トリステイン貴族ラ・ヴァリエール公爵から東方開拓団団長ウォルフ・ライエ・ド・モルガンへの書簡
急啓
このたびはご来訪下さりまして、誠にありがとうございました。おかげさまにて、カトレアも以降は体調を崩すことなく元気にしておりました。
しかし、格段のお心遣いを頂いたミスタ・ウォルフには申し上げにくいのですが、また不躾なお願いを申し出なくてはならない状況になりました事をお伝えします。
カトレアがエオローの週ユルの曜日の夜、突然出奔いたしました。当方でも手を尽くして捜索しておりますが、今のところ見つけることは出来ていません。
妻が現在実家に帰って書庫を調査しておるのですがそちらにも現れず、完全に行方を見失っております。
ミスタ・ウォルフから提案された東方行を本人は希望しておりまして、私が安全を考慮して許可を出さない事に納得していないようでした。もしかしたらそちらに現れるということも有ろうかと思っております。
もし、そちらに姿を現すことがございましたら、なにとぞご一報下さりますよう、お願い申し上げます。
草々
始祖歴六二三七年ヤラの月エオローの週オセルの曜日
ピエール・ド・ラ・ヴァリエール
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン様
* * * * *
ウォルフ・ライエ・ド・モルガンからラ・ヴァリエール公爵への書簡
拝復
お手紙頂戴いたしました。ちょっと時間がないのですが、取り急ぎお返事いたします。
カトレアさんは無事当方で保護いたしました。
一般のメイジとして移民希望見学会に参加して開拓地にやってきましたが、いたって元気にしております。彼女の強い希望でこれから東方のアルクィーク族の村まで行く事になりました。
帰りましたら、またあらためてお知らせいたします。
拝答
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週虚無の曜日
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン
ラ・ヴァリエール公爵様
* * * * *
ラ・ヴァリエール公爵からウォルフ・ライエ・ド・モルガンへの書簡
前略
カトレアが無事との知らせ、ありがたく受け取りました。
東方へはもう出発してしまったのでしょうか? もしまだならば取りやめて直ちにカトレアを帰していただきたいと願います。
とりあえず迎えの馬車を送りました。そちらへ到着するまで二週間程掛かる見込みですが、もしこちらに来るフネ等に便乗出来るようでしたら馬車は無視して構いません。とにかく一刻も早くカトレアと会いたいので、便宜を図って下さるよう重ねてお願い申し上げます。
草々
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週エオーの曜日
ピエール・ド・ラ・ヴァリエール
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン様
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ウォルフ・ライエ・ド・モルガンからラ・ヴァリエール公爵への書簡
拝復
本日、東方より帰ってまいりましたので、取り急ぎお返事いたします。
カトレアさんは当人の希望でアルクィーク族の村に残って治療を受けることになりました。カトレアさんから公爵への手紙を同封してあります、お受け取り下さい。
当地の医師、ルーさんの話ではカトレアさんの病気は精霊病と呼ばれているもので治療可能とのことです。ただ、普通は三歳くらいまでに発病するものなので、カトレアさん程病気のまま成長した前例は無く、また系統魔法を使っていることの影響も無視できないので治療には時間が掛かるとのことです。それでも、二ヶ月は掛からないだろうとの見込みだそうですので、再びカトレアさんとお会いできる日を楽しみにゆったりとお待ち下さればよろしいかと存じます。
待ちきれないというときのために、別紙にアルクィークまでの地図を記しました。ラ・ヴァリエールからだと三千リーグと少々の距離になると思います。
そう言えば、公爵夫人はまだ実家の方に調査に行っているのでしょうか? もしまだ行っているようなら調査は不要になったとお知らせしてよろしいかと思います。
