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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第一章 26~32
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 01:34


1-26    立ち上げ会



 ウォルフ達から遅れる事三日、エルビラ達も無事サウスゴータに帰ってきた。
オルレアン公の動向が心配されたが敵対するような事はなく、逆にお詫びとしてウォルフにおみやげを渡されるほどであった。

「おーい、ウォルフ、アンネ、サラ今帰ったぞー」
「あー、おかえりなさい。無事で何より」

馬車が門内に入るなり大声で叫ぶニコラスにウォルフが答える。既にみんな勢揃いして待っていて、どの顔も嬉しそうだ。
口々に再会を喜び合うと馬車の荷物を下ろし始め、屋敷のメイドや使用人も総出で手伝いに来た。大丈夫だと言われてもウォルフの話を聞いて不安になっていたのだ。
ウォルフは荷物を降ろして所在なげにしているラウラとリナを案内して納屋へと向かった。
二人はウォルフの方舟を見て驚いているが軽く無視して納屋の二階へと向かう。

「ほら、ここが君たち二人がこれから住む部屋だよ」
「「ふおおお・・・・」」

二人にあてがわれたのはかつてウォルフが研究室として使っていた納屋の二階で、昨日半日がかりでウォルフが片付けて改装したのだ。
結構な広さの部屋には既にベッドやカーテン、ドレッサーまで入れられ、直ぐに住める状態になっており、中庭に面した窓を持つため風通しが良く明るい光に満ちていた。
二人で一緒の部屋だが、そもそもこれまで狭い家に暮らしてきた二人には一人用のベッドがそれぞれに用意されているだけでも驚きの贅沢さであって、全く不満はなかった。

「「あたしのベッドー!!」」

奇声を上げながら二人がそれぞれのベッドへ突進する。早速割り振りが決まったようである。
二人に部屋の使い方を簡単に説明し、鍵を渡す。一人に一つだ。

「合い鍵は母さんが持っているから、無くして部屋に入れない時は言ってね?大体こんな所だけど、何か分からない事ある?」
「ウ、ウォルフ様、あたし達こんな所に住んで良いんですか?」「ですか?」
「君たちの部屋だって言っただろ、大丈夫、報酬の分はちゃんと働いて貰うから」
「ええっ!やっぱりあたし達、夜の慰みものに?」「慰みもの!」
「・・・君たちにはまだ早いだろう、って言うかオレ六歳だよ?」
「でもニコラス様がいるし、クリフォード様だってそろそろ・・」「そろそろです!」

ちなみに前がラウラで後ろがリナである。妙に息の合った姉妹だ。

「これははっきりとしておくけど、ラウラとリナはオレに雇われたんだから。ド・モルガン家ではなくウォルフ・ライエ・ド・モルガン個人の使用人な訳だから、無条件で他の人の言う事を聞いたらダメだよ?」
「ニコラス様やクリフォード様の慰みものにはならなくて良いんですか?」「ですか?」
「もし万が一そんな事を言ってきたら鼻で笑って良いよ。目一杯軽蔑した目で見てね。その後でオレかサラか母さんに言えばそのゴミは処分してあげるから」
「「ふおおおお」」

人間として当たり前だと思う事にここまで驚かれると、平民が貴族の屋敷に勤めるという事に対してどのような考えを持っているのか分かってしまい、悲しくなる。まあ、彼女たちは叔母であるアンネが貴族のところでどんな目にあったのかを知っているわけだし、仕方がないのかも知れないが。
ウォルフにとってファンタジーの魅力溢れるハルケギニアも、そこに住む平民にとっては基本的人権も、生存権すらも保証されない過酷な世界なのだ。

「とにかく、オレは報酬を払い君たちは労働で払う。ビジネスとしてあくまで対等な関係な訳だから不当と思う事には従う義務はないから。君たちの貞操は君たちのものなのだから大事にしなさい」

こんな言葉がここハルケギニアでどれだけ軽い言葉であるか、分かりながらもつい口にしてしまう。
平民にとって仕事というものは貴族に恵んで貰う物だという認識を少しでも改めたい。
その仕事に対して敬意が払われない限り人は自分の仕事に対して誇りを持てない。
人が自分の仕事に誇りを持った時、どんな仕事をする事が出来るのかをウォルフは知っている。
そんな仕事をする人を少しでも増やしたいと思う。

 兎に角二人を納得させて荷物を片付けるように言い、部屋を後にした。



 翌日の昼、ウォルフ達は主に平民が使う料理屋に集まりテーブルを囲んでいた。
店内は多少騒がしいものの、テーブルごとに区切られていることもあり話は普通に出来た。
ウォルフ達はマントを外していて、集まったのはウォルフ、サラ、マチルダ、タニア、ラウラ、リナの六人である。
ラウラとリナは太守の娘とその護衛を紹介され、さらに一緒のテーブルに着いてしまって恐縮頻りであった。

「えー、ではこれより我々の商会の立ち上げ記念集会を始めます。今日の議題は商会の目的をはっきりとさせ、今後の方針を決める事と、名前をそろそろ決めたいという事です」
「商会の目的なんて金儲けじゃないのかい?」
「一般的にはそうかも知れないけど、それじゃあ、つまらないだろ。オレはオレの野望をこの商会で実現したいんだ」

マチルダとタニアが怪訝な顔をする。ウォルフが野望というのがしっくりと来ない。

「オレの野望は世界周航をしたいという事だ。その為に必要な資金や物資の調達、長距離・長期間の航行に耐えるフネの開発、必要な人材の育成などをこの商会を通して行っていきたいと考えている」
「世界周航ってどういう事?」
「このハルケギニアを出て、サハラを越え、遙か東方ロバ・アル・カリイエや更にその先まで行って帰って来るって事だよ。そして外の世界の人達と交易を行う会社にしたいんだ」

ウォルフが熱く語る。その目は何時になく熱が入っていた。

「あんたそんな大それた事を考えていたのかい・・・あのグライダーとかいうので行くつもり?」
「いや、あれはそんなに荷物積めないし、違うよ。あれで実現した技術を応用してもっと大きなフネを造るんだ」
「たしかにあれは人が乗るところは小さいけど、結構大きいよ?どの位のを作るつもりだい」
「グライダーは二人乗りだけど、新しく作るのは少なくとも二、三十人は乗れる位にはしたい。知らない世界を見てみたいという人は一緒に行こう!そうでない人も商会を大きくするのを手伝って欲しい」

そういわれてもすぐに返事を出来る者はいない。
サラは知っていたしラウラとリナには拒否権がないので残るはマチルダとタニアだが、二人ともちょっとしたお小遣い稼ぎのつもりでいたのだ。そんな大事になるとは思っていなかった。

「い、いつ頃出発するんだい?」
「まずは商会を大きくしなくちゃならないから・・・十年以内には行きたいなあ」
「なんだい結構先の話だね」
「そりゃそうだよ。どんだけクリアしなきゃならないハードルがあると思ってんだ」
「異端審問には引っかからないでしょうか?ハルケギニアから出たいとか言ったら誤解されると思うのですが」
「聖地の視察が出来るから大丈夫じゃない?聖地に行けと言うのはブリミル様の教えな訳だし。出たいって言っても帰ってくることが前提だから」
「でも、その聖地にはエルフが居るんだろう?危ないんじゃないのかい?」
「いきなり突っ込んでいったりはしないで、ちゃんとエルフとも交渉をしながら行くつもりだよ。それにもし攻撃をされてもそれに耐えてすぐに逃げ出せる位のフネは開発するつもりだ」
「うーん、それなら大丈夫かねえ・・・」
「問題はないとすると・・・面白そうかな?いいですよ、私も行ってみましょうか、ロバ・アル・カリイエの先というところへ」

 タニアが同意をする。彼女は軽い身の上なので気軽に決める事が出来るのだ。
それに対してサウスゴータ太守の娘であるマチルダはそんな簡単に返事をするわけにはいかなかった。

「タニアもオーケーしたんだし、この商会の目的が世界周航っていうのはいいよ、あたしも協力するさ。でもあたしが行くかどうかはまだ決められないよ」
「それでいいよ、マチ姉。別に今決める事じゃないし、この先どうなるかなんて分からないしね。ただ、目的ははっきりと決めておきたかったんだ」
「ああ、目標があった方が楽しいだろうさ。ただ商売するんじゃなくて、その方が張り合いが出るってもんだろう」
「おお、ありがとう。当分はただ商売するだけになるだろうけどね。この商会はハルケギニアでのオレの居場所にしたいから、しっかりとした組織に育てたい」

 ただ行くだけならばもっと早い時期にでも行けるであろうが、行ったからには交易をしたいし、何があるか分からないのである程度の武装も必要だろう。
ハルケギニアの外に行くのだ、どんな幻獣や亜人がいるかは分からない。サハラには十倍の戦力で当たらなければ勝てないと言われているエルフがいるし、最低限身を守る術を備える必要がある。
ウォルフは自身がまだ幼児なので、焦らずじっくりと準備をする事にしていた。

 そんな事を話していると料理が運ばれてきた。今日は立ち上げパーティーなのでこの店にしては豪華な料理を頼んである。

「それでは、世界周航社(仮)の発足を祝いまして・・・乾杯!」「「「乾杯!!」」」

ウォルフが音頭をとって乾杯をする。タニア以外は水のグラスであったが皆楽しそうにグラスをぶつけ合った。
料理を食べながら様々な事を話し合う。世界周航には何が必要か、どんな品物を扱うべきか、社屋はどうすのか、話題は尽きる事がなかった。
タニアが意外とゲルマニア事情に詳しく、ゲルマニアとガリア・アルビオン間での貿易でも利益が出そうなことが分かり、だんだんと商会の方針が決まってくる。
ラウラとリナはあまり意見を言わず料理を食べることに夢中になっていたが、意見を求められれば素直に思ったことを答えていた。
そしてやがて話題は現在保留中の商会の名前についてどうするかに移った。

「だから、名前から付けるのはうまくいかなかったんだからさ、全然違うのにすればいいんだよ」
「たとえばどんな?」
「あたしはサザンスター商会がいいと思う。アルビオン大陸の南の空に燦然と輝く星・・・ロマンチックじゃないか」
「やだよそんな頭の悪そうなの。大体ハルケギニアを相手に商売するつもりなんだからサザンは無いと思うんだ」
「う、アルビオンの南でもハルケギニアの中じゃ北西の方か・・・むむむ」
「めんどくさいから世界周航社でいいんじゃね?」
「世界周航って言葉の意味を一々説明するのがいや」
「うーん・・・」

なかなか意見が纏まらない中サラが発言する。

「ガンダーラ商会っていうのはどうでしょう」
「ガンダーラ?何の名前だい?聞いた事がないけど」
「ウォルフ様が時々歌ってくれる歌に出てくるんです。とてもすてきな歌で、私もその歌を聴くとガンダーラに行ってみたくなるんです」
「あー、サラ、それは・・・」

ウォルフはガリアでガンダーラと名乗ってしまっているので、ここで商会の名前をそれにしたくはなかったが、そうここで言うことも憚られた。 

「ウォルフ?どんなとこなんだい?ガンダーラってのは」
「えーっと、サハラとロバ・アル・カリイエの間にあるかも知れない古代王国。その国の事を歌ったロバ・アル・カリイエの歌があって、それを聴いてオレも東へ行ってみたくなったんだよ」

本当は前世の世界での古代王国と日本の懐メロなのだが、本当の事を言っても通じないだろうから適当に答えておいた。もしかしたらこっちの世界にも似た所があるかも知れないし。
ウォルフはなるべく他の名前にしたいのだが、興味を引かれたのかマチルダはなおも聞いてくる。

「へぇー、それは是非聞いてみたいね。ちょっと歌っておくれよ」
「えー?いまここで?」

ウォルフは嫌がったのだが、他の全員が聞きたいというので断りきれない。
しかたなく、元の歌をハルケギニア語に訳したものを歌い始めた。
切なく、どこか懐かしいメロディーにのせてウォルフが詩を紡ぎ出すと、賑やかだった店が次第に静かになり皆ウォルフの歌に聴き入っているようであった。
初めて聞く詩、初めて聞くメロディー、しかしその曲はハルケギニア人の心の琴線に触れたようだった。
そんな観客の様子に、ウォルフは風の魔法に目覚めて以来歌う事が大の得意になっていたので皆が聞き入ってくれているのが気持ちよく、つい調子に乗って二番まで歌いきった。
歌が終わりウォルフがペコリとお辞儀をすると、店内の客達は割れんばかりの拍手で応じた。皆口々に感想を言い合いウォルフを褒めていて、ラウラやリナは元よりマチルダとタニアまで拍手している。
そんな中、いきなりの拍手の雨に戸惑っているウォルフの前に一人の男が進み出た。

「素晴らしい!少年、握手をしてくれ!」
「は、はあ」

ミュージシャンなのだろうか、床に楽器ケースを置いたその青年は顔を紅潮させウォルフに握手を迫った。

「今の曲はいったい何なんだ、君が作ったのか、教えてくれ頼む!」
「えーっと、オレが作ったんじゃなくてロバ・アル・カリイエの歌って言われている曲です」
「そうか、ロバ・アル・カリイエか!初めて聞いたよ、素晴らしい!あれがロバ・アル・カリイエの歌か・・・ガンダーラ・・・」

その青年はウォルフの手を握りしめたままガンダーラへと旅立ってしまったみたいだったが、すぐに帰ってくるとウォルフになおも迫った。

「是非!もう一度歌ってくれないか?今店に入ってきたところで最初の方は聞いていなかったんだ」
「えー、でもあんまり騒ぐと店に迷惑・・・」
「あそこで店長が○出しているから大丈夫だ!ちょっと待て伴奏をするから」

そういうと楽器ケースを開きギターを取り出す。軽く音をみてウォルフの横に立った。
ウォルフはこの世界に来てヴァイオリンを見た事はあったがギターを見るのは初めてであった。

「お、ギターだ。こんなのあるんだ」
「ん?この楽器を知っているのかね、珍しい。えーっと、Emからでよかったかな?」
「あーもうっ、はい、そうだねEm、Am、D、A7ってかんじ。あとFM7も入るかな?」

ふんふんと男は肯きギターから軽く音を出している。ウォルフはまた押し切られてしまったようだ。

 結局青年の伴奏に合わせてまた二番まできっちり歌ってしまった。
青年の技術は確かで、初めて聞いた曲にきっちりと伴奏を付けサビの部分ではハモって来るほどで、ウォルフも気持ちよく歌えた。

「ありがとう少年よ。良かったら名前を教えてくれ、俺の名はジョニー、仲間からはジョニー・ビーと呼ばれている」
「オレはウォルフ、ウォルフ・ライエ。良い演奏だったよ」

客達の拍手の中二人で握手を交わした。
近い将来、流離いのミュージシャン・ジョニー・ビーによってこのガンダーラという曲がハルケギニア中で流行る事になるのだが、それはまだ少し先の話である。





「はー、しかし凄い騒ぎだったね」

 ジョニー・ビーが去った後、まだ興奮冷めやらぬ中マチルダが呟く。

「確かに良い曲ですものね、商会のテーマソングですね」
「え?それだとガンダーラで決まりって事?」
「決まりだろう、何言ってんだい」
「「決まりです」」「です」

ウォルフが軽く抗議をするが決まってしまったようだ。

 ここに未来の総合商社・ガンダーラ商会が誕生した。
今はまだ構成員六名の小さな組織ではあるが、確かにその第一歩を踏み出したのだった。




1-27    商会設立-1



 商会は立ち上げたもののウォルフ達にはやる事が山積みになっていた。
用地の選定にギルドへの登録、取引ルートの開拓から従業員の確保、さらには専門的な技術者の育成など。
それに加えてウォルフは旋盤の開発と、先のことを考えるのが嫌になるほどであった。
とりあえず技術者の養成や寺子屋をやるには社屋が必要なので、購入してしまうつもりで用地を探す事にした。

「やっぱりそれなりの広さが欲しいから潰れた商家とかで良い物件があると良いんだけど」
「それですとこの物件などはどうでございますでしょうか?」
「うーん、ちょっと路地が細すぎるな。大通りに面して無くても良いから大型の馬車がそのまま入れるような作りが良い」
「それですと、こちらか・・・こちらなんていかがでしょうか」

不動産屋が掲示した物件情報を詳しく見る。ウォルフは元よりマチルダとタニアも真剣だ。
ちなみにサラは家でラウラとリナ、それにヨセフの子供達に計算を教えていてここにはいない。

「こっちは三千エキューで、こっちが・・九千エキュー?ちょっとこれは高すぎるんじゃない?もうちょっとでお城が買えますよ」
「でも条件には一番合ってるね。郊外のお城と街中の物件とを一緒に考えることはないんじゃない?」
「ウォルフ、あんたいくらまで出せんだい?」
「この位なら出せるけど、後の事を考えたら抑えておくにこしたことはないね」

買うかどうかはさておき一番条件に合っていると言うことでその物件を不動産屋に案内されて見に行くことになった。
物件は大通りであるバーナード通りから一歩入ったところにあって、ちょっと古びてはいたが図面通りの広さを持ちウォルフが出した条件を全て満たしていた。
通りに面して門を兼ねた三階建ての建物。中庭があり、中庭を囲むように倉庫と住居用の建物が建っている。全ての建物は統一されたイメージで建っており、見た目は古くさいがしっかりしていて熟練の土メイジが建てた物と思われた。
その立地、地形、建物全てにウォルフは満足だったのでタニアにOKのサインを出す。

「とても良い物件ですわね、ジョルダンさん。とても気に入りましたわ」
「それはよかった、ミス・エインズワース。気に入った方に購入していただくのが一番ですからな」
「ただ・・・こちらの床とか、ドアなどはかなり痛んでいるようですが、これらはそちらで修理してから引き渡していただけるのですよね?」
「いえ、そういうものも含めてこの価格でお願いしております」
「あちらの屋根や水道なども痛んでいるようですし、我々が使用出来るようにリフォームするには二千エキュー程はかかってしまいそうです。その分お値段の方は何とかならないでしょうか」
「・・・八千五百。商売を始める時は色々やりたくなってしまいたくなるものですが、最初はそんなに体裁を気にしなくても良いものですよ」
「でも、使い始めてから床が抜けたりしたら手間だし余計お金がかかってしまいますでしょう・・・七千二百」
「床は『固定化』を掛ければまだまだ大丈夫ですよ・・・八千二百。これ以上は無理です」

