1-1 初めての冒険
誕生してから四年と少し経った。
彼の名前はウォルフ・ライエ・ド・モルガン。漠然とではあるが日本人としての前世の記憶を持つ男である。
父はニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガン三十九歳、アルビオン王国の男爵でサウスゴータ竜騎士隊に所属し領地は持っていない。
母はエルビラ・アルバレス・ド・モルガン三十一歳。兄はクリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガン九歳である。
住居はシティオブサウスゴータのドルセット通り沿いにありメイドは三人、その内の一人が乳母でもあったアンネ二十一歳である。
ここは竜やグリフォンなどの幻獣やエルフや翼人などの亜人が実在し、メイジと呼ばれる魔法使いである貴族が支配するハルケギニアという世界である。
ハルケギニアにはロマリア・ガリア・トリステイン・ゲルマニア・アルビオンなどの国があり、それぞれ王や皇帝、教皇などが治めている。
アルビオンは浮遊大陸で、トリステインの西方の海上三千メイルに浮いている。
メイジが使うのは系統魔法という魔法で、火・風・土・水の四系統と伝説である始祖ブリミルの使用した虚無の系統をあわせて五系統有り、それぞれの特徴に沿った魔法を行使できる。
およそ文化的には中世のヨーロッパに酷似しているが、魔法の存在故に中途半端な便利さがあり、文明の発達はほぼ止まっているように見える。
貴族でない者は平民と呼ばれその地位は著しく低く、その安価な労働力が貴族の暮らしを支えている。
これまでに分かったことをざっと纏めると以上のようになる。びっくりである。
「輪廻転生すげえ・・・時間や空間どころか世界を越えているよ」
ハルケギニアに関する知識を纏めた手製のノートを読み返していて、あらためてそのあまりの内容に呆れ、思わず呟くと横から声がかかった。ウォルフのすぐ隣で床に寝ころんでお絵かきをしているのはアンネの娘・メイド見習いのサラ五歳である。
「ウォルフ様どうしたの?」
「あ、いや魂と無常観について考えていただけだよ」
「無常?」
「全ての物は消滅してもとどまることなく常に変移しているっていう考えだよ」
「ふーん」
ウォルフが言葉を覚えようと決意してから三年以上が経過したが、最近では完璧なハルケギニア語を喋れる様になっていて、その話す内容は大人顔負けのことが多い。
しかし、文法などが全く日本語と違うため最初は覚えるのに苦労をし、二歳を過ぎる頃までずっと片言で単語を並べる様な話し方をしていた。
そのため、早くに話し始めて天才かと喜んだ両親もその頃には普通の子供であると認識する様になっていたが、ウォルフが本を読み始めてまたその認識は一変した。
次々に難しい本を読み、この世界の知識を吸収していく様を見てやはり天才だと多くの本を買え与えた。
ウォルフはそれらの内容を分析し、内容ごとに分類、考察をして纏め、ハルケギニア学とでもいうような研究をずっとして日々を過ごしてきた。
下級貴族である彼の両親は多忙なのでウォルフはそれらの研究内容を一歳年上であるサラに話して聞かせることが多かった。
彼が語ることは五歳の女児でしかないサラにはほとんど理解できないことが多いが、ウォルフが日頃彼の父母や兄などには話さないことを自分だけに話してくれることはうれしいことだった。
「もう終わったの?遊ぶ?」
「うん、もういいや。今日はね、町に探検に行きたいんだ」
生まれてからほとんどを屋敷の中で過ごしてきたウォルフは外の世界を見てみたくてしょうがなかった。両親に連れられて街の中央広場までは行ったことはあるがその他はほとんど行ったことがなかった。
「えー、奥様に怒られちゃうよー。それより一緒に本を読もうよー」
「こっそり行ってこっそり帰ってくれば大丈夫だよ。本はまた今度読んであげるからさ、きっと町には楽しいことがたくさんあるとおもうんだ!」
渋るサラを何とか説得し、出かけることに同意させたので急いで支度をする。
「あれ、ウォルフ様マントはしないの?」
この世界の貴族はたとえ四歳でもマントを着用するように躾けられている。
「マントなんか着てたら貴族の子供ってばれちゃうじゃないか。サラもオレのことをウォルフって呼び捨てにしてね」
「平民のふりをするの?うん・・・分かったウォ、ウォルフ・・・」
「OKOK、平民の子供なら町にいても誰も気にしないからね。じゃあ行こう!」
門の周りに誰もいないことを確認して素早く抜けると二人は手を取り合って駆けだした。
「うぉーっ自由への逃走だー!」
「きゃーっ私悪い子になっちゃったー!」
暫く走って角を曲がって止まり、息を整えた二人は五芒星型の大通りにある繁華街の方角に向かって歩き出した。
町並みはやはり中世のヨーロッパに酷似し、道行く人々はいかにもコーカソイドといった感じの白人だった。
サウスゴータは古くからの交通の要衝でアルビオン有数の都市であり、その活気ある町は初めて見る楽しさにあふれていた。
「うわーあの肉屋豚の頭をそのまま売っているよ。初めて見た」
「あのフネでっかいなあ、どこに行くんだろう」
「あ、竜騎士隊が帰ってきた。父さんいるかなあ」
「ほらサラ見て見て!変な使い魔連れている人がいるよ!」
「分かった、分かったからウォルフさ、ウォルフそんなに手を引っ張らないで。離れちゃうでしょう」
人々が行き交い様々な店がある市場を歩きながら、テンションがあがりっぱなしのウォルフに若干引きながら繋いだ手に力を込める。
「いい?絶対に手を離さないでね?はぐれちゃったらもう会えなそうだもの」
「何でそんなに冷静なんだよ、サラは。あっほらあの八百屋も変な野菜いろいろ売ってる。こんな葉っぱ食べたことないなぁ」
「あらウォルフ知らないの?あれはハシバミ草っていうの、とっても苦いのよ」
「う゛、だって食べたことないもん。」
いろいろ見て回りながらおしゃべりしていると通りの終いまで来てしまった。
それほど歩いたわけではないが四歳の体力では結構疲れたし、日も傾いてきたので帰ることにした。
「じゃあ帰りはこっちの道を通って帰ろう」
「え、違う道通ったら帰れなくなるんじゃない?」
「サウスゴータの地図ならもう頭の中に入っているから大丈夫だよ。平民街を通るけどそんなに遠回りにならないで帰れるよ」
そんな軽い気持ちで足を踏み入れた、初めて見る平民街は、非道いところだった。
彼らが通って帰ろうとしたのは、地図を見ただけでは分からない、いわゆるスラムと呼ばれる場所だったのだ。
そこはこの世の絶望が全て詰まっているように感じられた。
虚ろな目で道ばたに座り込み、ただ死を待っているかのように見える老婆。
動かない両足を引きずり這いずっている男。
もう動かない赤ん坊に必死に乳房を含ませようとしている母親。
ひどい悪臭と方々から湧いてくる蠅などの虫。
その蠅のわくゴミの山をあさる子供たち。
そこに足を踏み入れた瞬間、ウォルフは身の危険を感じたので、足を竦ませているサラの手を引っ張って元来た道へ引き返した。