カトレアさんの病気が治りそうとのことで、私もとても嬉しく感じております。まだ寒い季節は続きますが、お体に気をつけてご自愛下さい。
拝答
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週マンの曜日
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン
ラ・ヴァリエール公爵様
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トリステイン貴族カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌから父親への書簡
拝啓
こちらは冬とは思えない暖かな日々が続いておりますが、ハルケギニアはまだまだ寒いのでしょうね。お父様、お母様、それに小さいルイズとロラン、皆健やかにお過ごしでしょうか。
何の断りもなく出奔いたしましたこと、お詫び申し上げます。ミスタ・ウォルフには格別のお計らいを頂き、無事アルクィークの村に着きました。
こちらは一面見渡す限りの草原で、アルクィーク族はその中で羊を飼って暮らしています。遊牧民と言うのだそうですが、旅人をもてなす習慣があるとのことで異邦人である私のことも暖かく迎え入れて下さいました。
お喜び下さい。私の病気は治せるものだと診断されました。
今まで私や家族皆を苦しめてきたこの病から解放されるということは俄には信じがたいことですが、もし本当ならば夢のような気持ちです。皆様に会えないのは寂しいことですが、暫くの間私はこの地で治療に専念したいと思います。
健康な体になって皆様と再会できることを楽しみにしています。
敬具
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週マンの曜日
不肖の娘、カトレアより
親愛なるお父様へ
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ラ・ヴァリエール公爵からウォルフ・ライエ・ド・モルガンへの書簡
前略
カトレアが治療可能とのこと、あまりにも望外の知らせにてただ今混乱いたしております。
しかし、二ヶ月も娘の顔を見られないというのは辛いものです。何とか一度顔を見られるよう、手配いただきたく存じます。
不躾な願いだとは承知しておりますが、何とぞ娘を思う親心をお汲みいただけますよう、重ねてお願い申し上げます。
草々
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週イングの曜日
ピエール・ド・ラ・ヴァリエール
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン様
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ウォルフ・ライエ・ド・モルガンからラ・ヴァリエール公爵への書簡
前略
継続して治療を行う必要があるとのことで、カトレアさんは途中で帰ってくる訳には参りません。
どうしてもお会いしたいというのであれば、ラ・ヴァリエール公爵が彼の地へと行く必要がございます。モーグラが一機有れば二日程で安全に行ける程度の距離ですし、方向さえ間違えなければ何もない草原ですので行けば上空からその村を見つけることは可能だと思います。
いきなり村の中に着陸するなど無茶をしなければ友好的な部族です。一度お会いにいかれるのもよろしいかと存じます。
ただ、あなた様がゲルマニアを通過して渡航する許可を政府から得るというのは、一開拓団の団長であるわたしの手には余る事です。どうかご自身で御手配下さいますよう、お願いします。
なお、カトレアさんの元には通信用に私の部下の使い魔を一羽残してきました。週に一度程度手紙が送られてくる予定ですので、来ましたらそのまま転送いたします。
ご心配なのだろうとは思いますが、アルクィーク族は親切な部族です。ご安心ください。
草々
始祖歴六二三七年ヤラの月ティワズの週ダエグの曜日
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン
ラ・ヴァリエール公爵様
