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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第一章 16~20
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/03 00:34

1-16    手合わせ




「「お爺様、お婆さま、皆様方お久しぶりにございます」」
「うむ、遠路よく来た。どうだ、二人とも魔法は上達したか?」
「僕はちょっとですが色々工夫するようになりました」
「精神力が多少増えましたので、それに伴い使える魔法が増えました」

 クリフォード、ウォルフの順に答える。ウォルフは多少とは言うが、火だけではなく風もトライアングルスペルを使える様になっていて、さらに分割思考の訓練の成果で魔法を三つまで同時使用をすることが出来るようになっていた。
分割思考に関しては風のメイジが覚えると『遍在』を創り出すことが出来るようになると思われるので、クリフォードにも教えていたがまだ出来るようにはなっていなかった。

「この滞在が有意義な物になるようにワシも優秀な教師を揃えておいた。明日会わせるから存分に学ぶが良い」
「「はい!ありがとうございます」」

一年ぶりのヤカの城であるが、どこも変わってはいない様だった。魔法を習うのは明日からと言うことなのでその日はティティアナと遊んで過ごした。

 そして翌日― クリフォードとウォルフは昨年魔法を使った中庭とは別のもっと広い裏庭へと連れて行かれた。
そこにいたのは五十台と三十台と見られる男性メイジが二人と十代か二十代と思われる女性メイジが一人だった。

「紹介しよう。今回お前達の教師を務める者達だ。左から順にモイセス、土のスクウェアだ」

軽く会釈をするのを見て紹介を続ける。

「そしてサムエル、風のトライアングルだ。最後がパトリシア水のスクウェアだ。皆優秀なメイジだから何か聞きたいことがあったらどんどん質問するが良い」
「はい!あの、サムエル先生は『遍在』を使えますか?」

ウォルフが手を挙げ質問すると、サムエルが口の横に長く伸びたひげをしごきながら答えた。

「おや、『遍在』を知っているのかい、勉強熱心な子供だね。残念ながらあれはスクウェアスペルだからね、トライアングルの僕には使えないんだ」
「そうですか・・・昨年お爺様にいただいた本にスクウェアでなくても『遍在』が使える可能性について記してあった物ですから聞いてみたのですが」
「ふむ、何という本にそんなことが書いてあったのですか?」
「"バルベルデの実用・風魔法"です」
「ああ、あの本は変な理屈を捏ねすぎて、実用という割には理解しにくいという評判の本です。あまり一つの本を鵜呑みにしないことですな」

やはり髭をしごきながら答えるサムエルに、ウォルフはこいつに教わることは何もないんじゃないかと感じた。

「あの、えっとパトリシア先生は独身ですか?」

つづいてクリフォードがもじもじと切り出した。クリフォード十一歳、綺麗なお姉さんが好きらしい。

「ええ、そうよ。クリフォードもいい人がいたら紹介して下さいね」
「いえ、そのあの・・はい」

にっこりと笑いかけられてデレデレになるクリフォード。マチルダのことは良いのか。
そんなクリフォードを横目で見ながらウォルフが話を進める。ウォルフはここ三日魔力の使い切りをしていなかったので魔法を使いたくてうずうずしていた。

「それでお爺様、今日はこれからどんなことをするのですか?」
「うむ、今日は顔見せなので全員に来てもらったが、明日からはワシを含めた四人で一人ずつ一対一で教えることにする。ワシ等は隔日になるな」
「はい、分かりました。じゃあ私は今日は誰と?出来れば苦手な水魔法を教わりたいのですが」
「あ、お前ずるいぞ!俺もパトリシア先生が良い!」

ウォルフは今まで水魔法をカールとニコラスという水メイジ以外からしか教わったことはなかったので、一度本職に教わりたいと思っていた。クリフォードのせいで微妙な雰囲気になってしまったが。

「ウォルフ、お前はちと特殊だからな、今日はお前のことを他の者達にも見せねばならん。まずはワシと手合わせだ」
「分かりました。じゃあ、兄さんは好きなだけパトリシア先生に教わると良いよ」
「お、おう」

 裏庭の中央に進み出たフアンと十五メイル程離れて対峙する。
他の教師は二人から十メイル程離れて立っていたが、クリフォードだけは二十メイル以上離れた場所に移動した。

「あー、三人ともクリフの辺りまで下がってくれ。それとウォルフ!まわりの壁は鋼鉄で作り直してあるし強化もしっかり掛けてある。遠慮はいらん!思い切って掛かってこい!」
「はい!いきます・・・《フレイム・ボール》!」

 痛いし疲れるしで戦闘訓練はあまり好きではなかったが、そうも言ってられないので軽く攻撃してみる。まあ、魔法を思いっきり撃つのはちょっとトリガーハッピーになって気持ちいいのだが。
『フレイム・ボール』は昨年も使ったヤツだが去年よりもより小さくて速く、威力も増している。

「ぬう!《炎壁》!ふんっ!来ると分かっていればいかに速くとも対処は出来るわ!《ファイヤーボール》!」

炎の壁を斜めに張り、ウォルフの攻撃をはねのけると巨大な『ファイヤー・ボール』で即座に反撃してきた。

「《フライ》!」

 さすがはスクウェアと言える攻撃を『フライ』で躱すとそのまま空中にとどまった。
普通のメイジは魔法を同時に使えないので『フライ』で飛んでる間は攻撃が出来ない。フアンもそれを知っているのでウォルフを降ろさぬよう次々に攻撃を仕掛ける。
それは端から見て孫に対する魔法にはとても見えないすさまじい物だった。

「おい、ちょっとあれ大丈夫なのか?」
「いや、確かに最初の攻撃は六歳とは思えない物だったけどアレじゃいずれ・・・・」
「止めた方が良いんじゃないですか?・・・あれ一個でも当たればあんな小さい子大怪我じゃすみませんよ」

 鬼気迫る様子で魔法を連発するフアンとそれを上空で躱し続けるウォルフを見ながらこそこそと教師達が相談するが、その二人の間に割って入る度胸のある者はいなかった。
せっかくの訓練だからと暫く躱すことに専念していたウォルフであったが、そろそろ反撃することにした。ウォルフは飛びながら攻撃が出来るのだし、そして何よりも今は魔力が漲っていた。
一向に降りてこようとしないウォルフを訝しがってフアンが一瞬攻撃を途切れさせた隙に、ウォルフは攻撃スペルを唱えた。

「躱してね?・・《フレイム・バルカン》!」

空中に浮かぶウォルフのまわりに小さな炎の輪が十以上も浮かび、それらが次々にフアンに向かって飛んでいく。
ウォルフオリジナルの『フレイム・ボール』改良型で一秒間に十以上の炎の輪を連射し続けられるという代物であった。

「《炎壁》!ぬおおおおおおお!」

フアンはしゃがみ込んで投影面積を減らし、小さい分強度を上げた『炎壁』を斜めにしてひたすら耐える。
その壁から覗く目は隙を見て反撃をしようとウォルフを狙っており、ウォルフからの攻撃が全部自分から二メイル程の地面に集中して着弾していることも、その地面が赤熱していることも気付かなかった。

「《ウォーター・ドラゴン》!」

炎の攻撃を続けながらウォルフが呪文により竜の形をした水が高速でフアンに襲いかかる。
これも『水の鞭』を改良したオリジナル魔法で十分な体積を持った水を高速で送ることに適していた。
そしてその竜はフアンの『炎壁』に当たると蒸気を発しながら進路を逸らされ、フアンの後方、赤熱した地面の真ん中に激突した。

「ぐあっ!!」

瞬間、地面が爆発しフアンは前方に大きく吹き飛ばされた。水蒸気爆発である。
フアンは杖も吹き飛んでしまったし、気絶しているようだ。

「《ウォーター・ドラゴン》」

同じ魔法を今度はフアンの体を冷やすためにぶつける。かなり火傷をしてしまっているみたいだし、早く冷やすことが必要だ。
そのまま水浸しのフアンの元に降りると『ヒーリング』をかける。

「パトリシア先生!治療をお願いします!」
「は・・はい!」

 呆然としていた三人が慌てて走り寄ってくる。
治療を三人に任せるとウォルフは水の秘薬を取りに部屋へ帰った。昨年精霊に貰ったのが少し研究に使っただけで残っていたので持ってきていた。
その後ろ姿を眺めながら三人はなおも今見たことが信じられない気持ちだった。
たしかに天才児だとは聞いていた。あのオルレアン公を凌ぐ才能だとも。
しかしそんなことはちょっと才能のある孫を持った祖父ならば、誰もが言うようなことなのだ。いちいち本気で聞いていられなかった。
高名な火のスクウェアメイジであるフアン・フランシスコ・デ・ラ・クルスが一蹴されたのだ、もし模擬戦をしたとしても自分たちが戦って勝てるとも思えなかった。

「パトリシア先生!これを使って下さい」
「これは、水の秘薬。よくこんなに・・・大丈夫よ、これを少し使えばこんな怪我はすぐ治るわ」
「お願いします」

 パトリシアは受け取った水の秘薬を少量フアンの口に含ませると再び『ヒーリング』を唱える。
ウォルフにとっては初めて見る水のスクウェアの治療なので興味津々に見ていたが、その目の前でフアンの火傷や打撲、擦過傷などが見る見る消えていった。
暫くするとうめき声を上げフアンが目を覚ました。

「うーむ、何だ?耳鳴りが非道いわい」
「あ、耳もですね?《ヒーリング》」
「お、おお、治まった」

 一頻り首を振っていたフアンが周りを見回す。
最初事態が分からなかったみたいだが、すぐに思い出すと顔を歪めた。

「むう、ワシともあろう者が孫に後れを取るとは・・・ウォルフ!最後の魔法は何じゃ、何故爆発した」
「えーと、あれは火の魔法を連発することで地面を高温に熱してそこに大量の水をぶつけたのです。その水が爆発するように一気に蒸発したのであんな風になりました。それで、大丈夫ですか?お爺様」
「ふん、水のスクウェアメイジがおるんだ多少の怪我なら心配いらんわい。しかし最初から嵌められていたとは・・・水の蒸発だけであんな爆発になるのか・・・」

ブツブツと呟いているフアンにパトリシアが告げる。

「いえ、ウォルフ様が水の秘薬を持ってこられなかったら、こんなに早くは治りませんでした」
「ん?水の秘薬だと?ウォルフどこから持ってきた」
「昨年ラグドリアン湖に行った折りに水の精霊がくれました。今まであまり使うことはなかったけど念のため持ってきて良かったです」
「「くれた?!」」