帰り道は行きと同じ道を通ったにもかかわらず、もう、楽しむことは出来なかった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・何であんなところがあるの?」グズグズと鼻を鳴らしながらサラが尋ねる。
「・・・ブリミルの呪い、かなぁ」
「何でブリミル様のせいなのよ!ブリミル様の魔法のおかげでみんな安心して暮らせるようになったんでしょう!」
「貴族という特権階級のみが力を持つことによってね。だけど、ブリミルが来る前から人間はここハルケギニアで暮らしていたんだ。そりゃ最初は楽になっただろうけど代わりにもたらされたのは六千年の停滞だ。六千年も文明が進化しないなんて悪夢だよ。みんなが幸せな社会ならそれでもいいけれど、こんな現実は呪いだと言わざるを得ないよ。水は流れていないと腐るんだ」
「じゃあ・・何で貴族様はあの人たちを救ってくれないの?」
「腐っている、か・・・まあ普通、貴族は平民の街なんか行かないからね。多くの人は知らないんだと思うよ」
「ウォルフ様の言うことはむつかしくてよくわかんないよ・・・」
「本当は貴族こそが見つめなくちゃいけない現実、目を逸らしてはいけない事実なんだけどね。今の貴族は貴族の責務を果たそうとしているとは思えないから」
「・・・・・・」
「サラ、オレは約束するよ。いつか、この現実に抗ってみせる。そして事実からは決して目を逸らさない人間になるってことを」
「・・・うん・・」
四歳児が口にしてもあまり様にはならない台詞ではあるが、サラはウォルフを見つめ返しその手を強く握った。
1-2 初めてのお願い
屋敷の前まで帰ると、門が大きく開け放たれ中で人が走り回っている気配が伝わってきた。
「うわーこれ絶対ばれてるよね?」
「怒られちゃうかなあ」
最早小細工は不可能と覚悟して門から堂々と帰宅すると、そこには鬼がいた。
「ウォルフッ・・どこに行ってたのかしらぁ?」
腕組みをして仁王立ちに立ちふさがり、その手に杖を握りしめ、なぜかチリチリと足元に炎をまとわりつかせたエルビラだった。
思わず漏らしてしまいそうな顔をして硬直してしまったサラをかばい、その前に立ったウォルフは強ばったながらも笑顔を浮かべることに成功した。
「お母様、ウォルフただ今帰宅いたしました。本日は見聞を広めるため港の方に散歩に出かけておりました」
ゴウッと音を立ててエルビラの足元の炎が渦を巻く。
「ウォルフ・・貴方は賢い子供だから分かるわよね?貴方達のような小さな子供だけで街を出歩くのがどんなに危険なことか。貴方達がいないことに気づいた私達がどんなに心配したか。お母さん出入りの商人のミゲルをついうっかり焼き殺しちゃうところだったわ」
「お母様ごめんなさい。お母様が帰ってくる前には戻ってこようとは思っていたのです。帰り道に遠回りしたために遅くなってしまいました」
涙を浮かべた眼で睨まれ、ウォルフは素直に謝った。いったいミゲルはどんな目にあったんだろう。
エルビラは杖を落とし渦巻いていた炎を霧散させると跪いてウォルフを両手にかき抱いた。
「ああっウォルフっ・・貴方が帰ってきてくれたことが何よりです。もうこんな勝手に抜け出したりしてはなりませんよ?お父様に言えばいつでも連れていって下さるのですから」
「ええ、はい、いえあの・・父様には先月から何度か頼んではいるのですが、疲れているとのことでいつも連れていってもらえないのです。屋敷にある本は全部読んでしまったし、魔法はまだ許可が出ないし、外の世界を見てみたいと思ってしまったのです」
「そう・・ニコラがそんなことを・・あの人は今日は宿直だったわね・・・。ちょっとお母さんは隊舎に行ってお父様とお・は・な・し・してきますので貴方達はアンネと先に食事をとっておきなさい」
「「は、はいっ」」
「サラ、ウォルフの相手をするのは大変でしょうけど一緒にいてあげてね?お願いよ」
エルビラはまだ固まっているサラの頭をふわりと撫でてそう言うと杖を拾って出かけていった。
サラはなぜそんなことを言うんだろうと不思議に思ったが、まだ緊張していたため頷くことしかできなかった。
――― 翌日 ―――
「エルに聞いたんだが、お前昨日屋敷を抜け出して町をふらついてきたそうだな?」
朝食を摂りながら髪の毛を所々焦がしたニコラスが切り出してきた。
昨晩はエルビラに叱られた後、夕食時にアンネがクドクドとずっと叱っていたので大分うんざりしていたウォルフは、ニコラスには色々と言いたいことがあったが取り敢えず「はい」と返事を返すだけに留めておいた。
横では日頃四歳児の弟に勉強で後れを取るという屈辱を味わっている兄のクリフォードが、ざまあみろ、とばかりにニヤニヤしている。
「なぜそんな事をした。そんなことをすれば叱られることぐらいお前なら分かっていただろうに」
「たとえ叱られようと・・・行きたかった、それだけです」
「ウォルフ、家長として命ずる。今後このような勝手なまねはしないように」
「・・・・・・(プイッ)」
「え、ちょっとお前、ここはわかりました、だろ!お前が抜け出す度にエルに燃やされるのは父さんいやだぞ」
「・・・・・・」
あからさまに反抗する息子に狼狽えたニコラスだったが、すぐに落ち着くと話を続けた。
「ん、お前が町に行きたいと言っていたのにそれに応えてあげられなかったことは、悪かったと思っている。しかし父さんも色々忙しいんだ。お前やクリフの我が儘に全て応えてやることはできん」
「別に全ての要求をかなえて欲しいなどとは思っていません。父様が飲みに行ったり博打に行ったり、アンネを口説いたりする時間の極一部を割いて欲しいと思っただけです。あ、でもアンネが困っていますので口説くのはやめて欲しいとも思っています」
「ちょーーーっお前何ぶっちゃけてるんだぁぁ!・・エ、エル、ウォルフは何か誤解しているんだよ、誤解」
エルビラの周りの温度が急激に上がるのを感じながらニコラスは今日も丸焼けかなあ二日連続は辛いなぁなどと考えていた。
「あなた?」
「はいっ」
「後でお・は・な・し・しましょうね?アンネが前に仕えていた所でとても辛い目にあって当家に来ることになった、というのは当然知っていましたよね?同じ様な事をしてどうするのですか!」
「いやそんな無理矢理にだなんてしようとはしていない・・ええ、はい、後でおはなしですね?はい分かりました。・・はぁ・・・ウォルフ」
「はい」
「結局お前は何がして欲しいんだ?この際だ、全部言ってしまえ」
「はい、まずは魔法を習いたいです。後は蔵書をもっと増やして欲しいです。今あるのは全て読んでしまったので。それで時々は外の世界に連れ出して欲しいです。あとアンネ「アンネのことはもういい」・・」
また余計なことを口走ろうとする息子を制すると、心底疲れ果てた様子で深々と椅子にもたれ、天井を仰いだ。
「お前まだ四歳のくせに魔法なんて生意気すぎるぞ。俺だってまだそんなにできないのに!」
