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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 3-20    奪還
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:2e49d637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/22 22:14
「つまり、アンネはシャジャルさんと間違われて攫われたって事で良いんだね?」
「済まない、ウォルフ。あたしの所為なんだ……」
「申し訳ありません、ウォルフ様。誰もあそこまでの規模の襲撃を想定しておりませんでした」

 アルビオンから脱出するフネの上で、ウォルフはマチルダとモレノを個室に呼び出し、二人から報告を受けていた。フネは停止しているが、ツェルプストーの艦隊がまだアルビオンからほど近いこの空域にまで来て護衛に付いてくれているので平民達ももう安心している。もう夜も深くなっており、アンネが攫われてからは随分と時間が経過してしまっている。ウォルフが護衛していた船団も不審なフネの急接近を何度も受けたため中々護衛任務から離れられず、何とか護衛を引き継ぎ、襲撃現場に駆け付けた時にはもうニコラスやアンネの姿は影も形もなかった。二人を捜してサウスゴータ上空まで往復して上空から探索したが見つからず、詳しい話を聞こうとアルビオンを離れるフネに乗り込んだのだが、襲撃された原因は何とも間抜けなものだった。

「シャジャルさんとアンネを間違えるなんてどんだけザルな情報だよ…」
「荷台の換気口から外の話を聞いていた者の話では、金髪で巨乳気味な美女で十一、二歳の娘がいる事を確認していたそうですから、間違いないかと」
「……確かにそこだけ聞くと同一人物だな。くそっ」

 思わず壁を蹴飛ばすと存外に大きな音が出た。ウォルフが怒っているのは自分自身にだ。完全に予測を外していたとしか言いようがない。王家が人知れずエルフを始末するつもりなら近衛騎士団と首都警察くらいしか実行部隊は無いと思っていた。その動向は掴んでいたので彼らによる襲撃は無いと判断していたのだ。そもそももう延べ何十隻というフネが出立している訳で、今更工場にエルフが残っているなどと思われているのは意外すぎた。
 陸送した工場の設備はいずれも市販している物で、機密品が無い事もウォルフ達の油断を誘った。あの部隊を襲っても得る物が少ないのだから襲う可能性は少ないだろうと判断してしまった。襲う側からすればそんな事は分からない訳で、勝手に判断したこちらの落ち度である事は間違いなかった。話を聞くと相当な規模の襲撃部隊だ。必ず事前に動きがあったはずで、貴族達の動きに注意を払っていなかった事が悔やまれる。フネを襲ってきたのが王家だけだったので油断してしまった。

 悔しがるウォルフが壁を蹴った音に反応して、下を向いて唇を噛んでいたマチルダが顔を上げた。

「絶対に許さない……あいつら、あたしから全てを奪ったくせに、まだこんな非道を」

 自分の所為でガンダーラ商会がアルビオンを追われアンネが攫われるという事態と、自分が護衛に就いていたのに何も出来なかった自責の念。マチルダは全身に激しい怒りを漲らせて呟いた。その身から放たれる殺気は剣鬼と呼ばれている時よりも更に鋭く、杖を握りしめる拳は白く血の気を失っていた。

「攫ったのが王家じゃなく貴族派らしいってのをラッキーだったと思おう。王家だったら直ぐに殺しただろうけど、貴族派ならまだ生きている可能性は高い」
「……工員達を無事に届けたら、あたしもすぐにアルビオンに戻るよ。生きているなら、絶対に探し出してみせる」
「ああ。実際の話、まだ生きている可能性は高いと思うんだ。ただエルフを捕まえただけじゃ貴族派にとって何の意味もないしね。王家との繋がりを示す証拠を得たいと思うはずだけど、アンネからそんなものを得られるはずもない」
「でも、それだったら間違いだったって分かった時に殺されちゃう可能性がある」
「そうだな。だから時間が勝負になる。アンネが攫われた事を公表して、その身柄に懸賞金を掛ける。奴らがゲスなら懸賞金が欲しいと思うくらいの額を」

 あいつらほどゲスなら、いけしゃあしゃあとアンネを保護したとか言って名乗り出てきそうな気もする。そこまで行かなくとも仲間内で意見が割れるようならアンネが生存する可能性は高くなる。それにマチルダには伝えなかったが、ウォルフの乳母という立場が知られればシャジャル達との交換を求めてくる可能性もある。