フアンとパトリシアがハモった。
水の秘薬はとても高価で、水の精霊との交渉役のいるトリステインならまだしも、ここガリアでは中々手に入りにくかった。

「水の精霊は滅多に人前には現れないで、唯一の例外がトリステインの交渉役だけです。人の心など簡単に狂わしてしまう恐ろしい存在と聞いていますが、くれたとはどういう事なのでしょうか」
「そうだ、ワシも水の精霊が一個人と取引をしたなど初耳だ。どういうことだ、詳しく話せ」
「いえ、取引とかじゃなくって、ただくれただけです。ラグドリアン湖の水が普通の水とは違うのに気付いたので、採取して調べてたら湖から出てきて、それならこれやるって湖の一番深いところの水と一緒にくれたんです」
「そんな話聞いたことない・・・」
「ワシもだ」
「でも気の良い精霊でしたよ?よく考えたら人間から精霊に提供出来る物なんてほとんど無いはずなのに、いつもトリステインは水の秘薬をもらっているわけですから、本当は気前の良い精霊なんだと思いますね」
「「・・・・・・」」

「まあ、秘薬のことは良い。とにかくあの爆発は狙ってやったのだな?」
「はい、お爺様の防ぎ方を見て出来るかな、と。弾幕でお爺様を釘付けにして、そちらに注意を向けさせて不意を突きました」
「うむ、見事に食らったわ。それとお主二つ以上の魔法を同時行使出来るな、なぜだ?」
「昨年お爺様にいただいた"バルベルデの実用・風魔法"にそのヒントが書いてありましたので、自分で更に研究して実践しました」
「ぬう、あれにそんなことが書いてあったのか」

 余談だがこの数年後ガリアでバルベルデの名声が飛躍的に上がった。
おかげでウォルフの持っている本やマチルダにおみやげとして買って帰った本はバルベルデオリジナルの初版本だったので、ものすごいお宝アイテムとなった。

 ともかくそんな感じの荒れた初顔合わせだったのだがここで問題が生じた。
土のモイセスと風のサムエルが教師を降りると言い出したのだ。

「なんだと?ワシの孫には教えることが出来んと、そう言うのか?」

しゅわーっとフアンのまわりの温度が上がり、その体から先程あびた水が水蒸気になって立ち上る。

「い、いえ、そういうわけではありません。お孫さんはあまりにも優秀なため非才な我らが教えられるようなことは何もないでしょうと、こう申しているのです」
「その通り!私めも一目でこれは物が違うと思った次第でございますよ」

何か最初の態度とはあまりにも違う態度だが、彼らは本当にウォルフを教えたくなかったのだ。
彼らのような高位のメイジは総じてプライドが高い。六歳児にのされるかも知れない仕事など絶対にやりたくない事であった。
彼らはウォルフの攻撃を受けた地面がぐらぐらと煮立つのを見ていたし、高速で飛行しながら魔法を放つウォルフの攻撃を躱す見込みもなかった。あれでは竜騎士を相手にするような物ではないか。

「貴様等の紹介所にはずいぶんと金を払っておるんだが、それはどうしてくれるんだ?」
「いえ、それはその、紹介所と相談していただくと言うことで・・・」

私たちも、その、リュティスから来てるわけですし・・・などと言葉を濁す二人をフアンは見限った。
こんなカスどもに孫を教えさせるわけにはいかん、ということで新しい教師を捜すことに決めた。

「ふん、まあ金のことは今は良い、紹介所に苦情を入れることにするわ。その代わり帰る前にワシと手合わせをしてもらおうか。土と風のメイジの戦い方も孫達に見せておきたいでな」
「いや、しかしラ・クルス様も今戦ったばかりでお疲れでしょうし・・・」
「かまわん。そんな心配をしてくれるのなら二人同時でも良いぞ、その方が早く終わろう」
「二人一緒、ですか・・」

チラチラと二人で視線を交差させる。尻込みしていたのが挑発されてその気になってきたようだ。

「まあ、確かにその方が早く終わりそうですな。いいでしょう、二人でお相手しましょう」
「おう、優秀なメイジということで雇ったんだからな、少しはそれらしいところを見せてくれ」

すぐにでも始めてしまいそうな雰囲気になったので、ウォルフ達は急いでその場を離れる。

「ではお先に失礼して・・・《エア・カッター》!」
「私も・・・《クリエイト・ゴーレム》!」
「ふん、《ファイヤー・ボール》ウォルフ!風魔法の欠点は何だ?」

『ファイヤー・ボール』で攻撃をはたき落としながらフアンが聞く。体の周りに炎の玉を十ヶ程も浮かべ、それで順次近づく魔法を迎撃している。
サムエルとモイセスは様々な魔法でフアンを攻撃するが、全て『ファイヤー・ボール』で落とされ、鋼鉄製のゴーレムも炎の弾を三つくらい浴びると腕が溶けて落ちた。

「物理的質量の小ささでしょうか。鋭くはあれど軽い攻撃ですので、物理的強度の高い防御を抜くことは困難ですし、『エア・シールド』の強度はそれ程高いとは言えません」
「うむ、その通りだ!《ファイヤー・ボール》!だから風メイジとの戦い方は決まっておる《ファイヤー・ボール》!圧倒的な物量で、押し切るのだ!《ファイヤー・ボール》!」

ぬんっ、と気合いを入れると二十ヶ程浮かべた炎の玉を次々にサムエルに撃ち込む。

「うわあっ《エア・シールド》!ぐうう、うわあああああ」

暫くは堪えていたが、耐えきれずに炎に包まれ吹き飛ばされた。
あわててパトリシアが治療に向かう。

「ふん、次だ・・・クリフ!土魔法の欠点は?」
「ええと、スピードの遅さと、攻撃のバリエーションの少なさ、でしょうか」
「そうだ!そして《ファイヤー・ボール》一番厄介なのはこの『ゴーレム』だが、こんなものには構わず本人を攻撃するのが一番だ《フレイム・ボール》!」
「うわああああああ」

迫ってくるゴーレムに一撃を食らわせ転倒させると、その横を歳に似合わぬ素早さで駆け抜けモイセスに攻撃を仕掛けた。
モイセスは『土の壁』の陰に隠れていたわけだが『フレイム・ボール』の連射を受けて『土の壁』は溶融、直後に火達磨にされてしまった。
結局力押しだよなあ、と思いながらウォルフはモイセスの治療に向かう。本気になったフアンの戦い方は圧倒的な魔力をそのまま叩き付ける様な攻撃で、ウォルフには手加減をしていたのがよく分かった。
結構良い感じに焦げている二人に水の秘薬を使って治療を施そうとしたのだが、フアンに止められてしまった。

「こやつらにそんなモンを使ってやる必要はない!優秀なメイジ、らしいからな自分で治すだろう」
「でも、この辺とか秘薬がないと綺麗にはならないと思うのですが・・・」
「いらんと言うとろうが」

結局フアンが許すことはなかったが、ウォルフは隠れてちょこっと秘薬を使い、一番ひどいところだけは治しておいた。
二人は歩けるまでに回復するとウォルフのことを話すことを禁じられた上で城から放り出された。二人とも言われなくても六歳児から逃げ出したなどと人に言うつもりはなかったし、誰かに話しても信じてもらえるとは思えなかった。

 その夜家族全員が集まっての夕食時、教師二人に逃げられたというのにフアンの機嫌は良く、楽しそうにグラスを空けていた。
このハルケギニアでは魔法の素養が高いと言う事には大きな意味がある。ウォルフの様な孫が出来た事は貴族として何よりも喜ばしい事だった。

「いやしかしウォルフには恐れ入ったわ、まさかこのワシが六歳の孫にのされようとは!はっはっはっ」
「本当なのかい?僕にはとても信じられないよ」

伯父のレアンドロがウォルフとフアンを見比べながらウォルフに尋ねる。

「はい、でもお爺様は攻撃を手加減して下さっていたようですし、そこに私の奇襲が決まった、っていう感じです」
「その奇襲が決まるっていうのが信じられないんだよ・・・」
「わっはっはっレアンドロ、ウォルフをお前の常識で見てはいかん。ワシを吹き飛ばしたのは水魔法だぞ、そんな火メイジ聞いたこと無いわ」

水が爆発するなんて誰が思う、と一頻り楽しそうにしていたフアンであったがふと、真顔になって言った。

「ふむ、しかし困ったな。二人も教師に逃げられてしまっては明日からの授業をどうするべきか・・・ウォルフに火の魔法を教えることはあまり無さそうだからパトリシアに任せて、ワシはずっとクリフと一対一か?」

ええっ!?と青ざめるクリフォードには気付かずに続ける。

「ふむ、それも何だから明日リュティスに新しい教師を探しに行くか。ウォルフ、何か希望はあるか?」
「どんな教師がいいかって事ですか?それなら、うーん、『遍在』を使える人が良いです」
「とすると風のスクウェアか。うーむ、探しては見るが・・・クリフは何かあるか?」

綺麗なお姉さんが良いです。とはまさか言えず、特に無いと答えておいた。

「ウォルフ兄様、お爺様と喧嘩したの?」
「喧嘩じゃないよ、ティティ。手合わせをしてもらったんだ」
「手合わせ?お爺様と手合わせをしたのに泣いてないの?」
「お爺様は優しいからね、手加減してくれたんだ」
「ふーん、ティティも手合わせしたい!」
「結構痛かったりするよ?ティティにはまだ早いかな」
「だからお父様いつも泣いているんだ・・・」

レアンドロはまた泣きそうになったが、何とか堪えることが出来た。




1-17    オルレアン公シャルル



 翌日ガリアの首都リュティスの街に難しい顔をして歩くフアンがいた。

 朝一で風竜を駆り、千リーグもの距離を飛びここリュティスまでやってきていた。レベルの低い家庭教師なら地方でも手配可能だが、高位のメイジを雇うのなら首都が一番なのだ。
まず家庭教師の紹介所に行くとウォルフから逃げ出した教師達、モイセスとサムエルについて苦情を言い、怒鳴りつけ、燃やしかけ、新しい教師の派遣を迫った。
特にモイセスは魔法道具に詳しいと言うこともあって高額の支度金を払っているので、早急に代わりを用意してもらわないと納得出来ない。
しかし、フアンの出す条件が厳しいこともあって返事は芳しくなく、取りあえず探すようにだけ言い付けて自分は王城へ挨拶に向かった。

 浮かない気分の儘ヴェルサルテイル宮殿にて王や宰相に謁見をすませ、風竜の元へ戻ろうとするフアンに声をかける人物がいた。

「やあこれは珍しい、ラ・クルス伯爵ではありませんか」

さわやかな笑顔で話し掛けてくるこの人物こそガリアの王子オルレアン公シャルルであった。
王太子であるジョゼフに比べ圧倒的な魔法の才を有し、明るくさわやかな人柄と高潔で公正な人格で人々の尊敬を集め、ジョゼフをさしおいて次期王に目されている程の人物だ。
フアンはシャルルが子供の頃家庭教師をしていたこともあって、彼が才能だけの人ではなく、大変な努力家であることを知っていた。

