「じゃあ、この夫婦にはこの子とこの子。こっちのまだ若い夫婦にはこの子ね」
「そうですね。やっぱり男の子は難しいですから、お姉ちゃん役がいたほうが問題が起きにくいと思います」
「オッケー。じゃあこれでよろしく頼む」
「かしこまりました」
タニアが商館の応接室でラ・ヴァリエール公爵の相手をしている頃、ウォルフは商館の奥の部屋で孤児院の職員と養子に出す子供について選定をしていた。
ウォルフの東方開拓団は順調にその規模を大きくしていて、叙爵申請だけならもういつでもできる程にはなっている。
移民達の生活も落ち着いてきて養子を欲しがる夫婦が出てきたので、サラの孤児院から養子縁組しようという事になったのだ。普通は農地を持つ夫婦が不妊だと弟妹の子供を養子に貰って跡継ぎにするものだが、開拓団に参加している夫婦には弟夫婦などに農地を譲ってきた者達が結構いる。
親のいる子供を両親から引き離すのはしのびないと考えての事らしいが、やはり子供は育てたいという思いは強いらしい。秋の収穫を無事迎えられて今後の生活に見通しが立った事もあり、ウォルフに養子縁組の希望が多く寄せられるようになった。
本当はサラも選定に参加すると言っていたのだが、降臨祭で年少組の子供達を連れて教会に行っており、ウォルフと残った職員で決めている。元々は午後に予定していたのだが、ラ・ヴァリエール関連でウォルフの時間が少なくなったためにこういう仕儀に至った。サラはサラで午後に最終確認する予定だ。
ここのところ開拓団長としてのウォルフの仕事はこういう雑用が多い。最初の頃は全ての判断を要する事項がウォルフに集まってきていたが、類似する事柄を一つ一つ各部署に割り振っていった結果、通常業務に関してはウォルフが判断を仰がれるようなことは無くなった。
現場に出て直接木を切ったり築堤工事に参加したりする事は少なくなり、代わりに団員達の不満を解消したり装備の充実を図ったり、開拓団全体がスムースに機能するように気を配っている。
「ちょっとちょっと、ウォルフ」
「お、タニア、ラ・ヴァリエール公爵はもう帰った?」
「いや、ちょっと今待たせているんだけど、相談に乗りなさいよ」
応接室から出てきたタニアが帰ろうとしていたウォルフを捕まえて会長室に引き込んだ。かいつまんで公爵との会談内容を説明し、対応を協議する。タニアの立場としてはトリステイン進出の足がかりとしてラ・ヴァリエール公爵とは親交を深めておきたいが、問題は向こうの要求内容だ。
「サラをトリステインなんかにやれないよ。何言っちゃってんの?」
ウォルフが怒気をはらむ。タニアは気圧されながらも説明を続けた。
「いや、そうなんだけどね? トリステインのとは言え公爵様だし、娘さんも気の毒な事になっているしどう断ったら良いかって問題が…」
「最低限、娘さんにこっちに来て貰って、オレの立ち会いの下でないと認められない。当然向こうの人数には制限掛けるよ」
「娘さん体弱いから長距離移動に耐えられないって言うのよ…」
「飛行機で迎えに行ってやればいいじゃん。たいした時間じゃないよ」
「ほら、アルビオンは標高が高いから無理させたくないんだって」
「気圧くらい風石でどうとでもなるだろ」
「私たちはそう思っても、向こうは娘さんの命が掛かってる訳だから……」
「ふう……病気の娘さんには気の毒だけど」
「んー、やっぱり断るしか無いのかしら」
なんと言ってもサラの安全とは比べられない。サウスゴータやガリアとは違うのだ。陰謀では無いと言う事が完全に否定しきれない事もあり、断る方向に気持ちが向かう。
しかし、そんなウォルフの脳裏に、やはりラ・ヴァリエール公爵の娘・ルイズの顔が浮かぶ。一昨日会ったばかりだが、泣き顔、笑顔、色んな顔を見てきた。
