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No.33445の一覧
[0] 【完結】蝉だって転生すれば竜になる(ミンミンゼミ→竜・異世界転生最強モノ)[あぶさん](2014/07/11 00:39)
[1] 第二話 竜は真の慈愛を知る[あぶさん](2014/07/11 00:08)
[2] 第三話 孤独な竜はつがいを求める[あぶさん](2014/07/11 00:09)
[3] 第四話 竜はやがて巣立ちを迎える[あぶさん](2014/07/11 00:17)
[4] 第五話 竜の闘争[あぶさん](2014/07/11 00:22)
[5] 第六話 竜と少女の夏休み[あぶさん](2014/07/11 00:29)
[6] 第七話 蝉の声は世界に響く[あぶさん](2014/07/11 00:35)
[7] 幕間[あぶさん](2014/07/11 00:37)
[8] エピローグ 蝉だって転生すれば竜になる[あぶさん](2014/07/11 00:39)
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[33445] 第二話 竜は真の慈愛を知る
Name: あぶさん◆5d9fd2e7 ID:de479454 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/07/11 00:08




汝は生きるために食うべし、食うためにいきるべからず (キケロ)







竜は、この世界において神にも等しい生き物と呼ばれている


爪は地を割り、翼は空を裂き、知恵は星を覆う。


いかなる魔獣や幻獣も、竜の前では嵐の中の桜のようにその命を散らし、

命知らずの人間たちは、竜の知と宝を求めては、悉く骨となって風化する。

世界でもっとも古き一族の鱗は、魔獣の牙も、人の歴史も、貫くことはできぬのだから。


しかしこの、もっとも偉大な竜の力をもってしても、決して抗えぬものがある。

この私すら殺すことが可能な者、全ての生き物にとって最大の敵とよべる者、その名前を




空腹とよぶ




当たり前のことであるが、竜は肉食である。

正確に言えば雑食ではあるのだが、竜の巨体を保つには木の実や果実などではとうていまかないきれぬものなのだ。

私が卑小な蝉であったころは、木にしがみついて樹液をほんの少しでも分けてもらえばことたりたのだが、竜と成った身であればそうはいかぬ。

この腹を満たす樹液を得ようと思えば、一つの森が一瞬にして消え去ってしまうだろう。
そもそもが、今の私の舌は樹液をすするようにはできていない。


今の私は樹液など啜りたいとも思わない。

竜になったときに私の味覚も変化したのだ。我が舌と胃はもはや樹液など欲せぬ。

世界の王たる竜が樹液をすすって生きていくなど笑い話にもなりはしない。

血の飛沫と肉の叫びこそが、我に歓喜の調べをもたらすであろう。


私を産み落とした白竜は、時折ヒトが船で運んでくる生贄を喰らったり、魔獣や幻獣を狩って暮らしていたらしい。私が受け継いだ記憶の中には、それらの獲物がどこにいるか、どのように狩ればよいのか知識としてすでに備わっている。


いや、狩りというのは適切な言葉ではないかもしれない。

本来、野生動物の「狩り」とは、成功する保障も自らが傷つかぬという約束もない命がけの行為である。
草食動物というのはおしなべて走力と持久力に優れており、例え獲物を追い詰めても、死に体の獲物から手痛いしっぺがえしをくらうこともある。
マンティコアがユニコーンの角に貫かれて命をおとすということもこの世界ではよくあることなのだ。


しかし、こと「竜の狩り」になると話は違う。竜と他の生き物では存在の次元というものが違うのだ。
それはたとえ生まれたばかりの私とて同じこと。

竜である私が他の生き物に遅れをとることはありえない。また、我が偉大なる飛翔から逃れられる生き物などはこの世に存在しないのだ。

音すら置き去りにする羽ばたきで近づき、咆哮によって意識を奪う。それが竜の狩りである。

憐れなり。獲物達にとっては注意も警戒も意味はない。かれらにできるのはいつか自分がババを引くことがないように祈る事しか出来ぬのだ。

竜の住む島とは巨大な生簀であり、竜の狩りとは、その生簀から好きなときに獲物を摘み上げるだけの行為に過ぎない。


失敗などありえない狩りを果たして狩りと言ってよいかどうかもわからぬ。
とはいえ、私も知識として知ってはいるものの、実際に狩りをするのは初めてでもある。
そこで、狩りに出かける前にまず、私は竜の咆哮を試すことにした。

