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No.33081の一覧
[0] 【短編完結】 特殊輸送隊員の情感の病 ストライクウィッチーズ二次  シャーリー[hige](2014/09/12 00:16)
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[33081] 【短編完結】 特殊輸送隊員の情感の病 ストライクウィッチーズ二次  シャーリー
Name: hige◆53801cc4 ID:507f5f5a
Date: 2014/09/12 00:16
特殊輸送隊員の情感の病

不快にさせる表現、展開がでてくる 可能性 があります。ちょっとミスして修正

ハーメルン様にも投稿しています。

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ネウロイの薬効は一時の凌ぎにすぎず
情感のむしばみに身をよじり
不感無覚の処方箋、シャーロット・イェーガー
たった一つの感情のみが治癒を可能とする

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「シャーリーさん、笑うなんてひどいです」

と、眉を八の字に三つ編みの女性、リネット・ビショップがまだあどけなさの残る頬を膨らませ、抗議の色を示した。

「わたし、本当に困っているんですよ」
「いやあ、悪い悪い」

シャーリーと呼ばれた彼女は豊かなオレンジがかった髪をかきあげる。謝罪は口にしているものの、表情はうれしそうだった。

「わかってるさ、リーネ。新任して間もない内に、それはやっかいごとだよな。わかるよ、よくね。しかし、そうか。その新しく入って来た子が悩みの種か」

抑えきれない喜びを、グラスの水に映した。人生とはこうでなくては、誰の人生でもバッドエンドは似合わない。

「しかし、そういった相談事はミーナの方が適任なんじゃないか。わたしなんかより」
「そ、そんなことありません!」 と、リネット。501に来たばかりで心細かった時、その竹を割ったような気持ちのいい性格は、リネットにとって心強いものだった。

「そうか、まあリーネがそう言うなら。うれしいよ、ありがとう。で、そうだなあ……わたしがその立場にいたなら……」

ポリポリとナッツを口にしながら思案。妹分が相談事を抱えて来たのだ。ここは何か的確なアドバイスをしてやらねば、と。

ふむ、わたしなら――口を開くが。あの、その前に――と、リネットが遮る。遠慮がちに言った。

「その前に、なんでさっき笑ったんですか?」

声色には非難めいたものはなく、純粋に疑問が残ったようだ。きょとんとした眼差しが向けられた。

「うん? そうだな」 あごに手をやり、思い出すように窓から夜空を見上げる。

「どこから説明したものか……長くなるが、一応明日までは休暇なんだろう?」

真っ黒な空に欠片がきらめき、美しかった。つられてリネットも見上げる。
月は満月、空は深い。雲はない。数え切れない星星は美しく。
シャーロットが語る。



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『本日をもってシャーロット・イェーガー中尉は連合軍第501統合戦闘航空団を解任、新たに試験運用ウィッチとして任命します』

ミーナの凛とした物言いに、わたしは敬礼を持ってして答えた。

こいつはリーネが501に来る前のことなんだが、実はわたしは対ネウロイにおける新戦術の試験運用ウィッチに選ばれていた。そうだなあ、ここからずいぶん離れたところでな、その部隊に編成された。
501を離れるのは嫌だったけど、まあ軍人だからな。文句は言わなかった。興味もあった。

その試験運用基地に着いてすぐに新戦術なんかの説明を受けた。
簡単に言うと、輸送機でウィッチを戦場まで送り迎えするだけなんだがな。
その場には佐官クラスが数人、わたしを含めた試験運用ウィッチと、特殊輸送隊員がそれぞれ三人ずつ。それと、試験運用責任者が一人。なんでもその人がそのプロジェクトを発案したらしい。専用の武装についても。

白衣が印象的な、切れ目でいかにも神経質そうな人だったよ。髪はボサボサでタバコ臭かったな。

いくつかの手続きの書類の閲覧が認められ、それとなく目を通した。サインを求められるものもあったしな。例えば機密情報であるので口外してはならないとか。

そしてそこにはなんと、ヒューゴ・ダウディング空軍大将の許可サインがあった。501設立に関わるほどの影響力を持つ人間が、試験運用を秘密裏に行なうのはなぜだ?

一通りの作業が終わると、責任者が枯れた声で言った。

『以上で説明は終わりだ。何か質問は?』

ぺらりと半紙をめくる、わたしのペアとなる特輸機パイロットの経歴は、空白だった。

『わたしの相方は誰です?』

対面に座る三人の男に視線をやると、左端の一人が自分だと答えた。若くはなかった。

『実戦経験は?』
『ありません』

めまいを覚えた、冗談じゃない。愕然とした、責任者に抗議の眼をやるも、黙殺された。質問が無ければ解散だ。切り捨てるような口調で、顔合わせは終わった。

何やら不穏な空気を感じた。あとになってみればまったく。ウィッチだからといってなんら特別な存在ではなく、盤上で使われる一人の兵でしかないことを実感したよ。

まあ、事のはじまりはこんなところかな。



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「へえ、知りませんでした。そんな作戦があったなんて」
と、一息ついたシャーリーにリーネが言った。飲むことを忘れたグラスを両手で抱いたまま。

