「俺冷静に考えたら女の子好きになったことはともかくまともに告白したことも付き合ったこともねーからこれからどうしたら良いのか分かんねーよッッ!!」
中身のたっぷり入った湯呑を机に叩きつけ、俺はそう叫んだ。
当然中身がこぼれて俺の手にかかる。アツゥイ! なんだこの茶番。馬鹿じゃねえの俺。
俺の真向かいで、深夜の食堂にてうどんをすすっていた山田先生は、それはもう大層に顔面を真っ青にさせてアタフタしていた。
「え、え……えぇ? 鈍感難聴系主人公だと思って油断してました……」
「オイオイ、俺は何でもできるハイパークール系主人公ですだよ? ちょっと多分恐らくきっと相川って俺に気があるんじゃねえかなって薄々気づいてましたよ?」
言葉にして出すと全然自信ねえじゃねえか俺。
しかし、深夜に食う豚骨ラーメンの暴力的な旨みたるや、これほど男子学生の胃袋を掴んで離さないものはないだろう。オルコット嬢の作る料理は胃袋をひっつかんで殺すからダメ。
絶句する山田先生の手元から箸がころりと落ちる。
「そ、それで……どうするんですか、告白とか」
「んー……しようかな、とはおぼろげに考えてるんですが」
「ははは……これは血が降りますね……」
「いや、そういうわけじゃないと思いますよ」
メンマを頬張りながらの俺の発言に、先生がパチクリと瞬きした。
「え?」
「候補生連中の話でしょう? あいつらだってバカじゃない。むしろ、俺が一人の女の子を好きになって、その子にアタックして付き合えたとして――その後あいつらのフォローを俺がするってのはお門違いな傲慢ですよ」
「……意外と、考えてるんですね……」
当然だろうに、俺は織斑一夏だぞ?
まあ問題はアタックの段階では邪魔が入るかもしれないってとこだが。
「つーわけで色々と考えたんですけど」
「はい」
「まず『亡国機業』を殲滅します」
「……はい?」
まあこれじゃさすがに分かんねえよなあ。
俺は人差し指を一本立てて、きちんとした説明を始めた。
「まずですね、俺が今躊躇ってる最大の理由はズバリ、俺自身の経験不足からくる不安です」
「まともですねえ」
「次に、ハニートラップに対する警戒心です」
「まともじゃないですね……」
いやいや俺の学園生活に置いて心配しなけりゃならねえこと筆頭だぞコレ。
仮に相川がハニトラだったら、もう俺、心が壊れて人間でなくなってしまう。虹の向こう側に到達しちゃうから。
「ハニートラップである場合を考慮すると、俺に対して手出しできないような状況を作り出すほかありません」
「……なんとなく、話が見えてきました」
さすが元日本代表候補生、バカじゃない。
「今の俺は『唯一ISを起動できる男子』以外に価値がありません。いやまあ数回世界を救ってはいますが、それでも足りていないのが現状です。だからここで、明確に立場を作り上げなきゃならない」
自分を国王とした国家をつくる、なんて案も思いついたが、そこまで俺は精神キマってない。追い詰められたらやっちゃうかもしれないけどな。
「そのために、今度こそ完璧に世界を救う、ですか」
「前回の人工衛星の時は、あんまりにも事態が早く進んで参加できなかっただけで、参加すればウチでもできたと各国が思ってる節がありますからね」
現実問題として、あのレーザー弾幕を潜り抜けて一撃当てるのはエリートたる代表候補生ですら難しいだろう。たまたまあの場でそれに対応できそうな俺とスコールが突撃したからいいものの、あの場面で少しでも人選を間違えていたら今頃日本が滅んでいた。
だが現場の声が上に届かないのは世の常だ。
「いちゃもんを挟み込む余地なんてないぐらい、完全完璧完膚なきまでに世界を救ってやりますよ――あなたが一発で惚れるぐらい」
「そこです」
「は?」
山田先生がキュピーンを眼鏡を光らせた。
「それだけやった後に告白して、『実は織斑君のこと別に好きじゃありませんでしたー』とかになったら、もう生きていけないんじゃないですか?」
「――――――!?!?!?!?!?!?」
ななななななななんてことを……ッ!?
