって流れてきている。小船の上には人影はなく。大きな箱が一つ載せられているだけであった。
はて、あれは何かと先代の竜の記憶をたぐり、思い当たるものを引き寄せた。
あれは人間の生贄を乗せた船である。
今から300年ほど前のこと、この地を征服しようとした人間達は、大艦隊をひきいてこの島へとやってきた。
先代の竜は自ら人間の国を襲うことはしなかったようだが、相手が攻めてきたのであれば話は別である。
先代の白竜は咆哮と、爪と、炎により、ただ一匹で人間の艦隊を全滅させた。
その後白竜は、人間達が二度とこのような考えを思いつかぬようにと、大陸まで飛んでゆき、一つの都市を灰塵に帰したという。
竜の力に畏怖した人間達は、一年に一度、7人の処女を生贄にささげると誓い、二度とこの島に手出しすることはなくなった。
それ以降毎年この季節に、人間達は船に乗せた生贄をこの島へと運んでくるようになった。
この島に近づくのを恐れた船乗り達は、近くまで中型船でやってきて、小船に箱の中に閉じ込めた生贄を積んで満ち潮に乗せて流すのが、いつのまにか慣わしとなっていた。
箱に閉じ込められた生贄達が、次に日の光を浴びるのは竜に喰われるときである。
ふむ‥、私は考える。
現在、肥満するほど食料には事欠かぬうえ、知能をもった生き物、ましてや未来溢れる人間の少女を食すなど、憐れな真似ができるわけもない。
ここは少女達を家に送り返し、このような生贄などもはや必要がないと人間達に伝えるべきであろう。
私はユグドラシルに行ってくると告げた後、海に浮かぶ小船に向かって飛び立った。
閉じ込められて震えているであろう、哀れな少女たちを早く救ってやらねばな‥と、思いながら。
海上に浮かぶ小船は、満ち潮にのってこちらにまっすぐに進んでいた。
小船をひとまず浜辺に引き上げてみる。船の中には記憶どおり、箱のほかには一人の船員もいなかった。
生贄たちが閉じ込められている筈の、3メートルほどの横長の箱は、中の人間が逃げ出したり海に身をなげたりすることを防ぐためであろう、鎖で外から厳重に封をされていた。
中から声などは聞こえないが、例年通りであるならば7人の少女たちがこの先に訪れる運命に怯えながら、小さくなっていることだろう。
私は爪で鎖を切り落とし上蓋を外す。中の少女たちを驚かさぬように、いかに声をかけるか思案しながら。
果たして、箱の中には少女が一人いるのみだった。
私は、少しだけ疑問に思いながらも、少女に声をかけようと口を開いた。その瞬間
私の胸は閃光によって貫かれた。
▲
▼
「人が竜に勝てないといわれる理由は二つあります。」
竜の島より遥かに離れた聖都にある大聖堂、その聖堂に備え付けられた小さな部屋の一つに場面は移る。
魔導師風のローブをまとった男の蛇のような声が部屋に響く
「一つは咆哮です。300年前の大戦で10万の兵がなす術もなく海に沈んだ理由はここにあります。竜の咆哮は人間の精神を喰らう物です。魔法による防壁も、耳を閉じても意味はありません。咆哮は人間の心に直接作用してしまうからです。例え人間が、何十万、何百万集まろうとも、竜の咆哮の前には海に落ちた蟻のように無力です」
男の朗々としたスピーチの観客はただ一人。赤紫の法衣をまとった男が上座に座り、言葉の一つ一つにゆっくりと頷いていた
魔導師は続ける。
「もう一つ、人が竜に勝てないと言われる理由はその鱗にあります。竜の鱗を傷付けることは、鉄や鋼ではかないません。その上、高い抗魔力を持っているため、魔法や剣で人類が竜を傷つけることは不可能なのです。詰まる所、竜とは無敵の生き物なのです。…しかし神話の時代、英雄と呼ばれる一握りの者は、確かに竜殺しを成し遂げました。古代の英雄達はいかにして竜を滅ぼしたと思われますか? 法王陛下」