「まあ、書類上はダウディング空軍大将の直属部隊。という肩書だったし、関わっていた人員にいろいろと問題があったからさ。今となっては、それを証明することは難しい」
「問題?」
「そう、問題を抱えていた。責任者と、とりわけわたしのペアとなった特輸機パイロットに至っては病気を患っていた」

「パ、パイロットが病気って。大変じゃないですか!」

声を荒げて言った。そもそも病人が飛行機乗りになれるわけがない、それにいくら戦闘領域外で待機しているとはいえ――

「それに、もしその輸送機が墜落でもしたらシャーリーさんは……」
「ああ。魔力が尽きて帰還する事も叶わず、大海原に漂う事になる。それでも幸運な場合で、だ。わたしも作戦を聞かされた時は、まずそれを気にしたよ。ペアを組む輸送機のパイロットがへぼじゃあね」

「どういう方だったんですか? そのパイロットの方って」
「第限定戦闘飛行中隊隊長と聞いたよ」

言ってシャーロットは夜空を見上げたまま椅子に浅くかけ直し、頭の後ろで腕を組んだ。

「第限定戦闘……ナンバリングさていない」 記憶を引っ張り出したリーネが驚いたように言う。

「あの幽霊部隊ですか! トレヴァー・マロニー空軍大将の懐刀だったとかなんとか」
「うん。今でこそそんな名称だが、当時は本当に誰も知らなかった。わたしも知らされなかった」

「でも、それって変じゃないですか? ウィッチ嫌いで有名ですよね……ウィッチに寛容なダウディング派とは仲が悪いはず」

「そうだ、なーんか変だろ? 懐刀とまで言われる位なら腕は確かだろうが、当時は隠匿されていた。だから責任者にパイロットの経歴を問い詰めても、教えてくれなかった。ただ、やつは卓越している、不安なら試してみろ。とだけ言われた。まったく、いやなやつだ」

「それで、どうなったんですか」
「それがな……」



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命を預ける相手の実力も経歴も知らずに作戦をこなせるか。

当時のわたしは憤った。
子供だと舐められているのか、それならこっちにも考えがあると、すぐにそのパイロットのもとに行って、尋ねたよ。ランニング中だったので、並走してな。

その人は突然の乱入者であるわたしにたじろいたが、すぐに平静を取り戻した。
フム、振り返ってみれば、501に慣れていたせいで物言いがおかしかったな。とにかくわたしは言った。

『貴官の階級は』
『はい、伍長であります。シャーロット・イェーガー中尉』

その無感動な声色はもとより、驚いたよ、さぞかし高い階級だと思ったからね。それとも、小娘程度にはこいつで充分とでも思われたのか。今でもそうだけど、やっぱりウィッチは容姿が幼いんで軽んじられる風潮があるからね。

『わたしは伍長殿に命を預ける立場にある、それにあたって何か不足している物はないか』
『いいえ、ありません』

『ではそれを今から確認しよう』
『はい、中尉殿』

そのままきりよく一周して、ピクニックに行く前に忘れ物がないかチェックする時のような気軽さで。わたしたちは滑走路に向かった。格納庫で上の者に止められたが、伍長がちょうど居合わせた責任者に二、三の言葉を交わすと、許可が下りた。

責任者がわたしに提案したとはいえ、なにかしら個人的な繋がりを感じた。だってへんだろう? 明らかに階級が上なのに、伍長は砕けた口調だったんだ。

ま、それはおいおい。わたしはいつものストライカーで、伍長は戦闘機で離陸。飛んだ。たしか春だった、ドライブするにはうってつけの真昼の晴天。快晴よりも白い雲がほんのりとある空が、わたしは好きさ。

で、まずはわたしを追ってもらった。さすがにストライカーの機動にぴったりは無理だろうと、しかし狭いラインで飛んだ。まあ、だいたい予想がつくだろうけど、伍長はぴったりとついてきた。なるほど、やる。

今度は伍長を先頭に。さてどんな機動かとワクワクしたけど、肩すかしの無難なラインで。手を抜いていたことは明らかだった。後ろについたまま、わたしはインカムに言った。

『民間人を守る時もそう飛ぶのか』
『いいえ、中尉殿。これは訓練飛行であります』

『違う、これは明確な作戦行動の一つだ。信用無くして新戦術は機能しない。特輸隊が細腕では、わたしは帰還分の魔法力を温存せざるをえない。復唱』
『これより中尉殿の信用を得るために現作戦行動に全力を尽くす。復唱終わり。了解』

言い終わるや否や、眼前の戦闘機は消えた。ように飛行機乗りには見えるだろうが、伍長は機を水平に百八十度反転し、急速降下した。ウィッチの視界には遮られる機器がないからね。

わたしもそれに続く、身体をひねり、同じように水平に百八十度反転し、パワーダイブ。すると今度こそ見失ったよ。仰向けになった反転の隙を突かれた、と気付いたのは背後よりエンジン音が聞こえたからで。伍長は降下機動後すぐに垂直の機を水平に近づけ、失速、上昇。降下中であるわたしとの距離は相対的に広がる。よく空中分解しないものだと感心したよ。

やってみるとわかるけど、ウィッチはうつ伏せに。極端に言えば飛行機乗りは仰向けに飛んでるだろ? だから飛行機と同じ動作でも、視界は外と内、別を向く。

その日の夜、わたしはベッドに横になり、伍長を評価した。
性格に難があるように思えた。一度目の飛行はぴったりとわたしについてきたが、二回目は全力を出さなかった。

最初から乗り気ではなかったが、実力を見くびられたくはないのだろう。必要な腕は一応は見せた。プライドの高さの表れだ。ウィッチをよく思わない、古い思想をもった男性軍人に多くみられるタイプだ。

それでもわたしは伍長を認めた。たしかに、卓越している。もしも伍長に魔法力があれば、さぞかし優秀なウィッチになれるだろう。

しかし疑問が二つ残る。
これほどの腕を持つにもかかわらず、低すぎる階級。それと経歴秘匿の必要性。

だろう?



