《織斑千冬の場合》
「一夏が『オオカミさんと』と云う漫画を貸してきたのだが、全然面白くなかった」
「半年振りに電話かけてきて開口一番実弟との日常を話し出すちーちゃんにはびっくりだよ」
「うるさい。黙って私の話を聞け」
「何様だよちーちゃんッ!」
束の怒号が電話口から響く。
ちょっとした冗談ではないか。何をそんなにキレているのやら。
「あのもどかしい感じの人間関係は私の趣味には合わない」
「平然と会話を続けようとするちーちゃんに脱帽だよ。むしろコレ会話じゃないよ。
ちーちゃんが好き勝手喋ってるだけだよ。私の存在意義がないよ……」
あまり苛めると篠ノ之家次女に被害がいってしまうのでこの辺で勘弁してやるか。
織斑千冬は気配りの出来る女なのだ。
「ところで私のISはどうなっているのだ?」
「取って付けた様に話題を変えたよこの女! なんなんだよもう!」
いや、むしろお前がなんなんだ。何がそんなに不満なのだ? 欲求か?
「すまん束、お前の愛には応えられない。お前が女でなければ一縷の望みもあったのだが……」
「なんでわたしフラれてんのっ! 脈絡が無いにも程があるよッ!」
テンション高いなこいつ。何かいいことでもあったのであろうか。
個人的にダウナー系お姉ちゃんを則っている身としては、相容れない存在である。
「ちーちゃんと云い、いっくんと云い、よっっっぽど私を引っかき回すのが好きみたいだね……」
「自惚れるな。お前に注ぐ愛など無い」
「何様だよ本気で!」
ちょっとした冗談ではないか。
そんなんだから友達がいないのだ。
「あーもういいです。好きに話を進めてください」
「拗ねるなよ束、もっと弄りたくなるだろ」
「イッピー何してんだよぅ。この愚姉の教育ちゃんとしろよぅ」
「いやいや、済まん済まん。久しぶりにお前と話せるのが嬉しくてな」
「にしては全然電話くれない癖に」
電話の向こうでむくれているアリス症候群の24歳の姿が目に浮かぶ。
篠ノ之束。
ISの開発者にして世紀のマッドサイエンティスト。
ハードウェアからソフトウェア、開発から製造までこなす天才―――異端。
トニー・ス○ークも真っ青なパワードスーツ、インフィニット・ストラトスの第一人者である。
「それで、この狂乱の天災科学者、たばねちんに電話をしてきた用件は?」
「なんだ? 用事がなきゃ親友に電話をしては駄目なのか?」
「用事がないと電話してこない癖になんなんだよもうっ! いい加減話進めてよ!」
ぜーはーぜーはーと荒い息が聞こえる。なんだ、生理か?
「バファ○ン要るか?」
「なんの心配をしてんだよ! 同情するならバファリ○なんか用意せず優しくしてよ!」
「ほら、優しくして友達に噂とかされると恥ずかしいし……」
「どこのトキめいたメモりあるの住民だよっ! ちーちゃんなんか出演しても需要ねえよっ!」
「なんだ? 私が出演しても買わないのかお前?」
「100本は買いますっ!」
素直な奴。
あまりふざけていてはいつまでも本題に入らないので、そろそろ真面目に話をしよう。
「私の愛機の改修はまだか?」
「仕上げがまだ。微調整が終わってないけど、待てないなら渡そうか?」
「いや、いい。どうせなら完璧な状態でくれ。そう時間は掛からないのだろう?」
私の愛機、暮桜。
第一回、第二回モンドグロッソにおいて私が搭乗し、優勝した名機。
拡張領域を犠牲にし機動性、敏捷性、即時対応性を引き上げた、世界一ピーキーな私の専用機。
アリーナの様な限られた空間において、誰より速く飛ぶ事ができる私の翼。
「あのねえちーちゃん。如何に私が大天才だとしてもだよ? 暮桜のベースはいわゆる第一世代機。
第四世代機まで席巻しちゃってるこのご時勢、もう改修しちゃうより作り直しちゃった方が早いんだけど」
「いいんだ。私はソイツに愛着がある。スペックだけ第四世代機にして貰えれば支障は無い。後は私がなんとかする。