「それなら、あたしの金を使っとくれ! 十万エキューくらいは直ぐに用意できるよ」
「うわ……ちょっと多すぎだろう。ウチの人間を攫えばそれくらい出すと思われても困るから、攫われたのはオレの乳母だって公表して、額はそうだな……五千エキューくらいにしておくか」
「そんなもんでいいのかい? わかった今小切手を切るよ」

 マチルダはさらさらと小切手にサインをして切り出した。額面は五千エキューを二枚。二枚目は懸賞金をつり上げる時用だという。
 ウォルフは開拓地に突っ込みすぎて現在手元資金が少なくなっているのでありがたく提供を受けた。もともと餌用なので貴族共にくれてやるつもりはないが。

「他に、何かあたしに出来る事は無いかい? アンネを救うために出来る事は何でもしておきたいんだ」
「今のところは無いかな。考えても仕方のない事は考えないようにしよう。もしアンネが無事じゃなかったら、サウスゴータ議会と襲撃に関わった議員には消滅してもらうってオレはもう決めたから、マチ姉も余計な事は考えないで良いよ」
「消滅かい。まあ、当然だね、そのために何か準備する事は有るかい?」
「別に無い。そんな事にならないようにアンネの無事を祈っていてくれ」

 ウォルフは二人に答えると、すぐさま飛行機へと戻ってサウスゴータへと出発した。まだサウスゴータにはタニアが残っているので懸賞金などの手続きは直ぐに取れるだろう。何よりアンネを追ったニコラスの情報が何か手にはいるかも知れない。モレノがニコラスに渡したというナイフの紋章はコクウォルズ子爵のものらしいとマチルダが教えてくれた。子爵を手始めに議会の連中を一人ずつ締め上げる必要があるかもな、などと物騒な事を考えつつウォルフはライトニングを急がせた。

 

 一方、輸送隊を離れたニコラスがまず最初にした事は足の確保だ。セグロッドは持っていたが速度が遅い、モスは輸送隊の守りに必要なので使えない、トラックは運転できない、残った選択肢は竜騎士である自分のスキルを生かす事だった。『フライ』で飛翔し、風石も併用して更に高度を上げる。ニコラスは長年サウスゴータの竜騎士として勤務してきた経験から、野生の竜がどんな季節のどんな時間にどこら辺を飛ぶかという事を熟知している。アルビオンにおいて竜種の脅威はそこらの盗賊団などより遙かに高いからだ。
 そのニコラスの経験によれば夕刻のこの時間、サウスゴータの東であるこの地を寝床に帰る竜が通過するはずだった。

「来た……」

 竜が通過する高度の千メイルも上空で待っていたニコラスの眼下を一頭のワイバーンが飛んでいる。予想通りだ。
 狙いをつけてゆっくりと降下する。竜は日頃自分の上空になど注意を払わない。彼らを襲う者などハルケギニアの空にはいないから。

「《サイレント》」

 周囲の音を消す魔法『サイレント』を纏い、風切り音を消す。速度調整は懐の風石を叩いて調節し、方向は手足にかかる空気抵抗で調節する。ワイバーンは気付かない。
 もうワイバーンは目前だ。ニコラスは慎重に狙いを定めた。

「ギャッ! ギャー、ギャー、ギャー!!」

 落ちてきた勢いそのままにワイバーンの頭の後ろに衝突し、必死で首の後ろにしがみつく。首に回した手を離したらブレスで焼き払われてしまうのは確実なので、まさに命がけだ。
 ウォルフが見ていたら、「アバター!」と感動したかも知れない場面ではあるが、ここの竜には映画のように意志を繋げる器官など無いのでこっちの方が大変だ。ワイバーンは突然の襲撃者を振り落とそうと狂ったように頭を振りながら飛ぶし、時折その翼で首の後ろにしがみつくニコラスをはたき落とそうとまでしてくる。魔法具が有ればこんな目には遭わないのに、と愚痴の一つでもこぼしたくなるが口を開く余裕すら無くただひたすらしがみつく。
 さんざん空を迷走して遂には墜落して一緒に地面を転がったが、それでもニコラスは離れない。起き上がったワイバーンが首を地面に擦り付けて引きはがそうとしても、ニコラスは傷だらけになりながら両足で首をロックして耐えた。苛立ったワイバーンが大きく叫んだが、それはニコラスにとっては隙だった。足で首をロックしたまま手早くザックの中からずた袋を取り出して、叫んでいるワイバーンの頭に被せた。

