ご注意:fate/extraCCCの超捏造短編。広い心で許してください。
穏やかな風と麗らかな陽光。
風に舞う淡い花弁に見とれながら人は歩を進めている。
季節は春。
新たなる出会いに、新たなる門出に人々がどこか浮かれる中、俺は――
――道に迷っていた。
なぜこんなことになったのか、そんな自問自答をしてみても、結局は自業自得という答えに行きつく。
思う儘にあっちへ行ってみよう、こっちへ行ってみようとふらふら歩いた結果がこれなのだ。
自業自得という答え以外ないだろう。
始まりはなんだったか。
確か、降って湧いた休日に自分探しの旅に出ようと思い至ったからだったか。
自分探しとはまた思春期特有の悩み的なものだと思われるだろうが、自分にとっては割と切実な問題だ。
なんせ俺は――自分を忘れてしまっているのだから。
忘却病『アムネジアシンドローム』。
脳の機能が麻痺し、突然記憶を失ってしまう病。
俺はその病気に罹っていた、らしい。
そして治療の目途はあったものの、病魔の進行を抑えるために冷凍睡眠状態だった、らしい。
さらに運の悪いことに治療施設のあった町がテロに巻き込まれ、地下に安置されていた俺は崩壊した治療施設と共に放置されていた、らしい。
その町は崩れ落ち、今では侵入することを禁じられ放棄された場所となってしまった、らしい。
らしい、らしい、らしい。
全てが聞いた情報であり何一つ実感はないが、それが俺の自分を忘れているという状況の証明だろう。
それらの事を教えてくれたのは、見目麗しい二人の少女だった。
彼女達は俺を瓦礫に埋まった地下から救いだし、常識を教授し、日常を支えてくれた。
そんな彼女達はとても頼りがいがあり多大な恩があり、色んな意味で頭の上がらない存在なのだが、今はいない。
普段は一日中と言っても過言ではないほどに日々を共に過ごしているのだが、つい数日ほど前に慌てた様子で別の国へと旅立っていったのだ。
『やばっ、ハーウェイに感づかれた!ラニ!陽動と囮で連中を引きはがすわよ!』
『リン、私は別に追われていないので問題ないのですが』
『ここまできたら一蓮托生でしょう!?』
『私は彼と共にスイーツ食い倒れツアーに参加する予定が……』
『わたしだって食い倒れたいわよー!あのね、アンタもコイツも月の生還者だと思われてんだから関係なくないの。ほら、とりあえず別の国に行ってかく乱するわよ。ということでしばらく留守にするから、じゃあね!』
『あぁ、襟を引っ張らないでください……しばしのお別れです。生活費はこの財布を使ってください。すぐに帰ってきますから』
とまぁ、こんな感じで慌ただしく出ていった。
いまいち事情は掴めなかったが火急の出来事なのだろう。
不意に訪れた一人の時間。
何をするにも目的が無くて、せっかくだからと遠出をしてみることにしたのだ。
失った自分がどこかにあるのかもしれないと、幾ばくかの期待と初めての一人旅という興奮を携えて家を出た。
――結果が迷子だ。
知らない場所へ行くのだから周り全てが目新しいのは当然だが、まさか遠出先の宿への帰り道すらわからなくなるとは思いもしなかった。
春の陽気に誘われてあっちへふらふらこっちへふらふらなんてするべきではなかったのだ。
さて、どうしたものか。
思案を重ねていると、一陣の風が吹く。
その風に煽られて淡い桃色の花弁が空へと舞った。
幻想的な光景に見とれ、花弁が舞う先へと視線がいく。
花吹雪の辿り着く先には、小さな店があった。
オープンテラスのこじんまりとした佇まい。
白いテーブルと椅子には花弁が舞い降り、その花の淡い桃色が際立っている。
看板に刻まれた『COAST WAVE』という文字がおそらく店名だろう。
喫茶店だろうか、どこか懐かしさを感じさせるやや古びた店。
その軒先では、地面にまるで桃色の絨毯のように敷き詰められた花弁を箒で掃除している人がいた。
箒で掃く姿をぼうっと眺めていると、その人物はこちらに気付いたようで顔を向けてくる。
「こんにちわ、いらっしゃいませ」
――綺麗な、笑みだった。
淡く、消え去りそうな儚さ。
暖色系の優しい色合いのエプロンに身を包んだその姿。
40代から50代くらいの女性。
だが、初老というにはあまりにも若々しいその表情はひどく優しい。
一瞬、何に囚われたのか意識が彼方へといってしまい、こんにちわと挨拶を返すのに多大な時間を要してしまった。
そんな挙動不審な俺に対し、彼女は何一つ訝しむこともなく優しい笑顔のままだ。
「どうぞ、こちら空いてますよ?」
客と勘違いされたようだ。
こちらとしても歩き回ったためか喉が渇いており、喫茶店に寄るのは望むところだ。