「これはオルレアン公、お久しぶりにございます」
「や、堅いですね先生。昔のようにシャルルとお呼び下さい。どうかしたのですか?難しい顔をしておられましたが」
「あー、シャルル様。いや全く私事でして、孫の魔法の事でちょっと困っていただけです」
「お孫さんというと、確かうちのシャルロットと同い年ではありませんでしたか?まだ魔法で困る年齢でもないと思うのですが・・」
「いえ、その孫ではなくてアルビオンに行ったエルビラの息子達が帰ってきておりましてな、そっちのことです」
「ほう、あのエルビラ殿の息子さんですか、それは優秀そうに思えますが、何か問題でも?」
「ふーっ・・・・兄の方は何も問題はないのです。もう少しでラインになれそうなのですが年相応に優秀と言いましょうか、十一歳として普通の魔法を使います」
「では問題があるのは下の子のほうですか。いくつなんです?」
「六歳です。この年ですでに火のトライアングルでして、昨日は私ものされました」
「ええっ?」

シャルルは目を丸くして絶句した。天才児と呼ばれた自分でさえトライアングルになったのは九歳の時である。六歳でそのようになれるかなど想像も出来ないし、何よりラ・クルス伯爵をのしたというのが信じられなかった。
今戦ってみて負けるとは思えないが、子供の頃はスクウェアになった後も結局敵わなかった相手なのだ。

「エルビラの所は貧乏ですから、こちらで優秀な教師を用意してやろうと思いましてな。三人程集めたのですが、私がのされるのを見て二人が怖じ気づいて逃げまして、代わりを探しているところです」
「ど、どの程度の教師を揃えたのですか?」
「土のスクウェアと風のトライアングルです。残ったのは水のスクウェアですが、ウォルフが、ああ、その弟のことですが、『遍在』を使える教師を希望していまして中々見つかりません」
「『遍在』ですか・・・六歳児が・・・」

どうも話を聞く程に正気を疑いたくなってくるが、ラ・クルス伯爵は至ってまじめのようである。
普通に考えれば六歳児が『遍在』を習いたがっていることも異常なら、それを聞いてかなえてやろうと走り回る祖父も異常である。
六歳と言えば娘のシャルロットと一つしか違わない。まだまだ無邪気で可愛い盛りの娘と一つしか違わない様な子供が『遍在』だなどと冗談としか思えなかった。
考え込んでいると視線を感じ、ふと目を上げるとラ・クルス伯爵がのぞき込んでいた。

「な、なにか?」
「そういえば・・・シャルル様はいつ頃自領にお帰りになりますか?」
「来週の予定ですが、それが・・・」
「シャルロット様もそろそろ同い年の友人がいた方がよろしいのではないでしょうか、うちのティティアナはとても優しい子でいい友人になれることと思いますよ。ちょっと遠回りになりますが、お帰りになる途中で数日我が領にお寄りになってはいかがでしょうか、領を挙げて歓迎いたします」
「しかし、そんな急に言われても・・・」
「来週のことです、まだ日にちがあります。何、すぐ近所ですし竜籠なら大して変わりませんよ。是非、奥様とも相談して頂いてお返事下さい。・・・ついでにちょっとで構いませんのでうちのウォルフのことを見ていただけると嬉しいのですが」
「はあ・・・」

ゴリゴリと押してくるフアンに若干引き気味になりながらも、シャルルは悪い話ではないと考えていた。
確かにシャルロットには友達がいた方が良いだろうし、ラ・クルス伯爵の孫娘ならば申し分ない。娘のエルビラも竹を割ったような気持ちの良い性格をしていた。
最近は自領に引っ込んであまり王宮には来なくなったが、依然としてガリア西部で影響力の強いラ・クルス伯爵である。彼の一族と親交を深め、それを対外的にアピールすることはメリットが多かった。
それに自分自身がすでにその天才児に興味を持っていた。自分は兄を超えるために必死に努力をして魔法を磨いた物だが、その彼は一体何を考えているのだろうか。
周りから天才児ともてはやされて天狗になっているのだろうか、それとも自分と同じように、そんな中でもなにか劣等感に押しつぶされそうになっていたりするのか。

「良いでしょう、先生。来週ユルの曜日に家族共々竜籠で向かいます。二三日お世話になりますのでよろしくお願いします」
「おお!それは重畳。全力で歓迎しますので、お気を付けてお越し下さい」

満面の笑みで握手をされる。教師を確保出来たことがよほど嬉しいのだろう。
大国ガリアの王子である自分をただの家庭教師扱いする恩師に苦笑を漏らしてしまうが、追従ばかりの宮殿にいる身としてはいっそ心地よい。

「ふふ、私もウォルフ君に会えるのを楽しみにしていますから、よろしくお伝え下さい」



 その頃ウォルフ達は水魔法を習っていた。今日と明日はフアンが居ないのでパトリシアが一人で二人を教え、今は人体内の水の流れについて講義をしている。サラとともにカールの授業を受けてきたウォルフには既知のことであったがクリフォードにとっては初めてのことなので大人しく一緒に聞いていた。

「・・・このように、血液は人間の体の中を絶え間なく流れているのです。例えば、腕に流れる血液を完全に止めてしまうとあっという間に腕は腐って死んでしまいます。人間が生きている、ということは水が流れているということなのです。分かりましたかぁ?」
「はい!先生」
「あら?ウォルフにはちょっと退屈だったかしら?」

元気に返事をしたクリフォードに対して眠そうにしていたウォルフを見とがめる。

「あー、はい。ここら辺はカール先生に習ったことがあるので・・・」
「あら、じゃあこの後『ヒーリング』を教えようと思っていたんだけど、やったことある?」
「はい、ちょっと前に習いました」
「じゃあやってもらおうかしら。『ヒーリング』は人間の持っている自然の治癒力に働きかける魔法よ。体内の水に働きかけて治癒を促すの」

そういってナイフを取り出すと自分の手のひらを薄く切り、ウォルフに治すように促す。パトリシアは痛覚をコントロールしているので痛がるそぶりはない。
ウォルフはこういった綺麗な傷を治すのは得意だった。火傷や擦過傷などの広範な傷だと皮膚が再生するイメージがまだ掴みにくいので少し手間取るが、この傷のように切り離された組織を繋ぐだけのような場合は簡単に治すことが出来るのだ。

「はーい、治しますよー《ヒーリング》」

パトリシアの手を取り傷を両側から押して傷口を閉じると呪文を唱え、傷を癒す。
血液が体外に流れ出ないように制御しながら血液の流れを良くして再生に必要な物質を送り込み、傷ついた細胞を修復していく。最後に再生した細胞を周りの細胞に馴らして治療完了である。

「あら、綺麗に治すわねー。これなら合格よ、へたくそだったら自分でやり直そうと思っていたけど、これなら必要ないわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ次、クリフね?同じようにやってみて」
「はい!」

また同じように傷を付けてクリフォードの前に手を差し出すが、クリフォードがいくら呪文を唱えても治る気配はなかった。

「治らないわね?なんでこんな簡単なことが出来ないのかしら・・・」
「先生、兄さんは風メイジなんだから、水の扱いを教えなかったら治る道理はないと思うのですが・・・」
「あら?そういえばクリフは水魔法習うの初めてだったわね。ウォルフが簡単に治すから先生勘違いしちゃったわ」

そういうと自分で傷を治し、『凝縮』から教えるのだった。



 翌日の夕食時、一昨日よりも更に機嫌の良いフアンがウォルフに切り出した。

「ウォルフよ、喜べ。オルレアン公がお前を教えるために我が領へ寄って下さることになったぞ」
「ぶっ!・・・オルレアン公ってガリアの王族じゃないですか!」

王族も王族、王位継承権こそ第二位だが、多くの貴族や国民が次王へと期待している人物である。

「本当でございますか父上!本当なら受け入れる準備が色々と必要になりますが」
「もちろん本当だ。来週のユルの曜日に御家族揃って竜籠でお越しになる。レアンドロ、お前を歓迎の責任者に任ずる。必要な物、人員の手配は任せた、しっかりやれよ」
「ら、来週ですか・・・かしこまりました。直ちに準備に入ります」

そう言うとレアンドロは食事途中にもかかわらず出て行ってしまった。

「ふん、せっかちなヤツよ。それにしてもウォルフよお前でも驚くこともあるんだな。ワッハッハッ何を驚くことがある、お前が望んだ『遍在』が使えるメイジだぞ!喜べ!ワッハッハッ」
「いや、私なんかを教えにガリアの王族が来るなんて聞いたら驚きますって。『遍在』が使えるからって何でいきなりそんな大物に」
「まあ、それだけが目的じゃないがな。オルレアン公の息女、シャルロット様というのだがティティアナと同い年でな、友達にどうかと誘ってみたんだ」
「ああ、それなら・・いや・・・うーん」
「ティティの友達?」

急に自分の名前が出たのでティティアナが口を挟む。

「ああ、シャルロット様と言うんだ。同い年だからな、仲良くするんだぞ」
「うん!やさしい子だといいな・・」
「心配いらん、シャルロット様は大変お心の優しい子だと評判だ。あとウォルフ、オルレアン公はお前にも興味を持たれたようだ。しっかりと応対するのだぞ」
「興味って・・なんて伝わっているんですか?」
「ん?六歳にしてスクウェアの爺を倒す、期待の孫だと自慢しといたわ」

ワッハッハッと楽しげに笑うフアンに対し、どんどん大きくなる事態に戸惑ったウォルフは苦笑いを浮かべるしかできなかった。



 それからの一週間は魔法漬けになった。シャルル様に無様なところは見せられん、ということでウォルフはフアンに徹底的に鍛えられた。

 さすがに最初から本気のフアンは付け入る隙を見せず、圧倒的な魔力量で押してくる。
力押しのフアンに対してウォルフが技術で対抗する、という構図でいつも時間切れまで魔法を撃ち合った。
なるべく隠し技は使わないようにしていたので、使ったのは『マグネシウム・ブレッド』というオリジナル魔法だけだったが、何とか対等に渡り合い、フアンの攻撃を凌ぎきった。
この魔法は追い詰められたときに目くらましに使った。土の魔法『ブレッド』の変形で、マグネシウムの粉末と酸化剤を大きめの弾丸の形に固めて打ち出す魔法である。
ほっといても燃え出す代物ではあるが、ご丁寧にもフアンが炎の玉で迎撃してくれたのでその瞬間に激しい閃光を放ちフアンの視界を奪ってくれたのである。
フアンは祖父の意地として一度はウォルフを燃やしたいらしくムキになっていたが、一番追い詰めたときに『マグネシウム・ブレッド』で逃げられてしまい、燃やしそびれて悔しそうにしていた。非道い祖父である。
時折覗きに来るレアンドロや家臣等は、本当に六歳児がフアンと対等に渡り合っているのを見て目を丸くして驚いていた。
魔力量は明らかにフアンの方が多い事は見ていても分かるので、それでも飄々として撃ち合っているウォルフに涙を流して感動する者もいる程であった。
家臣の間でのウォルフの人気は鰻登りで、元々エルビラの息子と言うことで丁寧な扱いではあったのだが、今や貴人に対するような対応である。