タニアとジョルダンとの視線が交錯する。端から見ている者には決して分からない情報がやりとりされた。
まだいける・・・
タニアはジョルダンの瞳から正確に情報を読み取った。そして、大げさに息を吐くとやれやれというように首を振りウォルフの方に向き直る。

「ウォルフ、ここも良い物件だけど他の所も見てみない?西ブルンドネル街にもニコルっていう紹介屋がいるらしいから」

ジョンソンやニコルは不動産屋と言っても専業でやっているわけではなく、ギルドから紹介を受け本業の傍ら不動産の斡旋を行っていた。
そしてこの仕事をしているのはサウスゴータではこの二人だけだった。

「・・・ミス・エインズワース、ニコルは私ほどのコネを持ってはいませんので紹介出来る物件もさほど多くはありません」
「それでも掘り出し物があるかも知れませんし、行くだけ行ってみますよ」

ニッコリと笑う。地獄の悪魔でさえも魅了出来そうな笑顔だ。

「分かりました。・・・七千八百。あくまで今決めていただけるなら、と言うことでの価格です」
「七千五百。今決めろと言うのならこの位にはしていただかないと」

二人は暫し睨み合っていたがジョルダンの方が先に目を逸らした。

「負けましたよ、ミス・エインズワース。エキュー金貨で七千五百、その価格で手を打ちましょう」
「こちらの事情をご理解いただいて嬉しいですわ」

大きく息を吐き出し、諦めたように首を振りながら右手を差し出した。
タニアはニッコリと笑いながらその手を握り返す。千五百エキューの値切りに成功したのだ。
実は七千五百エキューではジョルダンの取り分はほとんど無い。それでもこの価格に応じたのは、ここの所の不況のせいで物件の成約件数が激減しているためだ。あまりに長期間成約が無いことで信用を落とすことは防ぎたい。そんな、ジョルダンの思惑を見抜いたかのような絶妙なタニアの値切りであった。
ウォルフはその交渉の間中何も言わず黙って傍観していた。マチルダからガリアでタニアが値切りまくっていた様子を聞いて任せてみたのだが、正解だった。その気迫、呼吸、とてもウォルフに真似出来るものではなく、大阪のおばちゃんくらいしかタニアには対抗できないのではないかと思われた。
ギルドで土地建物の購入手続きとギルドへの登録を済ませ、代金七千五百エキューと加盟料を支払い名実ともにガンダーラ商会が発足した。




 その後も建物の改修・掃除、物資の搬入、従業員の雇用とこなしていき、一週間後には商会としての体裁が整った。

 新しく雇用したのはロマリア出身の平民達、ベルナルド、カルロ、フリオの二十代から三十代の三人で、商会に勤めた経験がある上に面接で一番やる気があったので採用した。
詳しく話を聞くと酷い不況の所為で勤めていたロマリアの商会が潰れたため、職に困って教会に大金を払い国外での就労を斡旋して貰ったのだが、紹介状を持ってサウスゴータの教会を訪れたらそんな話は知らんと門前払いされてしまい途方に暮れていたという。
ロマリアに帰りたくてもそんな金はないし、ここ数日は城壁の外で三家族身を寄せ合って寝ていたらしい。
教会が斡旋詐欺を行うロマリアも凄いと思うが、この話を聞いてそのまま追い返すサウスゴータの教会もたいがい腐っていると思わざるを得ない。

 直ぐに家族達を呼び商会の建物に住まわせ、子供達が三歳から十歳まで計十人いたのでこの子達も寺子屋で教えることになった。
ヨセフの子供達・トムとメイの姉妹に比べあまりまっとうには教育を受けていないので、小さい子達はラウラとリナとトムに教えさせ、そのラウラ達をサラやタニアが教える、と言うシステムで寺子屋もスタートした。
今のところ読み書き算数と言ったところだが、いずれは物理や化学の基礎なども教えていこうと思っている。
それと週に一度だがウォルフが直接授業することになった。まだ内容は決めていなかったが、彼らが将来誇りを持って仕事を出来るような授業にしたいと考えていた。

 商会長は結局タニアが務めることになり、サラは胸を撫で下ろしていた。商会長ともなれば色々と人と会う必要があり、七歳ではいくら何でも無理があった。
最初はその無理を通そうとしていたのだが、タニアがサウスゴータ家を辞し、マチルダの従者をやめて商会に専念すると言うことでウォルフはこれを歓迎し、商会長を任せることにしたのだ。
会長に就任することが決まってから打ち明けてくれたのだが、タニアは元はガリアの結構良いとこの伯爵令嬢だったのが父親が政争に巻き込まれて爵位を失ったそうだ。祖母を頼ってアルビオンに渡り職を求めたのだが中々思う様には行かず、希望の職種では無かったがしかたなくマチルダの護衛官になったらしい。
本当はもっと自分の事務処理能力を生かした仕事に就きたいと考えていて、ゲルマニアに渡ることなども含め休日ごとに色々と調べていたそうだ。

 商売の方は取り敢えずは貿易業と言うことで、ガリアやゲルマニアとの貿易を始める事にした。将来的には飛行機による高速輸送を考えているが、当面は通常の両用船と水上船による輸送で地味に始めるつもりだ。
タニアがリサーチしたところによれば、ハルケギニア西側における国際間の物流は殆どトリステインの商人を経由していてそこを省くだけでも大分コストを下げられそうなのだ。
ガリアとアルビオンの物価に差が結構あるとは思っていたが、分かってみれば結構簡単な理由だ。トリステインの商人と取引のあるところはなかなかそこを外すことは難しいみたいだが、ウォルフ達には彼らに気兼ねする必要はない。
今回仕入れた香辛料等は小分けして彼方此方の商人に卸しているが相当な利益を上げている。輸送費が掛からなかったので当たり前と言えば当たり前なのだが、それを抜きにしても価格差は大きく、直接貿易した方が有利なのは明らかだった。
これならばフネをチャーターしても十分に利益は上がると見込み、新たな商品の仕入れを行うため配船業者と交渉しようとして思わぬ障害にぶつかった。

「フネを貸せない?」
「申し訳ないのですが、ウチの方で用意出来るのはトリステインまでの貨物船ということになりまして、ガリアやゲルマニア行きにつきましては貴族様専用とすることにいたしました」

 タニアが今来ているのはロサイスの配船業者で、ガンダーラ商会の様な小さな商会は賃貸料と保険料を支払いフネを借りて貿易するのが一般的で、今日はその契約に来たのだ。
一週間前に来た時は問題なく貸すようなことを言っていたのに今日になっていきなり手の平を返してきた。

「どういう事なのでしょうか、今日は契約のためにわざわざサウスゴータからやってきたのですが」
「本当に申し訳ない、組合の方で急に決まってしまったことでしてな、こちらは足代と言うことでお納め下さい」

そう言って頭を下げ、いくらかの金が入っているだろう袋を差し出す。本当にフネを貸す気は無いみたいだ。
多少なりとも足代などを出してくるのはこちらがマチルダとつながっているのを知っているからで、そうでなければ門前払いされていただろう。

「組合で、と言うことは他所に言っても同じ、と言うことですか・・・」

相手は揉み手をしながら愛想笑いをしている。
おそらくはトリステイン商人の横槍であろうが、こちらは新参者でしかないのでそれを収めさせる材料を持ってはいなかった。
ここの所の不況で潰れずに残った業者は皆結束しているのでどこかを狙って崩すというのも難しそうに思え、出直すしかないと判断した。
叩き返してやりたかったが、金の入った袋を手に取り立ち上がる。辛酸をなめたメイジは辛いのだ。

「それでは、今日の所は引き上げます。こんな事をしてもアルビオン人の利益にはなりません、貴方達が考え直してくれることを期待します」

アルビオン、に力を入れて捨て台詞を残した。
貴族と、それもサウスゴータの跡継ぎ娘とつながっているだろう相手にトリステインのために働いているように言われることはかなり嫌なことなのだろう、相手の顔がゆがむ。
それを見て少しだけ気を良くしてタニアはサウスゴータへと戻った。ウォルフやマチルダと相談しなくてはならない。




「うーん、困ったね、フネがないんじゃしょうがないじゃないか。何とかならないのかい?ウォルフ」
「この不況でフネなんてずっと桟橋に繋いであるじゃねーか。貸せばいいのに、馬鹿じゃねーの?」
「まあ、トリステインの商人には凄く嫌なことだったんでしょうね。でもどうしましょう、トリステイン経由だと貿易なんてしても全然うまみがありませんよ」
「あそこは組合がしっかりしているからなあ、みんな仲良くみんな幸せ。でも、不況になっても潰れるところが少ないって事はそれだけ暴利をむさぼっているって事だな」

 三人で顔をつきあわせてため息を吐く。
トリステイン商人が嫌がるだろうとは思ったが、アルビオンの商人がその意を汲んでおおっぴらに動くとまでは予想していなかった。

「本拠地をヤカに移して向こうで手配するって言う手はどうだい?」
「うーん、あの辺の地域は海運と陸運が中心ですから、都合良く両用船の配船業者がいるかどうか・・・」
「確かにロサイスやラ・ロシェール程はいなさそうだね」
「まあ、貸してくれないなら買うって手があるだろ。タニア、フネっていくら位?」
「え?買うって言っても中古でも三万から五万エキューはしますよ?それに加えて船員と護衛も雇わないといけないし風石は高価です。係留しておく港の代金やメンテナンス費用だってかかりますし、我々の様な零細が借金して購入しても支払いが大変なので、利子のことを考えるとちょっと・・・」

社屋を購入する時に予算を運転資金を含めて二万エキューと言われていた。既に一万エキュー近く使っているのでフネの購入など夢のまた夢だ。

「うーん、でもしょうがないだろ?ちまちまトリステイン経由で貿易したって配船業者とトリステイン商人が儲けるだけだろう。最初からそんなに大きい規模で商売するつもりはなかったけど仕方ない。向こうが売ってきた喧嘩だ、買ってやろうじゃないか」
「お金無いんだから喧嘩にもならないでしょう。借金したって貸し手が儲かるだけだし・・・何か夢が無くなってきますね」
「別に借金なんかしねーよ。金を用意すれば良いんだろう」
「え?あんた当てがあるのかい?」
「現金はないけど、ヤカのギルドの手形がある。後で渡すから、タニア換金してきてくれる?」

今回のガリア旅行で宝石を売って得た分も手を付けることになった。まあ、手形のまま眠らせている位だし特に使う予定もない金なので問題ないだろう。

「そんなのがあるのかい、いくら分?」
「十二万エキュー分あるんだけど、ついでだから全部換金してきてよ」
「・・・・・・一体何をやってそんなに儲けたのか知りたいんだけど」
「えーっと、安全保障上の問題で秘密だな。心配しなくても、もうこれ以上は出てこないぜ」

実際問題としてマチルダあたりに原子について教えたら放射性物質も作れてしまいそうなので教えたくなかった。
魔法を覚え初めの頃ダイヤモンドを作るところは見られているが、なるべく思いだして欲しくはない。
普通はメイジの作る宝石は直ぐにばれて高くは売れないらしいので、マチルダにもそう思ったままでいて欲しかった。
マチルダが核爆弾を作るとは思わないが、十年、二十年後にこの『練金』の知識がどう使われるなんて分かったものじゃないのだ。
だから詳しい事情は聞かないで欲しいのだが、マチルダは納得しない。

「これから一緒に商売やるってのに、最初からそんな秘密を持ってるやつと一緒にやってられるかい!」
「ごめん・・・でも百万、二百万人の人の命が関わってくることなんだ」
「・・・急に話が大きくなるね。ますますどんなことだか想像も付かないよ」
「あまり気にしないでくれると嬉しいよ。とにかく金はあって、フネは買える。それでいいだろ」
「いや、無理。信用出来ない」

マチルダは面白く無さそうに口を尖らせ、ツーンと横を向いてしまう。
全くとりつく島がない。もう一方のタニアは十二万エキューの方が気になるようで、「それだけあったらあれよね、会長室の内装ももっと良いのにしてもいいわよね、あ、ガリアで遠話の魔法具も買いたいわね・・・」等とブツブツと呟いている。こっちはまあ大丈夫だろう。
ウォルフは仕方なく覚悟を決める。ここでマチルダに抜けられるのは痛すぎる。最後の一線だけは守ろうと決意してマチルダの目を見つめた。

「どうだい、言う気になったのかい?」

マチルダもウォルフの目を真っ直ぐに見つめてくる。その凛とした様子にウォルフは、やっぱりマチ姉って凄い美人だなあと関係ないことを思いつつ口を開いた。

「絶対に秘密にしてくれる?」
「あたりまえだろ!あんたあたしをなんだと思ってるのさ!」
「何をしたのかは教えるけど、どうやったのかは教えることが出来ない。それでもいい?」
「・・・いいよ、話してみな」

ウォルフは杖を取り出し、机の上のペーパーウェイトをダイヤモンドに『練金』し、マチルダに手渡した。

「これを、売った」
「ちょっと、あんたこれダイヤモンドじゃないか!こんなもん作れ・・・あれ?前にも作っていたかい?」
「うん、まあ」

マチルダが慌てて『ディテクトマジック』を唱え、ダイヤを精査する。

「不純物が、無い・・・」
「それを加工してヤカで売ったって訳。納得した?」
「・・・命がかかってるってのは?」
「ちょっと特殊な『練金』だから。間違うと在るだけで毒をまき散らして何万人も死ぬような物質が出来ちゃう可能性があるんだ。オレももう使わないつもり」
「教えられないって言うのはそういうことかい。じゃあ本当に危ないことや、悪いことをした訳じゃないんだね?」
「ああ、それはない。全然。オレとしても予想外に高く売れて吃驚したんだ」
「・・・じゃあ、その『練金』のやりかたは聞かないでおいてやるよ」

フンと鼻を鳴らしてマチルダが答える。
タニアもダイアモンドを食い入るように見つめていたのだが、ウォルフが何も言うつもりはないことを感じとったので何も聞かなかった。

「じゃあ、私明日にでもヤカに向かいます。この後手形を取りに行ってもいい?」
「うん、ついでだからベルナルドとフリオを連れていってまた色々仕入れてきなよ。向こうでフネ買って船員募集しても良いし」
「そうね、ロサイスで軽く当たってみて相場を見て決めましょう」
「それがいいね、ラ・クルスの伯父さんに紹介状を書くよ。護衛や船員を雇うのに口をきいて貰おう」
「ん?当主のお爺さんの方じゃないのかい?」
「そういった細かい事務は伯父さんの方が得意みたい。じゃあ、俺は家に帰って紹介状を書くよ。タニアは後で取りに来て」

翌日、あっという間に旅支度を調えたタニアはベルナルドとフリオを連れてヤカに旅立っていった。




1-28    商会設立-2



 商会の立ち上げに平行して旋盤の開発も再開した。
旅行前にどこまでやっていたのか思い出しながら工房を点検する。旋盤関係は納屋の地下室で開発していた。

「いったん中断すると色々と面倒だなあ・・・」

誰もいない地下室で独りごちる。一ヶ月も間が空くと頭の中に入っていたデータなどが全部怪しくなっているので、記録を見ながら構想を練り直す。
旋盤に必要な物は、まずは加工物を保持するチャック。
そしてそれを回転させるモータと適正な回転数・トルクを提供する減速機。
回転させた材料を削るためのバイト(刃)と高剛性な刃物台。
そのバイトを正しい位置に合わせるための完全に平行と直角が出ていてスムースに動く送り装置。
それに加えて螺子を作るために必要な自動送り装置と全てを支える高剛性な本体。
さらには製作する品や加工に合わせた様々なアタッチメント。
ざっとこれだけは必要で、しかもどれもハルケギニアでは有り得ない精度を要求する物だった。
旅行前に大まかなところは設計してあったので一つ一つの部品を設計する。魔法で何が出来て何が出来ないのかを考えながらの孤独な作業だ。
他にも必要な様々なアタッチメントや精度を出すための測定器を製作することを考えると気が遠くなるが、誰もやってはくれないので一つ一つこなしていくしかなかった。

 自作の製図板の上に乗っているのは今回からガリア産の大きな紙になった。
ガリア産の紙は羊皮紙に比べて安いのが利点であるが、数年経つとボロボロになってしまうと言う欠点があるために公用書などには使用されていない。
『固定化』の魔法を掛ければ大丈夫なのだがそうすると割高になってしまって、結局普及は進んでいなかった。
ウォルフが見てみると原因は紙が酸性になっているためで、製紙する時の薬品のせいで時が経つと腐食してしまうのだ。
そこで買ってきた紙を纏めてアルカリ溶液につけて中和した上で乾燥させてみたら、十分長持ちしそうな紙になったため使用している。

「うおー!!やったるぞー!絶対に作ってやる!」

 ウォルフはその大きな紙に合わせた製図板の前に立ち、気合いを入れると精一杯背伸びをしながら一人作業を進めた。



「あれ、君はサウスゴータ夫人の一行にいたかな?」
「はい、覚えていただいて光栄ですわ。今はそこを辞しましてウォルフに雇われてそこの商会長をしています、タニア・エインズワースと申します」

 一方のタニアはヤカの城でウォルフの伯父レアンドロと対面していた。
門番にウォルフの紹介だと伝え手紙を見せるとスムースに会うことが出来た。

「はあ、本当にウォルフは商売を始めたのか・・・レアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルス子爵です、よろしく。どれどれ」

手渡された手紙を読む。それはウォルフがしようとしている商売の説明とその為の助力を求める物だった。
その商売とはアルビオンとガリアとゲルマニアで直接貿易を行うと言う物で、そのガリアでのハブとしてラ・クルス領を考えているとのことだ。
貿易を盛んにする事により得られる利益と、領地の発展について詳しく分析されていて、それはラ・クルスにとっても魅力的な物だった。
ガリアとゲルマニアは政治的、軍事的に対立することが多かった歴史のせいで交易が盛んではなく、直接の貿易は陸路で直接細々と、後はトリステインやクルデンホルフ大公国などを経由することでなんとか続いているという有様だった。
ハルケギニアで商人といえば都市間の交易を主にする遠隔地商人と都市内での商売しかしない小売り商人の二種類に分類されるが、ガリアやゲルマニアで遠隔地商人と言えばそれぞれの国内の都市間での、精々トリステインまでの交易を行う商人を指すのであって、国境を越えて貿易を行うような者はあまりいないのだ。
大国間の緩衝地帯になっていると言う事が、歴史以外に何も取り柄がないと言われるトリステインのような小国が生き残っている理由とも言える。しかしそこを抜いて貿易をするのなら確かに利益は上がるだろう。
トリステイン商人達は怒るだろうが、アルビオン人がやるのであればこちらには関係のないことだ。
更に詳しく読んでいく。ゲルマニアの分はデータが少し古いのもあるが各国の物価、輸送コスト、人件費などの検証、ガリアに輸入したいゲルマニアの商品、逆にガリアから輸出したい商品など詳しく考察されていた。
レアンドロが見る限りかなり優秀なレポートであるが、何よりも優れているのはラ・クルスにとってどのような利益があるのかを第一に考えて書かれている点だ。
これを読んだ人間が取る行動は一つしかなかった。

