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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第二章 24~27
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:29


2-24    出発!



 出発の日の朝、調査隊の一行は城の中庭で初めて顔を合わせた。時刻はまだ夜明け前、ここから辺境の森へは千五百リーグ以上有るのでこの時間になった。

「あーら、中々いい男じゃなーい。初めまして、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。素敵な殿方、あなた情熱はご存知?」
「え、あう、クリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガンです、ウォルフの兄になります、よろしく」
「兄さんもう十四だろう、こんな小娘相手にテンパッてんじゃねーって」
「て、テンパッてなんていねーよ!」
「ウォルフ、小娘ってどういう事かしら? 詳しく教えて欲しいわ。私が小娘ならあなたなんて小僧じゃない。小僧」
「そんなことでむくれるのが小娘っぽいわね。マリー・ルイーゼ・フォン・ペルファルよ、キュルケの従姉妹になるわ、よろしく」
「よ、よろしく」

 揃ったメンバーは全部で七人。ツェルプストーからはキュルケの他にキュルケの従姉妹で火メイジのマリー・ルイーゼ、水メイジのリア、土メイジのデトレフにキュルケ隊で指揮していた風メイジのバルバストルの五人だ。
これから一ヶ月程度一緒に過ごすメンバーになるのだが、美女と美少女が三人も揃っていたのでクリフォードは上気気味である。
 
 ウォルフは戦車を作ったりしていてずっと忙しいと聞いていたデトレフがいたので驚いてこっそりバルバストルに聞いてみたのだが、今は閑職に回されていて暇をしているそうだ。
ちょっと閑職ってどうなのかとは思ったが、最後にあった時よりも少しふっくらとしていて血色も良かったので、あまり気にしないことにした。

「これがその新型機なのね・・・うーん、前のよりもちょっとポッテリしててあんまり格好良くないわねえ。先っぽに変な羽根が付いてるし、キャビンもちょっと」
「乗員を四人に増やして風石エンジン積んだからしょうがないんだよ。これでも前のより大分速く飛べるんだぞ」
「多少速く飛べたってねえ、色も地味だし・・・ちょっと羽根の形も野暮ったいんじゃない?」

 どうも新型機のルックスは女性陣に不評らしい。二人乗りのスポーツカーと四人乗りのセダンを比べるような話でウォルフにはどうしようもない。
キュルケとウォルフが話をしている内にそれぞれの挨拶も終わり、モーグラにキュルケ達の荷物を積み込もうとしたのだが、とんでもない量が運び出されてきた。

「何だよ、そのでっかい鞄は! そんなの積んでいけるわけ無いだろ」
「あらん、無理かしら。グライダーが大きくなったって聞いたんでどうかなと思ったのだけど」
「無理無理無理、荷物は最小限にしてくれって言っただろう」
「ほらキュルケ言ったじゃない、無理だって」
「いいのよ、マリー。こういうのはうまくいったら儲けものなんだから」
「いいからさっさと必要なものだけ積んでくれ。とっとと出発するぞ」
「はーい」

 ウォルフにはこれから冒険に行こうって言うのにパーティー用のドレスを何着も持って行こうとする貴族の感覚は分からなかった。ただ、多少しおらしくなったと言ってもキュルケはキュルケなんだということはよく分かった。
グライダーが大分でかくなったと言ってもキャンプ道具や予備の風石も積んであり、二機で七人分の荷物を積んだらもう荷室の余裕は少ない。キュルケが必要なものを選ぶのに時間が掛かり、結局出発までに一時間近く費やしてしまった。



「オッケー、待たせたわね」
「じゃあ、出発しよう。遙か東、辺境の森を目指して」
「「イエーイ!しゅっぱーつ!」」

 ウォルフの操縦する一号機で女子達が楽しげに歓声をあげる。彼女らも初めての冒険旅行で随分とテンションが上がっていた。

「じゃあ、ウォルフも出発したし、こちらも後を追います・・・」
「そうですな、よろしくお願いします」
「窓を開けても良いですか?風のメイジとしては閉めきられているというのは、あまり好きではないのですが」
「あー、空気抵抗になりますので我慢して下さい。一応換気する機能が付いていますから」

 一方のクリフォードが操縦する二号機は随分とテンションが低かった。当初発表された車割り、ならぬモーグラ割りでは女子達はこちらに乗ることになっていたのだが、女子の希望で全く反対になってしまった。
リアが、聖人アントニオの話で本を書こうとしているとのことで、道中で詳しい話をウォルフに聞きたいからとキュルケ達と一緒に一号機に乗り込んできた。
 おかげでクリフォードは初対面の成人男性二人との長距離飛行という思春期の少年にとっては苦行とも言える目に遭うことになった。最初の発表でなまじ浮かれていたせいで、一段とその落差は大きく感じられるものであった。
 
 そのまま二機は順調に高度を上げ、高々度で高速巡航に入る。時速二百五十リーグで巡航するモーグラはハルケギニア人にとって驚きとしかいいようのない乗り物だった。
キュルケ達ツェルプストー組に新型機の操縦を教えつつ、無駄話をしつつ、順調に東へと進んだ。



「はっやいわねー、この新型機っていうの。もうあの街ホールシュタインでしょ、前のより倍以上速いんじゃないの?」
「そうなるね。その分風石をぶんぶん消費しているけど」
「風石なんて今凄く安いじゃない。何でこれまだ売ってないのよ」
「速い分荒天時の安全性に問題があるんだよ。対策ができたら発売するよ」
「いやいや、これは革命的な速度ですぞ、風竜の倍以上の巡航速度など前代未聞です」

 出発してから二時間以上経過したので一行は眺めの良い丘の上に着陸し、休憩を取った。実際に飛んで見せてその性能を知らしめた為に新型機の地位は随分と向上したようだ。
この辺りは穀物地帯らしく連なる丘には畑が続き、その所々に森が点在して遠くには街も見えている。のどかで、一般的なゲルマニアの風景だった。
 クリフォードはお茶を用意しているウォルフ達から少し離れた所でバルバストルと杖を交えている。バルバストルが風のスクウェアと知って早速弟子入りしたみたいだ。
デトレフが椅子やテーブルを作り、持ってきたチタン製のヤカンにリアが水を入れ、マリー・ルイーゼがお湯を沸かしてお茶を入れる。全系統のメイジが揃っているとさすがに色々と便利だ。ちょっとした休憩でもたちまち快適な空間を作ることが出来る。
 ウォルフは地図を広げて、現在位置の確認をする。もう全行程の三分の一を越えていて、どうやら辺境には昼過ぎには着けそうだった。

「ところで、ウォルフ殿は今回の調査についてどのような成算をお持ちなのか、お聞かせ願えますか」
「ああ、それは私も聞きたいことでした。ガンダーラ商会の事業は随分と好調のようですが、敢えてこの時期に東方開拓団などリスクの高いものに手を出すのですから、ちょっと興味がありますね」

 暫く経ってクリフォードの相手を切り上げてきたバルバストルがお茶をすすりながら尋ねた。今は彼に変わってキュルケがクリフォードの相手をしていて、マリー・ルイーゼとリアもそちらに見学に行っていた。

「成算なんて全く有りませんよ。それが立てられるのか調べに行くのが今回の調査ですから」
「ふーむ、そんなものですか。では具体的には今後の行程はどのようなものになりますか」
「えーと、まずは辺境の森の最南端、ハルケギニアの国家に属していない人達が住む荒野と接しているノイゾール伯爵領に向かいます」
「ふむ、蛮人との交易で、そこそこ領地経営がうまくいっている所ですな」
「そこから森の調査をしながら北上して、最北のレヴァル男爵領まで行きます」

 ウォルフは地図を示しながら説明する。ここまでの行程は過去に開拓団が入った所もしくはその隣接地の調査だ。

「で、そこまで行ったらそこからは東進します。ツェルプストー辺境泊が事前にレヴァル男爵領で風石が入手できるように手配してくれていますので、そこで必要物資を補給して森に何か変化が有るまで真っ直ぐに東に向かってみようと考えています」
「ずっと、森が続いていたらどうするんですか?」
「日数的に厳しくなったらその時点で引き返そうと思っています。反対に余裕があったらそこから南下してサハラの際位まで行ってみたいですね。そしてそこから辺境の森を一またぎして帰ってくる予定です」
「成る程、この新型機がなければ荒唐無稽に思える程スケールの大きな話ですが、これの速度を考えれば不可能では無さそうですね」
「まあ、今の段階での大雑把な計画ですけどね。状況が変われば臨機応変に対応していくということで。今はまだどんな状況になっているのかも全く知らないわけですし」

 どうも詳しく話をしてみると、デトレフもバルバストルも辺境の森の数カ所で単に亜人や幻獣などの状況を調べて帰ってくるものだと思っていたらしかった。
ウォルフは元々飛行機を使って他人が行かないような所まで行ってみようと思っていたので、認識に齟齬が生じていたようだ。この計画で最大の脅威はサハラにいるというエルフだが、サハラに入らず上空から見る位なら危険は低いものと思っている。

「一箇所を綿密に調べて開拓可能かどうかを調べるのではなくて、広範囲にわたって調査して開拓出来そうな所を探しに行くものだと思って下さい」
「成る程、それだと戦闘はそう多くはならないですかな」
「はい。突発的なものくらいになるでしょう」

 バルバストルはキュルケの護衛らしく戦闘の見込みをが気になるようで、戦闘よりは移動が多そうだと知って少し安心しているようだった。
と、そこに当のキュルケが杖合わせから帰ってきて、乱暴に椅子に座り込んだ。

「あーんもー、悔しいったら! 負けちゃったわよー」
「中々見事な負けっぷりだったわよ、キュルケ。あなたがあんな風にひっくり返って負ける所を久しぶりに見たわ」
「うっさいわよ、マリー。今度はあなたがやってみなさいよ。クリフったら中々強いわよ」
「かまわなくってよ? あなたの敵を取ってあげるわ」
「おーい、俺にも少しは休ませてくれよ」