いやそんなことないでしょ。あいつ俺の事好きでしょ……ねえ、ねえ?
「そうならないためにも、ちょっと立ち止まってチェックしたほうがいいかもしれませんね。先生が大人の視点で言えることは、これぐらいです」
ごくごくと出汁のスープを飲み干して、先生がにっこりと笑う。
いや全然笑ってる場合じゃないんですけど……
まあ、いいさ。
「要するに愛を試せってことでしょう? ――楽勝ッ!」
俺は一気にラーメンのスープをかっこむと、勢いよく器をテーブルに叩きつけた。
うーんそういうことじゃないんだけどなー、と先生がぼやくのを尻目に、俺はダッシュで食堂を飛び出した。
「うおおおおおおおおおおおおっ! 待ってろよ相川ァ!!」
校舎の窓を突き破って跳躍! 両腕をクロスさせイケメンフェイスはガード!
着地ッ! 片膝を立てての完璧なヒーロー着地――キマっちまったぜ……この上なくな!
「あれ? 一夏君?」
天上から降臨した瞬間に隣に相川がいた。制服姿なのでトレーニングではなく図書館で調べ物でもしていたのだろう。
もうこれ運命だな。
「よう元気か?」
挨拶と同時、屈んだ体勢のままスカートをピラリとめくる。
珍しくスパッツがない。爽やかなオレンジ色にフリル付。うんうんいい感じだな。
「こういう風にして俺の好みドストライクのパンツ穿いてくるってお前俺の事好きなの?」
「…………??」
自分が今何をされているのか分からないらしく、目が点になったまま彼女は事態を把握しようとじっと俺を見ている。
「えっと……」
「お? どうした?」
「これって、暴力オチでもいいのかなあって……」
「カモン! お前の本気を俺に見せてくれ!」
まあ正直ちょっと好きな子に殴られたい願望があったのは否めない。
相川は俺の言葉を聞くや否やスカートを掴んでいた手を振り払い、そばに植えてあった木を壁ジャンプの要領で蹴って跳躍。遠心力とか瞬発力とか精神力とか諸々を乗せた膝蹴りを俺の横っ面に叩き込んだ。
「ぐびゃっ!?」
想像以上の熾烈な攻撃だった。
ちょッ、顔はやめろ顔は! せめてボディにしてくれッ! などと言う叫びもむなしく、俺の体は吹き飛び茂みの中へとぶち込まれた。
南無三。
「痛いぃ~~これは相川に膝枕してもらってなでなでしてもらわないと治らないタイプの痛みだ~~」
人を馬鹿にしてるとしか思えない低脳発言をかましながら、俺は自室にて相川の膝に頬をスリスリしていた。
ベッドに二人で腰かけている姿勢。どう考えてもこの後はおセ●クスでしょこれ。
「ちょ、ちょっと一夏君、くすぐったいって」
嫌がるそぶりを見せながら、その実質として相川は俺を拒まない。
あ^~~~~~~~~~~
ごめん白世が雪片弐型になって零落白夜してる。どうにか下腹部については誤魔化し切りたいところだが、これだと難しいかもしれん……
「なでなで」
「うぅ……」
「なーでーなーでー」
「よ、よしよし……」
あ^~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
相川はオギャれる(確信)
もうこの子に『上手にお射●できましたね~』とか超絶言われてえもん。畜生……言ってくれよ……
「なでなでしてもらったから速攻で痛みが引いたわ、ありがとな」
「いやそもそも痛みを与えたの私なんだけどね」
「それも含めて、俺を傷めつけてくれて、本当に、本当にありがとう……!」
「うっわキモ」
相川に痛めつけられて相川に慰めてもらうってなにこの永久機関。俺が世界のエネルギー問題を解決するのは必然だったのか……
「んでも、まあ普通に考えて俺をぶん殴って帰るのが正しいのに、こうして俺を部屋に連れて来て手当てまでしてくれるから、相川は優しいよな」
「えー普通のことだよ。あのまま朝になって冷たくなった織斑君が発見されたりしたら目覚め悪いし」
「お、おう……」
この子の普通の気遣いって、メチャクチャ広範囲を網羅してるよな……
つーかこれ何? 俺ひょっとして男女のイチャつきとしてでなく、本当に手当てのためだけにここに連れ込まれたの?
