「ブオナパルテ公のお成ーりー」
部屋の両脇に勢揃いした近衛達の間をガリア王子ブオナパルテ公ジョゼフが歩く。ここはガリアの首都リュティスの郊外にあるヴェルサルテイル宮殿、広大なその宮殿の中でも一際目立つ巨大な城、薔薇色の大理石と青いレンガで作られたグラン・トロワと呼ばれる王の居城だ。
その王城の奥、王の他には侍従しかいない王の寝室でジョゼフは王と対面した。
「来たか、ジョゼフよ」
「はっ、大事な用と伺い、馳せ参じました」
「……それを、読んでくれ」
病床の王に呼び出され何事かと急いできたジョゼフは、侍従から手渡された資料を開くなり硬直した。そこには弟であるオルレアン公シャルルの犯した数々の犯罪が記録されていた。
「こ、これは…父上、何者がこんな讒言を父上の耳に入れたのですか! シャルルがこんな事をするはずがありません、これは、謀略です」
高潔で誠実。愛する弟の人格を丸ごと否定するかのような資料に憤然として抗議する。ぱっと見ただけでジョゼフにはそこに書いてある事が事実ではないと確信できたからだ。
「その資料が間違っている事はありえんよ。余の手の者が直接調べ上げた事ばかりだ……今日、シャルルを逮捕する」
「ち、父上……」
そう言われてもなおジョゼフには信じる事が出来ない。あの、光り輝いていた弟のどこにそんな闇があったというのか。
「シャルルはフォントヴローに入れる。あそこならばド・オルレアンも近いからな」
「……」
「ド・オルレアンはシャルロットが成人したら継がせよう。ガリアはお前が継ぐのだ。この事件が終息したら、余は退位してカニグーに入ろうと思っている」
フォントヴローはド・オルレアンの西方百リーグ程、カニグーはリュティス南西の火竜山脈にある修道院だ。そこに入ると言う事は世俗からは切り離される事を意味し、扱いとしては死んだ者と同様になる。父王からの明確な後継者指名を受けたというのにジョゼフの胸の内は複雑だ。ずっと、優秀すぎる弟の事を考えていた。
「シャルルが逮捕されると貴族共が騒ぎ出すかも知れん。お前は花壇騎士団を率いてリュティスの治安維持にあたってくれ」
「……父上、いえ陛下、お願いがあります。シャルルの逮捕に行かせて下さい」
「……」
「おそらく、ここに書いてある事は事実なのでしょう。しかし、私には分からないのです。何故、シャルルがこんな事をする必要があったのか」
「分からない、か。……いいだろう、近衛騎士団を預ける。お前の好きにせよ」
「ははっ」
力なく手を振る父王に頭を下げてジョゼフは退出する。何故こんな事になったのか、シャルルの事が頭を離れる事はない。近衛騎士団の準備が出来るまで資料を詳しく読んだが、ジョゼフの頭脳を持ってしてもシャルルの行動を理解する事は出来なかった。
そこに記されているシャルルはジョゼフの知らない男だった。元々シャルルを支持する貴族には誠実で有能ないつものシャルルで接し、中立派には領地の開発に協力したり要職に就くのを支援するなどして取り込み、自分の派閥を拡大している。ここまでなら良い。ここまでなら問題はないのだが、シャルルの活動にはこの先がある。
教会へと装って神官個人へ多額の献金をしたり、利益供与を要求する貴族に応えて金品を支払うなどはまだましな方だ。ジョゼフ派の貴族を罠に陥れて投獄するという明らかな犯罪行為にまで手を染めていて、ジョゼフにはその熱意が理解できない。
いずれも巧妙に行われており、ガリア程諜報機関が発達していない国だったら露見しなかったかも知れないが、今ここには詳しい報告がある。
結局何も分からないまま、呼びに来た騎士と連れだって弟の元へ向かう。その顔はずっと厳しいままだった。
