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No.32869の一覧
[0] 単調な日々[ヤモリ](2012/04/21 17:32)
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[32869] 単調な日々
Name: ヤモリ◆54d6b523 ID:6c43e165
Date: 2012/04/21 17:32
職場と自宅を行き来するだけの単調な毎日、それ繰り返すことに慣れてしまった男は、
季節の移ろいに気付く事も無くなり、無色の日々を悪戯に過ごしていた。

改札口でかざした定期券、仕事以外の理由で途中下車することは殆ど無い。
学生の頃は当たり前の様にしていた寄り道をしなくなった理由が一体何なのか、問われても男はきっと答えられないだろう。
それをする理由も、しない理由も彼は持ち合わせていないのだから…



「先輩、おはようございます。週末はゆっくりでしたかー?」
「あぁ、おはよう。いつもと変わらずゆっくりしたよ」

「ふふ、何ですかそれ?偶には若者らしく、パァーっと遊びに出かけないと!」

「もう、そんな年じゃねーよ。6Fでいいよな?」 「ハイ!お願いします」


大きな瞳をパチクリとしながら、よく笑う新人の後輩と朝の会話をしながら、
いつものように出勤した男は、単調な作業と少しばかりのイレギュラーな作業を無難に処理しながら、その日一日の仕事を済ませて行く。
特に大きな異動も無く数年も同じ部署で過ごせば、それなりに仕事はこなせるようになるものだ。


「兵藤君、定時間際に済まないが、管理部門費の次年度見込みを直ぐに出せと言われてね
 前年度をベースにして貰って構わないから、事業部長に出せる形に纏めてくれないか?」

「設備投資の個別申請書が必要無いのであれば、見込みの形で予算を組んで
 明日の朝には提出できますが?今日中にと言われると、少し遅くなりますが?」

「明日の朝一で構わないよ。本来なら私の方で予算組みをするべきなのだが
 次年度部門計画の方で手一杯でね。今年も予算の大枠は君に任していいかい?」


部長の依頼に『了解です』と頷いた彼は、前年度の予算フォルダを開き、早々に今年度の部門予算資料の作成に取りかかる。
彼と部長の遣り取りを見ていた周りの同僚からすると、非常に重要な仕事を任され、
部長の信頼厚い優秀な人間と彼を目しているが、やらせる方もやる方も、
前年度資料があれば、それほど手間のかかる作業ではないと分かっているため、周囲と違って大げさな捉え方をしてはいなかった。
部内の在籍年数がそれなりで、多少のコスト意識を持って仕事していれば、一部門の予算を形作るのは、それほど難しい事では無いのだ。


「ひゃー、さすが先輩ですね!私なんか自分が昨日幾ら使って
 明日幾ら使わないといけないかもサッパリですよ!お財布の方も
 週末出歩いたら、ほら?からっぽのスッカラカンカンなんですよー」


もっとも、その日暮らし気質のいい加減な人間では絶対に出来ない仕事ではあった。
予算がショートして、期の途中で追加予算申請等と言う無駄な工数に追われない様にするために、
ある程度、任せる人間を考えのも上司の仕事の一つであろう。

兵藤は、ピンクのがま口サイフをかぱかぱと開け閉めしながら、
自分に見せてくるアホな後輩を無視しつつ、タイピングのスピードを上げ資料作りに没頭して行く。

いつもより遅くに自宅へ帰るのが決定した今、その帰宅時間を出来るだけ早い時間に設定するのが、
現在の彼に取って何よりも優先しなければならない事項であった。
無駄に会社に居残るような趣味を男は持ち合わせてはいなかった。




「兵藤!珍しく帰りが遅いじゃないか?ようやくお前も勤労精神に目覚めたか?」
「岩瀬部長から急な仕事を振られただけだよ。それがなきゃ、定時帰りだよ」

「相変わらずだな。まぁ、お前のそういう仕事に対する姿勢は嫌いじゃないけどな」
「へぇ、意外だな。仕事の鬼のお前からしたら、俺みたいな遣り方は
 余り面白く無いものかと思っていたが、俺の考え違いだったみたいだな」


「おいおい、俺だって会社大好き人間じゃねーよ。必要に迫られて、やむを得ず
 遅くまで残業しているだけさ。俺が合理主義者なのはお前も知っているだろ?」


帰り掛けに会社のエントランスでバッタリとあった同期の一条は、
同じ事業部の企画部門に所属しており、俗に言うエリート街道をまっしぐらに進んでいる『できる男』であった。

兵藤と一条、性格は大きく違うものの妙にウマが合ったのか、
入社早々、軽口を言いあえる気の置けない関係になって、今日までその友誼は変わらず続いていた。
管理部門と企画部門という同じ事務方の職場に配属されて、同フロアに席がある事も、
彼等の関係をより深めることにプラスに働いていた。