大きく溜息を吐いて天井を仰ぎ、考えを整理する。ラ・ヴァリエール公爵の希望は化粧品開発者による診察。しかし本当の願いは次女の治療。
「知らなければ判断できない」いつものウォルフの信条を思い出した。
「待って……とりあえず今日この後ルイズに会うから、そっちにも話を聞いてみる。公爵達は今夜のフネでロサイスを発つって言ってたから、それまで返事を保留しておいて」
「ルイズさんってこっちに来ている公爵の三女ね、虚無の。分かった、公爵にはそう伝えておく……公爵みたいな立場だと、娘のためとは言えあんな風に頭を下げられない人も多いのよ。何とかしてあげたいって思ったわ」
「ん。知る事、まずはそこから始めよう。よく考えたらオレがトリステインに行っちゃえば良いんだな」
「……そうよ。それであなたが判断すれば良いんだわ。サラを表に出す事無いじゃない」
サラをトリステインに行かせられない事に変わりはないが、ウォルフが見て治療不可能ならばサラにも無理だろう。サラにもウォルフにも医学の専門知識が有る訳でもないし。
ラ・ヴァリエール公爵には不満が残るかも知れないが、ウォルフが見てダメならばガンダーラ商会として出来る事など無いので、その時は諦めて貰うしかない。ウォルフは商館を出ると真っ直ぐにルイズと約束している中央広場へと向かった。
祭りの飾り付けと共に様々な屋台が並んでいる中央広場に着くと、そこは人込みでごった返していたがルイズはすぐに見つかった。一番人気の屋台の長い行列の中にその特徴的なピンク色の頭を見つける事が出来た。
「ルイズ、もう待ち合わせ時間になるぞ」
「あ、ウォルフ。ちょっと待って、もうちょっとだけ。この屋台昨夜も人が凄くて食べられなかったのよ」
「…一応ルイズの分も昼食頼んであるから、並ばなくても良いんだけど」
「でも、私アルビオン料理は苦手だし、ここの鶏肉は美味しいってみんな言ってるし、もう結構前まできたからもうちょっと待っててよ」
ウォルフを待たせてでもルイズは列から離れるつもりはないらしい。もうちょっとと言っても、まだ二十分くらいは掛かりそうな位置だ。軽く溜息を一つ着くとルイズから離れ、ウォルフは行列の先の屋台に向かう。混雑する売り場の横を通り抜けると奥の調理場へ顔を出した。
「お疲れ様、頼んでおいたのもう出来てる?」
「ウォルフ様、いらっしゃい。今、揚がったら包みますよ」
「頼むよ。相変わらず随分と盛況だね」
「はいな。このフライドチキンは完全に降臨祭の名物になりましたね。毎年楽しみにしているお客さんが多いですよ」
この屋台はガンダーラ商会が祭りの期間運営しているフライドチキンの店なのだ。バターミルクに漬け込んだ鶏肉を特製スパイスで味付けして圧力釜で揚げたこの料理は毎年ファンを増やし続け、今年は遂に中央広場の一番良い場所に出店出来る事になった。
売り上げから経費を引いた額を毎年チャリティーとして教会に寄付しているが、昨年のその額は二位の店を大きく引き離してのトップだった。
「ね、ね、ウォルフ様今話してたの、彼女?」
「彼女? 彼女?」
「昨日も一緒に歩いていたでしょ、私見たのよ」
「ええー、院長せんせはいいの? 言いつけちゃうよ?」
ウォルフの後から屋台に入ってきて、きゃいきゃいと話しかけてきたのは商会で運営している孤児院の子供達。材料の搬入やら予約客への配達やらを手伝っている年長組だ。ちなみに院長せんせとはサラの事だが、全ての子供達が年の変わらないサラの事をそう呼んでいる訳ではない。
「彼女じゃないよ。トリステインから来たお客さん。カール先生の知り合いなんだ」
「えー? サラちゃんがいない間にアバンチュールを楽しんでいるんじゃないの? 怪しいなあ」