「ギャウ?」
「はー、手間かけさせやがって……いてててて、あちこち傷だらけだ」

 とたんに大人しくなったワイバーンに相変わらずしがみつきながらニコラスが大きく息を吐く。ワイバーンは視界を塞がれると大人しくなるという、鳥と同じ性質を持っている。だから野生のワイバーンを魔法具無しで調教する時は頭に袋を被せるまでが大変なのだが、今回は無茶をした。
 ザックの中の鉄の棒を取り出すと手早く『練金』で加工してロープを通し、袋の中に手を入れてワイバーンの口に噛ませて固定し、轡とする。轡を使うとブレスが使えなくなるが、調教していない竜では仕方がない。手綱もつけて長さを調節し、ようやくここで首に絡めていた足を解いた。
 翼の付け根に座って首を撫でながら『ヒーリング』を唱える。これは別に怪我を治すためではなく、ワイバーンの精神を落ち着かせるためだ。視界を塞がれて大人しくなっているとは言え、今ワイバーンは緊張の極みにある。その状態の時にこの魔法を唱える事により、その緊張は緩和し、竜は背中に乗る人間という存在を受け入れるようなる。

「……さて、勝負だな」

 グルグルとワイバーンが機嫌の良い時の声を上げるようになったのを確認し、気合いを入れる。人間を受け入れるようになると言っても、誰でもと言う訳ではない。竜が背に乗る人間を受け入れて飛ぶようになるには、竜がその人間を気に入るかどうかに掛かっている。要するに相性が大事なんだと言われているが、慣れも必要なので普通は乗る前に竜の世話をしたり餌を与えたりして時間を掛けて慣らしていく。しかし、ニコラスに今そんな時間はない。
 自分がどれだけ今竜を必要としているのか、強く心に思う。ニコラスは長年の経験で竜がかなり人間の気持ちについて機敏だと言う事を理解している。人間が考えている事は、おおよその所は竜に伝わるのだ。竜に乗るためには、心の底から竜に乗りたいという気持ちを持つ事が必要だ。 

 ゆっくりと慎重にずた袋を外す。緊張の一瞬、ワイバーンはちらりとニコラスを見たが、直ぐにまた目を細めてグルグルと喉を鳴らした。

「ふー、ありがとう。お前は良い竜だぜ」

 無事、受け入れられたのがわかり、ニコラスは逞しい首に抱きついて両手でその肌を撫でた。こんな短時間で竜を調教するのはニコラスも初めてだ。奇跡とも言える成果にまた気合いが入る。この竜と一緒にアンネを救い出すと決意した。

 最後にアルミ板を加工してブリンカーという目の左右につけて後方の視界を制限するための竜具を作り装着する。これは調教初期の竜が背後から手綱を介して伝えられる指示を違和感なく受け入れるようにするためで、ふとした時にライダーが視界に入ってパニックに陥る事を防ぐ効果もある。人が背中に乗る事に少しずつならしていくための道具だ。

「遅くなっちまった。さっさと行くぞ」
「ギャウー」

 また翼の付け根に座り直して、両足で肩を軽く叩く。ワイバーンは軽く吠えて応えるとその翼を大きく羽ばたかせ、空へ舞い上がった。
 向かう先はコクウォルズ子爵領の村、コクウォルズ。石造りの昔ながらの家が建ち並ぶその村の外れにある領主の館、そこを襲ってなんとしてもアンネの情報を得るつもりだ。
 ワイバーンの捜索と捕獲、轡や手綱・ブリンカーの製作などで既に一時間はロスしている。ワイバーンを調教しながら、ニコラスは急いで飛び続けた。




 ニコラスとアンネにとって幸運だった事に、アンネの身柄は数ある貴族派の屋敷の内、コクウォルズ子爵の屋敷内に運び込まれた。この屋敷は子爵がその権勢を誇示するためにやたらと立派な造りをしているのだが、石造りで窓が小さい家が多いこの村には珍しく庭に面した大きな窓を持っている。その大きな窓がある一室でコクウォルズ子爵は満足そうにその戦果を見詰めた。
 ここに来るまでサウスゴータの竜騎士隊に気付かれないために大きく迂回して飛行した結果、三時間近くもかかってしまった。ワイバーンに吊り下げられたまま長時間寒風にさらされていたアンネは寒さと恐怖から震えていたが、コクウォルズ子爵達には興味のない事のようだった。