 キュルケの後ろからマリー・ルイーゼとクリフォードも帰ってくる。少しの時間で随分とうち解けたようだ。

「そろそろ出発するから続きは次の休憩にしてくれ。もう一度休憩を取れば着くと思うから」
「はーい」

 再びモーグラに乗り込んで東を目指す。予定通り一度の休憩を挟んで昼過ぎにはノイゾール伯爵領に到着する事が出来た。ちなみにクリフォードはマリー・ルイーゼにも勝っていた。
初めて来た辺境の地は随分と赤茶けた大地で、特に南に行く程荒涼としていてその荒れ地が東へ延々と続いているのが確認できた。

「いやいや、驚きました。まだ返事を出したばかりだというのにもうお越しになるとは。今日出発とのことではなかったですかな」
「はい。今朝フォン・ツェルプストーを出て真っ直ぐこちらに来ました」
「いやいやいや、何という速度なのでしょうか。これはあのグライダーというのは噂以上に有用なようですな」
「今回乗ってきたのは新型機でして、従来のものより風石を消費する代わりに倍以上の速度で巡航できるというものなのですよ」

 にこやかに出迎えてくれたノイゾール伯爵はちょっと頭髪の寂しい小太りの中年で、ウォルフがまだ少年であることも気にせずに歓待してくれる気さくな人だ。
商人上がりの非メイジ貴族とのことだが、昼食を振る舞ってくれながらウォルフ達に開拓の苦労を色々と語ってくれた。
ノイゾール伯爵領は北半分が辺境の森にかかっていて、南半分は荒れ地となりその東の方には蛮人達が住んでいる。畑は少なく、南の方へ行く程地形も険しくなり、領民もほとんど住んでいない。そのまま南へ行けばガリアとなるのだがこの辺は国境もまだ曖昧だ。
この辺りの最大の脅威はやはり幻獣で、竜やワイバーンなどがよく森から出てくるとのことだ。彼が成功しているのは当初いがみ合っていた蛮人達と和解し、彼らと交易をすることで利益を得るようになったおかげだという。彼らは遊牧を生業として一定の場所に居住せず、草を追って季節ごとに広大な東の地を回っているそうだ。
 交易がこの領の生命線であるみたいで、ウォルフが森を開拓するにしても蛮人達とは争いにならないようにして欲しいと釘を刺された。

 ウォルフが他国の貴族でありながらツェルプストー辺境伯の協力を取り付け、綿密に調査してから開拓に臨もうとしている姿勢には好感を持ってくれているようだ。商人上がりが開拓団になる時は綿密な調査をしてからの事が多く、成功する確率も多少高いのだが、他国の貴族の場合ろくに調査もしないで失敗する事が多いと言う。
 成功の秘訣はメイジとしての技量などではなく、納得するまで調べる事だと自身の経験に照らして語ってくれた。

 ノイゾール伯爵が翌日ならば領地について詳しい係官を手配してくれると約束してくれたので、この日の午後は辺境の森へは行かず、モーグラを城に預けてみんなで城下町の散策に繰り出した。

「辺境といっても結構人はいるものなんだな。お、あの羊肉の炙り焼き美味そう」
「今は遊牧民が近くに来ている季節らしいから、特に多いんだろう」
「ふーん。確かにお店とかはテントのものばっかで人が減ったら何も無くなっちゃいそうね」

 城下町の目抜き通りは結構ゆったりとしたスペースを取っているが、その両側に屋台のようなテントが立ち並び様々なものを売っていた。布製品や革製品から金工品などの工芸品、宝石などの各種鉱物、様々な穀物や果物、香辛料などの食料と扱っている商品はバラエティーに富んでいる。

「あら、この柄かわいいわねえ。ちょっとそっちも見せてくれる?」
「おいキュルケまた買う気かよ。まだ旅は始まったばかりだぞ」
「だってこの先おみやげ買えそうな所なんて無さそうじゃない。バルバストルの荷に便乗して送っちゃうから良いのよ」
「え? バルバストルさんの荷って何」
「お父様からノイゾール伯爵領で香辛料を買い付けて来いって言われてたのよ。ねえ、これとこれどっちが良いと思う?」

 モザイク模様のような柄の布を体に当ててみなからキュルケが訊いてくるが、そう言えば護衛のバルバストルの姿がない。周囲を見回してみると少し離れた屋台で何やら激しく価格交渉をしていた。おいあんたキュルケの護衛じゃないのかと突っこみを入れたくなるが、この街なら危険は少なそうなのでそんなものかと思う。

「ふーん、じゃあオレも何か買って一緒に送らせてもらおうかな」
「そうしなさいよ、荷物なんてちょっと位増えたって全然関係ないんだから。あー、もう両方買っちゃおう」

 ガンダーラ商会でも織機を作っているので何かしら参考になるかと思い、ウォルフもキュルケに便乗して何点か特徴的な柄の布製品を購入した。ちょっとサラに似合いそうな柄もあったのでそれも荷物に紛れ込ませる。
その店を出ると今度は銀細工の店に女子達が吸い込まれてしまった。彼女らに付き合っていると通りを歩く速度が限りなく遅くなってしまいそうなので、銀の装飾品を選んでいるキュルケに断ってデトレフとクリフォードの三人で別行動を取ることにした。
買い食いなどをしながらぶらぶらと通りを流し、目についた宝石店に入ってみる。宝石店といっても原石がほとんどで、傍らには珍しい鉱物が並んでいる棚もある。

「お、モリブデン発見」

 一つずつ『ディテクトマジック』で調べているとモリブデンの鉱石を見つけた。

「店主、この青雲母というのは何処で採れるものですか?」
「あー、それはこごからずうっと南東の方に行った所の山で採れるね。水晶がよぐ見つかる所で羊たちが草食ってる間に探しに行ぐんだが、中々珍しい石だろ」
「ここから南東だと遊牧民の土地になるか・・・まあいいや、これ、買います」
「はいよー、まいどー」
「ちょ、ちょっとウォルフどの何値札通り買ってるんですか。こういう所は値切るものですよ」
「ん? まあ、いいですよ。ところでこの石をもっと大量に欲しいのですが、用意してはもらえませんか?」
「んあ、そりゃ出来るけんども、あの辺に行ぐのは冬だっから来年の話になるね」
「うーん、そうかあ・・・じゃあ、冬になったら直接買い付けに行ってみます。その時には沢山掘り出してくれるとありがたいですね」
「あんたらハルケギニア人がオラ達っとご来んのは大変だど?来るってんならこっちはかまわねえが」
「多分大丈夫です。何か目印になるものとか有りますか?」
「オラはマッサゲタのカディルだ。この黒い帽子がマッサゲタの目印だで、その辺で誰かに聞けばわがるとおもうよ」

 店主は何でもない事のように言ってテントの端にあった黒いとんがり帽子を被って見せた。詳しく場所を聞くとその季節にはここから東南東へ行った辺りの半径百リーグ位の場所にいるとの事で、その大雑把さはさすが遊牧民族といった所だ。そんなんで本当に会えるのかと不安にはなったが、冬になったら行ってみようと決めた。
その後もあちこちの店を覗いて革製のサンダルを買ったりちょっと買い食いをしたりして楽しく過ごした。調査隊というよりはこれではただの観光旅行といった感じだが。

 この日はノイゾール伯爵の城に用意された客用の部屋に泊まった。この地方では一般的だという蒸し風呂に入って汗を流し、客用に用意された居間で寛ぐ。やはり冒険という感じはしない。のんびりとこの地方の幻獣をまとめた図鑑の頁をめくっていると女子達が長い風呂から上がってきた。

「あれ、リアは一緒じゃないの?」
「アントニオの話を書くって言って部屋で頑張ってる」
「ああ、あれもう書いてるのか」

 キュルケ達はずっと三人一緒だったのにリアがいないので聞いてみたのだが、今日ウォルフから聞いた聖人アントニオの話を早速本に書き起こしているという。
ここまで来る道中機中ではほとんどアントニオの話をしていた。アントニオの話をして欲しいと言われてもまさか本当のことを話すわけにもいかずウォルフも困ったが、どうせ前世の話だし罪のないホラ話と思っていっそノリノリで話を作った。
 地球でのいろんな話が混ざってしまいどんな本に仕上がるのか空恐ろしかったが、多分子供向けの本になるだろうということで多少安心もしている。

「今後のことなんだけど、伯爵にずっとここ使って良いって言われているから取り敢えず明日は着替えとかの荷物はここに置いて出かけるつもり。明後日以降は移動することになるだろうけど」
「明日からいよいよ森に入るのね」
「大丈夫か?」
「分からないわよ。分かるようならこんな所まで来なかっただろうし」

 キュルケの顔に少し陰が差す。まだ自分に自信が持てないのだろう。こればかりはキュルケが自分自身で何とかしなくてはならない問題なのでウォルフもどうしようもない。

「まあ、頑張れ」
「ん、ありがと」

 ウォルフが気に懸けてくれていることは分かる。酷い状態の時は決して言わなかった頑張れと言う言葉の意味も。自分は一人じゃないという思いをキュルケは信じることが出来るようになっていた。

「んー、でも今日は楽しかったなあ。あんなに買い物したのは久しぶり」
「君たち凄かったね。馬車に積みきれないかと思ったよ」
「何よ、ウォルフ達だって結構買ってたじゃない。ちょっとキュルケ見てた? クリフったらアルビオンの彼女にミスリル細工なんて買ってたのよ」
「ちょっ、マチルダ様は彼女なんかじゃねえよ!」