「何処でそんな単語覚えてくるんだ…ちょっと訳ありで魔法を教えているだけだって」
「ほらほら、お前等くだらない事でウォルフ様を煩わせてるんじゃないよ。また配達する分が揚がるぞ」
「はーい」
子供達はきゃあきゃあと騒ぎながら配達場所の確認に向かう。サラが孤児院を始めてからサウスゴータの商会はいっそう賑やかになった。
「まったく騒がしいもんだ…よっと、はいどうぞ熱いですからお気を付けて」
「ありがと。まあ、子供が元気なのは良い事だよ」
「はは、ウォルフ様もまだまだ子供の年齢なんですがねえ…」
大きな紙袋二つに入ったフライドチキンを受け取り、ルイズの所に戻る。ルイズは屋台から紙袋を持って出てきたウォルフを目を丸くしてみていた。
「前もって予約していたんだ。ルイズの分もあるからさっさと行こう」
「え、ええ。やるわねウォルフ。美味しいところはちゃんと抑えてあるのね」
「はは、まあそういう感じ」
ルイズを連れてド・モルガン邸に戻り、食堂でパンと副菜をいくつか貰って方舟に登る。最近はここで研究や工作をする事もなくなり、今やただの展望台と化しているが、相変わらず眺めは良い。
横幅が二十メイルもある巨大な左右の扉を開いて風を通し、床の延長となるその扉の上にテーブルをセットして料理を並べた。吹きさらしだとこの季節には寒そうだが、風石を使った魔法具で吹き込む風を調整しているし遠赤外線暖房も入っているので気にならない。
「初めて来たときも思ったけど、変な建物ねえ。まあ、確かに眺めは良いわ」
「だろ。ほらあそこの塔が教会だよ。今日は司教様のお話と子供達の劇があるんだって」
「ふーん、もう食べていい?」
「ああ、どうぞ召し上がれ。待たせたね」
「前略、ブリミル様に感謝します。むぐ」
そうとう腹が減っていたらしいルイズはお祈りもそこそこにフライドチキンに食いついた。テーブルに並べる直前まで『固定化』を掛け、保温もしていたので揚げたての状態が保たれたフライドチキンは熱々のパリパリでジューシーだ。
ルイズは食欲を刺激するスパイスの香りと口の中で飛び出す肉汁に目を丸くして、しばし無言でほおばり続けた。
「熱っ…熱う…おいっしーわねー、これ。トリステインでもこんなに美味しい鶏肉料理食べた事は無いわ」
「それはどうも。伝統的なアルビオン料理ってわけじゃ無いけど、最近ではここの降臨祭の名物になってるそうだよ」
「ふーん」
返事をしながらもう次のピースに手が伸びている。ウォルフの話にはあまり興味がないようだ。あっという間に並べられた料理を片付けるとようやく人心地着いたルイズがウォルフの淹れたティーカップに指を伸ばす。
「ありがと。ってここの家メイドいないの? 全部あなたが用意しているのって変じゃない?」
「いつもは専属のメイドがいるんだけど、今は祭りで忙しいんだよ。まあ外にいるときは自分で何でもするし、慣れているから問題ない」
「専属メイドなのに、あなたの優先度が低いのね…メイドに舐められている主人って大抵主人の方に問題があるそうよ? 言う事聞かないのなら首だっ、ていうくらいの気概で躾けなきゃダメよ」
「うん…忠告ありがとう」
その専属メイドにラ・ヴァリエール公爵が会いたがっている訳で、首に出来るような相手ならこんなに悩んだりしていない。そもそも言う事聞かない訳でも舐められているわけでもないし、曖昧に返事をしておいた。
食後のまったりとした時間、とりとめのない事を話したが、機を見てウォルフはルイズの姉について切り出した。
「えっ? ね、ねね、姉さまの事?」
姉の事を聞いたとたんにルイズは椅子に深く座り直し、その背はしゃん、と伸びた。手を膝の上に重ねておき、姿勢はとても良くなったけど視線がきょろきょろと落ち着かなくなる。