「モード大公の元侍女の拷問記録から得た情報は本当だったな。やはりマチルダはエルフを自分の傍らからは離そうとしなかったようだ」

 布にくるまれたまま地面に転がされているアンネを足先で突いて確認する。強く突くと震えるからだが僅かにうめく。

「しかし、こんなんじゃエルフかどうか確認できないだろう。弱っているみたいだし、出しても良いのではないか?」
「そうですな。この布にくるまれていたら姿を偽る魔法も解けている事でしょうし、確認が取れます」
「いや、しかしここにいる人数ではエルフに対抗できません。皆殺しにされてしまいますよ」
「ううむ、メイジなら杖を奪えば済むというのに、エルフとは面倒だな。どうやって尋問すれば良いのだ」
「それはやはりこの状態のまま行うしかないでしょう。おい女! 大公との馴れ初めから順を追って全て話せ!」

 コクウォルズ子爵の取り巻きの一人が、床に転がるアンネを蹴飛ばして尋ねる。

「ぎうっ……大公様となんて、会った事も、ございません。私は、エルフなんかでは、ありません。どなたかと、お間違えでは?」
「戯言を申すな。貴様がエルフじゃなくて誰がエルフと申すのか。その布にくるまれている限りこちらはお前を自由に殺せるのだぞ、考えてから物を申せ」
「本当の事でございます。お願いします、この布をほどいて、私の耳を、確認して下さい。エルフなどとは違う事が、直ぐに、分かるはずです」
「ぬ? 本当にエルフじゃないのか?」
「何を騙されておるんだ。こんなのは我々を騙す手に決まっておろう。布から出したとたんにズドンだな」
「ええい、この期に及んで見苦しい奴め! 良いからさっさと吐け! 大公との馴れ初めは? 世話をした女官の名前は? マチルダとは何時知り合った? どうやって今まで我々の目を眩ませた? そもそも人間の社会に潜入した目的は何だ! 全て話すんだ!」 
「ぎ、ぎうっ、ぐ……」

 ドカドカと容赦なく蹴られ、アンネは返事をする事も出来ない。嗜虐的な笑みを浮かべたその男はさらに打撃を加えようとしたが、それは永遠に出来ない事になった。
 庭に面した大きな窓を突き破り、巨大なワイバーンが飛び込んできてその男を踏み潰したからだ。

「ぎゃあああ!」
「うわあ、何だ、何事だ!」
「何でワイバーンが! た、助けてくれえ!」

 室内にいた者達はあまりに唐突な出来事に頭を抱えて逃げまどう事しかできない。ワイバーンから飛び降りたニコラスはアンネを抱えて素早くワイバーンの背に戻り、布の縛めを解くと優しく抱き抱えた。

「遅くなって済まない。もう、大丈夫だ」
「ニコラス――様?」
「ああ、大変な目にあったな。さあ、帰ろう《エア・ストーム》」
「うわ、馬鹿者、ワシの屋敷内でそんな魔法を使うなあ!」

 ニコラスが唱えた魔法によりワイバーンを中心にして室内に巨大な竜巻が発生する。散乱したガラスやら陶磁器やらが舞い上がり、凶器となって室内で暴れ回った。
 室内が静かになった事を確認して魔法を止め、ワイバーンを窓際にまで移動させる。ニコラスが胴を両足で軽く叩くとワイバーンは窓から飛び立ち、更にもう一度叩くと大きく羽ばたいて高度を上げた。

「大丈夫か?」
「あ、はいあちこち蹴られましたけど骨は折れていないです、打撲だけですね。ニコラス様が早く来てくれて助かりました」
「うん、大事になる前で良かった。ほら、寒いだろう、ちゃんとその布にくるまっているんだぞ」

 ワイバーンの背で縛めを解かれたアンネは自分で自分を診察して無事を確認するとニコラスの至近距離で微笑んだ。まだ体が冷え切っているアンネはニコラスの膝の上に横座りして抱きついている訳で、その距離でそんな笑顔を見せられると年甲斐もなくドギマギしてしまう。アンネをくるんでいる布が落ちないように首のところで結んでやった。

「ありがとうございます。この布、魔法を通さない珍しい布みたいなんです。ウォルフ様へのおみやげに良いですよね」
「へえ、そりゃ珍しいな。確かにウォルフが喜びそうだ」
「ふふ、これくらい迷惑料として貰わないと割に合わないです」
「ははは、アンネも逞しくなったなあ」

 アンネを連れ去ったワイバーンとは違い、ニコラスはシティオブサウスゴータの近くを突っ切って直線的に飛んだため、失った時間を取り戻せた。元同僚である竜騎士には追いかけられたが、アンネを攫われた事を告げると何も言わずに見逃してくれた。
 いくつもの偶然が重なって無事救い出せたニコラスは少し、気が緩んでいて、その襲撃に対応するのが遅れた。コクウォルズ子爵達の様子から、もう追っ手はかからないだろうと思ってしまっていたのだ。