リュティスにある産業省、その最上階に位置する大臣室。いつもは静かに開閉されるそのドアが、突然荒々しく開け放たれた。驚く秘書を押しのけ、ジョゼフを先頭に十人程の騎士がどやどやと室内になだれ込む。
「な、なんですかあなた方は。や、やや、あなたはジョゼフ様。しかし、ジョゼフ様といえどこんな無体は許されませぬぞ」
「やあ、兄さん、どうしたんだい? そんなに大勢引き連れて」
いきり立つ秘書を手で押さえて、シャルルがにこやかに兄を迎えた。一方のジョゼフは悲しそうな目で弟を見つめると用意していた書状を読み上げる。
「ガリア王国公爵シャルル・ド・オルレアン、貴公にはガリア王位継承について王室典範に違反した嫌疑が掛かっている」
ジョゼフは机の前まで歩いていくとシャルルが貴族達に渡した金品の額やその詳細、及び受け渡し日時と場所などが詳しく記された証拠の書類をシャルルの机に叩き付けた。
「これ以外にも何人かの貴族の疑獄事件にもお前が不当に介入している疑いもかかっているし、お前が産業省で行っているプロジェクトについて、帳簿上おかしな点がいくつも見つかっている。お前には陛下より直接逮捕・拘束の命が下っている。何か申し開く事はあるか?」
「……貴族どもに金を渡して王位継承運動をさせるのを禁止する法律はなかったと思うけど?」
「馬鹿な! たとえ法に明記されていなくとも、そんな王権に泥を塗るような行為が許されるわけはない! 王権とは魔法と共にブリミル様に付与された神聖なものだ。そもそも賄賂を送って王位を継承するなど、王室典範では想定すらしていない」
一転して無表情になったシャルルにジョゼフが身を震わせて叫ぶ。嘘だと言って欲しかった。事ここに至ってもジョゼフはまだこの弟がこんな事をしたことを信じられなかったのだ。
彼から見たシャルルは清廉潔白で誠実で、およそ不正とは縁のない人間としか見えていなかったのだから。
「神聖、ね。結構笑えるな、兄さんからそんな言葉を聞けるなんて」
「何が笑えるんだ……大体、貴族に金を渡して王位に就いて、貴族をまとめてなどいけるものか。それがわからないお前ではないはずだろう」
こんな状況で本当に嗤ってみせるシャルルに薄ら寒いものを感じる。ジョゼフは現実のものとはおもえない弟の姿に呆然としながらも言葉を絞り出した。
「どうしてだ、シャルル。どうしてお前がこんな真似をしたんだ」
「王権がブリミルから与えられた物ならば、ブリミルから呪われているとしか思えない兄さんがガリアの王子として生まれてきたのは一体どういう訳なんだろうね」
「っ!! ……俺は、お前が王になるんだとずっと思っていたよ。こんな事が起こるまでは」
顔をゆがませるジョゼフだが、シャルルは気にする様子も見せずに言葉を続ける。
「僕はね、兄さん、僕はどうしても王になりたかった。いや、王にならなくてはならなかったんだ。兄さんだってわかっているだろう、この国がろくでもない状態になっていることは」
「ああ、お前がそんな状態を何とかしようとしていたのは知っている。随分と成果も上がっていたじゃないか。こんな不正なんかしなくたって、お前こそが王に相応しいとみんな思っていた。だのに何故」
「どんなに正しいことをしたって、彼らはそれが正しいことと知りながら自分に僅かでも負担があると知ったとたんに反対する。正しい国の在り方など誰も考えず、真実など見ようとはしない。それがこの国さ、兄さんだって賄賂を使えばもっと支持して貰えたんじゃないかな」
「……下の者には全体が見えない。正しい事が見えていない者達を正しく導くのが王家の責務だ」