「あークリフ、今は口を出すんじゃない。外に連れ出すのはいいだろう・・父さんも今後は時間ができるだろうしな、後でエルとおはなしするし・・・グスッ。そうだ夏には家族で旅行に行こう、ラグドリアン湖なんかいいかもしれんな父さんの故郷が近くにあるんだ。一度みんなを連れて行きたいと思っていたんだ。・・・蔵書については、今すぐふやすのは難しい。ニコラスプールの実践魔法理論とかもあったと思うんだが、あれも読んでしまったとなると・・あのレベルの本はとても高価になるから家の財政では早々購入できん。エルを通して太守様の蔵書をお借りできるように頼んでみるから、後でどんな本が読みたいのかエルに相談しなさい。後は、魔法か・・・。普通は五歳から十歳くらいで習い始めるものだがお前はまだ四歳。うーん」
「お父様、私は自分が"普通の"四歳児とは異なる事は自覚しています。"普通の"五歳児であるサラとも対等の関係を築けていますし、試してみる分には問題ないのではないでしょうか?・・父様は昼間は仕事のことが多いですし、母様もお城に出仕して家を空けることが多いです。兄様は魔法の練習がありますが、私がその時間していることはサラの相手だけです。私はもっと知識を得たいのです。お願いします、私に魔法を教えて下さい」
そう言うとウォルフは子供用の椅子から降り、深々と頭を下げた。
我が子にそんなに真摯にお願いをされてしまっては、ニコラスとしては受け入れるしかなかった。
「うむ、分かった。しかたない、魔法を習うことを許可しよう。カールには私から伝えておく」
「うおっヤッター!父さんありがとー」
「まったく、許可を出した瞬間父様が父さんになったよ。・・いいな、これからはちゃんと言うこと聞くんだぞ。魔法の練習は危険がつきものなんだ」
「うん、僕がんばるよ!!父さんもおはなしがんばってね!」
それはもういいって言ってんだろがー、と叫びたくなるが、ニコニコとご機嫌な様子を見るとそんな気にもなれなかった。
「とほほ・・・」
1-3 初めての魔法
魔法である。ファンタジーである。
サラとともに杖を渡されて一週間、そろそろ契約が完了するのではないか、ということで二人は家庭教師であるカールの家を訪ねていた。
カールはここらの貴族の子供達に魔法を教えている老齢の男で、元は王宮にも仕えていたという優秀な男だった。
貴族の家に出向くこともあるが、下級貴族の子供らは複数で一緒に授業を受けるためカールの家に出向くことが多かった。
「ふむ、二人とも杖の契約は完了したようじゃ。よく魔力が通っておる」
「二人とも、先週渡した基本の魔法書は読んできたかな?」
「「はいっ!」」
「よい返事じゃ、ではこれより授業を始める。今日はまず魔力のコントロールにおいて基礎の基礎の基礎、『レビテーション』を教えようと思う」
「「よろしくお願いしますっ!」」
「うむ。まず、魔法とはこれ即ち己の想念を顕現させる力のことじゃ。つまり自分の頭の中で考えたイメージを杖を通して現実の世界に作用させる、という事じゃ。魔法を使用する上で大事なことは、まずそのイメージを実現可能な形でしっかり作る、ということ。次いでルーンを唱え、魔力を身体から杖、そして対象へとしっかり流すということ。最後に対象に作用させる、という意志をしっかり持つこと。解るかな?」
「「はいっ!」」
「まあ、なんとなくでも出来てしまったりもするので、このことをきちんと意識してなかったりするメイジも多いんじゃが、より優れたメイジになろうと思うのならば基礎はしっかりしてないといかんからの、イメージし、魔力を流し、実現する、という手順はきちんと意識して魔法を使いなさい」
「「はいっ!」」
「ではまず『レビテーション』をワシがやって見せよう。『レビテーションは』物を宙に浮かせる魔法じゃ、自分にかけると自分自身も浮かせることが出来るようになる。まず、この石を浮かせてみよう。これがここら辺に浮いている様を頭の中でイメージするんじゃ。そして唱える。《レビテーション》!」
その言葉通り、直径二十サントほどの石が浮き上がりウォルフ達の目の前一メイルあたりで静止した。
ウォルフにとって初めて見る魔法ではなかったが、これからこんなデタラメな力を自分も使えるようになるのかと思うと興奮を抑えきれそうになかった。
「せ、先生、僕もやってみてもいいですか?」
「うむ、ではワシが『ディテクトマジック』で観ているからそこの石にかけてみなさい」
「はい、いきます!・・・《レビテーション》!・・・・む?」
石はぴくりとも動かなかった。
「ぬう、なぜだ?・・・《レビテーション》!」
「《レビテーション》!」
「《レビテーション》!」
「ああ、こりゃこりゃ・・連発すれば成功するという物でもないわ。魔力は通っているし、意志も過剰なほどある。問題なのはイメージじゃな。ちょっとイメージだけ練習していなさい。次はサラ、やってみなさい」
「はい、いきます!・・・《レビテーション》!」
石はふわりと浮きかけ、すぐに落ちてしまった。
「ふむ、スジがいいのぉ。イメージもまずまずじゃし魔力もきれいに流れておる。後は意志じゃな、ちょっと浮き上がったらびっくりして集中を途切らせてしまったの。なに、すぐに出来るようになるじゃろう、続けてやってみなさい」
「はい!」
褒められて頬をうっすらと紅潮させているサラを横目で見つつウォルフは悩んでいた。
(イメージができねぇーっ!!石が浮くってやっぱり有り得ないだろう、どう考えても。物理法則無視してんじゃねえよ!あー、この固定観念をどうにかしなきゃオレ一生魔法を使えるようにならないかも・・・)
どうしても何の脈絡もなく石が宙に浮く、ということがイメージできないのだ。
イメージした瞬間に"有り得ない"と前世の記憶が邪魔をするのである。
前世でも、とあるカルトにはまってしまった知り合いに「騙された思って信じてみて?そしてこのお経を一緒に唱えるの!それだけでいいの!そうすれば絶対に幸せになれるから!!」と、勧誘された事があったが、そんなこと言われたっていきなり信じられないし"騙された"とさえ思えなかったものである。
どう考えてもその胡散臭い理論には騙されたと思うフリすら出来ず、その子と一緒にその胡散臭いお経を唱えてみてもどうにもならなかったのである。
その子が超可愛くて巨乳な女の子だったにもかかわらず、だ。
その子と肩寄せ合ってお経を唱えたときは確かに幸せを感じることが出来た。それは確かだ。
だがそれもその子が壺のカタログを出してきた瞬間に消えた。
黒目がちで綺麗な瞳と思っていたものが、瞳孔が開いていて焦点が定まらない目であることに気づいた瞬間でもある。
つまりウォルフにとって"有り得ない"という観念は強固で生半な事では消し去ることが出来ないものなのだ。
そうこうしているうちに隣ではとうとうサラが『レビテーション』を成功させていた。
「ホラ、ウォルフ様見て見てー!サラ、『レビテーション』出来たよ!」
「お、おぅ、やるなぁ・・・・」
サラが石を浮かしているのを見て、羨望と嫉妬がわきあがってきたことに驚いて目を瞑る。
(はあ、ざまぁねえな・・・何五歳児に嫉妬してるんだよ。落ち着いてイメージし直そう。脈絡がないからイメージが出来ない、つまり、石が浮く理由があればいいんだ。)
(石が地面に落ちているのはなぜだ?重力があるからだ。重力とは何だ?石と地球との間に働く万有引力だ。じゃあ、万有引力とは何だ?質量を持つ全ての物体の間に働く力だ。そう、世界を構成する四つの基本的な相互作用のうちの一つだ。つまりこれに干渉することが出来る力が魔力ならば石は浮くはずだ!)