瞬間的に俺の灰色の脳細胞がその結論を弾きだしてしまい、物凄い勢いでヘコんだ。思わず相川の膝に顔を埋めて深呼吸してしまう。
「もう、変態ッ!」
「いやほらこうマイナスイオンがですねぇ……」
「出てないよそんなの!」
「うるせーよ出てんだよ俺専用のマイナスイオンが!」
「これ逆ギレするとこ!?」
半ギレで俺が言い返すと、相川は呆れたように笑って俺の頭をなでた。
この包容力、プライスレス。
あーもう相川ママ~~~~。
さて。
ここらでいい加減、彼女の好感度を図らなければなるまい。
ちょうどよくお互いの緊張感もほぐれてきたしこれエッチなこととかできそう。いや違うから。好感度確認だけだから。
「なあ」
「ん?」
「おっぱい触っても――ぶべらッ」
肘が顔面に振り下ろされた。
「いやいやお前安易に暴力を振るうなよヒロインの座から転落するぞ」
「こんな変態主人公のヒロインになんて誰もなりたくないよ」
あまりに辛辣なコメントに、俺の涙腺が決壊した。
「で、なーに? いつもみたいに真面目な話の前にジャブ挟むとかいらないから」
なんか思わぬところで普段の言動に救われた。
いやでもジャブじゃなくてガチだって思ってくれていたら胸を揉ませてくれた可能性が微レ存……? こいつ部屋着から透ける体のラインからしてスタイル良いしな、可能性が昂ぶっちゃう。
だがまあ、これは思わぬ形で転がり込んできた好機だ。
俺は相川の膝から発せられるハイパー癒しアトモスフィアを胸いっぱいに吸い込んでから、意を決して顔を天井に向けた。後頭部に感じるやーらかい感触がとても良い。
「にゃ、なあ、お前ってしゃ……」
思いっきり噛みまくった。
おおおお落ち着け……! 別に好感度を直接聞こうとしたからこうなったんだ。なら質問を方向性を少し変えるしかあるまい。
そう、なんかこう、俺じゃない、別の男相手にどう思ってるとか、そういう切り口からやっていこう。うん。
まあ間違っても俺以外の男に惚れたこととか生涯においてあるわけねえんだけどな! 何せライトノベルのヒロインだし!
「あ、あ、あ、相川ってさあ……」
「ん? なーに?」
「彼氏、いたりすんの?」
「ううん、""今は""いないよ?」
「 、 ッ @gりえs ? 」
「日本語でおk」
「…………………………今は?」
「中学の時は野球部の彼氏がいたけど、ここに入学する前に別れちゃった」
――……
――…………
――………………ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!