私のような単純な人間には余計な物なんかいらないんだ。どうせ『近づいて斬る』ことしかできないんだから」
「出来る限り善処したけど、今回が最後だからね? これ以上は間違いなく空中分解しちゃうからね。
大体ちーちゃんじゃなければこんな『ランナーのポテンシャルにISを合わせる』なんて作業、不要なんだから。
と言うか、私でなければちーちゃん向けのISカスタマイズなんて不可能だから」
「ご苦労」
「軽すぎるよ……私への労いが軽すぎるよ……」
「にしても、適正が高すぎるのも考えものだな。一心同体にはなれたとしても、人馬一体とは程遠い。
私の有能な手足とは成り得ても所詮は手足。私の相棒には役不足な機体ばかりだ」
その点、暮桜は優れたISだ。
いつだって私の想定を上回ろうとしてくれる。
一体化した筈の感覚の、その一歩先を見せようとしてくれる。
それはスペックでは計れない、確かな強さ。
織斑千冬を現状に留まらせない、私を最強まで押し上げた秘密の一手。
「そうなると、篠ノ之妹も困っているのか?」
「箒ちゃんが? ないない、例えAランクになったとしても、箒ちゃんには私が組んだ傑作機『紅椿』があるんだから」
「束。篠ノ之箒の適正はSだぞ?」
「…………マジで?」
「大マジだ。この前の適性検査で学園初のSを叩き出した。入学時点の適性はC。成長期間で言えば前代未聞の数値だな」
「…………なんで?」
「なんでも何も、迷いは断ち切ったらしいぞ? にしても、迷いのある私はあんな感じになるのかと思うとぞっとするな」
「―――は?」
私も迷いがあるだけであんなつまらない女になってしまうのか。
おちおち迷ってられんではないか。
……ん?
「ちーちゃん、何を言ってるの?」
「何って、迷いのある私はあんな感じに―――」
「違う! そうじゃない! ちーちゃんが箒ちゃんになるって、適性とか関係なくって、そんな理論は、」
「ん、ああ。言い直そうか? 篠ノ之箒は世界で五番目くらいには織斑千冬に存在的に近しい者になった。
これで誤解は解けたか?」
「深まるばかりだよッ!」
どうやら冗談ではなく、篠ノ之束は私の発言が理解できないらしい。
何をそんなに慌てているのやら。
私はただ、事実を述べているに過ぎないのに。
もしかして。
「もしかして、お前はまだ、気付いていないのか?」
「何にだよッ!!!」
真剣な声、余裕のない声、天災の声。
「『織斑一夏』がISを動かせる理由に、お前はまだ気付いてないんだな?」
「御託はいいから、さっさと喋れ」
「おー怖い怖い。どうした束、あまりにも『らしく』ないぞ?」
束は返事をしない。
怒りの発露より話が逸れてしまう時間のロスを惜しんでいる。
私のことを脳筋だと馬鹿にしてたくせに、この程度の事に気付かないとは。
脳とは元々、考える筋肉だろうに。
「私は一夏を愛している」
「与太話は省いて」
「殺すぞ。……いや、重要なピースだ。珍しく私が教師らしく『なぜなにIS』を開講してやる、タバネ兎は黙って聞け」
千冬お姉さんがてきとうに教えてやる。
まあ、コイツに順序立てて話す必要はない。
篠ノ之束は天才だ。
結論だけ話せば勝手に補足して納得するだろう。
「私は一夏を愛している。これは大前提だ覚えておけ。そして憎らしい事に、IS学園には一夏に惚れている雌豚が数匹居る。
ちなみに雌豚は揃いも揃って代表候補生だ。言ってしまえば『IS適性』の高い者だな」
「―――まさか」
「黙れ、まだ解説中だ。その上一夏は、クラスの女子の殆どに恋心未満の好意を抱かれている。異常とは思わないか?
たかだか顔が良いだけのお調子者が、約40名の異性から嫌われないなんて」
「―――まさか」
「煩い。IS学園に所属する生徒は少なからずISを動かせる程度には適性を持つ。未だ解明されてないが、なぜIS適性なんて物がある?