目を開き眼前の石を睨み付ける。
それだけで石と地球との間の引力を感じ取れる気がしてきた。
そのままその石から出ている引力を遮断するようにイメージを形作る。
「お、お、お、なんかイメージ出来た!いくゼッ・・《レビテーション》!」
フッと軽い音を立てて石は上空遙か高くに飛んでいってしまった。
「あー、そりゃそうかー。重力がなくなりゃ気圧で飛んでっちゃうよな」
小さく呟き、あわてて魔法を解除すると、少しして石が落っこちてきて大きな音を立てて庭にめり込んだ。
その間カールとサラはポカンと口を開けて石の軌跡を見つめているだけだった。
基本的に魔法は呪文と効果が一致しないと発動しない。
ウォルフはレビテーションと唱え石を彼方へととばした。それは魔法としてかなり異質であるといえた。
「ちょ、ちょっと待てウォルフよ、一体どんなイメージを持てば『レビテーション』があんな魔法になるのじゃ!」
「ウォルフ様すごーい」
(うぉぉぉすげぇぇえ浮いたよ、石。重力制御だよ、すげえな魔法。つまり魔法とはグラビトンにすら直接作用する事の出来る力、五つ目の相互作用って事だ。魔力を媒介している、おそらく何らかの素粒子が存在すると想定できるな。ダークマター・ダークエネルギーの一部って事か?よくわからねぇけど元の世界ならノーベル賞物の発見だな!)
初めて魔法を成功させたウォルフは呆然としてしまい、周りの騒ぎも暫し耳に入らなかった。
「こりゃ、聞いておるのかウォルフ。一体何をやったんじゃ、もう一度やってみせい」
「え、あ、すみません。石が浮いている状態をイメージ出来なかったので、石が浮き上がるところをイメージしたらああなりました」
「それに何か違いがあるのか?ふむ、まあいい、もう一度じゃ」
「はい、またちょっとイメージを変えてみます・・・・《レビテーション》!」
今度はまず石から出ているグラビトンの波動を遮断する力をイメージし、魔法を発動させてからそれを絞り込む、という手順を執ってみた。
すると、ある時点を超えたあたりで石は浮き上がり、目の前をふよふよと漂った。
「うーむ、妙に安定しないのう・・・やたらと細かく魔力を制御しておるな。じゃがまあいいじゃろう、ウォルフも『レビテーション』成功じゃ!」
「ふー」
魔法を解除して石を落とすとウォルフは大きく息をついた。額にはうっすらと汗が浮いている。
「ウォルフ様おめでとう!これでいっしょだね!」
「おう、サラに負けてらんないからな、ちょっとがんばっちゃったよ」
「サラのがお姉さんなんだから少しぐらいいいのに・・・」
「だが断る!男の子には男の子の意地ってもンがあるのですよ」
「何で敬語?ふーんだ、次の魔法もサラが先に成功させちゃうもんねー」
「いや、もう掴みはOKだ。次はこんなに苦労しないゼ」
弟子達が喜んでいる様子を目を細めて見ていたカールだったが、ウォルフが汗を浮かべ息を荒くしていることに気付いた。
「おぬしは結構疲れておるのう、まだ四歳じゃしな、やはりあんなに高く石を飛ばすことは負担だったか」
「いえ、飛ばすのは殆ど何の負担も感じなかったのですが、細かく魔力をコントロールして石が浮いている状態にするのがとても大変でした」
「『レビテーション』は普通そんなに細かい制御は必要としないんじゃが・・・まあそれなら魔力の制御になれればそう負担に感じることもなくなろう」
「うーん・・・あっでも今ならもう普通に石が浮いているイメージを作れるかもしれない!やってみてもいいですか?」
"魔力素"の存在を実感として感じる事が出来るようになった、ということはウォルフの世界観が変わったということであり、もう石が宙に浮くことは有り得ないことではないのだ。
「いいじゃろう、やってみなさい」
目を瞑って再び集中する。
(俺のレビテーションが普通と挙動が違うのはなぜだ?普通は重力制御で浮いているわけではないって事だ。魔力素が影響を与えるのはグラビトンだけではないという証左であろう。いわゆる念力のように魔力によって直接持ち上げているのか?よし、重力制御するの魔法を『グラビトン・コントロール』って名付けよう、そして『レビテーション』は魔力によって直接物体を持ち上げる魔法って認識するんだ。)
(そうだ、魔力ならそんなことだって可能なはずだ。この世界の多様な魔法がそれを証明してくれている、ここは魔法がある世界なんだ。よし、魔力によって浮いている石をイメージして・・・)
「いきます・・・《レビテーション》!」
「ふむ」
今度は普通に浮いた。安定もしているし、どう見ても普通のレビテーションである。
「やっと普通に出来たのぉ・・一体何が違ってたんじゃ」
「石が浮くなんて有り得ない、という観念を取り除くことに苦労しました。僕が納得出来る形で浮かそうとしたのが最初の魔法でしたが、それに成功することによってやっと何とかなりました」
「ぬぅ、四歳児のくせに頭が固いのぉ。普通その年頃の子供は大人が言うことをそのまま信じるもんじゃ。なんか気付いたことはあるか?」
「浮き上がらせているのを維持するのは大分楽ですね。ただ、浮き上がらせること自体は最初にやったものの方が魔力を必要としないようです」
「それは、お前の中では別の魔法として認識している、ということか?」
「はい、最初にやったのは『グラビトン・コントロール』と名付けました。下に落ちる力を制御する、という意味です」
「下に落ちる力がなくなれば浮き上がる、ということか。初めて使う魔法がオリジナルの魔法とは・・・いやはや」
「魔法はイメージが大事、だということがよく分かりました。理屈は後からついてくるってところでしょうか。『グラビトン・コントロール』が成功したのはその原理が元々『レビテーション』に含まれていたからではないか、と思えます」
「まあ、魔法が使える、といってもその原理を説明出来るやつなどおらん。魔法で浮いた、でおしまいじゃ。おぬしはかなり理屈っぽいようじゃな。理屈が解らないと使えない、というのではこの先難儀することも多くなるかもしれん。もっと頭を柔軟にして感覚で理解する、ということも重要じゃ。覚えておきなさい」
「はい、今日は身にしみました」
「うむ、迎えが来たようじゃ。今日の授業はこれまでとする」
「「ありがとうございました!!」」
今日初めて魔法を使い、テンションが高くなっていた二人は迎えに来たアンネに纏わりつき、今日習ったことを自慢した。
アンネは自分も簡単な魔法を使えるし、サラの父親もメイジなので、サラもいずれ魔法を使えるようになるとは思っていたものの、実際に使えるようになったと知り嬉しそうだった。
三人で手を繋いで帰る道中笑いが絶えることはなかった。
1-4 初めての原作キャラ
魔法を習い始めて一月が経った。
これまでに習った魔法は
・レビテーション
・念力
・ロック
・アンロック
・ライト
・ディテクトマジック
