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No.33354の一覧
[0] ウージェーヌ・ラスティニャックの、フシギな、アイの、告白(中世ヨーロッパファンタジー的、身分差別的恋愛物語)[yuasa](2012/06/06 15:06)
[1] 第二話 ミニョン[yuasa](2012/06/06 15:25)
[3] 第三話 アンナ[yuasa](2012/06/10 03:23)
[4] 第四話 エステラ・ド・ハビシャムの好奇心[yuasa](2012/06/11 16:13)
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[33354] ウージェーヌ・ラスティニャックの、フシギな、アイの、告白(中世ヨーロッパファンタジー的、身分差別的恋愛物語)
Name: yuasa◆763d16ae ID:c6ddc953 次を表示する
Date: 2012/06/06 15:06
2012.6.6「です・ます」調に改訂


   第一話 ウージェーヌ・ラスティニャックの愛の告白


 私たちティル・シュピーゲル魔法学院の、地上から一五〇フィートの高さにある尖塔の壁には出窓がついていて、どこかの市民の野菜畑のような小さなバルコニーに繋がっていました。この場所はいつもしつこいくらい風が吹いているので、バルコニーの絞首台から垂れ下がっているロープも、いつもジタバタ揺らめいていました。

 ウージェーヌ・ラスティニャックは、この絞首台の風景がとっても好きでした。彼はこの絞首台に人生の機微を感じ取っていました。もちろん、ほとんど世間知らずのウージェーヌだって、今となってはギロチン刑が一般的な死刑の手段だってことくらい知っています。でも、彼はギロチン刑よりも絞首刑が好きだったのです。というよりも、絞首台そのものが好きだったのです。原始的で、悲しくって、その不思議な悲しみが大好きなのです。

 彼は、お昼休みや放課後になると、空の色と同じ灰色の帽子を目深にかぶり、絞首台の椅子に座って、強くて冷たい風を頬に受け、頭上に人間の息の根を止めるロープの揺れを感じながら、本を読むのが日課でした。その本は、難しければ難しいほどよかったのです。頭がこんがらかっちゃうくらい、難しい本。――そして本を読む彼の隣にはいつもエカテリーナ・マースロワの姿がありました。

 エカテリーナ・マースロワは賤民の出。賤民がはらんだ子で、この学院に入学するまで賤民の手で育てられました。彼女の最初の頃の口癖は、どんなものだったと思いますか? 

「よお。てめえ、何様だってんだ」

 これが彼女の口癖でした。誰よりも賤民に近い女の子、誰よりも野蛮で、誰よりも意地汚い、誰よりも憎たらしい女の子、その子がエカテリーナ・マースロワでした。

 で、その根っからの賤民エカテリーナ・マースロワと、根っからの貴族で、根っからの優しい少年ウージェーヌ・ラスティニャックとは一年前――魔法学院入学からの付き合いだったのですが、彼はこの女の子がとっても好きでした。彼女の卑しい文化や振る舞い、眼つきや言葉遣いを、貴族らしい女の子のものとするために、ウージェーヌはずっと彼女をみてきました。ああ、だけれど、彼女はどうやったって《狼の子》であり、《魔女の子》でありました。クラスメイトからはそうやって呼ばれ続けていました。でも、彼はそんな彼女が大好きでした。珍しかったし、愛おしかったし、不思議と気が合ったのです。

「みてみて、ウジェニー。もうすぐ、この縄、千切れちゃうわ」

 カチューシャ――ウージェーヌは彼女のことを《カチューシャ》と呼び、カチューシャはウージェーヌのことを《ウジェニー》と呼んでいたので――が、ちょっと下品だったけれど、お嬢さまらしい口調で言いました。

 彼女は絞首台の首のわっかを両手で掴んで、ブラブラ揺れていました。強い風が吹くたびに、彼女の長い黒髪がもみくちゃになって、どっちが顔かわからないくらいでした。カチューシャはおかしそうに笑っています。