不思議な反応を疑問に思いながら重ねて尋ねる。
「お気の毒に、あまり体の調子が良くないらしいけど、どんな人なんだろうって思って」
「ああ、ちいねえさまの事ね」
くたりと椅子の上で弛緩する。何故か緊張でこわばっていた顔はふにゃっと緩み、嬉しそうな、でもどこか悲しそうな表情で話し始めた。
「とっても優しい人よ。天使みたいに綺麗で、あったかいの」
ルイズが話した内容も大体タニア経由で公爵から聞いた話と同じだった。カトレアという名で昔から身体が弱く、ラ・ヴァリエールの領地を一歩も出たことはない。魔法は使えるものの、その力を使用すると身体に大きな負担が掛かるらしく体調を崩す。動物が好きで、数多くのペットを飼っている。
「私も将来はちいねえさまみたいに素敵な女性になるつもり。ねえウォルフ、私って水メイジの才能無いの? 水の魔法が使えたら、絶対にちいねえさまの体を治してみせるんだけど」
「残念ながら、君の才能には謎の部分が多く、今のところよく分からないんだ」
悲しそうに眉を寄せるルイズを見ていると、公爵の話が嘘だとはとても思えない。
虚無のメイジであるルイズへの興味もある事だし、ウォルフはラ・ヴァリエール公爵家ともう少し関係を深める事を覚悟した。
「よしっ、食休み終わり! 立派なメイジになるために練習練習」
「そうね、まずは練習しなきゃ始まらないわ」
ルイズにも手伝わせて片付けを済ませ、中庭に移動する。
今日練習するのは『ディテクトマジック』ウォルフがハルケギニアに転生して以来、最も使用しているであろう魔法だ。
「まず、『ディテクトマジック』これは魔法の対象を探知し情報を得る魔法だ。得られる内容はこちらが知ろうとした内容である事がポイントだ」
「うん? 知ってる事しか分からないって事? そんな事はないんじゃない?」
「知らない魔法が掛かっていたとすると、魔法が掛かっている事は分かってもどんな魔法かは分からない。でも、知っている魔法ならどんな魔法か分かるんだ」
「あんまり変わらないような気がするけど…」
分かったような、分からないようなルイズにウォルフはポケットから三サント程の黄金色に輝く金属の塊を取り出す。
「わ、これ金?」
「そう金。金属について、あまり知識のない人でも『ディテクトマジック』をかけたらこれは本物の金だとわかる」
「そりゃ金なんだからそうでしょうよ」
「ところが、金属に詳しい人が『ディテクトマジック』を掛けるとこれは金ではないと出る」
「???」
「これは殆どが金なんだけど、それに銀と銅がそれぞれ一割強入っている合金なんだ。いわゆる十八金だね。日頃十八金のアクセサリーや金貨を見て金だと認識している人は、この魔法を使ってもまず金であるか金合金であるか判別できない」
「……なるほど、何でも教えてくれる便利な魔法では無い訳ね」
「その通り。この魔法を使いこなすには知識を拡げる事が重要なんだ」
ウォルフが普通のハルケギニア人と何が違っていたかと言えば、前世の科学知識を持っていたために物質の構造などを知っていた事だ。
周りが物質を何となく認識している中でただ一人分子構造を見て、原子を見て、電子軌道を見て、原子核を見て陽子も中性子も見た。魔法は光の分解能を遙かに超えた微小世界を、大型の透過型電子顕微鏡ですら見ることが出来ない世界を観察する事を可能とするのだ。
元の世界の知識にこの世界で新たに知識を積み重ねた結果、結晶構造を自在に操り、原子核を組み替え、質量とエネルギーとを自由に変換できるメイジが誕生することになった。
物質の操作に関して、圧倒的な知識量の差がそのまま圧倒的な能力の差となってウォルフとハルケギニアのメイジとの間には存在している。