の六つである。それぞれに対してのウォルフによる感想と見解は、というと―
『レビテーション』―重い物でも浮かせて運べるので便利な魔法。最近お手伝いでよく使う。水汲みなんか喜んでやっちゃう。
『念力』―『レビテーション』から重力制御を抜いた感じ。その分精密な操作ができる。サラより先に出来たので思いっきり自慢していたら怒られた。
『ロック』&『アンロック』―かなり苦労した。サラはなぜかすぐに出来たので自慢し返された。けど結局授業時間中に成功しなかったら帰り道で慰めてくれた。サラはええ子や。家で鍵の構造を完璧に覚えてやったら成功したが、他の鍵には通用せず、ただの『念力』だったことが判明。へこむ。悩んだ末、鍵そのものに鍵がかかっている状態と空いている状態の想念が残っていて、その物の記憶といえるものを魔法で読み取って操作する。という仮定により成功させることが出来た。メイジならば誰でも開けられるというのではこの世界の鍵にあまり意味はないと思う。
『ライト』―最初は何を光源にしているんだろうと悩んだが、カールの『ライト』を観察して、魔力素をそのまま光子に変換しているんだ、と気付いたらすぐに成功した。イメージによって波長を変えられることも判明、光の色を変えて遊んでいたらカールにかなり驚かれた。サラはずっと出来ないでいたので「魔力をそのまま光らせる感じでイメージするといいよ」とアドバイスしたら成功していた。「ぁりがとぅ」って言われた。
『ディテクトマジック』―魔力を探知出来るし構造や材質なども解る便利な魔法。『ロック』の経験からかすぐに使うことが出来た。っていうか『ロック』の前に教えるべきだと思う。
この一ヶ月の生活はほぼ規則正しく、午前中はサラに読み書きや計算を教えながら自分の勉強、午後はサラと一緒に魔法の練習、というものだった。
魔法は一度成功したらいつでも使える、という物でもなく、イメージ次第でどうとでもなってしまう物なので反復練習をしてイメージを固めることが必要なのだ。
その練習は最初はニコラスかエルビラがいる時しか許されなかったが、習熟度を見て子供だけでの練習も許可された。
ウォルフは一度覚えてしまえばすぐに魔法が安定したし、サラは少し不安定だが総じて二人とも非常に上達が早く、周りの人を驚かせた。
――― カール邸中庭 ―――
「さて、今日教える魔法は『ブレイド』と『マジックアロー』じゃ。これらの魔法は攻撃魔法ではあるが使い方によってはとても便利なので覚えておくべきじゃ。」
「まず『ブレイド』じゃが・・《ブレイド》!と、このように魔力によって刃を作りそれによって物を斬る、という魔法じゃ」
茶色く光る刃を出現させ、丸太を切ってみせる。
「どんな物が切れるかは術者の能力によるが、普通の刃物よりはよっぽどよく切れる。ブリミル様はダイヤモンドさえ切って見せたという程じゃ」
「続けて『マジックアロー』も見せておこう。同じように魔力の矢を作り出し、遠方に射かける、という物じゃ・・・《マジックアロー》」
今度は光の矢が飛び、遠くに置かれた丸太に穴が空く。
「これらは魔力光を放つが、その色によって術者の系統を特定することが出来る。ワシの系統は土じゃから魔力光は茶色じゃ。・・・他にはどんな系統があったかな・・ウォルフ」
「はい、火・風・水・土の四系統と虚無の系統です」
「うむ、お前達の系統は何かの、楽しみじゃ。・・では『ブレイド』からやってみなさい・ウォルフ」
一歩前に出て目を瞑り集中を高める。
イメージするのは魔力素を平面に並べること。魔力素を隙間なく並べることをイメージし、形は青竜刀を思い浮かべる。
「いきます・・・《ブレイド》!」
真っ赤に輝く刀が現れた。全く厚みを感じない刃と反った刀身、成功である。
そのまま試し切り用の藁束、丸太、鉄柱を切ってみる。全て何の抵抗も感じさせずに切れてしまった。思わず身震いするほど恐ろしい切れ味である。
「ふぅむ、大分魔法のコツを掴んだのぅ。20サントもある鉄柱を切ってしまうとは・・・お前の属性は火じゃな、では続けて『マジックアロー』を射なさい」
「はい・・・《マジックアロー》!」
今度は底面が三サントほどの円錐型に魔力素を並べるイメージで矢を作り的に向かって打ち出した。
光の矢は的に当たると刺さりはしたが貫通せずに消えてしまった。
「こちらの威力はまだまだじゃな、矢のイメージに改良の余地があるようじゃ、横で練習していなさい・・・ではサラ、お前の番じゃ」
「はい、・・・《ブレイド》!」
サラは水色の『ブレイド』を発生させ、藁束、丸太を切ることが出来たが鉄柱は切れなかった。
「よろしい、なかなかの威力じゃ。お前の属性は水じゃ、では次『マジックアロー』じゃ」
「はい・・・《マジックアロー》!」
マジックアローも丸太を貫通したが、鉄柱には刺さっただけで貫通はしなかった。
「こちらも威力は十分じゃな。二人とも、これらの魔法はとっさの時に身を守ってくれる心強い武器でもある。口語なので発動も早いし、威力も今見た通りじゃ。では、発動の早さ、確実性、威力を意識して練習しなさい」
「「はい!」」
二人に自由に練習をさせ、カールは中庭が見えるテラスに移動し、休憩を取っているとメイドが声をかけてきた。
「旦那様、お客様です。マチルダ・オブ・サウスゴータ様がいらっしゃいました」
「あの子の授業は一昨日したばっかじゃが、なんかあったかの、ここへ通しなさい」
「かしこまりました」
現れたのは緑色の髪をした細身の少女で、手に大きな荷物を抱えていた。
「先生!こんにちは。ご機嫌よろしゅう。今日は母様がクックベリーパイを焼いたので、持って行けと言うのでまいりました」
「おう、マチルダ様こんにちは、じゃな。焼きたてのクックベリーパイのお裾分けか、それはうれしい、一緒にお茶にしよう。おーい、ヘレンお茶の用意をしてくれ四人前じゃ!先週届いたのがあったろう、あれを出してくれ」
「はい、ご一緒します。あら?先生、あんな小さな子達にも教えてらっしゃるんですか?まだ四歳位じゃないですか」
「ああ、あの子は四歳と・・・五ヶ月くらいじゃったかな、ワシの教え子の最年少記録じゃ」
「そんな・・最近は早期教育とかいって小さい子供に無理矢理魔法を習わせるっていうのが流行っている、とは聞きましたが。・・・まさか先生がそんな事するなんて」
「ああ、無理に幼いうちから魔法を習っても何のメリットもないとはワシも思っているよ。・・じゃが、あれは違うんじゃ」
「違うって何が違うんですか。あんなに小さくて可愛らしい子が怪我でもしちゃったら。先生だって小さい子供はイメージもうまく作れないし、集中力もないって仰っていたじゃないですか」
「だから、あれは違うんじゃって。はあ、実際に見んと分からんか。マチルダ様、ゴーレム生成の復習はしてきましたかな?」