 マリー・ルイーゼはいつもキュルケが落ち込むとすぐに明るい話に変えてくれる。キュルケにはそんなやさしい従姉妹がいる事がとても心強い。

「あら、やるわねクリフ。碧の髪が美しい年上のひとだっけ?」
「何でそんなことまで知って・・・ウォルフ!お前かっ」
「何のことかな? オレは訊かれたことに正直に答えただけだけど」
「うそだっ絶対に余計なことを言ってるだろ!」
「言ってないって。マチ姉が学院に入った日の夜、双月を眺めて「マチルダ様・・・」とか呟いてた事とか言ってないし」
「!!っ・・・おまっ、何処で見てっ・・・」
「他に言ってない事は・・・」
「だぁーっ!!言うなっ!!」

 爆笑の中、窓から逃げ出したウォルフを追ってクリフォードも『フライ』で飛び出していった。
その様子を指さしながら、キュルケは心の底から笑っていた。




2-25    怪鳥



 ノイゾール伯爵領の上空を千メイル位の高度でウォルフ達のモーグラは北へと向かっていた。伯爵家の租税調査官がウォルフの機体に乗って色々教えてくれながらの飛行だ。今日は昨日とは逆にキュルケ達をクリフォードの機体に乗せている。

「ああ、もうこんな所まで来ましたか。本当に速いですなあ。あ、あの村が我が領の北辺になります。そこから東へと道が続いているのが分かりますでしょうか」
「ええと、あの周りより木が低くなっている所ですか?」
「ハイ、そうなります。あそこが前回、十年程前でしょうか、東方開拓団が作った道になります。今回ド・モルガン様が我が領の隣を開拓なさるというのならば、やはりあそこから入っていくのがよろしいかと存じます」

 教えてくれた所には確かに以前道があったのであろう。しかし、十年の歳月はすでにその道を森へ還しかけていた。

「もう結構木が生えてきちゃってますね・・・ここから入っていくってどういう事ですか?前回の人達はあの村の隣から開拓したのではないのですか?」
「あの村は森から秘薬の原料などを採取する事で成り立っています。村から二十リーグほど、丁度あの先の山までは我が領の森としてゲルマニア政府にも認められています」
「二十リーグ先から、ですか・・・」

 中々厳しい条件に絶句しながらも取り敢えず森を見てみようと東へと機首を向ける。途中三百メイル程まで高度を落としてみたら森からワイバーンの群れが飛び出してきたので慌ててまた高度をあげた。
ワイバーンは千メイルの高さまでは追ってこないようだが、竜だとそれ以上まで来る事があるので注意するように言われた。数匹の竜にフネが落とされた事も有るらしい。特に今は繁殖の季節で神経質になっているとのことだった。

「あ、あの辺に村を作ろうとしていたのですな。跡が残っています」
「どれどれ・・・ってオークが住み着いているじゃないですか」
「ウォルフ殿、あちらの山には竜がいるみたいですぞ。ご注意ください」
「・・・まあ、どちらもこの森では珍しくないですから」

 村の跡にはまだ土メイジが作ったらしい建物が残されていたが、そこには大量のオーク鬼が住み着きこちらを眺めているのが見える。更にデトレフが示した山には風竜らしき物が飛んでいるのが見え、その山の麓で木々が動いているように見えるのはおそらくトロル鬼だろう。

「オークとトロルの群れに風竜か。多分下に降りたらもっと色々いるんだろうな。そして外界との街道沿いにはワイバーンの巣が大量に有ると」
「これは、ちょっと、降りる気もしない程ですな」
「あんなにワイバーンの巣がある所まで村人は入っているんですか?」
「え、多分・・・今は巣がありますが、この辺りは夏になると結構亜人や幻獣が減るのです」
「ああ、確かにトロルにはこの辺の夏は暑そうですね」

 遠くで飛ぶ竜や眼下でうごめくオーク達を見てると、さすがのウォルフでも積極的にここで自分の村を作ろうという気にはなれなかった。
まだまだ森は続いているが東方面には竜のいる山があるし、降りて調査する事もなくそのまま南へ転進する。時折高度を下げては幻獣に追われてまた高度を上げる事を繰り返していると、結局一度も着陸することなく灌木がまばらに生える荒野へと出てきてしまった。
 出てきた幻獣は竜にワイバーン、マンティコア、見た事無い程大きなオオワシ、グリフォンと、この森の生態系が多種多様である事がよく分かった。全然嬉しくないが。動物園で虎やライオンを見て嬉しいのは虎やライオンと同じ檻に入っていないからであろう。
まだ昼にもなっていないが色々と疲れたので、少しノイゾール伯爵領の方へ帰った所で休憩を取る事にした。そこならばあまり幻獣はいないからと着陸したのは上部が平坦なモニュメントバレーのような岩山の上だ。中々眺めの良い岩山で前面に森が良く見渡せ、西側遠くには伯爵領の村も望めた。



「おっかなかったわねえ。竜に追っかけられた時が一番スリルがあったわ」
「スリル有りすぎだっつーの。何だよあの森、非常識すぎるだろう」
「しかし、竜からも逃げられるとは素晴らしい乗り物ですなあ」
「まあ、こっちは全速で飛んでて向こうは静止からの始動だったから。向こうが本気で追っかけてこようとしたらこの速度じゃまだ結構やばいね」
「私、何時でも魔法撃てるように準備していたのに、機会が無くて残念だわ」
「俺はそんな機会ない方が良いよ・・・」

 クリフォードがかなりげっそりとして疲れている。ウォルフ機の後ろについて飛行していたし、幻獣達のプレッシャーをもろに受けていたようだ。クリフォードはウォルフ機に付いて高度を下げるつもりはなかったのにキュルケ達にやいやい言われて高度を下げさせられたという事もあるのかも知れない。
 それにしてもこの森の開拓は大変だと言わざるを得ない。せめて一方が開けている南端側から開拓すれば良さそうな気もするが、ノイゾール伯爵にそれは自粛するように言われている。遊牧民達が森から薪を得ているとの事で、余計な軋轢は生じさせないで欲しいとの事だ。それと今の時期はこの荒野は森よりも安全だが、初春と晩秋のワタリ竜が通過する季節は遮蔽物が無い分森よりも危険との事だ。
 あれだけの数の幻獣や亜人を皆殺しにするにせよ超音波で追っ払うにせよ、大変そうなことには違いない。あんな森のど真ん中に村を作るとなると四方全てを守った上に街道の安全も確保しなくてはならない。
どうしても開拓するというのなら周囲の森を全て焼き払って、幻獣達に餌を与えないようにすると同時に領地との間に緩衝地帯を設ければ一応守りやすくはなる。森の外とは二十リーグ位なら地下鉄で結べば受ける脅威は大分減りそうだ。しかし、それは最終手段と言っていいだろう。

 と、その時岩山の端まで行って遠くを眺めていたキュルケが声を上げた。

「ねえ、ちょっと、あそこの村が何かでっかいのに襲われてるんだけど」
「何だよ、あれ、鳥?」
「あれは怪鳥ロックですな。辺境の森というよりは南の荒野に住む幻獣で、この季節は時々人を襲ったりするのです」
「ずいぶんと落ち着いてますね。あんなのに襲われてあの村は大丈夫なんですか?」
「度々襲われますから背後の岩山にシェルターが掘ってあるんですよ。やつのでかい体ではシェルターの中まで首が届きません。その内諦めて帰りますよ」

 村までは二リーグ以上有りそうだが、その巨体がはっきりと見えた。恐らく十五メイル以上は有るだろう巨鳥が柵を破壊し、シェルターに首を突っ込んで何とか餌にありつこうとしている。辺境の森も大変だったが、南の荒野も大変そうだ。

「あんなのが度々来るんですか・・・」
「あれはマシな方ですよ。飛ぶのが下手で、走るのも遅いですからな。あの巨体では近づいてくるのがよく分かるので逃げる時間もありますし。ただ、一度来ると何度も繰り返し来るので、畑や村がめちゃめちゃにされてしまうのが厄介な相手です」
「何度も来るなら退治すれば良いんじゃないですか?」
「ははは、そりゃ確かに退治した方が良いですね、あんな図体でも焼くと美味いですし。しかし、あれは強固な羽毛を持っていましてね、刃も通らないし並の魔法じゃ全く効かないんですよ。火の魔法だと幾分効くみたいですが」
「ふーん、成る程。兄さん、出番だよ」
「え?」

 突然話を振られて何となくロック鳥を眺めていたクリフォードは吃驚して振り返った。

「え、じゃないよ、ホラ兄さんの腕試し。凄い魔法を身につけるんでしょ?」
「ああ、あれ? あれは、ほら、もうちょっと闘いやすい奴の方が良いんじゃないかな。火の魔法に弱いって言ってるからお前の方が向いてるんじゃ・・・」
「風魔法に耐性のある幻獣を風魔法で倒す事に意味があるんじゃないか。兄さんは強くなる、村の人は助かる、オレは美味い焼き鳥が食える。さあ行こう」
「マジ?」
「マジ。あそこなら戦ってる最中に他の幻獣に襲いかかられる事も無さそうだし、丁度良いじゃん。オレも側まで行ってやるから」

 ちらりと周囲を見回すと可愛い女の子が三人、どうなる事かとこちらを見ている。クリフォードはこんな状況で怖いから行きたくないです、等と言える程男の子をやめてはいなかった。

「うぉお、マジかよ何で俺こんなとこに来るなんて言っちゃったんだろう」

 小声で呟いて渋々『フライ』で飛んで行こうとしたのだが、キュルケ達も行きたいと言い出したので全員モーグラで行く事にした。デトレフとリアが操縦を担当して、ロック鳥を倒すまではモーグラは上空で待機する。
飛行機にとって二、三リーグの距離などそれこそあっという間だ。ロック鳥の上空に到着するとウォルフ、クリフォード、キュルケ、バルバストル、マリー・ルイーゼの順に飛び降りた。