大きく息を吸い込み、岩山にむかって魔力を込めた咆哮を放つ。








「ミーーーーーーーン!!!!!!!(訳・破ぁああああああ!!!!!!!!)」









…はて?岩山が消し飛んでしまった。





なにが悪かったのか、受け継いだ知識の中では竜の咆哮が物理的攻撃力を持つことはないはずなのだが…。


私はしばし考えた後に、ふと思い立った。どうやらこの現象は、私の前世がセミであることに起因するのではないかと。


蝉とは昆虫の中では比較的大きいものの、生き物全体でみれば非常に小さな生き物である。
しかしその泣き声は、蝉の何百倍もの体積を持つ犬の遠吠えにもおとらない。

セミがあれだけの音量で鳴けるのには秘密がある。実はセミの腹の中はそのほとんどが空洞なのだ。
蝉は胸の筋肉をつかって音を発生させ、腹の空洞でその音を何倍にも増幅させて鳴くのである。

竜として生まれ変わった私ではあるが、前世の蝉としての発声法を魂が覚えていたのだろう。
結果、竜の咆哮に込められた魔力が蝉の発声法により何倍にも増幅され、山すら吹き飛ばす強大な武器となってしまったようだ。

兎も角、練習しておいてよかった。獲物が消し飛んでしまっては、ただいたずらに命を奪うだけの行為になってしまう。
空きっ腹で、まさしくセミの腹のようになってしまった胃をなだめながら、私はまず、咆哮の練習をすることにした。


とはいっても、もともと魔力の扱いにおいては並ぶもののない竜である。

その日のうちに、物理攻撃用、精神攻撃用、求愛用の3種の竜の咆哮を完璧に使い分けることに成功したのである。


準備はしすぎるに越したことはない。私は翌日、前世を通じて生まれて初めての狩りに挑むことにした。





次の朝、日の出と共に狩りを始めた。

さすがにもう胃袋が限界であった。そもそも、私は知識の継承のために一週間以上何も口にしていなかった。正直、今日にでも何か腹に入れないと飢えて死にかねない。


私の偉大なる目的(交尾)のためには、こんなところで力尽きるわけにはいかぬのだ。


・・・・・・・・

・・・・・・・・


狩りを始めてわずか2時間、私の目の前には10頭程の獲物が横たわっていた。生まれて初めての狩りは拍子抜けするほど簡単なものであった。

上空から獲物を補足し、そこから音速に近いスピードで一気に近づき竜の咆哮を浴びせる。それだけで獲物は皆気絶してしまう。あまりに間単に狩れるものだから、空腹にも関わらずつい興にのってしまった。ちょうど島の中心に、目印になるべき巨大な岩山をみつけため、捕らえた獲物はみなここに並べることにした。


ああ、誤解のないように言っておくが、私は目の前の獲物達をまだ一匹も殺してはいない。
こうして並べてみたのは、この世界での初めての食事となるこの記念すべき日に、どの獲物を食すべきか決めかねていたからだ。

決して初めての肉食に怖気づいたわけではない。


もちろん、全ての獲物を食べるなどという選択肢も存在はしない。
過ぎたる食は肉体だけではなく心も肥満させる。鋼のごとき竜の肉体を持つものは、心も鋼でなければならぬのだ。


次々と目をさます魔獣に動くなと目でにらみを利かせながら、私は一匹一匹物色していくのだった。


私の舌と胃を満たすであろう、憐れなスケープゴート達を…。




最初に目をさましたのはキマイラという種族であった。獅子の頭と、ヤギの胴体、毒蛇の尻尾を持つそれは、私が受け継いだ知識が伝えるには、ヤギの胴体こそ美味であるものの、ライオンの頭部と蛇の尻尾はとても食えたものではないらしい。
目の前のキマイラを観察する、ライオンの鬣は恐怖に逆立ち、ヤギの後ろ足はすくみあがっている。