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「たしかに、おかしいですね。それほどの方なら、前線に出されるのが普通ですし」
「そうだ、試験運用なんかで遊ばせている暇はないはずだ。なぜだと思う?」 ニタリと口を吊りあげた。
「そうですね……ダウディング派への妨害工作……うーん、でも腹心を工作員に出すとは」

あごに手をやりリネット。はっとひらめき、人差し指を小さく振って言った。

「先程言っていた病ですか?」
「そう、そうさ、それなんだよ。第限定中隊が忽然と消えたのも、階級が低いのも、前線から離れた基地にいるのも、その病が原因だった」

しかしとリネットはいぶかしむ。ただの病がそこまで影響するとは思えない。

「その病って、いったい……」

シャーロットは薄く笑い、呟くように続けた。



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わたしがその基地に赴いて、はじめてのネウロイ戦がやってきた。

新戦術のお披露目というわけさ。

具体的にはまず、ウィッチは専用の特殊輸送機でネウロイ撃退に向かう。この輸送機は大型で、巡航速度は平均的なストライカーの八十パーセントだが、戦闘空域直前にウィッチが一.五倍の巡航速度で飛べば、ウィッチ単独と同じ移動時間で交戦できる。

だからストライカーは航続距離、巡航速度、戦闘継続能力を落とした短期決戦型なんだが、おもしろいのは空戦格闘能力まで切ったところだ。代わりに実用上昇高度と最高速度が強化されている。

武装は単発式大口対異殻ライフル、弾は専用の超高速硬化弾頭系の徹甲榴弾、とかいったかな? なんでも貫通力に優れ、着弾後に炸裂する対ネウロイ用の試作らしい。あやふやで悪いが、機密扱いだったから。

こいつを高高度に達したウィッチが急速降下、重力加速と機速、あらん限りの魔法を乗せてぶち込む。

降下限界高度まで、リロード時間も含めて大体三発前後撃てる。それ以上は無理だ、身体を起こす前に海に激突するからな。

ネウロイからの攻撃は基本的に避けず、シールドで防ぐ。

撃った場所にコアがなければ再び上昇。これを一単位とし撃退するまで繰り返すんだが、弾も銃もでかいし魔法力もあっという間に尽きるんで、三単位ほどで戦闘能力を失っちまうんだ。でもその頃にはネウロイのコアの位置も把握できて、倒せている。二単位目は一単位目に撃った場所以外を狙えばいいわけだからな。

撃退後は輸送機が迎えに来るんで帰還に残す魔法力を考えずに戦えるのが、この戦術のいいところだよ。コアを見つけることが出来なくても、後詰めにまだ撃っていない場所を伝えればいいし。もし撃墜されても、ネウロイを迂回するように輸送機が回収に来る。これは何物にも代えがたい安心感だよ。

まあ、戦力の逐次投入は悪手だが、これは少ないウィッチでネウロイ撃退を目的とした戦略思想だからな。

さて、話を戻そう。

太陽は真上だった。
滑走路に向かい、特輸機の後部に座る。というより、半分またがると言った方がいいかもしれない。ストライカーを履いたままで、魔力温存のために人の手を借りなければならないのが面倒だったね。

特輸機は通常の戦闘機よりも二回りほど大きく、単葉翼の飛行艇。深い紺色だった。

ウィッチ搭乗の手間から、離着陸は基本的に滑走路を使う。
胴の側面には魚の胸ヒレのように開閉する格納スペースがある。そこには予備の弾や試作銃が有効でないネウロイの場合を想定し、いつもの機関銃を収め、試作ライフルは尻尾上部の溝に備え付ける。ワンタッチで固定を解除できるんだ。これはよくできていると感心したよ。

すごいエンジンを積んでいるらしく、安定性はお世辞にもいいとは言えない、らしい。わたしは特輸機を操縦しなかったからよくわからなかったけど。無理に巡航速度を高めた結果なんだってさ。

責任者が伍長に話しかけているのを、わたしは小さなミラー越しに見た。伍長の表情は当然窺えなかったが、責任者はニヒルに笑って機から離れた。

なんだよ、ちぇっ。わたしには何にもなしか。グッドラック、だとか、ひとつ気のきいたセリフでも投げかけてくれてもよさそうなもんなのにさ。

ベルトを締め、ミラーに向かって伍長に準備完了の合図を送る。機が揺れ、プロペラ音。ゆっくりと景色は後方へと流れる。整備班が親指を立てた。わたしも、行ってくるよ、と大きく手を振った。

離陸の瞬間は遅れてやってきた。気がつくと尾翼の影が伸び、あっというまに上昇。後ろ向きに空を飛ぶというのは奇妙で新鮮だったけど、これは慣れが必要だった。あれは酔うよ。