「ふう、これを読んだら協力をしないわけにはいかないな。どうせ僕が大したことをする訳じゃないし」
「ありがとうございます。ウォルフも喜びます」
「ええと、やることは・・・フネの購入と船員の雇用か、こっちでフネを買うつもりなの?」
「はい、残念ですがトリステイン商人の妨害に遭っていまして、アルビオンでは適正な価格では購入出来無さそうでした」

タニアが悔しそうに言う。ロサイスでは最初は愛想良くても名乗ったとたん冷たくされ、トリステイン商人の圧力はかなりしっかり掛けられているようだった。
今回ここまで商売を大きくするつもりになったのは十二万エキューという巨額投資もあるが、アルビオンを中心に行う経営に不安が出たというのもある。
将来築いていこうとしていた貿易ネットワークを既成事実として先に作ってしまい、トリステイン商人に対抗していこうというのだ。

「そんな商売をやるならこれからも色々と妨害はしてくるだろうね。彼らの既得権益を奪う事になるのだから」
「はい、ある程度はしょうがない物として諦めています。しかしアルビオンが発展する為には新しい貿易ルートの開拓は必須というのが我々の考えです」
「まあ頑張って。ロサイスというと、モード大公か。ちゃんと話を通しておくと良いよ。トリステイン商人だけならまだしもアルビオンの貴族を敵に回したら目もあてられない」
「はい。サウスゴータを通して話を持ちかけています。一応こちらの事業計画を提出していて、まだ返事待ちではありますが、代官の方からは良い感触を得てはいます」
「うん、それでいい。ここには大きな港が無いから、明後日の午後ウチの領のプローナって言う港町から商人を呼んで紹介するからまた来てくれ。ヤカの商人ギルドにもその時に紹介しよう」
「はい、ありがとうございます、明後日また伺わせていただきます」

さすがは伯爵家、たとえ遠く離れた町からでも商人などは呼びつける物らしい。
改めて礼を言い城を出る。ちょっと頼りなさそうではあるが、人の良さそうな相手でここの所トリステイン商人の所為でいらついていた心が少し落ち着いた。



 ヤカに来てもタニアは忙しく働いた。市場の調査から街道、水運の調査などヤカからプローナまでベルナルドとフリオも使い、調べまくった。
その結果タニアもウォルフの考えに賛成しガリアでのガンダーラ商会の商館をヤカに持つことにした。
海から遠いという欠点はあるが、国境が近いくせに流通が殆どガリア国内に限定されていて競合商人がいないことも新規参入するにはメリットだ。
国境が近いせいで川に船の通行を妨げるような橋が架けられていないためプローナまでとはいえ大きな船がこんな内陸まで入ってこられるし、プローナからヤカまでの水運は多くの業者が競合し低価格で請け負っているので安心だ。
何よりヤカから先は街道が整備されて陸運が発達しており、ガリアの旺盛な需要を持つ消費市場を背景にヤカの通りには商館が軒を連ねていて、商品を捌くのに不安がなかった。

 レアンドロと約束した時刻が迫り城へ向かう。
通された部屋にはレアンドロが少し困った顔をして待っていて、その横には何故か不機嫌そうなラ・クルス家当主、フアン・フランシスコ・デ・ラ・クルスが座っていた。

「や、やあタニア、時間通りだね。紹介するよ、僕の父のフアン・フランシスコ・デ・ラ・クルスだよ」
「よろしくお願いします、タニア・エインズワースと申します。アルビオンでウォルフに雇われました」

挨拶をするがフアンは何も言わずこちらを睨みつけてくる。
タニアは元ガリア貴族なので、ガリアで怒らせてはいけない貴族リストの上位に常にランクインするフアンのことを良く知っていたが、直接睨みつけられると生きた心地がしない。

「貴様がウォルフに商売などを唆したのか?」

しかも沈黙の末に掛けられた言葉がこれだった。何か誤解をしているらしい。

「いえ、とんでもないです。私はサウスゴータで太守の娘さんの護衛官をしていたのですが、その縁で知り合い、ウォルフから誘われました。しがない没落貴族を続けるよりも楽しいかと思い参加しました」
「没落貴族・・・アルビオンか?」
「いえ、ガリアです。三年ほど前に父が爵位を失いまして、祖母の居るアルビオンに流れてました」
「三年前。そうかあの事件の・・・」
「はい、護衛官の仕事を長く続けるつもりも元々ありませんでしたし、ウォルフに誘われて良かったと今はやりがいを感じております」

フアンを見つめニッコリと笑う。何としても誤解は解かなくては。
しかしフアンはいささかも表情を変えずこちらを睨みつけてくるだけだ。

「フン・・・フネを買うとか言っていたな。ウォルフはもうそんな金を用意出来るのか、それとも借金か?」
「ここのギルド発行の手形を十二万エキュー分渡されています。どうやってそれを手に入れたのかは安全保障上の問題とかで教えられていません」
「うわー、そんなに用意してきたんだ、凄いなあ」

お金のことなので話すかどうかは一瞬悩んだが、睨みつけてくるフアンを前にあっさりと打ち明けてしまった。一応『練金』の事は秘密にしてある。渾身の笑顔も効かなかったしこれ以上怒らせたら本気でピンチだ。

「十二万エキュー・・・こっちに来ていてもただ遊んでいた訳じゃないと言うことか」
「父上の訓練は遊びって感覚とはかけ離れていると思うのですが・・・」
「運転資金等も含まれていますし、全てフネの購入に充てるわけではありません。当面の目標はフネの購入と人員の確保それにガリアでの拠点をここヤカに作ることです」
「うーん、かなり本格的だなあ」

またフアンが黙る。レアンドロが空気だが、彼なりに場を和ませようと必死だった。
暫く何か考えていたフアンだったが顔を上げると後ろに控えていた執事になにやらサインを出す。
恭しくお辞儀をして出て行った執事がワゴンを押して戻ってきた時、その上に乗っていたのは大量のエキュー金貨だった。

「ちまちま商売していてもしょうがないだろう、これを投資してやるからガツンと儲けてみろ」
「えっ?と、投資ですか・・・」

いきなり大金を積まれて面食らってしまう。しかし確かにこれだけの金があれば購入するフネを増やし一気に商売を広げることが出来る。
ヤカのような大きな街で商館を構えているような所は大抵が遠隔地商人であり、小売りをしてはいても卸しも兼ねている。そのような所と取引する場合その取引の規模が価格に直結する。リスクは増えるが商売の規模を広げれば利益を得られやすくもなるのだ。
ゲルマニアの拠点整備も一気に出来るので在庫した時や天候などのリスクを大分減らせるだろう。
新しい商売をするに当たって妨害も受けるだろうが、大量の物資を積み上げればこちらになびく商人も出てきやすいはずだ。

「ウォルフに伝えよ。十年でにこの十万エキューを倍にして返してみよ、とな。それが出来るのならウォルフのすることを認めるてやるが、出来なかったらガリアに来て今ウチで余っている子爵位を継げと」
「おお、あそこの領地をウォルフに継がせるつもりですか。少し難しい土地ですが、彼ならば栄えさせてくれそうですなあ」

暢気にレアンドロが相槌をうつが、そんな息子をフアンがぽかりと殴る。

「何暢気なことを言っておるんだ!お前が将来継ぐはずの領地が減るんだぞ。お前はそんな風に執着心がないからダメなんだ」
「あ、いやしかし彼がラ・クルスに来てくれるならそれは良いことでしょうし・・・」
「お前にも命じる。今後領地の経営をまかせるからあの子爵領からの分以上に収入を増やせ。期限はやはり十年だ。ワシは軍の方に専念する」
「ち、父上・・・」

初めて領地の経営をまかせると言われレアンドロは嬉しさで泣きそうになる。
そんな親子のやりとりを無視してタニアは冷静に計算をしていた。十年で倍と言うことは半年複利として年七パーセント位。何の担保も取らず出してくれるにしては破格だ。
しかも金を出すだけ出して口は出さないみたいだ。あえて言えばウォルフが担保だが、男爵家の次男坊を子爵にしてくれるって言うんだからリスクなんて何もない。
そこまで判断してタニアの腹も決まった。

「分かりました、ウォルフには必ず伝えます」
「ふん・・・そう言えば、何でウォルフは来ていないんだ?」

割と何でも自分でやりたがるフアンはこんな大きな取引に本人が出てこないのを不思議がった。

「何か家で旋盤とか言う機械を作っていますね。この先加工貿易をするためには必須だとか言ってました。商会の方にはあまり顔を出さずに大事なこと以外は私に一任しています」
「商売をやりたいとか言ってた割にはそれ程やる気があるわけでもないのか」
「ええと、やる気がない訳じゃなくて、本人は商売するのはもっと先だと思っていたらしくて先にやるべき事が多いと言っています」
「相変わらず何を考えているのか分からんやつだ。フネを買ったら一度こちらに顔を出すように伝えてくれ、オルレアン公の事で聞きたい事がある」

将来を聞かれて商売と答えたくせに、実際に始めてみれば人任せで自分はおもちゃを作っているという。
ウォルフが商売を始めたと聞いてカッとなったが、取り敢えず本人が貴族をやめたわけではないので様子を見ることにした。
フアンの用事が済んだと見たのでレアンドロが執事に合図を送り商人達を呼ぶ。随分と待った事だろう。
商人達が入ってきたのを見てフアンが腰を上げる。本当にもう用はないらしい。

「おいお前達、この娘がヤカで新しい商売を始めるらしい。便宜を図ってやってくれ。詳しくはレアンドロが説明する」
「「ははっ!」」

そう言い残してフアンは出て行ったが、領主直々の依頼である。商人達は皆平伏しそうな勢いで頭を下げた。

長時間待たされて、通されてみればなにやら若い娘とワゴンの上には大量の金貨。マントは着けていないが目の前の娘は御落胤か何かと勘ぐりたくなる状況だ。
呼ばれたのはヤカの商人ギルドの幹部数名とプローナの商人達で、皆一様にどんな話が出てくるのか不安そうにしている。
そこへレアンドロが一から今回呼び出した意図とガリア-アルビオン-ゲルマニアの三角形で貿易を行うその意義と利点とを説明していく。
ウォルフの手紙の内容に沿った物ではあったが、レアンドロがきちんと理解している事にタニアは感心した。
直ぐに商人達も話に引き込まれ、タニアも混ざっての説明が終わった頃には皆新たな利益の匂いに目をランランと輝かせていた。
何しろ基本的にはトリステインの商人の利益を抜いて流通コストを下げるだけの話だ。分かり易い事この上ないし、プローナの商人などは取引のあるトリステイン商人達の傲慢さにほとほと嫌気がさしてもいたのだ。

「なかなか夢のあるお話しですな、我々が直接貿易しにくいゲルマニアとの取引をアルビオンの方がやってくれるのならこちらとしても願ったりですな・・・ふむ」

そう言ってギルドの長は思案する。目はワゴンの上の金貨を見つめたままだ。

「こちらの金貨は伯爵様がこちらに投資したと思って良いのですかな?」
「いえ、これは利子を付けて返却する約束ですので、貸付金となります」
「ふむ、貸付金では利子の支払いが負担になりますな・・・」

そう言ってまた思案をし、今度は幹部達とぼそぼそとなにやら相談している。
タニアとしてはロサイスで痛い目を見ているので、この地の商人とは絶対にうまくやっていきたいと思っている。質問にはなるべく丁寧に答えようと彼らの反応を待った。

「ゲルマニアではどこを拠点にするつもりなのですかな?沿岸の町ではぽつぽつとアルビオンと直接貿易をしておるようですが」
「あの辺の沿岸部は人口も少ないし中央から遠すぎます。湿地も多く交通が不便ですので、多少内陸にはなりますがツェルプストー領のボルクリンゲンを第一の候補に考えています」
「ボルクリンゲン?そこも小さい町ではありませんか?ツェルプストーならもっと大きな町もあるでしょう」
「確かに今は小さな町ですが、主要街道が二本も通っていますし水運も発達していて海から遡る事が出来ます。周囲には大きな町がいくつかあるので潜在的な需要は高く、何より最近ここの郊外に最新技術による大型の製鉄所が作られたとの事です」
「なるほど、鉄ですか・・・」

"ゲルマニアの鉄"彼の国の商品で一番人気のものだ。
ゲルマニアでは他のハルケギニア諸国に先んじて鉄鋼の量産に成功しており、大量の鉄が生産されていて価格が恐ろしく安い。
その重さ故輸送費がかかるのがネックだが、その最新の製鉄所から直接船でプローナまで運んでこられるのなら驚きの価格が実現出来そうだ。

「よろしい。十分に先を見据えた商売が出来そうだ。我々も十万エキューほど投資をしましょう、それで財務も安定するでしょう」
「ええっ!」

さすがにタニアも驚く。最初は五千エキューだったのに雪だるま式に話が大きくなっていく。
フアンの十万エキューはウォルフ個人の借金になる予定なので商会の財務には関係ないのだが、今のタニアにはそこまで頭が回らなかった。

「何、驚かなくても結構です。ここのところヤカは景気が良くなってましてな、何か新しい産業でも興そうかと有望な投資先を探していた所なんですよ。こういう話は誰かに真似されてしまう前に大規模に展開してシェアを確定するのが有利です、資本は多い方が良いでしょう。それとまだ発足したばかりとの事ですので人員についても斡旋しましょう」
「そうですとも、我々プローナ商人としてもフネに関しては出来る限り協力します」
「おお、これは前途が明るいですなあ」

そう言えばウォルフが余裕があったら株式という物を売ってこいと言っていた事を思い出す。あれはこういう場面で出す物ではなかったか?
盛り上がるレアンドロと商人達を尻目にのろのろと鞄から株式関連の書類を取り出す。何部かに纏めてあるそれをギルド長達に差し出した。

「我々では投資を頂いた方にこの様な株式という物を発行しようと思っています。所有する株数に応じて議決権を有するという仕組みですね」

商人達は渡された資料をパラパラと読んでいく。

「むう、株主の主な仕事は経営陣を決定する事と経営内容のチェックか。なるほど、このように制度化してしまえばより資金を集めやすそうだな。これなら貴族様も投資をしやすくなる」
「この配当というのを決めるのは経営陣がする事なのか?」
「はい、内部留保をどの位にするかと言う事は経営判断になりますので、それで余剰と判断された中から行う事になります」
「なるほど、溜め込んで新規事業に進出しても良いわけだな?」
「そうですが、今まで株主に説明していない事業に進出する際には株主の合意を得る必要があります」
「何?全ての財産と売り上げを公表するですと?そんなことしたら・・・」

レアンドロの方に目線を走らせ"脱税出来ないじゃないか"という言葉を飲み込む。まさか領主の一族の前でそんな事を口にするわけにはいかない。
タニアが一々商人達の疑問に答えているとレアンドロが関係ない事を聞いてきた。

「ちょっと、この紙は何なのですか?触った事のない手触りなのですが」
「え?その紙ですか?」

価格が安いとはいえ紙はラ・クルス領の重要な産業の一つである。レアンドロに言われて商人達も確かにこれは、などと感触を確かめている。

「それは長期間保存してもボロボロにならない紙、らしいです。ウォルフがガリアの紙を加工して作ってました」
「「なんだってー!?」」

紙の保存性の向上は製紙業にとって最重要のテーマだ。今のところ固定化に勝る物無しと言う事になってしまっているが、もしもっと低コストで出来る方法があれば飛躍的に紙の売り上げは伸びるだろう。
慌てて杖を取り出し『ディテクトマジック』をかける。確かに何も魔法はかかっていない。

「ちょっとこの紙貰えるだろうか、研究に回したい」
「ええ、どうぞ。でも作り方を教えるのは無理だと思いますよ?ウォルフが商品にしようとか言っていましたし」
「ああ、ありがとう。・・・でもウォルフから委託を受けて我々が製造するってのは出来るかな?どうせ彼忙しいんでしょ?」
「ええ、確かに。でもそう言う事はウォルフと直接交渉して下さい」
「ちょっとすみません、先程から話に出ております、ウォルフというのは何者ですかな?」
「ああ、まだ話してなかったか。彼らの商会のオーナーで僕の甥っ子です」
「あなた様の甥っ子と言う事は、もしやエルビラ様の・・・・」
「息子です」

商人達が急に笑顔になり顔を見合わせる。
彼らは皆覚えていた。正義を愛し罪を憎んだ少女の事を。貴族平民の隔てなく罪を犯した者を断罪する炎の事を。
たった一人で当時ヤカの街を裏から支配しようとしていたマフィアに挑み、その尽くを燃やし尽くしてしまった少女はここヤカではブリミルよりも平民に人気があった。

「そうですか、あのエルビラ様のご子息様がオーナーですか。それはもう、成功が約束されているようなものですなあ」
「どうですか、エルビラ様はお元気にお過ごしでおられますでしょうか」
「え、ええ、先日お会いした時はとても上機嫌でいらしたけど」
「おお!それは重畳!ああ、また来ていただけたら嬉しいですなあ。いつでも我々は待っていますとお伝え下さい」
「え、ええ」

商人達の勢いにタニアは押される。エルビラの事は知っていたが、ここまで平民に人気があるとは思わなかった。
これならばヤカでの営業は何も問題が無さそうである。いっそこちらを本部にしたい位だ。

「それでは、株式に納得していただけたら投資していただくという事で、ご検討下さい」
「それならば、もう結論は出ておるよ。確かにこれは多くの投資家から資金を集めるのに有効なシステムだ、我々も出資させていただく」
「ありがとうございます。必ずやヤカに利益をもたらすようにすると約束いたします」