「ほら、ほら。ウジェニー。いったい、このロープのお化け、何人の首を吊ったのかしら。百人以上かしら、千人以上かしら。わたしのこの卑しい手で、千切ってやるんだから」

 ウージェーヌはほほえんで言いました。

「カチューシャ。そのロープのお化けは自分の手で人間を殺したりはしないよ。ここで死ぬ人たちはね、悲しいことがあって、そうするしかなくなって、自分から望んでそのわっかに首を突っ込むんだ」

「え、そうだったの?」

「うん、そうなんだ。ティル・シュピーゲルの伝統みたいなものさ。死にたくなった人は、みんな自然とここにやって来て、そのロープに首を突っ込んで椅子から飛び降りるんだ」

「何人くらい死んだの?」

「去年は誰も死ななかった。でも、たいてい一年に一人は死ぬみたいだから、百人単位で死んでることになるね」

「フウン。じゃあ、早いとこ千切ってやらないとね」

 ロープにぶら下がったまま、グイ・グイとロープを引っ張るカチューシャ。ウージェーヌ・ラスティニャックはそんな彼女をほほえましそうに見つめていました。また、絞首台がギシギシ鳴るのを聞き、ロープがギリギリ鳴るのを聞き、その耳に過去の人間の悲鳴を聞いていました。彼は人間が死ぬ瞬間の苦しみのことを考えていて、椅子の上に立ち上がって、ハアハア息を切らして、首をわっかに突っ込んで、キュッと首に巻きつけて、それから沈黙して、沈黙のまま、眼下の街並みを眺めながら跳び下りる――その瞬間を思い浮かべて、じいっとほほえんでいました。
 本をパタリと閉じて、彼は彼女に言いました。

「ねえ、カチューシャ」

「なあに?」

 前か後ろかわからない顔を、彼女はウージェーヌに向けます。

「ぼくはきみのこと、とってもとっても好きだ。愛してる。この学院を卒業したら、ねえ、結婚しようよ」

「え、なあに? 聞こえないわ」

 と、マースロワは言いました。
 風が強かったし、ロープがギシギシ鳴っているし、何より彼女はこのロープを引きちぎろうと必死だったから、ウージェーヌの声がまるで聞こえませんでした。でも、マースロワは笑顔でした。ウージェーヌはその笑顔がちょっと恥ずかしくて、一瞬だけうつむきます。うつむくと、やっぱり過去の人間の悲鳴が聞こえます。
 彼はもう一度言いました。

「カチューシャ、ぼくは、死んじゃうくらいきみを愛してるよ。結婚しようよ」

 カチューシャは目を丸くしました。ウージェーヌを、不思議そうにまじまじと見つめました。ぼんやりしてしまいました。ウージェーヌの顔をぼんやりと、それでいて食い入るようにまじまじと見つめて、彼が何を言っているのか、何を言ったのか、ちょっとだけ考えてみました。あれこれ考えているうちに、彼女の手がロープを離してしまいました。その瞬間、

「あ――」

 と、ウージェーヌは叫びました。

(ああ……)

 と、不気味な印象が、不意に彼の胸を貫きました。そうして、上品なスカートを穿いたカチューシャのお尻がドシンと床につきました。
 彼女はそのままの姿勢で言いました。

「アイ?――アイ?――ウジェニー。アイ?」

「ぼくは、きみのことが好きってことさ」

 ウージェーヌは、カチューシャが、魔法学院に入りたてのころ《愛》という単語を知らなかったことを思い出し、ゆっくり言い直しました。

「でも、ウジェニー……ダメだよ」

「どうして?」と、ウージェーヌ。彼は、ちょっとだけ胸が苦しくなっていました。よくわからない不気味な印象がどうしても胸に残っていたし、ああ、それに自分の愛が否定されているのですから。

「ねえ、ウジェニー。聞いてちょうだいね」

 ウージェーヌは帽子を取ってうなずきました。彼の頭上ではロープがプラプラ揺れていました。ずうっと、誰か知らない人間が、透明な人間がさっきから首を吊っているような気がします。ウージェーヌは、彼女の言葉に耳を傾けました。