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カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌから父親への書簡
再啓
早いものでこちらに来てから一週間が経ち、初めての虚無の曜日になりました。お父様、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
ルーさんによる治療は順調に進んでいるそうで、こちらに来てから一度も体調を崩すことはありません。
私の病気である精霊病とは自分と世界との境界が曖昧になって、命が体から出て行ってしまうというものだそうです。その命はそのまま精霊になってしまうとのことですが、それを防ぐためには世界の一部である自分を認識しつつ世界と自分とを区別する必要があるそうです。
世界と自分とを別なものとしながら世界に干渉する系統魔法の感覚は邪魔になってしまうそうで、ここに来て三日目にお父様から頂いた杖を燃やしました。病気が治ればまた杖を持っても大丈夫だろうとの話ですが、長年慣れ親しんだ杖を燃やすのは辛かったです。
お母様とルイズにもそれぞれ手紙を記しました、渡して下さいますようお願いします。
まだまだ寒い日々が続きます、お体にはお気を付けて。
敬具
始祖歴六二三七年ハガルの月フレイヤの週虚無の曜日
カトレアより
親愛なるお父様へ
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ラ・ヴァリエール公爵から娘への書簡
前略
事情はウォルフ君に聞いた。今すぐ会いに行きたいが、中々思った通りに行動できない。こんな時は公爵という自分の身分を恨めしく思う。
多分トリステインが東方に興味を持ったとゲルマニア政府に思われたくないのだろうが、私を連れてそちらに行くのは難しいようだ。彼に頼らねば私には東方へなど行く術はない。
本当にお前はお前なのか、この手紙は本物なのか、じっとしていると色々疑念が湧いてきてしまう。疑っても、どうしようもないというのに。
とにかく、今はカトレアやウォルフ君の手紙を信じて待ちたいと思う。それしか出来ないからなのかも知れないが。
治療のためとは言え杖を燃やすなどと、異境の地で一人どんなに心細い事だろうか。ああ、今すぐ会いに行けない父を赦してくれ。お前が無事に戻ったらまた家族みんなでテージョの丘へピクニックに行こう。勿論動物たちも一緒に。
寒くはしてないか? 着替えは十分にあるのか? 食事はちゃんと摂っているか? お前が無事にラ・ヴァリエールに帰ってくるのが一番大事だと言うことを忘れずに行動して欲しい。
いついかなる時もお前の幸せを願っている。
草々
始祖歴六二三七年ハガルの月フレイヤの週ラーグの曜日
ピエール
最愛なる娘、カトレアへ
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カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌから父親への書簡
前略
お手紙届きました。こんなに離れていても私たち家族は繋がっていられるのですね、とても嬉しかったです。ピクニック、楽しみですね。あんな昔のことをお父様が覚えていらしたのがとても嬉しいです。家族揃ってあの丘で食べたお母様のバゲット、懐かしいです。不揃いではありましたが、私のこれまでの人生で一番美味しいと感じた料理です。
こちらの生活にも大分慣れてきて、毎日新鮮な驚きと共に過ごしております。夜空が白む頃に起き出して日が暮れると寝る毎日です。ラ・ヴァリエールにいた頃は朝寝坊だった私が毎日朝日が昇るのを見ているのですから、驚きでしょう?
食事については村人達と同じ物を頂いていますので、ご心配になるようなことはありません。昨日は羊の生レバーを初めて食べました。新鮮なレバーってあんなに美味しいんですね、まだ暖かいレバーを夢中で食べて口の周りが血まみれになってしまいました。
私はルーさんのテントに泊めてもらっていますが、夜いつも寝る前には色々お話しして大分仲良くなりました。ルーさんはハルケギニアのファッションに興味が有るみたいです。
ルーさんの話では病気は日々少しずつ治していくしかないそうです。今は精霊との一方的な契約によって私の命の器に空いてしまっているという穴を塞いでいる最中です。言葉で説明するのは難しいですが、精霊病とはそういう病気だそうです。塞いだ後できちんと契約を結び治せばもう再発することは無いとのことです。