ニッコリと笑顔でタニアがさしだした手をギルド長ががっしりと握り返す。これでまた資本が増えたわけだ。

「それではギルドの建物に移動しましょうか、色々と手続きがあります。貿易商として登録して口座を開いて貰わなくてはなりませんし、この金貨も預けていただいた方が良いでしょう」

そう言って商人達は腰を上げる。どの顔もギラギラとした笑顔になっていた。

「それでは、子爵様これで失礼いたします。本日はとても良いお話しをご紹介いただき誠にありがとうございました」
「ああ、ウチの親戚が関わっている事だしラ・クルスにとっても利益になる話だと思うからね、よろしく頼むよ」
「「ははっ!」」

タニアと商人達は十年来の親友のように親しげに連れ立って城を後にし、ギルドに移動して必要な手続きを行なう事にした。
そう言えばろくに自己紹介もしていなかったので、ガンダーラー商会のタニア・エインズワースと名乗ると一瞬商人達の目が鋭くなった。
そしてそれはタニアがウォルフから預かった手形を出す事で更に鋭さを増した。

「エインズワース殿、失礼ですが・・・こちらは、どこで?」
「な、なにか問題でも?ウォルフから換金するように預かったのですが」
「なるほど、ウォルフ様から・・・エルビラ様の息子様がこの手形を持っていた、と・・・ガンダーラ商会ですか」
「ええ、それが何か?」

タニアは気が気じゃなかった。ウォルフは宝石の取引に偽名を使ったと言っていたが何か全部ばれている気がする。

「いえいえ、何も問題はございません。オーナーのウォルフ様はまだ六歳位なのでしょうか」
「え?どうしてそれを・・・確かにその通りですが・・・」
「ああ、気にはしないで頂きたい、我々ヤカの商人がウォルフ様と取引できることをとても喜んでいるだけですから」
「はあ・・・」

実際に商人達は嬉しそうで、次々に作業を進めていく。
ギルドへの登録、口座の開設、利用方法と注意事項の説明、さらには商館の土地建物の斡旋とやる事はいくらでもあった。
途中でプローナの商人は翌日の約束をして帰っていったが、ヤカでのガンダーラ商会の社屋が決まる頃にはもう夜になっていた。



 その夜、ヤカの城では久しぶりにレアンドロが父フアンに呼ばれ、共に酒を飲んでいた。
機嫌が良いのか、悪いのか、今一微妙な表情のフアンに対し、レアンドロは少し緊張気味だった。

「しかし、父上がウォルフに十万エキューも出したのには驚きましたよ。ウォルフが商売することには反対なさっていると思っていましたから、意外でした」
「ふん、あれはエルビラの息子だからな。やめろと言ってやめる玉ではあるまい。まあ、十万エキューで雇ったと思えば安い物よ」

ふっと笑みを溢し、満足そうにグラスを傾ける。どうやら十年で倍にして返す事など出来っこないと思っているようである。

「まあ、もし彼が十年後に二十万エキューを揃えることが出来たとしても、ウチとしては利子が儲かるだけなので損は無いですしね」
「返せたら・・・か」
「まあ普通の子供には無理だろうけど、彼なら何か出来そうな気がするなあ」
「・・・・・」

反応がない事にふと気がついてフアンを見ると、その眉間には深い縦皺が刻まれていた。レアンドロはしまったと後悔するが後の祭りである。

「あれほどの魔法の才を、商人などにして良いものか!損は無いなどと馬鹿げた事を申すな!」
「は、申し訳ありません」
「レアンドロ。もしもの場合はティティアナとウォルフとを娶せる。このラ・クルスを継げる立場になれると知ればウォルフも商売だなどと言わなくなるだろう」
「は・・・」

レアンドロはウォルフが伯爵位に執着するような事は無いのではないかと思ったが、もちろんそんな火に油を注ぐような事は口にしなかった。
それにしても、もうティティアナに結婚の話が出るとは。貴族だから仕方がないとは言え、ティティアナはまだ五歳の可愛い盛りである。ウォルフが婿になる事に不満はないが、やはり寂しい気がするのであった。



 ギルドではタニア達が辞した後も幹部が残り今後の方針について話し合っていた。
ガンダーラ商会への出資を城に行った幹部だけで決めてしまったので、現場にいなかった者達へ説明が必要だった。

「いくらエルビラ様のご子息でも無担保で十万エキューも貸すとは馬鹿げているのでは?」
「貸したわけではない。出資したのだ。この事業が成功すればヤカに大きな未来が開ける事になる」
「しかし、そんなにうまくいきますか?私も以前直接ゲルマニアと貿易しようと試みた事があるが、さんざんな目に遭いましたよ」
「あなたは沿岸部で荷を捌こうとしたから失敗したんでしょう。倉庫も無しに碌に商人が居ない町で商品が捌けるまで船を留めておくだけなんてやり方じゃ利益が出なくて当然ですよ」
「そんな一つの商会だけに十万エキューも投資するとは不公平ではありませんか?私の所だって投資して貰いたい物です」
「どうぞいつでも仰って下さい。ギルドは魅力的な事業案には投資する事を厭いません。今回の投資により貿易ルートが拓ければ全組合員の利益になる話だと思っています」

やはり独断で十万エキューもの出資を決めてきたギルド長達には当初厳しい意見がぶつけられた。さすがに十万エキューはヤカのギルドにとっても大金であるのだ。
しかし一つ一つの質問に答えていくに連れ皆この事業の意義を理解するようになっていった。

「なる程、ハブとなる港にしっかりとした拠点を持つ事によってコストを下げるつもりか」
「そう、商品を売れる所を捜して転々と港を移動しなくても良いし、捌けるまで港に船を浮かべておくだけ、なんて事にはならないから船の運用率がぐんと上がる。まずは太いパイプを三国間に通す事が大事だ」
「そのための自前の倉庫をゲルマニアやアルビオンに持つという考えは今まで無かったな。国内では倉庫を互いに貸したりしているくせにゲルマニア人に倉庫を借りるなんて考えもしなかった。しかし、税金はどうなる?拠点が二箇所になったら倍取られるのではないか?」
「相手国での納税証明が有ればその分は控除されるだろう。ギルドに加盟していれば割高な港湾施設一時利用金も払わなくて良くなるし、とんとん位には収まりそうだ」
「不安なのは商売の経験がないと言う事だが、それは人員を我々からも出すわけだし、フォローしていけば何とでもなるだろう。どうしてもあちらに経営の才能が無さそうな時は経営権の譲渡を持ちかけたり、最悪買収する事を考えればいい」
「乗っ取りか。まあそこまで考えなくてもこの株式の説明によれば、一定数の株式を保持していればこちら側の取締役を送り込めるようだから、そんなに酷い経営にはならないはずだな」

異論は出たが、長い話し合いを経てヤカ商人ギルドは全会一致でガンダーラ商会に協力していく事を決定した。




 翌日、タニアはフリオを連れギルドが仕立てた船で川を下りプローナへと向かった。
ベルナルドはヤカに残り、昨日購入した商館の改装を指揮している。ギルドが率先して協力してくれるのでどんどん話が進んでいくのだ。
その商館は船着き場と大通りどちらにも面していて、ギルド一押し物件だけあって最高の立地で、事業が始まった暁には大いに繁盛するだろうと思われた。
プローナへと向かう船の中、タニアはギルド長から五人の男達を紹介された。

「この男達はギルド所属の商人達から推薦された優秀な使用人達でしてな、皆真面目で義理堅く確実に仕事をこなし先も読める、若いが将来性のある商人の卵達です。譲るのは惜しいですが事業にお使い下さい」
「あの、紹介いただいて嬉しいのですが、みなさん了解はなさっているのでしょうか。無理矢理引き抜くのは避けたいのですが」

男達は顔を見合わせ、一人が代表してタニアに答えた。その目は力強く、軽い興奮を伴った確固たる意志を感じさせた。

「皆、喜んでガンダーラ商会で働きたいと思っています。確かに最初申しつけられた時は捨てられたのかとも感じましたが、事業の内容を伺いその将来性を理解して微力ながら力を尽くしたいと思っています」
「では、よろしくお願いします。まだ始めたばかりの商会ですが、優秀な人材は何よりも得がたい物と理解しています。皆が誇りを持って働けるような商会にする事を約束します」
「誇り、ですか」
「はい。我々の社是です。我々は様々な商品を安価に提供し、人々の暮らしを豊かにする。人と物、その二つの交流によりハルケギニアに平和と繁栄を築く。その事に誇りを持って己の仕事に従事すべし、というものです」
「随分大きな話ですな、正直そこまで大きな事を考えた事はありませんでした」
「勿論、能力に見合った給金は支払います。しかしお金だけでは人は豊かになれないというのがオーナーの考えなのです」
「・・・ますますガンダーラ商会で働くのが楽しみになってきましたよ」

実際彼らは有能なようで、プローナに着くと自分たちでさっさと仕事を割り振り働き出した。タニアについてフネの購入に立ち会うのが一人、船員と護衛の面接に二人ずつと言った具合で、面接をする四人は案内のプローナの商人についてさっさと面接会場へ行ってしまった。
プローナの港は中規模な川の港で、日頃はそれ程多くの船があるわけではないが今日は多くの船が狭い港にひしめき合っていた。
昨日先に帰ったプローナ商人が近隣の港に使いを出し、売りに出ている船を片っ端から集めさせたのだ。
中型の水上輸送船が十隻、やはり中型の空水両用輸送船が五隻買われるのを今かと待っていた。

「結構あるわねー!」
「一応、海洋性の幻獣に襲われにくい大きさを持った船だけを集めさせました」
「全部は買えないわね、リストはある?」
「はい、こちらに」

どさっと紙の束を渡される。一隻ずつ詳しい仕様や製造年などの情報、現状と価格が記されていた。
それをタニアとフリオそれに新しく雇ったスハイツの三人で手分けして全ての船をチェックする。書類に書かれているような事のチェックは二人にまかせ、タニアは風の魔法を使って全ての船の漏水の音や船体の軋みなどを調べた。船の状態は様々で今すぐ使えそうなもの、軽く修理すれば使えそうなもの、修理するのは大分大変そうなものとがあった。
全ての中から両用船を三隻、水上船を五隻選び、価格交渉に入る。両用船で一隻、水上船で二隻軽く修理が必要なものがあったので値引きのしどころだ。

「こちらの八隻を購入したいと考えています。それで価格なんですが、まさかここに書いてある通りなんて恐ろしい事は言いませんよねえ?」
「ええ、ええ、勿論ですとも!大体ここに書いてあるのはちょっと前の価格でして、今は在庫が多くなっていますからな」

書いてある価格を合計すると二十万エキューにも達するものだった。出せないわけでは無いが、仕入れの事などを考えると苦しくなってしまう。

「そうですよね、コレやコレなんかは甲板を張り替えなきゃならないみたいですし、他にも手が入って無いところがあるからその分も考えていただかないと・・・」
「全くですな、本来は直してからお目に掛けるべきですが昨日の今日で時間が無かったのです」
「あと、纏め買いをするわけですからその分も少し引いてくれると次にも纏めて買いたくなりますね」
「・・・出来る限りは値引きます」

タニアの値切りはスハイツが止めるまで続き、結局十四万エキューまで価格は下がった。

「ごめんなさい、値切りに入るとトコトンやるまで止まらなくなっちゃうの」
「まあ、あれくらいなら大丈夫でしょうが、長く付き合う相手です、無理はさせないようにしましょう」

プローナの商人が離れた時にこっそりと言葉を交わす上司と部下だった。

 フネの売買契約を結び、修理の依頼を出す。修理は河口近くにある港で行うそうである。
プローナにも倉庫と船員の住居をかねて商館を持つ事にしていたので案内された建物に行ってみるが、港から少し離れている。離れていると言っても二百メイル位ではあるが、間の空き地に建物を建ててしまった方が便利そうである。

「こちらですと広さは十分ですが、ちょっと港から離れていますね、間の空き地は売りに出ていないのですか?」
「最近この港も手狭になっていましてな、我々の方で投資をして拡張をする事になりました。ここは新港の目の前になります」

そう言って図面を広げる。港の規模は倍近くになっていたし、ここは港の目の前の一等地になっていた。

「前々から話は出ておりましたが少し前までの不況で止まっていたのです。最近は景気も良くなりましたし、ガンダーラ商会の参入を機に我々も攻めに転じましょうと言うところですな」
「それは心強いですね。それで工事はどの位かかりますか?」
「もう調査などは全て終わっておりますので、二ヶ月と言うところです。その間は面倒を掛けますがいかがでしょうか」
「二ヶ月より前にここは稼働を始めると思いますが、その程度なら問題ないですね。良いでしょう、ここに決めます」
「ありがとうございます。お互いに良い取引になりましたな」
「それで値段なんですけど・・・」
「・・・・・」

彼は再び大幅な譲歩をしなくて無らなかった。
ちょっとまた値切りすぎたかしらと反省したタニアは港から少し離れたところに船員用の宿舎を購入して、こちらは値切らなかった。

 船員の面接も何とか終わり、船員と護衛とで合わせて百五十人程を雇うことになった。
かなりの数いた住居のない船員も購入した宿舎に全員収まりそうとのことだが、修理に出している船が直って戻ってくるともう少し雇用しなくてはならず、住居が足りなくなる恐れがあった。

「まあ、船乗りなんて船が家みたいなものよねえ」
「いやいや、普通陸にも家がありますよ」
「うーん、まあ、今はこんなもんで我慢してもらうつもりよ。利益が出たらぼちぼち福利厚生にも回していくわ」
「はい、従業員達にもそのように伝えておきます。これからの予定はどうなさいますか?」
「まず船員達には組織と命令系統を作る。そして彼らを使って船と住居と倉庫を使えるようにする。それが終わったら取り敢えず訓練にガリア近海の輸送業務をいくつか受けてきてやらせる」
「はい、訓練には一月位で良いでしょうか」
「そうね。私は一度アルビオンへ帰るわ。もし直ぐに出せそうなフネがあったら船員を見繕って後を追わせて頂戴。空船じゃ馬鹿だから物資を満載してね」
「それなりに習熟度は高いみたいですから一、二隻位なら直ぐに出せます。荷が揃い次第出港させます」
「フリオを置いていくから彼を乗せればいいわ。私はロサイスの倉庫を何とか抑えるつもり。それとスハイツ、あなたをヤカとプローナの責任者に任命するわ、自分の判断で采配して頂戴」

スハイツは少し一緒に仕事をしただけでも分かる"できる"男だった。
豊富な知識に的確な判断と先を見る能力。彼ならば安心して仕事を任せられそうだ。

「私の様な今日雇ったばかりのものにそんな権限を与えてもよろしいのですか?」
「大丈夫よ、どうせ皆似た様なもんだし。もし、あなた達が裏切ったりしたらエルビラ様に追っ手になって頂くから安心して良いわ」
「それは・・・絶対に裏切ったりはしないと誓いましょう」

タニアとしては冗談で言ったのだが、それを聞いていた全員の背筋が伸びていた。





1-29    商会設立-3



 タニア達はまたラ・ロシェールまで戻り、そこからロサイスへとフネで向かった。そのフネの中でタニアはこれまでに使った金を計算していた。
ウォルフに人件費は一年分をプールして置く様に言われているのでそれを入れると既に二十万エキューを越え、残額は十万少々くらいだった。
マチルダが仕入れた分を売った金は勘定に入れていないのでそれを入れればもう少し増えるだろうが、この金でロサイスの倉庫を購入し、ゲルマニアの拠点を整備し、アルビオン・ガリア・ゲルマニアそれぞれで仕入れをしなくてはならない。

「商会長、そろそろロサイスに着きますのでご準備下さい」

別室にいたベルナルドが呼びに来た。
窓から外を見るとロサイスの鉄塔形の桟橋がちらりと見え、慌てて広げていた荷物を片付ける。
とりあえずロサイスの倉庫の予算は五千エキューまでに決めたが、ここはいつトリステイン商人の妨害があるか分からないので賃貸ではなくしっかりとした物件を購入しなくてはならない。
場合によっては予算を超える可能性もあるので、乏しくなってきた資金にため息を吐いた。

「ちょっとフネを買いすぎたかしらね、仕入れをしたら素寒貧になりそうよ」
「確かに当面は自転車操業になりそうですなあ。株主への説明は商会長のお仕事ですのでよろしくお願いします」
「あ、あんた何自分は関係ないみたいな顔してるのよ!一緒に買い付けに行った仲間でしょう」
「いえいえ、自分はプローナには行っておりませんので」
「裏切り者ー!」

ウォルフは結構ストレートにものを言ってくるので現状を説明しに行くのがちょっと億劫になる。何しろ口約束ではあるがウォルフ名義で勝手に借金をして来て、それをほぼ使ってきてしまったのだ。普通に考えてかなりゴメンって言う感じだ。
しかし、確かにそれは自分の仕事なので覚悟を決めフネを下りた。
ロサイスで倉庫を購入するために不動産屋をあたってみたが、トリステイン商人の圧力はそこまではかかっていないらしく、予算内で倉庫を購入する事が出来た。
ベルナルドをロサイスに残して手続きやその後の手入れなどをやらせ、タニアは一路サウスゴータへと向かった。


 その頃サウスゴータの商館にはマチルダに呼び出されてウォルフが来ていた。
アルビオン内を回って輸出出来そうなものを探しに行っていたマチルダがサンプルを持ち帰ったので相談に乗って欲しいと言うのだ。

「マチ姉、そう言うことは一々俺に相談しなくて自分の判断でやって良いんだよ?」
「そりゃそうなんだけど、中々何を輸出すりゃいいのか分からないんだよ」

製図作業を中断させられてウォルフは少し不機嫌になって言うが、マチルダも困っていたのだ。
アルビオンをぐるっと回ってその地方の特産品などを見て回ったのだが、物価が高いため当初考えていたよりガリアやゲルマニアに輸出して利益が上がりそうなものは少なかった。
実際にトリステインに輸出しているのも羊毛と高原地帯で取れる苔などの秘薬の原料などしかなく、アルビオンはかなりの輸入超過に陥っていた。
そんな中で色々探して見つけてきたものをウォルフにも評価してもらいたかった。

「まずは定番、羊毛か」
「うんこっちが刈り取った毛を水で洗っただけのやつで、こっちが薬品で洗ったやつ。最近はこっちが主流らしくてトリステインに輸出するのは殆ど薬品で洗っているって言ってた。あたしもこっちの方が綺麗で良いと思うんだけど、職人は水で洗ったやつの方が良いっていうんだ」
「ああ、なるほど脱脂してあるかしていないかか。で、他のは?」

