「一夏、ぼくと組んでよ」
以前、延期となった学年別タッグトーナメント。それが今回、夏休み明けに開催されるとのことで皆でこぞって相方選びに奮闘中のなか、シャルロット・デュノアは迷いなくこの俺をセレクトしてきた。時刻はすでに夜の9時を回っており、俺の部屋にて二人きりで相対する。
「理由は、なんかあんのか?」
「ちょっとね。実家の方のゴタゴタで上を黙らせる為に、優勝しとこうと思ってさ」
軽く、本当に軽く。第二世代機(カタオクレ)のパイロットは言い放った。
言外に優勝できる実力を自身が有していると宣言した。
「へえ。なら尚更、俺じゃない方がいいんじゃねえの?
タイマンならラウラ、接近戦なら鈴、遠距離戦ならセシリア、万能型なら箒。
あんたの周りにゃ俺よか強いのがわんさかいるぜ?」
特にラウラはシャルロットが誘ったら断らないだろう。何気にシャルロットの母性にラウラがやられてんのは知ってんだぞ。一緒に御風呂とか入ってんじゃねえよ俺も混ぜろ。
ん、なんか俺シャルロットと風呂入ったことがあるような、ないような。駄目だ、どうにも頭痛と吐き気がする。
思い出せないことは、思い出さなくていいこと。俺はそうきっぱり切り捨て、忘れるのだった。
「だからだよ。皆、ぼくより、一夏より強い。だから駄目なんだよ。
ぼくの強さを証明しなきゃならないのに、ぼくより強いのが味方にいたら話にならないでしょ?」
言外に俺がシャルロットより弱いとそう告げられた。
専用機持ちで唯一、俺はシャルロットに劣っていると。
ハッ、上等じゃねえか。
「なんだ。俺は究極的に『都合が良い男』なわけだ。あんたに取っちゃ」
「うん、そうなんだ。一夏じゃないとダメなんだよ」
熱の篭った瞳で俺を見詰めるシャルロット。おいおい、そんな熱心に見んなよ、勃っちまったらどうするよ?
「んで、アンタはそこまで俺をコケにして、俺が易々とアンタの誘いに乗るとでも思ってんのか?」
アンタに乗れってんなら喜んで腰振らせてもらうけど。むしろ乗ってもらいたいぐらいだけど。
「乗るよ。一夏は乗る」
「何を根拠に―――、」
塞がれたのは唇で、絡めとられたのは舌で。
俺の首に両手を回し、口付けされる。俺の胸板には彼女の胸があたり、俺の腿から足先には彼女の股から爪先が絡められた。
全身に伝わる熱と感覚、それを上回る受け渡される吐息の熱さにヤられる。
「一夏、前にぼくに言ってたよね? 一晩、『私』をくれって。
あげるよ、一夏。―――ただし、優勝できたらだけど」
するりと俺の腕から逃げていくシャルロット。
なんだってんだよコイツは。これみよがしに餌なんかぶら下げやがって。
そんな分かり易い餌で誘われたら、釣られない方が失礼だろ。
「なあ、つまりは―――」
俺は不自由な腕を動かし、捕まえられた体で逆に捕まえようとするが、彼女は一歩、その先を行く。
俺が何かを言う前に、俺が体を動かす前に、シャルロットは行動する。
再度唇は塞がれ、より熱の篭る交わりをかわし、密着したままの体は踊るようにこすり付けられた。
「これは前払い」
シャルロットはトンと俺の胸を押し、名残惜しげもなく体を離し距離を取った。
「期待してるよ、一夏?」
するりと逃げる様に俺の部屋から出て行った彼女に、俺は声もかけられず呆然とする。
手玉に取られるってのは、こういう事を言うのだろう。手も足も出なかった。
「……女って、怖い」
やっとこさ口に出した俺の心情は、誰の耳に届く事もなく消えていくのだった。
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「って訳で相川さん、俺は負けられなんとです」
「イッピー、それってどうなの男として? 試合前にして完全敗北じゃん。