「ミーン(訳・去れ)」



キマイラは文字通り蛇の尻尾を巻きながら一目散に逃げ出した。なぜ、私がキマイラを食さなかったのか? きまっている、胴体だけ食って捨てるなど奪った命に失礼なことができる筈がないだろう。
生き物の命をうばうのなら、その全てを感謝をもって食す。それが生きるということなのだ。

なお、少し余談ではあるが、キマイラのように言語を解さぬ生き物とて、わたしは竜のテレパシーにより意思を直接伝えることができる。

少し乱暴な分類ではあるが、この世界においては言語をもたぬ種族を魔獣、言語を操る種族を魔族や幻獣とみなしている。
本来であれば、言語を持たぬ魔獣と話すことは不可能な筈だが、竜であるわたしにとっては造作もないことである。
竜の言葉には言霊が宿るゆえ、たとえ相手が聾者であったとしても、直接意思を届けることが可能なのだから。



次に目を覚ましたのは、ケルベロスと呼ばれる種族であった。ケルベロスもキマイラと同じく魔獣である。3つの頭を持つ魔犬は目を覚ますなり


くぅーん くぅーん


と、腹を見せて服従した。ふむ、メスか・・と、詮無きことを考えながら、私はこの哀れな犬を解放することに決めた。
先代の竜の記憶でも食べられないことはないがあまり旨いものでもないとある。他に食べるものがないというのならともかく、惨めに命乞いするこの犬をわざわざ殺すこともあるまい。

帰ってよいと伝えると、ケルベロスは一鳴きして、森へと消えていった。



次に目をさましたのは、ハーピーという種族であった。鳥の四肢と女性の肉体をもつこの種族は、鳥と人間を足して二つでわったような美味らしく、先代の竜もこのハーピーという種族が大好物だったらしい。
とはいっても、ハーピーばかりを食していたわけではない。先代の白竜は、いろんな種類の動物達を満遍なく喰らうことを常に心がけていたようだ。竜とは大喰らいな生き物のため、ひとつの種類だけを狩り続ければ、その種はほどなく絶滅してしまう。
先代はハーピーを食すのは三月に一度と決めていたようだ。

目を覚ましたハーピーは私をみて言葉にならぬ悲鳴をあげた。先代の好物であった彼女の一族のことだ、竜にさらわれるということがどういうことかよく知っているのだろう。

しかし、涙目になりながら口をぱくぱくさせるハーピーの少女を見たとき、わたしはある疑問を持ってしまった。

私は彼女が怯えぬよう、慈愛をもって問いかけた



「ミーンミンミンミンミン?(訳・ひょっとして、しゃべることができないのかい?)」



ハーピーの少女はおそるおそる首を上下にふった。


-喋れぬとは、憐れな-と、私は心のなかで呟いた。

ハーピーとは、本来その歌声で獲物をまどわす生き物だ。歌えないハーピーなど、声の出せぬセミほどに悲しい生き物であろう。彼女がここまで育つには並々ならぬ苦労があったに違いない。
それに気づいたとき、私にはとてもこのか弱き生き物を喰らおうなどとは思えなかった。


私は彼女に里に帰るように伝えた。

ハーピーの少女は目をしばしばさせながらも、私の気がかわらぬうちにと、里のある方角へと飛び去っていった。

飛び去りながら、時折おそるおそるこちらを振り返っていたのが印象的であった。
あの憐れで可愛らしいハーピーが、ささやかながらも幸せに生きてくれることを私は願った。



次に目をさましたのは、ラミアという種族であった。

ラミアは私の姿におののきながらも、必死にお腹を両手で隠そうとしていた。
よくよく見れば、彼女のお腹は肥満ではない膨らみ方をしていた。


…ふむ、まさか。

ラミアは腹を守るように、こちらをにらみつけてくる。ラミアの如き生物が竜の前でこうも気丈に振舞える理由はただ一つだ。

もっとも、その顔は蠟細工のように血の気がうせ、体は真冬の川に落ちたひなねずみのようにがくがくと震えていたのだが。


「ミーンミンミンミンミン(訳・勇敢にして優しき母よ。許してほしい、そなたが身ごもっているとは気づかなかったのだ。さあ、行きなさい。そして、丈夫な子供をうみなさい)」