「貴族も神官も役人も出世と金儲けにしか興味が無いんだから、金を渡すのが一番手っ取り早いんだよ。賄賂は撲滅するべきだとか言っていた奴でさえ、自分以外に渡される賄賂が気に入らないだけだった。ちょっと渡し方を工夫してやったらみんな喜んで懐に収めたよ」
またシャルルが嗤う。しかし楽しそうには見えない。
「そんなやつらに王にしてもらって、どうやって王権を維持していくつもりなんだ。またたかりに来るだけだろう」
「問題ないよ。僕が王になったら金を受け取った奴らなんてみんな一気に粛正するつもりだったからね。僕がいくら成果を上げようと、彼らに彼らの周囲の人間に与える利益より多くの利益を与えなければ認めることはない。ならば、彼らに一時利益を与えて黙らせた後でそんな腐った奴らを一掃できる地位に就いてやろうと思っただけだよ」
「そんなことをしなくても関係なかったじゃないか、シャルル。お前の魔法の才には皆が心酔していた。元々お前を王に推す声が強かったことはお前だって知っているはずだ」
「どのみち粛正は必要になったはずさ、この国は貴族が多すぎるんだよ。それに魔法の才なんて……王様の魔法が強くて何の意味があるんだい? 魔法なんて騎士とかこそが持っているべき能力だろう。彼らが僕を推していたのなんて、着飾る服が派手な方が良いってだけの事だよ。僕は、僕の改革をあんな奴らに停滞させられる事に我慢が出来なかったんだ」
自嘲気味に嗤うシャルルにヂクリとジョゼフの胸が痛んだ。ジョゼフにはない魔法の才、それを服の飾りのように言われて感情は波立つ。しかし王になりたいと口にする弟の姿はジョゼフに兄としての思いをよみがえらせた。
今ならまだ間に合う。今なら一時的にシャルルを拘束して、貴族の腐敗をあぶり出すための策だったと偽る事が出来る事にジョゼフは気が付いた。国王を説得する必要があるが、腐敗貴族の収賄の実態についてシャルルが囮捜査をしていた事にすれば、全て丸く収める事が出来る事を。
シャルルを逮捕し、シャルル派の貴族が騒ぎ出したところで工作の証拠を元に一気に収賄貴族達を粛正する。王族を囮のために逮捕するなど批判される事は間違いないだろうが、国の根幹を腐敗させる不正を一掃するためのやむを得ない策だと強硬に主張すれば何とかなると思う。本来はその賄賂を送る役は自分の方が相応しいとは思うが、仕方がない。その後自分が何年か王を務め国のかたちを整えた後、シャルルに禅譲すればこの国は何の問題もなく一つに纏まるはずだ。行きすぎた改革のスピードを緩め、周囲の伝統とじっくりと馴染ませる。ジョゼフにはそれが自分に出来るはずだという確信があった。
「シャルル、オレがお前を王にしてやる…王にしてみせる。お前が王に相応しい事なんて、誰もが知っている。もちろん俺もだ。だから、だから今は大人しく捕まってくれ。これ以上取り返しが付かなくなる前に」
ジョゼフの真摯な言葉にシャルルの顔がくしゃりと歪む。その顔は笑っているようにも泣いているようにも見え、ジョゼフは弟のそんな表情をこれまで見た記憶がない。
「わかってない……兄さんはわかってないよ。兄さんに王にしてもらったって、意味なんて何も無いっていうのに……」
「何がわかっていないと言うんだ。教えてくれ、シャルル。俺達兄弟が力を合わせれば、出来ない事なんて無いはずだろう」
「僕はね、兄さん。才能や王権がブリミルに選ばれた者にのみ与えられるなんて事を認めない。僕が何者になるかなんて、僕自身が決めて見せる……《エア・ストーム》」
「よせっ、シャルル!」
「ジョゼフ様、危ない!」
素早く杖を構えたシャルルが魔法を唱えた瞬間、室内には暴風が吹き荒れた。背後のステンドグラスが粉々に砕け散り、室内には割れたガラスやら装飾品やらが飛び交った。取り囲んでいた騎士達は魔法を使えないジョゼフを庇おうと動いたが、シャルルの魔法はジョゼフを攻撃したものではなかった。
