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No.33343の一覧
[0] 異世界帰りの2年C組[七号](2012/06/03 19:33)
[1] プロローグに続くエピローグ、1[七号](2012/06/03 20:32)
[2] プロローグに続くエピローグ、2[七号](2012/06/24 00:06)
[3] プロローグに続くエピローグ、3[七号](2012/06/24 02:39)
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[33343] プロローグに続くエピローグ、3
Name: 七号◆3aacea22 ID:d45356c4 前を表示する
Date: 2012/06/24 02:39
 ――――西の門、門前。

「くつろいでな、って言われたのに」

 くすんだ黒髪を靡かせて、マモリはそう一人ごちた。
 目の前には異形の黒。それが一体や二体どころではなく、少なくとも黒:8の砂漠:2などと言われても頷いてしまうくらい、黒の塊が眼前に蠢いていた。

 これでくつろげる奴を是非見てみたい、とマモリは薄ぼんやりと思う。

「……この数、『流れ』、だよね」
「まぁそうだろうね。ムスペルヘイムで数は減っている筈だし、なによりあいつらがこんなに見逃す筈がない」

 マリの言葉に頷きそう返すマモリ。
 流れ、とは他の門から流れて来た異形のことだ。
 ここ西門と隣接している門は、多数の軍勢で異形達を相手取っている。
 そして、異形達は基本的には「生命」を殺すために愚直に動くが、別に思考能力がない訳ではない。
 例えば、前が詰まっていたら横に移動したり後ろに下がったり、なんて単純な動きなら可能である。
 早い話、隣接している門、南門と北門は多数の人員で門の前を陣取り、異形達を国の中に入らせない様に踏ん張っているのだ。
 それは良い。あるいは作戦通りでもある。
 だが、これもまた予想していたが、門の前を陣取っている連中は、国の中に入らせないのが目的だ。つまり、異形の生死はこの際関係がないということ。そもそもが死ににくい怪物だ。一々『核』を見つけ潰す余裕なんてありはしない。
 結果、異形は前に進むが、進めず。しかし数は中々減らない。後続は前が詰まると、移動する。後ろや……他の門へ。
 それが、この有様だった。
 あおりを受けているのだ、この西門は。

(これしか方法がなかったとは言え……はん、相変わらず貧乏くじを引いてるね、アタシ達)

 ガショ、と金属音を高々と上げさせ、マモリは背負っていた盾を構えた。
 ふと隣を見ると、マリと視線がかち合った。
 マリは何も言わず微笑み、マモリもまた無言で微笑んだ。

(……いや、貧乏くじを引いてしまうんじゃ、ない。アタシ達が進んで引いているんだ)

 眼前には黒。異形の黒。
 情けはない。ただそこにある命を蹂躙する存在。
 それが、目の前に居る。暴力を司る様な連中が、まさしく暴力的な数でそこに居る。
 だけど。

(アタシ達が貧乏になれば、その分『誰か』は裕福になる。それに)
 
 別に自己犠牲を好んでいる訳ではない。
 手にした強大な力に酔っている訳でもない。
 ただ、誓ったのだ。彼女は、彼女達は。
 愉快に生きると。笑って戦うと。
 愉快に生きるには、異形が邪魔だ。
 笑って戦うには、否定が邪魔だ。
 だから彼女達は受け入れる。そうして、彼女達は勝って来たのだ。
 違わぬ誓いを胸に、マモリは盾を両手に持ち、目を瞑る。
 彼女は黒を見ず、ただただ力を込める。意思を篭める。魂を籠める。
 すっと息を吸う。頬を吊り上げ、凶悪な笑顔を見せながら叫ぶ。

「アタシ達はっ! 何時だって這い上がって来たっ! 来いよバケモノ! アタシ達が引いた『大凶』を、そっくりそのまま叩き付けてやるからさぁ!」

 ぶん、と鈍い音を立てて彼女の持つ盾、アイギスの両端から淡い桃色の光が漏れる。
 やがてそれは大きな円になり、マモリを、隣に居るマリを、そして後ろに悠然と佇む門を覆った。