あの『春日西中のプレイボーイ』と呼ばれた織斑イッピーはどこにいったのさ」
「言われてねえよ初耳だよぶっ殺すぞこのアマ。……相川さん、実は『無い事無い事』言いふらしてるでしょ?」
「やーん犯される~。『ある事ない事ない事』言い触らしてますけど?」
「それ半分以上デマですよねぇ!」
学年別タッグトーナメント準決勝第二試合。
準決勝第一試合を華麗に勝利した俺は、アリーナで一人観戦していた相川さんの隣に座り、決勝戦の相手を決める試合を眺める。
ぶっちゃけ、この準決勝は結果は見えているのだが。
なぜなら、準決勝第二試合のペアの片割れは、篠ノ之椿とラウラ・ボーデヴィッヒのペアである。
「あーあ、開始早々篠ノ之さんが引っ掻き回して、ラウラさんがAICで一人を捕縛して。
あーもう終わったね。あとは篠ノ之さんがフリーな方落として、ラウラさんが固めている相手を倒して終わり。
全試合このパターンだね。面白くないなぁ」
紅椿の圧倒的な性能に追いつけない打鉄弐式。
四組の専用機持ち、ちょっとはやるのかな? なんて夢見てたけど、所詮は夢。
量産機と大差なく、あっと云う間にやられてしまった。
俺はその姿に、自分の姿を幻視する。
もしこれが、俺達の準決勝の相手であった『凰鈴音&セシリア・オルコット』のペアなら違った結果となっただろう。
レーゲンの天敵と呼べるティアーズと、紅椿と近接戦闘をこなせる甲龍。
セシリアは単機でラウラを落とせる実力者で、鈴は唯一、限定状況で箒と五分れるインファイターだ。
くじ引きの神様を恨むぜ。ふたりのハートばーらんすー。
「そうなんだよな。俺もあの末路を辿ると思うと背中が煤けそうだぜ」
「イッピーって何気に、私の前では弱気なこと多いよね」
「あ、うざかった?」
全身さらしてるしね、今更隠すこともないし。
「ううん、そんなことはないけど。どっちかっていうと『イッピー』ってキャラの方がウザいし」
「なん……だと……。ッつーかキャラじゃねーし! 俺だし! 素だし!」
「はいはい。涙目で怒んないの。必死すぎ」
べ、別に必死じゃないし。自然体ですともさ。デュノアさんから着信あり。
よし、逃げよう。なんて後ろ向きな感想抱いておりません。おりませんともさ。
「一夏くん」
「ん?」
こっそり逃げ出そうとした俺の背中に投げられた声は、非常に弱々しく、つい足を止めてしまった。
「やっぱさ、勝てないのかな? 量産機じゃ専用機に勝てなくて、専用機もより強い専用機には勝てないのかな。
このトーナメントだって、準決勝に勝ち残った8機中7機が専用機だし。
それってさ。たまたま適性があってIS学園に来た私達なんかが頑張っても、無駄って事なんじゃないかな」
ポツリと零れた声は、弱々しい。
弱々しいが、悲痛な叫びで。
それは、俺の胸に刺さってしまった。
「学園に来る前から適性が分かってて、専用機が貰えて、ずっと練習してきたのは分かるよ。それは卑怯なんかじゃない。
だけどさ、学園の量産機には数に限りがあって、いつでも練習できるわけじゃない。
専用機持ちは元々専用機を貰える位上手いのに、いつだって自由に練習できる。
専用機は、量産機なんかより全然強いのにだよ。
そんなの、敵う訳ないじゃん。無理じゃん、そんなの」
ポツリ、ポツリと零れる声は。
不満ですらない、諦めの色を孕んでいた。
清香ちゃんだって、俺の前ではけっこう、弱いトコみせるよね。
ここで、たとえば俺が量産機のフルボッコされた話とかしても、あんま意味無いよねえ。
搭乗者の名前聞いたら「ですよねー」って言いたくなるし。
「清香ちゃん。仰る事はごもっともです。小さくないアドバンテージは必ずある。
けどさ、そんだけじゃないでしょ。そんなんじゃ楽しくないじゃん?
