決戦当日。
学舎の一回に不自然に設置されたエレベータの扉の前で佇む。
「さて――準備はいいかね」
こちらを見下ろす神父の視線に、圧される様な感覚に陥る。
だが、それに負けじと腹に力を込め、ゆっくりと頷きを返す。
「よろしい。この扉を潜る者は二組。だが帰ってこれるのは一組だけだ。心したまえ」
目の前にある扉へと進む。
何の変哲も無いエレベーターの扉であるはずなのに、まるで地獄の入り口のような恐ろしいものに見える。
「――少年」
こちらを呼ぶ声に顔を向け、己の左側を見下ろす。
「……」
言葉は無かった。
隣にいるサーヴァントは、こちらを見上げて静かに頷いた。
そして自分もまた、サーヴァントの瞳を見つめ返し頷く。
やるべきことは一つ。
行くべき場所も一つ。
例え行き先が地獄だとしても、二人ならきっと大丈夫。
その思いを胸に、地獄への口を大きく開いたエレベーターへと歩を進める。
そして二人で横並びにエレベーターへと入る。
その歩みに迷いはない。
行くぞ、俺達の戦場へ――
【ブーーーーーーーー】
「ふむ、重量過多のようだ。……二人して背負っているその風呂敷の中身はなにかね」
――桜印の弁当(六段重箱)。
「ネコ缶(×100)」
「置いていきたまえ」
そんな殺生な――!
「そんな殺生にゃーー!」
ゆっくりとエレベーターが下がっていく。
「ようやくだ。あの時の借りを返してやる」
ガラス張りの壁から見える外の世界は、1と0で構成された情報が剥き出しの電子の世界。
幻想的なそれを見ながらも俺の胸にあったのはただ一つ。
「それにしてもそのサーヴァントで戦おうなんて君もよくやるね」
――弁当、食べたかったな。
「ネコ缶くらい良いじゃにゃいか外道神父め」
まったくだ。
「まぁ、不戦勝はつまらないし。肩慣らしをさせてもらうよ」
腹が減っては戦はできぬ、という言葉もあるというのにこの仕打ち。
ヒドイと思わないか。
「まったくにゃ。あ、ところで少年。お菓子あるんだけど食べる?」
貰おう。……なんか変な味のする団子だな。
「あぁ、でもわざわざ怪我をさせることもないか。……君、わざと負けないか?」
ところでバカネコ、一つ聞きたいんだが。
「にゃ?スリーサイズは上から――」
聞いてねぇよ。
「ほら、どうせ負けるんだし怪我はしたくないだろ?」
お前が持ってたネコ缶(×100)……どうやって手に入れた?
「にゃにゃ?普通に買ったにゃ」
なん……だと……?
そんな金がどこにあった。
「僕のサーヴァントは最強だからね。手加減が難しいんだよ」
「普通に少年の端末で買えたにゃー。あ、でも支払い方法がちょっと違ったかにゃ?延払いってにゃんのことだろにゃー」
ちょっと待てバカネコ。
お前いまなんて言った。
「延払いにゃ」
このバカネコが――!
「アイアンクローはらめー!頭もげちゃうー!」
「君も怖い思いはしたくないだろう?あぁ、別に恥ずかしがらなくてもいいさ。なんせ僕が相手なんだ!仕方が無いことだよ!」
延払い、その言葉が脳裏を走る。
右手でバカネコの頭を握りつぶしながら左手で端末を操作する。
幾度かの操作を行い、その行為に従い端末の画面が変わる。
愕然とした。
画面に映った文字に背筋が凍る。
ガクガクと膝が震える。
だらだらと汗が滲む。
「しょ、少年。どうしたのにゃ!?」
「くくっ、そんなに震えて。怖いんだろう?なに、わざと負けるんなら痛い思いはさせないさ――」
来る。迫ってくる。
恐怖が、絶望が、重く圧し掛かって俺を潰そうとする。
遠い未来から俺を殺そうとするソレは、容赦も慈悲も無く迫ってくる。
画面に映る文字、それは襲い来る未来を映していた。
そう――
【お支払いは3日後です】
決済が襲い来る――!