 クリフォードはほぼずっとパトリシアにマンツーマンで個人授業をしてもらっていて、とても幸せであった。
いまや『凝縮』から『ヒーリング』、『水の鞭』まで使えるようになり、風から水へとクラスチェンジ出来ちゃうかな、などと考えていた。

「明日は何の授業かなあ・・・また杖の振り方教えてくれるかなあ・・・」

パトリシアの柔らかい体に後ろから抱きかかえられて杖の振り方を教えられたときのことを回想するクリフォード。
オルレアン公が来たらフアンの猛特訓が全て自分に向けられることに、まだ彼は気付いていなかった。




1-18    最強の風



 ユルの曜日ラ・クルス領ヤカの街はお祭り騒ぎになった。

 街道にはガリア王家の旗とラ・クルス家の旗にオルレアン公家の旗が並び、楽団が街を練り歩いて音楽を演奏した。
城の倉を開け小麦とワインを配り、直営農場の牛を丸焼きにして振るまったので、人々は街の広場に繰り出し飲んで唄い踊った。
やがてオルレアン公家の竜籠が見えると祭りは最高潮に達し、人々は小旗を振り祝砲が大空に鳴り響く。
それを城から眺めていたウォルフだったが、彼は感心していた。

「レアンドロ伯父さん結構やるじゃん、これ以上なく歓迎の雰囲気が出ているよ」
「だからウォルフ、なんでお前は俺たちの伯父上にまでそんな上から目線で物が言えるんだ」

ウォルフは独り言のつもりだったが、横からクリフォードの突っこみが入った。

「だってほら、レアンドラ伯父さんってちょっと頼りないムードがあるじゃん。こんなに実務能力が高いなんて初めて知ったよ」
「まあ、確かに良い雰囲気だけどね」
「あのオルレアン公家の旗をこの短期間にあれだけ揃えるだけでも相当大変だろうし、倉を開放する決断力、そしてこれだけの組織をスムースに動かす統率力。どれを取っても大変な物だよ。ラ・クルス伯爵家は当面安泰だね」
「ふーん」

クリフォードにはよく分からないようであったが、周りで聞いていた家臣達はうんうんと頷いていた。
自分が尊敬する人物に主君を褒められることは嬉しいことである。
そうなのだ、自分たちの主君になる人はちょっと情けないだけで、決して無能なわけではないのだ。

 そうこうしているうちにヤカの町の上空をゆっくりと飛んできた竜籠が城に降り、籠が開いて中から青髪の美丈夫が出てきた。オルレアン公シャルルである。
わあっと家臣の間から大きな歓声が上がる中、妻とその娘も続けて出てくる。どちらもやはり青い髪だ。

「やあ先生、誘いを受けて参りました。温かい歓迎に感謝します」
「ヤカの街へようこそ!シャルル様。どうか寛いで楽しい時をお過ごし下さい」

暫くそれぞれ挨拶が続き、漸くウォルフとクリフォードが呼ばれた。

「シャルル様、こちらが話しておりましたエルビラの息子達で兄がクリフォード、そして弟がウォルフです」
「初めまして、シャルル様。クリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガンです」
「初めまして、ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです。よろしくお願いします」
「やあ、初めまして。僕はシャルルだよ。ここにいる間はただのシャルルで過ごそうと思うんだ」

緊張の中何とか初顔合わせをすませたのであった。



「はー、シャルル様すてきだったわねー・・・あんな近くで初めて拝見したわ」
「拝見って、パティ先生シャルル様は物じゃないんだから」
「ふーんパティ先生はああいうのが良いんだ・・・」

 夕食までの短い間をウォルフとクリフ、パトリシアの三人でお茶をしていた。
この後はパーティーで近隣から貴族が集まってきている。今日ここに来るのがほぼラ・クルス派と考えて良い勢力である。
ちなみにフアンはパーティーに参加する貴族に対して、シャルルの負担を減らすためパーティー以外での面会を求めたりしないように言い渡していた。自分は孫の面倒を見させようとして呼んだ割には良い態度である。

「パーティーでアタックして愛人狙っちゃえば?パティ先生結構いけてるし、目はあると思うよ」
「えー、私なんかが、そんな・・・」
「お前、先生に碌でもないこと吹き込んでんじゃねーよ!」

パトリシアは頬に両手を当てて、いやンいやンと体をくねらせているが結構その気がありそうだ。
ほんわーっとピンクの靄が掛かった様子のパトリシアにクリフォードは気が気じゃないようである。

「あー、やっと見つけたー。リフ兄、ウォル兄こんなとこにいたんだ」

そこにティティアナが現れ、声を掛けた。青い色の髪の毛をした小柄な少女を後ろに連れている。

「おうティティ、あれ、シャルロット様かい?もう友達になったの?」
「うん、シャルロットより私の方が三ヶ月お姉さんなんだよ。ほらシャルロット、挨拶」
「う、うん。シャルロット・エレーヌ・オルレアン、五歳でちっ・・・・」
「あ、噛んだ」
「噛んだな」
「・・・・」

涙目でこちらを上目遣いに見る幼女。まさに萌えではあるが、今は泣き出さないようにフォローが必要であろう。

「やあ、シャルロット様。あらためましてだけどオレはウォルフ、六歳だよ。そっちが兄のクリフォード十一歳、よろしくね?」
「・・・うん」

泣き出さずにはすんだようだ。舌は大丈夫?と尋ねるとチロッと出して見せた。赤くはなっているが出血はしていなかった。

「ウォル兄達何の話をしていたの?」
「パティ先生がシャルル様の愛人になれる可能性について検討しておりました」
「ちょちょっとウォルフ、君何言い出してんのよ!そんなこと話してなんかいないからね?」

いきなりシャルルの娘の前で暴露され、全力で否定するパトリシアだったが、シャルロットの目は彼女の頬が赤く染まっているのを見逃さなかった。
パトリシアの前に進み出てキッと睨みつける。

「な、何?・・・」
「愛人、ダメ、絶対」

五歳児に心底軽蔑した目で睨みつけられ、がっくりと両手をついて倒れ込んでしまうパトリシアだった。
さすがにそんなパトリシアを哀れに思ったウォルフがフォローする。

「あの、シャルロット様、パティ先生もそんな、本気で愛人になりたいって言ってたわけじゃないんだよ。女の子が物語の中の王子様と結ばれたいっていうような淡い思いだったわけだから、そんなに怒らないであげてくれるかな」

目を見つめて、わかる?と尋ねるとこくりと頷いてパトリシアの方に向き直り「許す」とだけ言った。
そしてまたウォルフに向き直り、「シャルロット」と言う。

「え?何のこと?」
「シャルロットって呼んで?」
「ああ・・・分かったよ、シャルロット。・・・これでいい?」
「うん、私もウォルフって呼ぶね!」

ニコッと人懐こく笑ってくる。王族と言ってもシャルロットは人懐こい普通の子供だったのですぐに仲良くなれた。
パーティーではウォルフは食べまくった。ガリアに来てからは魔力を使い切ったりはしていないのでそんなに食べなくても大丈夫そうな物だが、もう習慣になってしまっているので食欲の赴くまま料理を平らげた。
そのウォルフの横ではシャルロットが勝るとも劣らぬ勢いで皿を積んでいた。なぜか大食いな彼女は日頃外で食べるときは幾分セーブしているのだが、今日は横にウォルフがいるためついつい張り合うように食べてしまっていた。

「やあ、僕のお姫様。そんなに食べちゃってお腹は大丈夫かい?」
「あ、父様。うん、まだ平気」

 シャルルに話し掛けられ辺りを見回すと、自分の周りに積み重ねられた皿と唖然としてこちらを見つめる大人達が目に入った。
ちょっと食べ過ぎたかな?とも思ったが、横を見るとウォルフの周りにも同じくらいの皿が積み上がっていたので安心した。

「うちのお姫様もよく食べるけど、君も相当食べるね、ウォルフ」
「育ち盛りなのですよ」

ねえ、とシャルロットに同意を求めると彼女も恥ずかしそうに頷いた。

「どんどん食べてはその分大きくなるって言うのかい?その分じゃ君たちは相当大きくなりそうだね」
「よしシャルロット、お父様の許しが出たぞ、二人で身長二メイル体重四百リーブルの巨漢を目指そう!」
「うぇ?わたし、そんなに大きくなっちゃうの?」

思わずシャルロットのフォークが止まる。体重四百リーブルはいやみたいだ。
身長二メイルの自分を想像してみる。想像の中で頭身はそのままなのでなんだか凄いことになってしまう。

「はっはっは、シャルロット、気をつけないと本当にそんなに大きくなっちゃうぞ?」
「ご、ごちそうさま!」

慌ててフォークを置くシャルロットを見て辺りは明るい笑い声に包まれた。
シャルルはちょっと所在なげにしているシャルロットを抱き上げ、ウォルフに向き直る。

「君は中々面白い子だね、ウォルフ。シャルロットと仲良くしてくれて嬉しいよ」
「シャルロットは素直で可愛い子ですね」
「そりゃそうだろう、僕のお姫様だからね」

そこから暫くシャルルの娘自慢が始まるのだが、ウォルフは大人しく聞いておいた。
シャルルによるとシャルロットほど美しく可憐で清純な存在はハルケギニアにはいないらしく、シャルロットの存在を感じるだけで彼の心は癒されるそうだ。シャルロットはちょっと恥ずかしそうにしている。

「ところでウォルフ、君は『遍在』の使える教師を希望してたそうだが、それはどういう理由からだね?君くらいの年ならば焦ってスクウェアスペルを学ぶ必要はないと思うのだが」
「"バルベルデの実用・風魔法"という本があります。そこに『遍在』についての詳しい考察が載っていたので興味を持ったのです。仰る通り私はまだ幼いですので今はまだ興味の向くままに学ぼうと思っていまして、両親や祖父にもその方針を支持していただいています」
「そ、そうか。そうだよな、君くらいの年で色々なことに興味を持つことは良い事だな、うん。」
「はい、私は火のメイジですし、すぐに『遍在』が使えるようになれるとは思いませんが、見てみたかったのです。そのせいでシャルル様にはご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございませんでした」
「いや、君が気にするような事じゃないよ。そうか、うん、明日『遍在』を見せてあげよう。自慢じゃないが僕程の使い手は中々いないからね、楽しみにしておいてくれ」
「はい!ありがとうございます」
「父様、シャルロットも見たい!」
「シャルロットも見たこと無かったかな?いいよいいよ、おいで?」
「うん!」



「さあ、ウォルフ。これから『遍在』を見せる訳なんだけど・・・」

 翌朝いつもの裏庭に集まったウォルフ達だったが、シャルルは苦笑いして周囲を見回した。
周囲にはラ・クルス家の者は元より、その家臣など見物人が数十人も取り囲んでいて、裏庭を見渡せる窓にはメイドが鈴なりとなり、皆固唾を呑んで見守っていた。