「は?はい。やっております、青銅製のゴーレムを生成した後、強化も掛けることが出来るようになりましたので飛躍的に強度が上がりました。昨日は騎士見習いのジムにブレイドで斬りかかってもらったのですが、傷一つ付けられることはありませんでした」
「ふむ、では中庭に出てゴーレムを作りなさい。あの子に『ブレイド』で斬らせてみよう」
「はあ?私のゴーレムは青銅製で強化も掛かっているんですよ?あんな子供にどうこう出来るものではありません!」
カールの提案に憤然と反抗するマチルダ。十一歳ながらかなりプライドが高いのだ。
「いいから、言われた通りにしなさい。そら、こっちが階段じゃ。おーいウォルフ、今からこのお姉ちゃんがゴーレムを出すから、『ブレイド』で斬りなさい」
「はーい!おねえさん、こんにちは!ウォルフです。よろしくお願いします」
「あ、わたしはサラです。こんにちは、初めまして」
マチルダはカールに半ば無理矢理に連れ出されてしまい、多少ふてくされながら改めて二人に目を向けた。
よく似た姉弟、それが第一印象である。
目の前に並んで立つ二人は、よく似たダークブラウンの髪でウォルフは耳が出る程度、サラは肩まで伸ばしている。
その顔つきはよく似て可愛らしく、二人で色の違う大きめの瞳が印象的である。
何を期待しているのか、ウォルフはエメラルドのような深緑の瞳を、サラはサファイヤのような水色の瞳をキラキラとさせながらこちらを見つめてくる。
そういえばこんな弟妹が欲しいって思っていたなあ、などと思いだし、ため息をつきながら二人に向き合った。
「マチルダ・オブ・サウスゴータだよ。今日はカール先生に言われたから、しかたなく、お前達の相手をしてあげるよ」
「あぁ、お転婆姫・・・・・イテテッ」
確かにそれは、元気の良すぎるサウスゴータ太守の娘に対して市井の者がつけたあだな、ではあった。しかし本人を前にして口にすることではないのでサラはあわててウォルフを抓りあげた。
「ふぅん・・・私はそんな風に呼ばれてるのかい?みんな何か誤解してるようだねぇ・・・・・《クリエイト・ゴーレム》!!」
マチルダが口の端を無理に吊り上げた"イイ笑顔"でルーンを口にすると、地面から赤銅色に輝くゴーレムが姿を現した。
身長二メイル程、騎士の鎧を形取ったそれは、左手に盾右手に大剣を持ち周囲を威圧するように睥睨した。
「ハッハァーっ!今日のはいい出来だよ!錬成もしっかり出来てるし強化もばっちりかかってる。こいつに傷を付けるなんてトライアングルクラス以上じゃないと不可能なはずさ!」
「確かにいい出来じゃ。今までで一番じゃな。ふむ、サラにもやらせてみるか・・・サラ、『ブレイド』を出してそいつを斬ってみなさい」
「ほぇ?・・・は、はい、わかりました。・・《ブレイド》!」
サラは「うぉー、かっけー」などと興奮しているウォルフの隣でポカンと口を開けてゴーレムを見上げていたので、少々あわててブレイドを作り出した。
そしてカールに目をやり頷くとゴーレムに斬りかかった。
「やあっ!!」
「ふん、まあこんなもんだろうね」
ゴーレムはほとんど動かずに盾でサラの攻撃を受けた。
マチルダの言葉通り盾にはかすり傷すらついていなかった。
「やあっ!!やあっ!!」
続けてサラが何度も斬りかかるが、結果は同じだった。
マチルダは、サラがバランスを崩して転んだりすることがないように気を遣って受けてあげるほど余裕だった。
「よし、それまで。・・・・次はウォルフ、やりなさい」
「はい!」
肩で息をして悔しそうにしているサラと交代すると、目を瞑り集中しブレイドを出した。一メイル半ほどの大剣である。
(薄い・・・何であんなに薄いの?)
その剣の薄さに驚いた。
あんなのではまともに切れないのではないか、とも思ったが、薄くとも濃密な魔力を感じ取ったマチルダは念のためゴーレムに構えを取らせた。
そんなゴーレムにウォルフは正対すると自分も構えを取り、斬りかかった。
「ウォルフ、いきまーす!」
一瞬で終わってしまった。
ウォルフは「燕返し!」などと呟きながら飛びかかって逆袈裟と袈裟に斬りつけただけなのだが、それだけでマチルダのゴーレムはバラバラになってしまったのだ。
「・・・あれ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
マチルダは無残な事になってしまった自分のゴーレムを見つめ黙り込んでしまった。目には涙さえ浮かべている。
サラは心なし嬉しそうではあるが、どうしたらよいか分からずオロオロしている。
カールはいつもとあまり変わらないが、何かを考え込んでしまって黙っている。
ウォルフはこのいたたまれない雰囲気を何とかしたい、とは思うものの何と声を掛けていいのか分からず、マチルダに向け手を伸ばしたり下ろしたりしていた。
「きょ、今日はこんな事になっちゃったけど、絶対もっと強いゴーレムを創れるようになるんだからっ!覚悟しときなさいよ!」
「う、うん・・・」
目尻に涙を浮かべた美少女に睨みつけられ、密かに萌えた四歳児だった。
「なんじゃ?マチルダ様。なにか聞きたくて残ったんじゃろう?」
微妙な雰囲気になってしまったティータイムの後、迎えに来たアンネに連れられて帰る二人を見送ったテラスで切り出した。
「あの子のことに決まってます。何であんな子供の『ブレイド』があんなに凄い威力なんですか?本当にあれは『ブレイド』ですか?」
「ちょっと変わってはいるが、あれは只の『ブレイド』じゃよ」
「そんな、あんな子供がトライアングル以上だって言うんですか?そうじゃなきゃ『ブレイド』があんな威力がある筈ありません!先生だって私のゴーレムはいい出来だって仰ってくれたじゃないですか」
「確かにな。いい出来じゃったよ、お主のゴーレムは。ワシでも『ブレイド』ではあんなに綺麗には切れん・・」
「そんな、土のスクウェアである先生よりも威力があるなんて・・・」
「あの子はまだ魔法は覚え立てじゃ。クラスがどうとかいう前にまだ系統魔法も使ったことはない。精神力だってワシが見るにいいとこラインに届くかどうかというところじゃろう。それでも、年を考えれば可成り破格じゃが」
「そんな・・・それじゃどうして・・・」
「魔法を教えるときに最初に教えたはずじゃ。イメージじゃよ。あの子の魔法はイメージが普通と違うのじゃ」
「イメージ・・・そんな、それだけで?」
「そうじゃ、どうしてあんな風になるのかはワシでもまだ分からん。じゃがこれは言える。あの子の魔法は世界に沿っている、とな」
「・・・天才っていうやつでしょうか?」
「ふん、天才か。そんな安っぽい言葉で理解できるようなモノではないわ。・・・あえて言うなれば異才。あの子は我々とは全く別の世界を見ているようじゃ」
「・・・・・・・」
「まあ、まだ子供だし、どう育つかは分からん。案外二十歳過ぎたらただの人になるかもしれんぞ。あの子も『ロック』を覚えるには二週もかかったし、最初は『レビテーション』も全く出来なかったもんじゃ」