「少年、しっかり、しっかりするにゃー!」
「――聞けよ!」
「あっはっは!シンジ、アンタまったく相手にされてないじゃないか!」
「お前どっちの味方だよ!?」
エレベーターの中央にある半透明の壁。
その向こうに2人の人物がいた。
一人は少年。こちらを射殺すように睨みつけて地団駄を踏んでいる。
一人は女性。赤い髪に鋭い瞳。顔に斜めに走る傷跡が最初に目に付くであろう。だが、例え傷があったとしても、その美貌に目がいかない男がいるであろうか、いやいない。隣にいる少年の頭をグリグリと撫でつけ快活に笑うその姿は、まるで出来の悪い弟をからかう姉のようであった。日常の中にいそうなその女性の最も大きな特徴は、大きく開いた胸元であろう。思わず目が行ってしまう扇情的な姿。全ての男が目指す遠き理想郷。受け止めて僕のエクスカリバー、などとのたまってしまいそうになる。
「少年、説明が欲望にまみれてるにゃ」
何が言いたいのかと言うと――
「にゃ?どしたの少年」
――はぁ。
「何、その全てに絶望してあたしをこき下ろすようにゃ表情とため息」
いや、なんでもない。
しかし、おそろしい敵だ。
戦いが始める前から攻撃してくるなんて――
「にゃにゃ!?すでに攻撃されていたのにゃ!?」
あぁ、恐ろしいことに俺は既に相手の術中に嵌ってしまったようだ。
魅了の魔術とはやってくれる――!
「いや、アタシは魔術なんて使えないよ」
胸がはち切れそうだ。
動悸が激しい。眩暈もする。
まるで熱に浮かされたようにクラクラとする。
こんなにも胸が高鳴るなんて、これが恋――
「あ、少年がさっき食べた団子――ネコ用だったにゃ」
――受け止めて僕のえくすかりぱー。
「少年――!?」
見苦しいところをお見せした。
「まったくだよ。まさか戦いの開始前にマスターが吐くとか前代未聞じゃないかい?」
まったくだ。よもや自身のサーヴァントに攻撃されるなんて思わなかった。
先ほどまでの熱に浮かされたようなフワフワとした感覚はもう無い。
確かに彼女は美人だが、これから戦う相手に夢中になれるほど度胸は無い。
「さて、これから殺しあうわけだが――まさかマスターが自分のサーヴァントをボコボコにするなんてね。前代未聞じゃないかい?」
はっはっは。
なに、心配しなくても大丈夫ですよお姉さん。
バカネコ――この戦いが終わったらネコ缶買ってやる。
「カルカーーン!少年!敵はどこにゃ!どんにゃ奴だろうとぼっこぼこにしてやるにゃー!」
どんな雄たけびだ。軽やかにフリッカージャブを振るな。さっきまでぼっこぼこになってたのはお前だ。
「あたし、この戦いが終わったらネコ缶を食べるんだ――」
華麗に死亡フラグを立てるな。
どうですかお姉さん。ネコまっしぐらですよ。
「一瞬で復活するなんて面白い生物だね」
はっはっは。
英霊に面白い認定されるなんて――大丈夫かこの戦争。
「大丈夫にゃ問題にゃい」
欠片も信用できない言葉をありがとう。
さて、そろそろ無視されすぎて血管切れそうな彼の相手をしてあげようか。
「良かったじゃないかシンジ。ようやく主役が回ってきたよ」
「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!」
顔を歪ませてこちらを睨む少年を正面から見据える。
今にも噛み付いてきそうなほどに怒っているようだ。
――やれやれ、短期は損気だよシンジ君。
「誰のせいだ!……ふん、まぁいいさ。どうせお前は負けるんだ。負け犬の遠吠えぐらい流してやるさ」
