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No.33099の一覧
[0] Diddle Diddle (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/05/11 19:08)
[1] Diddle Diddle (2) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/06/28 21:04)
[2] Diddle Diddle (3-前) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2013/04/12 19:00)
[3] Diddle Diddle (3-後) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2013/04/12 19:05)
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[33099] Diddle Diddle (魔法使いの夜 SS)
Name: 中村成志◆53f4cf1b ID:9fdaa5ea 次を表示する
Date: 2012/05/11 19:08



    だいじょうぶ

    めがさめれば またとべる

    きみは つよい鳥だから



その夜。

私は、とても不思議な風景を見たんだ。










          Diddle Diddle










少し遅く帰ってきたら、有珠と草十郎が、居間で抱き合っていた。



草十郎はソファの端に片膝を付いて、折れてしまいそうなほど華奢な体を抱きとめていた。

左腕は有珠を支えて、右掌は有珠の髪に。


有珠はソファに座ったまま、草十郎の首に両腕を回して、体重を預けている。

うっすらと口を開いて、目は半ば閉じて。



窓から差し込む月光に照らされ、

ほんのかすかに震える有珠の体だけが、その風景の中で動く、すべてだった。





きれいだな、とまず思った。

壊したくない、と次に思った。


だから、そっと踵を返して、居間を出ようとした。


草十郎の顔が、こちらを向いた。

( おかえり )

と、唇だけ動いた。


私は頷きだけで返事をして、自分の部屋に向かった。





1時間も経っただろうか。

部屋のドアがノックされた。

開けてみると、コートを着た草十郎が立っていた。


「有珠は?」

「居間で寝ている。
 蒼崎。有珠をお願いできるか」

「草十郎」

「ごめん。
 説明したいんだが、今は時間が無い。
 バイトに行かないと」

時計を見ると、もうすぐ11時になろうとしていた。


「バイトって」

「うん。
 完全に遅刻だけど仕方がない。
 とにかく行って、謝ってくるよ」

「…………。
 分かった。行ってきなさい。
 あの子なら心配ないわ。こういう時にかまうと返って怒るし」

「ありがとう、蒼崎。
 じゃ、行ってくる」


草十郎は微笑むと、足早に廊下を去っていった。







次の日の午後。

私と草十郎は、学校の用事をようやく片づけ、家路についていた。


春休み真っ最中の三月末に、何が悲しくて登校しなきゃいけないんだか。

すべて顧問の山城と、隣を歩いている馬鹿が悪い。



「あ、蒼崎。
 ちょっと待っててくれ」

草十郎は言うと、傍らの菓子屋に入っていった。

少しして、紙包みを手に戻ってくる。


「何?」

「桜餅。おいしいぞ。
 三人で食べよう」

「―――アンタねえ。
 私はともかく、有珠がそんなの食べるわけないでしょうが」

「そうか?
 君にはもちろん、有珠にも意外に似合いそうだけれど」

みすまっち、と言うんだっけ、と草十郎は続ける。


「…………。
 に、似合う似合わないはともかく。
 紅茶で桜餅食べろって言うの?」

「む、そうか。
 でも有珠、緑茶嫌いだしな」

これは困った、と肩を落とす馬鹿。


「―――はあ。
 ま、大丈夫でしょ。
 なんのかんの言うだろうけど、出されりゃあの子も食べるわよ」


桜餅を頬張る有珠。

正にミスマッチだわ、と考えながら。



「―――で、草十郎」

「うん。昨日のことだよな」





一旦バイトから帰ってきたら、居間で有珠が寝ていた。

少し震えているので、そっと声をかけた。

そうしたら、首に抱きついてきた。

なんだかかなしそうだったので、抱き返した。



それが、草十郎の語るすべてだった。





「……何時ころ?」

「9時くらいだったかな」

「―――アンタ、二時間もあんなことやってたの?」

無言で草十郎は頷く。



「草十郎。前に言ったわよね。
 女の子にとって、寝顔を見られるのって」

「うん。
 だから昨日も、そのままにしておくつもりだったんだ。
 でも、震えているのを見たのは、初めてだったから」

「初めて?
 アンタ、何回有珠が寝てるの見たの?」

四……いや、五回目かな、と草十郎は指を折る。


始めの二回は去年の騒動の事だとしても、3ヶ月で三回は多い。

いくら自分の陣地内でもあの子、そんなに頻繁に寝ていただろうか……?