「オーバースフィア」

 全てを護る桃色の神の盾と、全てを殺す黒の暴力が、此処に激突した。






 ――――西の門、戦場
 
「た、たたたたたすけてぇええええぇぇぇええええええええええ!」
『うっひょひょひょひょひょ! シラユキたんペロペロペロペロレロペロペロペロ!』
「くんなくんなくんなくんなくんなぁあああああああああああああ!」

 戦場に響く、美しい悲鳴。
 歌姫、シラユキは目に涙を浮かべながら逃げていた。
 彼女を追っているのは、巨大な青い塊、そこから出でる数本の触手である。
 ただそれは、異形とは関係ない。
 と言うか、むしろシラユキの味方ですらある。

 這い寄る触手から涙目で逃げるシラユキを尻目に、異形を剣で蹴散らしながら、クルミが言う。

「あひゃーぉ……なんと言うか、流石ユッキーだよね。ここで『触手先生』にカチ当たるとか。『持ち』過ぎでしょ、あいつ」
「けききききき。あいつは何時だって目立つからな。ガチパネェ」
「こ、こんな目立ち方は嫌だよヘイメーン! アツシ助けてヘルプミー!」
「けきききき。今忙しいからムーリー!」
「そ、そんなぁあああああ! クルミ!」
「私も忙しいしぃー」
「ケーコ!」
「にっひゃひゃひゃひゃ! 無理!」
「ケン!」
「いいぞ先生! アイツをもっと追い込め! ひょーう!」
「やだ、私の性格、嫌われすぎ!? カズキ! ヨシツグ!」
「捕まるに100」
「じゃあ逃げ切れるに100」
「賭けすんなぁああああ! じゃあタロウ!」
「わり、今集中してんだ、邪魔しないで」
「なに真面目に仕事してんの!? だからKYって言われんのよッ!」
「お前に言われたくねぇ炎ぉおおおおおお!」
「あち、あ、あっちゅい! すこ、少し焦げたぁあああああああ!」 

 悲痛な叫びを上げ、タンクトップから出る白い腹をチラチラ見せながら、シラユキは直走る。
 そしてそれを追う二、三本の触手、と黒の異形を叩き潰し、締め付け、薙ぎ払う無数の触手。
 そう、この戦場にある巨大な塊は、ネクロマンサーであるリョースケ、アヤコ、カエデが召喚した『この世在らざるもの』なのだ。
 何故それがシラユキを追い掛け回して居るかと言うと。

『ワイとラブラブランデブーやでシラユキたあああああああああん!』

 この触手塊、通称『触手先生』はシラユキのファンなのだ。それも、かなり過激な。
 余談であるが、この『触手先生』は狙って召喚出来るものではない。
 ネクロトリオが誇る奥義、『混沌召喚』。それは三人の死霊使いが同時に詠唱することにより強力な『この世在らざるもの』を呼べると言うものである。
 しかし、『この世在らざるもの』の内、誰か来るのかは分からない。完璧なランダムなのだ。
 クルミが言う『ここでカチ当たるとは』と言うのは、つまるところこんな土壇場な状況で己の天敵とも言える触手先生に出会ってしまう、シラユキの天性のエンターテイメント性に慄いた言葉なのである。

「くそっくそくっそぉおおおおおおおおお! 歌姫奥義! ダウナーディストーショナルグラビテンション!」
『ぐはははは! 効かへん、効かへんよぉおおお!』
「滅多に見れない奥義キタああああああああ!」
「しかし流石先生、なんともないぜ」
「……あれって、ガチでシラユキの最大奥義だろ? 確か、ハープと超高音の声で重力を発生させるとか云々」
「『私は歌姫。歌を歌うのが誇り。攻撃には、使わない』とか言ってたのにコレだヨ」
「しかもそれを仲間のピンチとかに使うんじゃなくて、こんな場面で使うのがアイツらしいよねぇー」
「歌姫の誇り(笑)」
「みみみみみ、みんなぁあああ! 笑ってないで助けてよぉ! 今は結構手ぇ空いてるでしょぉ!」
「にゃひゃひゃひゃ。まぁ空いてるっちゃ空いてるけど……」
「それは先生が頑張ってるからで、ぐっ、ぐふ、かか、かかか。先生が消えた時の為に体力を温存しとかなきゃなぁ……かかかかっ!」

