その日、ウォルフの父ニコラスはいつものように竜騎士隊の隊舎へと出勤していた。その様子は眠たげで、明らかに前日の酒が残っている風であり、またその事を隠そうともしていなかった。
ここのところ隊の士気は著しく低い。自分たちが忠誠を誓っていた太守は失脚し、いけ好かない議会があれこれと注文を付けてくる。その上今日は竜騎士に、竜に乗らない地上勤務を命じて来やがった。勤務の場所は太守の屋敷、内容は城屋敷の引き渡しの監視。街中でもあり、竜がいると騒ぎになるから竜では行くなとのことだが、そんな仕事は竜騎士の仕事ではない。衛兵を行かせるか足りないなら傭兵を雇えと思うが、効率化の名の下に議会はここの所こういった細々とした仕事を押しつけてくる。
これで給与がアップするならまだ少しは納得するのだが、ここのところずっと好景気だったというのに竜騎士の給与は一度も上げられていない。やる気を出せという方が無理な状態だ。竜騎士隊長が議会に何度も苦情を言っているが改善される様子はない。
「じゃあ、すまんがニコラス、行ってきてくれ。コクウォルズ男爵が指揮を執っているから、そちらの指示に従ってくれ」
「ほーい、いってきます」
「すまんな、よろしく頼む」
「今日予備番だったのが不運だったと諦めることにしますよ。まったく、予定通り昨日やってれば俺は関係なかったってのに」
隊長に頼まれて、自分の部隊の見習い三名を引き連れて屋敷まで歩いていく。竜ならば一瞬の距離だが歩くと結構掛かる。余分な予算を一切認めようとしない議会に対する怨嗟を口にしながら移動した。
行ってみた先の仕事も酷かった。サウスゴータ家の代表としてマチルダ、王家代表として近衛騎士団、議会代表としてコクウォルズ男爵を中心とした議員数人とが立ち会いに来ているのだが、議員達が連れてきた人員の質が低く、どこのゴロツキだといった感じだった。多分傭兵なのだろうが、その中でもたちの悪い類のように見えた。
屋敷内の絵画や装飾品などの内、財産的価値の高いものを運び出して売却し、その利益は王家と議会とで折半する予定だ。この屋敷は議会の管理下に置かれるのだが、この男達がとにかく目を離すとそこらのものを懐に入れる。いくら注意してもキリが無く、コクウォルズ男爵に訴え出ても神経質になり過ぎじゃないかと言われるだけで、何の対応もない。
「一体、何なんだ、この野盗の群れは」
「これは、あの議員達が仕組んでいますね。自分たちの私腹を肥やすつもりなのでしょう」
「ちっ、逮捕しちまうか? 記録用のマジックアイテムを持ってくれば良かったな」
ふと気付くと議会の荷馬車の他に家紋の付いていない荷馬車があって、次々と荷物を積み込んでいる。あまりにも公然と行われる犯罪に対し、どう対応すべきか迷っていると風メイジであるニコラスの耳にメイドの悲鳴が聞こえた。
あわてて声のした方に駆けつけると、議員の連れてきた男の一人が木の繁みにメイドを引っ張り込んで良からぬ事をしようとしている。
「《エア・ハンマー》」
「ぎゃあっ!」
「大丈夫か?!」
不埒者を魔法ではじき飛ばし、メイドを助けた。コクコクと青白い顔で頷いているが、まだ服も着ているし無事なようだ。
「てめえ、何しやがる」
何するも無いものだが、吹き飛ばされた男は怒り心頭といった風情で剣を抜いて斬りかかってきた。ニコラスはその攻撃を冷静に捌いてその剣をたたき落とし、更に足を払って転ばせる。
「婦女暴行未遂の現行犯だ。大人しくしろ」
「俺様が抱いてやるって言ってんだ、女だって嬉しいに決まってるだろうが!」
「死にやがれ! 色男!」
全く悪びれるところのない男を捕まえようとしたら背後から別の男に斬りかかられた。こういう場面で殴りかかるというのは割とよくあるが、さすがにいきなり剣を抜くということはハルケギニアでもそうは無い。攻撃を躱しながらニコラスは何か不自然さを感じたが、男達が何を考えているのかまるで分からなかった。
