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No.33287の一覧
[0] 【装甲悪鬼村正】今宵の虎徹は血に飢えている[ぬー](2012/05/30 05:55)
[1] 追憶編-1[ぬー](2012/05/30 06:02)
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[33287] 【装甲悪鬼村正】今宵の虎徹は血に飢えている
Name: ぬー◆76dc2fa3 ID:e0cde98c 次を表示する
Date: 2012/05/30 05:55
*はじめに*


以前、チラ裏で同タイトルのものを連載していました。
暫く忙しくて更新できず、先日久々に続きを書こうとしたらパスワードを忘れてる始末…
しょうがないので一から書き直そう、と気合いを入れました。
が、プロットを作り直しているうちに全く違うものになり
結果「これ恋姫とクロスさせる必要なくね?」となりました。

というわけでクロスオーバーではなく、村正の逆行ものに生まれ変わりましたw
以前と全然違うので続きを期待されていた方々はごめんなさい。
気が向いたらまたクロスもの書きますー










「序章:終幕」








「あのね」
「……」

破局と言う瞬間が穏やかに流れ。
光と闇だけが移ろいゆく世界の終わりに——

「お兄さんに教えてない秘密が、まだひとつだけあるんだ」

いつもと変わらぬ、悪戯な笑みを浮かべて茶々丸が呟いた。

「言ってみろ」
「うん。実はさ」

一呼吸を置き。
茶々丸は続けた。
大切な秘め事を明かす羞恥を乗せて。

「一目惚れだったんだ」
「……」
「最初に声を聴いた瞬間から好きでした。……知ってた?」
「……」

その意味を反芻する。

「……」

茶々丸は無言で様子を伺っている。
照れたように。
期待するように。

「そうか」
「うん」

自然と頬が緩んでいた。
感情は既に捨て去っている自分に、それは何に由来してもたらされたものかは分からなかったが。
悪くない。
見れば、茶々丸も笑みを浮かべている。

悪くない。
激戦を終えた疲労感も。
静けさに満たされた世界も。
『相棒』の、小さな身体から伝わるその温もりも。

悪くない、ただそう思えた。



———世界が終わってゆく。
穏やかな崩壊の気配。
全ての音が忘れ去られたようなその光陰の中で。
茶々丸の呟きが耳に届いた。

「…くるよ」

何が、そう聞き返そうとしたその時であった。

「……地中から……光が……?」

まばゆく輝く巨大な光の柱。
神々しさを備えたそれが、地中より空を貫いていく。
一本のみではない。
二本、三本、四本——

「これは……」
「ん、これはちょっちやばいかな。おにーさん、あっちの屋根のあるところに行こっ」
「?」
「いーからいーから!」
「あぁ…」

特別断る理由もなく、頷く。
疲労した身体を動かすのは面倒ではあったものの。
だが、茶々丸が無意味なそのような行動を強いるとも思えず…
俺はその言に従った。

「ただの光ではないな…これは…水のようにも見える」
「さすがお兄さん。当たりー」
「黄金に輝く、水?…なんだこれは…あの水に当たった木々が水晶のように…」

空を貫いた光が、雨のように地上に降り注ぐ。
そしてその光に触れたものが、金色の鉱物へと化していく。

「黄金の夜明け、か」
「何?」
「この光はね、お兄さん。劔冑の元素なんだよ」
「劔冑の?」
「そーだよ。あの論文にも書いてあったでしょ?やっぱりあの変態、唯の阿呆じゃなかったんだねー」
「……」

劔冑の元素。
地中深くに眠る『神』の力を含んだ水。
それが、この地上に降り注ぐと言う事は…?