 逃げるシラユキ。追う触手。蹴散らされる異形。そしてダルそうに適当に剣を振るい、高笑いしている仲間たち。
 シラユキは若干涙目になりながら、本を開きながら魔力を放出し、触手先生の顕現を維持する三人に声を掛ける。

「お前ら超笑ってんじゃーん! YOYOYOYOYO! 助けてYO! ネクロトリオぅ!」
「いやー、だけどさ、触手先生、超仕事してんじゃん。ざまぁ」
「あくまで片手間にシラユキを追っかけてるだけなんだヨね。ざまぁ」
「せっかく先生を召喚出来たのに、わざわざ還すのは勿体無いしねぇ。ざまぁ」
「語尾から出る抑えられない愉悦!? それは何故だと問うのは愚問!?」
「……まぁ、愚問だな。おらぁッ、炎ぶっぱ!」
「っぅららららららららららららぁっ!」
「ひっぎゃああああああああ! っしゃ死ね死ね死ねぇえええええ!」

 青い触手の間隙を縫う様に、タロウが炎を飛ばし、チンピラーズが異形を斬る。
 そしてシラユキは全力ダッシュ。そんな中でもハープは鳴らしっぱなしでブーストを止めない彼女は正しくプロの鏡だった。

「南門の時は、誰が出たの?」
「顔面凶器先輩。外れではないけど、先生と比べるとな」
「ガチンコ対決だったら先輩が有利なんだけどねぇー」
「圧倒的な数を相手にする時は、やっぱり先生に限るヨ」
「ところで、時間は?」
「うーん、先生は最初から最後まで弱体しないからねぇー」
「聞いてみないと分からないヨ」
「よし。……おーい先生ー! あとどんぐらい顕現してられるー!?」
『シラユキたんがおるんなら、あと2時間くらいはイケルでぇ!』
「うっそぉおおおおお!? 私が居るだけでそんなにぃ!?」
『嘘や。まぁあと1分ないやろ』
「ちくしょうちくしょうちくしょぉおおおおおおお!」

 とことん触手先生に弄ばられるシラユキは、歌姫ならではのとんでもない声量で悔しさが籠もる咆哮をあげた。
 砂漠の中に轟くその叫びは、無駄にエコー音として響き、やがては触手先生の姿がうっすらと透明になっていく様と呼応するかの如く、消えていった。

「お、時間か」
『それじゃーの! みんな気張りやぁ! ワイの見立てだと、やっこさん達の数も底が近いでぇ!』
「お疲れー! 先生ありがとー!」
『あ、リョースケ、アヤコ、カエデ。今度呼ぶ時は、シラユキたんとのマンツーマンを期待しとるで』
「了解」
「善処するヨ」
「前向きに検討しとくねぇー」
「了解すんな善処すんな検討すんなふざけんなぁあああああああ!」

 無数の触手を『バイバイ』と振りながら消えていく触手先生と、それに応えて手を振る彼ら。
 シラユキはそんな様子を恨みがましい眼で見ながら、異形から離れ一人息を吐いた。

「っはぁ、はぁ……ふ、ふひ。ふひゃぁ…………」

 ハープを置き、乱れに乱れた息を何とか整えようとするシラユキ。
 先生のお陰で眼前にはそれほど異形がおらず、奥の方で蠢くそれらとは未だ距離がある。
 だがシラユキが休められるのが先生のお陰であるならば、そもそもこうして疲れてしまったのも先生の所為なのだ。

「だけど実際、先生はホントにペロペロしたい訳じゃなくて、ただ逃げる姿が可愛くて見たいだけだからね。シラユキが諦めてその場に座り込んだりしたら、優しく頭を撫でてくれるヨ」
「やだ、先生超紳士……」
「まぁその頭を撫でる触手はヌルヌルした謎の液体が付いてるけどねぇー」
「やだ、超気持ち悪い……」
「そしてそのヌルヌルに涙目になった女の子が一番萌えるんだと」
「これが変態紳士か……」
「流石先生は格が違うな」

