テューダー王家は大きな間違いを犯した。
後の世でアルビオンの歴史を語る時、このときの王家の判断はそう評されている。
虚々実々入り乱れた情報戦の果てに王家はエルフがまだアルビオンにいるものと判断した。サウスゴータ元伯爵とモード元大公の身柄について取引を行った後も継続した捜査の結果、エルフがアルビオンを出て行ったというのは太守側のブラフであり、チェスターにあるガンダーラ商会の工場に潜伏している可能性が高いとされた。サウスゴータの娘マチルダが一度シティ・オブ・サウスゴータを離れて以降、件の工場は目に見えて警備を強化しており、彼女が屋敷を王家に引き渡した後ずっと工場に住み込んでいる事がその根拠だ。決定的な証拠を得るために何度も工場に密偵を送り込んだのに、それらの企みが全て失敗に終わった事も王家の疑念を深めた。
工場やガンダーラ商会そのものからは何も情報を得られなかったものの、サウスゴータに放った密偵からは商会について信じがたい情報を得る事になった。曰く、ガンダーラ商会はエルフから技術・資金面において援助を受けており、モード大公がエルフを妾にする事になったのも策略からだという。秘術にて心を操作して罪人であるエルフの女を工作員に仕立て、モード大公を傀儡として王位に就ける予定だったという。事が露見して工作に失敗したエルフ達は、その存在を明らかにしてアルビオンを混乱の渦中に突き落とそうとしており、その混乱に乗じてエルフが唯一恐れている始祖の血脈の根絶を図っているそうだ。
既にゲルマニア政府とエルフとは協力関係を持つ事で合意しているとの情報まで得られた。その合意内容はテューダー王家を滅ぼし、ゲルマニアがアルビオンを手に入れるというもの。
アルビオンを脱出したエルフはゲルマニアに降り、そこで逮捕され教会にてモード大公との事を全て告白。教会はテューダー王家に対し異端認定を発し、ゲルマニア軍とアルビオン貴族派諸侯軍の連合軍とで王家に宣戦布告する。王軍を打ち破り、アルビオンは貴族達にある程度の自治を認めつつゲルマニアが統治。全て終わった後に捨て駒である愛妾のエルフとその娘とを処刑してエルフ達はサハラに戻る。
そんなストーリーが彼らの間では既に決められているというのだ。
さすがにこの情報については王家内でも真偽を疑われはしたが、万が一の事を考えて王家は焦燥感を募らせた。そんな中、いよいよ件のエルフがフネでアルビオンを脱出すると言う情報も入ってきて、王家は決断を迫られた。モード元大公は妾にしていたエルフに心を惑わされている。そんな事態になったら余計な証言をされる前に彼を処刑しなくてはならないが、そのこと自体エルフの証言を認めるようなものになってしまう。
切羽詰まった王家はそんな未来を防ぐため、王立空軍に命令を下した。考えていたものとはまるで違う未来が待っているとは思いもしないで。
サウスゴータ近郊チェスターの村にあるガンダーラ商会の工場に併設された桟橋。そこから一斉に飛び立った二十隻程の船団はやがてアルビオンの縁を離れ、眼下に浮かぶ雲にその機影を映していた。
「商館長、今のところ怪しい船影はありませんが、もう少しで先発したフネが襲われたという空域に入ります」
報告する船員にコクリと頷くのはサウスゴータ商館長だったカルロだ。元はロマリア出身のただの平民だった彼が今やこんな大船団を率いるようになったわけだが、案外堂に入っていた。タニアに託された遠話の魔法具を手に取り、ぼそぼそと何事か話している。
隣に経つ船員にも聞こえない程の声だが、落ち着いた様子にはデッキにいる者達も安心感を感じ、ともすれば不安になる気持ちを落ち着かせてくれる。空賊に狙われていると聞いているために緊張はしているが、それほど苛つくことなく航行を続けているのは上に立つカルロが冷静だからだろう。
「右舷前方五リーグ、高度千二百メイル上空に船籍不明の船団が現れました。中小型の戦列艦です、所属を表す標識は表示しておりません」
「……進路は?」
「当方の進路上空に入るように前進中です。回避行動を取りますか?」
「高度を上げながら面舵」
「了解。風石を焚け! 面舵!」