「いや、なんか重ね重ねすみません・・・・」
「ああ、だから君は気にしなくていいって。僕も王家の者だからね、見られるのが商売みたいなもんだ」
「みんな王族の方を初めて近くで見たみたいなんで、舞い上がってるんですよ」
「ははは、君はあまり変わらないみたいだね」
「私はアルビオンの者ですから」
「まあ、それだけじゃないと思うけど。じゃあそろそろやろうか。シャルロット!もっと近くにおいで」

ティティアナと一緒にラ・クルス家に混じって見ていたシャルロットを呼び寄せ、ウォルフと並ばせた。
シャルロットは大勢に注目されてしまい恥ずかしそうで、ウォルフの服の端をキュッと握った。

「あの、シャルル様『ディテクトマジック』を掛けてもよろしいでしょうか?『遍在』の生成過程を特に詳しく観察したいのです」
「ああ、好きにしなさい。・・・いいかい?これが最強の風魔法と言われる『遍在』だ・・・《遍在》!」

ウォルフが『ディテクトマジック』を掛けるのを確認し、呪文を唱えるとシャルルが分離するように見え、服装から何から全く同じシャルルが二人並んだ。
観客達からはどよめきが響き、シャルロットは目を丸くして二人になった父親を見つめた。

「父様が二人・・・」
「「吃驚したかい?シャルロット」」

シャルルが二人、シャルロットに近づくと片方が抱き上げ、もう片方が顔をのぞき込みその頬を指で突ついた。
目を見開いたままのシャルロットはしきりに首を振って両方の父親を見比べた。

「どうだいウォルフ、何か分かったかい?」
「はい、シャルロットを抱き上げている方がご本人ですね?これは・・・『遍在』の維持に魔力は必要ないみたいですが、魔力的な繋がりは感じます。二人が全く同じ、と言うわけではないのですね」

ウォルフが『ディテクトマジック』で見た『遍在』は精霊のような魔法生命体に近い物だった。
水の精霊のように、陽子と中性子とで構成される原子核まで普通の物質と同じ構造というわけには行かなかったが、無数の風の魔力素を中心においた分子のような物で構成されており、すでに物質としての質量まで有していることが分かった。
通常魔力素は質量を持たないが、気体から固体へと相変化するように質量が無い状態から質量を有する状態へと変化しているのだ。

「そこまで分かるのか。この状態で何か魔法を使って見せようか?」
「是非!お願いします。出来れば同じ魔法をそれぞれ別々にやってその後同時にやってみて欲しいです」
「ああ、いいよ。えーっと何をやろうかな・・・」
「あ、今的を作りますから、そちらに何か攻撃魔法でもぶつけて下さい」

そう言うとウォルフは呪文を唱え、少し離れた場所に三体のゴーレムを出した。
土で出来たそれはトロル鬼を模していて、五メイルもある体の大きさからその作り、大声を上げながら威嚇してくる様など本物そっくりであった。
その迫力に思わず女子は悲鳴を上げ、メイジである家臣は杖を抜いて構える程であった。

「やあ、あれが的か!なるほどやる気が出てくるな」

トロル鬼のゴーレムはうろうろとそこらを歩き回り、両手で地面を叩き付けてはこちらを威嚇して吼えた。
シャルルは怯えてしがみつくシャルロットの頭を撫でながらゴーレムに向き直り杖を構えた。

「《ウィンディ・アイシクル》!」

空気中の水分がキラキラと凍り付いたかと思うとそれが幾十もの矢となりゴーレムの体を貫いた。
ぼろぼろと崩れ落ちるゴーレムに観衆からはどよめきに似た歓声が起こる」
更に次は『遍在』で、その次は二人同時にと注文通りに魔法を放ち、全てのゴーレムを土塊に戻した。

 今度こそウォルフは感動した。
ウォルフの理論では、系統魔法はまず自分の体内に魔力素とウォルフが呼ぶ魔法の元となる粒子を取り入れ自分の制御下に置き、自分の意志を伝える媒体、魔力(=精神力)と呼ばれる状態でため込む。
そしてその魔力を杖を通して放出し、それを核にして周囲の魔力素に関与する、というものである。
それがこの『遍在』は体や杖だけではなく"ため込んだ魔力"まで周囲の魔力素を使って作ってしまっているのだ。
つまりバケツに水を汲んでその水を使っているのが、その汲んだ水でバケツを作りまたそっちでも周囲の水を汲んで使える、と言うイメージだ。
本体の魔力が『遍在』を出したときにごっそりと減ってしまっていて、『遍在』も減った段階でのコピーみたいなので、周囲に魔力素がある限り無眼に使える、と言うわけではないみたいだが大いなる可能性を感じさせる魔法である。

「感動しました。魔法の威力・スピードとも全くの互角ですね。少なくとも魔法を行使する上では『遍在』は本人と全く同じ存在と言っても良いでしょう」
「全く同じじゃないのかな?少なくとも僕には違いが感じられないんだが」
「思考は全て本人の方で行っていますね。『遍在』にあるのは得た情報を本体に送る機能と反射機能だけです」
「そ、そうなのかな、僕にはそうは感じられないんだが」
「綺麗に分割思考をしていますので間違いないです。本人の制御を全く離れ完全に自立した『遍在』を作れますか?」
「いや、そんなのは『遍在』じゃないな」
「『遍在』で『遍在』を出せますか?」
「試したことはあるけど出来なかった」
「遍在を出せるのは六人までですか?」
「えっ!よく分かるね」
「消費した魔力量から類推しました。ありがとうございます、知りたいことはこれでほぼ全て知ることが出来ました」

そう言うとウォルフは深々と礼をした。本当に感謝していたし、自分なんかのためにこんな見せ物になってくれたシャルルの人の良さに驚いてもいた。
そんなウォルフの様子をじっと見ていたシャルルがやがて口を開いた。

「もういいのかい?さっきのゴーレムもそうだけど君は本当に六歳には思えないね。魔法研究所に捕まった幻獣の気分になったよ」
「あ、いえ、申し訳ありません。つい興奮して不躾な態度になってしまいました」
「ははは、冗談だよ。それでどんなことが分かったんだい?」

そう問われてウォルフは自分の考えを説明した。しかしそれはシャルルの理解を得ることはできなかったようだ。
元々魔力素という考えが無く、全て自分の精神力で現象を起こしていると思っているハルケギニアの人間であるため、仕方ないとも言える。

「うーん、聞いたことのない理論だね。間違っているとも言えないけど・・・ その理論なら君も『遍在』を出せるのかい?」
「いえ、必要な精神力が私には足りないので無理だと思います」
「試してご覧よ、今度は僕が『ディテクトマジック』で見ていてあげよう」

そう言うと腕の中のシャルロットを『遍在』に渡す。
父から父へと手渡されシャルロットはかなり戸惑っていたが何とか大人しくしていた。まだ双方を見比べている。

「分かりました。では、気合いを入れてやってみましょう・・・遍く在る風よ、我に集いて容をなせ!《遍在》!」

ウォルフのすぐ隣に『遍在』が現れ周囲がまた大きくどよめくが、その『遍在』はすぐに消えてしまった。
ああーっという落胆の声に包まれるが、ウォルフ本人はさほどがっかりした様子はなかった。

「やっぱり出来ませんでしたね。精神力を相当持って行かれました。もし出来たとしてもこんなに消費してはメリットが少ないです」
「いや、もうちょっとだったじゃないか!火のトライアングルが『遍在』を出せるとしたら凄いことだよ!もう一回やってみないかい?すぐに出来るようになりそうだ」
「すみません、シャルル様。もう精神力が殆ど無くなってしまったので出来ません」
「そうか、いや残念だ。本当にもう少しだったんだが・・・」

本気で悔しがっている様子のシャルルをいい人なんだろうな、とは思ったが、そんなんで王族としてやっていけるのか少し心配にもなった。
最後にシャルルの『遍在』を消すところを観察させて貰って講義は終了し、広場は拍手に包まれた。


 その日の午後は皆で川に出かけて遊び、翌朝オルレアン一行は自領へ帰っていった。

 帰りの竜籠の中でシャルルは考える。あの少年は何故あんなに朗らかなのか。
あの幼さであれほどの魔法の才を持ちながらどこか突き放したような態度。
伯爵によると魔法のことを"有ると便利"とまで言ったという。
自分は違った。同じように天才と言われながらも兄に勝つために力を欲し、遮二無二魔法の練習を繰り返した。
手に入れた力をどうしようなどと考えたこともなかった。
『遍在』にしても今使う必要がないからと特に急いで習得する気はないみたいである。自分が新しく使えそうな魔法を見つけたときは、それこそ倒れるまでひたすら杖を振ったものなのに。
そう言えば兄もあれはど優秀な頭脳を持ちながらそれに執着する風もなく、淡々としていた。その姿が何故かウォルフと重なる。
持って生まれた才能か努力の成果か、力を得ることは出来た。しかし今、自分はブリミル様の祝福を受けているんだという自信がガラガラと音を立てて崩れていく様な気がした。

 ふーっと息を吐き座席にもたれる。妻はさっきから気遣って話し掛けては来ない。

「父様、どうしたの?具合、悪いの?」
「ああ、シャルロット心配要らないよ。ちょっと考え事をしていただけさ。彼は何であんなに自由なんだろうってね」
「??」

また一人考え込む。

 どうして僕はこんなに自由じゃないんだろう。
いっそ彼を憎んでしまいたいとすら思う。大国ガリアの王子に生まれた僕が、何故こんな思いをしなくてはならないんだ。


 もしこれでこのまま兄さんがガリアの王に選ばれたら、僕の人生は一体何だったと言うんだ。




1-19    水中・・・



 その週はその後特に何もなく、ウォルフはパトリシアに水魔法を習って、クリフォードは地獄の猛特訓をして過ごした。
途中風のトライアングルのメイジが教師としてリュティスからやってきたが、ウォルフに簡単にのされてしまいすぐに帰っていった。
フアンももう諦め気味で、もう一度紹介所に怒鳴り込んだきり放置していた。

「う゛あーっっ疲れたー・・・・いたたたた」
「ほら兄さん、オレの練習台なんだから動かないで」
「そうは言っても、もっと優しく脱がしてくれよ、火傷が服に擦れるんだよ!」
「やさしくしてね、なんて男に言われたって嬉しくねえ!大人しくやられちまえ、《ヒーリング》」
「いたたたた」

手加減はしているようだがフアンの特訓であちこちに火傷を負ったクリフォードをウォルフが治すのが日課になっていた。
火傷を治すには軽度のものなら体内の水を流して表皮の細胞を修復するくらいで良いのだが、重度の物になると真皮まで再生しなくてはならないので大変なのだがクリフォードのおかげで大分なれてきた。もっとひどい皮膚全層や筋肉組織にまで達する火傷を治してみたいとちょっと思っているのはクリフォードには内緒だ。

「はいおしまい、焦げた服とかは自分で片付けときなよ」
「うわー、この全身の疲れも取ってくれー」
「それ魔法で治しちゃうと筋肉が超回復しなくなるからダメ。折角訓練受けたのに意味無くなっちゃうよ」
「なんだよ超回復って」
「負荷を受けた筋肉が受ける前以上に回復しようとする現象のこと」
「じゃあ、魔法で超回復してくれー、お前だけ毎日パティ先生でずるいぞー」