 シラユキは暢気に会話しているネクロトリオとその他のことを、一旦意識の埒外に置いた。
 今はあの先生の所為で醜態を晒してしまい、望まない目立ち方をしてしまったが、本来の彼女はスターなのだ。ヒップホッパーなのだ。ナンバーワンでなければならないのだ。ライブハウス的な意味で。
 彼女は早々に立ち上がり、そしてハープを持った。

「くふ、くふふふふふ。カミングなう、私の時代」

 右手で軽やかに弦を弾く。
 きゅいーんきゅいーん、と相変わらずハープから出ているとは思えない謎音にノリにノって、シラユキ、オンステージ。

「っしゃこらー! HeyHeyHey! ようようようよう! 魑魅魍魎! 飽くなき声だしシチュエーション! ぼーいずえーんどぅがーるぅ! リッスン! 私SHIRAYUKI、歌の申し子! ライムに酔うなり? これがオーディオ! 決めだYOチェキ……」
「あれ、なんかコイツ等動き鈍くなってね?」
「そう言えば、少しだけ……」
「ちょっ、聞けよっ! 私のラップぅううううううう!」

 もう何度目か分からないシラユキの慟哭は置いといて。
 確かに、異形の動きは少し鈍っていた。
 先生が打ち漏らした僅かに前線に残る異形は、どことなく先程とは違く、僅かに行動が遅くなっている様に見えた。

「良かった! 全員無事か!」
「お! この爽やかなイケメンヴォイスは!」
「コージか!」

 どこからともかく、爽やかさを感じる透き通った男の声が聞こえる。
 見ると、北門がある方向から一人の少年が現れた。
 彼は仲間の様子を見ると、白い歯をむき出しにして笑顔を見せる。 

「おう! 少し遅くなったけど、皆元気そうだな!」
「ってことはアレか。『遅行の風』か、これ!」
「ああ! この砂漠に吹く風に『呪い』を混ぜたんだ! 相手の数が数だから効きは薄いが、これで多少は楽になる!」
「えげつねぇえええ! けど爽やかぁああああああああ!」
「かつてここまでイケメンな呪術師がいただろうか」
「まぁそもそも歌姫がラップする時点でおかしいよな、俺ら」
「希少な筈のネクロマンサーが無駄に三人居るってのも、なぁ」
「チンピラ騎士には言われたくないヨ」

 要はマトモな奴なんていないと言う事だ。

「おいコライケメン! これから私の見せ場だったんだぞ! どういうつもりだ!」
「ひょーう、お前がどう言うつもりだよ」
「シラユキは十分目立ったと思うけど」
「ケンもタロウも黙ってYOチェキッ! テメェ、この、この……ハンサムがッ!」
「ああ! ありがとうな、シラユキ!」
「何も悪口思いつかないんだねぇー」
「相手がコージだと、皮肉にもならんからな」
「けきききき! 先生に次いで今度は天然のコージに当たるとは!」
「やっぱシラユキは持ってるヨ」
「かかかかかかかかかかかかかか!」


 笑い合う彼らを見て、コージはその整った顔を微笑の形にした。首にある黒い十字架のアクセサリーを軽く握る。
 元より、彼は心配なんぞしていなかった。
 彼らが悲しんでいるところなんて、想像が付かないからだ。
 笑いが絶えない。悲しまない諦めない省みない嘆かない。
 それが、彼らで。そして、コージはそんな彼らが好きで、また誇りでもあった。
 ――――そんなどこまでも前向きな彼らにふさわしくない、後ろ向きな職業の彼だけど。

「呪術師、常盤 浩二とアナテマセカンド」

 ――――彼は呪う者。呪いが必要な世界を呪う、世界一ポジティブでイケメンな呪術師なのだ。

「”嘆き”、勝つぞっ! お前らっ! 勝って、これで終わりだっ!」
『言われなくてもぉおおおおおおおおおおおおおおお!』

 コージの叫びに、剣士たちはそれぞれの得物を構え、砂漠の奥から出でる異形を迎え撃たんとする。
 そこで、今度はどぅーんどぅーん、と言う世界観が違う重低音が響き渡る。
 言わずもがな、シラユキであった。それはもう皆分かっていた。