有珠は、昨日のことを覚えていないようだった。

けど、いつもと同じはずのその表情には、

重い荷物をほんの少しだけ下ろした、

そんな軽やかな明るさがあるように、私には見えた。




「蒼崎?」

「ううん、なんでもない。
 それより、今度見たときは―――」


話しながら角を曲がろうとして、出会い頭に出てきた自動車に驚く。

車は、すみませんでもなく、そのまま走り去っていった。


「なによ、こんな住宅街であのスピードって」

自分の油断を反省しながら、車影に悪態をつく。



「今の車、坂を下ってきたみたいだな」

大丈夫か?と私を心配しながら、草十郎が呟く。

「坂?白犬塚の?
 どこに行ってたのかしら」

まさかうちに用があるはずもなし。



「でも、ここらへんで、あんな外国製リムジンなんて見かけないわよね」

「外国製?右ハンドルだったぞ」

「小学生か、アンタは」

「いやしかし、木乃実が
 『草十郎、バッカでぇ~。《外車は左、人は右。》これ、ジョーシキだZe!?』
 と」

「……なんだ、その千年杉みたいな棒読み。
 はあ。
 気をつけなさい、馬鹿ってうつるから。
 外国車でも、その国の法律によって右ハンドルはいくらでもあるの。
 たとえば―――」



――――――イギリス。



「どうした?」

「……なんでもない。
 とにかく、それくらい覚えときなさい。
 さ、帰るわよ」







ロビーには、有珠がたたずんでいた。

「おかえりなさい青子、静希君」

いつもとまったく変わらない表情、抑揚、立ち振る舞い。


―――変わらなさすぎる。


人がしたためるサインに、同じものが二つと無いように、

ほんのわずかな差違であれ、人の動きは日々変わるものだ。


が、今の有珠は、《私や草十郎が描く有珠像》そのものだった。




しばらくの間。




「―――年中行事?」

髪をかき上げながら尋ねる。


「ええ。
 最近来なかったから諦めたのかと思っていたけれど。
 予想以上に懲りない人ね」

明日の天候でも予想するように、淡々と有珠が言う。



「しばらく、自室に籠もるから。
 夕食は二人で済ませて」

言い残し、有珠がゆっくりと階段を上っていく。





「有珠、大丈夫か?」


その背に、草十郎は声をかけた。

有珠は一瞬足を止め、それからゆっくり振り向く。



「なんのこと?」

「いや、なんとなくだけれど。
 君は今、とても悲しそうに見える」

「 ――― 」



有珠が、厭わしげに眉を寄せる。

あの日にも感じただろう、魔術師にとって最も煩わしい、

からみつく茨のような、振りほどこうとしてほどけない感情

―――好意。



「……別になにも無いわ。
 静希君の気のせい」

そう言い、ふたたび背を向けようとして、


「そうか、よかった。
 でも、なにかあったら言ってくれ。
 君の役に立ちたい」

草十郎の微笑みに、動きが止まる。




純粋すぎる好意。


『好きな人の役に立ちたい』


そんな、真っ正面からの感情に、有珠の顔は嫌悪に歪み―――



「 …………っ 」



歪みきる直前、別のなにかに変化した。




顔を背け、今度こそゆっくりと階段を上っていく。


「―――静希君」


二階の廊下に消えようとする直前、声だけが降ってきた。



「ありがとう」



そのまま去っていく靴音。





「……ナイス」

私は、草十郎の背中を叩く。


「蒼崎?」

「わからなくていいの。
 さ、草十郎。とりあえずお茶お願い。
 あの桜餅はアンタが……」

言いかけて、ちょっと微笑み、


「私が、有珠のとこ持ってくから。
 やっぱ、桜餅には緑茶よね」







お情けをかけられるなんて、冗談じゃない。

自分の翼を持つ者にとって、それはこの上ない侮辱だ。


でも、



    だいじょうぶ

    めがさめれば またとべる

    きみは つよい鳥だから




どんな翼でも、疲れ傷つくことはある。

そんなとき、羽根を休めてもいい場所があるとしたら、

それは―――







魔女がおそらく初めて目の前にする、和菓子と緑茶。


あの子は、どんな顔をするだろう?







          〈 了 〉






   ----------------------------------------------------


 (筆者から)

他の方々のホームページ等に、
「久遠寺有珠の両親は他界」
などの記述を見つけました。

しかし、『魔法使いの夜』番外編で、
「(久遠寺邸には)彼女の父親でさえ滅多に入れないんでしょう?」
という発言があったこと、
また本編で見せた、有珠の、久遠寺グループに対する反感などから、
本SSでは
『有珠の父は存命、有珠とは不和』
の立場をとりました。

ご了承ください。







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