「まぁ、こんな時間だ。大した店も開いてはいないが
 久々に同期の仲を深めるのも悪く無いだろう?付き合えよ」

「そうだな。偶の残業の後にコンビニ弁当じゃ味気ないし、付き合おう
 店の方は、深夜業の常連の一条さんにお任せしますよ。いつも御苦労さまです」

「へいへい、悲しい社畜御用達の安くて早くて、それなりの味のお店にご招待しますよ」



「いらっしゃいませー。あら、一条さん。今日は珍しくお一人様じゃないんですね」

「余計な御世話だ。いつもの夜定にビールを一本、グラスは二つで頼むよ」
「かしこまりました。直ぐにご用意致しますね」


一条の顔馴染みらしい女性店員は、営業スマイルより2割増しの笑顔を見せながら、注文を取り厨房へと下る。
一条のような深夜業の常連をターゲットにしたこの定食屋は、
次の日に響かないやさしめのメニューが豊富で、二人以外にも沢山のサラリーマン風の客で席は埋まっていた。

外食産業も他の業界と変わらず長引く不況の影響を受けており、
少しばかりの工夫位はしないと、生き残って行く事は難しいのだ。


「へぇ、ファミレスやチェーン店に連れて行かれると思ったけど
 こんな店が近くにあったんだ。出来る男はいい店を知っているね」

「だろ?遅くまで働いた時は、胃に優しい物を取りたいからな。まぁ、唯一の欠点は
 深夜業になるから、若くてかわいいバイトの子で目の保養が出来ないってトコだな」

「若い子じゃなくて済みませんね。夜定とビールをお持ちしました
 一条さんはどうでもいいですけど、お連れの方はゆっくりしていって下さいね」

「おいおい、冗談だよ。そんなに怒るなよ。沙耶さんは若くて『美人な子』だって」


話の途中に料理を運んできた店員の沙耶に、些か見苦しい弁明をする一条だったが、
ぷいっと頬を膨らますと言った少々年齢に無理のある子供っぽい仕草で返されてしまう。

どうやら、彼がこの店の常連になっているのは、店のコンセプトに惹かれているだけでは無いらしい。
職場では何事もそつ無くこなす有能な姿とは結びつかない一条の姿に、
兵藤は思わず吹き出してしまい、恨みがましい視線を向けられてしまう。


「悪い。一条のらしくない姿が、ついツボに入ってね
 まぁ、これで気分を直してくれよ。仕事あがりの一杯だ」

「けっ、職場でかわいい子に毎日囲まれてるお前には、俺の気持は分からねーよ」


突き出されたグラスに並々とビールを注ぐ兵藤の表情は柔らかい。
違う生き方に違った性格の二人、そんな二人が仲良く酒を酌み交わす。
学生時代の友人とはまた違った繋がりであったが、そこにある確かな友情を肴に彼等は酒を進める。

入社式や新入社員研修での話や、歓迎会で一条がやらかした失敗談を懐かしみながら、二人は笑って話した。
酔いが深まっても、やめていった同期の話や仕事の分からない上司に同僚への愚痴や不満と、
話題は取り留めも無く変わりながら続き、あっという間に店の閉店時間を迎えることになる。


「タクシーの方が着きましたよ。ふふ、一条さんが終電時間を過ぎても長居されるの
 今日が初めてじゃないかしら?お連れさんとは、本当に仲がよろしいんですね」

「うるひー、コイツとはタダの腐れへんでぇ…」

「まったく、お酒に弱いくせに酔うと威勢がいいんだから
 ご迷惑お掛けしますが、この人の事よろしくお願いしますね」


「了解です。その代わり、偶にはオフでも一条の面倒見てやって下さい」
「えっ、それは…、って、あの私って分かりやすいですか?」

「一条と同じくらいには」



少し頬を染めて俯く女性に手を振りながら、兵藤は乗り込んだタクシーで早くも大きなイビキを響かせる男のデコを小突く。
料理やサービスに文句は全く無かったが、追加の注文をする度に二人の仲を見せ付けられては、
独り身の男としては、腹の一つでも立てたくなるというものだ。





一条を自宅に送り届け、自宅にようやく辿り付いた兵藤は風呂を沸かし、
その日の仕事の疲れと酔いを湯船で浸かることで癒し、醒ますことにする。

1DKの何の変哲もないアパートだが、少し大きめの湯船があって、
手足を十分に伸ばして湯に浸かれるのが、兵藤は気にいっていた。

単調な日々を過ごし続けるにも、幾許かの癒しが必要であるらしい。


風呂を出て、洗面台で歯を磨き終えた兵藤は、丸テーブルに無造作に置かれた携帯の発する光に気が付き、着信とメールを確認する。

届いていたのは2件のメールで、一件目はつい先程家まで送り届けた一条からで、
今日掛けた迷惑に対する詫びと、送ってやった事に対する礼の文面が書かれていた。
飄々として大らかなように見えて、細やかな所があるアイツらしい文面だと兵藤は笑みを零す。

そして、続けてもう一件のメールを開き、思わず頭を抱えることになる。
コイツにメアドを教えたのは大きなミスだったと何度目か分からない後悔に襲われたのだ。



『先輩!!うちの前にヤモリが居たので、とりあえず写メしますねー(^-^)つワーイ♪』



ある意味、平穏とも言われる単調な日々を壊す存在が、
意外と身近にいた事を、彼は近い将来身を持って知る事になる。



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