暫く考え込んでいたマチルダだったが、やがて顔を上げると立ち上がった。
「帰るのか?」
「はい、今日は勉強になりました。ありがとうございます」
「うむ、こちらこそありがとうじゃ。お母様によく礼を言っておいてくれ」
「はい、伝えておきます。あと・・・あの子達の授業は来週もラーグの曜日でしょうか?」
マチルダは少しの逡巡の後、カールの目を見つめ尋ねた。
「そうじゃ、来週から二人とも系統魔法に入る。火と水じゃな、今火と水の初心者が他にいないから来週も二人一緒にここで授業じゃ」
「それに私も参加してもよろしいでしょうか?」
「お主もそろそろ別の系統を学んでも良い頃か。いいじゃろう、来なさい」
「はい、ありがとうございます。ではまた来週、御機嫌よう」
帰り道、マチルダは燃えていた。
ただの『ブレイド』がイメージだけであれだけの威力になるのだ。他の魔法だってイメージ次第で全く違う物になる可能性はある。今日は魔法の奥深さを思い知った気分だ。あの子を観察してそのイメージを盗んでやることが出来れば私の魔法も上達するに違いない。フフフ・・・盗んでやる、盗んでやるぞおおぉぉぉ!」
最後の方は声に出てしまっていたために、周りから可成り注目を浴びていたのだが、マチルダがそれに気付くことはなかった。
1-5 初めての系統魔法
――― 翌週 ―――
いつものようにウォルフとサラはカールの屋敷の中庭に来ていた。
ただ、いつもと違うのはカールの隣に見たことのある少女が不機嫌そうに立っていることだった。
「あー、今日から系統魔法の課程に入る。本当は火と水とでそれぞれ別々に学ぶもんじゃが、時間枠の問題での、一緒にやってしまうことになった。まあ、片方に説明してる間に片方が練習して、という風にすればそれほど無駄は出んもんじゃ。そしてこちらが今日から一緒に学ぶことになった、マチルダ・オブ・サウスゴータじゃ。マチルダ様は土メイジじゃが今日から火と水も学ぶ。仲良くするように」
「先週会ったわね、マチルダ・オブ・サウスゴータよ。よろしくお願いするわ」
「ウォルフ・ライエ・ド・モルガンです、よろしくお願いします」
「サラです、よろしくお願いします」
よろしくお願いされてしまって思わず返事をしたが、ウォルフとサラはかなり驚いていた。
男爵の息子であるウォルフと平民であるサラが一緒に魔法を学んでいる、ということもここサウスゴータ以外では有り得ないようなことなのに、太守様の娘が一緒に学ぶというのだ。
しかし、当のマチルダは気にしていない風でサラの横に移動して一緒に並んでいる。
まあ、本人がいいならそういうものかと思って、気にしないことにした。
「ワシは土メイジじゃが、火と水もラインスペル程度なら教えることが出来る。お主達も火、水、土とそれぞれ自分の系統を持っている。しかしそれ以外の系統も絶対に使えない、というわけでもない。自分の系統以外では効率が可成り悪くなるから最初は難しいと思うが努力することは悪いことではないと思う」
カールはそう言うと生徒達を見まわした。
「まず、系統魔法についてじゃが、ウォルフ、系統魔法とコモンマジックとの違いは何じゃ?」
「呪文がコモンマジックは口語、系統魔法はルーンになります」
「うむ、まあ、なぜ呪文が変わるのかについては分かっておらん。"ブリミル様がそう決めた"からじゃ。ではまず火から始めよう。これから見せるのは火の魔法の初歩の初歩、『発火』の魔法じゃ。スペルはウル・カーノじゃ・・・《発火!》」
カールの杖の先から音を立てて一メイルくらいの炎が吹き出した。
「と、まあこんな感じじゃの。この魔法も大事なのはイメージじゃ。己の中で燃えさかる炎をイメージしそれを目の前に顕現せしめるのじゃ。それでは、うん、何じゃ?」
「先生!この炎は一体何が燃えているのでしょうか?」
ウォルフである。
それが炎である以上なにかしらの気体と酸素との化合反応であることは解る。
しかしメイジが作り出す炎が何を燃焼させているのか解らないことにはウォルフは正しくイメージすることが出来ない。
だいたいみんな同じ様な炎を出すので何か決まったことがあるのかとも思って、火のメイジであるエルビラにも何度か尋ねたのだが、魔法よ!としか答えてもらえなかった。
(結構明るいし、炎も大きい。炭化水素の不完全燃焼系っぽいけどなぁ。炭化水素って言ったっていっぱいあるし・・・大体炭化水素あそこに作るってのは練金って魔法じゃないのか?練金って土系統だろう。火メイジっていうのがそもそも訳ワカメなんだよ。他の系統はいいよ、固体・液体・気体のそれぞれの相を司る魔法。分かり易いじゃないですか、とてもイメージしやすいです。それに比べて火ってなによ。この世界の可燃物質と酸素の化合で、発熱と発光を伴うものを司る魔法、じゃなんか寂しいじゃないですか。イメージしにくいです。それとも熱を司る魔法、だとでも言うんですか?それだとイメージし易いけど・・・)
また何かいらんことで悩んでいるように見えるような教え子に対し、カールはやさしく、こう答えた。
「術者が心の中で思い浮かべる炎、じゃ」
「それがなんだか聞いているンだぁぁぁぁぁっ!!」
思わず取り乱してしまったウォルフだが、サラに抱きとめられ落ち着いた。いいコいいコされている。あからさまに子供扱いされると恥ずかしくて動けなくなるのだ。
「ふむ、お前も色々と難儀じゃのぅ。とりあえずワシが今出した炎をイメージしてみなさい。では、皆やってみなさい」
「「はい!」」
発火の魔法に挑戦し始めた二人を横目にウォルフはまだ悩んでいた。
(あまり考えてもしょうがないって事は分かっているんだけど・・・ええい、取り敢えずやってみよう!多分何らかの可燃物質が杖の先から熱を持って放射されているんだよな、きっと、おそらく、メイビー。酸素はどうやら現地調達っぽいな。・・・杖の先で魔力素を高温の可燃物質に変換する・・初めはなんか簡単な・・)
ここでウォルフは魔力素から変換しやすそうな物として、水素を思い浮かべてしまった。
色々考えすぎて訳が分からなくなってしまっていたのかもしれない。
マチルダが小さい炎ながらも《発火》を成功させていて、少なからず焦っていたことも影響したかもしれない。
確かにもっとも構造の簡単な可燃物質ではあるが、この場合、燃焼材として不適切なのは明らかだった。
「うぉあっ」「「きゃあっ」」
ウォルフの初めての『発火』の魔法は成功し、高温に熱せられた水素ガスは杖の先で酸素と反応して燃焼した。
爆音とともに。
「いたたた」
「一体何故ただの発火が爆発するんじゃ。ほら、大丈夫か」
ひっくり返ってしまったウォルフを立ち上がらせながら『ディテクトマジック』で怪我がないか確認する。
「怪我はないようじゃな。しかし普通は魔法を失敗しても何も起こらんもんじゃ。爆発する、なんて聞いたことがないわい」
「あ、いや魔法は成功したみたいです。・・ちょっと勢いが良かっただけで」