「コージばっかり良いカッコさせないぞぉ! うるうぁっ! 聞けよソルジャー走れよデンジャー! 高らか叫べばあかさたなはまやらわ!」
「くっそぉおおおおおおお! 最早適当なラップなのにぃいいいいいい!」
「ちっくしょぉおおおおお! 力は無駄に湧くぅうううううううううう!」
「あひゃーぉ! ユッキーのブースト、加え、コージの呪い!」
「にっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 勝てる! 勝てるよぉ!」
「……なぁ! これ、何人か門に行った方がいいんじゃないか!?」
「ん、そうかも。こっちにコージが来た事だし……って、あ」
「あっ! そうか、コージがここにいるっつーことは!」

 その言葉に、コージは親指をぐっと立てて、白い歯を剥け笑った。

「ああ、大丈夫だ! 門には委員長ズが行ってる!」




 ――――西の門、門前。

 マモリのアイギスは、神の盾。
 そこから出でる桃色のフィールドは、彼女の体力を利用し、無敵の膜を出し続ける。
 そしてマモリは仲間内で最もスタミナがある。なんだったら、丸一日、守護球体『オーバースフィア』を維持することだって出来る。
 だけどそれは、守る対象が自分だけだったらの話。
 ――――今彼女が展開しているのは、後ろに聳える壁を覆うほどの巨大な球体なのだ。
 黒の異形は、『壊す』ことや『殺す』ことに対して判断能力があるようで、自然、壊しやすい方向に進行していく。
 この国を囲む壁は、攻略は容易くない。徒手空拳しか使わない異形には、この壁は壊せない。
 しかし、『門』は違う。
 元々は開閉する役目を持つ門だ。つまり、『開く』ことが前提の、守り。
 無論、壁よりもその破壊難易度は易い。
 だからこそ、マモリは門を覆う球体を展開させて。
 だからこそ、おぞましい程の数の異形が球体にむらがり。
 そうして、一刻と、ゆっくりと、だが確実に、マモリの体力は減っていくのだ。

「……マモリちゃん」
「……心配は要らないわ」

 横に佇むマリの言葉に、額に汗を滲ませながらマモリは頷く。
 しかしその言葉は、強がり意外の何ものでもなかった。
 彼女の切り札の、かつてない展開量。
 常に加えられる、圧力。
 オーバースフィアは無敵だ。決して崩れることはない。
 だが、マモリの体力が尽きればそれは消えるし、圧力を掛けられれば、その分体力を消耗してしまう。
 限界が近いわけではない。すぐに尽きてしまう程、マモリは柔ではない。
 だが、この状態がいつまで続く?
 守護球体に攻撃能力はない。ただ防ぐだけだ。
 そして、圧力を掛ける異形の数は増える一方だ。
 ここで削れらるのは、体力だけではない。何時終わるかも分からない、無限地獄に対抗するための精神力だ。

 だけど、彼女は尽きない。彼女は折れない。
 マモリは、チラリと横に佇む少女に目線を送る。

「……歪、塒、捩じ切れる螺旋、共振、蛇行、堕ちる腕、瞬く黒、毒は此処に、この胸に、この杖に」

 ぶつぶつと、意味不明な言葉を羅列するマリ。
 目を瞑り、自身の身長程ある杖を腕に抱きながら、マリは呟き続ける。
 彼女が行っているのは、魔力の回復。精神を深く集中させ、思いついた単語を並べると言う単純な瞑想法である。
 広域殲滅魔法、ムスペルへイムを全力で放った彼女に、残った魔力は僅か。
 先程のお遊びの様に放った、対チンピラーズ用のお仕置き雷撃程度ならともかく、異形を相手取る為の魔力なぞ、残っていない。
 だがそもそも、マリの役目は初手の大魔法で数を減らす、と言うものだ。
 つまり、彼女の役割はもう終了していると言う事。
 それなのに、こうして無理やり魔力を回復させているのは、マモリを信頼していないから、では勿論ない。
 マリは、マモリは無論のこと、仲間たちを絶対的に信頼している。
 だけど。
 彼女は守られるだけのお姫様ではない。
 仲間たちが地獄を這いずり回っているのに、役目を果たしたとは言え、ただ指を咥えて待つのは、彼女の矜持に反すのだ。
 マリが求めたのは、可憐で優雅な、ヒーローを待つお姫様ではない。
 彼女は、狡猾で、時に残酷で、敵を丸呑みし、仲間と泥沼を泳ぎ抜く、大蛇の様な魔導師なのだ。