言葉にしても納得できねーだろうからこれ以上は言わないけど」
あー、へこみそう。ガチバトルとかホント嫌なんだって。
へこみそうなハートにムチ打って、俺は意地を張るのです。
じゃないと、楽しくないでしょ。
可愛い女の子が落ち込んでるのも。
持たざる者に価値がないって諦めるのも。
楽しくないじゃん、そんなの。
「例えばだけどさ。俺は専用機持ちとは云え学園に来てからISに触ったクチだ。
んで、シャルロットは専用機と云えど量産機と大差ないスペックの第二世代の機体。
それが現行最高の第四世代機と、ずっと仕事として、軍人としてISの訓練をしてきた女に勝ったらどうよ?」
「そうだね。もし勝てたら、ちょっとは希望、持てそう」
「分かった。なら、―――勝ってくる」
軽く言い放った俺の後ろで、相川さんは驚き声も出ない様子だった。
さてと、作戦の最終確認をしなきゃ。勝ちたい理由が、ひとつ増えてしまった。
なあに。理屈も根拠も必要ねえよ。
可愛い女の子がナーバスになってて、勝利がそんな彼女の希望に繋がるんだ。
なら、ストーリー的に俺が勝つに決まってんだろ。
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「俺はアンタ等が組むとは思ってなかったんですよ。過剰戦力だろ」
「デートがかかっているのでな、手は抜けん」
「おい篠ノ之、その話全く聞いてないぞ?」
「デートコースにはホテルは入ってんのか?」
「おい嫁、死ぬか?」
え、なにそれ怖い。
一番怖いのはうふふと後ろで笑っているデュノア嬢なんですけどね。
「よし、嫁。私が勝ったらデートしろ」
「今更乗っかってくんなよ、ズルくね? んで、その対価にお前は何を賭けるよ? おpp」
「おい一夏、死ぬか?」
え、なにそれ怖い。
なんでキミらそうやって簡単に俺を殺そうとするの? 馬鹿なの、死ぬの?(俺が)
「そうだな。シャルロットの寝乱れ寝顔写真集でどうだ?」
「乗ったッ!」
「ちょっと! ラウラ!」
珍しくうろたえるサンシャインスマイル腹黒プリンセス。思わぬ伏兵がいたものだぜ。
ガス抜きはこの辺にして、思考のスイッチを押す。
鏡の代わりにハイパーセンサーで網膜投影した自身のまなこを見詰める。
俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る。―――よし。
繰り返す呪文はいつもと同じで、いつも通り三回唱える。
たったそれだけ。たったそれだけの意識の変革。
戦力差は絶望的だ。
素人に毛が生えた程度の腕前な近接格闘専用の火力馬鹿。
腕は確かだが、所詮カスタムの域を出ない第二世代の支援用機。
対するは。
オールラウンドに全局面を圧倒する世界最新の第四世代機。
タイマン最強の慣性停止結界を有する第三世代機。
勝てるか? と質問されたら10回やって9回は負ける、と答えよう。
だから絶望的でもなんでもない。
たった一割、たった一回をこの瞬間に引き当てりゃいいだけだ。
アリーナの中空に停滞する四機のIS。
睨みあう様に向かい合う四人。
飛ばしあう冗談じゃ、この弾けそうな空気はほぐせなかった。
いつもながらの、試合前の相手の意を削ぐ軽口は通用しなかった。
じゃあ。
後は正々堂々、真っ向正面から汚い手管といきましょうか!
「ゴキゲンに浮かれてんじゃねえかテメエ等、泣いても笑ってもコイツが最後だ!