「うおー、近くで見るとマジででっかいな」
「俺はやれる俺はやれる俺はやれる」

 キュルケ達がちょっと離れた所に降りたのを確認し、シェルターの穴に首を突っ込んでいる怪鳥ロックの後ろに立ってその巨体を見上げる。あまり動きが速くないから脅威としてはそれ程ではないと言われていても、この大きさはそれだけで威圧感がある。立ち上がったら十五メイル程もありそうで、これまで見たどんな生物よりも大きかった。
 今、ロック鳥はこちらに尻を向けているので目の前は巨大な尻の穴だ。とても分かり易い的をめがけてウォルフは魔法をたたき込んだ。

「おらっ、デカブツ、こっちが相手だ《ファイヤーボール》!」
「あ、ちょっと待っ」

 ウォルフの『ファイヤーボール』は目指す的に命中し、その瞬間怪鳥ロックは「ぎゃーっ」と妙に人間くさい悲鳴を上げて後ろを振り返った。ウォルフはさっさとキュルケ達の所まで下がっているのでその目の前にはクリフォードのみが立っていた。

「え、えへ?」

 何となく愛想笑いをしてみるがもちろんそんな事に何の意味もない。当たり前の事だが怪鳥ロックは激しく怒っていて、威嚇するように嘴を空に向けてカチカチ激しく鳴らす。その姿は鵜飼いの鵜と鷲を足してペンギンで割ったような感じで、首が異様に細長くて足は短く広げた翼は小さい。

「クエエエエッ!」
「!! っ《フライ》」

 予想外の素早さで細く長い首の先に付いている嘴による突きが繰り出された。クリフォードは間一髪でその攻撃を躱し、距離を取って着地する。

「へっ! のろまめ、こいつを食らえ! 《エア・カッター》!」
「クエエエエッ!」

 クリフォードの魔法が命中して羽毛をわずかに散らす。しかし、怪鳥ロックは全く気にする風でもなくドタドタと走り寄ってきた。

「ちっ、ったく効いてねえよ《フライ》」

 再び『フライ』で距離を取り安全圏に逃げる。そこから今度は『マジックアロー』で攻撃してみたが、今度は羽毛すら散らせず全く効果はなかった。
これは幻獣に時々ある事だが、魔力素による直接防御を行っている為だ。防御という強固な意志を帯びた魔力素によりこちらの魔力素による攻撃が無効化されてしまうのだ。物理的にも強化されるしやっかいな装甲だ。

「ウォルフー!『エアカッター』も『マジックアロー』も効かないんだけど、どうしよう」
「あの羽毛には魔力素が行き渡ってるね。『エアカッター』は少し効いているみたいだから、もっと硬くしてみたら?」
「硬くって、もう目一杯硬くしてるって!」
「もっともっとだよ、魔法で作る圧力に限界なんて無いんだから。大丈夫、兄さんはやれば出来る子だ」
「クエエッ!」
「うおっ《フライ》!」

 自分は必死になって叫んでるって言うのに冷静に『伝声』の魔法で答える弟に何だか腹が立つ。しかしそんな事に構う暇を怪鳥ロックは与えてくれなかった。
そのまま怪鳥ロックが間合いを詰めてはクリフォードが躱して『エアカッター』で攻撃するという事を何度か繰り返す。
 単調に見えてギリギリの攻防の中、クリフォードは出発前に会いに行った師の言葉を思い出していた。

「良いか、クリフォード。魔法で一番大事なのはイメージじゃ。そしてそのイメージをより強固にするのは自分を信じるという事じゃ。効かないかも知れない、等と考えながら放った魔法が効く事などまず無い。『エアカッター』を放つ時はその刃が相手を切り裂く所までイメージして放つのじゃ」

(確かにちょっとビビってたな。大丈夫、奴の攻撃は躱せる。俺の『エアカッター』を奴の羽毛より硬く出来ればそれでこの戦いはお終いだ)怪鳥ロックとの戦い方にも慣れ、クリフォードも大分冷静になってきた。
(もっと、もっと硬く・・・もっとだ)クリフォードはもう余計な事を考えず、『エアカッター』の威力を上げる事のみに集中する事にした。




「ねえ、ちょっとウォルフ、クリフ大丈夫なの?」
「まだ精神力は大丈夫だと思う・・・段々散る羽毛も増えてるし、もうちょっと様子を見るよ」
「そう、ならいいんだけど・・・あっ」

「クエエエッ!」
「《フライ》・・・うおっ」

 もう何度、怪鳥ロックの攻撃を躱したのか分からない程になり、キュルケ達が心配し始めた頃の事だった。
いつものように飛んで距離を取ろうとしたクリフォードを、ロックが翼を振るって叩き落とした。翼が届く所にはいなかったのだが、翼が巻き起こす強風で吹き飛ばされたのだ。

「ぐあ・・・」

 幸い、『フライ』を行使中だった為に致命的なダメージは受けなかったが、それでも結構効いてしまっていてフラフラと立ち上がる。
クリフォードが何とか立ち上がって杖を構えた時にはもう怪鳥ロックは十分に間合いを詰めていた。クリフォードの目の前すぐにはロックの体があり、今までは前方からの攻撃だったのが今度はほぼ真上からその巨大で鋭い嘴が繰り出された。左右には翼を広げられていて逃げ道はなく、恐らく後ろに逃げても間に合わない。

「危ねっ!」

 かろうじてギリギリ嘴を躱したが、すぐに上空からまた高速の突きが襲いかかる。かろうじて直撃は避けているが、ガッツガッツと地面を削る攻撃にクリフォードはもう立っている事は出来ず、地面を転がって躱すのが精一杯だ。

「クエエエエエッ!!」

 怪鳥ロックは中々仕留められない事に苛つくように一鳴きすると、転がるクリフォードに今度は容赦なくキックを放つ。
怪鳥ロックの巨体を支える強力な足から放たれる攻撃は想像以上のスピードと破壊力だ。

「危ねえっつうの! 《エアハンマー》!」
「クエッ!?」

だが、その攻撃はモーションが大きく、躱すのは難しくなかった。またギリギリで躱し、起き上がると横から『エアハンマー』をその足に食らわせる。
元々バランスの悪い怪鳥ロックは丁度足払いを食らったように体勢を崩して転倒した。

「おらあ! 《エアカッター》」

起き上がろうともがく怪鳥ロックに今度はクリフォードが続けざまに攻撃を加える。狙うは一点、首の付け根のみである。

 クリフォードの攻撃を受けながらも怒れるロックは気にせず立ち上がり、再び嘴による攻撃を再開する。しかし、先ほどよりは間合いが離れているため、クリフォードにとってこの攻撃はさほど脅威ではない。何度も繰り返される反撃は魔法を使うことなくギリギリで躱し、『エアカッター』による攻撃を継続した。
怪鳥ロックの嘴、翼、足による多彩な攻撃をその身体能力のみで躱して『エアカッター』を連発する。今まで『フライ』に使っていた詠唱の時間を全て攻撃に割り振ってロックを倒しにかかった。

 攻撃の度に威力を高めるクリフォードの『エアカッター』は徐々に怪鳥ロックの首から血を飛び散らせるようになった。クリフォードもまたロックの攻撃が何度もかすり、繰り返し地面に叩き付けられて傷だらけになっている。
全身が激痛に悲鳴を上げ、疲労が体の動きを妨げるようになっても、クリフォードの集中は途切れない。疲労が徐々に思考力を奪っていく中、クリフォードの意識は怪鳥ロックの首を切るという事だけに集中していった。

「クエッフーッ」

 気がつくとまた随分と間合いが近づいている。だがもうクリフォードは焦らない。黒々としていながら時折虹色に鈍く光る羽毛を見つめ、それを自分の魔法が両断するイメージのみを頭に浮かべた。

「クエエエッ!」
「うおおおお《エアカッター》!」

 覆い被さるようにして突きを繰り出してきたロックの首の付け根。これまでの攻撃でだいぶ羽毛が薄くなり血を滲ませていた場所に最大の集中力で放たれた『エアカッター』が吸い込まれた。

 その瞬間『エアカッター』が吸い込まれた箇所から血が噴き出し、怪鳥ロックの嘴はクリフォードの頭上すぐを通過して地面に激突。胴体から切り離された頭と首が血をまき散らしながらうねる大蛇のように後方に転がった。残された体はそのまま一歩を踏み出したが、ゆっくりとクリフォードに向かって倒れてきた。

「ここでぼんやりしてると潰れるよ?」

 いつの間にか近くまで来ていたウォルフが、呆然と自分に向かって倒れてくる巨体を眺めていたクリフォードの襟首をつかんで安全な場所に引っ張った。

 ウォルフに降ろされ、ぺたんと尻餅をつく。その姿勢のまま目の前で地響きを起こして倒れた巨体を眺めた。あらためてみるとその大きさはとても自分が倒したものとは思えない程巨大だった。

「やったぜ」
「うん」
「やったんだぜ?」
「うん、ご苦労さん」
「うおおおお!やったぜーっ!!」

 大の字になって叫ぶクリフォードを放っておいて、ウォルフは怪鳥ロックの体に近づいた。倒れてなお見上げる程の巨体だ。焼くと美味いと言っていたがどれほどの量の肉になる事だろうと考えていると、キュルケ達も近づいてきて、羽毛の硬さなどを確認している。

 シェルターの岩山からも村人が次々に出てきた。皆笑顔で、怪鳥ロックの体に上ったり羽毛を引っこ抜いたりしている。モーグラから降りてきたノイゾール伯爵家の家臣がロック鳥を倒した英雄としてクリフォードを村人に紹介すると大歓声がわき起こり、クリフォードは照れながらもそれに応えた。
クリフォードは次々に村人から感謝されて照れまくっていたが、同い年位の可愛い女の子にキスの祝福をされたのが一番嬉しそうであった。




2-26    探検?