見ると、自分が連れてきた竜騎士隊の隊員達も複数の男達に襲われている。何とか捌いているようだが、向こうの方が圧倒的に人数が多い。ニコラスは目の前の男達をもう一度魔法で吹き飛ばしてから部下の方へと走り、『エア・カッター』を放って部下を助けた。
「あ、ありがとうございます、くそ、こいつら何なんだ」
「纏まれ。お互いに一定以上離れるな。落ち着けばなんてことはない相手だぞ」
「は、はい。副隊長の方へ行こうとしたらいきなり襲いかかられました」
じりじりと間合いがつまり、再び斬り合いが始まろうとしたその時、後方から制止の声が掛かった。
「静まれ、静まれーい! 喧嘩とは、一体何をやっておるのだ! ここは近衛騎士団団長・ショーン・グリーンが預かった。双方、杖と剣を引けーい!」
「ったく、来るのが遅えよ」
ニコラスは小声で毒づくが、ホッと胸をなで下ろしてもいた。今日連れてきているのはまだ竜騎士としては見習いの者達なのだ。白兵戦の経験もなく、こんなゴロツキ相手でも不覚を取る可能性は十分にある。
「ちょっと、ニコラス大丈夫かい? いったいどうしたんだい」
「ああ、マチルダ様、何、大したことはありませんよ。女の子を襲おうとした不埒者を逮捕しようとしたら逆ギレしただけです……あれ、あの娘はどこ行った?」
「そりゃ災難だったね。それと、様付けはやめとくれよ、あたしはもう貴族じゃ無いみたいだから…って、あたしが様付けするべきなのか?」
「マチルダ様はマチルダ様です。絶対に俺なんかに様付けしないで下さい」
駆け寄ってきたマチルダに答える。たとえ没落しようとニコラスにとっての主家はサウスゴータだった。
その後、近衛騎士団による取り調べが行われ、全員が一人ずつ聴取された。ニコラスは最後となり、団長のショーン・グリーンが担当に付いた。これまで見てきた様々な怪しいことを報告し、二度とこんな事がないように近衛騎士団としてサウスゴータ議会に働きかけて欲しいとまで言った。
しかし、全てを聞き終えたショーン・グリーンが発した言葉はニコラスが全く予想していないものだった。
「ニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガン男爵、君を暴行容疑で逮捕する。君に対する取り調べは今後権限を持つ議会が責任を持って行うことになる」
「……私の話、聞いてました? 一体どんな耳していたらそんな結論になるのでしょうか」
「君が主張しているメイドの悲鳴というものを君以外に聞いたものがいない。君の部下達を含めて。それと、現在この屋敷にいた全てのメイドを集めて確認したが、襲われたと証言する者はいない。よって君の証言は虚偽と見なした。その他の者の証言を整合すると、君がコクウォルズ男爵が雇っているカイルといざこざを起こして魔法で襲いかかったという事になる。君が先に魔法を放ったという事実は複数の証言により裏付けが取れている」
「……成る程」
どうやら、はめられたらしいとニコラスは気付いた。メイドの悲鳴は微かなものだったのでニコラス以外に聞いたものがいないというのはわかるが、メイドそのものがいないということは有り得ない。あのメイドかこの団長、もしくは両方がやつらとグルなのだろう。サウスゴータの司法権は議会が持っている。どうやら面倒なことに巻き込まれた事を理解した。
ニコラスは杖を取り上げられて市庁舎へと護送された。貴族なので手枷や腰縄はさすがに付けられなかったが、杖を奪われたことは屈辱だ。
マチルダが必死にニコラスの弁護をしたが、彼女の今の立場は犯罪者の娘でただの平民だ。何の効果もなかった。
この事件は議会によって直ちに念入りな調査が行われた。サウスゴータのド・モルガン邸は何度も捜査を受けたし、全く関係ないだろうにガンダーラ商会の商館まで彼の立ち寄り先というだけで数回にわたって念入りな捜査を受けた。ニコラスと商会の関係など、ボランティアで週に一回子供のメイジ達に魔法を教えているだけだ。当然抗議はしたが、今回のサウスゴータ謀反との関連性の有無を調べているとの返事で、謝罪などは無かった。