「届いた…届いたよ、御姫は。神の座に。」
「……」
「ほら見ておにーさん、あそこ」

茶々丸の指を指した方向。
相模湾——いやもっと先、太平洋上か。
一際長大な光柱が吹き上がっている。
高い。
雲の上、更にその上へ。
まるで何かを天の涯まで押し上げるかのよう。
そしてその先には。

「…太陽?」

太陽が————もう一つ。


「あれが……神」
「うん」
「そしてあれが…光…なのか?」
「…うん。あれは御姫で……地底の牢獄から解き放たれた神だよ。どっちが食ってどっちが食われたんだかは、まだよくわからないけど」
「……」
「声が変わってるんだよね。」
「…声?」
「そう、あの糞っ垂れな神サマの雄叫び。あれがね、柔らかくなってる」

緑龍会にて茶々丸に聞かされた、あの『声』の事か。

「今は子守唄みたいに聴こえる。……これ、御姫の声だよ。きっと」
「……」
「お兄さんも、聴いてみる?」
「あぁ。」

ん、と頷いて茶々丸が陰義を行使する。
——感覚共有。
人も劔冑をも超越した、茶々丸の感覚が捉えたものが、俺にも伝わる。

「…これは…」

唄が、聴こえる。
人を闘争の衝動に駆り立てる、あの銀星号の唄が。



——生と死の選択を己に課す命題として自ら問う
——されば嘲笑の歓喜する渦に喜劇の幕よいざ上がれ
——嵐の夜に吠え立てる犬は愚かな盗賊と果敢に戦う
——暖かい巣で親鳥を待つ雛は蛇の腹を寝床に安らぐ
——木漏れ日の下で生まれた獅子は幾千の鹿を飽食し
——せせらぎを聞く蛙の卵は子供が拾って踏みつぶす

——生の意味を信じる者よ道化の真摯な詭弁を聞け
——死の恐怖に震える者よ悪魔の仮面は黒塗りの鏡
——生命に問いを向けるなら道化と悪魔は匙を持ち
——生命を信じ沈溺するなら道化と悪魔は冠を脱ぐ

——獣よ踊れ野を馳せよ唄い騒いで猛り駆け巡れ
——いまや如何なる鎖も檻も汝の前には朽ちた土塊


銀星号の唄。
光の唄。
なんと恐ろしい唄だろう。
なんとおぞましい唄だろう。
そして。
なんと愛しい唄だろう。


——奇跡を行う聖人は衆生を救い神を呪って嘔吐する
——黄金の兜の覇王は万里を征し愛馬とともに川底へ沈む
——湖の微姫は国を捨て愛を選び糞尿に溺れて刑死する
——狐赤児は虫丘虫引の血を母の乳とし三夜して腹より腐る
——生命よこの賛歌を聴け怒りおののく喜びを枕に

——百年の生は炎と剣の連環が幾重にも飾り立てよう
——七日の生は闇と静寂に守られ無垢に光り輝くだろう

——獣よ踊れ野を馳せよ唄い騒いで猛り駆け巡れ
——いまや如何なる鎖も檻も汝の前には朽ちた土塊

——生と死の狭間に己を笑い恍惚として自ら忘るる
——されば夜明けの嘆きを鐘に神曲の幕よいざ上がれ
——生命よこの賛歌を聞け笑い疲れた怨嗟を重ねて
——生命よこの祈りを聞け怒りおののく喜びを枕に

——百年の生は炎と剣の連環が幾重にも飾り立てよう
——七日の生は闇と静寂に守られ無垢に光り輝くだろう

——獣よ踊れ野を馳せよ唄い騒いで猛り駆け巡れ
——いまや如何なる鎖も檻も汝の前には朽ちた土塊

——朽ちた土塊…


だがしかし、唄は傾聴してようやく微かに聞こえる程度のものであり、それも茶々丸の超感覚を介しての事だ。
あれがもし銀星号であるならば、直接脳髄に語りかけるように響き渡る筈…

「いかに御姫でも、すぐにあの神サマを掌握しきるのは難しいよ。しばらくは様子見ないとね」
「…大丈夫なのか」
「大丈夫。あの御姫だもん。あてらにできるのは、御姫を信じて待つ事だけだよ」
「…まぁ、何かしたくてもできる状況ではない事は確かだな」
「どう見ても成層圏超えてるもんねー。」
「武者の騎航で届く高さではないな」
「さすがのあてもあそこまでは無理っす。コロンビヤード砲で撃ち出してもらうしかなさそうだ」
「月面まで行く気はない」