カルロはチラリと船長に目配せして確認を取った後、落ち着いて指示を出した。船団の内十六隻は最新の船外機を搭載し足の速い新型船になっているので、もし空賊に襲われてもその十六隻は逃げ切れる。しかしカルロが請け負ったのは足の遅い四隻も含んだ二十隻全部をゲルマニアに届けることだ。怪しいと思うものには近付かず、早めの対応を心がけている。
「やたらと立派な型のフネですが、どうやら空賊のようです。敵船団全十五隻、こちらへ転舵。散開して降下しつつ速度を上げています。問いかけには無言、距離、四・五リーグに近付きました」
「警告を。それ以上近付くようなら空賊と見なし、撃墜すると伝えよ」
「本気ですか? こちらにはろくな武装はありませんが…」
敵は一隻に数十門も強力な大砲を積んだ戦列艦だというのに、こちらの船団の武装は規制以下の小型の砲を一隻に付き数門搭載しているだけだ。撃墜という表現に船員は違和感を覚え、聞き返した。
「……」
しかし、カルロはコクリと頷くだけだ。仕方なく、伝声官はそのまま海賊船へと伝えたが、返答は大砲の音だった。
「大砲は当艦隊後方を通過した模様。まだ射程には距離がありますが空賊船さらに速度を上げました。後方四リーグ高度百メイル上」
最近の空賊船は速度を重視して横方向の帆を増やしてグライダーのように航行するようになっている。上空から滑空して一気に速度を増し、そこから大量に風石を励起して高度を稼ぐということを繰り返して獲物に襲いかかる。
まさにその状態になった空賊船を遠目に見てデッキがざわめき始める。足の遅いフネの船員を移して残りのフネで逃げればまだ余裕で逃げられる距離だ。船員達は商館長の判断を待った。
いつの間にか敵のマストには空賊旗が上がっている。望遠鏡を使用していない船員達にもその姿が視認できるようになってきて、船内は焦りの色が濃くなってきた。
「なんだよあれ。あんな豪勢な空賊なんているはずないだろう」
「王立空軍か。アルビオンを出て行く俺達なら襲っても構わないって訳か」
「馬鹿な……王家が民間のフネを襲うっていうのか?」
王立空軍はアルビオンの空の象徴だ。今までは自分たちを守ってくれていた存在が、突然牙を剥いた事実に動揺が走る。
「商館長、当方も滑空に入りますか? このままでは向こうの射程に入ってしまいます」
船員が提案したが、カルロは静かに首を振って否定する。
「必要無い。風石を焚いて高度を稼げ」
カルロは再び遠話の魔法具を手に取り、何事かを話しかけた。
一方、ガンダーラ商会を追う艦隊では船員達が遠方で逃げるフネを眺め、ぼやいていた。
「全く、ろくな武装もしていない、ただの民間船ではないか。空賊の振りをしてあんなのを撃ち墜とせだ等と、誇りある王立空軍の仕事とは思えん」
「あれって、民間人も乗っているのですよね。気が重いです」
「というか、民間人しか乗っておらん民間のフネだ。提督も随分と抵抗したそうだが、王命との事で受け入れざるを得なかったようだ。何でも、チェスターから飛び立ったフネは全て撃墜したいらしい」
もちろんこの艦隊はそもそも空賊船ではなかった。空賊などとは練度も装備も格段に違う王立空軍が空賊を装って襲撃を掛けているのだが、唯一士気という点では空賊に大分劣るようだ。
ここのところ王立空軍と王家の間には微妙に距離が開いている。そもそもの始まりは王家が軍にはその詳細を知らせずに近衛や新たに設立したばかりの首都警察を使ってなにやら工作活動をしていた事だ。まずそのことが軍上層部の不信を呼んだ。何の断りもなく、空軍の拠点であるロサイスや駐屯地のあるサウスゴータをちょろちょろと動き回られるのは、はっきり言って不快だった。
それに加えて今回も理由を開示せずにかなり無理な命令をしてきた。民間人の虐殺など進んでやりたい者などいない。近衛や首都警察の尻ぬぐいをさせられている感もあり、軍の王に対する忠誠心は揺らぎつつあった。
「全くガンダーラ商会は何をやったんだか。……しかし、艦長、油断無きように。マッキンリー提督の艦隊はたった三隻の船団を逃がしてしまったそうです。空賊に情報を流してけしかけて船団の足止めをさせた所を襲う予定だったそうですが、空賊などでは足止めできなかったらしいです」