「どうやらサウスゴータ議会は本気で私達ガンダーラ商会に出て行って欲しいらしいわ。ニコラスさんの逮捕もウチに嫌がらせをするためだったみたい」
「名目上はただの暴行事件なのに、殆ど関係ない商会の帳簿を差し押さえるとか意味が分かりません。ただの嫌がらせに間違いないでしょうな」
「そうね。ニコラスさんに面会して詳細を聞いたけど、卑怯な罠にかかったのは間違いないみたい。あくまで目標はこっちって訳ね。これを見て頂戴」
ガンダーラ商会の商館に集まった面々に、タニアが今回のニコラス逮捕の直後に議会に提出された法案を見せた。この日の会議にはサラやカルロなど商会の幹部の面々の他マチルダとついでに護衛のモレノも参加していた。
その内容は、地場産業の振興と職人の雇用確保のため今後サウスゴータ地方では面積が一アルパン以上の工場は操業を禁止する、というもの。大きな工場が増えると競争力に劣る小さな工場は経営が難しくなり、その事は新規の起業が難しくなると言う事を意味する。それは産業の活性化を阻害する、というのが彼らの理論だ。
この地方でそんなに大きな工場などガンダーラ商会の工場しかない。既に操業している工場を停止させるとは、何処が産業振興なのかとこちらとしては言いたくなるが、ガンダーラ商会を狙い撃ちした法案なので言っても無駄なのだろう。
「これは、非道い。移転の計画を前倒しするしかないですな」
「最後まで良く読んでね、この法令は公布後一週間を持って有効となり、一アルパン以上の面積を有する工場はその敷地を更地と見なすってあるでしょ? そんなのんびりしている暇はないわ」
「無茶な。たとえ法令で操業を禁止したとしても上物である建物や設備は我々の財産だ。この法律は財産の私有を認めたアルビオンの国法に違反している」
「公共の利益のためならば財産権を制限できるという条項を悪用するつもりみたいね。そこで、こっちの別の公共事業案を見てね? やっぱり産業振興のためにチェスターで公営の牧場を始めるそうよ」
新たに見せられた申請書は確かに公営事業についての認可を求めるものだったが、添付されている地図には工場の土地が更地と記されていた。そしてやはり添付されている書類には接収計画なるものがあり、公共の利益のため当該地域の私有地は適正価格を支払い取得する、とある。その予定価格は工場が進出する前の寒村だった頃の相場で、しかも荒れている土地のもの程度しかないものだった。
「……つまり、あと一週間で工場の土地上物は全部議会のものになってしまうのですな? 僅かな端金を支払われて」
「そうなるわ。あまりにもデタラメなんで国の貴族院に問い合わせたけど、個別の領地の法令に関与するのは慎重に行いたいとの返答だったわ。とても臨機応変に対応はしてくれないでしょうね」
「それは……対応してくれたとしてもその時には既に取り返しが付かなくなっていそうですな」
「だからもうあそこは即時撤退することに決めました。工場にある物資を運び出すためにガンダーラ商会の全てのフネをアルビオンに集めています」
法律があって、行政がその法律を守るからこそ安心して企業活動もできる。議会が欲望をむき出しにして法律を守る気がないのならば、そんな場所に留まる理由はない。
「くそう、何てデタラメなんだ。ウォルフ様は何も言ってなかったのですか?」
しかし、突然そんな事を言われても、その理不尽をすんなりと受け入れられるものではない。フリオは声を荒げて机を叩いた。日頃はいい加減な彼も、愛着あるサウスゴータから出て行かなくてはならないという事態には激しい怒りを感じる。出来ることなら議会をぶっ潰してしまいたい程だ。ちなみにウォルフはシャジャル達を脱出させたきり、ニコラスの逮捕もあって今のところアルビオンには戻って来ていない。