「ねえ、だって、わたし、賤民の子なのよ。卑しい卑しい皮剥ぎ職人の娘の子なのよ。わたしだって、この学院に入る前、よく死んだ犬に触れていたのよ。死んだ牛や豚に触れていたのよ。不運で、陰気で、悲しい土星のもとに生まれた人間なのよ」

「今はきみだって貴族じゃないか。ぼくが保証する。きみは絶対に立派な貴族だ」

 マースロワは首を横に振りました。もちろん、尻もちをついたまま。彼女の黒くて長い髪がカラスの羽のように灰色の空気を横断しました。

「わたし、今だって、全然貴族じゃないわ。全然、賤民のままだわ。もっと正確な文法でいうとね、〝てめえはあたしのこと、何にもわかっちゃいねえのさ〟ってことよ。〝てめえが何しようが、あたしは賤民のままなのさ。で、あたしみたいな用なしのあくたれは、用なしのあくたれとしか結婚できないのさ。あたしのこと、好きになっちゃくれねえのさ。だって、そうじゃねえか。犬は犬と結婚するんだ。そうしなきゃ子ができねえじゃねえか。そうさ。あたしはどうせ、そういう娘なのさ。ああ、ほんとうに。そういう娘なのさ。てめえに何がわかるっていうのさ〟」

 マースロワは、汚い言葉を口にしながらも、ちょっとおかしそうでした。不思議な恥ずかしさがあるようで、彼女はずっとはにかんでいました。それはウージェーヌの好きな表情でした。いつもウージェーヌが、なんとはなしに感じている悲しみに、ピッタリ一致する表情でした。ああ、ぼくは彼女を愛してる……と、ウージェーヌはやっぱり思ったのです。
 ウージェーヌは彼女の隣に座って、帽子を目深にかぶり直しました。そして言いました。

「ぼくはそれでもきみが好きなんだ。ねえ、きみは、ぼくのこと好きじゃないの?」

 マースロワはクスクス笑いました。そうして、ちょっと下品なお嬢さまの言葉遣いを、もうちょっとだけ下品にして言いました。

「あなたがほんとうにわたしのこと好きっていうんならさ、あなたも賤民になってみてよ。わたしのことがほんとうに好きっていうんならさ――。わたしは貴族の男となんて結婚しないよ。お父さまがいくら結婚しろって言っても、ゼッタイ嫌だわ。あいつらにはアイなんてない。アイのかけらもないわ。マホウがなくなっちゃったのも、きっと貴族のやつらのせいさ。やつらにアイがないから、マホウがなくなっちゃったのさ」

 ウージェーヌの顔にほほえみが起きました。彼はどうしたって、今、まさに喜ばざるをえなかったのです。

「――賤民には愛があるの?――愛があるの?――ほんとうに?――それに、賤民になったら、きみはぼくのことを愛してくれるの?」

 マースロワも、やっぱりほほえんでいました。

「ええ、約束するわ。ウジェニー。あなたが身も心も賤民とおんなじになったらね。そのときは、今度はわたしがあなたに貴族の文化を教えてあげる。ナイフとフォークの使い方を教えてあげる。《愛》の綴りを教えてあげる。マホウのこと、いろいろ教えてあげるわ」

 ウージェーヌは彼女の言葉をきいて、ニッコリほほえみました。灰色の空をみあげて、大きな分厚い雲がゆっくり流れているのを眺めました。で、彼は彼女と握手しました。ずいぶん長い間握手しました。それから絞首台の椅子に立ち上がり、ウウンと背伸びしました。時計のついた尖塔のてっぺんより高く、ウウンと空高く背伸びをしました。
 ウージェーヌ・ラスティニャックは手に持っていた本をバルコニーの向こうに放り投げました。帽子を灰色の空の向こうに投げ捨てました。で、椅子からピョンと跳び下りて、彼は一度死んだのです。

「ああ、いい気分だなあ。とってもいい気分だよ、ぼくの大好きなカチューシャ!」

「――あなたが立派な賤民になって帰ってくるまでには、このロープ、千切っておくわね」

 カチューシャは、さっきと変わらずやっぱりおかしそうに、でも、ちょっとだけ誇らしげにウージェーヌをみつめて、そんなことを言いました。


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