 怪鳥ロックの解体は村人総出で半日仕事になった。
こうしたものの所有権は倒した者が持つ事になるのだが、クリフには何をどうしたらいいのか分からないので処理をノイゾール伯爵に一任した。
ノイゾール伯爵は解体と加工の手間賃として相当量の肉を村人に与え、足の速い内臓も村人が処分する。城からも応援を送り込み、次々に肉を切り分けて運び出す。今日は伯爵領中が肉を焼く臭いに包まれそうだ。
 羽毛は様々な工芸品や秘薬の原料として珍重されているらしく、一羽分有れば結構な金額になり、後で伯爵からクリフォードに支払いがあるとの事だ。何でも通常ロック鳥は火の魔法で倒すので、これだけ大量に羽毛が取れる事は滅多にない事らしい。

 ウォルフ達は解体を村人に任せて森の詳しい調査に行くつもりでいたのだが、この日はずっと村の護衛として留まる事になった。村の防備柵がロック鳥に壊され、そこに解体の臭いに誘われた幻獣達が多数森から出てきたのだ。
フタクビオオトカゲなどの嗅覚の鋭い爬虫類系の幻獣が主だったが、村人に聞くと食べるとの事なのでなるべく原形を留めるようにして殺した。主に働いたのはウォルフとバルバストルで、この二人は血抜きの事まで考えて殺す気の配りようだ。
 この防衛戦ではキュルケとマリー・ルイーゼも戦闘に参加した。フタクビオオトカゲは長いしっぽまで入れても六メイル位の中型のトカゲだ。復帰戦には丁度良い相手で、キュルケも難なく退治していた。彼女と対峙した幻獣はほとんど炭化するまで燃やされるというちょっと可哀相な目にあっていたが。
 四人で殺しまくった結果、解体作業が更に増えたのは仕方のない事だったのだろう。

 デトレフが村の防備柵を全て直し終わりノイゾール伯爵の城まで帰ってきたのは夕刻、もう完全に日が落ちた後だった。風呂に入ってからまた伯爵家の夕食に招かれた。こちら側の参加者はド・モルガン家の二人とキュルケとマリー・ルイーゼ、もちろんメイン料理はロック鳥だ。

「怪鳥ロックをたった一人で、それも風メイジが倒すなんて前代未聞ですよ。クリフォード殿はお若いのに素晴らしいメイジですなあ」
「いやあ、大変だったんですけどね、自分を信じて頑張りました」
「自分を信じてだなんて、中々言えませんわ。歴戦の猛者でも怪鳥ロックを前にすると怯む物ですもの」
「ホント、素敵。わたくしも風メイジなのですが、才能が無いのでロックの羽毛を『エアカッター』で切るなんて憧れちゃいますわ」
「『エアカッター』をですね、硬く、硬くしていくんですよ。そうすると切れ味を上げる事が出来ます」
「まあ、クリフォード様のはそんなに硬いのですの?今度わたくしに見せてくださいます?」
「お姉様一人だけ狡いわ、私にもクリフォード様の硬いの見せて下さい」
「も、もちろんいいですよ。ははは」

 伯爵にはクリフォード達と同じ年頃の娘が二人いるのだが、昨日と比べて随分とクリフォードに対して親しげに話し掛けるようになっている。株が上がったという事なのだろう。今回の戦闘でトライアングルになった事もあり、クリフォードも得意の絶頂といった所だ。

「ちょっと、あれどうなの?ド・モルガン家、跡継ぎいなくなっちゃうんじゃないの?」
「兄さんの人生だ。好きにすればいいさ。…うん、こっちの皿もいけるな」
「あんなに見事に鼻の下が伸びきっている人間って初めて見たわ。この表面の香ばしさがポイントね」

 ちやほやされるクリフォードを横目にウォルフ達は料理に舌鼓を打つ。怪鳥ロックの肉は一番良質と言われる首周りの肉を持ち帰ってきた。繊細な肉質と溢れ出る肉汁、ほどよい脂と濃厚な旨味で今まで食べた事のない味だった。ふんだんにスパイスを利かせた皿も良かったが、焼いて塩を振っただけの物もウォルフの好みに合った。

「随分と余裕ね。ご両親は跡を継いで男爵になって欲しいんじゃないの? …私はこっちのフルーツソースが一番良いと思うわ」
「後継ぐって言っても領地もないし、それ程拘ってないんじゃないかな。確かにこれは新しい味だけど、メインにはなり得ないだろう」
「男爵家って領地無いんだっけ? うん、わたしもこのフルーツソースは甘すぎると思う」
「有ったり無かったりだね、ウチは無いよ。肉が良いんだから味付けはシンプルなのが一番かな」
「二人とも味にうるさすぎるのよ。ところで明日はどうするの?」
「どうしよう。ちょっと、ここらからは思い切って離れた場所に移動した方が良いような気がするなあ」
「ちょっと、あれだとねえ…開拓どころか着陸も出来ないんだから」

 うーん、とウォルフは悩む。ちょっと、森の状況が想像していた物よりも随分と過酷だった。何度か着陸を試みたにも関わらずその度に幻獣に追われて結局一度も着陸できないままだ。あんな密度で幻獣がいるなんて森の中の食物連鎖はどうなっているんだと思う。森の上空ならば音響兵器で追っ払ってしまえばいいのだが、木々が密集した森の中では音が反射してしまい効果が低くなる。幻獣の脅威を肌身で体験するためもあり、今はまだ使用していない。
音響兵器を使わないのならば、もうこの辺は厳しいという事で当初の予定通り次の調査地へ行きたくなっていた。しかし、予定では北に行くというものの、ここは南端であるのでちょっと東へ行ってサハラをチラッとでも見てみたいという気持ちもある。
 結局食事中には結論が出ず、後で決める事になった。



「いやー、今日も全然調査進みませんでしたね。ちょっと観光旅行に来ている気がしてきましたよ」
「でも、大変そうだというのが分かったんですからそれが調査の成果ですよ」
「森の中が全部今日みたいだと野宿するのは難しそうですね」
「一応人数分寝袋を持ってきたんだけど…」

 食後、調査隊の内六人が昨日と同じ客用の部屋に集まった。残る一人、クリフォードは伯爵夫人と娘達にお茶に誘われ、ホイホイとついていってしまったのでここにはいない。
旅先の気楽さでとりとめのない事を話して過ごす。

「クリフは、お嬢様達に誘われて向こうでお茶、か。随分と良い身分になっちゃたものね」
「いやしかし、大したものでしたからね。あの威力、とても学院に入学前のメイジが放つ『エアカッター』とは思えませんでしたよ」
「中々良い集中力だったね。最初から出せればもっと楽に倒せたんだろうけど」
「はは、ウォルフ殿は厳しい。"業火"流といった所ですか」
「とんでもない。母さんはオレみたいに優しくはないよ」
「いや、あれ以上厳しくしたら死ぬでしょ」


「ここはもう一気にリンベルクまで行っちゃった方がいいんじゃないですかな。辺境の森に行くと言ったら普通はあそこに行くらしいですし」
「そこはここからだとまだ五百リーグ以上あるでしょ。もう少し詳しく調べてみたいね」
「その間だと…バヤマレには金銀を始めとする鉱山があるらしいですね」
「お、いいねえ、案内してくれるかな」
「案内は絶対にしてくれないでしょう。上を飛ぶのも嫌がると思いますよ」


「あ、そう言えばウォルフさあ、クリフが吹き飛ばされた時、凄い速さで飛んで行ったでしょ。あれってどういう事?」
「あ、それ私も気になった。『フライ』じゃ有り得ないでしょ、あんな速さ」
「どういう事って言われても、ただの『フライ』だよ」
「じゃあ、私もあんな速度で移動できるようになるの?ちょっとこつを教えて欲しいんだけど」
「『フライ』の構造を理解して、重力と質量及び大気圧について正しい知識を持てば使えるようになると思うよ」
「…なんか、凄くめんどくさそうな気がするわ。キュルケ、『フライ』の構造って何のことだか分かる?」
「『フライ』は『フライ』よ。構造なんて、そんな事知らなくたって空を飛べるわ」
「…キュルケはちょっと無理そうだね」


「あーああー、次に行く貴族の所にはかっこいい男の子がいると良いなあ」
「ウォルフに負けてから、ちょっと強そうな男の子見ると試合ふっかけては泣かせてたじゃない、あなた」
「だから、試合しても泣かない、かっこいい子よ」


「じゃあ、リアは岩塩鉱山に勤めてた事があるんだ」
「ええ、生まれた村に鉱山がありましたから、魔法が使えるようになってからはずっと働いてましたね」
「それってけが人の手当とかするのが仕事?」
「いえ、そこの岩塩鉱山は岩塩の層を水で溶かして採掘するタイプでしたので、水を操って岩塩を溶かすのが主な仕事でした」
「ああ、その溶かした塩水を再結晶させているのか。あの不純物の少ない塩ってそうやって採っているんだ」
「ご存知なかったのですか? そのまま固まりで掘り出せるような岩塩鉱山って少ないらしいですから、水メイジが採掘に関わるようになって以来ハルケギニアでは塩の生産量が数倍になったそうですよ」
「初めて知った。魔法って本当にあちこちで利用されているよなあ」
「給料は良かったですけどそこでずっと勤めていても水の扱いしか上手くならないし、もっと色々勉強したいと思って十六の時に町に出てきたんですよ」


「あれは私が二十歳の頃でした。鋳造の新技術を学ぶ為ヴィンドボナに向かう道中、突然ワイバーンに襲われましてな、あのときは死を覚悟したものです」
「それはよく逃げられましたね」
「とっさに土の中に潜りましたよ。土遁の術ですな」
「私がガリアで対峙したときは…」