ラミアはぽかんという表情を見せたあと、一礼してこの場を去って言った。
私としては、竜の咆哮がお腹の子供になにか悪い影響を与えていないことを願うのみだ。


狩りの時、ラミアが身ごもっていることに気づけなかったのには理由がある。ラミアの夫婦はメスが妊娠している間は夫はその傍をかたときも離れないという。
もし、私があのラミアを見つけたときに夫である雄の姿を認めていたなら、彼女を狩ろうなどとはおもわなかっただろう。

しかし、私があのラミアを見つけたときには、近くに他の生物は誰もいなかった。それは、つまり………。

私には、あの母子が幸せに暮らせることを祈ることしかできなかった。



次に目をさましたのは、リザードマンと呼ばれる種族のメスである。トカゲと人を掛け合わせたようなこの種族は、目を覚ますなり私の足元にひざまずいた。


ふむ…、また命乞いか…。


初めはそう思ったが、顔をあげてこちらを見るリザードマンの眼差しは、私の想像に反し、喜びと恍惚に満ちていた。


曰く


彼女の一族は竜を信仰の対称にしていること。

竜に食された者は、天国の奥深くにあるという、絶対なる幸福へと辿りつけると信じていること。

さらに彼女は竜信仰の祭儀を執り行う巫女であるということ。

尻尾をブンブンと左右に振りながら、リザードマンの巫女はそう説明した。

信仰とはかくも凄まじきものなのか、彼女にとっては竜の餌になることは、恐怖などではなく、至上の喜悦だというのだ!

さて、わたしは確かに彼女を餌にするつもりで捕獲した。しかし、向こうから食べてくれと迫られると、逆に食べる気をなくしてしまうのが人情というものである。

そもそも、そのカマキリのメスのような表情で近づくのはやめてほしい。これではどちらが捕食する側か判ったものではない。

腹は減っていないから帰ってくれと諭すが、彼女は一向に引く気配を見せず、「せめて尻尾だけでも、それもだめなら先っちょだけでも」と詰め寄ってきた。


ほとほと困り果てた私は、もう一度咆哮で気絶させ、ちょうどその時目をさましたガルーダに頼んで彼女をリザードマンの里まで連れて帰ってもらうことにした。

ついでにガルーダも逃すことになってしまったが、まあ、いたし方あるまい。そもそも少しカラスに似ている為、ガルーダを食すのはあまり気乗りはしなかったのだから。


その後も、セイレーンに、アラクネ、ペガサスに巨大な蛙と、空腹であるにもかかわらず、これらを食べてみようという気にまったくなれなかった私は、結局捕まえた獲物の全てを逃がしてしまった。

もういちど別の生き物を狩りに行くべきかともおもったが、狩りにいったところでどうせ同じことの繰り返しなのだと気がついた、


私の前世は蝉という、常に命を狙われる生き物であったがために、命を奪うことの重みは幾分に知りすぎていたのかもしれなかった。


例えば私がこれから1000年生きるとして、いったいどれだけの屍を積み上げていくというのだろうか。わが今生の目的は、そうまでして達せられなければならぬことなのだろうか。