「どこがちょっと、よ!今の絶対『発火』じゃないでしょう!」
「いや、『発火』だってば。ちょっと"勢いよく"燃焼しちゃったんだよ」
「だから、あんな『発火』見たことないって言ってんの!」
マチルダはしゃがみこんで固まってしまった状態から再起動すると、ウォルフにくってかかった。
"世界に沿っている"という魔法を観察し、自分も身につけてやろうと意気込んでいたのに、その目論見は最初から躓いてしまった。
「マチルダ様、落ち着きなさい。あーウォルフ、お前はよくイメージを練ってから魔法を使用するようにしなさい。・・『発火』はまた次回にしよう。それぞれよくイメージを作ってきなさい。ウォルフ、練習するときは必ずエルビラに見てもらうんじゃぞ」
とりあえず、またマチルダの前で爆発を起こされるのは御免なので、多少無責任かなとは思ったが綺麗にエルビラに投げてしまった。
きっと来週には爆発せずに出来るようになっていることだろう、きっと。
「では、続けて水の系統魔法を教える、サラの系統じゃな。・・・まずはこれも初歩の初歩コンデンセイション『凝縮』、スペルはイル・ウォータルじゃ・・・《凝縮》!」
カールの杖の周りに靄が掛かったようになると、それが渦を巻きやがて直径十サントほどの水の玉が宙に浮かんだ。
今回は一緒にではなく一人ずつ、サラ・マチルダ・ウォルフの順にやらせた。
サラは自身の系統と言うこともあり、数回目に成功させ二サントほどの水球を浮かべたが、マチルダは集中力を欠き、とうとう成功させることが出来なかった。
そして・・・
「よいか、ウォルフよ、水じゃぞ、水。よくイメージするのじゃ、澄み切って透明な水を。けっして油などをイメージしたりはしないように。・・集中じゃぞ、集中。」
「はぁ、大丈夫ですよ先生。さっきのはたまたまです。今度のはイメージしやすいんで、普通に成功するか全く出来ないか、のどっちかだと思います。・・・いきます・・《凝縮》!」
ウォルフがルーンを唱えた瞬間、辺りは深い霧に包まれそれがそれが渦を巻いて消え去った後、そこに三十サントほどの水球が姿をあらわした。
「ぃよっしゃっ成功!、やっぱ魔法はイメージだなー。何かオレもう水メイジでいいんだけど」
「ちょっと、なんでさっきの失敗したくせに水の魔法は成功するのよ!あんた火メイジでしょう!」
「ウォルフ様、おっきい・・」
「問題ないようじゃの。火メイジなのに水魔法を先に成功させるとはますます訳が分からんがまあ、いいじゃろう。各自練習していなさい。マチルダ様、ちょっとこちらへ」
ウォルフとサラに自由に練習させ、マチルダをテラスに連れ出した。
「マチルダ様、一々ウォルフに突っかかっても意味はない。怒るのではなく、何故そうなったかを考えるのじゃ」
「だって、あいつがあんまりめちゃくちゃだから・・・」
「前にも言ったが、彼の精神力はすでにライン程度はある。自身以外の系統を使えても不思議はないのじゃし、魔法は元々めちゃくちゃじゃ」
「・・・・・考えたら解るようになるのでしょうか?」
「それは知らん。じゃが、彼の魔法を理解しようとすることは、世界を理解しようとすることかもしれん。世界を理解することが出来た人間などおそらくブリミル様だけじゃ。しかし考える事こそ、そこに近づく唯一の方法じゃと思っている」
「・・・・・・・」
ウォルフが理屈で魔法を理解しようとしていることをカールは感じ取っていた。
ハルケギニアでそんなことを考える人間は居なかった。魔法は水などと同じくそこに"在る"もので、何故"在る"かなどということは考えるようなことではなかったからだ。自分の腕を動かすのに、何故動くのかを理解していないと動かせない、などという人間は居ないのだ。
だからウォルフがそんな切り口から魔法を習得していく姿は驚異だったし、時々その威力が非常な物であるのをみて畏怖すらも感じていた。
「まあそんな深く考えんでもいいわい。マチルダ様はお姉さんなんじゃからな、優しくしてあげなきゃいかん」
「お、お姉さん・・・・・・はい、分かりました。これからはなるべく怒鳴ったりしないようにします」
「うむ、よろしい。では戻ろうか」
「あー結局ちょっとしか成功しなかったわー」
テーブルに突っ伏してマチルダが呻る。
魔法の練習を終えた三人はテラスでマチルダが持ってきたお菓子をつまんでいた。
「一サント位の水玉が出来てたじゃん。もうイメージ掴んでいるんだから後は集中すればいいだけなんじゃない?」
「気楽に言うわね、そうよ、水玉よ。あんたは一メイル位の"水球"を出せる様になってんのに私は水玉。イメージなんて掴んでないわよ!空気中の水を集めるって何よ、意味わかんない。空気は空気、水は水、でしょう」
「いや、見えないだけで空気の中に水分が有るんだって。お湯を沸かすと湯気が出るだろ。あれは空気中に溶けようとしている水分だし、雨が続くと空気中の水分が増えてじっとりと感じるだろ。反対に日照りが続けばカラカラに乾燥しちゃう」
「う・・そういわれると確かに・・・」
「そうさ、水は温度と圧力によって氷になったり液体になったり気体になったりする物なんだよ。だから後はその空気中の水分を液体に戻してやるイメージを作るだけさ」
「・・・・・ちょっとやってみる・・・《凝縮》」
杖を取り出しルーンを唱える。すると今までマチルダが『凝縮』を唱えたときには感じられなかった靄が湧き出てやがて十五サント程の水球になった。
マチルダは激変した魔法の効果に思わず息をのんで呆然としてしまった。
「そんな、こんなに簡単に?」
「ほら、出来たじゃん。やっぱり魔法はイメージだね、イメージ」
「・・・・」
「ウォルフ様、私もやってみる、見てて」
横で考え込んでいたサラが声を掛けてきた。マチルダの魔法を見て自分も試したくなったらしい。
「おう、やれやれ。空気の状態の水と液体の状態の水があるって認識するんだ。靄や霧はすっごく細かい液体の水が空気中にたくさん漂っているって状態なんだよ」
「うん、がんばる・・・・《凝縮》!」
サラは五十サント程の水球を作ることが出来た。
「はぁ、結局ウォルフが一番で私がどべか・・・」
両肘を机について頬杖ついている。まだ不満そうだ。
「いいか?年下に抜かれちゃったときは、気にしていないフリをするのが自分に優しくするこつだ」
「四歳児の分際で、なんて生意気なのかしらこの子は」
「・・・その四歳児にちょっと水球の大きさで負けたからってブルーな空気振りまかないで下さい。少しは周りに気を遣えよ、十一歳」
「ぐぅっ・・・・」
思わずまた怒鳴ってしまいそうになったが何とかこらえることが出来た。
ウォルフも四歳児と言われ、つい言い返してしまったがフォローを入れとくことにした。
「そんなに焦ることないじゃん。マチルダ様の年で土と火と水とが出来るなんて、そうはいないだろう?」
「・・・・・・あんたやっぱ四歳児じゃないわ」