「古代兵器によってか‥」
魔導師の問いに法王と呼ばれた男が答える。法王、すなわち、この聖都の長たる人物である。
法王ピオ2世。
野心を持たず、純粋な信仰心のみを持つ男。聖人にもっとも近い男ともよばれている。
後世の歴史家に、法王としては最大の長所と欠陥を兼ね備えた男と評される男だ。
「そうです。古代の神兵器は竜の持つ二つの武器、つまり鱗と咆哮を無効にします。戦乙女の遺物の中でも最高クラスの攻撃力を誇るヴァルキュリアの槍は、竜の鱗すらたやすく貫くことでしょう。…そして、問題の咆哮ですが…」
「既に心を喰われてしまった者には、竜の咆哮は届かぬか…」
法王の言葉に魔導師は顔の半分で笑った。対する法王は苦渋の表情を浮かべている。王になるには優しすぎた老僧は、瞳の色を失った少女の顔を思い浮かべた。
「神の奇跡を呼び起こすには生贄が必要ということです。あの娘には憐れなことをしましたが、世界樹を救うために命を失うのであれば本望というものでしょう。我々は、なんとしてでも予言の実現を食い止めねばなりません『世界の外より訪れし災厄、殻を破り、星の全てを喰らわんとす…』」
魔導師が刻詠みの巫女の言葉を諳んじる。10年前、予言の巫女が残した言葉は聖都の元老院を揺るがした。何者か、想像すらできない恐るべき存在が現われ、世界を滅ぼそうとする予言に、それを聞いた12人の枢機卿達は騒然となったが、続く巫女の言葉に、皆が聖樹へと祈りを奉げたという。
「『‥されど聖樹はその運命を裏返す。星の流す血は聖樹の血となり、星の死は聖樹の死へと変わる。聖樹の亡骸を肥やしとし、人は悠久の繁栄を得るであろう』…か」
後の句をピオ2世が続けた。
聖寿が星の代わりに血を流す。すなわち、世界の崩壊を聖樹ユグドラシルが身代わりとなり引き受けるであろうという予言の言葉を。
予言の時期と竜の寿命、殻を破るという表現から、その何者かが新たに生まれる真竜であろうということは元老院はすぐに察した。
当時より敬虔と実直で知られていたピオ2世は。信仰の要たる世界樹を守るために立ち上がるべきだと声を荒げた。
しかし、残りの11人の枢機卿達はそれに真っ向から反対した。理由はただ一つ。予言の最後の一行『聖樹の亡骸を肥やしとし、人々は悠久の繁栄を得るであろう』という部分である。
世界は世界樹を失うかわりに、長い繁栄のときを迎えるという約束は、政治との結びつきによって腐敗した信仰にとっては大いなる福音となった。
自らが何の手を下さなくとも聖樹が世界を守ってくれる。聖樹を失うのは痛いが、もともと島に住む竜のせいで、巡礼はおろかその姿を拝むことも不可能であった世界樹である。
たとえ失われたところで、信仰に大きな支障がでるものではない。むしろ命を賭して世界を救った存在として、世界樹を仰ぐ教団は更なる信仰を集めるであろう。
さらには予言どおりにことが進むならば、災厄、すなわち竜もこの世界から消えさるはずだ。
竜さえいなくなれば世界樹の島を征服するのも簡単なことである。世界樹の島には、大量の鉱物や、金銀、魔法石が眠っていると言われている。
聖樹の亡骸を肥やしとし、繁栄を得るということは、人間が世界樹の島を手に入れるという意味なのは間違いない。
ならば竜には手を出さず、日々世界樹のために祈ることこそが、教団の使命なのではなかろうか。
これらが、ピオ2世以外の枢機卿たちの意見であった。