 何時までもぐだぐだしているクリフォードを放っておいて風呂に向かう。
ここの客人用の風呂はサウナ風呂で、地下で熱した石の上に香草を何重にも敷き、その上から水を掛けて蒸気を発生させて浴室に満たす物だった。
浴室と水風呂を何度か往復し、その合間に垢を擦り落とすのだが、何故か半裸のメイドさんがやってくれるのがちょっと恥ずかしかった。
去年家族で入ってた時はそんなことはなかったので子供向けのサービスかも知れないが、もしこれがなかったらクリフォードは今頃逃げ出していただろう。
脱衣所に入ろうとしたところで反対側から来たパトリシアと鉢合わせした。

「あれ?先生も風呂?」
「こっちのお風呂入ったこと無いから試してみようと思って。一緒に入ろ?」
「うん、サウナ式だからね、入り方教えてあげるよ」

 一緒に浴室に入り、汗を流す。メイドが垢擦りに来ても悠然としてさせているパトリシアは、もしかしたらいいとこのお嬢さんなのかも知れない。あらためて見てみると薄い水色の髪にどこまでも白く美しい肌、柔らかな美貌に品のある所作は伯爵家の家庭教師をやる様な家柄には見えなかった。

「あーっ、気持ちいいわねーこれ。嫌なことが全部吹っ飛んで行くみたいだわー・・・明日も来ようかしら」
「パティ先生脳天気そうなのに、嫌なこと有るんだ」
「脳天気とは何よ、失礼ね。大人の女には色々とあるのよ」
「ふーん、何で先生なんてやってんの?」
「あら、私が先生やってちゃいけないって言うの?」
「いけないとは言わないけど、パティ先生やる気無いじゃん。授業も俺が言うまま教えてるだけだし、授業計画とか作ったこと無いだろ?メイジとしては凄く優秀なんだから何で向かない仕事しているのかなって思ってたんだ」
「やる気無いって、そりゃ、無いけど、そんなはっきり言わなくたって。あなたオブラートって知ってる?」
「あはは、認めてるし。親の決めた結婚が嫌で逃げてきたって感じ?」
「うっ・・・あなた本当に顔と違ってかわいげがないわね。そんな可愛くない子はこうしてやる!」

素早く手を伸ばしてウォルフを捕まえると小脇に抱え、頭をぐりぐりとなで回した。

「ほーら、こうすればウォルフも良い子、良い子」
「ちょっ先生っここサウナ・・汗っ・・汗臭っ」

一度体を流したとはいえサウナである。裸で抱きしめられればニュルニュルと汗ですべるし、成熟した女の体臭がガツンとウォルフの後頭部を刺激した。

「うふふふ、こんないい女に抱きしめられて臭いとは失礼ねー。お子ちゃまにはまだ女のフェロモンが理解出来ないのかしら。良い子、良い子」

暫くウォルフは抵抗していたのだがやがてぐったりと動かなくなった。何せサウナの中である。
パトリシアは漸く満足してウォルフを抱きかかえたまま水風呂に移動した。

「ぷはー、生き返る」
「女はね、多少秘密があった方が魅力的なのよ。・・・私はね、どんなに金持ちだろうと五十過ぎのおっさんの後添えになる気なんて無いの」
「別に逃げたのが悪いなんて言ってないだろ。授業内容が悪いって言っただけで」
「まだちょっと可愛くないのかしら?・・・クリフだって水魔法使えるようになったじゃない、授業だって悪くないわよ」

手をわきわきとさせながら近づいてくるパトリシアから距離を取って逃げた。

「・・・授業中に出来るようになったこと無かっただろ。どんだけオレが補習させられたと思ってんだ」
「え?ちょっとそれ本当?」

頷くウォルフを見て本気でショックを受けている。実は自分ではうまいと思っていたらしい。
もう上がろうとしたウォルフの足を掴んで水風呂に引き戻す。

「うわっぷ!・・・何すんだよ、危ないなあもう」

丁度片足を掛けて上がろうとした時に反対の足を引っ張られたウォルフは見事に水中に落っこちてしまい、立ち上がると抗議した。

「ね、ね、どの辺が良くないって思うの?私としては結構分かってもらっていると思ってたんだけど」
「基本的に全部。魔法にだって原因があって過程があって結果があるのに、パティ先生は結果しか掲示しない。オレはもう自分の理論を持っているからそこから推測していくことも出来るけど、普通の子供には無理だろう。ただ魔法を見せるだけなら大道芸と一緒だよ」
「全部ってそんな、原因って何よ魔法ってのはイメージが大事なのよ!」
「イメージ出来たことが全て魔法で実現する訳じゃないだろう。イメージと世界とを合わせることが必要なんだ。あなたやお爺様はそれが最初から感覚で出来たんだろうけど、そんなに世界に愛されている人ばかりじゃないよ。どういうイメージを持っていて何故出来ないのかを把握するのが教師の仕事なんだ」

 こうして考えてみるとカールは相当優秀な教師だと思う。いつも『ディテクトマジック』を掛けて魔力の流れを把握し、どんなイメージで魔法を使うのかを把握しようとしていた。
パトリシアは全くそんなことをしようとはしなかったし、この間来た風のメイジなんかは酷かった。
「グッと構えて、ガッと睨んで、バッと呪文を唱えるのです。さすればその威力あたかもスクウェアの如し、これグガバの法則なり」とか言ってくるもんだからつい手加減を忘れて叩きのめしてしまった。

「な、何よ、どうせあなたも最初から出来たんでしょ!」

パトリシアはウォルフの指摘を受け入れることが出来ないで何かもう涙目になっちゃっているが、ウォルフはここまで来たら全部言っちゃおうと決めた。

「オレは最初は苦労したけどね。『ロック』なんて覚えるのに二週間も掛かったし。でもそれは今関係ないだろ、先生が自分が出来たことを他のみんなも出来て当然と思っていることが問題なんだ」
「そ、そんなこと思ってなんか・・・・」
「ふぅ・・・考えたことさえなかったって感じかな?それに、平気で兄さんに何が解らないのかしら?とか聞くだろ?あれは最悪だよ。それを把握して分かるように教えるのがあなたの仕事だってのに、相手に聞いてどうすんだよ。何が解らないのか自分で分かってたらすぐに出来るよ」

教師要らないだろう、と続けるウォルフを前についに涙が零れる。
全裸で水の中で叱られながら、必死に涙をぬぐうパトリシアを見ているとさすがにウォルフも気の毒に思ってくる。何でこの二十一歳の美女はこんなところで六歳児に説教食らっているのか。

「とにかく、腰掛けのつもりだろうと無かろうとここが終わってもまだ教師を続けるつもりなら、『ディテクトマジック』を掛けて、魔力の流れを把握して、生徒がどんなイメージで魔法を使うのかは把握するべきだ」
「『ディテクトマジック』っかければっ、分かるように、なるっの?」

水中全裸説教という単語が頭に浮かんでしまいこっちも泣きたくなる。

「少なくとも、どの時点で魔法が成功しなかったのか分かるようにはなるでしょう。見てるだけじゃ分からないはずです」
「うん、今度から、やる」
「さあ、もう上がりましょう。いくら夏とはいえ風邪ひいちゃいますよ」

パトリシアの頭を撫でてあげて一緒に風呂から上がった。

 体を拭いて脱衣所で着替えていると背後から呼びかけられた。
振り向くとパトリシアはまだ着替えておらず、腰に両手をあて、足を踏ん張り仁王立ちしてウォルフを見下ろしていた。勝ち気そうな鼻がツンと上を向いている。

「ウォルフ、私決めたわ!立派な教師になるの。あなたを見返してやるんだから!」
「そ、そう。でもこの身長差でそんな立ち方すると色々と見えちゃってますよ?」
「・・・・・キャッ!」

急に恥ずかしくなって後ろを向いたパトリシアにウォルフも背を向け「まあ、期待してます」と、声を掛けた。

 脱衣所から出ると壁にもたれて歩くクリフォードがいた。
脱衣所から揃って出てきた二人に目を丸くしている。
パトリシアは恥ずかしそうに顔を逸らすとあっという間に走り去ってしまった。

「何なんだよ!お前パティ先生に何したんだよ!」

水中全裸説教、とは言えなかった。



 
 その夜クリフォードは厳しく追及した。

「だから、授業の仕方についてちょっと意見してパティ先生がそれでやる気を出しただけだよ」
「それで何であんなに恥ずかしそうにしてたんだよ、意味わかんねーじゃねーか」
「ああ、あれはオレの眼前でマッパで仁王立ちになって、色々見えちゃったから恥ずかしがってただけだよ」
「ちょっ・・・お前何うらやま・・ゲフンゲフン・・・」

慌てて漏れた本音をごまかすクリフォードだったがウォルフの目は冷たかった。

「兄さん」
「何だ、弟よ」
「兄さんって今十一歳だよね」
「何を今更」
「ちょっと早くない?」
「何が?」
「女の人に興味を持つのが」
「な、な、な、お前、なーにを言っちゃってんだぁー」

何か妙な訛りで叫ぶクリフォードだった。
「俺は先生を心配して」とか「そもそもお前が上から目線で」とか言い募るのを無視して告げる。

「直接パティ先生に聞けばいいじゃん。明日も風呂に来るようなこと言ってたし」
「え・・・・・」

 とたんにそわそわと落ち着きの無くなるクリフォード。色々と丸わかりな男である。
現在、性欲からは全く切り離された存在であるウォルフは、男ってこんなに頭の悪そうな生き物だったかな、と呆れていた。



 翌日、朝食を取り終わったウォルフの元にパトリシアが訪ねてきて紙の束を手渡した。ガリアでは紙が生産されている。

「ねえ、ウォルフ。クリフの授業計画ってのを作ってみたんだけど、見てくれない?」
「うん、いいよ。本当にやる気になったんだ」

いきなり一晩でえらい変わり様のパトリシアに多少面食らいながら受け取る。
見ると結構緻密に計画が立てられていて、彼女が時間を掛けて計画を立てたことが分かった。

「ふーん、結構考えてるね。これはこっちの後に教えた方が良いと思うね」
「ふんふん・・・」

パトリシアの前で軽く添削してみると、聞く気があるみたいなので続ける。

「ここの練習時間は反復が大事だからもっと時間を取るべきだよ、兄さんの場合だとこの倍くらいだな」
「そうなんだ。当然『ディテクトマジック』はずっと掛けているのよねぇ」
「もちろん。それを元にアドバイスをしてあげるんだから。後ここの杖の振り方練習は要らないな」
「うんうん、えっ?なんで要らないのよ。振り方は大事よ?」