軽口を叩きながら、見上げ続ける。
——光。

「…待ってればいいよ、お兄さん」
「……」
「御姫は必ず降りてくる。求めるものを、手に入れるために」

光の求めるもの——父。
奪われた父の愛、それを。

「取り戻すためにか。」
「うん。」

今の俺は、光のため、ただそれだけのためにある存在だ。
光が求めるのあれば、否定するものは何もない。
例え何に背約しようとも——

「如何なる鎖も檻も、朽ちた土塊…か…」
「ん?」
「何でもない。…行くぞ」
「んにゃ?どこへ?」
「光が降りてきた時に俺がただの水晶になっていました、では話にならんからな。それに…」

脳裏に浮かべる。
世界の破滅を望まない者達。
つまり世界の大部分の人間達。
あるいは、世界そのもの。

「光を害そうとする者も現れるかもしれん。今はまず傷を癒さねばならん」
「そうだね。余人にどうにかされるような御姫じゃないと思うけど、まだ完全に神を御せていない状態で余計な刺激は避けるべき、かな。」
「あぁ」

今は、雄伏の刻。
光を迎えるためにも、いち早く万全の状態に整える必要がある。
俺たちは、支え合いながら半壊した普陀楽城内へと歩みを進めた。




/※/





あれから、幾日かが経った。
怪奇な天体は今日もそこにある。
人々の間では第二の太陽という呼称が定着していた。
それは外観のみに由来するもので、その実態に太陽との共通項はほぼない——引力を無視した運動をする、強い光を放つが熱は発していないらしい、等々。
自然的あるいは人為的に発生した一種の幻想という推測が、今は専門家の間で主流を占めていると聞く。
真意を確かめるための本格的調査も各国で計画されている——が、現情勢下で実行は難しいだろう。

あの『神』の解放から、何週間何ヶ月と経ったわけではない。
しかしこのごく短い間に世界各地で起きた激変は、過去の歴史の数年分、あるいは数十年分にも相当するだろう。

中近東、大漢帝国、イベリア半島、イタリア半島、大英連邦本国、ポーランド、トランスヴァール公国、オーストラリア、南米大陸、インドネシア諸島、タイ王国…
地球上にあった戦争の火種その全てが、発火し周囲を焦がしているのだった。
大和も例外ではない。
六波羅と進駐軍の戦いは惰性的に続き、これに各地の反幕勢力が介入し、更に幕府と進駐軍のそれぞれで内部分裂が生じ——争乱は混迷し拡大する一方である。
この全世界的激動は、一部の有識者が主張するような大英連邦を筆頭とする専制支配に対する現代人類の統合的拒絶意思の表れなのか。
それとも——

「銀星号の…光の精神汚染が世界全土を狂わせつつあるということか」
「だね。範囲が広いせいで汚染の進行は遅いみたいだけどね。あての見立てだとあと一週間くらいかな」
「……」
「全人類が戦うだけの狂獣になるまで」
「滅ぶな、人間世界は」
「とりあえず鋼鉄で守られてるから武者は残るよ。もちろんあてらもね」
「本当にとりあえずの事に過ぎんな。武者のみで社会を維持できる道理がない。」
「そうだね。社会が崩壊して、死に絶えてゆくか。それより先にみんなガラスの像になるか…どっちかだ」