 しかし、それこそだからこそ。マリの信念を分かっているからこそ。
 マモリもまた、容易く尽きることは出来なかった。
 単純なプライドの問題だった。
 彼女はガーディアンだ。災厄から守る、守護者だ。
 それがどうして、易々と諦める事が出来ようか、折れることが出来ようか。

(よしっ……!)

 マモリはアイギスを両の手で強く握り、そして決意する。
 守護球体を維持するのに必要なのは体力だ。だけれども、そこには使用者のメンタリビティが色濃く影響する。心を強く保てば保つほど、オーバースフィアは更に輝くのだ。
 そして、今、マモリの精神を強く満たす為には。

「マリ、ごめん、ちょっといい?」
「……ん。なに? マモリちゃん」
「…………『アレ』、お願いできる?」

 その言葉を聞いた途端、マリの顔が引きつった。
 幼く見える顔の造詣が、しかし似つかわしくないほど、頬の筋肉が吊り上り、歪に笑った様になってしまう。
 瞑想を途中で打ち切り、マリはジトっとした目でマモリを見た。

「……私ね、マモリちゃん」
「うん」
「マモリちゃんのこと、一番の親友だと思っているんだ」
「それは、アタシもだよ」
「だけど、マモリちゃんの『それ』だけは理解できないよ……」
「ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけだから! 先っぽだけだから!」
「なんの先っぽなのぉ……?」

 溜息混じりに再びマモリを見ると、目を輝かして期待するような目で自分を見ていることにマリは気付いた。
 だが、マモリが言う『アレ』は、特にデメリットがないのだ。加え、『アレ』を使えばマモリの守護球体は殊更輝きを増す。
 それは分かっている、分かっているのだけど、生理的に受け入れにくいのだ。
 だけれども、今はそんなことを言っている場合でもないのも、分かっていた。

「はぁ……」

 諦観が篭る息を吐いたマリは、心を決める。
 幼さの中にも強い意志が籠もっている筈の瞳は、汚されたように濁っていた。
 マリは己の持てる表情筋を全力で操作し、なんとか『笑顔』を作って、それをマモリに向けた。

「が、がんばって! お、おねえちゃん!」

 途端、マモリに駆け巡る脳内物質っ……!
   
   アドレナリンっ……!
   
       アドレナリンっ……!

 アドレナリンっ……!

          アドレナリンっ……!
  
   アドレナリンっ……!


 そして、アドレナリンっ……!


「ふ、ふぉおおおおおおおおおおおおおおおお! おおおおおお、おおおおおおお! おねねねねね、おねぇちゃんがんばるよぉおぉおおおおおおおおぉおおお! マリの為にがんばるからねぇえええええええええええええええ! ああああああ! マリ可愛いよぉ! 同じベッドの中に入って頭を撫で撫でしたいよぉ! え? 怖くて一人でトイレに行けない? ふひひひひ、んもぅ、マリは甘えんぼさんねぇ。うん、大丈夫、おねぇちゃんが一緒に行ってあげるから。ほら、ちっちしましょうねー」

「ああああ、マモリちゃんの妄想の私が汚されていく……」

 頭を抱えるマリに、自身の妄想を広げながらニヤけるマモリ。
 ヤバイ性癖を盛大に披露しているマモリだが、彼女のテンションに比例して、球体も色濃く輝いている。具体的には美しい桃色から、エロティックなショッキングピンクに。これ以上ない下種な輝き方だった。
 ちなみにマリとマモリは勿論姉妹ではないし、そもそも同年代である。
 マモリは『幼い少女(又は幼く見える少女)』を『自身の妹』とすることに快楽を感じるロリコンとシスコンのハイブリッターなのだ。