ありがとうございますと返事をしながら、彼女の誘うままに店へと近寄る。
だが、ふと自分の状況を思い出す。
慌てて尻ポケットへと入れている財布に手を伸ばし中身を確認し――項垂れる。
――金が無い。
いや、素寒貧というわけではないが、迷子であるこの状況、最悪タクシーでも使おうかと思っていたので、そのための資金を残す必要がある。
生活費として貰った資金のほとんどは貴重品と共に宿へ預けているので、持参している資金は必要最低限だったのだ。
タクシー代がいかほどになるのかわからないため、ここでの出費は控えるべきだろう。
がっくりと肩を落としたまま、女性へごめんなさいと謝る。
「あら、ご縁がなかったのかしら?そうね……それならお客様ではなく、おばさんの休憩に付き合ってくださらない?」
そう言って、彼女はオープンテラスに設置された一組のテーブルと椅子を進めてくる。
どういうことなのかと、首を捻ると彼女は笑顔で言ってくれた。
「一人だとお茶も寂しいの。おばさんの暇つぶしに付き合ってくれると嬉しいわ」
笑顔でされた提案に思わず頷いてしまった。
白いテーブルを挟んで向かい合って座る。
テーブルの上には紅茶とクッキー。
甘い匂いに誘われて、クッキーを口に含めば予想を裏切らない、いや、予想以上の旨さだった。
サクサクとした食感を楽しみ、喉を紅茶で潤す。
紅茶もまた予想外と言っては失礼だが、驚くほど美味しい。
もはや遠慮などかなぐり捨てて、全力で満喫させてもらっている。
なんと卑しいことか。なんて自嘲しつつも自重しない。
だって、美味しいんだもの。
「ふふ」
小さく笑われた。
いや、笑われて当然なのだが。
誘われておいて主賓そっちのけで飲み食いしているのだから。
申し訳ないと頭を下げると、お淑やかな笑い声は一層の深さを増した。
「いいのよ、ただ嬉しくて」
何がお気に召したのか、女性は本当に嬉しそうに――懐かしそうに笑っている。
俺の行動が滑稽だったのだろうか、そんな疑問と共に首を傾げていると彼女は、目を細めてこちらを嬉しそうに眺めてくる。
「貴方、とっても似ているの。私の大好きだった人に」
嬉しそうに、懐かしそうに、そして幾ばくかの寂しさを含んだ声だった。
どんな人だったのか、そう尋ねると彼女はそうねと呟きながら答えてくれる。
「30年以上前の話。高校の先輩だったのだけれど、一言で言えば――私を、見てくれた人、かしら」
意識はその先輩へと向かっているのだろう。
彼女は昔を懐かしむように目を閉じ想いを馳せている。
「どこかぼんやりしてる人で、でもすごく頼りがいがあって、なのに私の淹れたお茶を美味しい美味しいって飲む姿は子供みたいで――」
春――風に舞う花吹雪の中、高校に入学して、出会った。
出会いのきっかけは転んで怪我をしたところに先輩が手を貸してくれたこと。
保健室まで連れて行ってくれた。
そんな些細なきっかけで先輩との縁が繋がった。
夏――輝くような青空の下、二人で散歩に出かけるも暑さに負け喫茶店に逃げ込んだ。
それがきっかけで二人は喫茶店めぐりを始める。
専門家でもないくせに紅茶の良し悪しをあれこれと語った。
秋――紅葉や銀杏の絨毯を歩きながら、紅に染まる木々を眺めて綺麗だと先輩に言った。
けれど返ってきたのは芋もいいな、いや栗か、という食欲に塗れた返事。
むっとして脛を蹴ったのはきっと許されるはずだ。
冬――白銀に埋もれる町を、二人で手を繋いで歩いた。
そして、息が白くなる寒空の下で、先輩に……
――告白された。
「今でも覚えているわ。普段ぼんやりとしていた先輩の緊張した顔。私だって女の子だったもの。きっとそうだ。もしかしたら違うかも。でも……なんて、告白される側なのに緊張しちゃって。先輩の噛み噛みの告白の後、私も返事を噛んじゃったの。ひゃい!って。二人して笑っちゃったわ」
全てが幸せだった。
紡いだ時間の全てが宝だった。
女性は言葉に想いの全てを乗せて語る。
かつてあった今が、刻んだ昨日が、想いを馳せる過去が羨ましいと思った。
思って、しまった。
だからこそ聞いてしまった。
――その先輩は今、どうしているのかを。
「……」
女性は無言のまま紅茶に口をつける。
幸せだった笑顔は消え、そこには寂しさだけが残った。
「全部、消えてしまったわ」
静かな声だった。
だがそこにある感情の重さはとてつもないものだった。
閉じた瞳の震える瞼だけが、彼女の心情を語る。
「あの人、病気になっちゃったの。すごく、酷い病気。何もかも忘れてしまう、何もかも失う病気。最初は私とのデートの約束。次はいつも行く喫茶店の場所。それから私達の学校。自分の家。少しずつ少しずつ忘れていって――最後には私の名前も忘れてしまったの」