その差を埋める第一歩はこの『ディテクトマジック』を使いこなし、世界についての知識を積み上げる事だ。
「何を知りたいのか、正しくイメージするのが大切だ。ラグドリアン湖の水の精霊に『ディテクトマジック』を掛けた人は大抵気が触れちゃったらしいよ。知ろうとした対象が膨大すぎて脳が処理しきれなかったらしいんだ」
「なな、何よ、結構危ない魔法なのね」
「うん。最近のオレの研究では、この世の全てのものは魔力素や魔力子の一形態でしかないらしいことが分かってきた。オレ達が日頃魔力として認識しているのはそのうち、物質の形態を取っていないものって事だね」
「なんだか大きい話になってきたわね。そんなに魔力素だらけだと困らない?」
「日頃は透過するか普通の物質になっているから、関係ないよ。『ディテクトマジック」とは魔力素の形になっていようが物質の形態を取っていようが、魔力素や魔力子そのものが"記憶"とでもいうものを持っていて、それを読み取るっていうかんじなんだ」
ウォルフのイメージとしては分散して存在している世界の記録、みたいに考えている。
「なんだか難しいわね、みんな『ディテクトマジック』ってそんなに深く考えて使っているものなの? まあいいや、やってみる」
「この金合金で試してみよう。これは金と銀と銅の合金だ。その正確な比率を調べてみてくれ」
「オッケー、正しくイメージ……《ディテクトマジック》!」
ボカンッと、久しぶりにルイズの魔法が爆発した。ウォルフが一応念のためこっそりと『風の壁』を使用していたために二人とも被害はなかったが、粉微塵に飛び散ってしまった金塊を思い、ルイズは硬直して動けなかった。
「もっと細かいところまで見ようとしないと比率なんて分からないよ。はい、もう一度」
またポケットから金の粒を取り出してルイズの前に置いた。ルイズは目の前の金の粒を見つめたがギギギと擬音が出そうな動きでウォルフの方を向いた。
根拠のない自信で魔法が当然成功すると思ってたルイズにとって、金塊が粉々になる光景はちょっとショックだったらしい。
「ね、ねえウォルフ。私は、そりゃ高貴な生まれだけど、いちいち金の粒を粉々にしなくちゃ魔法の練習が出来ないって訳ではないのよ?」
「あ、気にしないで良いよ。そうだ、イメージしやすいように純金もとなりに置いておこう」
ウォルフはルイズの抗議を聞き流すと金の粒のすぐ横にまた金属の粒をみっつ追加した。
「金が金として存在できる最も小さな粒をイメージするんだ。物質の違いはその小さな粒の構造の違い。その細かい無数の粒が一番外側の電子って言う小さな粒を介して一つになっているのがこの純金の粒だ。そして銀の最も小さい粒が集まって一つになっているのがこっちで、もう一つが銅だ。この際電子は無視していいから、これらのその小さな粒がこの合金の中でどれくらいの比率で溶け合っているか、さあもう一度イメージしよう」
「あの、だから私その辺の石で良いんだけど…」
「その辺の石だと構造が遙かに複雑になるから難しいって。金は原子も大きいし、結晶構造も面心立方構造で分かりやすいから初心者には最適なんだよ」
虚無魔法を極めれば時間と空間を操作できる様になるとウォルフは考えている。ルイズにはウォルフでは越えられない知識の壁を越えられる可能性があるわけで、ウォルフの指導にもつい熱が入る。
「ああ、もう分かったわよ! 知らないんだから! 《ディテクトマジック》!」
ボカンッとまた金の粒が爆発するが、ウォルフはやはり気にせずに次の粒をセットする。
本当は他のメイジみたいにもっと曖昧なイメージでも金属の種類くらいは分かるようになるとは思うが、ルイズの目指すべき地平線はそんなところには無い。