「ふふふ、マリも遂に小学生か……時が経つのは早いね……おねぇちゃんおねえちゃんって言ってたあの子が、もうこんなに大きくなったんだ……ふふふふ、いくつぐらいまで一緒にお風呂入って来るのかなぁ。いくつまで一緒に寝てくれるのかなぁ。も、もしかして彼氏とか出来ちゃったりして……い、いやそれはまだ早いはず……!」
「私、マモリちゃん同い年なんだけど……」

 ちなみにマリが小学生だった時、マモリとは出会っていない。あくまでマモリの妄想である。

「誰か来てくれないなぁ……出来ればヒサシ君辺りがいいんだけど、キャラの濃いシラユキちゃんでもいいなぁ……と言うか最早誰でもいいなぁ……この空気どうすればいいの」

 ポツリと弱音を吐くマリ。
 戦力的な意味では助けはそれほど必要ではないが、なんというか、誰かに来て欲しかった。
 今、この場に居るのは生命を奪い尽くす黒い異形と、バッドトリップをかましている無二の親友だけである。
 マリは攻め立てる異形よりも隣に居る親友に心折られそうになっていた。敵は身内にあり、とは良く言ったものである。

 と、そこで。

「ライトニング乱れ月下!」
「ダブル疾風刃っ!」

 マモリが展開する球体に群がっていた異形たちが、忽ち切り刻まれる。
 内何体かは『核』に当たった模様で、砂漠の中に音も立てず消えて行った。

「あっ!」

 と、喜色満面と言った表情でマリは声を上げる。
 ショッキングピングに広がる球体の向こうには、二人の男女が異形を蹴散らしていた。
 利発そうな顔の少年と髪の毛を後ろで二つ結びにしている少女。
 少年は二本の小太刀をそれぞれ逆手に持ち、少女は白刃輝く刀を横に構え、球体の中に居る二人を見た。

「すまん! 遅くなったぜ!」
「大丈夫……なの、これ? なんか……マモリがトリップしてるんだけど」
「うん……ダメージは受けてないけど、私の大事な何かがゴリゴリ削られてて、ちょっとヤバかった」
「え……っ! バレンタインにチョコを渡す……!? だ、駄目よ! まだ早いわっ! て、手作りしたいぃいぃぃいぃぃい!? 誰!? 誰なの!? おねぇちゃんに教えなさい!」

「……ね?」
「お、おう……」
「う、うん……」

 なんも言えねぇ、そんな空気が、確かに此処に蔓延った。

「ごめん、ちゃっちゃと名乗って、ちゃっちゃと終わらせて。私も早いとこ魔力回復して、手伝うから」
「マリ、すっかり眼が濁ってるんだけど」
「何時もはもっと丁寧なのに、投げやりだぜ」
「え!? 駄目よマリ! こんな水着はまだ早いわ! ほらこのスクール水着で十分……あらやだ可愛いぃいいいいいいいいぃいぃぃい!」
「……早く! このままだと、私が成人式を向かえちゃう!」
『悪かった』

 マリの最早金切り声に近い悲鳴を受けて、二人は浅く息を吐いた。
 北門の戦線が安定したので、急いで門に来た彼らだったが、安定のカオス空間に、今度は二人で安堵の息を吐く。
 『最終決戦』でもマリとマモリのペアはこんななのだ。
 恐らく、コージに任せた前線の戦場も、やっぱり何時も通りなのだろう、二人は互いに顔を見て、そして笑った。
 ―――――ならばこそ、刀を振ろう。祭りに斬り込もう。

「委員長、伊賀 玲子と妖刀正宗フルカスタム」
「委員長、海田仁 哲也と青眼アドバンス&バースト水月」

 ――――盛大な祭りももう終盤。最後まで自分たちらしく、愉快に斬ろうじゃないか。

「”一刀二刃”、ぶっち斬るわ!」
「”二刀一刃”、斬り刻むぜっ!」

 砂漠に無数の剣閃、煌く。



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