船に揺られて一週間、
「ついた」
私は葦原中津国の大地を踏みしめていました。
すうっと息を吸う。私の国とは違う空気の匂い。ああ、憧れていたこの国に来たんだなあという感慨が私の胸をドキドキと高鳴らせます。
そう、私はずっとこの国に憧れていました。
私のおとうさんは貿易関係のお仕事をしているので、私の家にはいろんな国の本があって、私は子供の頃からいろんな本を読んでいました。
その中でも私が一番好きだったのは中津国の本、『神咒神威神楽』
昔々、東西に分かれていた神州、東の地、穢土におわす大天魔、八柱の夜都賀波岐。西と東の統一を目的として久雅竜胆が率いた東征軍の本当の物語というその本を、私は飽きもせずに何度も読んでいました。
他にもいくらでも似たようなお話は世界中にあるというのに、私はその話に惹きつけられていました。
そして、憧れました。このお話の舞台になった国に、その地を歩いてみたい、この目で見てみたいと。
だから、中津国の言葉を勉強しました。いつかその地に行くために、それが今現実になっている。でも、まだ、まだ本当に行きたい場所に行っていない。
「うん、行こうっと」
私は荷物の入った鞄を持って駅へと向かいました。
列車に揺られながら私は流れゆく景色を眺めます。
変わりゆく景色、刻一刻と変わっていく。留まる事無く、流れていく。
私は鞄から本を取り出してページを開きます。
『神咒神威神楽』の物語で私が一番好きなのは天魔・夜刀。東征軍に立ち塞がる敵、でも、本当はすごくいい人。そして、悲しい人。
全ての命の恩人のその人の思いは私は痛いほどわかる気がします。
美しいこの瞬間を護りたい。大切な輝き(刹那)を愛し続けたい。きっとこの人はそういう思いを抱いていたんだと思うの。
そうしてずっと耐え続けた。大切なものを護るため、そして、いつかはまた花が芽吹くことを信じて。
「海は幅広く、無限に広がって流れ出すもの、水底の輝きこそが永久不変」
私は自然と口ずさんでいました。
歌、だと思う。知らない、聞いたことがない、でも、いつの間にか私はこの歌を知っていました。
たぶん、夜刀のことを知った頃からだと思う。この歌を口ずさむようになったのは。
「永劫たる星の速さと共に今こそ疾走して駆け抜けよう どうか聞き届けてほしい 世界は穏やかに安らげる日々を願っている」
私は目的地に着くまで、なんでか懐かしくて、胸が温かくなるその歌をずっと歌っていました。
「自由な民と自由な世界で どうかこの瞬間に言わせてほしい」
そして、そこに着きました。
無間蝦夷、夜都賀波岐との最終決戦の地となった場所に。
一番、私が行きたかった場所。夜刀が覇吐と戦い、後を託して倒れた場所。
そこには東征最後の地としてモニュメントとなった赤・青・黄にそれぞれ染まった三つの鳥居があります。
ここで、戦ったんだ。
すっと目を瞑ると、その時の情景が見えるような気がしました。
自身が悪神であると言いたげな演技で覇吐と戦い、彼を高みへと導こうとする彼の姿が。
『時よ止まれ、君は誰よりも美しいから』
私がその一節を唱えると同時に誰かの声が重なりました。
え?
俺は仲間たちと蝦夷へと遊びに来ていた。
誰が言い出したのかは覚えていない。ただ、突然行こうと誰かが言い出し、あれよあれよと気づけば決定していた。
「お前が死んだ土地だからな、一度線香焚いてやらねえとな」
なんて言う馬鹿は思いっきり殴ってやった。
俺が死んだって、正確には俺の名前の元になった奴が死んだ場所だろうに。
はあっとため息を吐く。うちの親も何を考えて物語の登場人物の名前なんてつけたんだろうな。しかも、敵側の人間という。おかげでよくからかわれる。
でも、そいつの考えてることもなんとなく俺は同調できる。永遠になれない刹那が愛おしいという気持ちも、失くしたものは帰ってこないっていうのも。
まあ、この話は置いておこう。いつまでも語ることじゃないしな。
そういうことで蝦夷へと来たのだが、そこで俺はこの景色を見たことある、知っている。そんな、既知感とでも言うべき感覚を抱いていた。
どうも他の奴らもそんな感覚を大なり小なり抱いたみたいだが、その不思議な感覚は俺は別に悪い気はしなかった。
ただ、一人だけ、あのバカは「既知感だな」と少し嫌そうに言っていたが。
そして、東征最後の地のモニュメントである三色の鳥居の前。俺はそれを見ながらつい呟いていた。
『時よ止まれ、君は誰よりも美しいから』
その呟きに誰かの声が重なった。
え?
声の方を向くと、そこに一人の男の子がいました。
たぶん、歳は同じくらいかな? 男の人に言うと怒られるかもしれませんが、女の子のような綺麗な顔。
初めて会うその人に、何故かとても懐かしく思え、お互いにしばらく見つめ合ってしまいました。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
何とか挨拶を交わしますが、すぐに止まってしまいます。
ううう、どうしよう?
「えっと、この国の人間じゃないみたいだけど、旅行?」
そしたら、彼の方から話しかけてくれました。
「は、はい。欧州の方から来ました」
その問いかけになんとか答えます。
「中津語上手いな」
「えっと、勉強しましたから」
「さっきのは?」
「えっと、鳥居を見ていたらなんだかなんとなく浮かんできて……」
たどたどしく、どこか滑稽なやり取りを私は彼と交わします。
そして、
「そっか、あの本のファンなのか」
「うん、だからずっとこの国に来てみたいなって思ってたの」
いつの間にか普通に彼と話していました。
ちょっとぶっきらぼうな話し方だけど、すごくいい人。そして、
「俺は藤井夜刀、君は?」
少し恥ずかしそうに彼が名乗ります。
その名前に少し驚きながら、私は答えました。
「私はマルグリット・ブルイユ。マリィって呼んでねヤト」
それが、私たちの出会い (再会)でした。
おまけ
「あわわわわわ、夜刀が見知らぬ女の子と仲良くしてる!!」
夜刀と幼馴染の少女は口をあんぐりと開け、
「おうおう、あいつもやるねえ」
「藤井君って意外と軟派なのね」
と、どこからか出したキャメラでその様子をばっちりと取る親友とその彼女。
「ふ、不潔よ」
長い黒髪の少女がそっぽを向きながらもちらちらとそっちを見て、
「うーん、私ももうちょっと大きかったら……」
と赤い髪の少女が自身のまな板を見てため息を吐き、
「……巨乳、滅・尽・滅・相」
銀髪の若干胸が発育不良の少女が涙を流していた。
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誰かがもうやっていそうですが、つい書いてしまいました。
本編ラストのだいたい一世紀先ぐらいをイメージ。口調とか不安です。
座の交代時に先代の魂は欠片も残さず消えるという設定はありますが、それではなんか悲しい気がするので、そこには目を瞑ってください。
蓮炭の名前が夜刀なのは、たぶん神咒神威神楽最後で語られた香純の結婚を控えた友人が多分蓮だろうから、一応違う名前にしとくべきかと思ったので。ロートスは中津国の人間の名前ではないでしょうし。
チラシの裏から移動しました。理由はあくまでこれは短編であるので、ネタでも習作でもないので、こちらが妥当だと思ったためです。
Pixiv及びハーメルンでも投稿いたしました。