泣いたり笑ったり出来なくなるぐらい、派手に愉しもうじゃねえか!」
もう間もなく試合開始のブザーが鳴る。
その気配を、全員が肌で感じ取っている。
首筋がゾクゾクする。これから始まるバトルを予期してか。
吸い込んだ空気は、やけに湿っていた。
湿っている?
こんなカンカン照りの太陽の下で?
水分が感じられる程に空気が濡れている?
余計な事を考えるな。
思考を割く時間は終わった。
ブザーの音が響き渡り、それぞれが思惑を抱き飛翔する。
開始の合図にしてはやけに物々しい音と共に、そいつ等はやってきた。
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「織斑先生!」
「騒ぐな。……状況、危険度クラスAと設定! 一般生徒にはシェルターの避難勧告を出せ!
教師部隊は直ちに出撃! 各個撃破にかかれ!」
織斑先生の指令が飛ぶ。
モニタに映る画面はどこもかしこも真っ赤で、管制室から順次教師を割り当てているが手が足りない。
数人でコンソールを叩く音が、現況をもっとも正確に表しているだろう。
上空から降下した数十機に及ぶ未確認機が、IS学園の各所に展開された未曾有の事態。
そんな中でも、指揮権を持つ先輩は冷静だった。
「織斑先生、先行して降り立った十二機が爆散しました!」
「影響は!」
「毒物反応はありません、撹乱もしくは陽動と思われます」
「と思わせるのが相手の目的かも知れん。探れ」
「了解しました」
飛沫を撒き散らしながら消失した未確認機は、以前学園を襲撃した仮称「ゴーレム」の同型と推定される。
つまりは無人機。
「手が足りんな。専用機持ちにバックアップの要請をしろ。前線には出ないよう厳命の上だ」
「了解しました」
早速専用機持ちのリストより、指令を伝達する。
「織斑先生、第六アリーナに訓練中だった生徒が三名取り残されました! 完全に孤立しています!」
「敵機の反応は6機! なお、6機中1機は有人機の模様!」
一瞬、ほんの一瞬だけうげぇ、と云う顔をして先輩は顔を戻した。
厄介事は厄介事だ。誰かがなんとかしなければならない。
「仕方がない。有人ならばその意を確認せねばならんな、私が出よう。
以後の指揮は村岡教頭先生、貴方が行うように」
驚きを隠せない顔で村岡先生(43歳 独身)が反応する。
何やら村岡先生は先輩に噛み付いているが、先輩は何処吹く風だといった具合に聞き流している。
聞き流していたのは5秒だけだったが。
あーうっさい。なんで責任を押し付ける為だけに私を指揮官にしてるんだよIS学園馬鹿じゃないのか?
最大戦力を腐らせていい状況じゃないだろ。大体指揮訓練なんて私受けてないんだぞ現場に出させろ。
言うだけ言って、先輩は村岡先生から待機状態の打鉄を力尽くで奪い取った。
ちょっと、それを持っていかれたら司令室の防衛はどうするの、と皆の身を案じている風の発言をしつつ自分の身の心配でいっぱいっぱいな老害を、先輩は一言で黙らせた。
「此処には山田先生が居る。彼女はこの学園で一番防衛戦が上手い。彼女が守れないのであれば誰にも守り切れん、その時は諦めろ」
先輩はこれ以上の議論は無駄だと判断し、管制室から出ようとする。
私の背に、私にだけ届く小声を残して。
「真耶、頼んだ」
「先輩も。御武運を」
織斑先生だ、馬鹿者。
そういって先輩は飛び出していった。
互いに顔を見ず、ただただ声をかける。
そんな彼女の信頼が裏切れるか。
否。
私、山田真耶は何時も通り、彼女の無茶な要望に応えるだけだ。
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いつかの焼き増しの様に、黒い巨体がアリーナのシールドを突き破り降下してきた。
黒いゴム状の変な奴が、アリーナの中央の地面に激突。
試合をスタートし損ねた俺達四人は、冷静にソレを見下ろす。
おいおい、俺を差し置いてなに目立ってくれてんのアイツ。
あれだろ? どうせアレだろ? この前の奴だろ?