『いい腕だ』

わたしはインカムに言った。

『安心して戦えるよ』

で、伍長は何て言ったと思う? わたしはやっぱり無感動に、機械的に軍人のような謙遜が返ってくると思った。

照れたように? ありがとう? ちょ、ちょっと待ってくれ。ごめん、呼吸が。笑わせないでくれ。ク、ク、苦しい。

いや、悪い。フフ。いや実際は何て言ったか分からないんだ。何やら口どもり、息を詰まらせて発音したから。

まあ、その時はわたしも照れたのだと思ったけど、後になって理解した。

あれは怒りから来るものだった。

とにかくまあわたしは幸か不幸か勘違いして。なんだ、以外に可愛らしいところもある、仲良くやろうと思った。伍長の過去も気になったしな。

『わたしはシャーロット・イェーガー、リベリオン出身。趣味は……バイクだ』

伍長が振り返ったのをミラーで捉えた。ゴーグル越しでも怪訝な顔をしていたのがわかる。すぐに視線を戻し。あらためて自己紹介を済ませた。気難しそうなやつだと思っていたが、コミュニケーションがとれないほどではなかった。
よくよく考えてみれば、伍長の口調はまったく規律に反したものだった。それが許される環境にいたと考えれば。やはり特殊な立場なのだろうという事は明らかだ。

二、三の言葉を交わし、自然と出身の話になった。

『501とはどのようなところですか、中尉殿』
『そうだな、いいところだよ。食事は各国から集まったウィッチが作ることがあるから、楽しいし』

『ウィッチの編隊戦闘とはどのようなものでしょうか』
『基本は前衛と後衛に別れてネウロイのコアを射撃で探し、発見すれば火力を注ぎ。二機編成を一単位とする、くらいかな。基本的に作戦はその場で指揮官が臨機応変に指示するよ』

『規律が緩いと聞きましたが』
『割と自由にさせて貰ってる。ウィッチ同士の仲もいい。伍長は責任者と仲がいいな』

『軍学校からの付き合いです。ウィッチは、なぜ戦うのでしょうか』
『なぜ? なぜって』

へんなことを聞くやつだ。

『そりゃあいろいろだよ。祖国奪還、戦争終結』
『中尉殿はなぜウィッチに』
『わたし? わたしか。ふむ、速さを求めて、かな』
『速さ?』
『そうさ! わたしが一番最初に音速を超える。ストライカーはそれを可能にするだろう』

ウィッチ飛行の時間がきた。右手でしっかりと銃を握り、スイッチを切る。銃の固定解除。続いてストライカーの拘束、大きく足を開き、実体のないプロペラを回す。ベルトを緩め、わずかに上昇。特輸機との相対速度を合わせ、カチリ。ベルトを外し、身体を空に舞わせる。

限界高度まで上昇した特輸機から離れる。目を凝らすと小さくネウロイが見えた。並走し、行ってくる、と笑って見せた。やはり伍長の反応は淡白なもので、それどころか心ここにあらず、といった具合さ。

気にはなったけど、今は作戦行動中だと加速した。

うん? 銃? 気になるか。まあ、そうだな、ボーイズのような対戦車ライフルと似ているところがあるからな。

まず、おおきい。銃身は二メートルほどだ。いいことだよ、これは。物々しく、いかにも強そうで頼もしかった。その大きさゆえ、運用方法や構造がおもしろい。

射撃姿勢は限定されていて、銃と上半身を水平に保たないとダメなんだ。というのも、銃身を背中で固定するからね。腰と肩にベルトを通す専用の射撃服を着るんだ。

なんでかって? そのまま構えて撃つ構造にすると、長い砲身がシールド内に収まらないからなんだってさ。笑えるだろう?
だから思い切った造りで、トリガーが銃身の真ん中ほどにある。大口径の弾が収まる大きな薬室なんかは背中に位置するな。装填は手元からボルトアクションで後ろまで送る。押して排莢、引いて装填。

薬室まで距離があるから、いくつかの部品を連動させる必要があり、リロードは時間がかかる。

どうだい、すごいだろう? こいつはもう銃じゃなくて個人で携帯する砲だよ。

ただ、背中に固定する作業は空中でやらなきゃならないのが面倒だった。そうそう、耳栓を忘れずにね。試射したときは鼓膜がいかれるかと思ったよ

で、わたしはネウロイを眼下に捉えて急降下。距離が縮まり、みるみるうちにネウロイは大きくなっていく。

弾に魔力を込め、左手で水平フォアグリップを握る。有効射程距離。風切り音が耳にうるさい。トリガーを引いた。
射撃、銃声、硬質な着弾音、ワンテンポ遅れて爆発。ネウロイが衝撃で飛行姿勢を崩す。

すさまじかった、たぶん込めた魔力が炸薬まで及んでいるんだ。それがネウロイ内部で爆発したんだと思う。

右手でめいいっぱいボルトを押し出し、排莢。同時に左手で腰のホルダーから次弾を取り出し、スロットに入れ、ボルトを引く。金属が打ち合う音が連続し、薬室に送り出される。装填完了。
第二射とネウロイの攻撃は同時だった。いや、わたしの方が早かったな。レーザーをシールドで防ぎ、再度上昇する為に身体を起こそうとすると、ラッキーなことにコアを貫いたらしい。あっけなかったよ。

