<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[33077] 第二章 6~11
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:23


2-6    些事が万事



 アルビオンに着いたらもう夕方だったのでチェスターの工場に行くのは明日にしてシティオブサウスゴータに着陸する。
着陸場所はサウスゴータの城壁の外にガンダーラが商会が設置した空港である。結局ド・モルガン家や商館の場所だと住居が密集しているとのことで設置の許可が下りず、竜駅の隣に新たに作った。この施設はガンダーラ商会専用ではなく、グライダー所有者なら料金を払えば利用できるし駐機しておける格納庫を備えている。
今はまだアルビオンではサウスゴータとロンディニウムにしか設置していないが、いずれはもっと増やすつもりである。
ウォルフは久しぶりにサウスゴータに帰ったのであるが、またもややることが山積していて思わず目が眩みそうだった。

・グライダーの部品と樹脂などの資材を揃えてボルクリンゲンの工場に送る
・各種の樹脂を量産するための研究を本格化させる
・グラスファイバーをより効率的に生産する機械の開発
・外注に出しているセグロッドのパーツの内製化←これは今は後回しにしたい
・新型の速度重視型やより大型のグライダーの開発←これはちょっと後回しにしてもOK
・工場の電源のメンテナンス
・工場の整備・機械工訓練生達が作った旋盤のチェック
・同じく訓練生達が作った自動織機の改良
・機械工達の仕事を作るために馬無しの馬車(自動車)の開発
・飛行機や自動車の動力となる内燃機関の開発
・マチルダがいなくなった商会のチェック
・学校の子供達やサラへの教育←会わないことが多くなり特にサラへの教育が遅れがち
・タレーズの追加生産をまた頼まれている

家に向かいながら飛行中にリストアップしていたメモを見返したのだが、何から手を付けたらいい物やら悩む。

「ウォルフ様!」
「うおっ」

メモを見ながらド・モルガン家の門をくぐろうとして中から飛び出してきたサラとぶつかりそうになった。

「よう、サラ久しぶり!元気にしてた?」
「久しぶりじゃありませんよ!ふらふらといなくなって全然帰ってこないんだから!」
「おお、元気そうだな。暫くはまたこっちにいるからよろしく」
「ここがウォルフ様の家なんだからここにいるのが当たり前なんです!」
「そりゃそうだな」

なんか怒っているサラを宥めながら一緒に母屋へ向かう。ウォルフはいくら怒られてもサラがどこか嬉しそうにしているので全く堪えなかった。

「で、学校とか商会は順調?マチ姉いなくなったけど」
「もう・・・学校は順調です。商会もちょっと活気が無くなった気はしますが問題はありません。フリオさんが遠話の魔法具を持たされちゃったんでどこにいてもマチルダ様から指示が来て大変だと嘆いていました」
「フリオもこれで少しは真面目になるのかなあ・・・政府へのグライダーの納品は問題なかった?」
「はい。カルロさんが行ったんですけどグライダーと取扱説明書だけ渡してさっさと帰ってきたらしいです」
「うわ、説明とかしてないの?」
「説明しようとしたらしいんですけど、役人の方が平民に教わるようなことはないって態度だったらしいんでそのまま放って帰ってきたらしいです」
「ふう、やれやれだな。まあそんなに操縦が難しい訳じゃないから大丈夫かな」

 商会には特に問題がないようなのを確認し母屋へと入る。母・エルビラがいたので挨拶すると、家に帰ってこなかったことをなじられた。
しかしグライダーの工場をゲルマニアに造ってしまったからにはある程度ウォルフが行ってないと話にならないので、なんとかエルビラに納得して貰う。もっと頻繁に連絡を入れる事を約束させられたが。
 他の家族の反応は、兄・クリフォードはマチルダがいなくなってしまったのが寂しいのか少し元気が無くあまり話はしなかったが、父・ニコラスはグライダーに興味を持っているようで、夕食時に色々と質問してきた。「まあ、竜の方が強いし速いな」と結論づけていたが、運用コストや誰でも乗れるということは評価してくれた。
父からの小言はあまりなく、貴族である事を忘れずに行動するようにと言う位だった。
 夜にはサラの勉強をみっちり見てやり、少し遅れていた分を取り戻した。



 翌日まずはチェスターの工場に行ってみると何故か人が多くその中で巨大な機械が稼働していた。

「ウォルフ様お帰りなさい。どうですかあれ。時間があったんでリナが設計してみんなで作ったんですよ」

 入り口近くにいた機械工のトムが声をかけてきた。ウォルフはそれに適当に返事を返しその機械を観察する。
それは巨大な自動織機だった。ウォルフがゲルマニアに行く前に作るように指示したのはガラス繊維を織る為の六十サント幅の物だったが、今稼働しているのは二メイル幅の布を織り上げていた。
しかも染色された糸を使って模様を織っており、ハルケギニアでは画期的な機械になっていた。
確かに結構前に紙型をつかって模様を織る自動織機の話をしたことはあったが、まさかこんな短期間で実現してしまうとは思っても見なかった。魔法も無しに一ヶ月ほどでこんなのを開発するなんてウォルフ的には非常識だ。

「あ、ウォルフ様帰ってきた!見て下さいよ、前に言っていた紙型で模様を織る機械出来ましたよ!」
「おお、見た。すごいな、お前」

 まだ十三歳の分際でこんな機械をこともなげに設計してしまうとは恐れ入る。詳しく聞くと大分前からパーツなどを色々試作したりして構想は練っていたらしいのだがそれにしてもである。
へへっ、と鼻の下を指でこするリナを見るととてもそうとは見えないが、間違いなく天才なんだろうと思う。
 工場内にはリナ達機械工以外にも多く人が居て、その人達はこの機械を導入検討している織物工場の人らしくカルロがついて説明をしている。
リナはそこから抜け出してきたのだがそのままウォルフを引っ張って機械の所まで行き色々と説明する。糸の角度や保持する方法が大事らしい。

「ゴーレムが必要な工程が結構ありそうなんだけど、オレがいないでどうやって作ったの?」
「マチルダ様やクリフォード様が手伝って下さいましたし、あとカルロさんが土メイジの方を雇って下さいました。今日はまだ来ていませんが、準男爵の奥様がパートタイムでこちらに通って下さってます」
「それはいいな。あと、これってモーターじゃないよね、動力は何使っているの?」
「電力だとウォルフ様がいないと大変そうなので水車と補助でウォルフ様の試作した風石の出力盤を使って回しています。これならよその人も導入しやすいかなって思って」
「うーん、確かに。これは売れそうだなあ。そういえばオレが頼んだやつはもう出来た?」
「出来ました・・・けど、こっちで得たノウハウをフィードバックしたいから少し作り直したいです。こっちじゃなくて機械加工室にありますよ」
「ああ、任せるよ。なんかもうオレより詳しそうだ」
「ほい!お任せ下さい」

リナはニパッと笑って嬉しそうに返事をした。ウォルフはそのままカルロに目で挨拶をして旋盤のある機械加工室に移動し、新しく作られた旋盤をチェックした。計四台有るそれらはどれも高い精度を持ち、問題なく使用出来る物だった。

「よし、全部OKだ。お前等四人全員訓練生卒業だ」
「うほーい!で、卒業すると何が変わるんですか?」
「給料だな。一人月二十エキューにアップだ。あの織機が売れたらリナはもっとアップだ」
「いやっほー!」

 リナ達は手を叩いて喜んでいるが、ウォルフも嬉しい気分だった。機械加工に更に習熟させる為にどんどん仕事をさせたかったのだが、織機が何台も売れるようなら暫く工場は忙しくなるだろうから自動車の開発は急がなくても良くなる。そう考えると一気に山積していた問題が片付けやすそうな気がしてきた。
話しながらバッテリー室もチェックするが、こちらはまだ手を入れないでも大丈夫そうだった。

「よし!どんどん片付けていこう!リナ、グライダーのパーツはどの位作った?」
「ほ、ほい、あたし達が作れるのはちょうど五十機分作ってあります。あとはウォルフ様の分です」
「いよっし!まかせとけ、がんがん作るぞー」

やる気が出てきたので頑張って『練金』する。ウォルフの性格上新しい物の研究や開発が大好きなので早くそっちに取りかかれそうになったのは嬉しい事だった。

 一週間後には全ての資材が揃い、ボルクリンゲンに送ることが出来た。
この間のウォルフの生活は朝起きて工場に出勤し、一日働き夕方帰宅、夕食後はサラに勉強を教えながら製図というサイクルで、ジャパニーズビジネスマンのように働きまくっていた。
ガラス繊維を紡糸する機械も改良され、一度の運転で大量のガラス繊維を得ることが出来るようになった。織機も順調に稼働し、今回からガラスマットからガラスクロスに変更となる。工員は勝手が違って大変だろうけどこちらの方が強度が出るので慣れて貰うしかない。
リナの織機は四台注文が入り、工場はその生産で大忙しである。クロムやニッケルなどのメッキ液の消費も増え、これの量産も何とかしなくてはならない問題だ。廃液を処理しないわけにはいかないので、結構ウォルフの負担になっている。
樹脂の量産のためのプラント、エタノールを醸造するための設備や蒸留機などの設計もした。エタノールやアセトンの原料として廃糖蜜をガリアやゲルマニアから輸入するようにカルロに頼んだのでそれが届けばいよいよ魔法を使わない樹脂の量産を始めることになる。
 これまでの研究でアクリル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリルウレタン塗料など大体のところは生産出来る目処は立っているので、あとは大きい規模で同じ事が出来るようにする事と、原料であるベンゼンやトルエンを得るためジャコモ商会と交渉し、コークス炉ガスを利用出来るようになる必要がある。

「じゃあ、また行ってくるから。今度は割と早く帰ってくると思うからよろしく」
「もう、帰ってきたと思ったらいなくなっちゃうんだから・・・」
「お任せ下さい。設計図貰った分は急いで作ります」

 今度の出張は一度ボルクリンゲンに行って工員に新しいガラスクロスでの製造を指導してからアルビオンに戻り、ダータルネスからリンブルーのジャコモ商会の炭坑に行くつもりだ。
リンブルーは同じ国内なので自由にグライダーで飛べるし、距離も三百リーグも離れていないのでしょっちゅう帰ってくるつもりでいる。

 ウォルフは三日程ボルクリンゲンに滞在して工員達に指導して新しい部品のチェックもすませ、リナ達飛行訓練官の様子も確認するとすぐにアルビオンに戻り直接リンブルーのジャコモ商会の炭坑へ向かった。

「ド・モルガン様、お久しぶりでございます。あれがグライダーですか!なかなか便利そうですなあ」
「ああ、ジャコモ久しぶり。やっと完成したよ。どう?一機買ってみない?」

炭坑の事務所で出迎えたジャコモに挨拶をする。まだ会うのは三回目位だが、何故か気楽にはなせる相手だ。

「便利そうな物ですが、今は商売の方にお金がかかってなかなか余裕が・・・」
「結構稼いでるくせに。まだまだ儲ける気なんだ」
「いえいえ、滅相もない。私なんてまだまだですよ。・・・ところで本日はどのような御用でしょうか、なんでも実験に協力して欲しいとのことでしたが」
「前来た時も言ったけど、コークス炉ガスを有効利用出来ないかと思ってね。今は全部燃やしてしまっているんだろ?燃料として利用もせずに」
「あのガスは硫黄が強いので難しいのですよ。何せ釜に『固定化』をかけていてもどんどん腐食してしまう程で・・・定期的にメイジに頼んだりするとコストが跳ね上がりますので今はタールを取ったら全て燃やしてしまっています」
「その硫黄を取り除くのが先に送った装置だよ。ちょっと色々実験させてくれ」
「・・・気楽に言いますな。それはゲルマニアの最新技術を持ってしてもまだ実用化はしていない技術ですぞ」
「ふふん、ゲルマニアの技術が常に世界最新だと思うなよ。で、どうなんだ?協力するのかしないのか」
「協力はしますよ。本当にそんなことが出来るのか、お手並み拝見ですな」

挑発的な態度を取るジャコモに対し、にやりと不敵な笑みを見せて作業にかかる。この工程が成功したら一気に樹脂の量産への道が開けるので気合いは十分だ。

 ジャコモに宛がわれたスペースに屋根をかけ倉庫から事前に送っておいた実験用の装置を取り出し組み立てる。この装置はコークスを賦活して活性炭とした活性コークスにガス中の硫黄分や窒素化合物を吸着させて取り除くという物だ。
すでにここから持ち帰ったガスでは成功していたが今回初めて現場での実験となる。ジャコモが助手を一人付けてくれたので一緒に事務所に泊まり込んで作業を続け、水やアンモニア水を加えて効率よく不要物を排除する方法を確立した。
さらに三日目には新たにリナ達から送られてきた分留装置を接続し、硫黄が取り除かれたタール、ベンゼン・トルエン・キシレンなどを含む軽油類、それに水素とメタンを主成分とするガスを得る事に成功した。

「ジャコモ、脱硫装置が完成したぞ!見に来てくれ」
「ええ?本当ですか!まだ五日しか経っていませんよ?」
「嘘ついてどうする。確認のために土メイジも連れてきてくれ」
「は、はいー」

取り敢えず一番欲しいベンゼンの生産が行えそうになったので、ジャコモに確認させたら一度サウスゴータへ帰ることにする。タールを精製したらナフタレンやクレオソート等色々有用な物も生産出来るが、今は興味がないので放っておく。
ジャコモの連れてきた土メイジが分留後燃やしているガスに硫黄が含まれていないことを確認し、呆然とするジャコモ商会の面々に自慢する。

「どうよ!ガンダーラ商会の技術力なめんなってとこだろ。そのガスはもう燃料に使っても釜が傷むことはないから」
「は、はあ、確かに」 
「で、これらの軽油類はうちが買い取るから一定数溜まったらチェスターの方に送ってくれ」
「あ、あの、ド・モルガン様」
「ん?」
「なんでこんな技術をウチに教えちゃうんですか?ガンダーラ商会の財力なら自分で炭坑買って作っちゃった方がコスト的にも機密保持にも良いと思うんですが」
「一から炭坑開発なんて大変じゃないか。やることがいっぱいあって忙しいんだよ。それに・・・買ってくれるんだろ?この脱硫装置」
「はい、それはもちろん!」

ジャコモは恐縮しているが、装置としては活性炭を利用しただけの物でどうと言う程の物ではないし、肝心のコークスを水蒸気賦活して活性コークスにする設備はチェスターにあるので機密にする程の物は持ってきていなかった。
使用済みの活性コークスを再生する装置は持ってきているので暫くは必要ないと思うが、将来消費した分の活性コークスをお買い上げ頂ければガンダーラ商会としても継続して利益をあげることが出来る。