「ああ、例の業火だろう。かのメイジがいたのはマッキンリー提督には不幸だったな。ただの空賊船など鎧袖一触だろう。空賊討伐を装って共に撃ち落とそうとしたのだろうが、あの提督はいつも賢く立ち回ろうとして失敗している気がするな」
「天災レベルの魔法が来るそうですね。我々はこちらの船団に当たって幸運だったといえるでしょう。こちらと同様に一隻も逃すなと厳命されていたとしたら、マッキンリー提督は降格されるのではないでしょうか」
「うむ、我々も気を引き締めねば。ガンダーラ商会には気の毒だが主命には従わねばならん。そろそろ射程に入るか? 射撃の腕の見せ所だな」
受けた密命は民間人の抹殺。気乗りはしないが、きっと相手にもそんなことをされる理由があるのだろうと無理矢理納得して攻撃の準備に取りかかる。
これから行われるのは戦闘ではなく、一方的な虐殺だ。大事なのはいかに一隻も残さずに撃墜するのか、その一点だけだった。
「艦長、前へ出ますか? このままの位置ではたいした戦果を上げられないでしょう」
「あんな民間船相手にがっつく必要はない。前のフネが随分とやる気になってるから任せておけばいいだろう」
いつの間にかこのフネは艦隊の中でも後方に位置するようになっている。このままでは攻撃に後れを取ってしまうが、艦長としてはあまり気にしていない。艦長は今回の作戦内容が外部に漏れた場合、アルビオンという国家の信頼が低下してしまう事を理解し、懸念していた。ガンダーラ商会が何をやったのかは知らないが、王家と対立しただけで虐殺されてしまう国にフネを送る商人はいないだろう。
「我々が気にするべきは、本隊から離れて逃げようとするフネを確実に撃墜する事だ。たとえもう墜落が確実と思えるような奴も見逃すな。全てのフネにしっかりととどめを刺すんだ」
「イエス・サー」
いよいよ前方のフネが大砲の射程圏内にガンダーラ商会の船団を捉えるかというその時、飛行中の僚艦が爆発した。正確には甲板上の大砲が爆発しただけみたいだが、唐突な出来事に混乱しているのか急に舵を切って回避行動を取ろうとしたため僚艦とぶつかりそうになっている。
「な、何だ! 攻撃か! 各自警戒態勢を取れ」
どこから攻撃されているのか分からないが、そうこうしている間にも次々に僚艦が燃え上がり、爆発している。艦隊から少し離れる方向に舵を切りながら、攻撃相手を探してみても見つからない。
「索敵班! 何をしている、報告を!」
「しゅ、周囲二リーグ以内には敵船の姿はありません! 前方のガンダーラ商会の船団が一番近いフネです」
「馬鹿な、これだけ離れていてこんな正確な狙撃が出来るか! メイジが艦隊に潜入しているのかも知れん、探せ!」
「ははっ、高出力で近距離魔力索敵を実施します」
狙撃されている気配も無しに僚艦を破壊されたので、メイジによる工作を一番に疑った。メイジとはその身一つで高い火力を発揮する存在なので、潜入工作をされると非常にやっかいだ。これまでの戦でも幾度となく巨大な戦艦が決死の覚悟で潜入してきたメイジ一人に墜とされてきた。
そんな疑心暗鬼にとらわれる中、このフネも謎の攻撃を受けた。バチッと音がしたかと思うと横帆を張っているマストが焼け落ち、次いで甲板に備え付けられていた大砲が爆発。やはり敵からの攻撃は認識できず、怪しい人影も何処にもなかった。
「くそっ、やられた。風石を焚け、高度を維持しろ! 副官、被害状況を報告せよ!」
「風石は無事ですが、両舷側のマストを失いまして、高速航行不能です。帆が、帆が燃えていますので航行そのものも不可能になりそうです。一体どこから攻撃されたのでしょうか!?」
「知るか! 索敵の結果は?」
「見つかりません! 登録していない魔力はありません。誰かが裏切ったのでしょうか? うわあっ!」
「くおっ!」
「左舷被弾! 艦首が大破しました! 僚艦の誤射と見られます」
急に襲いかかってきた衝撃に船上にいたものは立っていられずに倒れた。どうやら艦隊はパニックに陥っているらしい。
「くそ、馬鹿どもめ、ええい、もういい! 竜騎士を出撃させろ、ガンダーラ商会のフネだけはなんとしても墜とすんだ!」
「は、竜騎士全騎出撃! 目標前方の民間船、絶対に逃すな!」