「そんな水がない土地で井戸を独占するなんて、メイジの風上にも置けない連中ね」
「そうよ。それに種籾まで奪うなんて、非道すぎるわ。明日が、か……どんなに悔しかった事かしら」
「だろ? そこでアントニオは叫ぶんだ、「てめえらに、今日を生きる資格はねえ!!」ってね」
「くぅー…アントニオ格好良すぎじゃない?」


 話した内容は多岐にわたり最後の方はもう収拾がつかなくなった。結局サハラは諦め、明日の朝ここを出発し、ここより北の町でどこかに宿を決めてから森の探索に行こうと言う事になった。



 翌日朝食の席でノイゾール伯爵に世話になった礼と今日ここを出る事を告げる。昨夜にも出発する可能性を伝えていたので驚かれはしなかったが、残念がられた。

「何と、もう出発してしまうのですか。ウォルフ殿達程の戦力が有れば、きっと開拓にも成功すると思います。辺境の森などどこに行こうと同じ様な物です、我が領の隣に決めてしまってはいかがですかな」
「本当ですわ。せっかくこうしてウォルフ殿やクリフォード様とお知り合いになれたのに、もうお別れだなんて寂しすぎますわ」
「ありがとうございます。しかし、まずは見聞を広める事が大事だと思っていますので、北の端までは行ってみようと思っています」
「残念です、クリフォード様だけでも残っていただくわけにはいかないのかしら。わたくし、もっと風魔法を教えていただきたいわ」

 姉妹の姉の方が両手を胸の前で組んでクリフォードにしなを作る。胸元の大きく開いたドレスを着ているので、年の割に豊かな胸がこぼれ落ちそうだ。

「いいいや、俺だけ残るって訳にもいかないんで、すみません」

 クリフォードの目はその胸元に釘付けになっていたが、全ての理性を動員してなんとか断る事が出来た。

「二人ともあまり無理を言うな。彼らにはロック鳥を倒してもらっただけではなく村で防備柵の補修までしてもらっている。これ以上何かをお願いするのは図々しいというものだ。クリフォード殿、これを」
「これは…?」

 伯爵がクリフォードに袋を手渡す。見た目よりも重量のあるそれはジャラリと金属の音を立てた。

「ロック鳥の代金です。急な出発であまり用意できませんでしたが、五百エキュー有ります。また来ていただければもう少しお渡しできると思いますので、是非もう一度足をお運び下さい」
「姉妹共々、お待ちしております」
「ははは、はいー」

 ノイゾール伯爵一家に見送られてモーグラで飛び立つ。昨日より深い位置の森も見てみたいという事で真っ直ぐに北には向かわず、二百リーグだけ東に行ってから北上する事にした。

「兄さん、なんか名残惜しそうだね。別に残っても良かったんだよ?」
「ウォルフ、お前そういう事言うな」
「ははは、ゲルマニアの人間は情熱的ですから、クリフォード殿には刺激が強かったみたいですな」
「情熱的すぎるよ。妹の方なんて昨日一緒に寝ようとか言うんだぜ? あの子まだキュルケと同い年だって言うのに、何か肉食の幻獣みたいな目をして誘うんだ」
「寝てたら人生決まってたね」
「決まってましたな」
「だぁーっ! この年で人生決まってたまるか!」

 今日はキュルケが操縦桿を握るとの事でクリフォードは一号機に移動していた。どうも女子の視線が冷たく、居心地が悪かったらしい。代わりにバルバストルが向こうへ移動した。
貰った金については初めて持つ大金なのでどうしたらいいか悩んでいたが、貴族にとって金の使い方を勉強するのも大事な事なのでウォルフは放っておいている。

 森と荒野の境を行ったり来たりしながら東へと向かったのだが、ほとんど環境は変わらなかった。森の上で高度を下げると幻獣が警戒して上昇してくるし、荒野の方で一度着陸して調べてみたが、こちらはとにかく水が無く暮らすのは大変そうだった。
 結局多少移動した位では森の様子は変わらないという事で、予定通り東進を打ち切り、そこから北西へ進路を取った。

「あ、あそこ森が開けているな。山火事でもあったか?」
「そんな感じだね、また高度を下げてみよう」

 クリフォードが見つけたのは山三つ分位とそれに囲まれた平地だった。数年前位に山火事があったらしく、幅二リーグ近くにわたって大きな木が焼け落ち、その後から小さな木や草が生えている所だった。

「飛行性の幻獣はいないようだな、降りてみるか。ちょっと兄さん操縦代わって」
「オーケー、あそこにオオヤマガメがいるから近くに降りよう」

 高度を下げてみても何も下から上がってこないので着陸してみる事にする。ウォルフが後部座席に移って窓を開け、何時でも魔法で対応できるようにしてから速度を落とす。
無事に着陸に成功し、それを見たキュルケ機も降りてきた。オオヤマガメから二百メイル程離れた所で、森からは一リーグ程離れている。オオヤマガメは砲亀兵にも使われる事のある大型の亀で、大人しく臆病な性格をしているので、あれが草を食んでいるならば周囲には竜などがいない事が分かる。

「ようやく着陸できたわねー、もうこのまま一度も着陸できないで帰るのかと思っていたわ」
「いやそれは勘弁願いたいね。デトレフさん、どうですか?」
「んん、変な振動はありませんな。地中にも危険な幻獣はいないようです」

 デトレフが確認してようやく全員が機体から降りる。オオヤマガメは最初こちらを気にしていたようだが、今はまた草を食んでいる。少し周囲を散策してみて森にも近づいてみるが特に危険という感じはしなかった。

「中々長閑で良い所じゃない。ウォルフ、もうここに入植しちゃえば?」
「キュルケ、お前もう面倒くさくなっているだろう。領地にするにはまだちょっと狭いな、森が近すぎる。でもこれだけの広さがあれば当面の安全は確保できそうだから、ここを拠点として広げていくってのはありだな」
「あら、随分と自信があるのね」
「まあ、秘密兵器もあるし。ここが特別って訳じゃなくて幻獣の事だけを考えるなら、森なんてまず焼き払っちゃえば良いって事。ただ広さが十分に取れない場合」

 オオヤマガメの反対方向、ウォルフが杖で指し示した先には森から出てきたトロル鬼がこちらを窺っていた。獲物を見つけた喜びにその顔は醜くゆがみ、口からは涎が垂れていた。

「《フレイム・ボール》…周囲の森から出てくる幻獣達の脅威に怯えながら暮らす事になる」

青白く輝く炎の玉が高速で飛び、トロル鬼の胸に命中して激しく燃え上がる。トロル鬼は盛大な悲鳴を上げて地面に転がり火を消すと出てきた森へと逃げていった。

「……容赦ないわね」
「アルビオン人なんでね、トロルとは共存できないと思っている。人々が安心して暮らすためには森と十分な距離をとれる事が絶対に必要だな。必然的に広大な範囲を開拓する事になるし、森から抜ける街道の安全確保も課題だ。ここはちょっと遠すぎる」
「うーん、安全を考えるとなると森を全部焼き払うって事になるのかしら」
「広範囲にわたって焼き払うとなるとコントロールが難しくなるし、中々それは出来ないよね」

 それだけ広大な森を全て焼き払うなど現実的ではないし、もちろんウォルフにそこまでする気はない。少ない人員で山火事を全てコントロールなど出来るとは思えないし下手をしたらゲルマニアを敵に回しかねない話だ。
ここを拠点にして徐々に開拓地を広げるとすると森の外まで道がつながるのがいつになるのか分からないくらい時間がかかりそうだ。

「ちょっと森に入ってみようか。キュルケ達はここで待ってて。兄さん! ちょっと森に行ってみよう」
「お、おう」
「ちょっと待ちなさいよ、私も行くわ」

 キュルケが行くとなると大人数になってしまうので待っていて欲しかったのだが、結局デトレフとリアをモーグラの見張りに付けて残り全員で行く事になった。念のため残る二人には長距離音響兵器・エルラドの操作方法を教えておいた。



「でかっ! あの蟻でかっ!」
「兄さんもうちょっと静かに。あんな三十サントもあるような蟻の群れに襲われたくはないからね?」

 初めて見る生物にクリフォードが驚きの声を上げる。ウォルフに注意されて黙るがすぐにまた別の幻獣を見つけた。

「あのでっかい猿、頭が鰐になってないか?」
「リザードコングだね……夕べ図鑑で見たときは何の冗談かと思ったけど、本当にあんなのいるんだ。ワイバーンくらいなら尻尾を掴んで振り回せる膂力と、鋼鉄の鎧を紙のように引き千切る事が出来る顎を持っている、だったかな」
「あ、向こうへ行った。ふー…」
「あんなごついのとは戦いたくないわねえ。あら、いいにおい…何のフルーツかしら…ぐえっ」

 匂いにつられて横に逸れたキュルケの襟首をバルバストルとウォルフがすんでの所で引っ張る。引っ張られたキュルケの足先で地面が跳ね上がり、巨大なはえ取り草のような凶悪な罠が口を閉じた。

「お嬢様、大丈夫ですか」
「食獣植物だ。むやみに動植物に近寄らないように」
「…こんな森全部燃やした方が良いんじゃない?」

 初めて入った森の奥はまさに魔境だった。何者とも知れない吠え声が絶えず辺りには響き渡り、常にどこかの茂みががさがさと音を立てる。頻繁に幻獣の死体に遭遇するが、どれも綺麗さっぱり肉が付いて無く骨だけになっていた。妖しい花が咲き誇り見た事のないフルーツやナッツ類が沢山実っていて豊かな森である事が分かるのだが、それ以上に生存競争は厳しそうだ。
何やら騒がしいと思えば先程のと思われるトロル鬼を地竜が貪り食っている。気付かれると危険なのでこっそり離れようとしたら血の匂いに誘われて寄ってきたらしい巨大なトカゲの群れに襲われた。
 こちらに襲いかかってくるのを撃退するとまたその血の臭いにつられて新たな幻獣が寄ってくる。トカゲっぽいのやら、ハイエナっぽいのなど、多種多様な幻獣に襲われ、一時はかなり激しい戦闘になった。

