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No.32820の一覧
[0] 一月一日から始まるちょっと不思議な物語 『だから僕は君達の兄でいる事に決めた』[レバー入れ中K](2012/04/29 23:23)
[1] プロローグ 002  ノーマル[レバー入れ中K](2012/04/17 22:02)
[2] プロローグ 003  ノーマル[レバー入れ中K](2012/04/17 22:05)
[3] プロローグ 004  ノーマル[レバー入れ中K](2012/04/18 20:30)
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[32820] 一月一日から始まるちょっと不思議な物語 『だから僕は君達の兄でいる事に決めた』
Name: レバー入れ中K◆b1c7f986 ID:93051e7d 次を表示する
Date: 2012/04/29 23:23



 『プロローグ 001』 ノーマル





 子供である自分がいるのならば父親がいて母親がいて、兄弟や姉妹がいればその数だけ家族が増えて、ワイワイやっているのが本来の姿。実際、三年ほど前まで私の家族はそうだった。お父さんがいて、お母さんがいて、姉や妹達がいて、それなりに幸せな時間を過ごしていたと思う。“いたと思う”という表現なのは比較対象が無いからで、そもそも何処からが幸せなのかという水準が私には無いから。他の人達から見れば、私達は不幸せだったかもしれない。どうでも良い事であるけれど。
 結局のところ、過ごしていたのだ。過去形なのは、もうその家族はいないという事。まったくもって唐突に、予告も前兆も何もなく一気に崩れ去ってくれた。唐突過ぎて、話を聞いた時に理解が出来なかった程に。
 三年前の一月一日の夜。私の両親と姉は交通事故でこの世を去った。ただ、近所のスーパーに買い物に行っただけ。車で十分程度の道のりの上で、居眠り運転をしたトラックに後ろから追突されたらしい。両親と姉さんが乗っていた軽自動車は三分の一程度にまで潰れ、三人はほぼ即死だったみたい。中途半端に生きて、燃え上がった炎に飲まれなかった。それだけが唯一の救いか――救いならばその命を助けてくれと懇願しても今更遅い。
 大人に言わせれば、私はまだまだ子供。あの時、何も出来なかった事がそれを証明していると思う。妹達も同様だ。あの時、残された私達は本当に何も出来なかった。茫然と、涙を流すしかなかった。それでも葬儀がスムーズに進んだのは、義理の兄がいたから。
 姉の夫、つまり私達にとっては義理の兄となる人。姉さんに紹介されてから、私達と家族ぐるみの付き合いがあって、本当の兄のように慕っていた人。兄さんが、全てやってくれた。何もかも全て。全て。
 でも、問題は葬儀だけじゃない。特に問題だったのは、私達の行き先。両親が死んでしまえばもちろん、私達の面倒を誰がみるかという事になる。あの時はまだ中学生だった私も、余り良く知らない親戚の家に世話になる。そんな事が決まっていたらしい。
 人間一人預かるだけでも、それなりの資金がいる。更に、気苦労やらなんやらが増えるとなると、私達姉妹が全員一緒に住めるという事は難しい。バラバラに、親戚に預けられる。それに異論を唱えたのが、兄さんだった。兄さんは私達全員を預かると、祖父・祖母に申し出た。その際、簡単に事が運ぶ事はなかったらしいけど、結果的に兄さんは私達を引き取った。
 今、こうしてみんな一緒に住めているのは兄さんのお陰である。今の私には、それに対して感謝する事くらいしかできない。いつか、恩返しが出来れば良いと思うけど、多分あの人は笑顔でこう言うと思う。

「そこにいてくれるだけで、僕は幸せだよ」

 姉さんが惚れたのも、なんとなく分かる様な――そんな気がする。




 一月一日。
 世間ではお正月、元日と呼ばれるこの日。これに、私達の場合は姉と両親の命日というのも追加されるけれど、今更そんな事で悲しんだり、気分がマイナスになる事はない。だからといって、私はお正月だからと気分がハイになる事もない。実際、お正月なんて行事は特に楽しいものじゃないと思う。
 もう既にこの世に生まれて十六年。世間一般的には女子高生という奴に分類される。女子高生に分類されるという表現をすると、女子高生が物凄く重要なキーワードのように聞こえるけど、実際は女子高生という単語にそれほど魅力はないと思う。それに、制服着て、スカート翻してキャピキャピしてろと強制される様で嫌だ。っていうか、そういう想像している奴ら、キモい。
 話は逸れたけど、産まれてから十六年。単純に十六歳になった女という訳だけど、こういう所は女子高生と表現した方が楽なんだよね。でも、女子高生という単語で変な奴らが奮い立つと考えると、十六歳の女と表現した方が良さそう。きもちわるい。
 っと、この十六年間。実際は一歳や二歳など、小さな頃の記憶なんて無いから、最古の記憶である五歳位から数えて十回位正月の行事に勤しんできたんだけど、おせち食べてお年玉貰って、初詣行ってからは家でゴロゴロするだけ。
 もちろん、お年玉を貰えるのは嬉しいけど、それ以外なんて事はない休日。ただ、いつもと違うものが食べられて、神社に行くだけの休日。そういう印象が、纏わり付く。実際、そんなにドキドキワクワクする人は多くないと思う。特に大人なんて、会社や仕事を休める事を除けば、無駄にお金が掛かる休日にしかならないから。
 で、私が何を言いたいのかというと。“お正月がどうしたわけ?”という事だ。私にとって一月一日は命日。姉と両親の、命日である。先も言ったけど、だからといって気分が沈むという事はない。だからといってハイになるという事もなく、平穏そのもの。平安・平静・安らか・安息・平穏無事。っと、それらしい言葉を並べたけど、別に平穏だけでいいね。無駄だね。
 お正月は寒いという事も忘れちゃいけない。寒いのが苦手という訳じゃないけれど、起きる時に寒いとちょっと布団から出るのが億劫になる。布団から手を出して、冷えるのを確認してから、布団の中に手を戻して擦って熱を生む。素早い動きで部屋の端にあるヒーターへと向かい、電源を入れて暖まるまで布団に避難するという方法もあるが、それすらも億劫に思えてくる。
 ここで評価を下さないで欲しいのだが、私は決して怠け者じゃない。毎日をきちっと過ごしている自信はある。だけど、寒い。そう、ただただ寒い。

