5回戦を終えた翌日、マイルームでの一時。
最近は殆どを保健室で過ごしているせいか、マイルームでネコと二人きりという状況のほうが珍しく感じる。
5回戦を終え、遂に6回戦。
ベストフォー、準決勝とも言い換えていい。
128人もいたマスターも、遠坂とラニという例外を除いてもはや4人となってしまった。
今日に至るまでの昨日は、とても濃密で、ひどく苦しく、それでも積み上げてきた過去はきっと無駄ではないと言い切れる。
過去が無いと嘆いていたころが嘘のようだ。
あの日、保健室で目覚めたあの始まりの日。
あのときのような不確かで陽炎のように淡い自分などもういない。
きっと今なら、胸を張って俺はここにいると叫ぶことができるだろう。
「にゃー少年」
マイルームの真ん中で三点倒立をやろうとして腕よりも頭のほうが大きいという不具合のせいで一点倒立になっていたネコが話しかけてきた。
「そろそろさー戦争の景品も見えてきたけど、叶えたい望みは見つかったかにゃ?」
望み、望みか。
記憶がないと嘆き、過去がないと項垂れていたあのころ、俺には望みなどなかった。
だが、今なら言える。
望み、願い――転じて、欲望。
熾烈な争いを生き残り、絆を紡ぎ、友と呼べる人達と過すことで俺には確かな欲望が生まれていた。
欲望、字面だけでは負のイメージしか沸かないだろうが、俺はそうは思わない。
欲望とは即ち、明日への展望だと考えているからだ。
明日はどんなことがあるのか、明日は何が起こるのか、明日をどう過すのか。
そんな明日――未来への小さな期待がきっと望みや願いを生み出すのだ。
だからこそ、今の俺には言える。
叶えたい願いがあるのだと。
「にゃっふっふ。いい顔にゃマスター。いつかの迷子みたいにゃなさけない顔にゃんかよりよっぽどいいぜ」
一点倒立から足を揺らした反動で舞い上がり空中三回転半捻りこみを決めつつネコが俺を見つめる。
無駄に洗礼された無駄の無い無駄な動きだな。10点満点。
「拍手プリーズ。んで、少年の願いって?」
聞きたいか、ネコ。
そうだな、隠すほどではないが……
いや、だが……こんな大それた願い、誰かに口にするのは憚れるな。
「ほほぅ。にゃかにゃかでかい願いとみた。照れるにゃ照れるにゃ。あたしと少年の仲じゃにゃか。笑わないから言ってみなボーイ」
そうか、そうだな。
お前になら言ってもいいかもしれない。
だが、聞いて驚かないでくれよ?
俺自身、こんな大きな願いを抱いていいのだろうかと慄いているところなんだ。
「にゃふー!少年よ大志を抱けって言うにゃ!恥ずかしがらずにゲロッちまえ!」
あぁ、聞かせてやろう。
俺の願い、俺の望み、俺の欲望を。
それは――!
「それは――?」
――廻らない寿司屋で食べ放題とかどうだろうか!?
「どこまでも庶民……!」
言ってしまった。
なんてだいそれた野望。
言いはなった後になって足が震えてきやがる……!
「聖杯に託す願いがシースーとか、あたしのマスターがとても残念な件」
何を言うかネコ。
いいか、廻ってるシースーじゃないんだぞ。
カウンター越しの壁掛けメニューには時価としか書かれていないような店なんだぞ!?
「いっそ涙を誘うわ。ささやかにゃ願いすぎて」
そこまでいうのならば、お前の願いはなんだ。
聖杯にお前は何を願う?
「にゃっふっふ。聞きたい?聞きたいかにゃ?」
あぁ聞きたいな。
「えー、でもにゃー。ちょっとあたしのはスケールがでかすぎて、少年、腰抜かしちゃうかもよ?」
ほう。それは中々に期待できそうだな。
是非聞かせてくれ。
「よかろう。にゃらば聞け、あたしの願い、大望を――!」
大望ときたか。さぞや壮大な願いに違いない。
「あたしの願い、それは――!」
それは――?
「こたつとネコ缶にゃーーーーー!!!」
――どこまでもネコ科……!