相手の船団の数が多いので万が一にも目標を逃すことの無いように、この艦には四騎の竜騎士を乗せていた。他の四艦にも四騎ずついるので計二十騎がこの艦隊にはいることになる。
ハルケギニア最強と言われるアルビオンの竜騎士隊だ。これだけいれば小国なら墜とせそうな程で、目の前の民間船相手には過剰な戦力と言えた。
しかし、力強く羽ばたく竜騎士が遠くを逃げるフネに追いつき、墜としてくれるとの期待はすぐに絶たれることになった。
「馬鹿な…竜騎士だぞ、ハルケギニア最強の……」
「艦長…これは一体、何が起こっているのでしょうか……」
艦の後部から飛び立った竜騎士は、艦隊の目の前で一騎、また一騎と撃墜されていき、ついには一騎もその姿を見ることが出来なくなった。
とにかく何も出来ない、というのが墜とされるのを見ていた者達に共通する印象だ。バチッと音がしたかと思うと竜の首が弾け、次いで油に引火して爆発するという事を繰り返した。疑心暗鬼に囚われ、方々で同士討ちを始めていた艦隊もあまりに有り得ないその光景にやがて沈黙した。
どこから攻撃されたのか、何をされたのか全く分からないままに、艦隊は航行能力と攻撃能力を完全に失った。
次第に遠ざかるガンダーラ商会の船団を眺めながら、艦長サー・ヘンリ・ボーウッドは呆然と呟いた。
「分からん……君はさっき、我々は運が良かったと言っていたか?」
「いえ、失言でした。今日の我々の運勢は最悪だったみたいです」
「……」
「艦長?」
「いや、おそらく、我々は運が良かったんだと、私は思う」
「それは、何故でしょうか?」
「何故なら我々は生きているからだ。きっと彼らが我々を殺そうと思ったのならば、いとも簡単にそうできたのだろう。あの竜のようにな。彼らがそういう気にならなかったというのは、我々にとって幸運だったと言わざるを得ないだろう」
竜騎士が撃墜される様子を見ていれば分かる。あれは潜入工作員の仕業などでは断じて無い。竜の鱗を一瞬で貫き吹き飛ばす威力、高速で飛行する竜に正確に当てる精度、どこから攻撃されているのかは結局分からなかったが、デッキ上にいる自分たちが攻撃されなかったのはたまたまだったのだろうと思える。
この日の戦闘の詳細は各艦の艦長達から報告書が提出されたが、どの報告も結論部分は同じだった。
すなわち、「ガンダーラ商会には虚無がいる。手出しするべからず」と、どの報告書も結論づけていた。
勿論空賊に扮した王国空軍を殲滅したのは虚無の魔法なんかではなく、ウォルフが開発したレーザー兵器だ。遙か上空から放たれた高出力中赤外線パルスレーザーはマストに使われる木材を瞬時に蒸発・切断し、大砲の火薬を爆発させ、竜の首を吹き飛ばした。赤外線なので目には全く見えずに破壊する攻撃は、魔法のようにしか見えなかったことだろう。
「竜騎士まで出てくるとは思わなかったな。やっぱりあいつ等は王立空軍って事か。ふざけやがって」
艦隊の上空三千メイルでウォルフは一人呟くと、艦隊の航行能力を全て奪ったことを確認して機体の下部に出していたレーザー兵器を格納した。レーザー兵器は直径六十サント長さ一メイル程の大きさの筒型で、フォーク型の架台や射撃管制装置を入れると結構嵩張るのだが、荷室を削ってまで搭載しておいて良かった。
当初、この兵器を開拓地の外で使うことにはウォルフにも葛藤があった。あまりにも強力な兵器は軋轢を生じさせるからだ。しかし、王という立場にある者が宣戦布告もせず、覆面をかぶって民間のフネに襲いかかるという光景はウォルフに全ての躊躇を捨てさせるのに十分だった。この卑劣きわまりない艦隊を安全に無力化できるのなら、この兵器の使用を躊躇う必要はないと判断したのだ。
しかしそれにしても。この兵器を初めて実戦投入したがウォルフも驚く程の戦果だ。この調子では全艦撃ち落とす事も可能と思え、ちょっと一隻くらい撃ち落としてみたい誘惑に駆られてしまった。