毛だけのものは三袋で、後はみんな毛糸や生地になっている。

「もう一つの袋はメリノって村の羊毛なんだけど、妙に柔らかくてふわふわしてるんだ。面白いから持って帰ってきた。変わった羊がいるって噂だったから行ってみたけど凄い田舎だったよ」
「領主は誰?流通してるの?」

ウォルフがふわふわの羊毛に触りながら尋ねる。目が輝いてきている。

「えっと、王家直轄領だった。なんか凄い田舎で不便だから何代か続けて領主が破産したらしくて、以来ずっと王家が所有しているって。仲買人も入らない様な所だよ、村のある山から下った所の小さな町に少し売りに行っているってさ。眺めが良くてのんびりした良い所だったよ」
「ふーん、いいな。オレも行ってみたいな。・・・OK、これは高級品になりそうだな」
「なんだい、あんた家に籠もっている方が好きなのかと思っていたよ」
「いや、行ったことの無いところは全部行きたい。今のところそんな暇無いけど。毛はこれで全部?」
「うん、後は毛糸と製品なんだけど、生地は国内でしか売れないって言っていた。輸出は毛糸の生成がほとんどだってさ」

アルビオン国内で生産している毛糸や生地は殆ど生成か黒か紺色だった。トリステインが羊毛や生成の毛糸を輸入して国内で様々な色に染色し、ガリアやゲルマニアにも輸出していた。
アルビオンで暮らしていると地味な服に慣れてしまって気付かないが、ガリアやトリステインを旅すると色彩豊かな服飾に目を奪われる。
貴族が着る服がパーティーでもないのにカラフルなのだ。マチルダの母がフネをチャーターするほど服を買ってしまったのも分かる気がする。

「色を染めているトリステインを飛ばすんだから、染めてからじゃないと売れないね。簡単にはいかないもんだ」
「染色自体はしている所もあるんだから、マチ姉がガリアから買って帰ってきた生地とか糸を持っていって聞いてみればいいと思うよ。どれくらいの技術がアルビオンにあるか分からないんだし、話はそれからだな」
「うん、羊毛関係の職人ギルドは今のアルビオンの商人ギルドにかなり不満があるらしくて、結構話を聞いて貰えそうだったよ」
「そう言う所と詳しく話をするべきだね」

実際の所トリステイン商人の締め付けが厳しいので押さえつけられているところもあるようだった。
アルビオンの羊毛産業にとって売り先がトリステインしかないと言うことが不利になっているのだ。

「あとこっちの水で洗っただけの羊毛は糸にしたのを買ってきて。技術が必要なはずだから多少値段が高くなるのはしょうがない」
「あ、確かに割高だったよ。あんたよく知ってるねえ」
「バージンウールって言って脂を抜いていないから水に強いんだよ。染色が出来る様になったらこれを産地でセーターにまで加工して高級品として売ろう。当然デザインはおしゃれにして」

そのセーターを実際に編むことになるであろうアルビオンの田舎町のおばちゃんに、ガリアやゲルマニアで売れそうなデザインを求めても無理だ。タニアやマチルダあたりがリサーチしなくてはならない。
あとはメリノウールは繊維が細く高級品になりそうなのでブランドに育てるということにして、まずはメリノ村で羊を増やさせる事にした。
羊毛の輸出はどれもまだ時間がかかりそうで、いきなり輸出事業の中核が抜けた感じになってしまった。
秘薬の材料の類は問題なく輸出出来そうだが何分流通量が少ないし、まだ出来たばかりの商会なので確保できる量も限られていた。
他のものはどれもパッとしないものばかりだった。
優れたものではウィンザーチェアという軽くて丈夫な木製の家具があったのだが、貴族が求める重厚さが無いので輸出しても高い値段はつけられず、利益は上がらなそうだった。
ウイスキーが出てきた時は行けるかと思ったのだが舐めてみるときつく、寝かし方が足りなかった。

「うわ、きっついなあ。これ何年寝かしてるの?」
「蒸留所の人も寝かさないと飲めたもんじゃないって言ってたけどこれで三年。一番長いやつだってさ」
「まじかよ。最低八年、標準的には十二年は寝かさないと高く売れないよ」
「じゃあ、これも保留にすると輸出するものが全然無いじゃないか」

結局今すぐ輸出出来る品というと苔数種類に高地の植物の根や皮や実など、流通量の少ないものばかりで思わず頭を抱えてしまう。このままでは毎回ほぼ空船をガリアやゲルマニアに送るはめになる。
アルビオンは空中大陸などという特異な気候の為、全ての生活必需品を国内でまかなうことが出来ず足りない分を輸入に頼っている。
造船業が結構盛んなのと王家が独占し風石を主な産物とする鉱業、それに最近では風竜の繁殖に成功し定期的にそれを輸出する事で何とか破綻しないでやっているが、貿易の不均衡さは年々広がっていて生活の苦しい庶民や貴族達の不満は増すばかりだ。
特に今回の様に不況になると、まず造船業から受注が止まり、風石の需要も急落してしまうので直ぐに経済状況が深刻化してしまう。
トリステインからの商船を狙って襲っている風賊の中にアルビオン貴族が出資しているものもいると噂になる程だ。
今回これほど輸出する物がないという事実に直面すると、そんなこの国を取り巻く現実が思い出されテンションが低くなる。

「羊毛だってそれ程の産業じゃないものなあ・・・これじゃトリステインに行くフネは空で運行しているのも多そうだな」
「ああ、聞いた所によるとそんな感じらしいよ・・・じゃあ、これで最後だよ」

げっそりとした顔でマチルダが麻の袋を取り出す。中からパラパラと黒い粉が零れた。
袋を開くと中から黒い塊を取り出す。石炭みたいだが光沢が無く、少し軽い感じだ。

「なんかコークスとか言って石炭を蒸し焼きにしたものらしいよ。炭坑は民間でも開発して良いらしくて、ゲルマニアの元商人が北の方の村に住み着いて作ってるんだ。ゲルマニアに持って行けば絶対売れるって向こうから売り込んできたんだけど」
「おおっ!こんなの作っている人いるんだ!ゲルマニア人?」
「う、うん、そうだよ。その人が言うにはゲルマニアで鉄を作るのに必要なんだけど、ゲルマニアは炭坑が少ないらしくて最近値段が上がってるんだって。それでチャンスだと思って全財産を処分してアルビオンで炭坑で採掘権を買ってこれを作り始めたらしいんだ。だけど、いざ売ろうとしたらダータルネス周辺の商人がこれのこと知らなくて、買って貰えないで困っているらしいよ」
「買うちゃる買うちゃる!いいじゃん、コークスで行こう!」

上機嫌でウォルフは言うが、マチルダはコークスというものがよく分からなかった。
ウォルフは念のために杖を取り出し『ディテクトマジック』で調べるが、まちがいなくほぼ炭素の塊だった。

「そんなにいいのかい?これが。いったん蒸し焼きにしちゃったら石炭より性能が悪いんじゃないのかい?」
「蒸し焼きにすることで高温で燃焼しにくくするタールや鉄の品質を下げる硫黄とかの不純物を取り除くことが出来るんだよ。製鉄には必須のものだ」
「じゃあ、あの人の言ってたのはホントだったんだ。今ある在庫を全部で一万エキューで良いってさ。ゲルマニアに持って行けば五万エキューにはなるって言っていたけど」
「そりゃ買わないと。よっぽど困っているんだな、可哀想に」
「じゃあ、買っても良いかな?ゲルマニアの相場が分からないんだけど」
「確かタニアの資料に書いてあったよ。まあ、一万エキュー分位ならいいんじゃない?コークスを作る技術を持っている人をゲルマニアに帰したくないし、初回は言い値でも」
「よし!そうと決まればさっさと行って買ってくるか!」

そういうとマチルダはさっさと立ち上がり、今すぐ出かけるつもりなのか大きな荷物を取り出した。

「あれ、マチ姉随分荷物大きいね。どうしたの、それ」
「ああ、言い忘れてた。今日家に帰ったら父上に言われたんだけど、大公様に呼ばれてね。帰りにロンディニウムで会ってくるから、ドレス持って行くんだ」
「ガンダーラ商会として呼ばれているの?だったらタニアも一緒に行った方が良いんじゃない?」
「あたしだけでいいってさ。仕事で一々商人なんかに会いたくないって方なんだよね。心配しなくてもあたしがちゃんと話ししてくるから」
「うん、よろしく頼む。でも、仕事で商人に会いたくないってちょっと心配だな。どんな人なの?」
「うーん、なんて言うかちょっと浮世離れしたお方なんだよ。利益、とか言ってもピンと来ない、みたいな」
「ピンと来ないって・・・あの事業計画書、結構気合い入れて書いたのに・・・アルビオンの利益になるのに・・・」

現在ロサイスの商人との関係がこじれてしまっているが、これ以上悪化させない為にロサイスを管轄するモード大公に事業の説明をするつもりだった。
ロサイスは軍港なので港湾施設の管理は軍が行っている。その監督者であるモード大公に話を通しておけば、最悪ギルドと全く交渉が取れなくなっても港湾施設は使用できる。
あわよくば仲介を頼んだり出来るかな、などと考えていたのがどうも先行きが読めない。

「そんなに心配しなくても大丈夫さ。なんて言うかフワッとした方なんだよ。こっちが凄く困ってますって言えば何とかしてあげようって思っちゃう方だから」
「ロサイスのギルドが困ってますって言えば助けてあげちゃうんじゃないの?」
「ああ、それは大丈夫。さっきも言ったけど一介の商人がそうそう会える方じゃないから」

一抹の不安を残し、マチルダは出かけていった。


 ウォルフがそのまま商館に残って従業員の家族達とこちらでの暮らしなどについて話をしていると丁度そこにタニアが帰ってきた。

「ああ、ウォルフこっちにいた。マチルダ様は?」

どうやらド・モルガン邸に寄ってから来たらしい。馬を飛ばしてきたのか汗をかき、顔は土埃に汚れている。

「さっきまた出かけちゃったよ。話があるなら待ってるから風呂に入ってくれば?」
「そんなの後で良いわよ。それより色々話があるのよ!」

そう言うとカルロの妻が渡してくれた濡れタオルで顔を拭き、そのまま首筋から脇の下まで拭う。ぷはーっ生き返るぅ、などと言っているその姿は喫茶店でのおやじサラリーマンと言った風情だ。
さっぱりとした顔でウォルフに向き直るとタニアはガリアでのことを報告する。フアンの十万エキュー、ヤカのギルドの十万エキュー、ヤカとプローナの商館のこと、買ったフネのことなど全て話し終えるのには大分時間がかかった。

「人の未来を担保にして勝手に金を借りないで欲しいんだけど・・・」
「それは悪いとは思ったけど、ラ・クルス伯爵が直々に迫ってくるのよ?私に断れるわけが無いじゃない。それに返せなくてもガリアで子爵になるだけなんだから出世じゃない」
「ガリアで叙爵なんてしたくねーよ。もし金を返せなかったら世界の果てまで逃げてやる」
「ええ?それだと私の立場がヤバいんですけど・・・」
「返せない借金なんて貸す方が悪いんだから良いんだよ、踏み倒しても。まあ、それが嫌だって言うならしっかりと稼いでオレに配当を払って下さい」
「・・・分かったわよ、稼げば良いんでしょ稼げば!」
「じゃあ、まあそれは良いとして、資本が二十万エキューも増えたからついフネを買いまくっちゃって風石買って仕入れをしたら素寒貧になっちゃう(ハート)ってどういうこと?」
「そ、それはそのまんまなんだけど、大丈夫よ!最初の荷を売ればその利益で余裕が出来るからまた仕入れが出来るわ」
「何その最初から自転車操業宣言。運転資金って知ってる?売った相手が期日が先の手形で払ってきたらどうするの?フネが事故を起こしたら?役人が賄賂を要求してきたら?金が必要になる場面なんていくらでもあると思うんだけど、どうするつもり?いきなり潰れるの?馬鹿なの?」
「う・・・ちょっと調子に乗っちゃったのよ。ここで勝負をして、一気にシェアを握っちゃえば後々楽になるかと思って。これは勝負なのよ、勝負。一世一代の。・・・・・次からは気をつけるわ」

ウォルフとしては、死ぬの?まで続けて言いたかったが我慢しておいた。まあ実際は借金はウォルフ名義だし商会自体は無借金の超健全経営なのでいきなり潰れるわけはないが、運転資金が無いために事業が滞る様なことは避けるべきだ。
しかし渡した金を借金で三倍にして全て使ってくるとはタニアはずいぶんと男前である。商売人というよりはギャンブラーなのだろうか。
一応人件費として別枠で三万五千エキューほど取ってあるというので、もしもの場合は不本意ながらそちらに手を付けざるを得ないとしても運転資金は早急に確保したい。

「じゃあタニアは責任を持ってガリアからフネが来たら荷を積んでゲルマニアに行って下さい」
「えーと、最初からそのつもりだったけど、責任って?」
「ゲルマニアに行ったらツェルプストーでもギルドでも他の貴族でも良いからゲルマニア人に十万エキュー出資させること」
「ええっ!?いきなりそれは難しいんじゃ・・・」
「ヤカのギルドの親書を預かっているんだろ?それをうまく使えば引き出せると思うよ。ガンダーラ商会がアルビオンの商会であることはともかくとしても、ガリアとは対等でいたいと思うはずだから」

ガンダーラ商会の強みは財務の透明性だ。株主には全て公開するつもりだし監査も受け入れると言っているので出資しやすいはずだ。
鉄の販売ルートを確保していることを示せば、自分たちが新たにそれを開拓するよりも出資してしまった方が有利であることは分かるだろう。
ハルケギニアには外資とかいう考えもまだないのでゲルマニア人がアルビオンの企業に出資する事に何の規制もない。

「うーん、今の儘だとアルビオンとガリアの商会を貿易に関わる三国で所有する商会にするって事ね?それなら出来るかも」
「我々にゲルマニアの資本が入っているって事は向こうの政府からの干渉に対して防波堤になる、と言うねらいもある。ウチの目的はお互いに儲けてお互いに発展しましょうって事で相手から絞れるだけ利益を絞ろうって訳じゃないんだから出資した方が得だろう」
「分かった。その線で交渉してみるわ。確かに結構いけそうな気がしてきたわ」
「逆に説明されても分からない様なのしかいなかったら場所を変えちゃって良いから。商売ってのは結局人とするものだから深い関係になる相手は選んだ方が良い」
「うーん、でもボルクリンゲンいいのよねー・・・まあその辺は私の交渉次第って事ね。よし!ゲルマニアに持って行く荷は何?ここにあるの?」

最初は自信なさげだったタニアが気合いを入れる。組織は動き出すまでが一番大変なのだ。

「コークス。今マチ姉が買いに行っている。北部のダータルネス近くの村らしいから、フネが来たらそれで取りに行った方が行った方が早いと思う」
「近くの村ってどこよ。後コークスって何?」
「えーっと、あ、あった。リンブルーだって、炭坑らしいから行けば分かるんじゃない?コークスは石炭由来の燃料で製鉄の材料だよ」
「分かった、私はロサイスでフネを待つわ。マチルダ様にそう連絡入れておいて。あ、これ頼まれていた遠話の魔法具買ってきた。三組しか買えなかったけど」
「おお、サンキュ。これこれ、商売するなら情報が一番大事だよな」

遠話の魔法具は距離無制限のトランシーバーといったもので、二つ一組の通話機通しでどれだけ離れていても通話が出来るというものだ。
一つ千エキューととても高価なのが難点だがそれだけの価値があるとウォルフ達は考え、今回ガリアで買えるだけ買ってきたのだ。
ウォルフはサウスゴータの商館内にガーゴイルを使った中継局を作り、これを携帯電話のようにして利用するつもりでいた。
外観は人形の形をしており、これと話しをしている人はかなり痛い人に見えるので直ぐに変えるつもりだが。

 タニアはもうここでの用事は終わったので書類を置くと遠話の魔法具を一つ手にしてさっさとロサイスに戻っていった。
一人残ったウォルフはいきなり大きくなってしまった商売にため息を吐く。
ちょっと商売の練習をしながら徐々に組織を大きくしていけばいいと考えていたのがいきなり大きな国際企業になってしまった。株式だって小口の出資を募るために導入したのに、十万エキューも出資されてしまった。
雇用ももっと増やさなくちゃならないだろうし、責任は大きくなるばかりだ。

「ま、なる様になるか」

もう動き出しちゃった事なので悩んでも仕方がないことだ。そう考えて自分は旋盤の制作に戻っていった。





1-30    商会設立-4 妖精



 一方こちらはカルロを連れリンブルーに向かうマチルダ。もう馬車の馬を何度も換え夜が近くなったのでこの日はダータルネスで一泊することにした。
カルロは寡黙な男なので気を使わなくて良いのだが、もう少しうち解けてみようと夕食時に色々と話を振ってみた。

「貴方達三人さ、ずっと一緒なの?」
「はい」
「えーと、一緒の商会で働いていたって言ってたわね、ずっと?」
「はい」
「アルビオンに来ることにしたのはどうしてなの?」
「フリオが」
「フリオが来ようって言ったの?」
「はい」
「来てみてどうだった?」
「今は、良かったと」
「ロマリアってどんな所?」
「お金があれば良い所」
「帰りたい?」
「いいえ」
「子供は可愛い?」
「はい」

結局うち解けることが出来たかどうかはマチルダには分からなかった。


 翌日リンブルー近くにある炭坑を探し当て、事務所を訪ねると目の下に隈を作った男が出迎えた。

「いらっしゃいませ、お嬢さん。いったい何のご用ですかな」
「あれ?覚えてないかな、先週会ったんだけど、コークスを買いに来たんだ」
「!!」

男は飛びかからんばかりの勢いでマチルダに近づくと、さあさあと手を取って中に招き入れソファーに座らせた。

「よくいらっしゃいました。当商会のコークスは火付きもよく嫌な臭いがない上に高温で良く燃え、炉を傷めません。多少石炭に比べると高価ですがその価値はございます、少量からでもお取引いたしておりますが、いかほどご入り用でしょうか」