とにかく体の調子は良いです。毎日馬に乗って子供達と一緒に早駆けしていますが、調子が悪くなる気配さえ有りません。
こちらでの暮らしは中々楽しいので、のんびりと治していこうと思っています。
遙か東の地より、皆様がお元気に過ごされることをお祈りしています。
草々
始祖歴六二三七年ハガルの月ヘイムダルの週虚無の曜日
カトレアより
親愛なるお父様へ
追伸 手紙用に持ってきた紙を集落の子供達にあげるととても喜びます。ウォルフさんに次に来るときに多めに持って来て欲しいと頼みたいので、お父様から開拓地に送って頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
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ラ・ヴァリエール公爵から娘への書簡
前略
カトレアが日々楽しく過ごしていると聞き、安堵していることをまず第一に伝えたい。お前の手紙を読んで私も懐かしくなり、今日はカリーヌにあのバゲットを作ってもらった。しかし、味はあの時と同じ筈なのだが、何故なのだろうな、あの時程美味いとは感じられなかった。やはりあの丘で皆で食べるから良いのだと思う。
紙のことは了解した。ウォルフ君に頼むと同時に彼の開拓地に大量の紙を送っておいた。きっと請け負ってくれるだろう。
そろそろどうだろう、帰ってこられる見込みとか、そういったものが立つのではないかと願っているのだが。動物たちが寂しがっている。ロランもルイズも、もちろん私やカリーヌもだ。
ウォルフ君に無理を言ってモーグラを入手した。今操縦を習っているのだが、ガンダーラ商会の教官がやたらと無礼な小娘だ。カリーヌには丁寧に礼儀正しく教えるくせに、わしには平気で罵声を浴びせおる。馬鹿にするなと怒鳴ってやりたいのだが、何故か彼女の前だと言う事を聞いてしまう。何か魔法でも使われているのだろうか、全く困ったものだ。
日々我慢して教えを受けているが、大分操縦にも慣れてきた。ゲルマニアの許可さえ出ればカリーヌか私のどちらかはそちらに会いに行けるかも知れない。
また会える日を楽しみに待っている。
草々
始祖歴六二三七年ハガルの月ヘイムダルの週ラーグの曜日
ピエール
最愛なる娘、カトレアへ
追伸 お前は世間知らずなのでしょうがない事なのかも知れないが、世の男性貴族は女性が生肉を食べるということを好まない。
今後病気が治れば男性とお付き合いをすることもあろうかと思うが、生レバーが美味しいなどとは口走らないように。というか出来ればそんな食習慣は身につけないで欲しい。
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カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌから父親への書簡
前略
私が家を出てもう一月が経ちました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
紙のこと、ありがとうございます。ここの人達にはお世話になりっぱなしで返せる物が無く、心苦しく思ってしまいます。
このアルクィークの大地で日々暮らす内に、精霊を感じ取る事が出来るようになりました。もう少ししたら精霊と契約して精霊魔法を使ってみるつもりです。
精霊魔法を滞りなく行使できるようになれば、もう病気が再発する心配はないそうです。
毎日毎日、羊の世話をして馬であちこち走り回っています。動き回っているのでお腹がとてもよく空いていっぱい御飯を食べています。こんど会ったときに驚かれてしまうかも知れませんね。
今日の夕ご飯はギニーというネズミのような小動物の皮を剥いで丸ごと羊の脂で素揚げした物でした。これは形がそのままで食卓に出てくるので最初は抵抗がありましたが、クリスピーな食感とジューシーなお肉で今では一番お気に入りの料理です。あまりにも美味しいので家に帰ったときにリス達を見る目が違ってしまいそうです。特に骨の周りのお肉が美味しいのですよ。
捌くのも上手くなったしラ・ヴァリエールに帰ったら作ってみたいのですけれど、ギニーってハルケギニアにもいるのかしら?