好きな子に恋愛経験があっただけで精神崩壊するクッソ情けない童貞の姿が、そこにはあった。
ていうか俺だった。
え、なに? やっぱ野球部ってブチ殺すしか無くね? 俺が世界中飛び回って必死こいて死にかけて血を吐きながらISの操縦技術を会得してる間に野球部は大してキツくもないトレーニングを自慢して大して良い結果も残せてないのにカースト上位ぶって女の子を次々に食ってるじゃんこれおかしいだろ。甲子園なんてテメェらみたいにクラスの猿山のボス気取ってる連中がいけるわけねえだろ本物の球児達に謝れゴミ共。全員死ねよマジで。ホントぶっ殺してやる。あいつらなんで白いカッターシャツの中に黒いタートルネックのインナー着てんの? それカッコいいと思ってるんだったら感性が絶望的過ぎるからマジで死ねカス共。私服も大体ダセェしよ。変な英字ロゴの入ったTシャツごと燃やしてやる。あと気取って付けてるサングラスごと顔面を破砕してやる。クソが。死ね。殺してやる。畜生。机の下に置いてる邪魔なエナメルバッグ何とかしろ、お前がそこに置いてるから邪魔なのにこっちの足が当たったら露骨に舌打ちして睨んでくるんじゃねえよホントぶん殴って顔の原型が分からなくなるまでいてこましてやるぞオラ。かかってこいよ。こっちは『輝夜姫』展開するけどいいよな? なにせクラスの中心でいつも笑いを取るひょうきんなお調子者ですもんなァ?? オイ、そうだろ? ならこっちみたいな根暗陰キャラはIS展開してテメェらを48に切り分けて煮て焼いて焦がして炭化させるぐらいに惨殺してもいいよなァ??
「告白されて付き合ったけど何か違うなーって、1日で別れちゃった。向こうも割とスッパリ割り切ってくれて、おかげさまで恋愛をしたとはカウントできないんじゃないかなー」
信じてたぜ野球部ッッッ!!! サイコーだぜ甲子園でもメジャーでもどこでも行ってきてくれ!!!!
「ほーん」
「うわ何その興味ありませんって感じ」
すみませんメチャクチャ興味あったし内心の動揺ハンパなかったです……タイタニック号が沈没しちゃうぐらいの荒波だった。もはや氷山を浮かせてポルターガイストよろしくぶつけられちゃうレベル。一つのオブジェクトにつき150ダメージな。
「だからこうして、一夏君とこんなことしてるの、すごく不思議なんだー」
「まあ、そうかもな」
「モテモテの一夏君には分かんないかもしれないけど、いつだって私は怖くて、手探りなんだから」
「俺だって……正直女子とのふれあい方とかよく分かんねえし、だからこうやって極端なことばっかしかできねえし……」
これは正直な感想だ。
中学の時からモテモテな俺様だったが、その実経験値はまったくない。まったくない。悲しいぐらいにない。
「あ、やっぱり? なんか変なとこで緊張するしてるもんね」
「うっせ」
上体を起こす。俺らしくもない。
こんな弱弱しく、まるで庇護欲をかき立てるような男じゃないだろう俺は。どうも調子が悪いようだ。
「うん。だから、私も少しは見習おっかな、って」
「は?」
「当たり前じゃつまんないって、一夏君を見てて思った。ずっと見てるから、本当にその信念を貫いて生きてるんだってよく分かって、カッコいいなって思った」
「……ハッ、俺がカッコいいなんて絶対不変の真理だろ、何をいまさら」
「だからそういうのがダメなんだよ?」
人差し指を当てられ、強制的におくちがチャック。
そのまま相川は俺の右肩に手を置いた。ほんの少し力を入れられただけで、事態についていけず脳がフリーズ状態の俺はあっさりベッドに押し倒される。
彼女のショートヘアー越しに、その耳が赤くなってるのだけがやけに印象的だった。
「……え、え?」
「そういう風にして強がっちゃダメ、私の前でぐらい、それをやめてよ。じゃないと悲しくなっちゃう」
「は、うん? なに、えっと、は? どうした? いや、あ? え? は?」
髪をかき上げる仕草がやけに扇情的で一瞬見えた首筋の白い素肌と首元からせり上がっている緊張の赤がコントラストを描いて俺の視界に飛び込んで脳裏を埋め尽くして思考を凍り付かせて。
「ねえ、一夏君」
眼前の愛しい少女の双眸が決意の炎を揺らめかせてそこに映る俺の間抜け顔が情けなくてそれでも彼女は俺にのしかかって軽い体重を預けて来て俺の肩から頬へと手を伸ばしてそっと肌が触れ合って。
「私だって、好きな人と触れ合いたい――」
唇を、奪われた。