シャルルの魔法が狙っていたのはシャルル自身。巨大な竜巻はあっという間にシャルルの体を室外へと運び去り、そのまま遠方へと移動していく。ジョゼフ達は床に伏せ、暴風が吹き止むのを待つしかなかった。
「待て、シャルル! 待ってくれ」
「さようなら、兄さん。僕は、僕の力できっとガリアの王になるよ」
叫ぶジョゼフに遙か遠くからシャルルの声が聞こえた。おそらく風魔法で伝えているのだろう。
「シャルル! 馬鹿野郎っ……」
「危ない!屋根が崩れるぞ、早くジョゼフ様を建物の外へ!」
必死に窓際に向かおうとするジョゼフを羽交い締めにして騎士達がドアから連れ出す。ジョゼフが騎士達に引きずられるようにして建物の外に出た直後部屋の天井が落ち、あたりは砂埃に包まれた。
シャルルを逃がした事をヴェルサルテイル宮に戻って王に報告したが、父王は何も言わなかった。引き続き捜査の全権を任されたジョゼフはまず在リュティス貴族に外出禁止令を発令した。
リュティスの街はシャルルから金を受け取った貴族や神官、更には不正に関与した役人などの逮捕劇があちこちで繰り広げられ騒然としていたが、そんな喧噪とは無関係な内務省の地下室でジョゼフは逮捕したオルレアン公夫人と対面した。
「突然こんな事になって驚いていると思うが、今、私は公人としてこの場にいる。それをわきまえた上で発言して欲しい」
「もちろん分かっておりますわ、ジョゼフ殿下。私に分かる事でしたら、全てお話しいたしますので何なりとお尋ね下さい」
少し憔悴しているようだったが、義妹であるオルレアン公爵夫人マルグリットはしっかりとした様子で答えた。ジョゼフは努めて冷静にシャルルの犯罪について夫人の関与を中心に尋問していったが、彼女は何を知っている訳でもないようだった。
「オルレアン公夫人、あなたはシャルルが何をしていたのか把握していなかったというのですね?」
「はい。最近は仕事の話を私達とする事を好みませんでしたし、私達も聞かなかったですから。……ただ、夫がそのような事をした、と王が仰ったのなら、したのだろうなとは思います」
「何故だ? マルグリット、何故、君はこんな事を納得できるんだ」
「……お義兄様は、シャルルのした事を聞いた時、何を思いましたか?」
ドクンッと自分の心臓が跳ねた気がした。取調室と言うには豪奢な机を挟んで向き合ったオルレアン公夫人から真っ直ぐに見詰められ、ジョゼフは狼狽えた。
「わ、私は何も考えられなかったな。父がシャルルを逮捕すると言うのを聞いても、信じられないと言う思いしか浮かばなかった」
これは嘘だ。ジョゼフはオルレアン公夫人に嘘を言っている、とオルレアン公夫人と話しているジョゼフとは別のジョゼフが冷静に観察している。自分自身の心を冷静に観察しているもう一人の自分の存在をジョゼフは感じた。
本当は気付いている。父王がシャルルを逮捕すると宣言した瞬間の感情に、どんなものが混じっていたのか。
「とにかくシャルルに確認しなければと思って、父に頼んでシャルルの元へ行かせて貰ったのだ」
「そうですか…なら、お義兄様には分からないのかも知れないですね」
それきりオルレアン公夫人は喋らなくなってしまったので、ジョゼフは尋問を打ち切った。次に姪であるシャルロットを尋問する予定だったのだが、少し考えを整理するためキャンセルして自室へと戻った。
自室へ戻ったジョゼフは椅子に深く腰掛け、じっと目を瞑ってシャルルやマルグリットの言葉を反芻していた。
おそらく本当にガリアの行く末を案じていただろうシャルル。そのための数々の改革、それとその為に引き起こされた反発やシャルル派とジョゼフ派との対立を、あの心優しい弟はどのような思いで見ていたのか。