「こんこんと降る雪景色。極寒と壁を隔てた温暖な室内。寒空の下、震えて縮こまるイヌ科を横目にこたつの中でぬくぬくしながら食べるネコ缶、マーベラス」
お前はイヌ科になんの恨みがあるんだ。
「にゃっふっふ、想像だけでご飯3杯はいけるにゃ。おっと失礼、涎がでちゃった」
存外に想像力豊かだな、お前。
しかし、主従そろってこんな願いか。
「自覚はあるのね少年」
いいんだよ。願いの大きさに貴賎はない。
まぁ、結局は聖杯に託す願いなんてないってことさ。
「ま、そんにゃところだとは思ってたけどにゃー」
そうだ、ここまで勝ち残り生き残っても、この結論に至った。
何人もの犠牲の上に成り立った願い。
そんなものを抱けるほどに、俺はまだ自分を諦めちゃいないのだろう。
自分自身で願いを叶える。その意思はまだ折れてはいないということだ。
叶えたい願いはあれどそれをなにかに縋るなど、ましてや、誰かを殺してまでに望むなど俺にはできない。
そして、ここまで歩んできた結論として、俺は思う。
犠牲を強いる聖杯戦争。
その存在は――何かがおかしい、と。
だから、俺が聖杯に願うとしたら。
――願うのならば聖杯戦争の永久廃止。それが望みだ。
「――大きく、でたにゃ」
少年よ大志を抱け、だ。
それに、聖杯は何でも叶えてくれるんだろ?
だったら可能なはずだ。
「ま、そりゃ可能だけどにゃー……その願いを持つなら、負けられにゃいぜ少年」
元より負けるつもりなどない。
この命を最後まで諦めない。
それが、俺の生き様だ。
「にゃっふっふ。いつかの泣き面ボーイが格好良くなったもんにゃ」
成長期だからな。
後は、そうだな、優勝特典にもう一つくらい願ってみようか。
「おっとっと、いきなり欲深ににゃったにゃ。何を願うのかにゃ?」
――遠坂とラニの帰還だ。
彼女等を平穏無事に地上へ還す。
「そりゃいいにゃ。ついでに月土産に月の石ころでも持たせりゃいいにゃ!」
あぁ、あとは購買のマーボーもだな。
「月土産にマーボーを渡されたら正気を疑うレベルにゃ」
販売製造月の中とか素敵だろう?
まぁ、俺もそれがお土産だったら断るレベルだが。
「にゃっふっふ」
ネコと二人で笑い合う。
叶えるべき願い。
手を伸ばす望み。
それはきっと、誰かの願いよりも小さく、ささやかなものだろう。
だが、その願いは、何よりも俺にとって大事なものになった。
だから、この歩みは決して恥ずべきものではないと。
胸を張って進むことができるのだ。
マイルームを出て、ネコと分かれて購買部へと移動する。
5回戦ではかなりの数のアイテムを消耗した。
そのため、消費した回復アイテムを補充するために購買部へとやってきたのだ。
幸いにもいくらかの資金は残っており、消費した分のアイテムを買いこむことができた。
まぁ、買い込んだ結果、また素寒貧に近い状態へと戻ってしまったわけだが。
いつの日か、買い物に苦労しない時が来るといいのだが……
いや、そこで諦めては格好が悪いだろう。
まずは小さいながらも目標を立て、全力でそれを目指そうではないか。
よし、最初の目標は、そうだな……
――ブラック○ンダー1ダース買いにしよう。
我ながらなんという大人買い。
ささやかながらも立派な目標といえよう。
新たな志も立て、意気揚々に購買部を後にする。
買い物も終えたので、保健室へ顔を出そうかと一階の廊下を歩いているとき、もはや耳に慣れたコール音が鳴った。
六回戦 対戦者【臥藤門司】
読みは、ガトー・モンジ、だろうか。
遂に始まった六回戦、準決勝。
ここまで残ったというだけで、尋常ならざるマスターであろう。
いったい、どのような人物なのだろうか。
「ほう、小僧が次の対戦者か」
その言葉に、心臓が跳ね上がった。
突如背後から降りかかった声。
振り向けばそこには巨漢が俺を見下ろしていた。
先の言葉から察するに彼こそが、次の対戦者なのだろう。
ガトー・モンジ。
次の対戦者。
俺よりも頭二つ分は大きい体躯。
素肌にジャケットを羽織るという、なんとも常識外れた格好だが、そのジャケットから垣間見える幾つもの傷を刻んだ鋼のような筋肉が、彼が只者ではないことを窺わせる。
「ところで小僧、一つ聞きたいのだが……」
次の殺し合いの相手は、敵であることを感じさせないような快活な笑みで問いかけてきた。
「金髪に紅眼の見目麗しい女性を知らんか?」
飛んできた問いは、とても敵から聞かれるような質問ではなかった。
女性の特徴を言われ、その存在を知らないかと問われる。
それは聖杯戦争に必要な事項なのだろうか。
真意がわからず戸惑ってしまう。
「おぉ、そう身構えるな若人よ。なに、決闘が始まるまでは取って食ったりせぬ。ただ我が神の所在を知らぬか尋ねているだけゆえ」
神の所在?