私が揚げたギニーの姿揚げを皆で食べられたら、楽しいでしょうね。ではまた、お便りします。
草々
始祖歴六二三七年ハガルの月エオローの週虚無の曜日
カトレアより
親愛なるお父様へ
追伸 羊の生レバーの美味しさを解ろうとしない殿方なんて、こちらからお断りです。
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ラ・ヴァリエール公爵から娘への書簡
前略
カトレアよ、これは大事な話だからよく聞いて欲しい。
手紙には書いてはいけないことがある。誰に見られるか分からないものなのだから。
我々はブリミル教徒で、ブリミル教徒の中で日々暮らしている。お前にその気がなくとも教会から見ればそれは異端とされてしまうかも知れない。
だから、その魔法は使わないで欲しい。お願いだ。
ああ、今すぐお前に会いたい。ゲルマニアが飛行許可を出さない。私は娘に会いたいだけなのに。
また会ったとき変わらぬカトレアで有ることを願っている。
草々
始祖歴六二三七年ハガルの月エオローの週ラーグの曜日
ピエール
最愛なる娘、カトレアへ
追伸 ネズミの姿揚げを好きだというのも他の人の前では口にしないで欲しい。
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カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌから父親への書簡
前略
先週はずっと集落の引っ越しで忙しく、お手紙を書く時間が取れませんでした。
集落は季節毎に移動しているそうなのですが、今回移動するなり今年初めての羊の出産がありました。母というものはあのように大変な思いをして我が子を産み落としているのですね。
私もいつか誰かの母になるのでしょうか。なんだか今までは考えもしなかったことですが、とても素敵なことと思えます。
魔法のことなのですが、精霊魔法が異端であるとは私には思えません。異端であるというのはこの世界の有り様を理解していない人が言うのではないでしょうか。
私はお父様とお母様の娘として生まれたことを誇りに思っています。ですから、生まれついてのことは恨むまいと病気であることを受け入れて生きてきました。
私には精霊魔法を扱う才能があるそうで、ルーさんにはまるでエルフのようだと褒めて貰っています。この才能もお父様とお母様に頂いた物ですので、それを恥ずかしいと思うようにはなりたくありません。
確かにハルケギニアでは誤解されることも有るかも知れないとは思いますが、お父様には私の気持ちを知っていただきたく、あえて記しました。
こちらからの手紙はこれで最後になります。ウォルフさんの都合次第ですが、ようやく帰れることになりました。
そうです、帰れるのです。
まさか本当に病気が治る日が来るとは、今もって信じられない思いです。一刻も早く皆様と会ってこれが夢ではないことを確認したいです。その日まで、後暫くお待ち下さい。
草々
始祖歴六二三七年ディールの月フレイヤの週虚無の曜日
カトレアより
親愛なるお父様へ
追伸 今日は芋虫の躍り食いをしました。地中に棲む白くて十サント程もある芋虫で、最初は食べにくいものですが、頭を指でつまんで口に入れ、そのすぐ下の所を前歯でプツッと噛み切ると上手く食べられます。とてもクリーミーで美味しいものですが、これもハルケギニアの男性にはお気に召さないのかしら。
* * * * *
カトレアの手紙はいつものように四日かかってトリステインのラ・ヴァリエール公爵に届いた。
「カトレアが、エルフのようだと言われて喜んでいる」
「そ、そんな……」
「それどころか、先住魔法を使えるようになってしまったらしい」
ラ・ヴァリエール公爵は手紙を読むなりデスクの上に放り出して頭を抱えた。もはや追伸に突っ込む気力もない。
夫が読み終わるのを待っていた妻のカリーヌは机の上から手紙をひったくると急いで目を通し、やはり同じように頭を抱えた。実家の伝承のことはまだ夫にも話していない。いや、話せなかった。
「とにかく、この事は絶対に秘密にしなくてはならん。ルイズのこと以上に大問題だ」
「そう、ですわね。系統魔法が使えなくなる訳じゃないようだから、先住魔法を使わせなければ良いのですね」
「この事は世話になったウォルフ君にも知られる訳にはいかん。カトレアにも口止めをせねば」
「多分、ミスタ・ウォルフはもう知っています。そのアルクィーク族とも取引をしているようですし」
「くっ、そうか、そうだよな。彼は恩人だ、それは間違いない。だが……」
「あなた……」
「いや、何でもない。ラ・ヴァリエールは恩を忘れたりはしない。絶対にだ。我々には誇りがある」
カトレアの病気が治って帰ってくると言うのに、喜んでばかりいられない事態となった。
もし、娘が先住魔法を使っていることが教会にでも知られれば公爵家といえども無事には済まない。その危険性を全て排除したくなるような気持ちが、ともすれば公爵の胸の内に浮かんでくる。
公爵は軽く頭を振ってその考えを追い出すと、複雑な気持ちを抱えたままカトレアを迎える準備を始めるのだった。