そう言って、茶々丸は視線をこちらに移した。
笑っている。心底、嬉しそうに。

「世界は終わるよ、お兄さん」
「そうか」

何の感慨もなかった。
もとより、そのつもりで始めた事。
光を助けることが出来るのならば、その他の全てを代償に差し出すことに何の痛痒もなかった。
だが…

「茶々丸、お前はどうするつもりだ」
「ん?」
「お前の望みは叶った。もうまもなく世界は終末を迎える。目的を達したお前はこれからどうするつもりだ」
「そうだねー。厳密にいえば、まだ目的を達成したわけじゃなくて、達成しつつあるわけだけど。…まぁ達成したようなもんかな。あのうるせぇ神畜生の声が優しい御姫の声になったから、ここ数日はゆっくり眠れてるし。」
「……」
「なーんもないや。あははははは。
「……」
「あてにはもうなーんにもないよ。だからね、お兄さん。」

熱を帯びた表情で見つめてくる。

「あてには、もうお兄さん——御堂だけ。あてはお兄さんの武器として、防具として、道具として…ただお兄さんに使われるだけだ」
「……」
「あぁ、なーんて健気な乙女でしょう。あてにこんなことを言わせるなんて、この色男さんめー」

うりうり、と肘で身体を突いてくる。
鬱陶しくはあったが、強いて止めるほどでもない。
面倒でもあったため、そのままにさせた。

「…『あれ』は降りてきたが……何も起きんな」
「完璧スルー!?もう慣れてきたけどあてへの扱いは世界の終わりでも変わらないのかー!!」
「煩い。真面目な話、どうなっている、茶々丸」

茶々丸の言った通り、『神』のは地上へと降り立った。
黎明に降下を始め、今は富士の山頂付近で静止していた。
同時に、強烈な光の放射はおさまっていたが、朧々と輝きは保ち、消滅してはいないことを主張している。
だが、それだけで——特に何が起こるというものでもない。
万世不変の八洲鎮守——霊峰富嶽の頂に、ただ荘厳に在るのみであった。

「うーん、あてにも分からない。もしかしたら、もう少し近付いたら分かるかもしれないけど…」
「余計な刺激は避けるべき、か?」
「うん…でもそうとも言い切れない…あるいは外から突っついてやった方が…」

そこで、茶々丸は言葉を止めた。
そして神を——いや、空を睨む。

「どうした?」
「…お兄さんには見えないか。ちょっと待ってて。」

近付いてきた茶々丸が俺の胸に手を当てる。

「……!」

途端に溢れる情報。情報。情報。
反乱する情報の渦に放り込まれる。
これは前と同じ——いや、あの『神』の強烈な声は響かないが。
茶々丸の感覚共有、それに違いなかった。

「……」

視界が広がってゆく。
以前は聴覚を主体とした共有であったが、今回は視覚であるらしかった。
生体劔冑である茶々丸の驚異的な視界が、空の果てを捉える。

「あれは…戦闘か!?」
「うん。御姫の『子供』達と…こりゃあの二人だね」
「あの二人…?」

無数の白銀の武者を相手取っている機影が二つ。
うち一つには見覚えがあった。

「あれは…一条か。」
「だね。相変わらず正義の味方やってんだな。身の程知らずが」
「もう一人は?」
「大鳥香奈枝。」
「何…?」
「そっか、お兄さんは知らなかったんだよね。大鳥香奈枝は武者だよ。あのいつも背負ってたでっかい楽器がそう」
「ほう」

言われて見れば…劔冑にも微かにその面影がある。

「あの二人は懸念するほどか?」
「いや。どう足掻いても、あの群れを突破して御姫に辿り着くのは無理じゃないかな。でもね、お兄さん。こっちも見て」

視界が移る。
戦闘空域から少し離れたその位置に。
赤い、武者。

「…村正!?」
「うん。あいつ、もうガラクタ同然だと思ってたんだけどね。」
「仕手なしで挑むというのか?」
「いや、ありゃ中身もちゃんとあるな。誰が装甲してるのかは分からないけど」
「何だと?」

自分以外の人間で、村正を装甲できる者などいるのか?
確かに、俺と村正の縁は断たれている。
新たに結縁しようと思えば可能であろう。
だが、善悪相殺——村正の絶対戒律を受け入れて装甲できる者を、想像する事はできなかった。