敬虔のみ取り柄のピオ2世は、その意見を覆す政治力などはもっていなかった。
一年たち、二年たち、枢機卿達が近い未来に巻き起こるであろう、世界樹の島の領地分配政争の為の、牽制と根回しに力を注ぐ中、ピオ2世だけは聖樹を救いたいという思いを枯らすことはなかった。
そして今から5年前のことである。朝、ピオ2世の部屋に、一匹の鳩が舞い込んできたのは、その鳩の足に一枚の手紙がくくりつけられていたのは。
その手紙の始まりにはこう記されていた。
“世界樹を救うため、人の手で竜を滅ぼしたくはありませんか”
法王は手紙の主に密かに、しかしできる限りの援助を約束した。そして、法王のみが鍵をもつことが許されるその部屋、古代兵器が納められた部屋へと魔導師を導いた。
そして今から一月ほど前、魔導師は約束どおり、尋常ならざる魔力をもったヴァルキュリアの槍の使い手を作りあげた。ここ数十年、一人も現われることがなかったヴァルキュリアの槍の使い手を。
もっとも、その使い手がまだ幼き少女であることには、流石にピオ2世も驚きは隠せなかったが。
少女に向かって涙を流しながら「すまない、すまない」と繰り返す法王を前に、心を失った少女の瞳が揺れることはなかった。
「まだ悔いておられるのですか? 法王陛下」
魔導師の男の声により、ピオ2世は深い回想から浮かび上がった
「古代兵器は人の身で操れるものではありません。古代兵器を用いる者は、皆、残らず心を奪われてしまいます。しかし、だからこそ竜の咆哮に抗えるのです。その心と意思を引き換えにして」
神代より伝えられし古代兵器が滅多に使われない事には理由がある。古代兵器を使用できるものは、桁はずれに強い魔力を持つものでなくてはならない上、一度兵器と『融合』してしまえば、兵器に魔力と命を吸い尽くされるその日まで戦闘兵器として戦い続ける宿命にあるのだから。
「‥古代兵器に魂が喰われたものを、元に戻す手立てはないのか?」
法王は魔導師に尋ねる。その答えが存在しないものと知りながら。法王として生きるには優しすぎるこの男は、世界樹も、少女も救うことができないかと、今なお悩み続けるのだ。
「陛下、魂の死とは肉体の死よりも遥かに決定的なものなのです。例え世界樹の葉を与えたところで欠けた魂を補うことなどできませぬ。いかな魔法も妙薬も、かの少女を元に戻すことはかないません。はるか古代に存在したというエリクシールでもあれば話は別ですがね…」
魔導師の男は、ピオにもはや何度目になるかも分からない否定の言葉を繰り返した。
この世に、あの少女を救う手段などはもはや存在しない。ピオにできるのは、せめてあの少女の魂がヴァルハラの野で神々に愛されることを祈ることのみである。
「作戦は完璧です。手はずどおりに進んでいるなら、そろそろアレが竜と遭遇するころです。ヴァルキュリアの槍は必ずや竜の心臓を貫くことでしょう」
そういって、魔導師の男は遥か西の方角を睨んだ。
「姉さん‥、あなたの無念は私が晴らして見せましょう」
男のつぶやきは、法王に届くことはなかった。
法王は知らない。今から20年以上前、この魔導師の姉が白竜の生贄となっていたことを。そして男が仇をとることのみを信じて生きてきたことを。
そのためだけに、一人の才能と魔力あふれる少女をとある村から奴隷として買いとり、槍の使い手として育て上げてきたことを。
男は幻視する、姉が死んだ遥か遠いあの島で、今まさに竜が息絶えようとする光景を。
自らが育て上げた兵器によって竜が滅ぶ、その甘美な想像を。
想像の中、血の海で醜くあがく、忌まわしき竜。