クリフォードが一番楽しみにしている時間は無慈悲にもばさっさりと削られてしまった。
何故か杖の振り方に拘りを持って指導する教師は多く、その流儀も人それぞれでいろんな拘りがあるのだが、ウォルフが観察した結果振り方で魔法に差は出なかった。
カールに確認すると、魔法が伝えられて以来ずっと研究されているテーマではあるのだが、未だ結論は出ていないし、カールから見ても振り方で差はないそうである。

「振り方で魔法に差なんて出ないよ。・・・六千年もいろんな人がいろんな振り方を、入れ替わり立ち替わり主張しているんだからそろそろ気づきなよ。今、流行っている振り方なんて二千年前にも流行っていたやつだよ?」
「ええ?本当に違うような気がするのよ?私の先生も大事だって言っていたし」
「だから、気のせいだって。どうしても差があるって言うのならそれを示すデータを出してくれ」
「データって何よ、そんなの無いわよ・・・」

パトリシアはショックを受けているようだが、ここハルケギニアでは科学の考え方がないためにこのようなことが本当に多い。
科学とは先入観と偏見を廃して観察し、推論を立て実験により論証するものだが、そもそもこの世界は先入観と偏見に満ちていた。
先入観と偏見、そして推論だけがそれぞれ独り歩きしているようなこの世界で、正しい知識というものは中々蓄積しなかった。

 パトリシアの先入観を取り除き、教えるときに注意する点を指摘し、心構えからクリフォードの魔法の傾向まで覚えさせる。
本来ウォルフのための時間なのだが、完全にパトリシアのための授業になってしまっていた。

「はあ、人に教えるって随分大変なのね、自分で魔法使う方が楽だわ」
「当たり前だよ。教育ってのは技術だから積み重ねる事が大事なんだ。目の前で魔法使ってはいおしまい、なんて教育とは言えないよ」
「むー、分かってるわよ、だから今勉強してるんじゃない」
「かなり泥縄だけどね。そんなに勉強する気があるなら、これあげる」

そう言ってどさどさと羊皮紙の束をパトリシアの膝の上に置く。

「これまで兄さんに教えた水魔法の補習と、その習得状況についてのレポート。それを読んで現状での問題点と今後の方針を明日までに纏めておいて」
「これ、こんなに・・・」

パラパラとそれを見てみると、これまで自分が教えたつもりでいた魔法がどのような過程を経て使えるようになったのか詳しく記されている。
また、風の魔法を使用したときとの魔力との比較など、かなり詳しい考察がしてあった。クリフォードの水の魔力は風の半分程度の出力しかないらしい。
その内容の濃さに、昨夜一所懸命に考えた授業計画が随分貧弱な物に思えてしまう。
羊皮紙を掴んだ手を握りしめ下唇をキュッと噛む。

「やるわよ、やってやるわよ、明日までね?」
「うん、がんばってね?オレは今日は自分の研究で森に行くから」

そう言うとウォルフはパトリシアを残し、最近時間が出来ると行っている森へ地質調査に出かけた。

 ヤカに来る途中で変わった地層を発見して以来ハルケギニアの地質に興味を持っていたので、時間が出来ると森に来て露頭を探し、地質を調査しているのだ。
森に限らず領内の至る所を調べた結果分かったことは今のところ以下の四つ。

・ここら辺の地質は古い
・火成岩ではなく堆積岩で地質的に安定している
・しかし割と最近大きな地殻変動があった
・新しい地層に火山灰の堆積が見られるのでどこかに火山があると思われる

 割と最近と言っても数万から数十万年前だが、恐らくこれが大隆起と言われるアルビオン大陸を浮き上がらせたという地殻変動なのだろうと推測する。
恐らくはホットスポットであろう火竜山脈が近くにあるのに、今のところ火山灰以外ではその影響は見あたらない。
いつかは火竜山脈に行って調べてみたいとは思うが、日帰りは無理なのでちょっと難しい。
残念なのは昨年発見した風石の痕跡がある地層がおそらくここらではかなり地下深くになってしまっていて、調べる術がないことだ。
『練金』で穴を掘って直接調べることも考えたが、此処にいる間、しかも授業の合間だけではとても出来そうになかった。

「うーん、もう出来ることはあまりないなあ・・・・」

今日調べたことを纏めながら一人呟く。
結局今日も新しい発見はなく、今までの調査結果を補完する事しか出来無かったので肩を落として城に帰った。



 ウォルフが森に出かけた後、パトリシアは城の中庭に面したベランダにあるテーブルでウォルフに出された宿題に取り組んでいた。自分にあてがわれた部屋の机は化粧道具などで散らかっていたので、広いテーブルのある此処でしているのだ。
テーブルの上にはウォルフのレポートが広がり、今はメイドに用意してもらったお茶を飲みながらクリフォードの魔法の問題点について纏めているところだ。

「おや、パトリシア先生こんなところで調べ物ですか?」

たまたま通りかかったレアンドロが声を掛ける。

「いえ、今後の授業の方針をちょっと纏めておりましただけですのよ、ホホホホ」
「へえー、ちょっとこれ良いですか?」

そう断りテーブルの上の資料を手に取り、その資料の詳しさに驚いた。
たしかパトリシア先生は来てからまだ十日程しか経っていないはず、それなのにもうこんなに生徒の特性を見極めているのか、と。

「パトリシア先生、凄いですね、こんなに生徒の事を考えて授業に臨む教師に初めてお会いしました。失礼ながら初めは適当そうな女性だな、などと思っていまして自分の不明を恥じ入るばかりです」
「・・・ホ・ホホホ」
「うーん、確かにこのレポートのように一人一人の特性に応じて授業を進めていけば、魔法を覚えるのも早そうだ!」
「・・・・・」
「これは是非うちのティティアナに魔法を教えるのも先生にお願いしたいものですな」
「あ、あの・・・」
「ん?」

何故か気まずそうな様子のパトリシアに気付き、怪訝に思う。ちょっと興奮気味ではあったが、特におかしな事は言っていないはずだ。

「実は・・・そのレポートは、私が書いた物じゃなくて、ウォルフがクリフを指導した時につけていた記録なんです」
「はあ?ウォルフ?」
「はい、私はウォルフに言われてそれを参考にした授業計画を今作っているだけなんです」
「・・・・・」

言われて絶句するが、まあウォルフならそう言うこともあるだろうかと思い直す。そう言えば適当な女性とか言ってしまった。

「あーまあ彼は特殊ですからな、先生も苦労していそうだ。お察しいたします」
「いえいえ、彼には色々ずばずば言ってもらって・・・」
「それは怖そうだ・・・・ははは」
「ええ、本当に・・・・」

レアンドロは気まずそうに去っていったがパトリシアは気にしない事にして続きに取りかかった。気にしたら負けだ。
いざ自分で指導することを考えると魔法の理論について自分でもあやふやに理解していたところがかなりあり、それをいちいち本で調べるため中々進まない。
時には本を読み込んでしまい気付くと時間が経っていたことも多かった。
それは夜になって自室に帰ってからも続き、風呂に入るのも忘れる程だった。

「見てなさいよウォルフ、今度は文句をつけさせないわ!」



 その夜、サウナ風呂に長時間入りすぎて気を失ったクリフォードがメイドによって発見された。








1-20    商い事始め



 翌朝、ウォルフはいつものベランダで椅子に腰掛けてパトリシアのレポートを読んでいた。
傍らにはパトリシアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「どうかしら?出来は」

読み終えたウォルフにパトリシアが尋ねる。ツンと上を向いた鼻が、少し、緊張していた。
レポートをテーブルの上に置き、パトリシアにニコッと微笑んで答える。

「素晴らしい、よく勉強したね。パティ先生が書いたとは思えないくらいだよ」
「な、何よ、本当に私が書いたのよ?昨夜結構かかったんだから!」
「うん、分かってるよ。ほら、こことかここなんて先生あんまり良く理解していない風だっただろ?そう言うところまでちゃんと勉強し直しているみたいだから」
「・・・本当に人のことよく見てるのね」

パトリシアは恥ずかしそうに頬を赤らめ口を尖らせてはいるが、ウォルフに認められて嬉しそうである。

「今日は兄さん倒れて寝ているから、明日からこの通り授業すると良いよ」
「あら、クリフどうしたの?フアン様の授業がそんなに酷かったの?」

倒れていると聞いて眉をひそめる。もしウォルフにやっているような授業をクリフォードにもやっているとしたら大事になっているかも知れない。

「いや、そんな事じゃないよ、昨日先生風呂に来なかっただろ。兄さん一緒に入るのを期待してずっと風呂で待ってたみたいで、のぼせただけだから」
「何それ、そんなこと聞くと私入りにくいじゃない。ませた子ね」
「あはは、兄さんももうそんな年頃なんだねぇ」
「・・・ウォルフも、ませてはいるけど、そういうのはないの?」
「オレはまだ母さんやメイドのアンネといつも一緒に入っているしなあ。兄さん、母さんと入るのは恥ずかしがるんだ」
「まあ、あなたまだ六歳だしねぇ、そうか、クリフはお年頃か・・・」

ちなみにクリフォードは倒れたせいで祖母に当面サウナ禁止を言い渡されてしまい、落ち込んでいた。今日だって寝て起きたら元気になったのに祖母に一日寝ている様に言われている。
ウォルフも一緒にサウナ禁止にされてしまったのだが、どちらかというと本館の大浴場の方が好きだったので気にしていなかった。

「まあ、兄さんサウナ禁止にされちゃったから気にしないで一人で入ってよ。さあ、授業しよう!今日は『フェイス・チェンジ』見せてほしいな」
「はいはい、私は所詮大道芸人ですからね、存分にお楽しみ下さい」
「はは、拗ねないでよ、先生。立派な教師になるんだろ?」
「ふん、どうせあんたの指導方法なんて全く分からないわよ」

立派な教師への道を歩き始めた?パトリシアとその指導教官(六歳)は揃って裏庭へと歩いた。



 その週はその後、特に何もなく過ごした。クリフォードはパトリシアの授業に戻って幸せに過ごしたし、ウォルフもフアンやパトリシアの授業を受けたり、パトリシアの相談に乗ったり地質調査に出かけたりして充実した日々を過ごした。
特にフアン相手の模擬戦はだんだんと慣れ押し返すことも多くなった分余裕が出て、守備の意識を高めた訓練を積むことが出来て有意義だった。
どんなに高い魔力の『ファイヤーボール』の攻撃でも、その中核にある術者の意志を受けた魔力を破壊すれば防げるので、なるべく出力を絞った鋭い魔法でピンポイントに迎撃する事を心がけて練習した。
そんな魔法漬けの日々を過ごす中、ガリアの首都リュティスに向かう途中のマチルダが訪ねてくる日になった。

「今日、マチ姉着くってね。・・・兄さん緊張してるの?」
「なな何で俺が緊張するんだよ。楽しみなだけだよ」
「そう?なんか浮気がばれそうなダメ亭主みたいになってるよ?」
「・・・お前絶対にマチルダ様に余計なこと言うんじゃないぞ」