「じゃあ、値段とかはカルロと相談してくれ。詳しい使い方はこのトーマス君に全部教え込んだから聞いてくれ。オレは帰るから」
「オス!まかせて下さい!バッチリ覚えました」
「お疲れ様でした」

来た時とは異なって大分良くなった扱いに満足してグライダーに乗り込み、チェスターに向けて出発した。グライダーには炉ガスから精製したベンゼンとトルエンを積んであり、工場に着いたらこれとエタノールなどを使って不飽和ポリエステル樹脂を魔法抜きで作ってみるつもりだ。


 チェスターの上空まで来ると、工場の中庭にツェルプストーに納品した真っ赤なグライダーが三機駐まっているのが見えた。
もの凄く嫌な予感とともに自分のグライダーも着陸させ、勇気を出して工場の中に入っていった。

「あら、ウォルフちょうど良かったわ。この子、何言っても話が通じなくて困っていた所なの」
「ウォルフ様お帰りなさい!この人何とかして下さいー。ダメだって言っても無理矢理機械加工室に入ろうとするんです!」

予感は当たり、工場の内部では機械加工室の扉の前で無理矢理中に入ろうとするキュルケとそれを押しとどめようとするリナや警備員達とが押し合いをしている所だった。デトレフ達護衛と見られるツェルプストー側の人間は後ろの方で申し訳なさそうにしている。

「やあ、キュルケ様お久しぶりです、アルビオンへようこそ。その部屋はガンダーラ商会の機密事項となっていますので部外者の方にはご遠慮願っております」
「なによ、連れないわねえ。ちょっと見せてくれるくらい良いじゃない、友達なんだから」
「ご遠慮願います、と申しました」

 ウォルフが重ねて言う。
 実際の所は一番見られたくないのは白金イリジウム合金製の定盤や同素材のノギスなどノリで作ってしまった無駄に豪華な測定機器で、それらを隠してしまえば他は別に見られても良いかなとも思っていたが、一応機密と言うことにしていたしその言いつけを守って頑張ったリナや警備員達の手前キュルケを入れるわけにはいかなかった。
それにキュルケにはどこかで線を引かなくちゃならないと思っていたのでちょうど良いと判断した。

「ちょ、ちょっと。ここってウチが出資しているんでしょう?だったらわたしだって部外者って訳じゃないじゃない」
「出資して頂いているのはツェルプストー辺境伯です、あなたではありません。辺境伯ご自身から正式に要望があれば公開することも検討しましょう。それまでは機密保持のためこれまで通り非公開とします」

 はっきりと子供扱いされキュルケは絶句する。フォン・ツェルプストーに出入りする商人や取り入ろうとする貴族に物を強請って断られたのは初めてだ。
しかしすぐに不敵な笑みを浮かべウォルフのことを観察する様に見やる。ダークブラウンの髪に深緑の瞳、年相応の背に子供らしく細い手足。美少年といえるかも知れないがハルケギニアではどこにでもゴロゴロ居そうな、そんな少年である。しかし、どこまでも深い泉のようなエメラルド色の瞳はキュルケにその考えを読ませなかった。
前回何でも言うことを聞いてくれたのでそう言う類の人間かと思っていたが、どうやら少し違うのかも知れない。

「ふうん、面白いじゃない。ちょっとこの中の物に興味が出てきたわ」
「興味が出てきたって・・・興味があるから中を見たかったんじゃないんですか」
「別にー?そこの子がここは入っちゃダメって言うから入りたくなっただけよ」
「・・・・・」

リナは隣であんぐりと口を開けてしまっているし、ウォルフも何だか頭が痛くなってきた。

「とにかく、そこは今のところ公開する気はないので諦めて下さい」
「うーん、でも気になるわー・・・そうだ!ウォルフ、あなたわたしと魔法で試合しなさい。それでわたしが勝ったらその中に入れなさいよ」

良い案でしょ、と笑顔を向けてくるがウォルフにはそれのどこが良い案なのか理解出来ない。

「お断りします。その試合を受けることは私にとって何のメリットもありません」
「え?・・・うーん、ウォルフが勝ったらほっぺにキスしてあげるっていうのは・・」
「必要ないです」
「そ、そうよね・・・うーん」

 キュルケがウォルフについて知っていることはグライダーを開発した天才少年、ということだけだ。彼がどのような物を欲しているのか分からないために適当な対価を考えつかない。
彼女にしては結構悩み、その結果考えることを放棄した。元々気は長くないのだ。

「分かったわ、その部屋に入るのは諦めてあげる・・・その代わりあなたわたしと試合しなさい。諦めてあげるって言ってるんだから、それくらいはしてくれるわよね?」

そう言って杖を構え、ニイと笑う。話している内にデトレフが散々メイジとしても天才だと言っていたウォルフと決闘するのが楽しそうに思えてきたのだ。キュルケは目的を達成するためには手段を選ばない事をモットーとしているが、目的だって選んでいるわけではない。

「その代わりって何の代わりだよ・・・お断りしますよ。もし試合であなたに怪我でもさせたら辺境伯に申し訳が立たないでしょう」
「あら、フォン・ツェルプストーを舐めないでくださる?代々軍人の家系よ、たとえ命を落としたとしても決闘の結果なら誰も文句なんか言わないわ」
「はあ・・・じゃあ、その試合・・・決闘で私が勝ったら今後わたしに権限がある場所で、私がダメと言った時は一度で了承してもらえますか?」
「フフ、あなたが勝てたらね?もちろんいいわよ」
「分かりました、お相手しましょう。デトレフさん、立会人をお願いします」
「は、はい。や、ウォルフ殿何とも、その」
「ああ、気にしないで良いですよ」

 我が儘な小娘に躾をするのも大人の義務だと覚悟し、そのままキュルケ達と中庭へ移動する。ウォルフはまだ八歳ではあるが。
リナ達には心配しないように伝えて仕事に戻らせ、駐まっているグライダーを屋内に片付けるとキュルケと相対した。その二人の間で神妙な顔をしたデトレフが決闘の始まりを宣言する。

「それでは、これよりキュルケ様とウォルフ殿の決闘を始めます。決闘と言っても模擬試合ですからお互いに殺傷するような魔法は控えるようにお願いします」
「うふふ、もちろん殺したりはしないつもりだけど、火傷くらいは我慢してね?わたし火メイジだから」
「気をつけます」
「それでは、お互いに名乗りを上げて始めて下さい」

そう言って自身は二人から離れる。キュルケとウォルフとの距離はおよそ十メイル、ウォルフにとっては何時でも魔法を当てられそうに感じる距離だ。

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、二つ名はまだ決めていないわ。ゲルマニアの情熱溢れる火を見せてあげる」
「はあー・・・ウォルフ・ライエ・ド・モルガンだ。二つ名は・・・まだ無い」

 以前マチルダにつけられた"モグラ"という二つ名が頭をよぎるがそんなのは認めていないので名乗らなかった。二つ名というのは自分で考える物なのだろうか、それとも他人がつける物なのだろうか。

「じゃあ、いくわよ?いきなり終わったりしないでね?《フレイム・ボール》!」
「《土の壁》」

『フレイム・ボール』はラインスペルだ。巨大で大量の熱を有した炎の玉が高速でウォルフに襲いかかるがウォルフは全く慌てずに『土の壁』で防ぐ。別に何の壁でもいいし、『炎の壁』の方が効率は良いのだが、最近は火の魔法以外を主に練習しているのでつい『土の壁』で防ぐことになった。

「あら、わたしの『フレイム・ボール』をちゃんと受け止められるのね。年下の子じゃ初めてじゃないかしら」

 どうやら普通の子供相手にもこんな危険な魔法を使っているらしい。
あらためて一度きちんと躾をしてやらなくちゃならないと決意しながら使う魔法を検討する。あまり怪我をさせないで無力化出来る魔法が良い。
マチルダとやるときは『フライ』を使用して距離を取り、上空から『フレイム・バルカン』で砲撃するのが常だが、キュルケ相手にそんな戦い方をするわけには行かないだろう。

「ほらほら、そんな所に隠れても意味なんて無いわよ?《ファイヤー・ボール》!」
「《土の壁》」

正面に張った土の壁を回り込み先程よりは小さい炎の玉が複数飛んで来る。それに対応して『土の壁』を張っていたらウォルフはいつしかぐるりとほとんど壁に囲まれてしまった。

「そんな所にもぐり込んじゃって。まるでモグラね、モグラのウォルフだわ《ファイヤー・ボール》!」
「モグラ言うな。《エア・ハンマー》」
「え、《炎の壁、きゃっ!」

 モグラと言われ、ついカチンときて壁から飛び出すと同時に攻撃する。
キュルケは壁を壊そうと連続して攻撃をしていて無防備だったため、躱すことは出来なかった。キュルケの予想を遙かに超える速度で繰り出された魔法に咄嗟に出しかけた『炎の壁』を吹き飛ばされ、自身も五メイルも吹き飛び杖も落としてしまった。
適度に威力を弱めたつもりだが、それでもまだ体重の軽いキュルケに対しては充分だったようだ。多少自身の炎で髪とかは焦げているみたいだが、地面に激突する前に『レビテーション』で受け止めてあげたので殆ど怪我はしていないはずだ。
 頭を抑えて座り込むキュルケに杖を突きつけてゲームオーバーである。

「はい、おしまい。お疲れ様でした」
「くぅー・・・耳が・・・ちょ、ちょっと、ウォルフ、風って何よ!あなた土メイジじゃないの?それに今の威力、絶対にドットメイジの物じゃないでしょう!黙っているなんて狡いわ!」
「・・・土のドットだとか言った覚えは無いんですけど。軍人の家系なんでしょう?予断を戒められたことはないの?」
「う・・・」
「あー、お嬢様、今のは決闘相手に対する礼を欠いております。謝罪して下さい」

 間に入ってキュルケをたしなめるデトレフだったが、来る途中の機内でさんざんウォルフのことを優秀な土メイジだとキュルケに吹き込んでいた張本人なので気まずそうだ。

「・・・ごめん、なさい」
「どういたしまして。で、あそこの部屋以外だったら見学したいのなら案内するけど、どうする?」
「今日はもう良いわ。帰る」

 俯き気味に答えると、グライダーの方へとっとと歩いて行ってしまう。途中、自分の杖を見つけると悔しげに下唇を噛んでそれを拾った。
 キュルケはそのままグライダーに乗り込もうとするが、、慌てたのはデトレフ達だ。キュルケの我が儘にかこつけて樹脂の製造現場を視察に来ているのだ。立ち入り禁止区域はともかくとして、まだ何も見ていない。

「あああ、ウォルフ殿、申し訳ありませんが、今日はこれで。明日、明日もう一度来ますので案内をお願いしたいです」
「はい、分かりました。準備をしておきます」

 ツェルプストー一行は挨拶もそこそこに今宵の宿があるシティオブサウスゴータへと向かって飛んで行った。
ウォルフはそれを見送り、ようやく仕事に戻れそうだと安堵した。
 


 サウスゴータの中央広場に面した宿の一室で、キュルケはぼんやりと窓の下の広場を行き交う人達を見ていた。その頬を一筋の涙が流れる。
軽くひねられた。あれだけ強力な魔法を食らって無傷でいると言うことはウォルフが手加減していたのだと分かる。相手をなめてかかって、あげく手加減をされて返り討ちにされた。それはキュルケがこれまでに感じたことのない程の屈辱だった。
グイと涙を拭うとバスルームに移動し、ばしゃばしゃと顔を洗う。そして顔を上げると目の前の鏡に映る赤い髪をした少女を睨みつけた。

「いいこと?キュルケ・フォン・ツェルプストー。舐められたままで終わって良いわけはないのよ。あなたにはあの子を見返す義務があるわ」

 キュルケはこれまで自分の才能を疑ったことはなかった。疑うまでもなく自分の才能はハルケギニアトップクラスだと信じていて、その自信は今日ウォルフに負けたにもかかわらず揺らぐことはなかった。
今日負けたのは己の油断と怠慢のせいだ。ウォルフのことを勝手に土メイジだと思いこみ、負けた後で風メイジだった事を非難するなんて話にならない。
今日の決闘が実戦だったとしたら自分は死んでいる。死んだ後で文句を言うつもりなのかとその覚悟の無さに苦笑いを浮かべ、あらためて鏡の中の自分に宣言する。

「見てなさいよ。次に闘う時は絶対に全力を出させてみせる!」

静かに、しかし激しく誓うのであった。





2-7    呪文




 キュルケが帰ったその日、ウォルフは残った時間を樹脂生産プラントの組み立てに費やした。
リナ達に作らせた部品にウォルフが『練金』で作った大型の部品を組み合わせ、ポリエステルを製造するためのそれぞれの原料物質に合わせた物だ。学校から三人程このプラントの管理をさせようとスカウトしてきたので彼らに説明しながらの作業だった。
方舟で研究してた頃は投入する材料の管理、温度の調整、触媒の組成、生成物の確認と分割思考と魔法を駆使して一人で実験を行っていたものだが、このプラントは魔法を必要としないので平民でも使えるように作られている。

 翌日、完成したプラントで試運転をしている時にデトレフが約束通り訪ねてきた。

「やあ、ウォルフ殿。厚かましいかとも思いましたが、また見学させていただきに参りました」
「いらっしゃい、あれ?お一人ですか?」
「いやその、キュルケ様はロンディニウムを観光するとのことで他の護衛と一緒に朝から出かけてしまいました。私はちょっとグライダーに乗るのが苦手ですし、こちらの方が興味がありますし、昨日約束もしたので別行動となりました」

 デトレフがしどろもどろになりながら説明する。普通、護衛が自分の興味で任務から離れるなど有り得ないのだが、その辺は突っ込まないで欲しいというオ-ラを全身から出していた。
ウォルフもその辺の事情は何となく分かったのでスルーし、ちょうど時間が取れるためデトレフの相手をすることにした。

「ああ、構いませんよ。じゃあ早速ですが案内しましょう」

 先に立ち工場内を案内する。機械加工室を立ち入り禁止にしているのでそう時間はかからなかった。
デトレフは鋼管を圧延加工する機械と自動織機に興味を引かれたようで、むふーと鼻息を荒くしながら色々と詳しく質問をしてくる。