相当な数の人間と会っているのか本当にマチルダのことを覚えていないらしい。燃料としてのコークスの利点をつらつらと説明してくる。
たしかにダータルネスのレストランでチラッと会って少し話を聞き、サンプルを押しつけられただけではあるのだが。

「ふう・・・自己紹介からいくかね。あたしはサウスゴータの貿易商、ガンダーラ商会アルビオン担当のマチルダ。後にいるのは商館員のカルロ。今日はゲルマニアへ輸出する商品としてコークスの購入を検討しに来ました」
「!!・・・・お、お待ちしておりました・・・」

男は床に跪くと感極まった様にマチルダの手を握り頭を下げた。聞くと運転資金が底を突き、そろそろやばかったらしい。輸出が出来ず今は石炭の代替として細々と売ってはいたが、まだ夏を過ぎたばかりで暖房需要もなく給料の支払いすら滞っているとのことだ。
男の名前はジャコモといい、ゲルマニア南西部の鉱山の町で商人をやっていたのだが、昨今のコークス市場の高騰を受けてアルビオンで炭坑開発を行うために職人を引き連れて渡航してきたとの事だ。

「いやもうそんなわけでマチルダ様の姿が天使様かの様に見えました。誰もまだ炭坑に手を着けてない地方という事でここに来たのですが、大変な目に遭いました」
「まあ、これからは販売までのルートを考えてから行動するこったね」
「はい、まさかこの地方の商人が誰も見向きもしないとは考えてもおりませんで。もそっと東部の方に行けばゲルマニアと通商している商人もいるらしいので何とかなりそうだったんですが、旅費にも事欠く有様で・・・もう安くても良いかと思ってアルビオンの軍ならばと交渉してみたのですが、軍で使用する分は軍で生産しているからと断られ、ゲルマニアの商人時代の知り合いは皆南部の人間ばかりなのでこんな所まで来てくれようとはしませんでしたし、まさに八方塞がりというやつですな」
「あんた、そんな事まで言うと買い叩かれちゃうんじゃないのかい?」
「いえいえ、こんな所まで来ていただいたと言うことはコークスの価値をお知りになっていると言うこと。品質には自信を持っています、長い目で見れば心配なんてしなくても大丈夫でしょう」
「ふーん、大した自信だね。じゃあその自慢のコークスを見せてもらおうかい」

そのまま外に出て説明を受ける。コークスは野外に山の様に積み上げられていておよそ八百万リーブル、フネで運んでも十回位はかかりそうな量である。麻袋に詰めて出荷してくれるそうでその作業用のゴーレムまでいた。
倉庫には麻袋が山積みになっているし、コークス炉を見てもぴかぴか、広い資材置き場にフネの係留まで出来る様になっていて、とてもこの会社がお金がない様には見えない。
最初は景気よく設備を揃えていったのだろう。そういえば昨夜ウォルフからの手紙にタニアが似た様なことをしたと書いてあった。
その後も色々と説明を受けて見て回ったが、マチルダにはコークスの品質など分からない。しかし量と値段に納得し、一万エキューで在庫分を買い取ることを伝えた。

「おい!おめえら!こちらのマチルダ様が在庫のコークスを全て買い取って下さった!今日は給料が払えるからさっさと帰るんじゃねえぞ!分かったか!分かったらさっさとコークスを焼け!在庫が無くなっちまったぞ!うわははは」
「・・・実はずいぶんとワイルドなんだね」

ジャコモが振り返って従業員達に向かって叫んだ。みんな仕事の手を止め、心配そうに遠巻きにしてこちらの様子を窺っていたのだ。
「いやっほー!」「うおおおお」「三ヶ月分だぜ!たこ社長!」みんななにやら叫びながら手に持ったタオルを振り回している。相当に嬉しそうだ。

「たこ社長?」マチルダが聞きとがめた。あらためてジャコモを見る。目は丸い、ドングリ眼だ。怒っているのかうっすらと顔が赤くなってきている。髪は・・・なるほど。

「・・・最初の頃は敬意を持ってくれていたんですが、給料が支払えない様になってからは・・・クッ」
「ま、まあしょうがないじゃない。今まで残ってくれただけでも良しとしなくちゃ」
「で、でもたこなンて言わなくたって・・・」

頭の先まで赤くして目を剥いて訴えてくるが、マチルダは吹き出すのを堪えるのが大変だった。
事務所に戻って契約書を交わし、内容を確認して支払う。サウスゴータのギルドの手形で九千エキュー、金貨で千エキューである。
全部手形にしたかったのだが、ウォルフが相手は困っていそうだから現金も持って行けと言うので重いけど持ってきたのだ。

「ありがとうございます。リンブルーではこちらの手形は換金出来ませんからダータルネスまで行かなくてはなりませんでした。千エキューあれば首を長くして待っている従業員達に直ぐ給料を支払ってやれます」
「これから長い付き合いになりそうだからね、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」

お互いに満面の笑顔で握手を交わす。これぞWin-Winの関係といった所だった。


 マチルダはその帰路カルロをサウスゴータへと先に帰し、自身はロンディニウム郊外にあるモード大公の別邸へと向かった。

「やあ、マチルダ久しぶりだね。ますますお母さんに似てくるなあ」
「ご無沙汰申し上げております、大公様」

通された部屋で待っているとすぐにモード大公本人が現れた。通される途中も思ったのだが、大公家の規模にしては使用人が少ない。
ほんの少しの違和感を感じながら挨拶をした。そんなマチルダの様子を気にする事はなく大公は屈託無く話をしてくる。そのまま一向に今日呼び出した案件については触れず、マチルダの子供時代の話などをしていた。

「とにかくだね、あれはプレゼントのお礼だったかな?まだ小さな君が僕の頬にキスをしてくれた時、絶対に僕も娘を作るんだって誓ったものさ」
「ホホホ、もったいないお言葉でございます」
「あんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなったんだなあ・・・学院には来年行くの?」
「あの、父はそうしろと言うのですが、今は商会を始めましてちょっと忙しいので再来年にしようかと思っています」
「ああ、そうだ、商会。ロサイスの代官が何か言ってきてたんだよね」

そう言うと大公は思い出したように机にまわり書類を取り出した。その封を今開け中身を読み始めた。

「うーん。マチルダがロサイスとサウスゴータで友達と商売を始めたんだよね。何で僕が関係するのかな?」
「あの、我々はアルビオンの貿易先がほぼトリステインであるというのが健全ではないと考えまして、ガリアやゲルマニアとも貿易をしようとしたのです」
「うん。それで?」
「その事を良しとしないトリステインの商人達が圧力をかけてきまして、ロサイスで妨害を受けているのです。今のところは取引を妨害されているだけですが、今後はもっと直接的な妨害工作もあるかも知れません。お願いしたいのはロサイスの商人達に妨害に協力しないように働きかけて欲しいのです」
「なる程そう言う事か。でも何でロサイスの商人達はトリステインの言いなりになってるのかなあ」
「羊毛を買ってくれる、最重要の取引相手ですから。しかし我々は当面輸出品で競合する品を扱う予定はありませんし、輸入品に関しましてはトリステイン商人より遙かに低価格でロサイスの商人にも卸すつもりです。決して彼らにとって不利益を生む事業ではないのです」

その後も説明を続け何とか現状を理解して貰った。取引に関与する事は出来ないが、港湾施設の利用などに不都合が出ないように配慮するし、もし不法行為が有れば厳しく対処する事を約束してくれた。

「商売するって言うのも大変なんだねえ。みんなで仲良くすればいいのに」
「本当に・・・そうですわねえ・・・」
「あ、そうだ。港に出入りする時船に僕の所の旗を掲げれば良いんじゃない?ロサイスの人間は手を出さなくなると思うよ」
「それは・・・とてもありがたいですが、よろしいのですか?」
「いいよいいよ、忘れない内にロサイスの代官に手紙を書くから、細かい事は彼と話してね」
「ありがとうございます」

机に座るとレターセットを取り出しさらさらと手紙を書き出す。直ぐに書き終え、その手紙に封をしながらちらりと望外の厚遇に喜んでいるマチルダに視線を走らす。

「その代わりと言っては何だが、僕の方もマチルダにちょっとしたお願いがあってね」
「私にですか?それは光栄ですが・・・」
「何、大したことじゃ無いんだ。実は僕には娘がいてね。ちょっと事情があって屋敷から出せないんだが、その子の友達になって欲しいんだ」
「姫様ですか。私でよろしければ喜んでお相手を務めさせていただきます」

お願いと言われ緊張したが、他愛もない事だったのでホッとした。初めて聞く話ではあるが、貴族なら隠し子がいるなんて事は珍しい事でも無いので気にはならなかった。
大公は執事に指示を出し、娘にこちらに来るように伝えさせる。暫くするとマチルダが入ってきたのとは反対側のドアがノックされた。

「お父様、お呼びでしょうか。ティファニアです」
「ああ、テファ、入っておいで」

ドアを開け、入ってきたのはまだ幼い少女である。年の頃はウォルフやサラと同じくらいであろうか、透き通るような白い肌を持ち、穏やかそうな瞳が今は少し緊張している。
何故かその頭にはフードをすっぽりとかぶり、髪の毛はあまり見えなかった。
室内にそぐわないその格好に少し違和感を感じたが、こちらの様子を伺うように見てくるその瞳にマチルダは笑顔で返した。

「テファ、こちらはマチルダだ。今日からテファのお友達になってくれるそうだ。サウスゴータのおじさんの一人娘だよ。そしてマチルダ、この子が僕の愛娘のティファニアだ。妹だと思って可愛がってやってくれ」
「こんにちは、ティファニア。マチルダ・オブ・サウスゴータです。よろしくね」
「は、はい、ティファニア・オブ・モードです。こちらこそよろしくお願いします」

しゃがみ込み、視線を合わせて挨拶をするマチルダに、ティファニアは慌ててぴょこんとお辞儀をした。
その愛らしい様子にマチルダは思わず微笑む。そしてその背後から大公がティファニアに声をかけた。

「テファ、フードを取りなさい」
「え・・・は、はい」

何故かティファニアは視線を落とすと両手でフードの端をぎゅっと握った。
マチルダがどう対応して良いのか迷っていると、執事が何も言わずに部屋のカーテンを閉め、ランプに灯りをともした。

「・・・・・」

それを確認したティファニアはギュッと目を瞑り、ゆっくりとフードを下ろしていく。
やがて完全にフードが下ろされるとティファニアの胸の辺りまで掛かる輝くような美しい金髪が姿を現した。
しかし、マチルダの目はそれとは別の場所に釘付けになっていた。

エルフ・・・・・

ティファニアの耳は人間では有り得ない程長く、その先は尖っていた。その特徴は遙か東方、サハラに住むという亜人・エルフに他ならなかった。
エルフとは人間と数々の戦を経てその全てに勝利し、今なおブリミル教の聖地を不法に占拠し続ける悪魔。凶暴で獰猛だというその知識はしかし目の前の少女とは一致しなかった。
ギュッと目を瞑り下を向いて僅かに震えている少女はマチルダにとって庇護の対象としか思えなかった。

 何と声をかけたらいいものかと迷い、手を伸ばそうとして、ふと背後からの視線を感じた。
観察されている・・・マチルダがこの娘に対しどのような態度を取るのか測っているのだろう。しかしその背後の気配から大公も緊張している事を感じ取り、逆にマチルダの心は落ち着く。
思わず自然に笑みがこぼれた。
ウォルフがエルフとも通商したいと言い出した時には何を恐ろしい事をと思ったものだが、実際に会って見ればこんなに可愛らしいではないか。
そっと手を伸ばして震える手を握り、その小さな頭を撫でる。

「あたしもテファって呼んでも良いかい?あたしの事は本当のお姉さんだと思ってくれると嬉しいよ」
「え、は、はい」

マチルダが優しくいつもの調子で声をかけると同時に背後の緊張も解けた。
ふわっと嬉しそうに笑うティファニアはまるで妖精のようで、思わず見とれてしまう。ティファニアはそんなマチルダの手を恥ずかしそうに、でも嬉しそうにキュッと握り返してきた。
その後大公がまだ話があるからと下がるように言ったのだが、ティファニアは絶対に後で会いに来てね、とマチルダに頼み込み中々ドアから出て行こうとしなかった。

「やれやれ、君が普通にあの子に接してくれて嬉しいよ」
「母親がエルフ、なのですか?」
「そうだ。シャジャル・・・あの子の母親だが、私の愛した女性がたまたまエルフだった。ただ、それだけだ」
「その方は今どこに」
「この屋敷にいるよ。君が怖がるかと思ってテファだけを呼んだんだ」

大公は気楽に言うが、マチルダとしてはとんでもない事を知らされてしまった気分だ。王弟が全ハルケギニアの敵と目されているエルフを愛妾にしているなんてアルビオンの王権が揺らぎかねないスキャンダルである。
頭を抱え込んで呻りたいが、大公の前でそんな事をするわけにも行かず、微妙な表情をするしかない。

「ははっ、心配しなくても君にそんな大変な事をさせるつもりじゃないんだ。さっきも言った通り、ここから出られないあの子の為に時々ここに寄って外の世界の話をしてあげて欲しいんだ」
「はい。結構仕事でアルビオン中に出かける事が多くなりそうですので、ロンディニウムを通る事も多くなると思います。その時は必ず寄るようにします」
「うん、よろしく頼む。それにしても君はエルフに会うのは初めてだろう?随分と普通の対応をするものだね。こちらが拍子抜けしたよ」
「実はですね、我々の商会には目標がありまして。それは世界周航・世界通商というものです」
「世界周航に世界通商?それはどういう事だね」
「世界周航というのは遙か東方サハラからロバ・アル・カリイエさらにその先まで行ってみるというものです。世界通商はそのハルケギニアの外の世界と貿易をしようというものですね。通商相手にはエルフも含まれるでしょう」
「そんな事を考えていたのか・・・世界通商か、そんな日が来れば・・・なる程、テファ位じゃ驚かないって訳だな」
「驚きましたけど。エルフだからと言って忌避する理由にはならないだけです」
「あの子にとってはそれだけで十分だよ」

優しそうに笑うその顔は一人の父親の顔だった。

 マチルダはその後約束通りティファニアの所に顔を出し、お互いに色々と話をした。外の世界の人間との交流が極めて少ないティファニアはどんな話をしても興味深そうに聞き、マチルダも楽しい時間を過ごした。
ティファニアの母親であるシャジャルとも顔を合わせ、やはりその穏やかな人柄が世間のエルフのイメージとはかけ離れている事を確認した。

 サウスゴータへと帰る道中悩んだが、ウォルフ達にはティファニアの事を秘密にしようと決めた。
万が一にも秘密が漏れたら大変な事になるのが分かっている。そんな事にウォルフ達を巻き込みたくはなかった。

「はあ、大丈夫なのかね」

一人で考えているとやはり不安は湧いてくる。まだ十三歳の少女にはあまりにも大きな秘密だ。
しかし「マチルダ姉さん」と自分を呼んだティファニアの事を思い出すと気合いが入る。
あの子を守らなくてはならない。
モード大公も商会の事業を支持すると約束してくれた。将来商会がエルフと交易を行うようになればティファニアも普通に過ごせる日が来るかも知れない。
そんな日を目指してもっと頑張ろうと決意するのであった。












1-31    商会設立-5 ツェルプストー



 タニアがリンブルーに来たのはマチルダがもうサウスゴータに帰った後だった。
船籍をアルビオンに変更するのに手間取りロサイスで足踏みしていたのだ。しかしその間もタニアは忙しく働き、アルビオン北部で売れそうな品を買ってはロサイスの倉庫に積み上げたり求人の面接を行ったりしていた。
ダータルネスに着くとまずロサイスから積んできた小麦やガリア産品を売り捌き、それからリンブルーに移動しジャコモの炭坑でコークスを積み込む。これでようやくゲルマニアへ行ける。

 ゲルマニア南西部の町ボルクリンゲン。トリステインと国境を接するツェルプストー辺境伯領にあるこの町は最近好況に沸いていた。
ツェルプストー辺境伯の肝入りで最新式の製鉄所が建設され、新規雇用された従業員や輸送を担う船員などが新たに住み着き、更にそれ目当ての商人が集まり街は膨張する一方だった。
川から少し離れた一角には鉄製品を作る工房が並び、朝から晩まで鎚音が響いていて、更にその横では新たな工房の建築が進む。
川に面した製鉄所は専用の港を有し、ひっきりなしに鉄鉱石やコークス、石灰などを運ぶ船が出入りしていた。
そんな中ガンダーラ商会のフネがタニアと船倉一杯のコークスを乗せて商人用の港に着いた。リンブルーから時間がかかったのは風石を節約するために途中で海へ降り、川を逆上ってきたためだ。
川に入ってからは途中何度か臨検をされたが、特に止められることもなく無事ここまで来ることが出来た。
港に接岸し手続きを取る。積み荷をコークスと申告すると直ぐに製鉄所の責任者が飛んできた。

 ギルドの応接室に来たのは製鉄所の所長と仕入担当、それにボルクリンゲンのギルド長の三人で、対するのはタニアとベルナルドの二人だ。
お互い挨拶をすませると早速本題にはいる。

「それでエインズワース殿はアルビオンからわざわざコークスを売りに来たという事ですな?」
「はい、ですがコークスを売りに来ただけでは有りません。コークスを売り、鉄を買う。ガリアの商品を売り、ゲルマニアの商品を買う。貿易をしに来たのです」

ゆっくりと言ってタニアはニッコリと微笑む。
相手は少し呑まれている様でここら辺の呼吸は真似出来ないとベルナルドは隣で見ていて思った。

「ふむ、アルビオンの方がガリアのものを売るという。ずいぶんと長い空の旅をしてきた荷になりそうですが、真っ当な値段になりますかな」
「もちろんガリアの品は直接こちらに運びますのでその様なご心配は無用です。我が商会には海上輸送用の船も多数ありますので」
「アルビオンの方がガリア・ゲルマニア間の貿易を行うのですか?」
「我々は名義上アルビオンの企業になっていますが、アルビオンのみでは無くてハルケギニアの企業なのです」

タニアはまたガンダーラ商会の狙いを説明する。
現在のトリステインを介して行われている貿易の無駄の多さ。貿易を盛んにすることによる経済の発展について、。
商会がアルビオン・ガリア・ゲルマニアそれぞれに拠点を持つということ、既にアルビオンとガリアは整備が終わりこちらからの入荷を待っていること。
さらに三国がそれぞれ出資することによりお互いの利益になる様に活動することが出来ると言うこと。ここボルクリンゲンをゲルマニアでの拠点として考えていると。