岩肌に身を預けながら、私はふと、蝉であったあのころに毎日口にしていた樹液の味をおもいだした。



…死に瀕した今、もはや自分を偽る必要などあるまい、正直に言おう。






私は樹液が好きだ。






木々の表装をながれる甘い液体は、私の渇きをいやし、生きる活力を与えてくれた。

成虫に鳴る以前、まるで白いイモムシであったあの頃から、私は樹液のみを食して生きていたのだ。

大きな木からわずかに頂くお零れが、セミであった頃の私の喜びであった。

樹液を、毎日飲んでいたあの甘い樹液を、私はもう一度飲みたくなった。

毎日樹液ばかり飲んで飽きないのかと思う者もいるかもしれないが、とんでもない。

樹液の味とは木の種類によってまったく異なるものなのだ。

それどころか、同じ種類の木ですら、一つとして同じ味をもっていないのだ。

若い木々の樹液は、その活力を現すように青く瑞々しく

壮年の木の樹液は、太陽の光をいっぱいに吸い込んだ力強い甘みをもち

年老いた木の樹液は、木の中で熟成されまるで極上のワインのような味となる。


樹液への我が愛と知識は、私に残された短い時間では決して語り尽くせぬであろう。

生まれながらにして樹液で生きるセミは、樹液のソムリエールと言っても良いであろうから。



樹液よ

樹液よ

ああ、樹液よ


今一度、私の渇きを癒してはくれぬだろうか。

もう二度と、私の腹を満たしてはくれぬのだろうか。

この竜の舌では、お前を舐めとるには大きすぎるのだ。

この竜の体では、木にしがみついても押し潰してしまうだけなのだ。



私は子守唄を歌う。


自分のための子守唄(レクイエム)を。



激しい空腹の中、しかし私はこのまま朽ちるのも悪くはないと思えてしまった。

何の因果か、一度は死んだ身が蘇ることができたのだ。

雲の上まで羽ばたくことができたのだ。

一瞬ではあったが、竜の生もなかなかのものだった。




…だが、もしももう一度生まれ変われることができるのなら、


わたしは、もう一度蝉になりたい。

メス蝉と絡み合いながら空を飛びたい。



そしてなにより、

もう一度、お腹いっぱい樹液を飲みたい。



そう願いながら、わたしは目を閉じた。




…そのときであった。ふと、背中から甘い極上の匂いが漂ってきたのは。


不信と確信をもって私は振り向く。



なんとそこには、岩の裂け目からあふれんばかりの樹液が流れだしているではないか!



ああ…、何という奇跡だろうか!

原始の神は水から大地をうんだというが、神は今、この哀れな竜の為に大地から樹液を生んだというのか!



私はその岩にむしゃぶりつこうとして、ふと気付いた。


岩などではない。これは…木か?


私は継承した知識からその正体を知る。








大樹ユグドラシル







私が住む島の中央に位置する、天まで突き抜ける始まりの木。その葉は瀕死の生き物すら治療する高い癒しの力を持つという。

しかし繁殖することのない世界樹は、実をつけることなどなく、先代の竜にとっては羽休めの止まり木でしかなかった。

先代の竜は知る由もなかったのだろう。実のならぬ木にも甘味(じゅえき)は存在するということを。


目の前の琥珀色の液体が私を誘う。

わたしは、それをそっと爪で掬い、ちろりと舐めた。






「みっみみーーーーーーーーん!!みみみみみっみーーーーーーん!!!(訳・ぶっひゃああああああああ!!うんめゃあああああああああい!!!!)」






私はその味に、羽をバタつかせながら歓喜した。

なんという高貴な甘み、なんという豊かな香り、そしてこの柔らかな喉越し!

ああ、これぞまさに天上の美味なり!!! かような食物がこの世には存在したというのか!!

この樹液の前では、モミの樹液ですら泥水に思えてくる。


わたしはそのまま木の割れ目に顔をうずめ、じゅるじゅると音を上げながら樹液をすすり続ける。私の喉を、胃を、細胞を、ユグドラシルの樹液が癒してくれた。



ああ、もっと、もっとだ。


もっと湧き出せ、命の泉よ!



こんなとき虫であったあのころならば、導管をふかく木の隙間に差込み、好きなだけ樹液を吸い上げることができたというのに…、

竜の身というのは、なんと不便なことか。


しかしそのとき、ふと気づいた。

いや・・、そうか、わたしには、導管はなくともこの長い舌があるではないか。


わたしの舌は割れ目の奥へと進んでいき、そこに残った樹液のすべてを嘗め尽くす。


するとなんということか、舌を動かせば動かすほど、この蜜壷からは新たな樹液がいくらでも沸き出でるのだ。

わたしはおもわず舌をはげしく上下に動かした。内壁を強くこすればこするほど、早く動かせば動かすほど、濃厚な樹液が次々とあふれ出てくるのだ。


私はまるで、砂漠を長く旅した駱駝がようやくみつけたオアシスの泉で、無心に舌を動かし続けるように、大樹の裂け目を弄り続ける。



(‥まっ…ねが、い、おちつい‥て…)