「ウォルフ、あれ出せあれ! 秘密兵器さっき出してただろ!」
「ごめん。あっちに置いて来ちゃった《マジックアロー》」
「意味ねーじゃないかー!《エアカッター》!《エアカッター》!《エアカッター》! ひいいい!」
「何かあの蟻もこっち来ちゃったわよー!《ファイヤー・ボール》!《ファイヤー・ボール》!《ファイヤー・ボール》!」

 途中から幻獣達が死体に群がるようになってこちらへの攻撃が緩んだのと、ウォルフの『マジックアロー』が倒した木が丁度障壁となってなんとか包囲からは逃れる事が出来た。ほうほうの体でモーグラのあった場所に戻ったのは出発してからまだ一時間も経っていない頃だったのだが、全員が精神的にかなり疲れてしまっていた。
おまけにその元の場所に行ってみたらモーグラがいなくなっていて、結構本気で途方に暮れた。上空を見たらモーグラが飛んでいるのが見えてすぐに降りてきたのだが、いないと分かった瞬間の衝撃はあまり味わいたくない種類の物だ。
 モーグラがいなくなっていた理由は少し離れたところを風竜が飛んでいたため、念のために退避していたそうだ。エルラドがあれば心配ないはずだが、まだ信用出来ていないらしい。
 皆口数少なくモーグラに乗り込むとさっさと離陸する。そろそろ昼だが、こんな所で食事する気にもなれず、人里目指して西に機首を向けた。

「ちょっと、何だね。ワクワクする感じが無いね」
「ゾクゾクする感じはいっぱいあったけどな」

 辺境の森の調査は前途多難のようだった。




2-27    北上



 ゲルマニアの辺境、黒き森の上空を二機のモーターグライダーは滑るように西へと飛行する。
 腹も減ってきたので、森の様子に構うことなく飛ばしているのだ。さすがに時速二百リーグ以上で飛ばすと速く、三十分も飛ばずにシャンツの村に到着だ。
このシャンツの村を含む一帯は前領主が破産したとの事で、現在はゲルマニア政府が管理していた。実際の徴税や治安保持などは西隣のバヤマレ伯爵が委任されて行っているとの事だ。
 辺境過ぎて訪れる人も居ないので宿屋など無いとの事なので、交渉の結果今夜は村長の家に泊めてもらえるようになった。お土産として保冷庫に入れて持ってきた怪鳥ロックの肉を五十リーブルほど渡すと大変喜ばれた。色々生活が大変らしい。

 付近一帯の領地などに関する事はバヤマレ伯爵家が管理しているとの事なので詳しい話を聞きに行った。バヤマレ伯爵領は金銀などの鉱山でそこそこ栄えている。アポ無しの訪問だったのだが、伯爵はヴィンドボナにいるとの事で会えず、家臣の対応となったのだがかなり無茶な事を言われた。
バヤマレはシャンツの西に位置しているので辺境の森とは接していないかと思っていたのだが、北側で接していてこの辺一帯の森は五十リーグ程入った所までバヤマレ伯爵領だと主張してきた。そんな所まで何か利用しているのかと聞いてみたら、将来鉱山開発するつもりで地質調査をしたという。
 一回地質調査したら領地かよ、と突っこみを入れたくなったが何とか我慢して伯爵家を出た。ついでにお願いしてみた鉱山見学も当然のごとく断られた。



「あの森に五十リーグ以上も街道作ってその先で開拓とか、それなんて無理ゲー?」
「焼き払っちゃえばいいじゃないの、全部」
「実際の所どうなの、ウォルフ。開拓なんて無理ですって気分になっているんじゃないの?」

 鉱山の街らしく、鉱夫達が通う飲み屋は結構な数がある。その内の一軒で遅い昼食を摂りながら今後の見通しを話し合う。

「いやいやマリー何言ってんだよ、まだ来たばかりじゃないか」
「しかし、幻獣や亜人の他にも危険な植物や毒を持った蛇、蛙、昆虫など沢山いましたので、とても人間が暮らせる環境ではありませんよ」
「そうよ、あの二メイルもあるムカデが家の中に入ってきたら、とても正気でなんていられないわ」
「あの種を吹き矢にして攻撃してくる花って本当に植物なのか? 動物を狩ってそのまま栄養にして育つなんてアクティブすぎるだろ」
「だから全部焼き払っちゃいましょうよう」
「まあ、身を隠す事が出来ないからか、森が開けている所にはあまり幻獣がいないと言う事が分かったのが今日の成果だな。開拓する時は火も選択肢の一つという事で、今後は良さそうな地形を捜そう。山と谷ばかりのような所はダメだ」
「成る程、川や崖などで幻獣の進入路を制限できる所ならば何とかなるかも知れないという事ですな」
「まあ五十リーグでも出来ない事もないかなって気もするんだけど、なるべく近い所でそれなりの広さが取れる所を捜したいと思う」
「そんな所無かったらどうするのよ」
「有るまで捜す。今後は午前中に北上して、午後は東の森の奥を探索してみよう。何も二機一緒に飛ぶ事はないな、少し離れて探索すればそのぶん広範囲を調べられる」

 食後バヤマレの街を見て回ったが、特に面白い物はなく早々にシャンツの村へ帰った。
 もう今日は森に入る元気はなかったので村長にこちらの事について色々聞いて過ごす。村長はこの地を開拓した開拓団の一員だったそうで、その時の苦労を色々と話してくれた。
入植して森を切り開き畑を作り、亜人を退け幻獣を狩る。その苦労は相当なものだったそうで、当初の開拓団員で生き残っているのは三分の一にも満たないそうだ。開拓団を作ったシャンツも子爵位を得るまでになったものの、その翌年村を襲った竜と戦い死亡したという。
 息子が跡を継いだものの開拓時の借金の返済に行き詰まり、結局この領地を手放す事になったそうだ。
 開拓に入る時の期待、村を築き上げる辛苦、爵位を得た喜び、そして子爵の死と破産を全て見てきた村長は、ウォルフに東方開拓団とは生半な気概では出来る事ではないと忠告してくれた。

「シャンツ子爵、頑張ったんだなあ。オレも頑張らなきゃ」
「成る程、シャンツ子爵が生涯をかけて教訓を残してくれたというのに、ウォルフが全く参考にする気がない事は分かったわ」
「十分に参考にさせてもらうさ。目標は安全第一で一人の死者も出さない事だな」
「安全第一とか言っている段階で気概を感じられないわ」
「だって開拓をしたいとは思っているけど、人の命を懸けてまでしたいかって言われるとそれ程じゃないしさ」
「えー、普通こんな所まで来る人は命に替えてでもって思って開拓するもんでしょう。そうじゃないと出来ないって村長さんも言ってたじゃない。ノイゾール伯爵領の村人だってある程度の危険はある物だと受け入れていたし」
「全然。命の方が大事だね。安全と水は無料っていうくらいの領地にはしたいと思っているよ」
「…えーと、頑張ってね?」

 話を聞いた後キュルケに突っ込まれたが、ウォルフは無理をする気はまったくない。安全に開拓が出来る目算が立たなければ諦めるつもりだし、出来ると思っていた。
 それにしても、ゲルマニアの貴族社会では人間の勢力と亜人や幻獣の脅威とが拮抗して森の開拓が進まないと言われていたが、どうやら開拓を進める気があまりないと言うのが本当の事らしかった。
確かに幻獣などは多いが、政府が本気になって森を西側の端から順に開拓していけばそれが不可能であるという程では無いように思える。それなのに先に入植した人間の既得権に配慮して森を残しつつ入植するので難易度が跳ね上がっているのだ。
 シャンツ子爵もバヤマレ伯爵の鉱山のすぐ隣から開拓できればそこまで苦労する事はなかったはずだ。
ゲルマニアには既に十分に広い土地がある。畑にする土地などに不足してはいないので、希少な秘薬の原料などが取れ、危険の多い森をわざわざ開拓しなくても良いということなのだろう。



 翌日からは予定通り上空から森の地形を調べる日々が続いた。なるべく広い範囲を調査する為二手に分かれての調査だ。時折森に降りても見たが、毎回ろくな目には遭わなかった。
三日目くらいからは幻獣の調査は十分という事で長距離音響装置・エルラドで上空から幻獣を追っ払ってから森に着陸するようにした。エルラドの効果は抜群で上空からも幻獣が音に追い払われて逃げる様子がよく確認できた。幻獣を追っ払った後で森に降りてみると時々逃げそびれた個体が襲ってきたりはしたが概ね安全に調査が出来た。
エルラドは音の兵器という事でツェルプストー組が興味を示したが、攻撃方法が音なのでメイジなら『サイレント』である程度防げると知ると関心は大幅に下がったようだ。獣を大声で追っ払う機械と認識したようだ。
 地質や植生などの調査をしながら日々北上を続け、一週間目には辺境の森の北辺に到達した。
サボテンのような多肉植物や背の低い灌木しかない荒れ地から始まって、北上するにつれて照葉樹林が落葉広葉樹林になり、針葉樹林になり、徐々に湿原が多くなってついに森と呼べる程のものは無くなった。

「さささ寒いわねー!あちこち雪が残っているじゃないの。幻獣は居ないかもしれないけど、こんなとこ人間なんて住めないわよ」
「レヴァル男爵の話では、トナカイの遊牧をしている人とかトロルとかいるって話だったじゃない」
「そんなの住んでる内に入らないわ。ウォルフったらこんな所でトナカイ飼って暮らすつもりなの?」
「そんなつもりはないけど、ちょっと地下資源には興味があるかな。どうです、デトレフさんなんか分かりましたか?」