二人が紡いだ昨日は、毒に蝕まれるように消えていった。
「ヒドイ人。あんなに好きだって言ってくれたのに、あんなに好きだって言ったのに、忘れちゃったのよ」
一緒に歩いていたはずなのに、気付けば一人立ち止まっていた。
「でも治るはずだったの。治せるはずだったの。あの病気を治せるお医者様は世界でも一人だけだったけど、きっと治るはずだった。その時のためにあの人は治るまで眠ることになったの。これ以上病気を進行させないために」
同じ時を刻んでいた時計は、片割れだけが止まることになった。
繋がっていた歯車を一時的に外すことになった。
「あぁ――今でも、覚えている。先輩が眠る、その直前を。あの、言葉を」
何もかも忘れて、何もかも失って。
全てが白に染まるようだった。
『君のことも、もうわからない。名前も、性格も、思い出も、忘れてしまった。けれど、わかるんだ。きっと君は俺にとって、とても、とても大切な人だって』
――それでも、この胸に残るモノはあったのだ。
「何もかも忘れたくせに、言ってくれたの。この冬が終わる頃には眠りから覚める。きっと病気も治る、思い出せる。だから、春が来たら一緒に出掛けよう。思い出したモノを一緒に語るためにって」
全てが白に染まる寒さの中でも、この胸にあった想いはなによりも暖かかった。
「だから、約束したのよ。春になったら、二人でデートをしましょうって。私と同じ名の花を見に行こうって。その時、貴方に問いかけますからきっと答えてくださいって」
穏やかな風が運ぶ、一欠けらの花弁。
淡く儚い、花。
風に踊り、空を舞い、彼女の淹れてくれた紅茶に舞降り浮かぶその桃色の花。
『あの花の名を覚えていますか』
まるで、歯車がかみ合うように、歩んだ轍が重なるように、二人の言葉が重なった。
「――ぁ」
声にあった寂しさも、瞳にあった悲しみも全てが吹き飛んだようだ。
小さく震えていた瞼を見開き、その瞳は俺の全てを収めようと見つめてくる。
さて、なんと声をかけたものか。
言うべき言葉はきっとたくさんあるのだろう。
あまりにも、あまりにも俺は待たせてしまったのだから。
それでも、今言うべきはきっと一つだ。
「覚えているよ――――桜」
「――せん、ぱい」
「あぁ、随分と、待たせてしまったようだ」
「私、わたし、まったんです、まったんですよ?ずっと、ずっとずっと」
「ごめん」
「いつも、いつもおそいんですよ、デートだって、学校にいくまちあわせだっていつもちこくして」
「悪かった」
「ずっとずっとまたせて、わたし、もうおばあちゃんって呼ばれてもおかしくないんですよ」
「すまない」
「せんぱいの、ばか」
「ああ」
「せんぱいの、ちこくま」
「その通りだ」
「せんぱいの、せんぱいの、せんぱいの――――――」
時計は随分と遅れてしまった。
けれど、きっと大丈夫。
噛みあった歯車はもう狂わない。
「おかえりなさい、先輩」
「ただいま、桜」
――重なった手はもう二度と離さない――
~あとがき~
お久しぶりです、夏真っ只中、皆様お元気ですか?
本当はこの話、2月に既に書き終わってて、4月の桜の時期に投稿する予定でした。
でも4月終了予定の出張が延長戦でね。
いまもまだ延長中です。
一時帰社報告で半年ぶりに帰ってきてようやく自分のPCに触れました。チクショウ。
なぜノートPCにしなかったのか。デスクトップしか持っていないことを激しく公開中。
今回のお話は主人公の元になった人って冷凍されてから30年ほどしかたってないなら、縁者がまだ生きてるはずというコンセプトです。
で、その縁者が月の桜さんの元になった人だったという妄想。
月で主人公だけが桜さんの異常に気付けたのは地上の彼らの縁が繋がっていたのだとかなんとか運命的なサムシング。
EXTRA凛が凛の姪にあたるってどっかで聞いたので桜さんも存在していたとしたら年代的にも合わなくもないかな?って思ったのが運のつき。
桜さんの待つ女っぷりは最高だと思いませんか?私は大好きです。
話は変わりますがグランドオーダー始まりましたね。超面白い。
私的に所長がまさかのポンコツ可愛いだったのでワクテカしてたら一章終了でのまさかの展開でもう先が読めず楽しんでます。
グランドオーダーもクリアしたらなにかしら一発ネタ書いてみたいですね。
そんな感じでfate/goも書きたいしオリジナルも書きたいしフリーゲームの作成なんかにも手を出しているのですが――仕事で暇がない。
よもやここまで暇がなくなるとはこの海のリハクの目をもってしても以下略。
皆様とまたどこかでお会いできる日が来るとよいのですが。
では、お読みいただきありがとうございました。