男の夢想の中、ヴァルキュリアの槍は竜の頭を吹き飛ばした。
▲
▼
その光線は私の心の臓を正確に貫いた。血がごぼりと喉から湧き上がった。
島の中心から私のことを見ているであろう、ユグドラシルの悲鳴が聞こえたような気がした。
生まれて始めて覚えた痛みは苛烈なものだった。貫かれた勢いそのままに、私は仰向けに地面に倒れ伏せた。
魔術の心得があるのであろう、少女は空に浮いていた。少女の右半身を覆うそれは、古代兵器特有の、鈍い灰色の光沢をまとっていた。
古代兵器
先代の白竜がさらにその先々代から受け継いだ記憶の中にそれはあった。神々と竜が争っていた時代、神が人に与えた忌まわしき竜殺しの武器。
使用者の命と魂を奪い、相手を葬る諸刃の剣である。兵器に魂を奪われているゆえに、竜の咆哮は通じない。
受け継いだ知識が私の頭の中ですさまじいスピードで展開していく。まるで、一秒が一分にも一時間にも引き伸ばされているかのように。
私は少女の虚ろな目を見る。
少女の瞳に色はなく、兵器と同じ灰色をしていた。
古代兵器の照準が私の頭に向けられる。私に止めをさすつもりなのだろう。
だから私は、
空に向かって羽ばたいた。
胸に開いた傷は既に“塞がっていた”。
私は体を翻し、少女の頭上を越えると、砂浜から海の方角に向かって弧を描くように飛び立った。
古代兵器から放たれた光は私の軌道をなぞるように追いかけた、放たれた数発の光線のうち、一発が私の羽を捉え、打ち抜いた。
しかしその傷は、瞬く間に“塞がった”
私は少女に向かって竜の咆哮を放つ。
受け継いだ記憶どおり、私の咆哮は古代兵器に魂を奪われた少女には通じない。
少女の空虚な瞳は我が咆哮に揺らぐことはない。兵器に取り付かれた人間は、与えられた命令を繰り返すだけの機械のようなものなのだから。
再び私に向かって放たれる古代兵器。その光を私はあえて手の平で受けた。
手のひらを貫いた光線はそのまま海の彼方へと消えて行く。
そして私の手の傷は・・、やはりぶくぶくと泡を立てて一瞬のうちに塞がった。
「そういうことか…」
私はそうひとりごちると、少女の相手をすることなく、逃げるように海に向かって飛び去った。
少女も飛翔魔法を用いて私を追いかけてきた。
振り切ってしまわぬよう、少女が追ってこられるギリギリ速度で飛翔し、大海原の真ん中までやってきたときに、私はそこで振り向いた。
私が海へと移動した理由は、島とそこに住む生き物を傷付けぬためである。古代兵器は強力である、ユグドラシルですら傷を負いかねない。
海の上ならば周りを気にする必要なく戦える。
戦いの前に、一応私は少女に尋ねた。
「なぜ私を殺そうというのかね? 人の子よ」
返答はやはりなかった。古代兵器に魂を喰われた人間と会話などできよう筈もない。再び古代兵器を放つ少女。古代兵器は私の足を貫き、やはりすぐに塞がった。
私は返答が無いことを理解しながらも、もうひとつだけ訪ねてみた。
「私を殺せるなどと、本当に思っているのかね? 人の子よ」
わたしはすでに確信している。
私がこの少女に殺されてしまうことはない。
なぜ私の傷がこうも簡単に治癒されるのか。
竜とはそもそもが高い再生力を持つ生き物であるが、心臓を貫かれた傷が即座に治るようなことはありえない。…本来であれば。
わたしは自分の体に起きる神秘に一つ心当たりがあった。それは毎日飲んできたユグドラシルの樹液である。
私はここ10日間、ユグドラシルの樹液以外のものを口にしていない。
つまり今、私に流れている血液や肉には、世界樹の樹液が多量に含まれている事になる。