「いやしかし、これは恐ろしく精密に出来ていますな。一体どんな加工をすればこの様に出来る物やら」
「あー、その加工をあの機械加工室で行っているわけでして・・・」
「なるほど、企業秘密だというわけですな」
「まあ、そうなります」
「こちらの自動織機は今動いていますが、魔力を感じません。一体動力は何を使っているのですか?」
「裏の風車の動力を変換して使っています。アルビオンに風吹く限り動き続けられますよ」
「うーむ、すごい。これはガンダーラ商会では販売していないのですか?」
「してますよ。あちらの大型のは動力を風車から水車に交換していますが、確かメンテナンス契約込みで三万エキュー位だったと思います。私はあれの開発に携わっていないので詳しくは分かりませんが」
「さすがに良いお値段ですな。ううむ」

 デトレフはツェルプストー辺境伯から何か面白い物があったら買って帰ってこいと言われていたが、三万エキューはさすがに予算外だった。
後ろ髪を引かれながら移動し、稼働している樹脂生産プラントの前に来た。

「これがグライダーに使われている樹脂を生産する機械です。今回ようやくほぼ魔法なしの生産に目処が立ちました」
「ほほう、これが!おお、何やら稼働していますな。説明していただけますか?」
「ええ、もちろん。では左から説明していきましょう。これは主材の一つであるジカルボン酸を生成するための物で、原料はベンゼンです。あ、ベンゼンとはこの間話したコークス炉ガスから分留した物です。次は・・・」

 一つ一つの工程を簡単に説明していくが、とてもデトレフが理解出来ているとは思えなかった。
それは当然でもあるのだが一から教えるのは大変すぎるし、どのような物から出来ているのかを見るだけでいいと思って説明していた。

「・・・で、過酸化ベンゾイルを得て、硬化剤とします。以上で説明は終わりです。質問はありますか?」
「・・・全体的に何を言っているのか分からないのですが」
「まあ、初めてですからそうでしょう。要は色々な物質を混ぜたり熱したりして目的の物にしたと言うことです」
「はあ・・・」

 呆然としているデトレフを放っておいて机の上に小瓶を出し、主原料とも言えるベンゼンを注ぐ。
今はジャコモの商会で作っているが何せ石炭に対する収量が少ないので将来を考えるとゲルマニアでも生産してくれたら助かる。優れたメイジも多いみたいなので現物を見せればその内作ってくれるだろうと期待している。

「ほらデトレフさん、これがベンゼンです。これは昨日コークス炉ガスから分留したやつですよ」
「むむ、確かにこれはコークス炉ガスの中に入っている物・・・かなり純粋で不純物は少ないですね」

丹念に『ディテクトマジック』をかけながらデトレフが答える。これなら作れるかも知れないとは思うが、どうすればこれがグライダーになるのか今目の前で見ても分からない。

「あのー、ウォルフ殿。申し訳ないんですが、もう一度説明をしていただけませんか?出来ましたらベンゼンからの流れを追って、その、混ぜたり熱したりと言う所をもう少し詳しく」
「うーん、なかなか一度や二度説明した位じゃ分からないと思うので・・・」

 生成する物質とかにはウォルフが適当にハルケギニア語の名前をつけているし、触媒に使っている様々な鉱物などは今までハルケギニアでは存在すら確認されていなかった物ばかりなので説明した所で分かるはずはない。
ウォルフとしてはデトレフが同じ製法で作っても意味はない。ウォルフが話した事をヒントにしてハルケギニアのメイジとして精製して欲しかった。そしてあわよくばハルケギニアなりの化学工業が発展して化学原料を提供してくれるようになったらいいなと言う期待もある。
 色々と作りたい物があっても原料を全てウォルフ一人で調達するのは本当に大変なのだ。そう言う意味で合理的な考え方ができるゲルマニアのメイジには期待していた。

「もう一度、もう一度だけお願いします。もう少し詳しくしてもらえたら分かるような気がするのです」
「うーん・・・」

 しかし、デトレフはやはりウォルフの方法が気になるらしく諦めず粘ってくる。暫くは断ったが、結局根負けして説明することになった。

「じゃあ、一度しか説明しませんのでメモするなりして覚えて下さいよ?」
「おお、ありがとうございます!メモ、メモ・・・はい、どうぞ」

 デトレフがメモの準備をしたのを見届け、一応気を使ってゆっくりと丁寧に説明を始めた。

「えーと、まずはですね、バナジウム・モリブデン・リンなどの酸化物を触媒として高温でベンゼンと空気とを反応させて無水マレイン酸を得ます。無水マレイン酸とはマレイン酸の二個のカルボキシル基が分子内で脱水縮合したカルボン酸無水物です。次にリン酸を酸触媒担体としてベンゼンとエチレンとをアルキル化してエチルベンゼンとして、これに酸化鉄を主成分とし、カリウムやセリウム・モリブデン・タングステン・マグネシウム・クロムを微量添加した触媒を用いスチームにより熱を加えてスチレンを得ます。さらに銀を担持させたアルミナ触媒のもと高温でエチレンと酸素とを作用させてエチレンオキシドを作り、これに酸を触媒として水と反応させジエチレングリコールを得ます。ジエチレングリコールとは二分子のエチレングリコールが脱水縮合した構造を持つジオールです。ジエチレングリコールと無水マレイン酸に希釈剤兼架橋剤の役割をするスチレンを添加し主材とします。次に塩化ナトリウムを電気分解して得た塩素とトルエンとを反応させ、最後に塩化鉄を触媒として塩化ベンゾイルを作り、これに水酸化ナトリウムと過酸化水素とを加えて過酸化ベンゾイルを得てこれを硬化剤とします。過酸化水素は硫酸を電気分解して生じるペルオキソ二硫酸を加水分解して得ました」
「は?」
「後はご存じのように主剤と硬化剤とを混ぜれば重合しますのでグラスファイバーに浸透させるだけです。覚えられますか?」
「覚え・・・られるかー!!何ですか、その長ったらしい呪文は!虚無ですか?虚無の呪文じゃないと作れないって言うんですか!?」

思わずメモを床にたたきつけて叫ぶ。メモには「ばなじう」としか書かれていなかった。

「呪文じゃないですってば。これでも結構略して説明したんですけど、今言ったことがあのプラントで行われています」
「す、済みません。取り乱しました・・・」
「まあお気になさらず。ここでの製法は参考程度に考えて頂きたいです」
「実は・・・こちらでも研究しているのですが、なかなかうまくいかず・・・」
「まだ一ヶ月半位しか経って無いじゃないですか。そんなすぐに出来たらこっちが吃驚しますよ。成功のこつは実験実験また実験、です。これを差し上げますから頑張って下さい」

そう言ってベンゼン、トルエン、無水マレイン酸、ジエチレングリコール、スチレンがそれぞれ入った瓶を渡した。それぞれの瓶には薬剤の説明と取り扱い上の注意について記してあるラベルが貼ってある。

「う・・・いつもいつも済みません」
「ジエチレングリコールは舐めたら甘いですけど、毒ですから舐めないで下さい。材料はこれらの他には水と風とアルコールぐらいです」
「ありがとうございます、頑張ります。ツェルプストー辺境伯にはかなりせっつかれてまして・・・」
「ああ、気が短そうですものねえ・・・」
「ははは、いやまったく・・・」


 そのまま応接室に移動して暫し歓談する。デトレフは樹脂の製造過程を目の当たりにしながらそれを理解出来なかったので少し気落ちしていた。

「はあ、しかしウォレフ殿はあのような知識を一体どのようにして知る事が出来たのですか?」
「先程言ったように実験実験また実験ですよ。例えば・・・これが何か分かりますか?」

そう言ってビーカーに石灰水を『練金』してデトレフに渡す。
デトレフはそれを丹念に『ディテクトマジック』で精査した。

「これは・・・水に・・・石灰ですかな、薄く混ざっていますね」
「はい。では、それに息を吹き込むとどうなるかご存じですか?」
「どう・・・なるんですか?」
「濁ります」

ウォルフはそう答え、デトレフにストローを渡し吹き込んでみろと促す。
デトレフがこわごわとストローで息を吹き込むと果たしてその水は白く濁った。水酸化カルシウムと二酸化炭素が反応し炭酸カルシウムが生成されたのだ。

「確かに。しかしこれが何だというんです?」
「何故水が濁ったのかということを考え、分析して正しい答えを導く。他の様々な事柄についても同様にしてそれらを知識として蓄積していくと先程あなたが呪文と仰った内容が理解出来るようになります」
「な、何故濁るのですか?」
「それはご自身でお考え下さい。幸い我々には魔法があるのですから、それ程難しくはないでしょう」
「うーむ、分かりました。宿題、ですね」

 うーむ、うーむと呻りながら『ディテクトマジック』をビーカーの中の水にかけては悩んでいたが、やがて諦めて杖をしまった。

「こちらも持って帰って悩むことにしましょう。・・・ところで、ボルクリンゲンの商館にも伝えましたがこのたびツェルプストーから皇帝閣下にグライダーを献上することになりましてな、また二機グライダーの注文をしましたよ」
「ありがとうございます。皇帝閣下に献上ですか」
「もし気に入っていただけたら色々と便宜を図って頂けるようになるかも知れません。ますますグライダーは便利になりますな。今回初めて長距離飛行を経験しましたが、本当に少ししか風石を消費しないので驚きました。これは絶対にハルケギニアに根付きますよ」
「楽しみにして待っていますよ。うーん樹脂だけじゃなくてガラスとかの量産も急いだ方が良いかなあ」
「ははは、評判になれば注文が殺到するかも知れませんぞ」
「そうするとボーキサイトが・・・デトレフさん」
「何でしょう」
「ガンダーラ商会がツェルプストー領で鉱山開発をすることは可能ですか?」
「え?ちゃんと申請をしていただければ、勿論可能です。・・・ああ、アルビオンでは王家が鉱山を独占しているんでしたな」
「はい、それに我々は外国人ですし・・・」
「ああ、ゲルマニアでは納める物さえ納めれば関係ありませんよ。何せ土地が広いですからな、人手が足りない」
「でしたら、是非お願いしたいと思います。タニアと相談して近いうちに申請しますよ」
「どうぞどうぞ、辺境伯にも伝えておきましょう」
「よろしくお願いします」



 デトレフが帰った後、ウォルフは出来た樹脂をチェックした。今回の材料は持って帰ってきた分だとプラントを稼働させるには全然足りなかったので、殆どウォルフが『練金』したもので、直接『練金』した物よりは不純物が多かったが十分満足出来る品質の物が出来ていた。
ウォルフがいない間マニュアルに基づいて管理していた工員にねぎらいの言葉をかけてこの日の試験運転を終え、すぐに次のプラントの準備にかかった。

 翌日ウォルフが新しいプラントを組み立てているとキュルケが挨拶に来た。もう帰るらしい。

「ウォルフ、今回はお世話になったわ。わたし、ちょっと目が覚めた気がするの」
「いやいや、とんでもないです、今回キュルケ様には何もおかまい出来ませんで」
「キュルケ、でいいわ。後その下手な敬語もやめて」
「やっぱり下手ですか・・・」
「下手よ。引き籠もって研究ばっかしてるからじゃない?貴族だったらもっとスマートに話せるようにならないと。それが出来るようになるまでわたしには敬語を使わないで」

 からかうように言うのだが、キュルケの目にいつもあったどこか小馬鹿にした感じはなくなっていた。
ウォルフはおや、と思いあらためてキュルケを見つめた。
いつもくるくると忙しげに動いていた瞳はしっとりと落ち着きを見せてこちらを見返してくる。
元々が絶世と言っていい美少女である。強い意志を込めた瞳で真っ正面から見つめられてウォルフは少し気圧されるのを感じた。

「わかったよ。敬語がすぐにうまくなるのは難しそうだから普通に喋るよ」
「それでいいわ。じゃあ、わたしもう帰るから」

キュルケはフンと鼻を鳴らすと踵を返し去っていった。ウォルフがキュルケを追って外に出てみるとグライダーが三機上空で待っていてキュルケがそれに『フライ』で乗り込む所だった。キュルケは最後にこちらを見て風防を閉めるとそのまま編隊を組みゲルマニアへ向けて飛びたった。





2-8    東へ




 唐突にやってきたキュルケ達がやはり唐突に帰ってから一ヶ月あまりが経った。
ウォルフは樹脂生産プラントを調整しながら手を加え、新たに雇い入れた工員への指導も完了し、遂に本格的な樹脂の量産が始まった。
商会もマチルダがいなくなったことにも慣れ、順調に動いている。
 自動車開発はスターリングエンジンの発電機を搭載した電気自動車を第一の候補に考え、試作エンジンをリナ達に掲示して更なる研究をさせている。
最初は風石による発電機にするつもりだったのだが、昨今の風石相場の暴騰と小型化が難しい事から変更した。
ブタノールによるレシプロエンジンも考えたが、燃料の入手性を第一に考えて可燃物なら基本的に何でも良いスターリングエンジンが有利だろうと判断した。

 樹脂の量産が始まると当然のことではあるが色々な問題が発生するようになった。一つ一つそれらに対処して生産を続けているのだが、現状では対処しきれないような問題も出てきた。
エチレンなどを得るための原料として廃糖蜜を輸入しているのだが、ここに来てその輸送コストが高すぎるとタニアに指摘されたのだ。
これを解決するために思い切ってガリアの港町プローナに糖蜜からエタノールを生産するための工場を造ることにした。エタノールに加工してから輸送すればその分コストがカットできるだろうという計算だ。廃糖蜜はガリア南部産のサトウキビの物とゲルマニア産の砂糖大根の物とを使用しているのでプローナならばその双方に都合が良い立地だ。
せっかくだから大々的にと、プローナの町からは少し離れた街道沿いの草原に大型の醸造施設と連続蒸留機を設置。ついでに酪酸菌によるアセトン・ブタノール発酵や麹菌によるクエン酸発酵など様々な研究が出来る施設を隣に併設した。
 近隣のワイン蔵から蔵人をスカウトして醸造にあたらせ、今日はその連続蒸留機の初運転のためウォルフははるばるアルビオンからグライダーを駆って監督しに来ていた。

「いらっしゃいませ、ウォルフ様。お待ちしておりました」
「ああ、スハイツ久しぶり。もう準備は出来てる?」
「はい。ウォルフ様が到着次第、蒸留を開始できるようになっております」

 ウォルフがグライダーをプローナの港に着陸させるとガンダーラ商会のガリアでの責任者であるスハイツが出迎えた。
スハイツは初対面の時から子供であるウォルフにとても丁寧な対応を見せ、まるでウォルフが主人であるかのように接してくる。
他のガリアの職員達もたいがい丁寧で、ウォルフにはどうも居心地が悪く感じてしまうほどだった。