「あいつら、端っからあの群れを突破できると思ってないみたいだな。んで、二人が惹き付けてあの村正が御姫の所に行くって戦法だわ」
「……万一が、あるか?」
「さすがにあの村正が御姫を覚醒させるために向かってるとは思えないしね。ぶっ壊すつもりだろうから、それができるかどうかは別としても…」
「光が取り込まれてしまうような事態にも…」
「繋がるかもしれない。」

光の命を救うために神を降ろした。
その神が光を取り込んでしまえば、本末転倒だ。
許せる筈がない。

「行くぞ」
「ラジャー」

ならば戦うのみ。
俺の役目は、光を守る、唯それだけだ。
それを邪魔する者は、何人たりとも生かすつもりはない。

「獅子には肉を。狗には骨を。竜には無垢なる魂を」
「今宵の虎鉄は——血に飢えている」







「く…このおおおおおおお!朧・焦屍剣!!!!」

天下一名物・正宗の持つ斬馬刀が燃え盛る。
その高熱は仕手——綾弥一条の手をも炭化させるほどの熱量を伴う。
全てを焼き付くすといって過言ないその焔は、目の前の劔冑を地へたたき落とすに充分な威力。
が、それも当たればの話。

「当たらないよー」
「遅い遅い」

銀の踊り子達は軽々と、その一振りを躱す。

「こいつら…!!ちょこまかちょこまかと!!!」

空中を飛ぶのではなく、踊る。
そう表現するしかないほどの空中制御。
それをもって正宗をあしらうその姿は、夢幻の世界のもののようで美しさを感じさせる。
だがそれも、彼女達と相対する一条にとっては悪夢に過ぎず。
耳朶を打つ無邪気な声が彼女の苛立をさらに募らせる。

「なんと面妖な…おのれ!逃げ回るだけでなく正面からかかってんこんかあ!」

己の劔冑、正宗も同様であった。
銀星号『もどき』達は、先程から彼女達の攻撃をひらり、ひらりと躱すだけで一向に向かってこない。
それが何を意味しているか。
正宗も、それを駆る一条も正確に察していた。
それ故の苛立。

そう、彼女達はまさに『遊ばれている』のだった。

「ちっ!舐めやがって!!くそが…!!」
「あらあら、女の子がそんな汚い言葉を使っては、殿方に嫌われてしまいますわよ?」

そう言いながら接近する武者。
ウィリアム・バロウズを纏った、大鳥香奈枝である。

「うるせえ!余裕ぶりやがって。てめぇだって苛立ってるくせに!」
「そうですわねえ。私の矢も先程から一度も当たりませんし…ほんと、どうしたものでしょうね…」

事実。
一条の剣も、香奈枝の矢も。
未だ銀星号の子供達に掠らせる事さえできていなかった。

「…ま、別にあいつらを堕とすことが目的じゃねぇ。村正はどうだ?」
「気付かれるのを防ぐためにかなり遠回りしてますからねぇ。もう少し、かかりそう」
「ちっ。いつまでこいつらの相手をしてりゃいいんだか。まぁ、あいつらが向かってこないからいいものを」
「そうねえ。でも油断してるとあっちの蝿に狙撃されちゃいますわ」
「…厄介だな。」

あと何分持たせられるか、そう弱音を吐きそうになる己を抑え、二人は銀の星達に相対した。

(頼んだぜ…村正…)







第二の太陽を目指す一騎の赤。
勢洲右衛門尉村正三世である。
地上に現れた神との謁見へと真っすぐに向かう。

「………」
「………」

劔冑も、仕手も、言葉は何も発さない。
その心中には様々な思いが渦巻いている。
だが、それをお互いに共有するために意思を表すことができるほどの信頼関係はなかった。
当然だ。
仕手にとってその劔冑は自分の劔冑ではなく。
劔冑にとっても本来の仕手ではなかったのだから。