これならば将来の世界周航で出かけた先でエルフと敵対したとしても、そこそこ何とかなりそうだという手応えを感じる事が出来た。シャジャルの話では、エルフはやはり人間に対し友好的では無いそうなのでウォルフも慎重に対策を検討している。雨や砂嵐だと吸収・散乱して射程がずっと短くなるので、レーザーが万能の兵器と言う訳にはいかない。カウンターという全ての攻撃を跳ね返す強力な魔法を使う者までいるとの事なので簡単に安心する訳にはいかない。他の防衛手段の開発を続けながら、精霊魔法の解明にも力を入れている。しかし、この戦果を見るとやはりレーザー兵器は攻撃力の主力の一つとして計算しても良さそうだった。
それにしても、マチルダからは王家とはお互い納得して取引したと報告されていたが、王家は全く納得していなかったようだ。ハルケギニアから脱出したとの言い分を信じることが出来ず、まだガンダーラ商会が匿っている可能性を無視できなかったのだろう。アルビオンを去る者ならば、もしエルフがいなかったとしても構わないという計算があったのかも知れない。
空賊に化ければ万が一表沙汰になったとしても、非難できないと思って安易に襲撃を仕掛けてきたのだろうが無駄な事だ。こんな襲撃でテューダー王家が得た物は、ウォルフ始めガンダーラ商会の敵愾心だけだ。
ただ、今後もシャジャル達の安全には注意する必要がありそうだと、ウォルフは少し憂鬱な気分になってはいた。
溜息を一つ付いて機首を返し、船団の後を追う。もうすぐツェルプストーが出張っている空域まで到達する見込みだ。
自分たちを襲撃した艦隊が戦闘不能になり竜騎士が次々に墜とされる様を、ガンダーラ商会の船員達も呆然として見ていた。
「あれは、何なんでしょう、神のいかづちでしょうか?」
そう訪ねる船員にカルロはゆっくりと艦隊の上空を指さして見せた。太陽を背にしているので敵の艦隊からは見えないようだが、こちらの船団からは遠目にその姿が見えた。一目見ただけでわかる、銀色をしたウォルフの飛行機だ。
「あんな所からウォルフ様は攻撃しているのですか? そんな魔法ってあるのでしょうか?」
「……魔法のことは分からない。しかし、ウォルフ様はそうすると言った。だから、そうなったのだ」
カルロ達ガンダーラ商会に長く勤める平民達のウォルフに対する信頼は絶大なものとなっている。ウォルフが指示したことには疑問を挟まずにその通りに動く。ウォルフはそれを思考放棄だとあまりいい顔をしないが、考えても分からないのだから仕方がない。
「……ウォルフ様なら、ハルケギニアを統一とか、出来ちゃうんじゃないですかね」
「興味が無さそうな事だ。かかる火の粉は振り払えど、自分から戦いを求める事は無いだろう」
「まあ、そうですね。確かにハルケギニアの王様になってふんぞり返っているウォルフ様は想像できませんが」
あれだけ大規模な空賊などいない。ましてや竜騎士を十騎以上運用するなど諸侯軍にもそんな規模の艦隊は無いだろう。ということはあの艦隊はハルケギニア最強のアルビオン王国空軍だということになる。
それをたった一機で葬り去ったウォルフに、味方ながら戦慄する。この船員は昔、ウォルフが虚無なのではないか、と噂になっていた事を思い出した。
「ウォルフ様が虚無だからこんなに目の敵にされるのですか? 王様が権力を奪われそうなのを心配して」
「……」
的外れな予想にカルロは苦笑しながら首を振る。今回の件はウォルフは関係なく、サウスゴータ側のトラブルだと聞いている。何故王家がここまで執拗に追跡してくるのかは分からないが、ウォルフに手を出した事を今は後悔しているだろう。
「虚無だった方が商会としては嬉しいのだが、残念ながら違うそうだ。ウォルフ様は火の系統のメイジだ。メイジの間では常識らしいのだが、虚無と他の系統のメイジとで系統を兼ねるという事は無いそうだぞ」
「はあ、そうなんですか。ウォルフ様は風だろうが水だろうが普通に使っているので、虚無くらい使えちゃうのかと思っていましたよ」
平民には魔法などあまり関係のない話なので中にはこんな風にトンチンカンな事を言うものもいる。カルロがまた苦笑しながら上空を見上げると、ちょうどウォルフの飛行機が船団を追い越すところだった。
船員達が歓声を上げる中、ウォルフは船団の周りを大きく周回してからまた高度を上げ、警戒する態勢へと戻っていった。ウォルフがいるのなら、大丈夫。船員達は先ほどとはまた違う安心感の中で航行を続ける事が出来た。