ふむ――さっきから舞台袖で地団駄踏んでた人のセリフじゃないよね。
「ぷすー!今更格好つけてもダサいだけにゃー!」
「シンジ、そりゃ小悪党の負けフラグだよ」
「あーもう!うるさいうるさいうるさい!」
流せてないねシンジ君。
「遠吠えに反応しまくってるにゃ」
「情けないねぇ。この程度笑って吹き飛ばすもんだよ」
「どいつもこいつも!そもそもお前はどっちの味方なんだよライダー!」
「そりゃアンタに決まってるだろ。アタシはアンタの副官だよ?金額分はきっちり働くさ。ただアタシの信条は、派手に楽しく景気良く、だからね。悪党ってのは楽しまなきゃ損だよキャプテン」
「誰が悪党だ!僕をお前と一緒にするな脳筋女!」
「あっはっは!いいね。今のはいい悪態だよシンジ」
「ちょ!頭なでるな!」
「あっはっは!」
微笑ましい限りだ。
――っと。どうやら最下層へ着いたようだな。
「――さて、行こうかキャプテン」
「ちっ!馬鹿にしてくれた借りは戦いで返してやる!」
――さりげなく全部こっちのせいにされてしまった。
「9割がたこっちのせいだけどにゃー。……行こうか少年」
あぁ――行こう。
辿り着いた最下層。
聖杯戦争の決闘場。
海を模したコロッセオは、見惚れるばかりに美しい場所だった。
だが、そんな景色に見とれる余裕など無い。
対峙する敵、ライダーの威圧感に押しつぶされそうになる。
先ほどまで笑い話をしていた時のような穏やかさは欠片も無い。
彼女は確実にこちらの命を狙っている。
だが、怯まない。
こちらとて一人じゃない。
前に立つ自分のサーヴァントは、己の腰よりも低い体躯の小さい存在だが、その背中は頼もしさに溢れている。
戦場に緊張感が漂う。
いつ始まってもおかしくないほどに空気が張り詰める。
知らず滲んでいた汗を拭い、始まる戦いに集中しようと意識を高めている。
そのときだった。こちらを睨んでいた対戦相手のマスターが声をかけてきたのは。
「……始める前にさ、一つ聞きたい」
彼も緊張しているのだろうか。
なんだかんだ言っても英雄の戦いを前にしているのだ。
こちらを小馬鹿にするように軽薄な物言いしかしなかった彼も、自分と同じように緊張と闘志で溢れているに違いない。
問われた言葉を促すように、相手に頷きを渡す。
だが、一切の隙は見せない。
いつでも戦いに順応できるように意識は逸らさない。
この質問は、本当に質問なのか、はたまたこちらの隙を伺うためのブラフなのか――
おそらく、後者。
戦いが始まる寸前に言葉をかけるなど愚の骨頂。
さすがは聖杯戦争のマスターに選ばれた存在だということか。
油断も隙も無い。
だが、答えてやろう。
それがブラフであろうと、純粋な問いかけであろうと、既に臨戦態勢である自分に油断はない。
今まさに、戦士たる心得を持つ俺に……
――何を聞きたいのかなシンジ君?
「――なんで体操服なんだよ!?」
――これが俺の持つ最高の礼装だからだ。
【 E:強化体操服 】
【 E:強化スパイク 】
「さっきまで制服だったろ!?」
君等がエレベーターから出て行った後に着替えた。
「どんな早着替えだよ!?僕等が出てから一分もたってないぞ!」
――制服の下に着ていたのさ!
「小学生か!?」
「あっはっは!いいね、戦いを前に余裕を見せられるのは良い男の証拠だよ」
「笑ってないでさっさとあの馬鹿を倒せライダー!」
「――了解、キャプテン」
――来る!