「ふふ、笑え、と言っていたわ。ホント、あの子は子供とは思えないわ」
「笑え、ですか?」
今、怒りで歯を食いしばっていたフリオは唐突な言葉を受け、聞き返した。
「そうよ。腹が立ったら笑えって。議会の小物っぷりは笑うしかないだろうってね。最初は、議会うぜええええって叫んでたけど」
「その議会によって笑えない損害を被る訳ですが……」
「ウォルフによれば、誰かが傷つけられたり殺されたりした訳じゃ無いんだから、笑い飛ばせるってさ。どうしてもみんなが議会をぶっ潰したいのなら、それが出来るような武器を提供するけど、議員を皆殺しにしてまでサウスゴータで商売がしたいってわけじゃあ無いだろうって」
「皆殺し……ウォルフ様だと、そう、なりますか」
「そうらしいわ。世の中の大抵のことは大したことはない、怒るべき時は別に有るって。あの子だけは怒らせたくないって思ったわ」
確かに、考えてみればサウスゴータでは随分と利益を上げてきた。今回の撤退費用を入れてもその収支は圧倒的なプラスだ。余計な費用が掛かるのは残念だけど、人を殺してまでどうこうするという事態ではないように思えてくる。殺気立っていた一同は少し落ち着く事が出来たようだ。
「ううむ。しかし、さすがに一週間ではフネが足りないのでは?」
「足りなかったら余所から持ってくるのよ。一週間くらいでは何も出来ないだろうと舐めきっている奴らに、目にもの見せてくれるわ」
タニアが机の上に新たな資料を広げる。そこにはおおよそ見積もった荷物の量と、各地の貴族や商会から借りる事になったフネの積載量と入港予定日が記されていた。
「友好関係にある各地の貴族や商会に依頼してフネを出してもらっています。ツェルプストー辺境伯などは大喜びで大量の船舶を出してくれましたし、いくつか大型の機械は搬出を諦めなくてはならないかも知れないけど、ほぼ全ての機械や設備は運び出す目処が立ちました」
「おお……確かにこれだけあれば」
「ふむ。やつらが接収できるのは空の工場だけというわけですな。それはそれでざまあみろと言う気にはなりますな」
法令の公布から施行まで一週間有るのが唯一の救いだった。それでも法律で制定されている最短の期間だが、おかげで対策を取る事が出来そうだ。
「みんな、なんか、ゴメン」
「や、マチルダ様が謝ることはないですぞ、そもそも議会が悪い訳で…」
「うん、でもウチがもっとちゃんとしてたら…」
マチルダがガンダーラ商会の面々に謝る。これまではモード大公や太守の重しが有ったので議会も大人しかったが、随分と無茶をしてくるようになった。以前ならば、議会がこんな法律を通してきたとしても、大公か太守のどちらかがノーと言えばそれで終わってしまっていたのだが、今はどちらもいない。二人の影響力が無くなった時、議会にどれほどの権限があるのか、今まではあまり考えていなかった。
コクウォルズ男爵など数人の議員には黒い噂もあったのだが、確認が取れなかったこともありこれまで放置してきた。太守が太守としての権限を使ってもっと捜査をしていれば今日のようなことにはならなかったかも知れない。
「マチルダ様がそれを言ってもしょうがないでしょう。まさか太守様がこんな事になるなんて、誰も想像できなかったのですし」
「うん…でも……」
モード大公がエルフというアキレス腱を抱えていたのをマチルダは知っていた訳で、失脚するという可能性も考えて最善を尽くしておくべきだったと後悔している。エルフの件を知っているマチルダから見れば、ニコラスの逮捕は商会に捜査に入る口実作りとしか思えなかった。
自身は学業があり、親の仕事もあまり手伝えなかったのだが、何とか出来たのではないかという思いは消えない。今回のニコラスの逮捕で議会の無軌道ぶりを改めて思い知らされた。サウスゴータで個人商会を始めようかと思っていたが、こんな議会のもとではとてもではないが商売などやっていけるものではない。マチルダの事業は開始前から暗礁に乗り上げた。