 連続蒸留機は何の問題もなく稼働し、高純度のアルコールを生産し始めた。酪酸発酵の方も今回使用した菌が高濃度アセトン・ブタノール含有発酵液に耐えられる事を確認できたのでいよいよ実用化の目処が立った。
技師達と今後についての打ち合わせや彼らが慣れていない酪酸発酵についての指導を済ませ、ウォルフはヤカに移動した。
祖父母に挨拶と、この夏休みはヤカでの短期留学を断ったのでそのお詫び、更にはゲルマニアでもやるつもりの鉱山開発と、それに先だっての地質調査などを頼むためだ。




「ならん。ガリアの土はガリアの物。お前がいくらワシの孫であろうとアルビオンの人間である限り好きにさせるわけにはいかん」

 久しぶりに会った祖父は相変わらず頑固であった。
ラ・クルスにも利益をもたらすであろう話なので気軽に頼んでみたのだが、フアンは一顧だにせずに拒否した。

「・・・分かりました。鉱山開発は諦めます。しかし、地質調査だけは何としてもしてみたいのです。お願いできませんでしょうか」
「ならんな。ガリアは土の国。土に対する思い入れは深い。お前の言うような深深度の調査などを外国人に許すわけにはいかん」

 今度は少しは考えたようだがやはり明確に拒否された。
ティティアナ達がリュティスに引っ越してしまい、少し寂しい思いをしていたのか上機嫌でウォルフを迎えたフアンであったが、領地のことに関しては私情は挟まないようだった。
どうにもなりそうにないので挨拶をしてフアンの元を辞し、ヤカにあるガンダーラ商会の商館に移動した。
 ちょうどタニアが石鹸工場を造るとのことでこちらに滞在しているので、色々と打ち合わせを済ませておく。
ちなみにタニアはタレーズのヒットで気を良くして化粧品など美容全般の物をガンダーラ商会で扱おうとしているらしい。ウォルフも化粧品の開発などを頼まれたが興味がないので断っている。



「はあー、やっぱり自分の領地がないと色々やりたいこともやれないなあ・・・」

 ハルケギニアの地質はずっと興味を持って研究していたテーマの一つなので、調査がこれ以上できないと分かっても中々諦めきれずグズグズとスハイツに溢していた。
特に興味を持っているのは風石の鉱脈である。ウォルフが調べた所ハルケギニアで一番一般的な堆積岩の地層がアルビオンの地層と一致しており、この地層を深深度まで掘ればアルビオン同様に風石の鉱脈があるのではないかと予測している。それがどうしてアルビオンだけ空に浮かぶ事になったのか、とか興味は尽きない。
もし風石の鉱脈が発見できれば大きな利益を得ることが出来るというのに、フアンは頑固だ。

「まあ、それはそうでしょう。かといって領地を買うにしてもそこからの収入などを考えるとかなり割高ですからなあ」
「あれ?ガリアでは領地って買えるの?」
「ガリアの爵位を持っていることが条件ではありますが、跡継ぎのいない所や収入の良くない所などは取引されているようです」
「そんなんならいいや。ゲルマニアなら買えるって言うけど実際のところはどうなんだろ」
「ゲルマニアもそれなりの所は良い値段よ。安い所はとんでもない辺境か領民が逃げ出して殆どいないとかね。それでも数万エキューはするわ」

 打ち合わせが終わってすぐに書類仕事に取りかかっていたタニアが話に割って入る。彼女はその辺のことを色々と調べたことがあった。

「爵位が欲しいだけならそれでも良いかもしれないけど、買う前に鉱脈調査とか出来ないだろうし値段と価値が見合ってないのはやだなあ」
「そうすると残るのは・・・ふふ、東方開拓団くらいですかね」
「東方開拓団?何それ?」
「うえ、東方開拓団は無いでしょう」

ウォルフは初めて聞く言葉だったので聞き返すが、タニアは嫌そうな顔をして手をひらひらと振った。

「東方開拓団とはゲルマニアが進める領土拡張政策の一つで、ゲルマニアの北方から東方にかけて広がる広大な森林地帯を開発するため、広く一般から開拓する人を募集しているのです」
「うん、そこまでは名前から何となく分かるけど、条件はどんな感じなの?」
「一万エキューだったかの預託金と、ゲルマニア貴族の推薦が有ればメイジ三十人平民二百人からなる開拓団をゲルマニア政府が貸してくれるのよ。それで開拓に成功すればその広さ・収入に応じて爵位をくれるって訳」
「期限は十年で、開発中は開拓団員に給与を支払う必要は無く衣食住だけを保証すればいいそうです。さらに叙爵後支払うべき税金は預託金から支払われる仕組みで、その分領内の開発を進められます」
「開拓が成功して追加で領民を増やしたいって時にもゲルマニア政府が国内の貴族達に領民の移住について斡旋してくれるそうよ。まあ、これは別料金らしいけど」
「結構条件が良さそうなんだが」

開拓団員が何だか奴隷のような扱いなのが気にはなるが、平民はともかくメイジを三十人もというのは凄く魅力的に思える。
興味を持って身を乗り出してくるウォルフに対し、タニアとスハイツは苦笑して答えた。

「東方開拓団という制度が出来て以来これまでに百五十以上の開拓団が出発しましたが、爵位を得たのは十に満たないそうです。それ程あの森は幻獣や亜人などの脅威が多いのですよ」
「そうよ、それにその成功したって言うのもわたしが調べた時にはもう破産して売りに出てたわ。買う人なんて居ないみたいだけど」
「政府が貸してくれる人員というのは全て何らかの犯罪で有罪判決を受けた受刑者だそうです。開拓が成功した場合、その開拓地での自由が約束されているので皆モチベーションは高いらしいですが、それでもあの森を開拓するにはメイジ三十人くらいでは全然足りないみたいですね」
「長くて二年、早ければ半年で撤退するのが普通みたい。ちなみに開拓団員が消耗した場合その数に応じて預託金から引かれるそうよ」
「ゲルマニア政府としては全く損をする心配がない、いいシステムと言えますね」
「・・・・・」

 ゲルマニアは元々森林地帯を開拓して成立した国家である。今は人間が支配している国土もかつては全て黒く深い森に覆われていた。
人間がその国土を広げる度に森から追われた亜人や幻獣等がその国土周辺の森に恐ろしく濃い密度で生息している。
竜やグリフォン、マンティコアなどの空を飛ぶ幻獣も多くいるために上空を飛ぶことさえままならないらしい。
そのためゲルマニアの領土拡張はここ数十年その開発のペースを大幅に落としていた。人間と森の先住民達との勢力が拮抗してしまっているのだ。
辺境の領土は度々森から襲ってくる亜人達の脅威により消耗し、領主は開発した土地を守るのがやっとという状態だそうだ。

「中々うまい話はないでしょ?あなたにはラ・クルスって言う後ろ盾がいるんだから、ゲルマニアで領地を買ったり東方開拓団に応募したりするくらいなら、伯爵に頭を下げて部下になって子爵領を貰った方が良いわよ」
「そうですよ、あなたがガリアに来てくれると聞けばヤカの民は大喜びであなたを迎えますよ」

 黙り込んでしまったウォルフにタニア達は声をかけるがウォルフはもう碌に聞いてはいなかった。
ウォルフは考える。確かにゲルマニア周辺の森を開発するのは難しそうだが、もっと離れた場所だったらどうだ?
ウォルフは考える。幻獣がいて空を飛べないというが、グライダーは高度一万メイル以上を可能とする。そんな所までわざわざ飛んでくる竜がいるか?
ウォルフは考える。この世界と元の世界との類似性からハルケギニアの東部には広大なユーラシア大陸に類似した陸地が続いている可能性が高い。シベリアにはあれだけ広大な森林地帯があった。こちらの大陸にだって人間が入植するのに適した土地が有る可能性は十分にあるはずだ。
ウォルフが今個人で自由に出来る金は三万エキューほど。ラ・クルスに紙質の改善方法を売った分と商会の給与、セグロッド開発のボーナスにタレーズの制作・地金代などで得た金であるが、十分に東方開拓団を結成できそうである。
ウォルフは結論した。東方開拓団に名乗りを上げるかどうか、調査に行くべし、と。

「ちょっと、ウォルフ何本気で考え込んでいるのよ!ダメよ?東方開拓団は割に合わないわ」
「割に合わないかどうか、判断できるほどの材料をオレは持ってないんだけど。だから現状を把握するため森へ調査に行きたい」
「今まで一体何聞いてたのよ!アレでダメじゃないなんてあなたどういう脳みそしてんの」
「若さに見合った柔軟な思考が出来る脳だと思ってます」
「柔軟すぎるわよ・・・ダメ、ガンダーラ商会ではやらないからね」
「まあ、商会でやるような事じゃないだろう。これはオレ個人でやるよ」
「個人でやるにしたって・・・あなた商会での仕事が一杯溜まっているでしょう。そんなに自由になる時間はないわよ?」

 それを言われると中々痛い。今やらなくちゃならないことはグライダーの量産化と自動車と新型グライダーの開発である。
グライダーの量産化はあとアルミニウムの量産に成功すればほぼウォルフの手が掛からなくなる目処が立ちそうなので、今から行くゲルマニアでの鉱山開発次第で何とかなる。
自動車開発についてはウォルフが選んだスターリングエンジンがネックになっていた。エンジンの実働模型はすぐに出来たのだが必要な出力を得ようとすると大きく重くなってしまうのが難点だ。
熱効率自体は悪くないので今高圧ヘリウムを使って小型化の研究を進めさせているのだが、まだ時間が掛かりそうだった。
何としてもこれを手っ取り早く開発してゲルマニアの森へ調査に行きたい。
新型グライダーの開発は、三十人くらい乗れる大型のグライダーを開発すれば開拓団の人員の輸送に大いに活用できそうなのでもうやる気満々になっている。

 ウォルフはおよその見通しを立て、何とかなりそうだと判断するとタニアに向けてニッコリと微笑んだ。

「分かった。今ある問題はとっとと片付けちゃおうと思う。こっちでの用は終わったからさっさとゲルマニアに行ってまずは鉱山の話を聞いてくる」
「・・・はー・・・あなた、全然諦めていないでしょう・・・」
「諦めるわけ無いじゃん、こんな楽しい話」
「・・・話に聞いていた以上に、自由な方ですね」
「そうなのよ。この子がやるって言ったらやるのよ、絶対に・・・」

タニアとスハイツがグチグチと溢しているが、ウォルフはどこ吹く風という様に席を立つ。本当に今からゲルマニアへいくつもりでいる。

「ツェルプストーだと、トリステインの上空を突っ切って行ったら早そうだけど、大丈夫かな」
「全然大丈夫じゃないから。それは領空侵犯になるからやめて」
「思いっきり高度を上げれば大丈夫なんじゃない?」
「グライダーが領空を横切ったとなるとすぐにウチに話が来るでしょう。まだグライダーはそんなに普及していないんだし、すぐにばれちゃいますよ」
「それに、あなたガリアでの飛行許可だってイルンとの往復しか取っていないでしょう」
「高度を上げちゃえば誰も来れないし気付かなそうだから、大丈夫っぽいんだけどなあ・・・まあ、やめとくか。早く自由に飛べる日が来ねーかなあ・・・海まで出るならついでにアルビオンまで戻ってリナ達の尻を叩いていこう」

 誰に聞かせるでもなく呟くとタニアとスハイツに挨拶をして商館を後にし、グライダーに乗り込む。その顔は晴れ晴れとしていて何の迷いもない。
旋盤とグライダーという大きな目標を完成させてしまって以来どうにも上がりにくかったモチベーションが今はガンガンに上がっている。
ゲルマニア北東部の大森林地帯の調査、それはつまりハルケギニアから一歩外へ出ると言うことだ。幻獣などは大変だろうが、ハルケギニア最大の脅威と言われるエルフはいないらしいのでサハラに行くよりは楽だろう。
 まだ誰も見たことのない世界が自分を待っている・・・それはウォルフにとってゾクゾクするような誘惑だ。
遙か彼方にある大森林を思い浮かべ、ウォルフは大空へと旅立った。




2-9    東奔西走




 ウォルフのグライダーはその日の内にサウスゴータに帰ってきた。日帰りガリア出張である。

「あっ、ウォルフ様帰ってきた。おかえりなさい、夕食はお済みですか?」
「ただいま、サラ。飯はまだだよ、何かある?」
「スープとパンくらいなら、何とか・・・ガリアに行ったんじゃないんですか?」
「行ってきたよ。明日はゲルマニアに行く」

 家に帰って両親に顔を見せて来た所でサラとばったり出会った。サラはもう寝間着になっていて風呂上がりなのか髪が濡れている。
誰もいない廊下を二人で厨房に移動し、色々と今回の成果を話して聞かせる。中でも東方開拓団の話は熱が入ってしまった。

「じゃあ、ウォルフ様はその東方開拓団に応募するつもりなんですか?」
「良い条件の土地が見つかれば。とにかく調査してみないことには話が始まらないさ。世界周航前の小冒険って感じだな」
「でもそんな誰も成功しないような危険な所にわざわざ行くなんて・・・心配です」
「危険な所には近寄らないって。オレの勘ではそんなに幻獣が多くない所だってあると思っているんだ」

話しながらサラは冷蔵庫からスープの鍋を出し、コンロで温める。ウォルフは自分でパンを用意してこちらもオーブンで温めた。

「どうぞ」
「ん、ありがとう」

 コトリとウォルフの前に差し出された器を受け取りちょっと遅めの夕食を摂る。
サラはグラスを用意して水を注ぎ、ウォルフと自分の前にグラスを置いて隣の席に座った。

「でもどうしてウォルフ様が領地なんかに拘るんですか?今のままでも良いじゃないですか」
「世界だよ、サラ君。世界が私を待っているんだ・・・」
「・・・何のキャラですか?」
「何だっけ?あ、ごめん、えーと、機密保持に凄く良さそうっていうのがまず一つ。誰も来なそうな土地だからね。二つ目は領地経営に興味がある。鉱山開発とかをもっと自由にやりたいし、社会実験もしたい。三つ目は世界周航の前線基地になりそうだって思って。ガリア側からサハラに出入りするのは色々と大変そうだけど北からだとごまかしやすそうだし。あとは正確な世界地図を作るのに測量技師を養成したかったりするんだけど自分の領地が有れば楽そうだってのも有るな」