「えーと、大体は理解しましたが、それは我々にも出資をしろと言うことかな?」
「はい、それだけではなくゲルマニアの利益のために働く人を紹介していただき経営に参加していただきたいと思います」
「うーむ、私は雇われているだけなので出資については約束出来ん。ギルド長、あなたの所ではどうだ?」
「いや、我々も最近ようやく加盟者が増えてきた所でそんな余裕はありません」
「それでしたら領主のツェルプストー様にお話しを通して頂けますでしょうか。こちらが事業計画書になります」

そう言って紙の束を手渡す。それには事業計画から株式の説明まで詳しく説明してあった。事業計画はアルビオンからの輸出品にコークスを加えた新バージョンだ。

「ふむ、確認しても?」
「どうぞ」
「ふむふむ、良く纏めてありますなあ。なっ!十万エキューですと?」

パラパラと目を通していた所長が大きな声を上げる。彼は精々ボルクリンゲンでの商館にかかる代金をねだってきていると思っていたのだ。それだけでもずいぶんと都合の良いことを言ってくると思っていたのだが・・・
横で見ているギルド長も絶句している。小さな街のギルド長には想像もしていなかった額らしい。

「既にガリアでのハブとなる町、ヤカのギルドが同額を出資しています。ガリアとゲルマニアが対等に貿易するためにこの額をお願いしたいと思っています」
「ううむ、ガリアがもうそんなに出しているのですか・・・この筆頭株主のウォルフ・ライエ・ド・モルガンとは何者ですかな、聞いたことはありませんが」
「サウスゴータの男爵のご子息です。ハルケギニアの平和と繁栄のため今回ご自身の財産を投じこの商会を立ち上げました。実際の経営に関しましては私に一任されています」
「男爵の子息がこれだけの額を用意出来るのですか・・・よほど目端の利く人物と見える。確かにこの株式という仕組みならば出資を募りやすいか」
「ご理解いただけましたでしょうか?我々としてはボルクリンゲンを第一の候補地と考えていますので、出資をしていただけるならば直ぐに商館を構えたいと思うのですが」
「あ、ああ、なるほど貿易は対等な立場で行うべきですな」
 
暗に出資しないのならば他所へ行くと匂わせると相手は少し狼狽えた。どうやら利益のある話だと理解はしている様だ。製鉄所というのは鉄を作れば作るだけコストが下がる。ガリアという大きな販売先は魅力だった。

「わかりました、ツェルプストー様に話をしてみましょう。ちなみにコークスの在庫や生産力はどれくらいあるのか分かりますかな?」
「現在商会の在庫で八百万リーブルほどあります。生産力はⅣ型炉が二基あるそうですが、採掘量はまだ増やすことが出来るそうです。ゲルマニアの方が移住してきて生産しております」
「おお!そんなにありますか。Ⅳ型炉ならば安定した生産が出来ますな。なるほど、これだけの品質のコークスが出来るわけだ」
「今回持ってきた分はこちらで売りたいと思っています。フネを移動した方が良いのでしょうか?」
「ああ、そうですな移動して下さい。次回からは直接製鉄所の港にお願いします。あちらは作業用のゴーレムを完備してありますので」
「分かりました、では今日はこれで」


 タニアはギルドの建物から出て来ると直ぐにフネに戻り、移動を指示。
ツェルプストー辺境伯に会えるのはおそらく明後日以降というので、それまでに商館用地の選定と帰りの荷の仕入れを考えておくことにする。
商館を構えることを前提にギルド長に話を聞いてみるが、売りに出ている商館などはなく、港の近くには既に建物が建ってしまっているので商館を構えるなら少し不便な土地に自分で建てるしかないと言われた。
そんな状態なら慌てて建てる事もないので仕方なく商館の方は保留にする。後は仕入れなのだが、荷下ろし作業中チラッと街を回ってみた所ではまだまだ発展途中であまり面白いものはない様だ。
悩んでいると川下からこの辺りではあまり見かけない大きさの帆船が三隻上がってくるのが見えた。艀の様な船が多い中その姿は目立ち、その内の二隻はガンダーラ商会の旗を揚げていてガリアからの第一便が着いたことが分かった。

「あら、ナイスタイミング」
「うん?あの船もガンダーラ商会のものですかな?」
「はい、あの内の二隻はウチのです。ガリアからの荷が届いたようですね、荷が揃い次第出港する様に指示しておいたので間違いないでしょう」
「あんな大きな船の荷を製鉄所以外は何もない、この小さな街に卸すのですか」
「この町で消費する分だけではないですから。我々がここまでガリアやアルビオンの荷を運び、貴方達ゲルマニア商人にここから先ゲルマニア各地へと運んでいただきたいのです」
「うーん、大きな話ですな。私などは生来の田舎ものでして、驚いてばかりです」

タニアを案内していたギルド長はため息を吐く。
製鉄所が出来るまでは街道は多く通るものの川に面した港と川渡しがあるだけの小さな町だったのだ。
ツェルプストー領とゲルマニア内部を結ぶ交通の要衝となり得る立地に領主が目を付け製鉄所を建設してから全てが変わった。
人が多くなりこれまで通過するだけだった商人達が荷を解く様になり、ついにはこんなのまで現れた。
あまりにめまぐるしく変わる現実に田舎の商人に過ぎない彼はついて行けそうもなかった。



「やあ、タニア殿ちょっと私も様子を見に来てみましたよ」

 ガリアからの船が着岸し、商人達でごった返す岸壁でタニアに話してきたのはヤカ商人ギルドの幹部、モンテーロ商会の商会長トーマスだった。

「こんにちは、ミスタ・トーマス。もう一隻の船はあなたのでしたか」
「まあ、船は私のだがね、荷の殆どはおたくのだよ。スハイツが荷が集まりすぎたんで貸してくれって言ってきたんだ」
「それはそれは、ありがとうございます。どうです、中々の人気でしょう」

タニアの言う通り、荷のサンプルを下ろし始めるととたんに多くの商人達に囲まれることとなった。
我先にと取り囲み商品の品質をチェックし、船員を捕まえては勝手に値段交渉に入る。まだ役人も来ていないので応じるわけにはいかないのだが、それでも次々に値段を告げてくる人が多く、更にはそのまま持って帰ろうとする者まで現れ収拾が付かなくなった。
慌ててやってきたギルドの職員と役人に協力してもらい何とか商人達を引き下がらせサンプルは船に戻した。凄い人気である。
タニアが代表してガンダーラ商会として挨拶し、ツェルプストー辺境伯が認めればこちらに商館を開く事、そうなれば定期的にガリア・アルビオンからの荷が届く事、今回の荷については明日の朝準備をして商談会を開く事、対象はボルクリンゲンのギルド加盟者に限る事、こちらで仕入れをしてガリアやアルビオンに輸出したい商品についての話も明日する事を説明した。
今日は取引はしないので引き取ってもらう様に告げると皆不承不承帰って行った。一部はそのままギルドの建物に入っていき加盟の手続きを取った様である。
あまりのガリア産商品の人気にはタニアも驚いた。特にこの地方は内陸でガリアから遠い上に隣のラ・ヴァリエールとの交易も無いらしく、ガリアのそれも西部の商品というのがとても珍しいみたいだった。
ちょっといきなり手広くやり過ぎたかしらと不安になっていたが、この人気を目にすると自信が出てくる。

「ふうむ、確かに凄い人気でしたな。もう商館の場所は決めたのですか?」
「いいえ、フォン・ツェルプストーにお会いしてからここに商館を構えるかどうか決めようと思っています」
「中々慎重ですな。まあ、いいことです」

そう言うトーマスの目がキラリと光った。

 翌日、港に十分な量のサンプルを広げ商人達に十分吟味して貰い、その後競り方式で次々に売り捌くと自信は確信に変わった。
最初加熱しすぎていた相場はやがて落ち着いたものの予想以上の利益を商会にもたらした。
しかも高値で買っていった商人達も皆笑顔で利益を上げる気満々である。競りが終わると荷が下ろされ計百五十万リーブルほどもあった荷が瞬く間に引き取られていった。

 最初の荷と言う事もあるが、ガリアから持ってくれば持ってきただけ売れそうな勢いである。
ウォルフがどうせ直ぐに誰かが真似をする、と言っていたのも分かる。今は最初に目をつけたアドバンテージがあるが、きっと直ぐに競合する相手が出てくるのだろう。隣で手伝ってくれているトーマスなどはその筆頭になりそうだ。
その競争に勝つためには立地が大事だとタニアは考えた。相手に先んじて行動出来るのだから常に有利な位置を確保すべし、だ。
そう考えるとこのボルクリンゲンでの商館についても慎重にならざるを得ない。今回はギルドの協力でそのまま港で荷を捌いてしまったが、毎回こんな事をするわけにはいかないだろう。
ギルドの加盟者数がいきなり増えてホクホク顔のギルド長が商館用地を紹介してくれるのだが、どれも船着き場から遠く利便性に劣る。
細々とした商館が立ち並ぶ船着き場近くの通りをため息を吐きながら歩いているとギルドから人が呼びに来た。ツェルプストー辺境伯が今日会うとのことである。

「ええ!今日ですか?ずいぶんと早いですね」
「ツェルプストー様はあなたの事業計画書というのを読んでいたく感銘を受けた様でして、直ぐにでも会ってみたいと仰り竜籠をご用意して下さいました」
「私平民なんですが、竜籠に乗っても良いのですか?」
「ああ、ゲルマニアではそんな細かいこと気にする人はいませんよ。とっとと行きましょう」

タニアは戸惑ったが直ぐに竜籠に押し込められツェルプストー辺境伯の居城へと行くことになった。
ゲルマニア有数の有力貴族であるツェルプストー辺境伯の城は遠くトリステインをのぞむ森の中に造られ、その偉容を見ればこの城が最前線の要塞であるということは直ぐに分かった。
そんな城の中庭にタニア達を乗せた竜籠はすべる様に降り立った。

「ふう、さすがに竜籠は早いわね。あっという間だったわ」
「私も始めて乗りましたが、この早さは驚異的ですね」
「あら、ベルナルド奇遇ね。私も初めてだわ。貴族だった頃だってこんなの乗ったことはないわよ」
「貧乏貴族だったんですね、分かります」
「そんなに貧乏じゃなかったわよ。こんなの持ってる方が少ないって」
「まあ、維持費がかなりかかる物らしいですからな」

主従でおしゃべりをしながら様々な様式が混ざった廊下を進み、ギルド長と三人でツェルプストー辺境伯の執務室に通される。
案内してきた執事にソファーに座っている様に言われ待っていると奥から壮年の男性が出てきた。がっしりとした体躯に真っ赤な髪と浅黒い肌、ツェルプストー辺境伯である。
慌てて立ち上がり紹介を受ける。

「ツェルプストー様、こちらがアルビオンから来たガンダーラ商会のタニアとベルナルドです。エインズワース殿、ツェルプストー辺境伯様でございます」
「お目通りいただきありがとうございます。紹介にあずかりましたガンダーラ商会会長タニア・エインズワースです」「ベルナルドです」
「うむ、私がフォン・ツェルプストーだ。早速だがお前達の事業計画書を読んだ。中々面白い話だな」

挨拶もそこそこに商売の話に入る。ここら辺は話が長いガリアやトリステインとは違う所だろう。
こちらの主張も理解している様で次々にいくつかの事項を確認していく。特に鉄の購入量とコークスの輸出量に興味がある様で詳しく質問された。

「それでこちらにお前達が進出する条件というのが十万エキューの出資だという訳か」
「はい。その額でツェルプストー様は我が商館に対し22.5%の権利を有する株主となります。出資していただければ直ぐにでも商館を建てたいと思います」
「いいだろう、出してやる。しかし直ぐにではない。部下をお前達の船に同乗させるからガリアとアルビオンの施設もチェックさせろ。話はそれからだ」

ツェルプストー辺境伯はそう言ってさっさと席を立つ。恐ろしく話が早い。

「あ、ありがとうございます。では早速明日午後出港しようと思いますので、部下の方を港まで来させて下さい」

 挨拶もそこそこに竜籠でボルクリンゲンまで帰り、ガリア向けに鉄や鉄加工品を購入した。
次回タニアが来る時に商館用地の購入と商館員の雇用を行うことにしてギルド長と打ち合わせを済ませ、翌日ゲルマニアの鉄を満載した三隻は艦隊を組み川を下っていった。
トーマスはまだあちこちゲルマニアを見てみたいという事なのでここで分かれる事になった。どうやら自分の商会もゲルマニア進出を考えているらしく、自分の荷として持ってきていたのは取り扱っている商品のサンプルだった。

 行きの航海中は何度も臨検をうけ、随分と時間が掛かったのだがたのだが、ツェルプストーの旗を掲げたので帰りは一回も止められず海まで出ることが出来た。

「この旗があると無いとじゃ全然違うわね。ツェルプストー辺境伯の威光ね」
「全くですな。今回は使者様がいらっしゃいますので掲げていますが、株主になって頂いたら毎回掲げるべきですな」
「そうね。ガリアはラ・クルスが直接株主って訳じゃないけど頼めば許可くれるかなあ?ラ・クルス肝いりの事業って事で」

その国の有力貴族を株主にすることの利益をひしひしと感じながら、今はのんびりと船の旅を楽しむタニアだった。




1-32    商会設立-6



 ウォルフはここ二週間ほぼずっと地下の製図室に籠もって図面を引いていた。
減速機関係の設計はほぼ終わり、今は歯車に歯を切るための刃物の刃型に合わせた線を引いているところだ。

「えーと、モジュールがこれだからラックだと・・・」
「もう、ウォルフ様またここに籠もってる!今日は商会の方に顔を出して下さいって言ったじゃないですか!」
「くそー、やっぱり関数表作るべきかー・・・ギブミーエクセル」
「ウォルフ様ッ」
「うおっ・・・なんだサラ、いきなり」
「いきなりじゃないです!さっきから呼んでいるのに」
「あ?ああ、ごめん。何?」
「今日は寺子屋で勉強の進み具合を見てくれるって言ってたじゃないですか。何でまだここにいるんですか」
「あれ?何で?」
「こっちが聞いているんです!もう良いから行きますよ!こんな所に籠もりっきりじゃ腐っちゃいます」

無理矢理ウォルフを製図板から引きはがして地上へと連れ出す。ウォルフはずっと製図のことだけを考えていたので思考をうまく切り替えられず、サラに引っ張られながらもまだ歯車のことを考えていた。

「うわっ眩しっ!」
「もう、日光が苦手なんて不健康すぎます」

 そう言われてみれば昼間に表へ出たのは久しぶりな気がする。季節はまだ残暑の気配を残していて地下の製図室に比べたら大分暑かった。
そんな中をサラはウォルフの手を引っ張ってずんずんと歩いていく。サラの方が体が大きいのでウォルフは小走りになってしまうがサラは気にしてくれない。
バーナード通りのそばにある商館に着いた時にはウォルフは大分汗をかいてしまったが、おかげで思考が現実に戻ってきた。

「ふう、まだ大分暑いな。勉強の進め方なんてサラにまかすって言ってなかったっけ?何でわざわざオレ呼んだの?」
「パオラさんが、ベルナルドさんの奥さんなんですけど、この間から小さい子相手にブリミル教の教えを聞かせているんです。どうなんだろうって思って」
「・・・何でわざわざウチでやるの?」
「何でもロマリアではお坊さんに教えの内容を聞かれた時にちゃんと答えられないと高いお札を買わされちゃうらしいんです。そんなことになったら困るからって」

険しい顔で建物の中に入る。中ではマチルダとカルロが事務を執っていた。

「ああ、ウォルフ久しぶりじゃないか。明日タニアがゲルマニアの人を連れてこっち来るってさ」
「ふーん、まあオレには関係ないかな。それよりマチ姉ちょっと話があるんだけど。カルロ、パオラさんを呼んできて」

カルロは頷くと席を立って呼びに行き、ウォルフはマチルダとサラを連れて応接室に移動する。
直ぐにカルロはパオラを連れてきて自分は事務に戻った。パオラは少し緊張しているようで、ウォルフが促すとぎこちなくソファーに座った。

「えーと、何であなたを呼んだかって言うと・・・子供達にブリミル教を教えているそうですね?」
「え?あ、はい。私は孤児院出身なので結構詳しいんです。他には何も才能がありませんが、皆さんのお役に立ちたいって思って」

少しホッとした様子で笑顔になって答える。少し誇らしげでさえあった。

「何か教えたいというのなら、次回からは子供達が喜びそうな物語などの本を読んであげて下さい」
「え?何で・・・」
「どうしてだい?別に教えてくれるんなら良いじゃないか」

パオラは驚いて絶句してしまったので、代わりにマチルダがウォルフに問いただした。

「子供達がブリミル教を学びたいというのなら、教会に通わせて学ばせようと思っています。あなたは神官の資格は持っていないんでしょう?」
「え・・・確かに持ってはいませんが、間違った事は教えていません!」
「あなたが純粋な厚意で行ってくれたことは理解しています。しかし、ロマリアとアルビオンの教会とでブリミル様の教えについて解釈が違ったりした事が過去にはあったのです。ここはアルビオンですから、ブリミル様の教えを伝えるのはアルビオンの教会であるべきだと思うのです」
「・・・・・」
「もし解釈の違いなどがあった場合、またはあなたが勘違いなどをしていた場合大変な事になる可能性があります。ここではブリミル様については聞かれたら答える程度にして下さい」
「はい・・・」

 パオラは悄然として部屋から出て行った。
ウォルフはこんな事を言ってはいるがこんなのは詭弁でしかない。ブリミル教について教えて欲しくないだけだ。
ブリミル教の教えはブリミル様が伝えてくれた魔法のおかげでハルケギニアの民は安心して暮らせるのだから感謝して祈りましょう、というものだ。
そんなことは時々思えばいい様なことで、教会が求めてくる様にしょっちゅうしなくたって良いだろうとウォルフは思う。
せっかくブリミル教の影響の少ない子供達を教えているのに、こんな小さな頃から教え込まれちゃったら結局大人達と変わらなくなる。