まして女性にだけISが動かせて、男性は動かせない。女性の中でも適性があるのに、おかしいとは思わなかったのか?
しかもだ。人口の比率から考えるとやけに日本人が多い。むしろ多過ぎる点を疑問に思わなかったのか?」
「―――まさか」
「口を開くな。『ISには女性しか乗れず、女性でも適性がある』、これは確認されている全ISにおいてそうだ。
ISには自我があると言われているにも拘わらず、ISは男性の搭乗者を認めない。
では『IS適性』とはなんなのか、と言う話に戻ろう。これは開発者のお前に説くのも馬鹿馬鹿しい説法だが、世界で初めてISの始祖、
正確にはコアナンバー001が認識した人類はこの『織斑千冬』だ。私と云う強烈な自我、存在を知覚することによってISは人間を認識した」
「―――まさか」
「呼吸するな。世の中の科学者とかいうロマンチスト共はやれDNAパターンがどうやらコアとの親和性がどうたら的外れな論議をしているが、
私とお前だけは真実を識っているだろう。ISが人間を認識する手立ては肉体的及び精神的に、この私と近しいか。ただそれだけだ。
例えば私のクローンを作っても恐らくB止まりだし、私の精神を別人に植えつけても恐らくB止まりだろう」
「―――まさか」
「死ね。詰まる所、織斑一夏がISを動かせる理由ってのは姉である私の教育により精神構造において多大な影響を受けており、
同じ種・胎から産まれているからその肉体の大部分を占める血液・肉体の構成が私と同一であるってだけだ。
別に、一夏自身に特別な理由がある訳じゃない」
「―――まさか」
「殺すぞ。ちなみに私の心の大半は一夏への愛情で埋まっている。私の精神構造は極端に一夏を愛する事に偏っている。
つまり一夏へ惚れ易い女ほど、IS適性が高いと云っても過言ではない。IS学園という母体もそれを証明している。
一夏自身、自分の事が大好きなナルシストだしな」
「―――まさか」
「犯すぞ。ましてIS適性がSともなると、ISが私とかなり近い存在であると判断している。もう一夏に依存してしまってもおかしくないレベルだな。
その点加味すると、元々篠ノ之箒は高いIS適性を秘めていた訳だ。それが福音事件で開花されてしまったにすぎない。
納得したか? これが『篠ノ之箒が織斑千冬に存在的に近しくなる理由』と『織斑一夏がISを動かせる理由』だ」
「―――そういう、事か」
束の声はひどくゆっくりした音となる。
ゆっくりした声とは裏腹に、束の脳内では目まぐるしく情報が整理されている事だろう。
私の発言と、自分の知識と経験を元に仮説を打ち立てる。
その仮説が9割の正答率を誇ると云うのだから恐れ入る。
だから天才。だからこその天才。
本来、仮説に仮説を重ねるのは愚の骨頂であるが、この女に取っては仮設も事実も大差ない。
裏が取れているかどうか、ただそれだけだ。
「ちーちゃんは凄いね」
「そりゃあな。篠ノ之束の身体能力が実は優れているように、私の頭脳だってそれなりに優れている。
篠ノ之束の頭脳と織斑千冬の身体能力に霞んでしまい目立たないが、私の頭も中々のモンだろう?」
「頭が良い奴は理屈で身体を動かせるし、体の扱いに長けている奴は感性で頭脳を使える。ちーちゃんの言だったね。
忘れてたよ。ちーちゃんって学年でも私の次に頭良かったもんね?」
「おい華園さんを忘れるな。ずっと2位だった人がいただろう」
「居たっけそんなの?」
あんだけライバル視されながらこの女は記憶にすら留めていないのか。思わずホロリと涙してしまいそうだ。
「あーもう、ちーちゃんとの子供が欲しいなあ。私とちーちゃんの愛の結晶はどんな傑物を産むんだろう?