ぶっころ。
「不法侵入の現行犯で逮捕しまーす」
手で握って持ってきたライフルを真っ黒くろすけに向かって乱射する。
弾が着弾すると同時に、黒い体は弾けた。弾けた体は四散する。
「やべ、俺殺した? 前科一犯?」
「無人機だから無罪じゃない?」
そっか。セーフ。
器物破損と不法侵入だったらそりゃ不法侵入のが罪重いしセーフだな。
申告する本人も破裂しちゃったし。無人だけど。
軽口が滑らない。俺の軽快なトークが不調。
自覚する。俺は焦っている。俺は緊張している。俺は怯えている。
この妬けそうな程冷たい首筋の悪寒が、全てを物語っている。
嫌な『予感』ではない。もうこれは既に、嫌な『実感』だ。
俺が気付いていないだけで、きっと俺の全身が警鐘を鳴らしているのだ。
やけに激しく爆発したにも拘らず、破片ひとつ跳んでこない静かな爆弾。
キナ臭い。いや、実際に臭い。なんだこの臭い。毒物ではない。成分的には構成比率がおかしいだけで、空気中にあっておかしいものなど何もない。
ない。ない筈。
その思考こそ愚策。断定するな、自分の回答に疑いを持て。思考を止めるな。考えろ。目的は後でいい。毒物。薬物。酸素濃度系のトラップ。窒素による人体への影響。温度変化。湿度。水分。水蒸気爆発。水。不純物。呼吸器系。煙。目隠し。視線封じ。通信断絶。
冷静に考えろ。ここはIS学園だ。戦力的に視て世界で最も充実している。訓練用の量産機、試験運用中の専用機、代表候補生、教師陣、―――織斑千冬。
ならば、逆に考えろ。
織斑千冬を、教師陣を、代表候補生を封じ込める手段が存在するか。
具体性、共通性。ISに長けている、女性である、美人である、訓練を受けている。
手段、方法の検討。分からない。分かる事しか分からない。
分かる事。致命傷。
例えば、一帯の空気を汚染をされたら―――。
例えば、生徒を人質に取られたら―――。
例えば、学園の全ISを同時にダウンすれば―――。
例えば、織斑千冬が離反すれば―――。
例えば、無人機が物量で攻めてきたら―――。
例えば、学園内部に敵が混ざっていたら―――。
考えている間に、同じ様なデカブツが三体に振ってきた。空から降ってくるのは女の子だけで充分だってのに。
後手に回ってしまっている。
時間さえあれば事前に対処の仕様もあるのだが、いかんせんエマージェントなう。
とにかくそれじゃ、やれることをやりましょう。
一般生徒の離脱支援が最優先かな?
管制からの指示は教師陣の後方支援だそうだけど、誰もいねえし。
まどるっこしいのは無しにして、手前勝手やらせていただくざます。
「俺とラウラで一体ずつ受け持つ。箒とシャルロットが速攻で一機落とす。
いいか? いいよな? 一番大変なの俺だし文句ねえな。おしやんぞ!」
「自分勝手な奴だな。いいだろう、付き合ってやる」
「そういう所が一夏らしくて、ぼくは好きだけどね」
「待て、様子が―――」
発言が終わる前に、大気に衝撃が走る。
バチリと音が鳴って、目に捉えられない衝撃が走った。
それが『攻撃』だと気がついたのは、
「、え?」
俺の白式が解除されてしまった事実を認識したからだ。
これまで俺を浮遊させていた力が消え、投げ出された空中で重力は優しく俺を捕らえる。
加速する思考は緩慢に速度を増す俺の体が辿る結末を想像し、血の華を幻視する。
いや、たかだか二十メートル弱。打ち所が良ければ骨折で済む。頭と急所さえ守ればなんとでもなる。
だが理屈ではなく、原始的な恐怖の前に俺の心は竦んでしまっている。
「う、」
「嫁! シャルロット!」
そだろ、と続けられる予定だった台詞は、ラウラの発声に消された。
次いでアクティブ・イナーシャル・キャンセラーにて空中に縫い付けられる。
焦る心はそのままになんとか状況を把握する。
俺と箒、デュノアはISが解除され、ラウラだけが装甲している。
俺とデュノアはAICで滞空している。
箒は、
「私は良い! それより二人を!」
平然と、ビル四階の相当の高さを、難なく着地した。
……なんなの、あの娘。
それ俺の役目じゃねーの?