言わずもがな、世界樹の葉とは強い癒しの効果を持つ。当然、その癒しの力が樹液に宿っていても不思議ではないだろう。
高い癒しの力をもつ世界樹の樹液は、同じく高い魔力を持つといわれる竜の血と交じり合い、不死身にも近い治癒の効果を生んだのではなかろうか。
再度古代兵器から光が放たれる、が、今回はそれを上回る速度で回避した。
「竜相手に何度も同じ攻撃が効くわけがなかろう」
傷ついたところですぐに修復する私の体ではあるが、わざわざ自分から当たりに行ってやる必要もない。
しかし私の声は少女に届かず。
少女は機械のように私に向かって光線を放ち続けるのみであった。
単調なつまらぬ攻撃は、もはや二度と私の羽ばたきを捉えることができなかった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
そしてしばらくの時がたった頃
少女は死に瀕していた。
私が何をしたわけでもない。私はただ、放たれる光線を躱していただけにすぎない。
魔力と生命力を根こそぎ奪う古代兵器。もともと相当な魔力を持っていたであろう少女ではあるが、あれだけの数を撃てばさすがに枯渇もするものだ。
光線が放たれる間隔は次第に長くなり、今では一分に一発も打てぬほどである。照準もまともにあわず、少女はただ、口からうめくような呼吸を繰り返すのみだった。
私は考えていた。
私がこの古代兵器に勝つ方法を。
ほぼ不死身の体をもつ私にとって、この少女を殺してしまうことはたやすい。光線など気にせず近づいてかみ殺してしまうか。爪で頭を弾き飛ばしてしまえばよいだけなのだから。
あるいは私が自ら手を下さなくとも、あと数発も光線をはなってしまえば、少女の命の灯火は古代兵器に飲み込まれ消えてしまうことだろう。
が、それではこの兵器に勝ったとはいえぬ。
私はこの古き神々が人に残した遺物に、大きな憤りを感じていた。
おそらくはまだ10歳かそこらの少女だろう。人は竜ほどは長く生きぬが、それでも70年、80年の時を生きることができる。
この兵器は少女の命を、未来を奪っているのだ。
私は考える。この少女を救う方法を、この兵器に打ち勝つ方法を。
古代兵器は少女の体と完全に融合しており、力ずくで引き離すことは不可能である。
古代兵器が人の体より離れるときはその持ち手が死んだときのみだ。そして新たなる宿主があらわれるまで再び眠りにつく。命を奪う寄生虫。それが古代兵器というものだ。
私は受け継いだ記憶を探り続ける。
古代兵器を体から引き剥がす方法は、ただ一つ。
エリクシール
生命力と魔力を完全に復活させて、全ての状態異常を直すという神の薬。
製法は遥か昔に失われ、今や一瓶で国が買えるともいわれている。
‥が、これではだめだ。白竜から受け継いだ宝の中にはエリクシールは存在しない。あるいはこの世界の遺跡のどこかには今も何本か眠っているのかもしれぬが、事態は一刻を争う。
私は記憶を探る、先代の先代、さらに先代へと、古き知識の奥へ奥へと潜っていく、
何か‥、何かないのか! この少女を救う方法は…
そして、深く、深く、深く眠っていた記憶の片隅に、それはあった。
失われたエリクシールの精製方法。
遥か一万年前、まだ、人と竜がこの島で仲良く暮らしていたころの記憶を。
竜には一人の友がいた。一人の気の優しい青年だった。
流行り病に侵され、倒れていく人々を救う為に、研究に研究を重ねて作り出したエリクシール。
その手伝いをした竜に、照れ笑いを浮かべながら語ったその製法。
これだ!!