 一行はゲルマニア最北の領土レヴァル男爵領から既に五百リーグ程北に来ていた。この旅初めてのキャンプをしようと眺めの良い場所でモーグラを駐めて準備をしている所だ。
 レヴァル男爵領で風石や食料などの物資を補給し、ぐるりと辺境の森を回ってやるつもりでまずは北の果てまで来ているのだ。

「うーん、分かりませんなあ。どうも地中の水分が多すぎるようで私のカンが働きにくい状況みたいです」
「あー、そうか、地下の状態に左右されるんですね」 

 目を閉じて集中して地下の様子を探っていたデトレフが白旗を上げた。あらためて周囲を見回すと確かに沼地だらけである。ここは少し高くなっているものの、こんな状況では土メイジのカンは働きにくいみたいだった。
 その沼地をぐるりと回って薪を拾いに行っていたクリフォードが戻ってきた。一抱えもある木を『レビテーション』で持ってきている。

「だーめだー。薪になりそうな木なんて全然落ちてないよ。生木を切って来ちゃった」
「んー、じゃあリアに水分抜いてもらって。兄さんが自分でやっても良いけど」
「水ってまだ苦手なんだよなー。リアさーん、これちょっといいですかあ!」

 ここらはまだ木が全く無いというわけではなく、まばらな針葉樹とハイマツのような低い木と苔類が生えている。中々薪を捜すのも大変そうだが、魔法が有ればあまり関係のない話だ。
 料理用の火はウォルフが炭素の棒を『練金』したので火はもう焚いていて料理も始めている。薪は外で燃やして獣除けにする為のものである。
皆が料理をしている間、ウォルフはデトレフと一緒に今夜の宿を作る。そんなに凝ったものではなく、二十畳程のドームハウスだ。一応床は高くして中央に暖炉と煙突を設け、断熱に気を使っているので快適に過ごせるはずだ。

「ウォルフ、ご飯出来たけどまだなの?」
「おーう、もうできたから行くよ」

 ベッドなど内装の仕上げをしていたウォルフをキュルケが呼びに来た。デトレフは外の別棟でトイレや風呂を作っている。

「あっきれた。今夜だけ寝られればいいってのにこんなに贅沢に作ってるんだ。ツェルプストーの野営演習では父さまだってもっと質素な所に寝てたわよ」
「お前ら軍人の家系と一緒にしないでくれ。オレは軟弱な都会人なんだ」
「そんな軟弱なのが何でこんなところで野営しようって思うのよ、全く。デトレーフ、ご飯よ! あ、こっちも。お風呂なんて無くたっていいんだからそんなに凝らなくて良いでしょう、何で猫足なんて付けてるのよ!」
「や、お嬢様、これはその、バランスとしてですな…」

ブツブツ言っているキュルケに付いて食事へ向かう。デトレフもものを作り始めると凝ってしまう質らしい。



 今日のメニューはトナカイの肉の串焼きに野菜のスープで、これに固いパンが付く。サラダ位は欲しいものだが贅沢は言ってられない。
料理は全てバルバストルとリアが中心になって作ってくれた。二人で協力して料理を作る姿は新婚夫婦のようで、茶々を入れるだけのキュルケは散々からかって遊んでた。
 
「えー、では皆様お疲れ様でした。おかげさまで辺境の森南北踏破完了です。今後はこの森が東にどの程度続いているかの確認に行きたいと思います。まだまだ大変でしょうが、頑張りましょう!乾杯!」
「「「乾杯」」」

 ちなみにコップの中身はただの水である。もうすっかり日は暮れて、辺りは大分暗くなってきた。外で食べているので寒そうなものだが、焚き火もあるし、テーブルの下にはウォルフが『ライト』の魔法具を改良した遠赤外線暖房機を出しているので、それ程には感じない。
満天の星空の元、焚き火の明かりだけで食べると、もうそれだけでいつもより何倍も美味しく感じられるものである。幻獣の脅威もここではあまり感じない事もあっていつもより話が弾んだ。

「で、さあ。こんな人間も幻獣もいない所まで来たわけだけど、東って言っても何処まで行くつもりな訳?」
「海にぶつかるか、山にぶつかるか、砂漠になるか。何か変化が有るまで」
「変化がなかったら?」
「永遠に続く森なんて存在しない。まあ、積んでる風石の量にも限りがあるし、五日行っても何も変わらなかったら今回はそこまでにしよう」
「あまり代わり映えが無さそうだから飽きちゃいそうね。わたし、リンベルクでもう少し滞在したかったわ」
「あ、俺ももう少しあそこにいたかった」

 キュルケの言葉にクリフォードが同意する。リンベルクはベヒトルスハイム伯爵の子息、ベヒトルスハイム子爵が開拓した町だ。中々面白い発想をする人物らしく、その町は辺境の他の町とは違った様相を呈していた。
森から秘薬の原料を得る為に、探索者という制度を創設して森に入らせ、町はそのサポートをする為に特化したものとなっているのだ。秘薬の原料や幻獣や亜人の情報を公開して誰でも探索者になり易くし、負傷した場合にも適切な治療を受けられる体制が整っている。杖や剣、銃など探索者の装備品も一通りこの街で作っていて安く購入できるし、宿泊場所もピンからキリまで揃っている。探索者用の訓練施設まであって、全くの素人でもこの街に来れば探索者としてやっていけるようになる体制が作られていた。
 森から得た物は常に価格が変動するが、公開市場制を導入しているので売買に余計な交渉が必要ないのも魅力の一つだ。探索者は売りたいものを売りたい価格の時に市場に出せばいいのだ。傭兵をやっているよりも大金を稼げる可能性があるので、一攫千金を夢見るメイジやメイジ殺し達がハルケギニア中から集まってきていた。
そしてその探索者達が稼いだ金を使うのでそれを目当てに人が集まり、辺境とは思えない賑わいを見せていた。
 辺境の森の知識を集めた図書館。見た事もない携帯食料や多種多様な毒や疾病に対応する医薬品。種類が有りすぎてどんなものに使うのか分からない物まである武器や罠の数々。この町は初めて訪れた者にとって尽きる事のない興味を沸き立てるものを持っていた。

「あそこは凄かったな。森の奥百リーグでも人が入っているのには驚いたよ。オレもあそこの図書館にはもう少し居たかったかも」
「俺なんて、ちょっと探索者やってみたいって思ったぜ。一攫千金って憧れるよな」
「あんな風に産業になっちゃってるの見ると焼き払うわけにも行かないわよね。ウォルフもああいうの目指したら?」
「うーん、ああ見えてあれだけの物資をあの辺境に送り込めるようにするのは中々大変そうだよね。政治力もいるだろうし流通にも精通してないとすぐに不足するものが出ちゃうだろう。一度ベヒトルスハイム子爵には会って話をしてみたいなあ」
「確かに色々と工夫はしているみたいだったな」

 リンベルクでは森の奥に探索者を送り込む為に高速風石竜車なる乗り物が開発されていて、三十リーグ近辺までは一時間程度で入れるようになっている。風石で車体を浮上させて竜で引っ張ると言うだけのものだが森の探索範囲を広げるのに一役買っていた。
他にも色々と便利なものがあり、真似するかしないかは別にしてそんな発想が出来る子爵に会う事は有意義な事になりそうだった。

「結局今まで見てきた中で、ウォルフは何処が一番良かったの?」
「うーん、どこだろ。リンベルクより北のマイツェンから川を遡った所が良かったかなあ。あそこの山は結構有望なんだよね」
「ああ、あそこ…でもその村から結構離れていなかったっけ」
「三十リーグ位かな。でも川で繋がってるから大型で足の速い船を造れば幻獣には襲われにくいと思うんだ。平地も多いし、川が合流している所から周囲の山まで広げられれば領地を守る事も少しは楽になるだろう」
「って、その山の洞窟にオークが盛大に巣を作っていたじゃない」
「まあ、それはどこかに退去していただく事にするよ」
「あの数のオークを駆除するとか…大変そう」
「そうでもないだろ。洞窟の奥に発煙筒撃ち込んで、燻されて出てきたのをエルラドで追っ払えばすぐ済むんじゃない?」
「…あなた本当に亜人には容赦ないわね」
「いやしかし、川を利用するのは正しい判断ですな。あの森に道を付けるとなると、工事中ずっと護衛を貼り付けなくてはなりませんし、それがないというのならこれは大きな利点です」
「でしょ? まあ、マイツェンが既に結構森の方へ突出していて、ゲルマニアの中央との距離が遠いって言うのが難点だけど、許容範囲かなって思うんだ」

 ここまで調べてきて、何とかなりそうかと判断したのは三箇所程。非飛行性の幻獣や亜人の進入防止に適し、かつ飛行性の幻獣を撃退しやすい見通しの良い地形という事で選んだ場所だ。いずれも長距離音響兵器が有るからこそ検討の対象になるような場所であったが、北に移動する程虫の類が減ってきて、当初思っていたよりは何とかなりそうな気はしてきた。
特に例に挙げた土地は山に入ったデトレフが銅山があるカンがビンビンすると言っていたし、珍しい鉱石も見つかったので色々と期待が持てる。マイツェンから川を下ったドルスキには温泉があるというのも温泉好きのウォルフにはポイントが高い。
 この後デトレフ達にも良かった場所を順に聞いたが、皆特に良かったと思うような場所は無く、ウォルフの言った所で良いのではないかという結論に達した。

 寝る前に夜間警備の為のガーゴイルをドームハウスの屋根上にセットした。拠点防衛用ガーゴイル「まもるくん」だ。移動する機能はないが、赤外線及び魔力による索敵を行って侵入者を手に持ったエルラドで撃退する事が出来る。
せっかくセットしたまもるくんだったがこの夜は幻獣も亜人も現れず、調査隊員達はウォルフが持ってきたナイロンと羽毛の寝袋にくるまって快適な夜を過ごした。


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