 ちょっとふざけたら睨まれたので慌てて真面目に答えた。

「つまり、何かまた新しいことをやりたくなったと・・・社会実験ってなんですか?」
「その名の通り社会の実験だな。グライダーと自動車、それにセグロッドでハルケギニアの社会が変わっていく準備は出来るだろう。その後どんな社会にしていくべきか色々と実験するのに自分の領地があると凄く便利だ」

 ウォルフは将来的には鉄道や旅客機なども作ろうと思っている。鉄道は平民でも気軽に使える程度の料金を想定しているので、通勤コストが下がれば現在の職住が一致している社会から職住分離型社会へと移行する事が予測される。
そうなれば職業選択や取引の自由度は増えるだろうし、現在は分散している商業地区も一箇所に集中し、大都市を形成していく事が予想される。
高度教育や医療に関してもやりやすくなる。現在学校をやっているが、シティオブサウスゴータの、それも一部の地域に住む子供が対象でしかない。もっと広い範囲から子供を集めたくても通えないのだ。しかし、低コストな交通手段が出来ればより多くの子供に教育の機会を与えることが出来る。
 何もない所に交通のインフラを整備すると言うことは、いわば大きな社会変革を起こそうというわけだが、いきなりそれを他人の領地でやってみるのも気が引けた。

「便利だから領地欲しいって・・・お爺様がくれるって言ってる子爵領で良いじゃないですか。そっちなら危なくないし」
「爺様から子爵領を貰うって事はラ・クルスの部下になるって事だから世界周航なんて目指す自由はなくなるだろう。だからそっちの線は無しだ」

ふう、とサラは溜息をつく。確かにレアンドロに仕えているウォルフというのは想像が出来ないが、普通は子爵という好待遇で召し抱えたいと言われれば下級貴族の次男などは飛びつく物だ。

「明日からゲルマニアに行くって言うけど、そのまま調査に行くんですか?」
「いや、明日行くのは鉱山開発の許可を得るためとその開発の為の調査。一週間くらい行ってこようかと思ってる」
「また一週間も居なくなっちゃうんだ・・・」

 ウォルフが食べ終わるとサラはすぐに立ち上がって食器を片付けお茶を入れる。少し表情が陰っていた。
そんなことには気付かずにウォルフは脳天気にゲルマニアで探す予定の鉱石のことなどを話している。

「お茶が入りました」
「おう、ありがとう」

 やっぱり変な人だとサラは思う。メイドの仕事に一々礼を言う貴族なんてサラは他に知らない。
そんなことを思いながら、暫く一緒にお茶を飲みウォルフが話すのを聞いていた。

「ウォルフ様、わたし決めました」
「何を?」

 ウォルフを見つめサラが宣言する。ちょっと唐突だったのでウォルフは怪訝な顔をして問い返した。

「明日、わたしも一緒にゲルマニアに行きます」
「え、だってサラ学校・・・」
「たまにはわたしが休んだって良いでしょう。たっぷり課題を出しますし、一週間くらいなら大丈夫ですよ」
「えっと、何しに行くか聞いていい?」
「ウォルフ様が領地を持つかも知れないっていうゲルマニアを見に行くんです。野蛮な国だって言う人もいるし、どんな所かなって。ウォルフ様ばっかり何回も行ってわたしは一回も行ってないなんて狡いですよ」
「う、そうか。ごめん」
「それにウォルフ様、グライダーの操縦を教えて下さいって言っているのに、いっつも今度なって言うばっかりだから、道中で教えて下さい」
「あー、うー、すみません。うー、わかりました、一緒に行きましょう」

 何時になく強気のサラに押されて了承する。いつもサラに仕事を押しつけている自覚はあるので強く出られたら引くしかない。
今回の出張はサラの慰安旅行になりそうだなあとある程度覚悟する。

「じゃあ、明日の午前中はオレもリナ達の事を見るから、午後一で出発するつもりでチェスターの工場まで来てくれる?」
「ん、わかりました。お弁当持って行きますね、機内で食べましょう」

 サラが満足そうに言う。ちょっとフニャッとした、いつものサラの笑顔だ。
まあ、サラが喜んでくれるんなら良いかとウォルフも思う。まだ九歳なのだ、たまには息抜きも必要だろう。
まだまだ話したいことはあるが、ウォルフは明日は早くに工場に行くつもりだし、サラも準備が色々あるので切り上げて早めに寝ることにした。



 翌日早朝、ウォルフはグライダーでチェスターの工場に来ていた。
まだ出勤していないリナのノートを手に取り昨日の進捗具合を確認する。高圧ヘリウムのシーリングを色々試したみたいだが、×が並んでいて碌に進んでいないことが分かる。
取り敢えずヘリウムのシーリングはまだ難しそうなので、気体を窒素に変えて進めることにする。窒素なら入手性がいいのでウォルフが楽できるし、気圧を上げればそこそこの性能の物が出来るはずである。事情が変わったので最高の性能を追い求めることなく早期完成を目指す。
続いてリナが線を引いた設計図をチェック。ほぼウォルフの指示通りで基本的な設計は良さそうなので、空冷を水冷に変更する指示といくつかの寸法変更及び材質変更の指示を書き込む。
それが終わったらラジエターを制作する為の治具の設計を隣の製図板で行う。ラジエターはアルミニウムを使用する予定なのでいいかげんボーキサイトが欲しい。
 ボーキサイトからアルミニウムを魔法無しで製錬する工程は実はまだ分かっていない。アルミニウムの精錬がアルミナの炭素電極による電気分解だと言うことを知識としては持っていても実際に行ってみると中々難しかった。アルミナの融点が高すぎてうまくいかないのだ。
色々とアルミナに加えて融点を下げようとしてみているが、今のところうまくいっていない。電気炉を全部白金とかで作ってアルミナの融点であるおよそ二千度にまで加熱すればいいのかも知れないが、そんな一般に公開できない技術に意味はないし、電気を食いすぎる。
仕方がないので高コストにはなるが当面はメイジを使用する事を考えている。アルミナの段階まで精錬してやれば一般的なメイジの『練金』でも多少不純物としてアルミナが残るくらいで問題なくアルミの生成が行え、そこからアルミナを除去してやれば純度の高いアルミニウムが得られる。
しかも軽金属なので高級ではない金属というイメージを持つのか、アルミを『練金』してもメイジの精神力はあまり減らず案外効率が良い。ぺらぺらのアルミの弁当箱を触らせたり地殻中にかなり多く含まれる物質である事を散々アピ-ルする作戦には意味があるものと思われる。

「あれ?おはよございます。ウォルフ様ガリアに行ったんじゃないんですかあ?」

ウォルフが分割思考で今後のことを色々考えながら線を引いていると後ろからリナが声をかけた。どうやら出勤時間になったようだ。

「ああ、おはよ。行ったけど、ゲルマニアに行く前にお前達の様子を見に寄った」
「すみません、まだ殆ど出来ていないんですが・・・」
「ノートを見たよ。高圧ヘリウムはまだ早いみたいだからやめにして、当面は高圧窒素で行こう。ヘリウムよりは大分抜けにくいはずだ」
「ええー!昨日凄く苦労したんですけど!」

リナは驚いて声を上げた。それはそうだ、昨日はどんなに精密に加工したつもりでも僅かずつ抜けていくヘリウムに苦労し、遅くまで残ってより高精度なボーリングマシンの設計をしていた程だ。急にやめたと言われても納得しづらい。

「その苦労は無駄になる訳じゃないから気にするな。試行錯誤ってのは、した分だけスキルが上がっていくもんだ。それとこれ新しく作ってみたから試してみてくれ」

そう言って旋盤用のバイト(刃)をいくつか取り出し机の上に広げる。
どうすればより高精度なシーリングが出来るのかと考え、昨夜思いついて作っておいたものだ。

「何ですか?このバイト。刃先がちょっと違いますけど」
「単結晶ダイヤモンドのバイトだ。これで加工すれば鏡面に仕上がると思う。送りは自動で、ほんの少しずつ加工してみてくれ」
「むう、こんなのがあるなら最初から・・・試してみます」
「頼む。とにかく急いで自動車を完成させる必要が出てきたんで、ヘリウムについては継続研究って事にして窒素で早いとこスターリングエンジンを完成させて欲しいんだ」
「ふい、分かりました、頑張ります。でも、本当にこれ高圧にしただけでそんなに効率が良くなるんですか?」

熱力学についてまだ詳しく授業で教えていないこともあり、気体の量を増やせば仕事量が多くなると言うのが理解しづらいらしい。

「おお、オレはたまにしか嘘を言わないから大丈夫だ、信用しろ」
「・・・ウォルフ様のそう言う人間の軽さが部下を時々不安にさせているって知ってました?」
「知らん。余計なことを考えている暇があったら手を動かせ。手を動かしていれば不安なんか感じる暇は無くなる」
「うーい。じゃあ、昨日の続きに取り掛かりまーす」

 その後、二人とも無言のまま製図板に向かって線を引いているとポツポツと他の工員も出勤してきた。
ウォルフは彼らに片っ端から仕事を割り振る。いきなり増えた仕事量に悲鳴やら抗議やらを受けるが、全部無視した。この位はやれば出来るはずだ。
その後午前中一杯掛かってリナを中心に綿密に打ち合わせを重ね、ウォルフが居ない間にも仕事が滞りなく進むように手配を済ませた。

「・・・何で、こんな急に・・・」
「ウォーターポンプって俺一人で作るのかよ、リナ手伝ってくれよ!」
「何言ってるんですか、あたしにそんな暇があるわけ無いでしょ!そっちこそそんなの早く作っちゃってあたしの手伝いしなさいよ」
「じゃあ、オレはゲルマニアに行ってくるから、後はよろしく。遠話の魔法具を置いて行くから何かったら連絡くれ。オレの方も何か思いついたら知らせるようにするから」
「一週間位って言ってましたっけ・・・一月掛かっても終わらない気がしますからどうぞゆっくりしてきて下さい」
「はっはっは、何を言っているんだ。お前達ならこのくらいすぐに出来ると信じてるゼ!」
「いってらっしゃい・・・」

昼になりサラが来たのでウォルフは出かける事にしたのだが、もう全員殺伐とした雰囲気の中各自の仕事に取り掛かっており、それどころではなかった。
リナが投げやりに返事を返しただけで、良い笑顔で親指を立てているウォルフのことを気にかける人間は居なかった。
 何となくいたたまれなくなったウォルフはサラを連れてグライダーへと向かった。



 久しぶりのサラと二人のフライトである。
サラはとても上機嫌だし、ウォルフも一人で飛ぶよりもずっと楽しい。

「じゃあサラ、今からグライダーの操縦を教えるぞ。エルロンとエレベーターの二つの舵を操縦桿で、ラダーを足元のペダルで操作しするんだ。エルロンとは・・・」
「もうお昼すぎてますから、まずはお昼ごはんにしましょうよ。ちゃんと機内で食べられるようにサンドウィッチ作ってきたんです。ウォルフ様の分はちゃんとマスタード多めにしましたよ」

頼まれていた通り操縦を教えようとしたのだがサラに遮られた。すっかりピクニックにでも行く気分になっているみたいだ。

「いや、アルビオンに吹く風を利用して一気に高度を稼ぐつもりだから、ついでにサラに操作を教えたいんだけど・・・」
「うーん、じゃあ、ちゃちゃっと教えちゃって下さい。ご飯を食べ終わってから本格的な授業にしましょう」

 結局ご飯前には碌に授業は出来なかった。
仕方ないので高度を上げた後はグライダーを自動操縦モードで飛行させた。暇を見てちょっと改造し、ガーゴイルの中枢をグライダーに埋め込んであるのだ。
まだ上昇気流などを見つけて利用する事は出来ないが、風石を使用しての上昇や他の飛行物の回避、目的の方位へ外的影響を補正しながら飛行させる事は出来るようになった。食事を摂る間くらいは操縦桿を握っていなくても良いのだ。

「じゃあこれがウォルフ様の分です。残さないで食べて下さいね」
「ああ、ありがと」

サンドウィッチが入った袋を渡される。続けてチタンマグカップにお茶を入れて渡してくれる。
サラは座席が向かい合わないのが不満そうだが、楽しそうだ。

「うーん、海と雲が綺麗ですねえ・・・空も何だか色が濃いみたいです。こんな高い場所で食事をするなんて贅沢ですね」
「確かに今は高度六千メイルくらいだからな、こんなところで食事をしているのはオレ達くらいだろう」
「うふふ、ハルケギニア人初ですか」
「多分な。取り敢えずオレは初めてだ」

 結局サラが操縦桿を握る事は一度も無いままゲルマニアの入口の町ドルトレヒトに着いた。ここにもガンダーラ商会の倉庫兼商館があるが、そこには向かわず真っすぐに港の役所へと向かう。
入国手続きとゲルマニアの飛行許可を得る為だ。ウォルフのグライダーはゲルマニアでの身元引き受けをフォン・ツェルプストーが了承してくれているので毎回直ぐに許可は出る。
今回得た許可はこことボルクリンゲンの往復の飛行許可で、一ヶ月以内に出国しなくてはならないというものだ。
アルビオンではロサイス、ガリアではイルンにとそれぞれ入国する際には毎回着陸して許可を得なくてはならないのが面倒だが、この程度はまあ許容範囲だ。

 結局ボルクリンゲンには日没とほぼ同時に着いた。サラも途中操縦をする事が出来てグライダーの楽しさを少し分かってくれたみたいだ。
工場に着くと出迎えたラウラとサラは抱き合って再会を喜んでいた。そう言えばラウラをこちらに置きっぱなしだった。予定ではアルビオンに戻して指導教官にするつもりだったが忙しくて忘れていた。ここのところアルビオンでもボチボチと注文が入っているのでサウスゴータにも教習所を作らなくてはならない。
 この日は再会を祝してラウラの同僚の教官達と一緒に最近ボルクリンゲンで人気のレストランへ繰り出した。
ゲルマニアはアルビオンと並んで食の貧しい所と言われているが、この日のレストランのオーナーシェフはトリステインから流れてきたと言う事で、見た目も良くおいしい料理を楽しむ事が出来た。
 貴族向けの気取った料理では無いがトリステインの料理をゲルマニア風にアレンジしたり、ゲルマニアの伝統料理をより洗練された料理法で出してきたりとバラエティも豊富で人気の理由がよく分かった。