私に、天啓が舞い降りた。もちろん、今から悠長にエリクシールを作っている時間などはない。材料を集める時間も、それを精製する時間も少女には残されていない。
だが、あるいはこれなら…
わたしは一つの賭けにでた
私は翼をはためかせ、天高く舞い上がった。
少女も私を追いかけて天に昇る。
戦い始めてはや数時間。正午の太陽は真上にあり、太陽と私と少女が一直線に並んだ。
長い戦いの間、私は少女の戦いの癖を把握していた。
少女は古代兵器を放った後、せめて失われた酸素だけでも補充しようと肩で大きく息を吸うようになっていた。それが、少女の最大の隙となる。
少女が真上に向かってはなった光線を、私は僅かに身を捩って躱した。もはや古代兵器には当初の威力もスピードもない。
私は身をぐるりと翻し
ジョブワァーッ
大量の液体を、排泄器官より、少女に向かって放った。
少女の体積の数倍はある巨大な液体のかたまりは、古代兵器を撃ち終わり弛緩していた少女には、かわす術など存在しなかった。
我が液体は少女を包み込み、吐き出した酸素を吸おうと空けていた口の中にも大量に進入した。
そして…
ゴクン
液体が少女の喉を通る音が聞こえた。
あたりを静寂が包み込む。
私がこのような真似をしたのには理由がある。
古き竜の記憶にあったエリクシールの精製方法。その主な材料は、世界樹の葉と竜の生き血であった。
大量の世界樹の葉をすりつぶし地下3000メートルからくみ上げた星の生命力に満ちた水で煮沸する。その液体に、高い徳を積んだ僧が神秘の力を注ぎ込む。そこにさらに竜の生き血を混ぜ合わせ、七日七晩かけて、太陽の生命力と、月の魔力を浴びせた後に、澄んだ上澄みだけを抽出する。
こうしてできたものがエリクシールである。
さて、そこで私は考えた。世界樹の葉、星の生命力に満たされた水、注ぎ込まれた神秘の力…、これはユグドラシルの樹液そのものなのではないか?
そして竜の血についてだが。血と尿はほぼ同じ物質で構成されている。私の血に流れる魔力も同様に尿に含まれている。
私が生まれて早10日。私はユグドラシルの樹液を毎日飲み、太陽の光も、月の光も十二分に浴びてきた。
ならば今の私の血と尿は、エリクシールに限りなく近い物なのではなかろうか?
それを気づかせたのが、私に宿ったあの異常な治癒力だ。傷ついたところから血液が瞬間的に凝固し、肉と骨を再生する。あれは私の記憶にあるエリクシールの効果そのものだった。
あとは私の血か尿をいかに少女に飲ませるかという問題ではあるが、蝉であったころ、虫網で追いかけてくる人間に向かって何度も尿を浴びせた経験をもつ私にとって、それはたやすい事であった。
‥さて、少女の方はというと、
ぼたぼたと体中から水を滴らせながら、少女は未だ動きをとめていた。
果たして効果があるのか、それとも…
疑惑と不安を胸に、私は少女を見守った。
まるで少女の周りだけ時間が完全に止まったかのように少女は暫く微動だにしなかった。
海面だけが、静かに揺らめいている。
最初に動いたのはまぶたであった。
瞼が2度閉じて開いたとき、少女の灰色の目は生命の光を取り戻したかのように私には思えた。
そして、口を開き
「ふぇ・・」
ふぇ…?
「ふぇーんえんえんえん」
と、鳴いた。
奪われた感情と魂を一気に取り戻した反動であろう。先ほどまで人形のようであった少女は、まるで生まれたての赤子のように大声で鳴き始めた
「ふぇーんえんえんえん ふぇーんえんえんえん」
少女にはもはや戦う意思はない。
少女を支配していた古代兵器は、わがエリクシールの力によって、少女の肩からずるりと抜け落ち海の底へと消えていった。
「ふぇーんえんえんえん ふぇーんえんえんえん」
少女は救われ、私は古代兵器に勝利した。
「ふぇーんえんえんえん ふぇーんえんえんえん」
少女の声が辺りに響き渡る。それにしても、なかなかいい声で鳴くではないか。
少女の鳴き声に触発された私は、勝利の雄叫びをあげた。
ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン
少女の鳴き声もいっそう大きくなる
ふぇーんえんえんえん ふぇーんえんえんえん
ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン
私はユグドラシルに向かって声を届ける。案ずることはない、ユグドラシルよ。
私は勝ったのだと。
ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン
少女を救い、悪意ある兵器を葬ったのだと。
ふぇーんえんえんえん ふぇーんえんえんえん
少女の声も辺りに響き渡る。うむ、元気な声で何よりである。少女の声からは、生きていることへの喜びが伝わってくるようであった。
「ふぇーんえんえんえん、おしっ・・おしっこ・・ふぇ・・ふえぇええーん」
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×ようじょ
○にょうじょ