「さ、それで問題は従業員達の今後です」
「従業員達にも生活がありますからな。いきなり工場を閉鎖すると言われても困るでしょう」
マチルダが黙り込んだのを見てタニアが話題を戻した。今回集まったのはこっちが本題だ。
「転勤に応じてくれる人には家族の引っ越しなども含めてかかる費用を商会で負担します。応じられないという人には申し訳ないですが、退職金を渡して解雇という形になりますね」
「……不満は出るでしょうな。今まで上手く行っていた分、なおさらです」
「今回の移転決定の経緯については、全て詳しく文書に記して掲示します。全て書けば我々が何故この地で商売をやっていけなくなったのか理解して貰えるはずです」
議会で決定される法律は全て公示されているが、一般市民は日頃法律などに興味はなく、意識しないで生活している。大抵の法律は一般市民の生活にそれほど直接関わってこないし、専門用語で書かれているので難解だからだ。
今回の撤退発表も一般市民からしてみれば唐突なものと映るだろう。きちんと起こっている事態を理解してもらうために丁寧な説明は不可欠だ。
「まあ、工場の桟橋とロサイス港の使用禁止から始まって工場の操業禁止、そして強制接収の可能性まで順を追って説明すれば我々がもうこの地では活動できないということを理解しては貰えるでしょうな」
「ええ。それに加えて裏では議会に対する噂を流すわ。ニコラスさんは前太守に忠誠を誓っていたために罠にはめられた、とか竜騎士隊が反抗的だから見せしめにされた、とかサウスゴータ様の事件も実は議会の陰謀だったのではないか、とか有ること無い事ね」
大体サウスゴータ家が王家に謀反を企むなんて事を信じる人はこの街にはほとんどいない。皆今回の事件には不自然なものを感じていたので、きっと噂には色々と尾ひれが付いて広まっていくことと思われる。
「まあ、ささやかな抵抗だけど、市民達が議会に対する疑念を強めてくれたらいいかと思っているわ」
「あの議会さえなければ、何時でも戻ってこれる訳ですからなあ。ウォルフ様の開拓団の移民募集も一緒に掲示しましょう。あの議会のもとで暮らすのは不幸です。いつでもこの街を捨てて新たな生活を築けるということを教えてあげませんと」
マチルダがまた、辛そうな顔をしたが、今度はすぐに顔を上げた。
「そうだね。あいつらが思い知るためには一度みんないなくなっちゃえば良いのかも知れない」
「とりあえずウチの工員には、全員移住して貰いたいと思っていることを伝えるつもりよ」
この後タニアから撤退までの行程表が発表された。中々タイトな日程で、皆時間的な余裕があまり無いことを今更ながら思い知った。
それぞれが自分の部署でするべき仕事が大量にあるので、今回の会議は早々に終了した。
事件から十日程後に行われた裁判の結果、ニコラスは有罪となった。その日の朝方近くまで飲酒していたことが暴露され、酒が残っていて喧嘩をしたのだろうという結論だ。ちなみに、議会の調査の結果、サウスゴータ家の荷物を積み込んでいたとニコラス達が証言していた馬車はその存在そのものが否定された。ニコラスにとって不幸な事に、メイド達は屋敷の中を担当しており、その馬車を見ていなかった。
騎士隊ともあろうものが職務中に酒に酔って喧嘩をし、あまつさえ魔法を使って他家の者に大怪我をさせるなど言語道断とのことで、ニコラスへの処分は竜騎士隊を解雇、爵位と屋敷は没収、シティオブサウスゴータへの立ち入り禁止という随分と厳しいものになった。
ようやく釈放されたニコラスを、エルビラは文句を言うこともなく普段通りに出迎えた。屋敷を退去するために許された時間は一週間。夫妻は長年住み慣れた屋敷から退去するために荷造りを始めた。