プロローグ 分岐点〈ターニング・ポイント〉
私立聖凪高校。
一見普通の私立学校にすぎないその施設の正体は、超常的な力である魔法を扱う人材を育てるための魔法学校である。
そんな聖凪高校の新たな物語が始まる場所は生徒会魔法執行部A校舎分室。
二学期最初のビッグイベントである文化祭が幕を閉じてしばらく経ったある日のこと。
そこには魔法執行部支部長・永井龍堂と一年生唯一の執行部員「だった」九澄大賀、そしてその他6人の一年生たちが集まっていた。
「この6名が新たに本年度一年生の魔法執行部員に決まった。
みんなよろしく頼む」
永井が下級生たちに向けて挨拶すると、九澄のクラスメートである柊愛花を筆頭に元気な返事が帰ってきた。
「こちらこそよろしくお願いします!」
満足気に頷く永井が言葉を続ける。
「これで九澄と合わせて全7名、例年に比べて多めだが決していい加減な選考を行ったわけではないつもりだ。
みな執行部員としての自覚を持って精進してほしい。
特に九澄、お前は一年生執行部のリーダー的存在として責任が増すことになるがしっかりやってくれよ」
「お、おう、任せてくれよ、ハハハ……」
引きつったような笑みを浮かべる九澄。
一見自信なさ気な彼がリーダーとして指名されたのはもちろん支部長の気まぐれやえこひいきではない。
九澄大賀とは怪物一年生の名。
彼は一年生にして魔法プレートの最高峰"ゴールドプレート"の持ち主であり、
二年生を差し置いてA校舎最強の生徒とみなされている人物なのだ。
だが人々は九澄の正体をまだ知らない。
それを知るのはごく一部の数人だけである。
(ちくしょー、わかっていたこととはいえ、これでますます苦労が増えるぜ……
ま、柊が正式な部員になれたのは嬉しいけどよ)
九澄が想い人である愛花に目をやると、愛花は九澄に向けてニッコリと微笑んだ。
それだけで九澄の頬は緩んでしまう。
そして先ほどまでの憂鬱はどこへやら、こいつのことだけは絶対に守ってやるぜとあらためて決意するのだった。
「でもみんなすごい人達でプレッシャーだな」
「そんなことはないさ。力を合わせて頑張ろうよ」
弱音を吐く愛花を励まし握手を求めたのは九澄ではなく、小柄な優男大門高彦。
魔法に関して、更に学業成績においても一年生屈指の実力者であり、九澄を強くライバル視する男だ。
彼が九澄を敵とみなすのはもちろん九澄が持つ(と思われている)魔法の実力ゆえ。
そして実はもう一つ大きな理由があるのだが、それは後に語られることだろう。
(んぐぐ……大門が選ばれるのは順当とはいえ……何か複雑だ)
固く握手する愛花と大門を見て九澄はもどかしい気持ちになる。
「優等生つながり」「将棋好きつながり」といった接点を持つ二人がこれ以上仲良くなることを九澄は恐れていた。
だったら先に告白すればいいと思われるかもしれないが、
とある重大な秘密を持つ九澄はどうしてもそこに踏み込めないでいた。
その秘密こそ九澄がゴールドプレートを持ち今日この場にいる理由なのである。
*****
「ふふふ、これからも頑張って下さいね」
九澄を優しく励ましたのは聖凪高校校長の花先音芽〈はなさきおとめ〉。
九澄は執行部室を出た後校長室を訪れていた。
どこの学校でもそうだが一般生徒が校長室に立ち入ることなど多くはない。
だが九澄にとってここは学校内におけるある種の憩いの場になっていた。
なぜなら"ここでは真実を隠す必要がない"からだ。
真実。
すなわち九澄大賀はゴールドプレートなど持ってはいないということ。
それは偽物〈イミテーション〉であり、九澄のプレートの真の姿は魔法を使うことのできないM0〈エムゼロ〉プレートだということ。
魔法学校である聖凪高校始まって以来の「一切魔法を使えない生徒」それが九澄大賀なのだ。
彼が偽りのゴールドプレートホルダーとして学校内の人々を騙してこれたのは、
ひとえに校長である花先、担任にして魔法主任の(ついでに愛花の父親でもある)柊賢二郎、
そして大賀に命を救われて以来彼を強く慕っている小さな魔法生物ルーシーらの協力のたまものである。
加えて言えば花先と柊にとって九澄の正体がバレることは自分たちの立場をも一気に危うくする、いわば一蓮托生の関係だったりもする。
だがそうなった理由を話すと長くなるのでここではやめておこう。
「ダイジョーブだよ! 大賀にはあたしがついてるもん!」
元気よく拳に力を込めたのはルーシー。
九澄には手のひらサイズの美少女に見える彼女の正体は猛毒の魔法植物マンドレイクだ。
少し前まではそこらへんを裸でふわふわ飛び回っていたのだが、愛花と一年F組の女子生徒・観月尚美に見つかって以来お人形用の服を色々と着回している。
自分が見せたい相手以外から姿を消すことのできる彼女の存在は九澄にとって大きな助けとなってきた。
「相変わらずお気楽だよなーお前は」
苦笑いを浮かべる九澄。
とはいえ九澄とルーシーはお互いにとっての恩人であり戦友のようなもの。
これからもルーシーがそばにいると考えると少しは気が楽になるというのが本音だった。
「ま、これからもよろしくなルーシー」
「うん!」
そんな二人(一人と一体?)の様子を微笑ましく見つめる校長。
彼女は密かにある決意を固めていた。
「じゃ、校長センセ! 今日はサイナラ!」
部屋を出ていった九澄を見送った校長は回想にふける。
全ては偶然だった。
彼が入学したことも、M0プレートを持つようになったことも。
そして今彼は自身の教師歴の中でも最も面白い生徒の一人になりつつある。
彼に普通の魔法プレートを与えることは簡単だ。
だがそれは九澄大賀という特異な素材を平凡な料理に変えてしまう結果になりはしないか。
それは惜しい。もったいない。
そう結論に至った校長は手元の電話機に手を伸ばす。
「……ええ、九澄くんを尾輪理高校に留学させるというあの話、やはり断らせてください。
彼には新たな道を切り開いて欲しいのです。
M0の専門家という前例のない道を」
こうして九澄の人生は、本人の知らぬ間にひとつの大きな分岐点を超えたのだった。
かつて描かれた結末とは異なるもう一つのエムゼロの物語。
九澄大賀の行く先に何が待っているのか、まだ誰も知らない。
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という訳で懐かしきエム×ゼロのSSです。
プロローグの通り、原作最終エピソードにおける九澄転校話をなかったことにしてifアフターを描きます。
原作では前校長が現校長に相談せずに転校の話を進めますが、もし相談していたらこうなっていたかもしれませんよね。
のんびり進めていきたいので気楽にお付き合いください。
原作では名無しのまま終わったあの人達などに加え、オリキャラも登場することをご了承ください。