とんでもない平凡な子だったらどうしよう? 考えただけでも濡れちゃうなぁ」
「電話切っていいか変態?」
「ダメっ! まだ私に伝えてないことがあるんでしょ? ……ちょっと、電話をスピーカーモードにして遠ざけたでしょ。
地味に傷付くからやめてよそういうの」
勘が鋭いなこの変態。
「『勘が鋭いなこの変態』じゃないよ! 反響音で丸分かりだよ! と言うか何気ない誹謗中傷は胸にしまっとこうよ!」
「じゃあお前、アレだ。例えば私が『ベッドで待ってる』って言ったら?」
「うん。―――すぐ行く! 走って行く!」
「うわ、私の知人キモ過ぎ」
「友人ですらなくなったっ?!」
いや、今のはないだろう。
ドン引きだ。
なぜ私はこんなのと友達なのか問い詰めたくなってきた。
「ちょっと待って、真面目に親友から友達に格下げされてるんですけど!」
だが逆に考えてみよう。
一夏が品川プリンスホテルでシャワーを浴びた後に「ベッドで待ってる」とバスローブ姿で私に言ってきたら、
「無視かよ! 本格的に扱いが酷いよ!」
「五月蝿え、今忙しいんだ殺すぞ」
「逆ギレもいいとこだよっ! あと親友をそんな簡単に殺すなよ!」
「そういえば最近、一夏がたまに『シャバドゥビタッチヘーンシーン』と呟いてるのだが、何か知らないか?」
「ちーちゃん本気でこの束さんに興味ないよねえ! そしていっくんはショータイムしてる場合じゃないよ君のお姉さんの頭がフィナーレだよ!」
お前ら実はこっそり仲良しだよな。
姉よりも姉の親友と連絡をとる愚弟。
姉の親友よりも姉の親友の妹と仲良しな愚弟。
おいもっと姉を大事にしろよ愚弟。
そうだ、ベッドに行こう(一夏の)
「Oh no. I have to do something about it right now」
「束、日本語を喋れ」
「おおっと。日本大好き束さんが実はバイリンガルだった意外な事実をひけらかしてしまったね」
「フーン」
「そんな半角文字発音してまでも束さんに興味がないことをアピールしなくったっていいじゃないか!」
束はいつも元気がいいなあ。
姉としては見習うべきかも知れん。
いや、だがコイツは妹に嫌われている。
見習うべき点はないな、うん。
「そう言えば篠ノ之妹とは最近どうなのだ?」
「それがさ、聞いてよちーちゃん。先週こっそりIS学園に忍び込んで箒ちゃんに会いに行ったんだけどさ、
紅椿展開してガチに殺りに来たんだよあの子。実の姉をだよ? それもわざわざ私があげたISで殺しに来るとかどうなの?」
「ああ、IS展開して暴れてたアレか。理由をいつまでも言わなかったから厳罰にしといた」
「ちーちゃん、箒ちゃんに厳しくない?」
「私だって束が理由だと話せば無罪放免、とまではいかないが反省文で勘弁してやったさ。
アイツが頑なに理由を話さないからこうなった」
「そうまでして、お姉ちゃんを庇うなんて……。箒ちゃんはツンデレさんだなぁ」
「私が厳罰に処すと脅しても『言いたくありません。名前すら口に出したくありません。厳罰で構いません』と
渋柿を噛み潰した顔でいうものだから、望み通り厳罰を与えてやったよ」
「嫌い過ぎだろ箒ちゃん! どんだけ私のコト嫌ってんだよ!
巷では姉さんに一途に恋するアドベンチャーだって存在するのに、箒ちゃんはなんで私をそんなに嫌ってるんだよ!」
「いや、私でもお前みたいなのが姉だったらたぶんぶち殺してるわ」
「平然とした顔でとんでもない事言うなよ! もういいよちーちゃんなんか大嫌いだっ!」
いい加減苛めすぎたのか、束が電話を切ろうとする。
なんだかんだ束の事を可愛いと思っている私は、度々こうやって束を苛めて楽しんでしまう。
やりすぎても許してくれるその愛情に甘えているのだ。
私は、この破天荒な親友の事を大事に思っている。
束には絶対に、何があっても伝えないが。
だから、代わりの一言を。
「束。イルカが見たいから来週末、一緒に水族館に行こう?」
「…………ちーちゃんのそういうトコ、ズルイと思う」
きっと束は、困り顔で顔を赤くしながらも、渋々と私に了承の意を返してくれることだろう。