「おいしかったですねえ。アルビオンじゃ考えられませんよ、あんな料理出すレストラン」
「ああ、また行きたいな。でも、あんなレベルのレストランがまだ一杯出来ているんだろ?そっちにも行ってみたいしなあ」
「ふふふ、ボルクリンゲンは一月で全く違う街になると言われている程急に発展していますからね、新しいお店がどんどん出来ていますよ」

 帰り道、工場へと歩きながらだらだらと話をする。平民にはセグロッドを支給していないので皆歩きだ。
少し街から離れているがこの道は安全なので気楽なものである。実はツェルプストーが隠れて警備しているからなのだが。

「じゃあ、オレは明日から鉱脈探査に出かけるから、ラウラ、サラにグライダーの操縦を教えてくれ」
「まかせて下さい!あたしにかかればどんな嘴の黄色いひよっこも一週間で大空に羽ばたけるようにしてなりますって」
「うーん、わたしもウォルフ様についていきたいんだけどなあ・・・」
「うふふ、サーラちゃん?あたしの訓練を受けたくないって言うのかな?かな?」
「ひう!ラ、ラウラ?」

訓練に興味無さげにしたサラを背後から抱きしめ、ラウラが耳元で囁く。
その顔は笑顔だが、いつもと口調が違いサラが感じた事のないオーラをにじませていた。

「おっとサラ、ラウラは鬼教官らしいからな、言葉には気をつけた方が良いぞ」
「ええーっ、何時の間にそんな事になっちゃったんですか!?」
「明日からはビシビシ行くからね?大丈夫、訓練をやり遂げられればサラも立派なパイロットよ」
「はひー」

 つう、と頬を指でなぞられて思わず変な声を上げてしまう。何とかウォルフに付いていこうとか考えていたのだがどうやら無理そうだ。
訓練以外の時間にウォルフがいないと暇になりそうだが、ボルクリンゲンは楽しそうな街なのでまあいいかと諦めた。
 翌日からラウラの訓練が始まるとそれが甘い考えだったと思い直す事になるのだが。




2-10    ウォルフとサラinゲルマニア



「・・・ウォルフ殿、まだでしょうか。そろそろ他へ移りたいのですが」
「もうちょっと、もうちょっとだけ!・・・おお、これは多分泥岩が熱で変成した物だな。こっちは・・・」
「ウォルフ様、その辺全部ただの岩じゃないですか。もっと他の場所を探しに行きましょうよ」

 翌日早朝からウォルフは鉱脈調査に来ていた。メンバーはツェルプストーからデトレフと土メイジの鉱山技師、それに商会が雇っている土メイジ一人の計四人である。
許可された探査区域はツェルプストー領南部ライヌ川上流の深い森と平原、岩山とが混在する地域である。広さはあるが、トリステインとの国境から近い為無駄なトラブルに巻き込まれる恐れがあるのが注意すべき点だった。
 ウォルフのグライダーと、ツェルプストーのものと二機に分乗して現地に来たのだが、ウォルフが何でもない場所で一々引っかかるので中々調査は進んでいなかった。
ハルケギニアで一般的に価値のある鉱物と言えば、金銀銅に鉄・錫・亜鉛・鉛、それに風石に土石などである。最近では石炭や石灰も価値が上がってきた。それなのにウォルフはそれらの反応が全くない場所で一々駐まるのだ。

「一体何がそんなに興味深いというのですかな、そっちの彼が言う通りここにはめぼしい物はないと思うのですが」
「あ、いやすみません。確かに価値は無い物ですが、色んな種類の岩石があるのでどのようにここが生成されたのかと考えてまして」
「どのようにも何も、神が創ったに決まっているではないですか」
「・・・えーと、だからその神様がどういう風に創ったのかなって。それが分かれば何処に何があるか推測しやすいでしょう」

 確かにウォルフは有用な鉱脈を探しに来ているのだが、元々ハルケギニアの地質もずっと調べているのだ。その事を抜きにしていきなり鉱脈を捜すなど出来る物ではない。
大体、おおよその地質を掴んでからでなくては何処を捜せばいいのか見当がつけられないというのがウォルフの考えだ。
 蛇紋岩帯ならばクロムなどが見つかるかも知れないし、堆積岩帯なら岩塩や石灰岩などが見つかるかも知れない。魔法探査とて万能ではないのだ。捜している物を特定済みならば広範囲にわたり探査を掛けることが出来るが、そうでないならば探査範囲も狭くなるし精度も落ちる。効率的に捜す為に今は概要を把握しようとしているのだが、どうも理解してはもらえないようだ。

「はっはっは、神様に聞いてみるのがよいかも知れませんな」
「ちなみに、なんですが、普通は鉱脈というのはどのようにして捜す物なのでしょう」
「それは決まってますよ、山に入って心を落ち着かせ地の声を聞く。それが唯一の方法です。カンとも言いましてヤマカンという言葉の語源にもなっていますが、優れた土メイジ程これが良く当たるようになります」
「は、はは、私は土メイジじゃないので中々難しそうですね」
「何、悲観することはないですぞ、ウォルフどの程優れたメイジならばきっとその感覚をつかめるようになるに違い有りません」
「・・・頑張ってみます」

 カンの方は土メイジが三人もいるので任せることにして、ウォルフは地質の推測に戻った。
 火成岩であるかんらん岩が水と反応した蛇紋岩や堆積岩である泥岩などが熱によって変成したホルンフェルスなど断片的な情報から推測するに、どうやらここは元海中火山だったようである。最もそれが分かった所でハルケギニア人にどうやって説明すればいいのかは分からないが。
ウォルフとしては有意義な調査をしていて地下の構成が徐々に明らかになってきていても他の三人にとってはやはり退屈なようで、ウォルフの後ろで暇そうにしている事が多かった。



「うーん、中々めぼしい物はありませんなあ・・・翡翠位は見つかるかとも思ったのですが」
「翡翠ですか、宝石の。あんまり工業的には使えなさそうですねえ」
「蛇紋岩帯では時折見つかるのですよ。どうやらここには無さそうですが」
「翡翠ですか、翡翠はいいですねえ、綺麗で」
「綺麗なだけでもしょうがないだろう、さあ、次に行くぞ」

 何度目かの着陸と調査で相変わらず何も成果が無く、ウォルフ以外の一行にはいよいよ倦怠感が強くなってきた。中でも商会の土メイジが一番やる気がなくなっている。彼も彼なりに鉱物を捜してはいるのだが、一向に見つからないのだ。
 それも無理無いことで、実はウォルフに許可された地域は元々価値の高い鉱物がそうそう採れるとは予想されていない地域である。今回の探査に先立って行ったライヌ川の砂の調査でボーキサイトと呼べる程のアルミナを含む砂粒を発見したのでウォルフが強く希望してライヌ川上流域であるここに決定したのだ。
 銅などが採れる山のほうが、色々な鉱物が採れる可能性は高いのだがここはここでウォルフにとっては興味深い。大体ウォルフが捜しているのは通常とは違う金属なのでハルケギニア人が見込みがないと言ってもあまり関係がない。
求めているのはボーキサイトにチタン・クロム・コバルト・ニッケル・バナジウム・モリブデン・タングステン・アンチモン、リンやカリウムなどの鉱石、それに加えてあわよくば風石や土石と考えており、それぞれに発見が予想される場所が全然違う。
 ボーキサイトはもちろんだが、特にクロムとモリブデンは旋盤の軸や車軸などに使うクロムモリブデン鋼に使用したり、潤滑油に配合したりクロムメッキや工具に使用したりと用途が多いので欲しかった。
 調査員のモチベーション維持と多くの場所を調べる為、ウォルフの調査は段々とその速度を上げた。



 この後も転々と調査し、ウォルフはおおよその地質をつかむことができた。
 纏めると調査区域の東南方面にイェナー山があり、この山は堆積岩が隆起して出来ていてその南側には東西に長大な断層がある。この断層は最大三百メイル物高さの崖になっていて結構深い層まで地層が露出している。
イェナー山の北側から西にかけては蛇紋岩の岩盤が続いていて、調査地域南東方面の国境に近い草原と小規模な森が混在する地域は地表の堆積物が多く、現状では判断が出来ない。
 おおよそではあるが、トリステインやガリア北部と地質的に違いは無さそうだ。イェナー山北側の岩盤はラ・ロシェールそっくりだし草原部分はさしずめトリステイン平原の小型版と言った所であろうか。

「大体以前こちらでやった調査の内容と一致しますね。商業ベースに乗りそうなのは大理石くらいでしょうか。石灰はここからじゃ搬出コストが掛かりすぎそうですね」
「私はボーキサイトというのに絞って捜していましたがついぞ分かりませんでした」
「私も捜しましたよ。今まで見向きもしていなかった石ですから案外直ぐに見つかるかとも思いましたが、中々難しいものですな」
「北部の蛇紋岩の辺りでは磁鉄鉱の反応がありましたな、どの程度有るのかは未知数ですが」

 一行はイェナー山の山頂から少し下った所にある拓けた場所に二機のグライダーを駐めて休憩をしていた。ツェルプストー側と商会の土メイジとで適当に情報を交換しているが、ウォルフはその横で地図に地質を書き込み、より大きな地図も参考にしてこの地域の地下構造を推測していた。
 ガリア北部の海岸線ではここの堆積岩層のもっと深部に相当する地層が地表に露出していて、そこで風石の痕跡をウォルフは発見していた。その後の調査でそこは大昔に風石の鉱山があった場所だと分かっている。ここの地層は上部三百メイルが露出しているに過ぎないが、そこから推測できることは深部まで掘れば風石の鉱脈があるかも知れないと言うことだ。
イェナー山の岩盤が他の地域から隆起しているおかげで深く掘るのが楽そうなので、風石探索の為の深深度調査をやるならこの断層だと判断した。

「ウォルフ殿、どうなさいました?あまり見込みのない土地でがっかりなさいましたかな」

黙って考え込んでいるウォルフにデトレフが気を使って話し掛けてきた。ウォルフ達はこの調査をやらせて貰うだけでもツェルプストーに結構な額の調査料を支払っている。ちょっと気の毒に思えたらしい。

「え?いや、見込みは大分ありそうだと思っている所です」
「ほう・・・ガンダーラ商会は我々とは目の付け所が違うらしい」

ツェルプストーの技師が挑発的に言う。プロとしての判断をウォルフが気にもしなかったので少し気に触ったみたいだ。

「ふむ。ボーキサイトでも見つけましたか?我々にはちょっと分かりませんでしたが」
「ボーキサイトは見つかりませんでしたが、蛇紋岩帯でクロムやニッケルの反応がありました。まあ、まだどの位有るかは分かりませんが」
「クロム?ニッケル?・・・ああ、あの織機の部品に使われていた金属ですか。それは良かった」
「ふうむ、そのようなものがあるのですか。それはガンダーラ商会しか分からないですな」

デトレフは僅かでも成果があった事を喜んだが、技官の方は悔しそうにしている。

「ええ、まあ今のところはそうみたいですね。ところで、実際に採掘を行う時の詳しい取り分を教えて貰えますか?鉄で五分五分との事でしたが、クロムとかではどうなるのでしょう」
「五割なのは鉄・銅・錫・風石ですね。金・銀・土石は七割をフォン・ツェルプストーに納めていただきます。それ以外のものは今のところ四割となっています」
「風石や土石も採れるんですか」
「いやあ、土石はもっとガリアに近い所なら採れる所も有るみたいですけどここらでは採れた事はありませんね。風石は過去に採れた事があるという話だけはあります。どっちにしろ設定してあるだけですよ」
「分かりました。分け方は、原石でですか?それとも精製までしたものですか?」
「鉄は鉄鉱石でですね。まあ、製鉄設備をお持ちでないでしょうから、こちらで買い取るという形になります。それ以外は精製した物の価格で納税額を査定しています。精錬にかかるコストは計算式が設定されていますからそれに沿って控除しています」

ウォルフが判断するに妥当な線だった。今後クロムなどの有用性が知れ渡れば税率も上げられるのだろうが、契約期間中はその心配はないので当面は税率四割という低率で採掘できるのは魅力だ。

「じゃあ、帰りましょうか、日も大分傾いてきましたし」
「そうしましょう。明日からは我々は同行できませんが、何か分からない事はありませんか?」
「ありがとうございます。今のところはありませんね。また何か問題が起きたらその都度お伺いします」

 調査初日はウォルフとしてはまずまずの成果で終える事が出来た。ハルケギニアは地質が複雑なので調べるのは中々大変だ。ボーキサイトの調査がまだ進んではいないが、明日以降に調べることにする。

 工場に戻って生産ラインの方に顔を出すと完成品の検査が遅れているとのことなので担当メイジを手伝った。このメイジは仕事が丁寧でその分遅い。慎重な性格は検査に向いているだろうとウォルフは信頼していて仕事の遅さに文句を言ったことはない。
暗くなるまで手伝って、ようやく宿舎へ戻るとサラが大部屋のテーブルにグダッっと突っ伏していた。風呂上がりなのか髪の毛が濡れていてウォルフが部屋に入っても起きる気配がない。

「えーと、ただいま、サラ。どうしたのかな?」
「はっ。あわわ、ウォルフ様、お帰りなさい・・・いたたた」

慌てて飛び起きてワタワタしている。ウォルフにだらしない所を見られたのを気にしているようだ。

「おう、どしたの?」
「・・・鬼です・・・ゲルマニアには鬼がいました」
「どゆこと?」

 詳しく聞いてみると、サラが言うにはラウラは本当に鬼教官になっているとのことで、スパルタ方式の訓練だったらしい。最初の頃ウォルフが教習指導していた時は普通にだったものだが教え方が変わったらしい。
サラが実技でミスをすると工場三周、学科では一問につき腕立て十回とかとにかくミスする度に何らかの罰が与えられ、しかも絶対に拒否できない迫力で迫ってくると言うのだ。
もう何周工場を回ったのか分からないくらいだし、腕立て腹筋背筋スクワットも数えられない位やらされて立つのも辛いほどだという。

「じゃあ、取り敢えず少し『ヒーリング』かけてやるから」
「ありがとうございますー。わたしの杖はラウラに没収されちゃったんです」

メイジが平民に杖没収されるなよと思いながら『ヒーリング』をかける。痛んだ筋繊維の内カルシウム漏れを起こしている箇所を修復し、漏れ出したカルシウムを筋肉の中から除去。カルシウムは筋肉痛の原因だ。更に乳酸が過剰に蓄積しているようなのでその内のいくらかを血液中に流す。その内肝臓がブドウ糖に分解するだろう。