 サウスゴータ夫人とその娘マチルダ、それに随員およそ二十名はその日の午後になって到着した。
簡単な歓迎をした後、子供達だけいつものベランダで集まった。

「ほらティティ、この人が話していたマチ姉だよ。とても優しいからいっぱいお話ししてもらうと良いよ」
「はい、ティティアナ、エレオノーラ、デ・ラ・クルスです!よろしくお願いします」
「ああ、もうちゃんと名前が言えるんだねえ。ティティって呼んでいいかい?マチルダ・オブ・サウスゴータだよ。ウォルフみたいにマチ姉って読んでくれると嬉しいな」
「はい!マチ姉」

 ティティアナとの顔合わせもすまし、四人で話をして過ごす。
クリフォードは始め挙動不審だったがマチルダが笑いかけただけで調子を取り戻してべらべらとしゃべり出した。
そんなに喋るクリフォードを始めて見たティティアナは目を丸くして驚いていたが、やがて話題はマチルダの旅行の事になった。
マチルダの話ではマチルダは来るときにラグドリアン湖を経由してきていて、帰りはリュティスから直接アルビオンまでフネで帰るそうである。

「かー、セレブめ、一体いくらかかるんだー」
「うーん、良くわかんないけど、お母様がリュティスで服を買う気満々なんで、帰りの馬車をそんなに増やすくらいならってつもりみたい」
「馬車を増やす程服を買うって発想がオレにはねーよ。まあ折角フネをチャーターするんなら、リュティスでしか売ってないような物をたくさん仕入れてサウスゴータで商人に卸すといいよ。うまく価格差のある物を仕入れられればチャーター代が出るかもよ?」
「ふーん、面白そうだねえ、でもそんなに都合良い物があるのかねえ」
「余っているところで安く仕入れて、不足しているところで高く売る。商売の基本だね。まあまずは相場を知るところから始めてみなよ、結構アルビオンとは違くて面白いよ」
「どんなもんかね、明日街で見てみるから案内しておくれよ」
「まかせといて、もうこの街オレの庭だから」


 翌日ウォルフ達は三人で街へ繰り出した。ティティアナはお留守番である。

「うん、たしかにサウスゴータとは物の値段が違うみたいだね」
「この飴なんて半額くらいじゃないか、これいっぱい買って帰ったらいいんじゃね?」
「兄さん、こういう単価が安い割にかさばる物はいくら買って帰っても利益は少ないよ。フネのスペースは限られているんだから」
「じゃあこっちの白菜は?激安だぜ」
「生もの禁止、ってかさばるし安いじゃないか!しかも重いし」
「あはは、クリフ馬鹿だね。ちゃんと買って帰ることを考えなよ」

そんな風に街を見て歩いているとマチルダが宝石店を発見した。

「あ、宝石店だってさ、ウォルフ。宝石ならかさばらないし高いし丁度良いねえ」
「いやいや、そんな値段があって無いような物に素人が手を出しちゃいけません」

そこは去年ウォルフがダイアを売った店だったのでなるべく入りたくなかった。
しかし、マチルダにはそんな気持ちは通じず、ぐいぐいと腕を引っ張っていく。

「まあ、あたしも土メイジだしさ、勉強になるからちょっと覗いてみようよ」
「女の子と宝石店なんかに入るとろくな事にならないって中の人が言ってました」
「良いからさっさと入る!」

ウォルフは精一杯抵抗したのだが結局マチルダに引きずり込まれてしまった。
店内に入ってきたこちらを振り返った店員がウォルフに気付いたようなので片目を閉じ口に人差し指を当て黙っているようにサインを送る。
店員も心得たもので普通の客として対応した。

「いらっしゃいませ、小さな貴族様方。本日はどのような物をご入り用で?」
「いや、あたし達、アルビオンから来たんだけど、今日はただの冷やかしで・・・」
「ほう、アルビオンですか、それは遠いところからよくぞいらしてくださいました。当店は冷やかし大歓迎でございます。ごゆっくりとご覧下さい」

ちらりとウォルフに目をやるが、ウォルフは素知らぬ顔をしてそっぽを向いた。
丁寧な応対をされ、マチルダは上機嫌で宝石を眺めた。あれが綺麗とか、あれならこっちの方が良いとか、店員に色々説明されながら棚を見て回る。
儲かっているのか、昨年よりも展示している棚が増えていた。

「わあ、これ小さいけど凄く綺麗・・・」

マチルダの目を引いたのはオレンジ色の小さいオパールを付けたネックレスだった。

「ねえクリフ、ちょっとこれ買ってくれない?」
「マチルダ様、俺にそんな金があるわけ無いでしょ」

なんだい甲斐性がないねえ、とぼやくがその顔は笑っていた。

「お客様お目が高い。こちらは東方産のオパールでして、ちょっとサイズが小さいために価格は低めですが、これほど綺麗な遊色を発しているのは滅多に見られない珍しい物です」
「うん、あたしもこんなの初めて見たよ。これが見られただけでも今日ここに来た甲斐があるってもんさ」
「どうでしょう、お客様。実はお客様は当店開店以来、丁度三十万人目のお客様でして、よろしかったら記念にこちらをプレゼントさせていただきますが」
「えーっ!プレゼントって、これくれるって言うのかい?!」
「はい、十万人、二十万人目のお客様にもプレゼントさせて頂いたのですが、当店がこちらで商売させて頂いてる感謝の気持ちをお客様に還元するというところです」
「で、でも、あたしアルビオンの貴族なのに」
「白の国アルビオン、確かに遠い国です。でも関係有りません。お客様がアルビオンにお帰りになって、当店のことを周りの方に自慢して頂く事がお代代わりなのです」

そういうとガラスケースの中からネックレスを取り出すと呪文を唱えて『所有の印』を消し、マチルダの前に置いた。マチルダの目は釘付けだ。
後ろに控えていた女性店員がカウンターから出てきてマチルダの後ろに回り、ネックレスをマチルダの首に掛ける。
そしてカウンターの下から鏡を取り出してマチルダを映した。

「ああ、良くお似合いになっていますよ。お客様の綺麗な緑色の髪とオレンジのオパールがお互いを引き立て合って良く映えます」

なんかもうマチルダは夢見心地であるが、喜ぶマチルダの後ろでウォルフは壁に手を突き頭を抱えた。搦め手から責められているようだ。
これで無視したらウォルフの素性を探し出されてしまいそうなので、一応何かあった時のために持ってきていたダイヤやルビーをまたここに売りに来ることにして頻りに送ってくるアイコンタクトに応えておいた。
まあ、マチルダもとても喜んでいるので感謝しておくことにする。


 首に掛けて帰るのは怖いとマチルダが言うので入れ物に収め、それを抱えて帰路につく。
マチルダは元よりクリフォードまで上機嫌だ。

「いやあ、ガリアっていい国だねぇ!客にこんなのプレゼントしてくれて良く商売やっていけるもんだよ」
「マチルダ様は幸運の持ち主なんだなあ、売ったらいくらになるんだろ」
「ふん、絶対に売らないよ。あたしの宝物にするんだ」

暫くはネックレスの話題で盛り上がったがやがてまた商売の話に戻った。

「宝石や美術品なんかは値段が分からないから手を出すべきではないんだ。やっぱり魔法道具か香辛料か・・・」
「あ、あたしも香辛料の安さには驚いた!アルビオンじゃたっかいのにこっちじゃ半額以下でしょう。元の値段もそこそこだしあれ買って帰ったらいいかもしれないけど・・・」
「どうしたの?」
「あたしの小遣いじゃそんなに買っては帰れないかなって思ってさ」
「うーん、それについては・・・ちょっと二人で先に城に帰ってて」

そういうとウォルフは来た道を引き返しどこかへと消えていく。
二人は訳が分からないながらも城に帰り、親たちにネックレスを自慢した。
みんな騙されたのではと心配したが、何も書いてないし名前も聞かれなかったと知り、そんなプレゼントなど初めて聞いたと驚いた。
やがて戻ってきたウォルフも交え夕食を取った後、マチルダはウォルフに呼び出された。

「用ってなんだい?ウォルフ」
「さっきの話の続き。仕入れの資金について」
「ああ、あれ。でもどうしようもないだろう。あたしの小遣いが余ったら何かちょっと買って帰ってみるよ」
「どうにかしてみました。ここに五千エキュー有ります。これをマチ姉に投資しようと思うんですがいかがでしょうか」

そう言い、机の上にかかっていた布を取るとそこには黄金に輝く金貨が山となっていた。
あれから街に帰ったウォルフは、アンネの兄のホセにつきあって貰いギルドに行ってまた手形を換金してきていた。
そこで得た八千エキューのうち五千エキューをマチルダの商売の練習に使ってみる気になっていた。
マチルダは頭が良いし、物の本質を見抜くのがうまいので商売をやったら成功するんじゃないかと前から考えていたのだ。

「ちょっとあんたこれどうしたんだい」
「まあ、オレも去年からちょっと秘密の稼ぎがあってね。犯罪をした訳じゃないから安心して良いよ」
「秘密の稼ぎって・・・こんなに一杯。これ使ってあんたの代理で仕入れをしろっていうのかい?」
「違うよ、投資って言ったろ?これを預けるからマチ姉はこれで自由に商売をしてみろって事さ。儲けが出たら儲けはオレと折半、全部擦っちゃったら別に返さなくても良いって種類の金だよ」
「返さなくてもいいって、これ全部?」
「そう、無くなっちゃった場合はね。オレはマチ姉ならお金を増やせると信頼して預ける、マチ姉は信頼に応えて増やして返す、そういう取引。OK?」
「あ、あたしがこれ持ち逃げしちゃったらどうすんだい?あんたも困るだろう?」
「サウスゴータの一人娘がこんな端金でそんな事する訳が無いじゃないか。マチ姉にそんな事されるのならそれはオレが悪いって事なんだよ。それにこれは練習用だからあんまり堅くならないで良いよ」
「練習用って五千エキューがかい・・・・」
「そう練習。その代わりどんぶり勘定はダメだからね。マチ姉は投資家であるオレに説明責任があるんだから全部帳簿をつけること。何をいくらで仕入れたのか、必要な資材は何でそれを揃えるのにいくら払ったか、仕入れで使った交通費なんかも全部項目ごとに全て記すように。全部擦っても良いけど、その内容は一エキュー、一ドニエに至るまでオレに説明出来るようにしておくこと」

そう言って金貨をトランクに詰めマチルダに差し出した。
マチルダは暫く迷っていたがやがて手を挙げトランクを受け取る。それはずしっと重かった。

「あんたはあたしがこのお金を増やせるって信じているんだね?」
「うん、ガリアと結構価格差があるし、一番ネックの輸送費もサウスゴータのフネに便乗出来るなら大分安くなるだろうから、失敗する確率は低いと思う」
「面白そうじゃないか、やってやるよ。ウォルフをせいぜい驚かしてやるよ」

そう言うマチルダの目は十三歳とは思えないギラギラとした輝きを放っていた。


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