すごいだろう? 特輸機を待っている間に、こいつがあればガリア奪還の日は近いかもしれないと思ったけど、扱えるウィッチは多くないだろう。

というのも、ウィッチは魔法力の関係上十代の女子だ……へえ、鋭いな。そう、体格が小さいと背中に固定しても銃身の長さを稼げない。それに腕が短いとボルトを引けないだろうね。

バルクホルンにはぴったりだな。あいつは両肩に背負いそうで怖い。

さて、ずいぶんと回り道したが、ここからが面白いんだ。

ほどなくして特輸隊が、伍長が回収に来た。わたしは大手を振って戦果を報告した。この新戦術の有効性と試作銃の高性能さも。どちらも責任者の発案設計だ、付き合いのある者が褒められて悪い気はしないだろうし、お世辞ではなかった。

『そうですか』

と、伍長は短く一言。声色には少なからずうれしさが混じっていた、と思う。機の後部座席にまたがり、銃を固定、ベルトを締める。

『伍長は、ここに来る前はどこにいたんだ?』

何気ない気持ちで、わたしは核心に近付いていた。気にはなっていた事柄だったが、疲れが無意識を口にしたんだろう。

『どこにも、軍学校です』
『そう言えと命令されているんだろう? わかるさ、それくらい。伍長ほどの腕がこんなところで油を売るほど、戦況に余裕はないからね』

頭の後ろで手を組み、目を閉じた。風とエンジン、プロペラ音に耳を傾ける。私の仕事は終わった。何もしなくていいからな、タクシー気分で気楽に世間話さ。

『上官であるわたしに嘘をつくんだから、それを命令した人物は相当な立場にある。そして、経歴を消せるとなると』

片目を開き、ミラーに笑って見せると、冷ややかな視線が向けられていた。

『それで?』
『別に、深入りするつもりはないよ。ただ、伍長と同じさ』

沈黙し、考えあぐねている伍長に言う。

『訓練飛行で手を抜いた理由』
『なるほど、評価はする』

『何が気に入らない』
『深入りはしないんじゃなかったのか』

『ネウロイを倒したと聞いたら誰でも喜ぶ。わたしが原因なら、疲れない範囲で改善してもいい。何が気に入らないんだ』
『あんたらウィッチが戦う事だ』

予想はしていたが、がっかりしたよ。役割を奪われただの、男としての誇りだの、男尊女卑の考えは好きじゃない。

『そうかそうか、伍長は軍人のために戦うのかー』
『女子どもが戦うよりは男が死ぬべきだ』
『ネウロイにそう言ってごらんよ。守るべき市民が兵を選ぶんじゃない、倒すべき敵が兵を選ばせるのさ』

伍長は黙った。沈黙は肯定。そして目を背けることができない事実だった。ネウロイに対抗するためには、ウィッチが必要なのだから。

会話のないまま時間は過ぎ、やがて基地が見えた。伍長とは理解し合えないだろうけど、任務に差し支えはなさそうだ。そう考えていると、彼が言った。声は僅かに震えていた。

『わたしには妻と娘がいた』

いた。つまり。

『そうか、でも、ネウロイを倒したいと思う気持ちは、女のわたしも同じだ』
『殺したのはネウロイじゃない』

特輸機は着陸態勢に入っており、わたしの理解を待たずに基地に到着した。

整備班が駆け寄ってくる中、わたしが機を降りると、伍長はわたしの前に立ちふさがった。なんと言葉をかけるべきか言いあぐねていると、骨のぶつかる鈍い音、頬から伝わる衝撃に頭が揺れた。

視界の端で責任者が舌打ちしたのを捉え、整備班の面々がぎょっとしていた。

まったく彼は重病だった。上官を殴るなんて軍法会議ものだ。

殴り返してやろうと、ふらつく身体を整え、こぶしを引く。するとどうしたことか、伍長の顔は真っ青で脂汗がびっしりだった。呼吸も荒い。わけがわからなくてな、どうしたものかと戸惑っていると、彼は気を失った。整備班に支えられ、自室に消えた。

行き場を失ったこぶしはどうすりゃいいんだ? とにかくまあ、周囲の視線も痛かったし、水にぬらしたタオル貰って、自室で腫れた頬を冷やして考えた。なぜ伍長はわたしを殴ったのかを。

だからこれはまあ憶測の域を出ないんだが、たぶん伍長の妻子を殺したのは人間だ。女子どもが戦うよりは男が死ね。という言葉から、ただ殺されたのではない、戦って死んだんだ。強盗殺人が妥当な線だが、そういったものはおうおうにして盗みが発見された場合から発展する。それに前触れのない殺人犯には対抗できない。日常的に武器を装備しているような特殊な家庭なら別かもしれないけど。

となると、強盗の存在をある程度察知できる状況が必要になる。察知できないのは突然に襲ってくるからで、そうでない場合。例えばただならない物音がした、とか。

しかしこの場合、犯人はあっという間に通報されてしまう。辺鄙な村の出来事だとしても、小さい社会だ、村八分という言葉の裏返しは団結力。村中の男たちが駆け付ければ多勢に無勢。私刑は避けられない。