それは哲学的な問いなのだろうか。
神はその人の心にいるとでも答えればいいのだろうか。
「うむ、それもまた真理也!あいやしかし、小生が聞きたいのはそういうことではなく、身を隠された我が神を探しておるのだ」
ふむ、どうやら単純に人探しをしているだけのようだ。
しかし、神。
神ときたか。
今までの言葉から察するに、彼は神にあったというのか。
「然り!小生、この月の内側で穢れなき原初の女神に拝謁賜ったのだ。そう、あれは小生が予選を突破する間近であった」
なにかスイッチを押してしまったのか、巨漢は朗々と語りだす。
「予選の最後にあった、人形との決闘。小生は全てを賭けて戦ったのだが、如何せん我が肉体ではあと一撃ほど届かなかったのだ」
なにそれこわい。
もしかして予選の人形と生身で戦ったのかこのおっさん。
「うむ。あそこでアッパーが決まっていれば、小生の勝利も揺ぎ無かったが、よもやあの人形がデンプシーロールの使い手とは思わなんだ。いや、それは重要ではないのだ。人形に打ち倒された小生、もはやここまでかと神へ祈った。おぉ!神よ!道半ばで倒れる愚僧に祝福を!南無阿弥エイメン!」
その祝詞は関係各所に喧嘩売ってるからやめろ。
「すると我が祈りは神へと届き、その穢れなきビーナスをも凌駕する眉目秀麗荘厳絢爛な御姿を具現されたのだ!しかしてその後、小生に神託を与えられた!『エ、コイツ?マジデ?ナイワーショウジキナイワー。チェンジデ』と!そして、後光指す神秘のお姿はお隠れ遊ばれ、小生の元に神の使いを遣わされたのである!」
思いっきり神に拒否されていないか。
「故に神の御使いと共に、かの女神を探して三千里というわけなのだ。そういうわけで、知らんか?」
ツッコミどころ満載ではあるが、問われたからには答えよう。
金髪、紅眼の女性ね。
うーむ、その色合の女性は知り合いにはいなかったと思うが……
――ちょっと待て。
……まさか。
いや、確かに符合する。
もしかすると……
「ぬ!?覚え有とみたが如何!この迷える愚僧に答えをプリーズ若人よ!」
あいわかった。
そこまで言われては協力せんわけにもいかないだろう。
しばしまたれよ求道僧。
――こんなところにネコ缶が。
「真祖ワープ!それはあたしのにゃーー!」
右手に持ったネコ缶にバカネコまっしぐら。
そしてネコの首裏を掴み上げ巨漢へと向ける。
どうだ、ガトー。金髪紅眼の雌だ。
「むむ。確かに金髪紅眼。ハッハッハ!しかし、この頭身はさすがに――――いや待て小僧。この神気、我が神に通ずるモノあり」
「にゃ、にゃにこのおっさん。助けて少年、目が皿にになるほどの視姦にさすがのあたしも鳥肌物にゃ」
ネコがたじろぐとは珍しいな。
よほどおっさんと相性が悪いと見える。
「ふーむ。よもや、女神の御使いか?いやしかし、どうも毛色が違うな。なれば我が御使いに尋ねるか」
御使い、それはつまりガトーのサーヴァントか。
神の使いというのだから、さぞ神秘的な存在なのだろう。
いったい、どういう英霊なのか――
「ハッハッハ!我が神の御使いならば、既に具現しておる。後ろをむけぃ!」
なんだって――!?
まるで気付かなかった。
すでに背後を取られているなんて……!
ゆっくりと、心構えを作りながら振り向く。
すぐそばにいたその存在は――
――灰色の髪。
――獣の耳。
――まるで寸胴を体現したかのような体躯。
――そして、腐った魚を連想させるつぶらな瞳。
――床でネコ缶を貪るその姿。
「っべー、このネコ缶吾輩の舌にクリティカルヒット。やめられにゃいとまらにゃい。ところでカッパエビ○ンの海老と河童ってどんにゃ関係にゃんだろにゃ。吾輩的には大学の先輩後輩だと思うのだが、そこんとこどうよ、エセキャッツ」
「にゃー!?誰にゃてめーこのやろー!あたしのネコ缶貪ってんじゃねー!」
「ぬぉ!?質問に対する回答がネコパンチとは吾輩も応戦せざるをえない。キャッツNo.1を今こそ極める時がきた。チャンピオンベルトは渡さねー!」
「おぉ!2柱の使いが絡み合うキャットファイト!これまさに神話の再現!」
黒いネコ科(?)がいた。
<あとがき>
辞世の句。
準決勝 こんな絵面で 大丈夫か。
次の更新はインフルエンザが治ったら一ヵ月後。
治らなかったら今週中。
皆もうがい手洗いをしよう!
※朦朧とした頭で書いたので後日書き直すかも