「ただ単に細かくイメージするんじゃなくて、細かい先にある構造を見る事を意識するんだ。具体的には一億分の三サントよりもうちょっと細かく」
「具体的すぎてわけ分からないわよ…《ディテクトマジック》!」
ボカン! 純金の粒が消し飛ぶ。
「銅は一億分の二・五サントくらい」
「だから具体的すぎるって! 何よその微妙な違い《ディテクトマジック》!」
ボカン! 銅の粒が粉砕される。
いくら試してみてもルイズの魔法が正しく作用する事はなく、粉砕された金属の粒は二桁に達した。
「…これだけ頑張っても上手く行かないなら、ウォルフの魔法理論ってのが間違っているんじゃないの?」
「君の魔法が特殊なだけだよ、もう少し頑張ってみよう」
「私の系統は火なのかと思っていたけど、上手く行かないから他の系統の魔力素をイメージしても全部上手く行かなかったわ。理論が間違ってなければ、こんな事ってあり得ないでしょう」
「あ」
昨日までの受業で魔力素や魔力子に関する事は教えていたが、素粒子を対象に操作していたためか、ルイズが直接魔力子を操作するという意識を持たずとも魔法を成功させる事が出来ていた。
ルイズは虚無のメイジだし、虚無として魔法を成功させていたのでウォルフもルイズが魔力子をイメージして魔法を行使していると思いこんでいたが、うかつだった。ルイズが火や風などの属性を持つ魔力素をイメージしたら成功するはずは無い。
「ルイズ、この魔法でイメージを作用させるべきなのは魔力子なんだ。火や風などの魔力素を構成する更なる小さな魔法の粒。粒でもあり波動でもある、なんの属性も持たないこの粒をイメージして杖を振ってみよう」
「……そういう事は先に言いなさいよ。魔力素や魔力子の記憶、とか言われたら魔力子よりも自分の系統の魔力素の方がうまく出来そうな気がしていたわ」
「ごめん。ルイズも分かっているって思いこんでた」
「まあ、いいわ、やってみる。魔力子――この世界で最も小さな魔法の粒――私の願いを知り、私に応える……いくわ、《ディテクトマジック》!」
暫く集中を高めてから振られた杖の先で、金の粒が僅かに光を発した。ルイズは目を見開きその粒を凝視する。
「凄い、こんな風になっているの?」
「分かる? 金色一色の物質って訳じゃなくて、内部には複雑な構造があるだろ? その構造を詳しく知りたいって魔力子に働きかけるんだ」
「ウォルフの言った通り、一番外側は関係ないみたい、その中に粒があるのが分かる…何枚も殻を重ねたようになっている。一番真ん中にもっともっと小さい粒があるわ、金が一番大きい――内側の殻は銀も銅も同じ感じ……」
「ルイズ、問題は金銀銅の比率だったよ、答えは?」
ルイズが原子核や電子殻まで認識している事に興奮を覚えながら尋ねる。純ハルケギニア人でそこまで分かったのはサラ以来じゃないだろうか。ルイズは確認するように何度も杖を振り、やがて答えた。
「これが金で、これが銀、こっちが銅――金が六個、銀が一、銅が一。魔法ってこんな事まで簡単に分かっちゃうのね……」
「正解。出来ちゃえばこんなもんかって感じだろう。慣れればもっと複雑な比率でも何となく分かるようになるよ」
「ウォルフ」
「ん? 何?」
ルイズは何故か魔法の行使をやめても呆然と金の粒を見つめていた。ルイズが見たのはこの世界のほんの一部であるミクロな世界。しかし、そこは世界そのものでもあった。
原子が連なり電子がその間に存在し、光子やニュートリノが飛び交う。魔力素は全ての種類がそこら中に存在し、魔力子はそれよりも更に多い。この世界の真実をルイズは見た。
ゆっくりと振り返り、その鳶色の瞳が真っ直ぐにウォルフを見つめる。
「私、分かっちゃった……私の系統って、虚無なのね」
どう、答えて良いものか、ウォルフは咄嗟に返事が出来なかった。