でも強盗が多人数で、ある程度の組織力で村を襲ったとすれば?
まあ、実際は強盗団というよりネウロイ襲撃に乗じた暴徒だろうな。街はめちゃくちゃで警察は機能していない。好き放題さ。

つまり、これらの条件を満たす場合は。伍長の妻子は小さな村で暮らしており、暴徒が村の家々を次々に襲い。その騒ぎを聞いた伍長の妻は娘を守ろうと戦ったが……軍属の伍長がその事を知った時には村はもうない。帰る場所も、理由も。燃えた。

ウィッチが戦うことを伍長が嫌う原因は、そういうことだろう。

だとしたら皮肉な話だ。天才的な戦闘操縦技術は女子どもの身代わりに使いたかったはずが、その優秀さ故、貴重なウィッチの命を預ける後方支援に使われたんじゃな。

さぞ悔しい思いをしたことだろう。男に魔法力はないからな。

ま、だとしたら一発くらいは殴られても文句は言えない。もちろん平和のためにも戦っているが、ストライカーの速度に魅力を感じ、入隊した。なんて言っちまったのはマズイよなあ。
そうだろ?


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「でも、だからって殴るなんておかしいです! それに女の子を」

怒っていいのか、悲しむべきなのか。突然戸惑った声を発したリネットに驚き、笑ってシャーロット。

「そうか? わたしは女だからって遠慮しない姿勢は気にいったけど」

でも、と理解できない部分があるのだろう。何か言いたそうなリネットに、シャーロットはあっけらかんと言い放った。

「だから病気なのさ。妻子を失ったこととウィッチの否定の因果関係はどこかちぐはぐに感じるけど、伍長には関係ないんだ。彼の行動理念は女子どもが戦うくらいなら男が死ね、それに尽きる。他はどうでもいいんだ。誰にだって戦う理由はある。ペリーヌは祖国奪還、バルクホルンは戦争終結、それと同じレベルさ。
……そうだな、例えばリーネは腰痛の痛みを知らないだろう?」

「ええ、そうですけど」
「うむ、かかった事のない症状は理解できないものさ。だろう? こいつは妻子を蹂躙された者にしか現れない病かもな」

言って一口、喉を潤す。返事のないリネットをうかがうと、目には涙がいっぱいだった。

「おいおいおい。なんだよリーネ、言ったろう? これは憶測にすぎないよ。真に受けないでおくれよ。本人の口から確かめたわけじゃないんだ」

感受性の高いやつだ。絶対小さい頃に絵本を読んで泣いたことがあるだろうと苦笑した。

「それで、伍長さんは、どうなったんですか」
「あー、なんだ、この先のことはあんまり覚えていない。また今度思い出したら話すよ」

「嘘です、まだ消えた中隊について聞いてません」

「わかった。わかったからそんな顔するなよ」 やれやれと頭をかく。 「あんまり感情移入するなよ」



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その日の夜、わたしは伍長のところに向かった。いきなり殴られたのは腹が立つが、こっちにも落ち度はあったわけだしな。

さて、扉をノックしようするとちょうど責任者に声をかけられた。

『イェーガー中尉かちょうどいい、話がある。わたしの部屋に来い』
『先に伍長殿に一言謝りたいのですが』
『あとにしろ。それと、わたしは軍人ではない。命令権はあるが堅苦しい言葉やめろ』

意外に話のわかる人だった。室に入り、言われるままにソファに腰掛け、なかなかのコーヒーをご馳走してもらった。
変な人でさ、目が痛いから必要な時以外は照明を点けずに月明かりだけなんだ。まあ、扶桑風に言えばわびさびってやつかな? 薄暗い室の中で、責任者が口を開いた。

『殴った伍長に謝る、ということは、だいたいの察しはついているんだろう? 中尉』
『まあ、だいたいは』
『やつは病気だ』
『上官を殴るほどに。伍長の処遇については?』
『何らかの処分を望むか? まあ、謝りに行くくらいだろうからそれはないが、どのみちおとがめなしだ』
『その決定権は?』
『わたしがそうする』

いいか? と煙草を白衣の胸ポケットから取り出し、わたしの了承を得てから火をつけた。

『なぜ彼はこんなところに?』
『別に、わたしの出世に役立ってもらおうとな。いい腕だろう? あんなやつはそうそういない』

責任者は疲れたように紫煙をはいた。

『だが、やつももう限界だろう。中尉のような理解のある相方と飛べたんだ、それほどの不満はないだろう』
『なんの話です?』 苛立った口調で言った。

伍長は悪い人間ではなかった、ナイーブ過ぎるだけだ。それを出世に利用する責任者に、わたしは腹が立った。鼻につく紫煙と枯れた声に。

責任者はそんなわたしを見て笑う。

『そうだな、まあ。中尉がやつにお礼まいりに行くようなら止めるつもりだったが。難儀なやつだよ、実際』

言ってしばらく窓から遠い月を眺めていた。ふと思い出したように語る。

『トレヴァー・マロニーは知っているだろう……やつはマロニー直属の部隊にいた』

なんの脈絡もなく語られた言葉に、わたしは驚いたよ。たしかに、伍長のウィッチ嫌いと通ずる所があるかもしれない。

『だがある作戦で逆鱗に触れてな。経歴を抹消され、もっぱら後方任務に着かされた』
『ある作戦?』

『第限定戦闘飛行中隊。ナンバリングのない、非公式の、歴戦の手練どもを集めた、最初期に結成された対ネウロイ飛行戦隊。やつはそこの隊長だった……ああ見えて昔は人望があった、信じられんだろう? 懐かしいな、今でこそあんなだが、小さい頃は村のガキ大将だった』
『無茶だ……戦闘機がネウロイに勝てるはずがない』