だが、二人には共通する思いがあった。
義務感。
その一言で、それを表すには足りた。


「これが…神、か…」

無言だった仕手が思わず呟く。
その偉大なる存在を目前にして、圧倒されたのだった。
当然の事だろう。
神に謁見する人間など、比較するにも烏滸がましいほど矮小な存在に過ぎないのだから。

《…水晶の森…?》

その存在を前には、流石に劔冑も無言で入られないのか、呟くような金打声が響いた。
村正の呟きは、それほど的外れでもなかった。
半透明の柱が複雑に入り組んで形成されているこの立体——確かに森と言われれば森に思える。
地面に根を生やしておらず、宙に浮いている時点で、植生としての森林では決して有り得ないが。
また、少々の時間を投じて観察すれば、思うところは変わる。
…それは稼働していた。
洞穴の奥で獣が歯ぎしりするのを聴くに似た、奇怪な重響。鉄鋸で大理石を切るかのようでもある。
そんな音に同調して、”森”は変動する。
一本の枝が二本に分岐する。
その一方が別の枝に連結する。
繋がった枝の表面を瘤上のものが走ってゆく。
別の所では枝が縮退している。
散開していた幾筋もの枝が末端から順々に引き込まれてゆき、一本の枝に戻る——と思えば、また別の形へ伸長を開始する。

その様は巨大な機械、工場のようであった。



「理解はできん、できんが…汚染波の発信源はあれ、なのだろう」
《肯定》
「あれを破壊せねば、汚染波は止まらない」
《肯定》
「ならば行くのみ。それこそが己の責務!」
《…肯定!》


「…右手に旋回。」
《了解》

合当理の火を強くし、更なる加速を呼び起こす。
『神』の全容を把握するための騎行。
だが。

「ぐっ…」
《————————》

仕手の聴覚が、圧倒的な何かを捉えた。
脳髄に直接叩き込まれるかのような圧倒的なそれ。

離れてゆこうとする意識を懸命にたぐり寄せ、墜落へ向かおうとしていた劔冑を立て直す。
飛びかけていた意識を急激に戻し、わずかに混乱する頭を振る。

「これは…あれの、声なのか…?急激に弱まったようだが…」
《肯定。音波は拡散済》
「神からの攻撃か?」
《否定。単なる反応と推論。》
「これがただの、反応だと…!?だが反応したという事は」

即ち、こちらの存在が認識されたという事。
そう理解した瞬間。
『神』が光り輝く。

《回避!!!!》
「!!!!!」

間一髪。
先程村正が在ったその場所に、強烈な光線が過ぎ去っていった。

「……」
《……》
「…今の光線が仮に当たった場合、予測される損傷は?」
《…消滅。あれは辰気の激流。呑み込まれれば塵さえも残らないと推察。》
「陰義による防御は?」
《不可能》

つまり、あれは騎体運動で回避しなければならないという事。

「くっ…!」

立て続けに放たれる重力波。
だがしかし、回避はさして難事ではない。
発射前の予備動作が視認できる形で現れる上、狙いも甘い。
だが一度それが擦りでもすれば、瞬く間に襲撃を迎えるのは想像に難くない。
迅速に決着をつけるべきであろう。

巨体故、重力波にさえ注意すれば接近し、斬撃を与える事はできそうである。
意を決し、合当理にさらなる火を入れようとしたその時。

《武者が一騎、接近中!》
「…何?」









神の前に浮かぶ村正の前に、一騎の武者が現れる。

《てめーら、ここまできて邪魔すんじゃねーよ!》
「……」
《この声…まさか…》

響く金打声。
その煩い声色に、目の前の村正は反応を見せる。

《あなた、茶々丸!?やっぱり劔冑だったのね!?》

それまで冷静であった村正がわずかに取り乱す。
それも当然だろう。
推察していたとはいえ、人間だと思われていた足利茶々丸が、劔冑となって現れたのだから。
そして茶々丸が劔冑であるならば、その仕手であるこの俺は———