ジョゼフは何も考えていなかった。どうせシャルルが王になるのは既定路線だと決めつけ、主流派になり損ねそうな貴族共が騒いでいるだけだと醒めた目で見ていただけだ。人品能力共に優れる弟と優っているのは先に生まれた事だけの兄とでは、王としてどちらが相応しいと評価されるかなんて考えるまでもなく明らかだ。
しかし、弟の立場から見たあの騒動はどのようなものだったのだろうかと思いを馳せた時、ジョゼフは誠実で兄想いな弟がたどり着くかも知れない結論に気が付いてしまった。国中の貴族が二つに割れ、一方は無能だと王子を罵りもう一方は伝統の破壊だと返す。そんな状況が国にとって望ましい筈はない。そういえばシャルルが陥れた貴族達は皆、ジョゼフ派と言いながらも既得権益の確保のみに関心があるようなタイプで、国のため、ジョゼフのためなど考えてもいないような連中ばかりだった。あんな連中がいなくなるのは国にとって益こそ有れ、悪い事は何もないように思われる。シャルルが裏金を渡していた連中もそうだ。彼らを一掃できるのなら、ガリアは随分と風通しの良い国になるだろう。
あの、心優しい弟は自らを犠牲にする覚悟でガリアの改革を推し進めていたのではないか。
ガリアの腐敗を一掃し、国を一つにまとめるためにそんな方法を選んだのではないか。
その結論に到達した瞬間、ジョゼフは思わず胸に手を当てて服を握りしめた。
その瞬間にジョゼフの全身を突き抜けた感情をなんと呼べばよいのかはわからない。ただ、ジョゼフは荒れ狂う感情を抑えるため、暫くその姿勢のまま胸に当てた拳を握り続けた。
その推測がもたらした衝撃のその激しさは呼吸する事すら忘れ酸欠になりかける程。呼吸が落ち着くまでそこに留まったジョゼフはやがてフラフラと自室を出て内務省の庁舎内を彷徨った。
「や、ジョゼフ様。やはり取り調べますか?」
「……あ、うむ。ちょっと暫く二人きりにしてくれ」
「は、それでは外の廊下の先におりますので、お帰りになる時は声をおかけ下さい」
ジョゼフが行き着いたのは先ほど予定をキャンセルしたシャルロットの取調室。何をしにここに来たのか認識しないままそれまで尋問を担当していた騎士と交代し、椅子に腰掛けた。シャルロットはずっと下を向いたまま、ジョゼフが部屋に入ってきた時からずっと顔を上げる事はなかった。
「……」
「……」
室内は沈黙に包まれた。まだ興奮が収まりきっていないジョゼフはシャルロットの青い髪を凝視したまま拳を握りしめていたが、シャルロットがポタポタと涙を零している事に気が付くと、大きく溜息を吐いて天井を見上げた。
シャルルはこの娘の事を愛していた。この娘もシャルルの事を愛していたというのに、こんなところで一人泣かせて、一体何やっているのかと頭の片隅でシャルルに文句を付ける。
この娘を殺したらシャルルはどんな顔をするだろうか、と、ふと考えた。この娘の母マルグリットでも良い、シャルルの目の前で殺したらあの弟の顔を怒りで歪ませる事が出来るのだろうか、と。
姪と義妹とを弟の目の前で酷たらしく殺す、そのあまりにおぞましい想像に溜息を吐いて頭を振る。こんな想像をしてしまう、あまりに惨めで卑小な存在。そんな自分をジョゼフはずっと大嫌いだった。
そのままどれくらいの時間が経っただろうか、室内はシャルロットが時折鼻を啜る音と、ジョゼフがコツコツと指先で机を叩く音だけが響いている。唐突にその沈黙を破ったのは、ジョゼフだった。何の前置きもなく、落ち着いた声で、こう告げた。
「シャルロット。俺はゲルマニアに亡命しようかと考えている」
咄嗟には理解できないその言葉に、ずっと下を向いていたままだったシャルロットが顔を上げた。
「え?」