倒せ、その言葉を聞いた瞬間にライダーがこちら目掛けて襲い来る。
十分に距離があったはずなのに、一瞬にして詰められる。
「行かせにゃいぜー!」
それを迎い打つ様に己のサーヴァントも打って出る。
マトウシンジと俺の間にある距離、その中央付近で交差する二人のサーヴァント。
「ハッ――派手に行くよ!」
ライダーの構えた二丁拳銃。
狙いを定めず流れるように弾丸が放たれる。
端から見ていると、構えも狙いも適当な射撃に見えた。
だが、それは間違い。
彼女は人在らざる者。そのでたらめな射撃は、英霊たる彼女の戦闘経験を持って必殺の一撃へと練り上げられる。
「にゃふー!」
ダン、ダン、と激しい音を上げる拳銃。
それに対し、己のサーヴァントは奇声を上げて動き回る。
その速さは、さすがネコ科と言ったところか。
人の持ち得ない俊敏性。
ライダーの向ける銃口からうまく逃げ続けている。
右に左に、時には飛び上がり、時にはジェット噴射で滑空し、時にはムーンウォークでフェイントを掛けている。
ライダーの踊るような立ち回りに、こける様に逃げ続ける俺のサーヴァント。
確かに見た目は無様かもしれない。
だが、あのふざけた動きで英霊の攻撃をこうもさばけるだろうか。
理解した。
あのバカネコもまた――英霊と呼ばれるに相応しいということを。
「――ふ」
「にゃっふっふ」
攻防が止まり、サーヴァントがマスターの傍へ戻ってくる。
ライダーは軽い笑みを、そしてバカネコは怪しい笑みを放っている。
あれほどの攻防をやっておいてまだ余裕のある2人。
これが、英霊。これがサーヴァントか――!
カランカランと、空薬莢が転がる。
俺には先ほどの攻防で幾つの弾丸が放たれたかなど理解できなかった。
だが、地面に転がる空薬莢の数が、ライダーの銃撃の激しさを物語っている。
その数――17。
空薬莢の数に戦慄する。
ライダーの持つ銃は、どうみても連射に向いているように見えない。
現代の銃と異なり、一発撃つ度に弾を詰めるという作業が発生するはずだ。
にも関わらず、連射されるように吐き出されていた先の攻防。しかもその数、17。
冷や汗が滴る。
これがサーヴァントの戦い――!
そっと、己の前に立つサーヴァントを見る。
先の交差で、幾つの弾を避けれたのか――
「そう心配するにゃ少年。あたしは楽勝だぜー」
様子を伺う俺を気遣ったのか、いつもと変わらない声をくれた。
その声にほっと、安堵の息を漏らす。
どうやら俺のサーヴァントは先の攻防を凌ぎきったようだ。
「やるじゃにゃいかボインパイレーツ」
「そういうアンタは――やらないねぇ」
「にゃ?――おぶぱ!?」
鮮血が舞う。
激しく飛び散る血に、己のサーヴァントが先の攻防で傷を負っていたことにようやく気づく。
――大丈夫か!?
倒れ伏すサーヴァントに駆け寄り、体を起こす。
酷い有様だった。
血が止まらない。
明らかに銃創である傷がそこかしこに刻まれている。
その数――17。
……全部当たってるじゃないかバカネコ――!?
「しょ、少年……」
虫の息とはこのことか。
つい先ほどまでの余裕など欠片も無い。
――おい!しっかりしろ!
抱き上げて声を掛けるが、その顔はもはや――
「……さ、最後に……少年に――」
なんだ、何を言いたいんだ!?
「実は……」
「延払いで買ったネコ缶――200個にゃ」
――ふざけろテメェ。
抱き上げたバカネコを頭から落とす。
「にゃー!?もっと労れにゃー!」
全然余裕じゃないかお前。
傷はどうした。
「にゃ?寝返り打ったら治ったにゃ」
どんな体の構造してるんだよ。
……無事で良かった。
「やれやれ……あれで無傷かい」
「ちっ!ライダー!本気出せよ!」
「アタシは何時だって本気さ。宵越しの弾は持たない主義でねぇ」
「なら――コードキャスト・スキル強化!やれ、ライダー!」
「あいよ――カルバリン砲用意!しっかり狙いな!」
背筋に悪寒が走る。
相手に視線を向けると虚空に大砲が浮かんでいた。
大口を開けてこちらを狙っている。
やばい、圧倒的にやばい――!
驚愕に目を見開き、放たれるであろう砲弾に恐怖する。
「嵐の夜(の始まりだ――!」
空気を破裂させるような爆音。
向けられた悪意。
迫り来る死。
見開いた瞳に映ったのは……
――俺を庇うように飛び出したサーヴァントの背中だった。
<あとがき>
珍しく暦通りに休めたのですかさず投下。
次回、ようやく一回戦が決着です。
このペースだと終わるのどんくらいかかるの?とか思ったのは秘密。