「ふああ・・・楽になりました。ありがとうございます。ウォルフ様は完全には直さないですよね」
「せっかく筋トレしたんだから身にならなかったらもったいないじゃん」

 丁寧に全身の状態をチェックする。大体まあ、この位で良いだろうというレベルまで治療した。

「あ、ウォルフ様勝手に治療しないで下さい。サラの身になりませんよ」
「ひうっ」

背後からラウラが声をかけてきて、ウォルフが診ていたサラの背筋が一瞬で硬直した。

「いや、筋トレの効果は残しつつ酷い痛みや疲労を取っているだけだから大丈夫だ」
「そんな事が出来るんですか、魔法って便利ですねえ」
「こんな細かい事出来るのはウォルフ様くらいですよ。それよりラウラの教え方は厳しすぎます!こんなんじゃ誰も習いに来なくなっちゃいますよ」
「ふーん」

 サラがウォルフの陰に隠れながら抗議する。相当にラウラが怖いらしい。ラウラはそんなサラを全く気にする事もなく冷蔵庫から水を出してグラスに注いでいる。

「ラウラ・・・まさかとは思うが、顧客にもそんな教え方をしているのか?」
「まさかあー。お客様にそんな事しませんよ。商会の子とか無料でレッスンする人限定です」
「ああ、それならまあいい、か?」
「良くないです! ウォルフ様頑張って下さい」
「だってですね、どうも自分でお金を払ってない人って真剣みが足りないって言うか、何かぬるいんですよ。サラだって昨日あたしが覚えておいてって言った事殆ど覚えてこなかったし」
「う・・・」

ちらりと横目でサラを見る。サラは思いっきり顔を逸らした。

「まあ、そう言うのもあるかもな。修了した顧客の評判は凄く良いし、指導方法はラウラにまかせたよ。サラもミスしなければ筋トレしなくても良いわけだから頑張れ」
「ああっそんな・・・ウォルフ様人間はミスをするものだっていつも言ってたくせにいー!」
「それを理由にして努力を放棄して良いって事じゃないから」
「ああ、鬼、鬼が二人に・・・」
「何も泣かなくても良いじゃないか。サラがグライダーの操縦を習いたいって言ったんだぞ」
「うう・・・こんな筈じゃなかったのに・・・」

 暫く落ち込んでいたサラだったが夕食時にはもう復活していた。
気持ちの切り替えを済ませ、真面目に勉強して早く操縦を覚えてしまった方が得だと判断したのだ。やけくそ気味に夕飯をモリモリと食べていた。

 この日はウォルフも一日中グライダーに乗りっぱなしで疲れていたし、サラは言わずもがななので早めに就寝した。



 翌日もウォルフは早朝から鉱脈探査に向かった。今日の供は昨日も来た商会の土メイジ・ジルベール一人だ。
メイジと言ってもドットで、はっきり言って魔法の方はたいしたことない。しかし、鉱物好きというか結構詳しいので雇用してみたのだった。
 早速二人でグライダーを飛ばし昨日鉱物の反応のあった蛇紋岩地帯を入念に調査する。
 その調査方法はひたすら当たりをつけた所の岩を『ブレイド』を使って切り出しその組成を詳しく調べるというものだ。そして調べたデータを元に鉱脈を予測し、更に詳しく調べ『ディテクトマジック』で確認する。アスベストが岩石中に含まれている場合があるので、防塵マスクを着け風の魔法を併用しての作業だ。
中々時間の掛かる作業で、この蛇紋岩の一帯を調べ終わるまで少なくとも三・四日は掛かりそうだった。

 初日から中々有望な鉱脈も見つかってはいるが、クロムやニッケルは今のところ利用方法が限定されているので直ぐに儲けにつながる事はない。クロムやニッケルを使ってステンレススチールを作ったとしても固定化の魔法があるこの世界ではそれ程の価値が認められるとは思えないし、精々ウォルフの負担が減るだけだ。
今後大量の需要が見込まれるアルミニウムに比してまだまだメッキや機械部品の一部にしか需要がないクロムなどはウォルフの負担軽減という観点から見て魅力が少ない。もし今回の調査地域でボーキサイトが発見できなければ契約はせず、他の地域の調査を申請するつもりだ。
 一日働いて、工場へと帰る。結構疲れたが、まだまだ調査は始まったばかりだ。

「あ、ウォルフ様お帰りなさい」
「おお、ただいま。ん?今日は疲れてないの?」

 サラが出迎えたが、昨日と違って元気だ。
話を聞くと今日は午後からラウラが他の顧客に付いたので楽だったらしい。教官によってそんなに指導方法が違うのもどうかと思うが、基本サラは教官の手が空いている時に授業を受けているので仕方がない。
 そんな話をしているとラウラも授業が終わったらしく帰ってきたが、サラが何を見たのかラウラを見るなり非難を浴びせた。昨日はあんなに怖がっていたくせに一日経ったら随分と威勢がいい。

「ラウラ!今日顧客のおじさんを踏ん付けていたでしょう、教官だからってああいうのは良くないと思います!」
「あら?誰にも見られない所でやってたつもりなのに」
「見えなければいいってもんじゃありません!商会の責任問題になります!」
「あの人は良いのよ、その方が喜ぶの」

一体何をしていたのかとウォルフは頭を抱える。ラウラはまだ十四歳の筈なんだけど。

「そんなわけ無いでしょう!とても立派な紳士だったじゃないですか!きっと今頃凄く怒って・・・」
「サラ、サラいいから」
「え?ウォルフ様どういう事ですか?」
「そういう人も世の中にはいるんだよ。サラはまだ知らなくて良いから放っておけ」
「・・・?」

分かってないサラをおいてラウラを引っ張り二人だけで話を聞く。

「ちょっと、ラウラ本当に大丈夫なのか?お前いつからそんなキャラになっちゃったんだ」
「大丈夫ですよ。最初はおしりを触ってきた人が居たんだけど、思わず蹴飛ばしちゃったら何か喜んじゃって。今の人で三人目だけど、もう目を見れば直ぐに分かるようになりました」
「そ、そうか、お互い納得しているなら良い・・・のか?」
「ポイントは思いっきり軽蔑した目で見てあげる事ですね。皆さん良く言う事を聞いてくれますし熱心ですから教える方としては楽です」
「ラウラが何だか遠い所へ行っちまったよ・・・」

ウォルフは遙か彼方ガリアの空の下にいるラウラの両親に心の中で詫びた。

(すまん、ホセ。お前の知っているラウラはもういなくなっちゃったのかも知れない)

「・・・いや、やっぱりダメだ。目つきや口でならまだ良いけど、踏み付けるとかの直接的なプレイはやめてくれ。そういう濃い人が集まってきても困るし」
「プレイって何ですか、プレイって。ちゃんとした指導です」
「手や足が出てる内はちゃんとした指導などとは言わん。とにかく、ウチは直接体罰禁止。いいな?」
「うーん、分かりました、目つきや口でですね?」
「それと、今後は素質のある人の担当になってもわざわざ開花させないでくれ」
「それはちょっと難しいんじゃ・・・花というのは太陽と水が有れば咲くものですよ?」
「・・・一応、気に留めといてくれ。ちなみに、今日の顧客って誰?」
「隣の領のフォン・シリングス様です」
「・・・家臣の人?」
「伯爵様ご本人です。今日の帰り際、家族の方の分って仰ってグライダーを三機追加注文して下さいました」
「・・・」

 人間って分からない。
本当は一番に研究すべき対象なのかも知れないが、ウォルフにとってあまりに複雑すぎて、何から研究を始めればいいのか分からなかった。




2-11    開発三昧



 蛇紋岩帯の調査には結局三日かかった。
結局利用できそうなのはクロム鉄鉱と珪ニッケル鉱だけで、様々な鉱物が産出すると言われる蛇紋岩帯ではあってもツェルプストーが重要な鉱脈と見なしていない事も頷けた。調査地域で一番有望なここでさえこんな有様なのだから他の所も通常の鉱物資源はあまりないのだろう。
しかし、ウォルフにとってはクロムとニッケルは欲しかった物であるのでこの結果で良しとする。これから採掘方法や精錬方法を研究しなくてはならないが、魔法があれば何とかなるだろうとは思っている。

 次にウォルフ達が向かったのは調査地域南東方面の国境に近い草原と小規模な森が混在する平野部地域である。
 ここはボーキサイトの最有力候補地だ。ライヌ川での調査から考えてここで見つからなければもっと上流の地域を調査申請するつもりでいる。一応イェナー山で深深度調査をしてからではあるが。
この平野はトリステインの方まで広がっていて向こう側もこちらと同じ地質と思われ、平野部の中央西寄りを流れるライヌ川が国境となっている。川岸は比較的新しい堆積物が積もっていて地下構造が分からない。仕方ないのでここでも片っ端から掘っていくことにする。

 平野の中で川から離れた地点を選び、ゴーレムを使って穴を掘っていく。工作機械を作って持ってきたかったが時間がなかったからしょうがない、ほぼ魔法頼りだ。
ある程度縦に掘り進んだら穴の上に櫓を組み、滑車を使って掘り出した土を排出する。国境の川から離れた地点で掘り始めたのだが、いきなりボーキサイトの層に当たった。地表から僅か三メイルほどの地点に地面と平行にボーキサイトの層が広がっていた。
 まあ有るだろうとは思っていたがやはり発見できると嬉しい。続いてこの鉱脈がどの程度の規模であるのかを調べる為に他の地点の調査もする事にした。
二十メイルくらいまで掘り進め、地層を観察して次の地点に移る。今度は五メイルくらいまで掘り進め、地層が前の穴と代わらないようだったら次に移動する。
その後二日掛かって何カ所か穴を掘り、鉱床の広がり具合を検証した。残念ながら調査地域の埋蔵量その物はそれ程でもなく、国境を越えたラ・ヴァリエールの方に広がっていると思われた。

「ふう、うまくいかないものだな。他も似たようなものだろうし、ここで良いか」
「そうですね、まあせっかく発見できたんだし良いんじゃないでしょうか」
「ただ、あっちの鉱床の方が大分広そうなんだけどなあ。ラ・ヴァリエールの開発は無理だよねえ」
「絶対に無理です。元々開発とかが嫌いなお国柄でもありますし」

 グライダーや自動車に使う分くらいのボーキサイトならこの区域からの採掘量でも当面は間に合いそうなので、もうここで開発を申請してしまう事にした。何せウォルフは急いでいた。
イェナー山の探査はまた後で採掘機を開発してから行う事にした。魔法だけで深深度探査などは大変すぎる。
この日ボルクリンゲンに帰ってから商館長フークバルトに報告し、正式に開発を始める事を告げた。
鉱山開発を行う為に設立する会社の事や人員、採掘方法などを相談しているとデトレフが様子を聞きに来た。

「おお、ボーキサイトが見つかりましたか。それは重畳」
「はい、ありがとうございます。それで、採掘方法などを技官の方に相談したいと思ったんですが」
「発見場所は深いのですか?」
「いえ、三メイルほどの深さです。上には土が被っているだけですね」
「それなら楽そうですね。では、明日また我々もご一緒しましょう」
「お願いします。見て貰った方が早そうですから」



 翌日、再び二機のグライダーを仕立て発見現場へと向かい、最初の穴の近くにグライダーを駐めて穴の前まで来た。
デトレフはいつものごとく興味津々であったが、技官の方はそれ程熱心ではなかった。ボーキサイトは今のところガンダーラ商会のみが有効利用出来る資源なので熱意を持ちにくいのだ。秘薬屋で売っていたのも変わった石、と言う理由だけだ。

「なるほどこんな風にあるんですなあ。岩山をいくら捜しても無いはずだ」
「まあ生成過程が全く違う物みたいですから」

熱心に穴の横に積み上げられている掘り出されたボーキサイトを魔法で精査するデトレフ。技官の方はもう穴の中に入って直接地層を検分していた。

「本当に地面から直ぐの所にあるのですね。これでしたら、採掘方法も何も無いでしょう。上の土を全部どけてしまってボーキサイトを掘り出すしかないと思います」

直ぐに穴から出てきた技官が告げる。鉱床の厚みは八メイルほど。それが三メイルの深さから始まっているので他に方法など無いように思えた。取り敢えず彼の経験ではこんな鉱床を扱ったことは無い。亜炭の採掘現場も相当浅い地層だったがここよりは深かった。

「やはりそうですか。こういうタイプの採掘用機械とかは開発されているのですか?」
「いや、ありませんよ。鉄鉱石や石灰などはやはり露天掘りですが、その都度採掘現場に合ったゴーレムを使っています。ただ、こんな全くの平地にある鉱床というのは私も初めてですね。亜炭などでこの様な鉱床を見たことはありますが、亜炭をわざわざ掘り出そうという者はいませんし」
「そうですか・・・となると自分で開発するしかないですねえ・・・」

どうやら削岩機にショベルカー、ブルドーザーやダンプカーも開発しなくてはならないみたいだ。ちょっとアルミが欲しいと思って始めた鉱山開発だがまた時間が掛かりそうだ。

「大型のゴーレムが使えそうですから平民を使って掘るよりもその方が効率が良いでしょうね」
「ガンダーラ商会がどんなものを開発するのか興味がありますなあ」
「いやあ、そんなに大した物を作るつもりはありませんよ。ちょっと今忙しくて時間が取れないものですから」

そう言いながらもウォルフは分割思考でどんなものにするかを考えている。将来的には油圧で駆動するアームを装備させたいが、当面はゴーレムの変形仕様で良いだろうと判断する。
そうすると新たに開発する技術としては無限軌道(キャタピラ)くらいかと少し安心した。ゴーレムが"歩く"という動作は結構エネルギー効率が悪く、土石の消費が多くなる要因なのでそこは改善したい。ゴーレムの転倒事故もなくなるし。

 デトレフや技官に来て貰ったが結局分かったことは自力でこれを掘り出してアルミニウムにまで加工しなくてはならないということだけだった。
多少落ち込んでいるウォルフに技官が耳寄りな情報を教えてくれた。

「ボーキサイトの下層にカオリンがありましたね。あれは磁器などの焼き物に使えますから一緒に採掘すると良いでしょう」
「ああ、あれは磁器に使えるのですか。ありがとうございます、知りませんでした」
「おや、珍しい。ド・モルガン殿でも知らないこともあるのですな」
「いやいや。そんな、何でも知っているわけではないです。秘薬屋にも無かったし、初めて見るものですよ」