ネウロイの外殻は未知の金属と言われ、通常兵器での撃破は困難とされている。ウィッチの魔法のみが、現状では最も有効な攻撃手段だということは、その当時でも知らない人の方が少ない。

『瘴気もあるしな。マロニーが限定中隊を初めて実戦投入したのは、奇しくもストライカーの有用性が認められつつあったころだ。おおかた、プロパガンダにでもするつもりだったのだろう。ウィッチの必要性も薄れる。戦術は高威力の爆弾を用いた爆撃だが、瘴気の範囲外からでは当てることは難しい』

煙草を灰皿に押し付けた。

『一度目は撤退命令が出され、街が一つ燃えた。そう、燃えた』

火を揉み消すにしては念入りに、無表情で。しかし感情的に潰していた。

『そして二度目の出撃命令だ。その時やつの発作が起こった』
『……発作』

『そう、発作だ。そしてめでたく限定中隊は、なんとネウロイを倒した。マロニーもやつから戦果報告を聞いた時はついにやったかと感激したそうだ』
『まさか、信じられない』

責任者は灰皿をうつろな目で眺めて、薄い唇をつり上げた。

『そしてやつはマロニーに続けてこう言った。第限定戦闘飛行分隊、これより帰投する』
『ぶ、分隊だって!』

思わず声が裏返った。壊滅状態じゃないか。

『というのも、やつは自分の指揮する十三機の中隊に、仲間に、戦友に、一つの命令を下したからだ』

――当機はこれより目標ネウロイを引きつける、各機隙を見て特攻せよ。死ね――

『やつは天才だ、誰よりも卓越している、臨界点と呼ぶにふさわしい。瘴気の影響を最小限に抑える距離でネウロイのレーザーをかわすのは、やつ以外には不可能だろう。共に帰還したもう一機の報告書を読むに、部隊は異様な熱気に包まれていたらしい、詳細はなかったが、やつは短い演説をぶったそうだ。
爆装した戦闘機が次々と突撃した、小型ネウロイだったのが幸いで、最後の一機が突撃する前の機の爆弾が外殻を破壊し、コアを砕いた』

『それで、伍長の処遇は?』

『正直、残った一機がいなければやつが特攻しなかったのは保身の為と思われてもしょうがなかったが、そいつが囮は隊長にしか遂行できなかったと証言したよ。だが、マロニーのほうはカンカンでな』 責任者は鼻で笑った。 『ネウロイ一機倒すのに、手練十一人を失ってはな。後はわかるだろう? 第限定戦闘飛行中隊は秘密裏に解体、やつは経歴を抹消され、後方任務というわけだ』

『そこでダウディング空軍大将が拾った、ということですか』

わたしの言葉に、責任者は驚いたように顔を上げた。

『意外と賢いな、いや悪い。忘れてくれ。実際にはちょっと違う、わたしがこの戦術をプレゼンして売り込んだ。伝手を頼ってな』

それを聞き、わたしはあごに手をやり、数秒の思索にふけった後、なんてこったと頭を抱えた。

『なんてこった、こいつはダウディング空軍大将の反ウィッチ派に対するカードだ』

『本当に賢いな。そうだ、共同戦線という形で反ウィッチ派のプライドを抑制しようというわけだ。ウィッチ単独よりも有効でなければ意味はないが。
それに第限定戦闘飛行中隊の存在はそのままマロニーの失態だ。隠し持っていれば強力な切り札になる。マロニーのミスは、特佐が自分と同じくウィッチそのものを嫌っていると勘違いしているところだ。同じ思想を持つが故、敵対はないと高をくくった。書類の上では、わたしたちはまだ非戦闘区域でだらけていることになっているよ』

わたしは聞き慣れない階級に顔を上げた。 『特佐?』

『やつの限定中隊時代の階級だ。存在を知る者は少ない』

いらないことを喋ったと、近くの戸棚からウィスキーを取り出した。

『これで終わりだ。この場所は試験運用よりも、政争的意味合いが強い。だがダウディング空軍大将はダメだろうな、穏健に過ぎる。上に立つものは野生を理解しなければ生きていけん……どうした?』
『いや、わたしのがんばりとか意気込みは何だったんだろうと』

『兵器の有用性の価値を決める要因の一つは、容易な兵装交換による柔軟な戦局対応力だ、その点ウィッチは条件を満たす。だが所詮は駒だ。わたしも、イェーガー中尉も、特佐も。
喜ぶべきだ、中尉。貴官は戦闘だけではなく、上層の覇権争いでも役立っている。飲むか? シェリー樽を使った特級だ。ブリタニアは食事は不味いが酒は美味い』
『いただきます。それが柔軟な戦局対応力というやつですか』