「きゃあああっ!」
「ちいいぃぃぃぃ!」

 上空から急降下して襲いかかってきたワイバーンを咄嗟に反転して脚で迎え撃った。二頭のワイバーンは脚を縺れさせてくるくると弧を描きながら落下し、墜落した。

 結構な勢いで墜落したために、ニコラスとアンネも襲撃してきたライダーも墜落の衝撃でワイバーンからは放り出されてしまった。ニコラスは咄嗟にアンネを庇って抱きしめたまま地面に衝突し、おかげで肋が何本か折れたようだ。
 痛む肋に顔をしかめながらすぐに起き上がって気配を探る。落ちた場所は森の中で、ワイバーンはもう二頭とも飛び立ってしまったようだ。調教が終わっている敵のワイバーンは呼べば戻ってくるのだろうが、ニコラスのワイバーンではそんな事は期待できない。ニコラスは息を潜めて敵の姿を探したが、すぐにその敵から声を掛けられた。

「ニコラス・クロード! サウスゴータ竜騎士隊を首になった間抜け。出てこいよ、お前には感謝している!」

 奴のワイバーンは上空を旋回しているが、呼ぶつもりが無いらしく、ゆっくりとニコラス達を探しながら森の中を歩いている。 

「ワイバーンのブレスで焼き殺してもいいんだがな、それだと首が残らないからこの俺が手ずから殺してやろう《エア・カッター》」
「ヒッ…」

 適当に放たれた『エア・カッター』が頭上の太い木を切り倒し、倒れてきた木の音に思わずアンネが悲鳴を漏らす。風のメイジらしいその男は小さな声を聞き逃さず、ニヤリと反応した。

「そこか。女を抱えていると大変だな、出てこいよ。逃げられはしないぜ?」

 その『エア・カッター』の威力を見ると、トライアングル以下という事は無さそうだ。ニコラスは溜息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

「アンネ、隙を見て逃げてくれ。ここからならサウスゴータまでは三十リーグは無いと思う。議会はダメだからタニアを頼れ」
「そんな、ニコラス様は…」
「俺は後から追う。何、大丈夫だ。そこらのメイジにはそうそう遅れを取らんよ」

 持っているセグロッドの一台を渡し、アンネに背を向けて敵の声がする方へ歩き出す。着陸した時に挫いたのか左足首が痛いし、脇腹も呼吸する度に激しく痛んで怪我の存在を思い知らされる。ワイバーンがあちこちに擦り付けてくれたおかげで、体中が打ち身や擦り傷だらけ。そしてそんな思いをしてまで捕まえたワイバーンはもう逃げてしまった。 
 アンネが攫われる前の戦闘で結構消耗したし、アンネを捜して遠見の魔法を使いまくったおかげで精神力も空に近い。思わずトホホと言いたくなる状況で相対するのはおそらくスクウェアと思われる格上のメイジ。
 それでもニコラスは敵の前に姿を現した。

「ほらよ、出てきてやったぜ。何で俺なんかに感謝しているんだ?」
「おお、お前のおかげで、今度サウスゴータ竜騎士隊の隊長に就任が決まってな。議会に反抗的な今の隊長を首にして俺を後釜に据えて下さるとコクウォルズ子爵様が仰ったんだ。それもこれもお前が間抜けにも逮捕されたおかげだと聞いている」
「…そいつは良かったな。就職記念にここは一つ見逃してくれんかな」
「はっはっは、話に聞いた通り、お前は面白い奴だな。竜騎士達は反抗的だと聞いているが、お前の首を持っていけば反抗する奴はいなくなるだろう。だから、見逃すのは無しだ。就職祝いにお前の首をくれ」
「俺の首を持っていっても、全員、辞めちまうんじゃねーかなー……」
「辞めさせんよ。俺様の部下になったからには一から性根を叩き直してやる」

 ニヤリと笑って杖を構える。

「ジャック・ライリーだ。騎士の情けで苦しませずに殺してやる。ありがたく思え」

 やたらとやる気満々のスクウェアメイジを前に、ニコラスに勝算など無い。せいぜいアンネの逃亡時間を稼ごうと思っているくらいで、のんびりと杖を構えた。

「……ニコラス・クロード・ライエ。チェンジ願います」


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