いえ、やっぱいいです。コードレスバンジーの趣味はありません。譲ります。モッピー、お前がナンバーワンだ。
ラウラはイッピー&シャッピーを地面に下ろし、一歩前に出た。
庇う様に、背負う様に。
「おい、なんだってんだ。今の」
「解除剤(リムーバー)、だな。国家機密の秘密兵器だ。強制的にISを解除する蜘蛛のような機械だった筈だが」
使うと(ISが解除されて)相手は死ぬ、みたいな兵器があったんですね。
何故事前に教えてくれなかったのだ。そんなもんがあるんだったら俺キケンじゃん。簡単に誘拐されちゃうじゃん。馬鹿じゃん。夜中抜け出して遊びに行ってたのとか自殺行為じゃん。
「なんでラウラは解除されてないの?」
「一度使われるとコアが覚えて耐性がつく。私は軍で事前に使用していた」
「麻疹のようなものか」
同じにすんな。
さあて、どうしようか。
生身が三人。
ISが一機。
敵は三体。
状況は、とうに致命的。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。私達、いや―――『一夏』の為に死んでくれ」
「オイ、箒ッ!」
「惚れた男の為に死ねるのだ。女の本懐だろう?」
「……フン」
ラウラは鼻を鳴らし、足を更に三歩進めた。
庇う様に、背負う様に。
「ラウラ、ぼくからもお願いするよ。時間を稼いで貰える?」
「……フン」
不満気に鼻を鳴らし、ラウラは仁王立ちを崩さない。
その背は小さく、その体躯は小さい。
けれども。
「『時間を稼げ』か、―――断る」
その言葉は力強い。
「時間を稼ぐのも捨て駒になるのも、命令ならば私は文句一つ唱えず従おう。
だが私は、現在プライベートの身。私はただの『ラウラ・ボーデヴィッヒ』なのだ。
私は、『私』の心に従う」
その詞は、力強い。
「私は、私のやりたい様にやらせてもらう。
私が好きな事、得意な事、今したい事、
『殲滅戦』と、―――洒落込もうか!」
そのツラは、笑顔で牙を剥いた豹の様だ。その背中は、不動の山の様で、何もかもを任せろと物語っていた。
俺は見えもしないそのツラに、不覚にもトキメいてしまった。
その背にかける言葉を、俺は選べない。選べない? 選ぶ必要なんて、ねえだろうが!
「糞ッタレ。愛してンぜ、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ようッ!」
「私もだよ、『織斑一夏』」
こんな時に、名を呼ぶのか。
こんな時に、嫁でなく、俺の名を呼ぶのか。
糞ッタレ、真面目に惚れそうじゃねえか!
「死ぬなよ、テメエ!」
「私がこれからするのは殲滅戦だ。お前が心配のする必要など、ないさ!」
薄く笑って、レーゲンは敵機に突っ込んだ。
俺はその姿を確認して、非常退避口に走り出した。
一度も振り向かず、俺は逃げた。
女を置いて。
自分を愛していると云ってくれた女を見捨てて。