「あーあ、可哀想だね。ウォルフにいじめられて」
「いじめてないから。大体ブリミル教の坊主に騙されてこんな所まで流れてきたって言うのに何でまだあんなに信じてるんだよ」
「あ、それはこんな良い職場に旦那さんが勤めることが出来たのがブリミル様のお導きだったんだって言ってました」
「はぁー・・・いいな、坊主。丸儲けだな」

大きく息を吐きぐったりとソファーにもたれた。
本当に宗教と言うのは良い商売だと思う。良い事があれば御利益で、悪い事があれば試練を与えて下さったと言う。はずれがない。それが必要な人には必要なんだと理解してはいるが、それを利用して商売をしているように見える者達に好感を覚える事はなかった。

「でも、ロマリアとそんなに違うかねえ?最近はそんな事無いと思うんだけど」
「無いだろ、そんなの。オレが教えて欲しくないだけだよ」
「えっ!なんでさ」

マチルダは驚いて大きく目を見開いた。彼女からするとそれなら何故教えて欲しくないのか分からない。

「あんまり小さい時から宗教に触れていると思考を放棄する癖が付く懸念があるから。もう少し大きくなって判断力が付いてから自分で学ばせたい」
「別に宗教の所為で考えることをしなくなるとは思えないんだけど」
「宗教っていうのは合理的には説明出来ないものに対する畏れや敬いといった気持ちが救いを求める心や祈りになったものだから、根本的な所で考えることをやめている。何故メイジだけが魔法を使えるのか、ブリミル様がそれを可能にしたのは何故か、分からないから判断停止して拝んでいるんだ」
「・・・あんたは分かるって言うのかい?」
「分からねーよ。でも分かろうと思ってずっと考えている。それが大事なんだと思う。あの子達にも疑問に対して合理的に答えを導ける様になって欲しいから、世界はこうなっているんです、疑問に思わず覚えなさいっていう教え方はして欲しくない」

ウォルフのその言葉を聞いて、マチルダは師であるカールがウォルフについて「世界を理解しようとしている」と評していた事を思い出した。
世界とはどうなっているのだろうか、などと考えた事はマチルダには無い。その答えは物心が付いた頃には既に教えられていた。

「オレはあの子達に幸福になって欲しいと思っているから。その為には"正しい"事を自分で選べる様になる必要がある。その上でブリミル教の坊主の言う事が正しいと思うならばそれはそれでいいさ」
「ブリミル教を信じてたって幸せにはなれるんじゃないかい?」
「そりゃなれるだろうさ、ブリミル教の教えだって良いこと一杯言ってるんだから。でも自分で考えて選んだなら良いけど、何も考えず教会のいうことのみを信じていれば幸せになれる、なんてのは奴隷の幸福って言うんだ。そんなのをオレは人間の幸福とは認めない」
「・・・・・まあ、あんたは子供達にブリミル教にとらわれない考え方をして欲しいって事を言いたいんだね?」
「ああ、オレはブリミル様の事は本当に凄い人だと思う。でも今のブリミル教がこの世界の全てだとは思えない。そこに囚われていたらハルケギニアから出られない。その枠を超えた思考をして欲しいんだ」
「あんたは最初から枠が無かったからねえ・・・坊主に目を付けられるんじゃないよ?」
「・・・留意します」

 その後小さな子達を相手に道徳の授業を行い、高学年組の数学も少し見てサラに教えるポイントをアドバイスした。
あんまり籠もりっきりになっているのは良くないと反省し、せめて週に一度はこちらに顔を出そうと決めた。




 タニアはツェルプストー辺境伯から出資を受けることに成功した。
それだけではなくボルクリンゲンの商港と製鉄所用の港の間の埠頭とそれに隣接する用地をツェルプストー家から購入した。
コークスなどの資材置き場だったのをツェルプストーが港の拡大を目的に商人に開放する事を決断して資材置き場を移動し、ガンダーラ商会と他の新規参入商会が六軒ここに商館を構えた。商港と鉄港両方の港に専用の船着き場を有する最高の立地を得る事が出来たのだ。
ボルクリンゲンの町は人が増え続け、小さな建物が建ち並ぶ今までのメイン通りでは不便になったので、ツェルプストーが強権を発動し、区画整理を行った。
今まで製鉄所のみに通っていた街道からの大きな道を商港の方にも通し、住宅として使用していた建物は新市街を作りそこに移して港には大型の商館が並ぶ様にした。
この区画整理で更に多くの商人が近くの町から流入し、この地方で一番大きな町になるのも近いと言われている。

 ガリアで修理に出していた船達も戻ってきたので船員も更に増やし、大々的に貿易を行っている。
より効率的な物流の為、ガリアのプローナへと向かうテハダ川河口の街イルンとゲルマニアのボルクリンゲンに向かう国際河川ライヌ川河口の町ドルトレヒトにも拠点を設立した。
ドルトレヒトにはトリステイン東部の商人達も多く集まるようになり、この町も急速に規模を拡大している。各拠点での取扱量が増えるに合わせて商館員も増やし商会の規模は拡大する一方である。
しかし、その為に必要な資本も多くかかり、当分は無配が続きそうである。ウォルフが十六歳までにフアンに対して二十万エキューを払えるかどうかは配当次第なのでどうなるかは全く分からない。

 ハルケギニアの財界ではタニアが新進気鋭の女経営者として有名人になっており、フォーブスでもあれば表紙を飾りそうなほどだ。
ラ・クルス伯爵にヤカのギルド、さらにツェルプストー辺境伯をも手玉にとって金を引き出すその交渉術。ハルケギニアでは珍しい若い女性経営者と言う事や、容赦のない値切り交渉に大胆な事業展開など話題に事欠かないためだ。
アルビオン商人との関係は当初ぎくしゃくしたが、今となってはおおむね良好となった。
これはガリアやゲルマニアにも言えることだが国内での流通にあまり手を出していないのと、小売りは現地の商人に任せていることが大きかった。

 ガリアやゲルマニアとの直接貿易が始まり、定期便が運行するようになるとラ・ロシェールの商人達は取引価格を下げて対抗してきたが、商会を排除する程の影響はなかった。
ラ・ロシェール経由の貿易は風石が節約できる反面狭い岩山の道を通らなくてはならない陸路での輸送に難点があり、それがこれまで貿易の規模を拡大してこなかった原因の一つでもある。しかし、ガンダーラ商会がゲルマニアとの国境も通るライヌ川経由での貿易を始めたのでこちらを利用して取引量を増やそうとするトリステインの商会が出てきた。

 モンテーロ商会など、ガンダーラ商会の後を追いガリア-ゲルマニア間で直接貿易を始める所は直ぐに出てきた。この二国間の貿易はお互いに価格競争力の高い輸出品が有ることもあって今後ますます盛んになっていくと思われる。
同様にアルビオン-ゲルマニア間、アルビオン-ガリア間でも少しずつ競合する商人が現れ始めている。ゲルマニア商人はアルビオン産品について石炭以外には今のところ興味を示していないが、ガリア商人が自国で加工するつもりで羊毛を直接買い付けたため羊毛価格はここの所上昇し続けている。
万事順調に進んでいるように思えるのだが、アルビオン政府が供給を増やしてはいるのに関わらず風石の需要が急増し、価格が上がり続けているのがアルビオンの貿易にとっては懸念材料だ。


 マチルダはアルビオン国内の産業を振興するために奔走した。
羊毛の染色をしている所は見つけたのだが、色が地味だったのでそのままでは使えなかった。トリステイン産の染料は輸入できなかったので同等の技術を持つガリアから染料を輸入し研究させると、何種類かの染料はアルビオンでも生産出来ることが分かった。
やる気のあるその工場と提携して色つきの毛糸の生産を始め、試験的に国内で販売してみたが概ね反応は良かった。
しかしトリステイン製の毛糸と同等以上の品質になるまでは輸出するべきではないと言う判断のため、今は更に品質を上げるため研究を続けている。焦って輸出をしてトリステイン製に劣ると言うレッテルを貼られたくないのだ。

 メリノ村には直営の牧場を作り、メリノ村や周囲の村から農家の次男や三男を雇用しメリノの羊を増やしている。
空調を整えた倉庫に生産した羊毛を貯蔵し、ある程度の数が揃ったら出荷するつもりでいる。

 ウイスキーは蒸留から三年寝かせた樽を商会で購入し、そのままガンダーラ商会のタグを付けて蒸留所の貯蔵庫で寝かせてある。
この年買った分は五年後から販売を開始するつもりでいるのだが、在庫をほぼ全て購入したため蒸留所も経営が安定し生産量を増やした。

 アルビオン中に出かけることが多く、各地で時折襲ってくる野盗や亜人などを返り討ちにしていたら「サウスゴータの剣鬼」と呼ばれる様になった。本人はせめて「剣姫」にしてくれと言っているが。
ロンディニウムを通る時は大抵モード大公の屋敷に寄っていて、ティファニアとは随分と仲良くなった。


 サラは子供達の教育と商会の帳簿の監査を担当している。
自分より大きな子供達に教えることに最初は戸惑ったが、数学に対して理解しているレベルが全く違ったので子供達もサラもお互いに直ぐに慣れた。
寺子屋の子供は大分増え近所の子供も通う様になり、自分より大きな子供達に数学などを教えるサラは近所の平民の間で天才少女と噂になる様になった。

 子供達に勉強を教えた後時間がある時は商会の帳簿をチェックするのだが、その監査はとても厳しいと評判だ。サウスゴータの商館ではフリオがいい加減な書類を出してはサラに怒られている姿が頻繁に見かけられた。
ウォルフの様々な実験の手伝いもしているので少しずつ化学についての知識を蓄積している。有機化学が結構好きになってきたみたいだ。

 ラ・クルスからは最初の養育費の支払いと共に紋章入りのマントが届けられた。そのマントをメイド服の上から纏えば貴族メイドの誕生である。
すぐにマントは仕舞われてしまったのであるが、夏にラ・クルスの祖父母に挨拶した時にはちゃんと身に纏った。
フアンの態度が心配されたが、案外すぐにデレた。曰く、「アンちゃん(妻のマリア・アントニアのこと)の小さい時にそっくり」との事である。確かに垂れ気味の目とダークブラウンの髪はよく似ているが、不測の事態に備え緊張して見守っていたレアンドロは何だか違う意味で切なくなってしまった。


 クリフォードは商会には関わらず、何とかマチルダに追いつこうと熱心に魔法を練習している。
元来はいい加減な男であるが、必死にそれこそ何度も気を失うまで杖を振った成果か、ここ最近魔法の腕はメキメキと上達してきた。


 ジャコモの炭坑は順調にコークスを生産し続け、今はもう一つ炭坑の採掘権を買おうかと画策している。
炭坑の町リンブルーは大きく発展した。周辺の山に他のゲルマニアやアルビオンの商人が炭坑を開いた為人口が急増したのだ。
石炭を運び出すフネが物資を運んでくるので暮らしやすく、典型的な田舎町だったのに今や女の子のいる店もあるほどだ。


 レアンドロはウォルフから水酸化ナトリウムとその製法の提供を受けて製紙法を改善し、大々的に製紙業を振興した。
その製法とはメイジ二人による『練金』で、塩化ナトリウム水溶液から水酸化ナトリウムと塩酸を同時に精製させるというものだ。普通に一人で『練金』させると塩素イオンを水酸化物イオンに変換してしまったりナトリウムイオンを水素イオンに変換してしまったりで、精神力の消費の割にはろくに出来ないのだが、二人でやることによりうまく水を電気分解して効率よく水酸化ナトリウムを精製できている。
耐久性が格段に増した紙は評判を呼びラ・クルス産の紙はガリアにおいてトップシェアを握る程になった。アルビオンやゲルマニアにも多く輸出されたが、ウォルフとの契約で全てガンダーラ商会がそれを担った。
製紙業と三角貿易の効果でラ・クルス領は一年もたたずに大きく発展し、その手腕を買われガリア産業省の副大臣に抜擢された。その経緯にはオルレアン公の推薦が有ったと言われている。
妻セシリータとティティアナ、それと生まれたばかりの息子を連れてリュティスの屋敷ですごすようになったため、同じくリュティス暮らしの多いオルレアン公家とは家族ぐるみで付き合うようになっている。


 ウォルフはずっと旋盤の開発を続けていた。週に一度商館に行くのと魔法を習いに行く以外はほぼずっと地下の工房に籠もっているか方舟で研究してるかで、マチルダにモグラのウォルフとありがたくない二つ名を貰うほどだった。
研究はウォルフにとってちょうど良い息抜きとなっていて、樹脂や薬品、ガラス繊維などの量産化に向けた物をメインに行った。
ただ、樹脂製品を魔法抜きで量産しようとすると原料をどうするかという問題がある。石油を掘ればいいのかも知れないが、地球温暖化を見てきた身としてはなるべくやりたくないというのが本音だ。
その解答の一つとして研究しているのは発酵で樹脂の原料を得ようという物だ。廃糖蜜を原料にして様々な発酵を行い、エチレンやプロピレン、アセトンなどを生産するつもりだ。
既に一応は酪酸発酵によりアセトンとブタノールを生成する事は出来る様になっていて、今はより効率の良い菌株を色んな場所の土壌から探している所だ。

 その他の研究の成果としては魔法具を色々と作れるようになった。
魔法具を制作するには道具に宿らせたい魔法とその魔法を土石や風石もしくはミスリルなどの魔法金属や水晶などの鉱物の結晶に固定する魔法を重ねがけする必要があるのだが、ウォルフは魔法の同時使用が出来るので何とかできるようになった。
旋盤の開発の傍ら土石や風石から効率よく動力を取り出す機械や、コックピットの気圧を維持する魔法装置、更にはガーゴイルなどをこつこつと開発していった。
特にガーゴイルはその中枢部をグライダーに組み込めば自動操縦も実現出来そうなので確実性などを検証しながら研究を続けている。

 水の秘薬を使った魔力素の研究も引き続き行っているが、こちらはあまり進んでいない。ガーゴイルに使われている技術と組み合わせれば人工生命を生み出すことが出来るのではないか、と一時期はかなり頑張ったのであるが最近はずっと停滞している。何かしらのブレイクスルーが必要なようだ。

 魔法具の研究からガンダーラ商会で商品化されて大ヒットになっている物もある。
セグロッドと名付けられたその乗り物はセグ○ェイから車輪を取り去ったような形状で一本の棒に折りたたみ式の足置きと短いハンドルが着いている。足置きに乗ると風石の力で十五サントほど浮き上がり、ハンドルを握って棒を傾けるだけで前進や後進、旋回やその場での転回などが出来、最高速度は時速二十リーグほどだ。乗るのに訓練などを必要とせず直感的に操作でき、十分に馬の代替を務められる速度が出るので一気にサウスゴータ周辺の貴族に広まった。
使っている魔法は『レビテーション』ではあるが、足置きを常に地面と平行に保つための制御、棒の傾きと加速度の制御など単純な見た目からは想像しにくいほど複雑に魔法が付与されている。そのため大量生産には向かないが、本体の制作を外注して魔法付与にメイジを雇い生産している。

 旋盤の制作は一年ほどしてようやく試作一号機を完成させられたので、試作機を使って高精度な螺子などの部品を作ることが可能になり、より高精度で分解整備が可能な物に作り直していった。
旋盤が自分で自分の部品を作り、より高精度高機能な物に生まれ変わっていく様は、生物が進化していくのを見る様で楽しかった。
この少し前から高学年組に製図と機械の扱いについて教え始め、適正を示したリナとトム、それに新しい従業員の子供二人を機械工候補に選んだ。
ラウラは図形に対して全くもって適正がなかったが、リナはあっという間に製図の意味することを理解し、空間を把握する能力に優れていることを示した。

「ウォルフ様、この歯車の歯の形ってみんな決まっているの?」
「ああ、伸開線って言って、円筒に巻きつけた糸をほどくときに糸の先端が描く曲線だ。歯が滑らかに接触するんだ」
「うん?わー本当だ、おもしろいねー。なるほど二つの中心がある訳か・・・」

「ウォルフ様、この刃先をもっと尖らしちゃダメなんですか?魔法を掛ければ欠けたりしないでもっと切れ味が良くなりそうです」
「いや、仕上がりが悪くなるからダメ。丸くしてるのは刃先の熱を逃がす意味もあるし」
「ああ、この間言っていた焼き鈍しってやつになっちゃうのか・・むむむ」

疑問に思ったことはどんどん聞いてきて、答えると即座に理解していく。実に教えがいのある生徒だった。

 商会が発足した頃フアンにガリアまで来る様に呼ばれていたのだが、忙しかったので手紙で済ませた。どうせオルレアン公の話で何か建設的な話が出来るとも思えなかったし、商会の方はタニアに任せていたので行く必要はないと判断した。
ガリアに行ったのはまた次の夏の短期留学の時で、パトリシアに再び会えた。大分教師らしくなっており、何とシャルロットの家庭教師になることが内定しているという。

 フアンはウォルフに会うと直ぐにオルレアン公のことで文句を言ってきた。
彼がフアンに対して妙に親しげに振る舞う様になり、頻繁にリュティスに呼ばれる様になったというのだ。
親しくなって良かったじゃないかと言ったのだが、リュティスにレアンドロが住むようになってからも大した用も無く頻繁に呼ばれ結構迷惑しているとのことだ。絶対にウォルフが何かをした物だと決めつけ、オルレアン公との間に一体何があったのかとしつこく聞かれた。
オルレアン公の様子もちょっと変らしい。やたらと貴族のあるべき姿とか、ガリアは今後どのような道を進むべきなのかとかの話が多く、一貴族であるフアンには中々対応に困ることも多いそうだ。
しかしウォルフとしては手紙で説明したこと以上のことは何も無いので、王様になりたいんじゃないかという予想を伝えることしかできなかった。

 この年のバカンスはラグドリアン湖には行かないで、代わりに火竜山脈に観光に行った。ウォルフの目的は地質研究と火の精霊の発見だったが、精霊を見つけることは出来なかった。
地質研究ではそれなりに成果があり、火竜山脈は堆積岩と火成岩が複雑な地層を形成している山地であることが分かった。溶岩流がある様な所は火成岩からなる火山で、そうでない場所は堆積岩の険しい岩山となっていた。
堆積岩の岩山には以前ラ・ロシェールから来る途中で見た地層も露出している場所があり、やはり風石の痕跡の様な結晶が採れた。

 アルビオンに帰るとまたモグラ生活を送り、夏が過ぎ冬を越え春になろうという頃ようやくウォルフの旋盤が完成した。ウォルフは八歳になっていた。



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