 技官が教えてくれたのはボーキサイトの直ぐ下の層の白い石の層についてだった。アルミニウムの含水珪酸塩鉱物だというのは分かっていたが、ハルケギニアで既に利用されている鉱物とのことだった。
ハルケギニアでは磁器が既に開発されている。技官の話では最近コークスを利用した大掛かりな窯がボルクリンゲンに建てられたので、磁器の素材であるカオリンは結構需要があるとのことだ。
これまでの所、現金収入に繋がりそうなものが何も発見できていなかったので、売れそうなものが発見できたのは嬉しい事だった。経費のことでぶちぶちとタニアに文句を言われるのは嬉しいことではない。

 これ以上ここにいてもする事はないので、もう切り上げて帰ることにした。
チラッと見に行っただけであまり何もしなかったので、帰りに少し寄り道してツェルプストーが直営で石灰を掘り出している鉱山を見学させて貰った。ゴーレムを駆使して大々的に山を切り崩しており、色々と話も聞けたので今後の参考にするつもりだ。
 この鉱山の端で廃棄されている鉱石の中にマグネシウムを多く含んだ鉱石であるドロマイトを見かけたので研究用にと技師に断って貰って帰った。マグネシウムも今後欲しい金属である。
ボルクリンゲンに帰り商館長のフークバルトと相談し、ボーキサイトの採掘用機械と精錬準備が整った段階でツェルプストーと契約を結ぶ事にした。デトレフにもそのように伝え、内諾を得た。
 予定の一週間には一日早いがアルビオンに帰り、さっさと採掘用機械を作ってくることに決めた。




「じゃあまたね、ラウラ。私は中々ゲルマニアまでは来られないから、次にいつ会えるかは分からないけど」
「ちゃんとウォルフ様に頼んで時々グライダーに乗せて貰うのよ?飛んだら飛んだだけうまくなるんだから」
「うん、がんばる。いろいろありがとう」
「ふふ、随分良い子になったわね、リナによろしくね?」

 翌日早朝いざグライダーで飛び立とうしているだが、ラウラとサラが何だか抱き合って別れを惜しんでいた。二人とも涙ぐんだりして結構盛り上がってる。
サラは結構ラウラに酷い目に遭わされていたと思うのだが、いざ別れとなるとこれである。女の子は不思議だ。

「えーと、感動的に盛り上がっている所済みませんが、ラウラは来月サウスゴータに開く教習所に転勤して貰うからまたすぐ会えるよ?」
「・・・え?」
「あら、それじゃまたサラの操縦を見てあげられるわね。機体をスライドさせちゃう癖を直したかったから丁度良いわ」
「良かったなあ、サラ。悪い癖がしみ付いちゃう前に矯正してもらえるな」
「ほほ本当です・・・ねえ」

笑顔で別れることは出来たが、帰りの機中でサラの背中は少し煤けていた。




 アルビオンに着くとウォルフは真っ直ぐにチェスターの工場へと向かった。始まった頃は人の少なかった工場だが、今は樹脂生産プラントの工員や機械工二期訓練生、警備の傭兵達が大分増えていて、随分と賑やかになっている。
リナ達に出かける時に出しておいた課題は全く何も出来ていなかったが、まあしょうがないと諦めてウォルフは自分も直ぐに製図板に向かう。
作る必要があるのは深深度探索用の掘削機とボーキサイト採掘用機械であり、まずはキャタピラから設計に取り掛かった。

 最初はすぐに出来るかとも思っていたのだが、キャタピラ一つでもゼロから開発するのは大変だった。
履板をピンで繋ぎ、スプロケット付きのホイールに回して直ぐに試作品は出来たのだが、試験走行してみるといくつも問題が発覚した。
泥を噛んで直ぐに動きが悪くなったり、履板を繋ぐピンが折れたり、高速で走行すると焼き付いたりとさんざんな目にあった。ホイールから外れるというのも一度や二度ではない。自転車のチェーンみたいなものだから油を差しておけば大丈夫だろうと思っていたのだが甘かったようだ。
試験結果を受けて原因を精査し、試行錯誤を繰り返しながら改良を加える。まず、ピンに端面から穴を通し、各部をきちんとシールして潤滑油を封入。同時に泥などの侵入を防ぎ、さらに浸炭処理後に焼き入れを行うことにより靭性の確保、耐摩耗性の改善を果たした。
改善が施されたキャタピラはスムースに走行し、泥の中だろうと崖のような坂道だろうともう調子が悪くなるような事は無くなった。

 キャタピラが出来てしまえば後は既存の技術を組み合わせればよいので開発は早く進んだ。
走行の動力には電気モーターを用い、風石による発電機をその電力源とした。走行部は三機種共通とし、それに変形ゴーレムによるショベル、ブレード、傾けられる荷台をそれぞれ装備すればショベルカー、ブルドーザー、ダンプカーの完成である。
本音を言えばショベルカーとブルドーザーは無限軌道で良いのだが、ダンプカーはタイヤで作りたかった。しかしタイヤはまだ自動車用のものを開発中でまだ実用に至っていないので今回は諦める事にした。

 ショベルカーなどが完成したので次に深深度調査用の掘削機を作る。
シールドマシンを参考に茶筒型の本体を作る。試験採掘用なので直径は二メイルと小型にし、穴の中で自力移動できるように小型のキャタピラを四つ装備した。穴は垂直ではなく斜めに掘るつもりで、もしそのまま採掘する事になった場合索道かインクラインを設置しようと思っている。
掘削する刃には風石を使って『ブレイド』の魔法を付与した魔法具を作った。それを掘削面に垂直に突き立ててそれを回転させ円筒型に切り込みを入れるもの、回転させながら放射状に切り込みを入れるもの、掘削面に対し斜め付き入れてそれを回転させ岩盤から切り離すものと三種類に分けて装備し、一回の操作で十五サントほど岩盤を掘り進むことが出来るようにした。
掘削面の下部には掘り出された岩をかき集める機構も付け、その岩はベルトコンベアで掘削機の後方に排出され、全ての動力には他の機械と共通の風石発電機から電源を得ている。
この掘削機はメイジに操作させ、出水や落盤防止に対応させるつもりだ。
試験掘削をチェスターの工場地下で行ったが付与した『ブレイド』がウォルフ方式の為固い岩盤にも負ける事無く、一時間に二メイル以上も掘ることが出来た。どちらかというと岩の排出の方が大変だった。

 岩を地上に排出するのはスキー場のリフトの様な索道を作った。地上に動力となる風石回転盤を置き、リフトの椅子の部分をバケットにした構造だ。一台ずつは排出できる量は少ないが、連続して排出できるのと、構造が簡単でメンテナンスが楽なのが利点だ。
坑道の左右を上り線と下り線が行き交い、下部の滑車はワイヤで掘削機と固定してあるので万が一掘削機が落下しそうになってもそれを防止することが出来る。

 最後に取り掛かったのはアルミニウムを精錬する為の施設の設計だ。
まず現地でボーキサイトからアルミナにまで加工して、ボルクリンゲンでメイジを雇いアルミナからアルミニウムを精錬するつもりである。 
 ボーキサイトからアルミナを得る為に必要な水酸化ナトリウムであるが、既にイオン交換膜を開発済みなので伯父レアンドロに教えた方法ではなく塩化ナトリウム水溶液の電気分解によって得るつもりである。  
ちなみにイオン交換膜の原料であるベンゼン、エチレン、スチレン、硫酸は既に全てガンダーラ商会で生産しているので、製造するのに触媒以外は魔法を使用していない。
電力の確保にはボルクリンゲンにチェスターにあるのと同じ型の風力発電機を設置する事にしているので必要な部品をこちらで作り、送ることにする。羽根についてはFRPで作るので前回作った雌型をボルクリンゲンに送り、工場で作らせるつもりだ。
現地の反応槽の製造や沈殿池の設計、水酸化ナトリウムの電解槽の設計などを済まし、水酸化ナトリウム水溶液や塩酸を輸送する為のポリエチレンタンクも作った。

 全てを揃えボルクリンゲンに送ったのは約三ヶ月後のことで季節は既に秋になっていた。
ラウラはとっくにサウスゴータに転勤してきていて元気に働いている。サラはラウラが来るまで時間を見つけては真面目にグライダーの操縦を練習していたので、もうしごかれずに済んだらしかった。

 リナも姉であるラウラとの再会を喜んでいたのだが、スターリングエンジンの方は全然開発が進んでおらず、リナは随分とスランプに陥っていた。最近ではスターリングエンジンの開発よりも息抜きと称して自分の趣味の編み機を開発していることの方が多い位だ。
機械の構造などでは天才的な所を見せはするが、材料知識が少なすぎる為現状ではこれ以上どうにもなりそうになかった。
 
「もうこれ以上効率なんて良くならないと思います。もうこれは諦めて、あの風石発電機で良いんじゃないですか?」
「うーん、確かに行き詰まっているみたいだな」

 リナは自分の提出したレポートを読んでいるウォルフにこぼし窓の外に目をやる。そこではトム達男子が試作した自動車を楽しそうに試運転していた。
予定していたスターリングエンジンが出来ていないのでそのかわりに風石発電機を搭載し、ここの所ずっとタイヤのテストを繰り返している。
 ウォルフはどこか寂しげなリナにチラリと目をやり、またレポートに目を落とす。
 一番の難問はシリンダとピストンの気密を保ちつつオイル無しで低摩擦を達成しなくてはならないことで、通常の金属を材料にした場合に考えられる大抵のことは既に試していてリナが諦めるのは無理もないと思った。
しかしウォルフとしてはまだ低摩擦セラミックスのシリンダライナやプラズマ溶射機でモリブデンやシリコンなどを配合した低摩擦合金をコーティングしたピストンリングなど試したいことは沢山あるので諦めるという選択肢はなかった。
ただしどれも皆それなりに時間が掛かりそうで、調査をしたきり三ヶ月も放っておいて開発する気はあるのかとツェルプストーにせっつかれている現状では今すぐにというわけにはいかない。

「風石発電機も構造は簡単だし効率は良いけど、小型化が難しいからなあ。風石もどんどん値上がりしているし・・・最近セグロッドの売り上げも伸びが鈍ってきたってさ」
「じゃあ、どうしろって言うんですか」

リナがプーっと膨れる。視線は外を見たままだ。

「今度ゲルマニアから帰ってきたら一緒に開発しよう。ちょっとまだ試してみたいこともあるし」
「じゃあ、あたしはウォルフ様が帰ってくるまでぼやっと待っているんですか?ぶー」
「安心しろ、君にそんな暇はない」

ウォルフはニヤッと笑うと機械の構造が描かれたメモを取り出した。

「これはコンプレッサーと言って空気を圧縮する機械だ。まずはこれを作ってくれ」

 それはレシプロコンプレッサーの概略図であった。
タイヤに空気を入れる為に必要だし、冷蔵庫など様々に応用が出来る機械だ。窒素ガスやアルゴンガスを空気から得るのにも使用する。リナに図を示しながら構造を説明していくと直ぐに理解してくれ、その目もだんだん輝いてきた。

「うん、これなら割と簡単に出来そうですね。スターリングエンジンの経験が役立ちそうだし、これまで持っている技術だけで何とかなりそうです」
「それはよかった。まだ試作だから必要な出力とか考えなくていいよ。今ある材料で出来そうなのを作ってくれればいいから。で、それが終わったら・・・これも頼む」
「にょ?」

引き出しを開けるとそこからバサッと机の上に設計図の束を出した。

「何時までもネジを旋盤で切ってる場合じゃないからな。ヘッダーと転造盤だ。よろしく」
「にょにょお?ヘッダー?転造?」

設計図を手に取り広げて見ているリナに概要を説明する。要は冷間圧造によりネジを量産する機械だ。

「ぬぬ、これも作れそうです、ね。これ凄い力が掛かってそうですけど、動力はゴーレムを使うんですか?」
「そのつもりだったけど・・・別にモーターでも出来そうだな・・・あ、リナ作っといてくれる?」
「にょにょにょ!?]
「あ、あと油圧駆動システムも作りたいと思っていたんだった。歯車ポンプと油圧シリンダも簡単な図面を引いてあるから時間があったら試作してみてくれるかな」
「にょにょにょにょ!?」

さらに新たな設計図を取り出しリナが持っている図面の上に重ねて渡す。リナはもうそれを広げようとはしなかった。

「ちょ、ちょっと待って下さい!ウォルフ様どんだけ長くゲルマニアに行っているつもりですか!」
「えーと、今回はアルミニウム精錬が軌道に乗るまでと深深度の試験採鉱だから・・・一ヶ月位だと思う」
「それっぽっちで、こんなに作らせる気ですか・・・どんだけー」
「暇なのが嫌そうだったじゃないか。まあ、動力がゴーレムでも良いから転造盤までは作ってて欲しいかな」
「うい、頑張ります」

リナはくるりとウォルフに背を向けると材料室の方へ小走りで向かった。どうやら元気が出たみたいだ。

 リナが材料室に消えるのを見送るとウォルフは外に出て自動車を試運転させているトム達に合流し、一緒に各部をチェック。何点かアドバイスを伝えるとそのままグライダーに乗ってゲルマニアへと旅立った。



「おーい、リナ。お前も自動車乗ってみないか?面白いぞ。どうせ行き詰まっているんだろ」

 トムが一人製図室に籠もっているリナを誘いに来た。リナは製図板から顔を上げ、トムを睨みつける。

「あたし、今もの凄く忙しいんだけど。あんた達も何時までも遊んでないでこっちに人数回しなさいよ」
「え、お前最近暇そうにしてずっと織機の部品とか作ってたじゃないか」
「ウォルフ様に新しい仕事割り振られたの!あんた達使っても良いって言われてるから、あんた今暇ならあれ作ってちょうだい。材料は機械加工室に出てるから」

机の上にある図面を指さす。そこにはこの短時間でコンプレッサーの部品がいくつか書き上げられていた。

「うええ、俺今タイヤの試験やってて・・・」
「あれは元々ジムの仕事でしょう。あんたがやんなくたって良いわよ」
「う・・・何でお前元気になってんだよ」

 トムは仕方なく机の上の図面を手に取るとブツブツと文句を言いながら機械加工室へと向かう。リナはトムに目をやることもなく製図板に向かったままだった。



「あれ、リナ、こっちにトム来なかった?」
「ほふん、丁度良かったわ、サム」

 リナが製図板から顔を上げてニコッと笑いかける。サムはリナを呼びに行ったまま帰ってこないトムを探しに来たのだが、その笑顔を見た瞬間ここに来たことを後悔した。

 この日以降サムとトムが自動車の試乗に戻ることはなかった。



前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029947996139526