その時ふと、私の脳裏に誰かがよびかける声が聞こえた気がした。しかし、そんなことは関係ない。私の至上のひと時を邪魔できる者などこの世界には存在しない。



(‥きづいて…だめっ、‥ふっ…あっ、こえが‥)



私の舌は止まらない。まるで舌だけが別の生き物になってしまったかのように、無意識にうごきつづける。今の私は竜ではない、ただの樹液を舐めとる機械なのだ。



(…そこはっ、いやっ…はぁっ…あぁっ…、ああっ…)



相変わらず私の脳裏に正体不明の声が聞こえてくる。しかしわたしは、どう舐めればもっと効率よく樹液を摂取することができるか。それだけで頭がいっぱいだった。



(‥はっ、っは、はっ‥ぁあ…ぁあっ、‥ぁあああぁっっ!!!)



最後に、何者かの叫び声とともに、私の口に洪水のような樹液が流れ込んできた。



その全てを飲み干し、私の腹が満ちたりたその時、まるで母親の乳房が稚児が授乳を終えたのを察したかのように、ピタリと樹液がとまったのだ。




私は前世を通じて、嘗て味わったことのない高揚感と幸福にみたされていた。

私は悟った。私がこの大樹の慈悲によって命を繋いだことを。

この世界でもっとも偉大な生き物は、竜である私ではなく、この大樹なのだということを。


私は、左手を胸にあて、右手を大樹に伸ばして心からの感謝をつたえた、

そのとき大樹から、私の右手を通じて言葉が流れ込んできた。


(…はぁっ…はぁあ‥、ようやく…、おちついてくれましたね。優しき竜よ)


驚愕するしかない。これは・・・、まさか大樹ユグドラシルの声だというのだろうか‥?

大樹ユグドラシルとはいえ、植物である木に意思があったというのだろうか?

私の疑問を感じ取ったのか、ユグドラシルは言葉をつづける。


(ふふっ、わたしはずっと呼びかけていたのですよ。もっとも、まるで生まれたての子ヤギが母親の乳にすがりつくように、必死で樹液を飲んでいたあなたの耳には届かなかったようですが‥。)


わたしはユグドラシルの言葉に赤面してしまった。原始の木たるユグドラシルから見れば、例え何万年もの記憶を受け継ぐ竜といえども、赤ん坊にすぎないのだろう。

わたしは、自らの非礼を心から詫びる。意思ある木、そして生物の母たる木から、わたしは恥知らずな野良犬のように樹液を啜りつづけていたのだから。

しかし大樹は、やはり母のような慈愛でうけとめてこういった。


(優しき竜の子よ、あなたの行いはずっと見ていましたよ。早く獣の血に慣れる事ができると良いですね。)


ああ、ユグドラシルには、わたしが獣を食せぬところもすべて見られていたようだ。


(短い間でしょうが、私の樹液で良ければいくらでもそのお腹を満たして下さい。)


ああ、なんと慈愛の深い生き物だろうか、わたしが血をすすり、肉を糧とできるようになるその日まで、彼女は樹液を与えてくれるというのか。

これではまるで、乳離れできぬ赤ん坊そのものではないか。

わたしはいたたまれぬほどの恥ずかしさと、これからもこの大樹の樹液を得ることのできる幸福で、どんな顔をしたらいいのかわからなくなってしまった。


大樹はそんなわたしに、恥ずかしがることはないのですよと、前置きしながら、


(‥でも、その…、次からはもう少し優しく吸うようにしてくださいね‥。)


と、付け加えた。


これが私と、大樹ユグドラシルの最初の出会いとなった。

私の竜としての生でもっとも深くかかわることになる大樹、

この日、私は彼女のもつ樹液以上に、その大いなる慈悲に心をうたれたのだ。


わたしはふと、あのリザードマンの巫女のことを思い出した。


なるほど、彼女が私に身を差し出せるように、私もユグドラシルのためなら喜んでこの身をさしだせるのであろうな。

私は、大樹に最上級の賛辞を込めて歌う。


彼女の偉大さを讃え、彼女だけに聞かせる歌を。








ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン











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メインヒロイン(木)の登場。
やっぱ転生モノのヒロインは人外にかぎりますよね。







あ、人化とかないですから。



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