『誇るがいい。中尉は頭もいい。だが、それは隠すべきだな』

とくとくとく。グラスに美しい琥珀色の液体。ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。しかし口に含むと下品な砂糖味でない。風味がほんのりと甘い。えぐみもなく飲みやすい。アルコールは初めてだったが、あれはよかったな。なんという銘柄だったか、マクラン……マッカラ……

『……なぜですか?』 熱くなった体をソファにたっぷりと預けて、わたしは尋ねた。

『無知を装えば、プライドの高い相手の優越感を刺激し、情報を引き出しやすくなる。相手の自己顕示欲による回答が間違えていれば、攻めの起点となる。こういった事は論戦術の基礎だが……上に行くつもりなら教えてやろうか?』

『いや、なぜわたしに伍長の過去を?』
『さあな』

責任者はもう一度空を見た。つられてわたしも見上げる。満月を月が覆い隠していた、雲は厚く、星は見えない。

『わからん』

薄暗い部屋の中、責任者は消え入りそうな乾いた声でそう言った。



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「それで、伍長さんはどうなったんですか?」

その戦術が有用であるとシャーリーの口から出たにもかかわらず、現在まで運用されていない事実から、リネットは尋ねずにはいられなかった。

「その数日後、発作をおこした」
「発作って、まさか」 息をのむ。

「特佐殿はもう限界だった。警報が鳴るや否や、無断で戦闘機に乗って出撃。止めに入った整備班の一人が軽負傷してさ、大騒ぎだった」

グラスの縁を細い指で撫でて、シャーロットは懐かしむように。

「わたしは大急ぎで責任者のもとに駆け付けた、連れ戻すよう説得するから出撃許可を出してくれ、とな。ノックしても返事が無いんで室に踏みいると、責任者は両ひざに肘をつき、うなだれていた。
グラスは二つあって、相手が誰かはすぐにわかった。それを見て、きっと許可は下りない。そう思ったよ」

「それで、シャーリーさんは何もしなかったんですか」 非難の色を隠した瞳が向けられる。それは美徳だよ、いいことだ、リーネ。

「許可なんて降りなくても連れ戻すつもりだったんだけどな……なぜ、責任者が出撃を禁じたかを考えた。出世に利用するつもりなら特佐殿の才能を手放すはずがない」

顔を上げてリネットを見て続けた。

「たぶん、責任者は利用しようとしたんじゃなく、病をなんとかして治癒させたかったんだろう。実際にウィッチの有用性を目の当たりにすれば考えも変わるかもしれないってさ。きっと藁にもすがる思いだったんだろう。諦めたという事は、今回の試験運用は最後の処方箋ってわけだ。残念ながら作用しなかったようだけど」

「そんな、それじゃあ」

「責任者は自己の権限のもと何人たりとも飛行してはならないと命令した。解除されたのは二十分後で、わたしを含めた三機のウィッチが出撃。ネウロイは倒せたんだが、特佐殿は帰って来なかった。後日、付近の海域に漂う戦闘機の残骸が見つかってさ。犬死にだと基地の連中は言っていたよ。
これにはさすがにダウディング空軍大将も看過できず、試験運用は凍結、事実上は解散だな。というより、責任者の反ウィッチ派工作員との疑いが深まった。しかたのないことさ、秘密裏の試験運用は諸刃の剣だからな。で、わたしは501に戻ったってわけ」

「その責任者さんは今どこに」

「後方に飛ばされたんだが、運悪くネウロイの襲撃に会い、生死不明。試作銃についての情報も、いまはどこへやらだ。もったいない」

言って一口すする。おいしい。責任者がご馳走してくれたほどではないが。シェリー樽を使っているのは同じらしい。

「シャーリーさん!」

リネットは両手をテーブルに叩きつけ、唐突に立ち上がった。椅子がその勢いで倒れる。

「うおあっ何だよいきなりどうした」

「戦争だというのはわかります。でも、そんな他人事のように平気で話すようなことじゃ!」
「わ、わ、落ちつけよ。ほら思い出せ、リーネの相談事を」

なだめながら、そう言えば伝えてなかったと思いだす。

出撃許可を求めて責任者の部屋に入った時、灰皿のたばこにはうっすらと桜色の紅がついていた事を。

「新しく501に入隊した子が、実はご両親の制止を振り切って無許可で……」

言われてリネットは記憶をたどり、試験運用の話へと至った経緯を思い出した。

「……というのも女の子や子供が戦うなという言いつけを」

「その子、きっと才能あるよ」

まさか、とようやく察した彼女に笑って言った。

「ネウロイがいないからって気を抜くなよ。連合軍第501統合戦闘航空団総司令、リネット・ビショップ准将」



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そこはリベリオンのどこかにある、人里離れた小さなログハウス。隣接するガレージには鮮やかなオレンジが自慢の複葉機と使いこまれた大型二輪、SS100。そこから延びる立派な滑走路。

窓からは柔らかい明かりが洩れ、そこから臨める小さな湖には白銀の月とこぼれおちた星の輝き。

耳を澄ませば虫の鳴き声。

上等なウィスキーと新鮮なつまみ。

戦友は久々の再開に顔をほころばせ、思い出を語らう。

人生とはこうでなくては。

満天の夜空に、祝福を投げかけた。

グッドラック、特佐殿。お幸せに。病に気をつけて。



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