《御堂なの!?》
「…くく…誰の事だ?俺は既にお前の仕手ではない。」
《…っ!…御堂…》

狼狽するような声。
今更の話だ。
自身と目前の劔冑の縁は断たれている。
村正はその事実を未だに認められぬらしい。
愚かだ、と嘲笑する。

「…景明…」

嘲笑が止まる。
村正の仕手の呟きに。
その声は聞き覚えがあった。
かつて最も敬い、憧れ——そして今、最も憎むものの声であった。

「菊地明堯…!」
「……」

まさか、かの男が村正の仕手となっていようとは。
彼に劔冑を駆る技能があったのも驚きである。
いや、それも今更の話か。
戦場で傷を負うまでは、優れた武者として名を馳せていたと聞く。
劔冑を操ることが出来るのならば…なるほど、自分以外に村正を使うとすればかの男にこそ相応しい。

「菊地明堯。貴様の出る幕はもうない。直ちに失せろ。」
「…景明。この事態を招いたのは疑いなく私の責だ。お前は何も悪くない。」
「……」
「もう一度言う。元に戻れ、景明。」
「ふん。その言葉に対する返答は変わらない。光は俺が守る。」
「光は…あれが、そうなのか…?」
《そうだよ!”仮にも”父親なのに分からないなんてねー。おにー…御堂はわかるもんねー?》
「…あぁ」

近付いてみて更に確信する。
薄い気配には違いない。
接近した事で大きくなった神の声にも、光の面影はない。
だがわかる。
あれは、光だ。

「なにを呆然としている、菊地明堯。俺は光を守るためだけにある。だから、こうした。全てに見捨てられたあいつの命を、取り戻すために…!」
「…それが、世界の破滅を招いても、か…?」
「当たり前だ。あいつの受け入れられぬ世界なら、壊れて散ってしまえば良い」
「…景明…」
「貴様の出る幕は終わった。それが自覚できていないのならば。俺が直接終わらせてやろう。ふん、これも情けか…」

薄く笑う。
俺にとっては、光こそが全て。
それ以外のものに価値などない。
目の前の男にも、劔冑にも。

「…お前をそうしてしまったのは他ならぬ私だ…。悔恨してもし尽くせぬ…。だが…」

太刀を構える明堯。

「子が間違った道を征けば、正すのは親の役目。もう後戻りできぬ所にいるのであれば、その道を終わらせるのも私の役目だろう」
「ふん、できるのか。貴様に」
「せねばならぬ。それが私の責務。そして…」
《……》
「村正の、責務でもある」

戦闘態勢を整えた相手を見て、俺は笑った。
確かにこの身は満身創痍。
足利雷蝶との戦闘によって、傷ついた虎徹も万全には回復していない。
しかし。

《出番の終わった脇役が揃って出てきやがって。御堂!やっちゃおう!!》
「あぁ」

——負ける気がしない。
身は衰えようとも心は充実している。
それは彼の劔冑も同じであるようだった。

そうして彼らも構える。
湊斗景明と菊地明堯。
長曾祢虎徹入道興永と勢洲右衛門尉村正三世。
己の真なる敵同士の、最期の戦いが始まる。






———その時。



《うわわわわわわ》
「なんだ!?」

騎体の制御を失う。
経験した事のない感覚。

「茶々丸!何が起きている!?」
《わ、わかんないけど何か起きてる!!》
「ぐっ…村正!?」
《こ、これはあれの重力波…空間歪曲?…違う、これは時間が…》

空間が重複する。
己の視界の中に己の姿を見る。
過去か——未来か——

《じ、時空間が歪曲してる…金神の攻撃?》
「どうなる!?」
《あてもわかんない!!》

景明の視界には既に村正の姿はない。
あるのは、閃光。
閃光、閃光、閃光。
数限りない閃光。
現れて去り、現れてはまた去る。
輝く雨を浴びているかのようだ。

…いや。
あるいは、逆なのか?
俺が光の中を駆けているのか?

「茶々丸。可能な限りでいい。現在状況を解説しろ」
《ええと…とりあえずあてらは、時間を移動させられてる、と、思う。》

自信なさげに、ただ…と続ける。

《あても御堂も、意識は混乱してない。つまりあてらの内的時間は正常に保たれているという事で…内的時間と外的時間が乖離している、のかな?》
「つまりはどういうことだ。端的に言え。」
《タイムスリップさせられてるうううう!!》
「なんだと!?」

タイムスリップ。
SF小説でしか有り得ないようなそんなものを、経験するということなのか。
どうすれば良いのか。
いや、訳の分からぬ事象に巻き込まれた以上、なるようにしかならない。
状況の変化を待つしかない。

混乱しながらも周囲を中止していると、次第に変化が現れた。
光の流れる速度が、次第に緩まりつつあるように感じる。
そのせいだろう、俺の頭脳にも、見えているものの意味が理解されてくる。
…光の群れの疾走としか認識できなかったこれは、その実、流れゆく無数の光景なのだ。

俺は確かに時空間を移動している。

《あー、あのでかぶつがあてらに与えた時間的運動力が弱まってきてるみたいだねー。もうすぐ止まるよ!》
「止まれば、どうなる?」
《別の時空間の住人になる…タイムトラベラーってやつだね!》
「はしゃいでる場合か。元の時間に戻れるのか?」
《んー、あてもタイムトラベルなんか初めてだから分からないけど、なんとかなるんじゃないかな?》

そのいい加減な言葉に殺気を混めようとする。
しかし続いた茶々丸の言葉に思い直す。

《ほら、ただ飛ばされただけだったらずっと飛ばされ続けるだろうけど、こうやって減速して止まりそうになってるって頃は反対の力——元の時間に戻ろうとする力が働いているんだろうし》
「……」

わずかながらの説得力がある。
そう言われればそうとも思えるし、否定しようと思えば否定できる。
結局は…

「何も分からん、なるようにしかならんということか」
《そういうことだねー。ただ、もしあての予想が正しいとすると…》
「なんだ?」
《仮にもその時空間の住人になるわけだから、何かの拍子に固定されて脱出できなくなるかもしんない。だから、なるべくその世界の事象に関わらない方がいい…んじゃないかな?》
「そこが戦場の真っただ中だったらどうする?」
《そりゃもうその時は対応するしかないっしょ。突っ立ってたら死んじゃうし。あては死体で下の世界に戻りたくはねーっす。御堂もでしょ?》
「あぁ、まだ死ぬわけにはいかん。光の無事を確認するまでは」
《でしょ?だから、基本的には何もしないけど臨機応変の構えは捨てずってことで!》
「そうだな、その方針で行く」


光が減速を重ね、ついに止まる。
時空間に捕まる——




「森?どこだ、ここは…」

そこは、森だった。
見渡せる範囲が狭いのは、その暗さ故。
多い茂る木が光を遮っているだけでなく、辺りには夜の帳が降りているようだった。

「光景としては…異国ではなく大和の森に見えるが…」
《おにーさん!後ろ!!!!》

慌てた茶々丸の声に振り向く。
そこには太刀を構えた武者の姿が——

「くっ——」

慌ててその一刀を躱す。
躱した後で気付く。

武者に攻撃された。
この武者は当然、この時空間の存在であろう。
ということは。
この時間の住人に認識され、攻撃されたのだから。

この時空間の事象に、関わってしまった、ということではないか。

その予感に背筋に走るものがある。
まさか、俺は、俺たちは——

《またくる!!おにーさん!!!!!》

襲い来る悪寒に苛まれながらも。
無我に近似した境地に辿り着いている俺の身体は正しい反応を行い。



目前の武者を斬り捨てた。





















——これは英雄の物語ではない。

——装甲悪鬼の物語でもない。

——湊斗景明。

——足利茶々丸。

——二人が迎えた終末の。

——その果てである。











—開幕—







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