「おはよう。柴蘭しらんちゃん、今日も良い天気だねー」

 起きてから二十分。まだ布団に籠っている私に対し、元気一杯笑顔凛々で朝の挨拶をしてくる人間がいる。結果から言ってしまうと、それは私の片割れ、双子の妹である花梨かりんなのだけど、この人間は寒さを感じないのかと疑うほど朝から元気で、太陽の様な笑顔を見せてる。その笑顔を作っているのが、自分と同じ顔だと思うと、なんだか複雑である。

「天気とかどうでもいいから、ヒーター点けて」
「そんな事より柴蘭ちゃん! 初夢見た!?」
「初夢?」

 初夢と言われて思い浮かぶ夢は、生憎持っていなかった。

「別に見てない」
「えー。もったいないよ。初夢だよ。一富士二鷹三茄子だよっ」
「初夢だかなんだか知らないけど、普段の夢の中でも見た憶えの無いその三つをお正月に見る確率は馬鹿みたいに低いと思うんだけど。天文学レベル」
「だから良い事があるんだよ!」

 その三つを初夢で見る事によって、もう既に運を使っているんじゃないかと思ったけど、今はそんな事より――。

「寒い。ヒーター点けて」
「もう、柴蘭ちゃんは寒がりだね」
「別に寒いのが苦手じゃない。ただ、億劫なだけ」

 『それが苦手という事だよー』と言いながら、部屋の端っこにあるヒーターの電源を入れる花梨の姿を眺め、布団からゆっくりと手を出す。温度確認だ。

「花梨、あんたは朝から元気ね」
「そっかな? でも、今日はお正月だし――」
「お正月だからって、特別ってわけじゃないでしょ。おせち食べて、初詣行って、後はのんびりまったり」
「夢が無いなぁ、柴蘭ちゃん。おせちだって特別だし、初詣だって特別だし、のんびりまったりなんて、特に特別だよっ」

 “特に”を特別に前に使って、特に強調されたのは最後の一個。この一文はまどろっこしいね。
 っていうか、なんで温度確認の為に布団の外に出した私の手を、この娘は握っているのか。

「だって、今日はお兄ちゃんがいるもんっ。お兄ちゃん休みだもんっ」

 こっちの手を握る手に力が入る。つーか、ちょっと痛い。

「確かに兄さん、仕事休みだけどさ」
「いっぱいギュってできるよ! いっぱい、ギュってされちゃうよ! ああ、なんかもう甘美だよね。物凄く胸が高まるというか、下腹部が熱くなるよね。あ、変な風に捉えないでね。変な表現として言った訳だけど。でもさ、なんかこう感じるよね。私全体が、お兄ちゃんの事が好きだって。仕方が無い事なんだよ。これは、仕方が無い事で、運命なんだよ。避けられない運命というか、そのままの意味の運命だよね。“避けられない”なんて必要ないよね」
「あっそ」

 目の前で、自分と同じ顔がキャッキャッ言いながら欲望を爆発させている。
 一応、私の妹という事になっているこの花梨、普段はポワーっとしている癖に兄さんの事になるとR18な事も平気で言葉にする。更に兄さんに対して色々とマジな所が正直引くというかなんというか、同じ顔でほぼ同じ体型で兄さんに言い寄っている姿、例えばお風呂上がりにバスタオル一枚で抱きついていたりする所を見ると、色んな意味で錯覚を起こしてしまいそうになるというかなんというか、なんかこう――複雑だよ。
 ちなみに私は花梨を余り妹という表現で表したくない。なぜかって言われると、答え難いけれど、強いて言うなら私と花梨は同等で、かなり近い存在だと認識しているから。別に世の中の姉と妹に格差があるなんて言っている訳じゃないけれど、その場合どうやったって壁が出来ると思う。どんなに仲が良い姉妹でも、その間には必ず何かしらの壁はある。それを、私達は感じたくないし、現実感じてない。まぁ、性格の違いは感じているけれど。

「だから、私頑張るよっ。柴蘭ちゃんっ」
「はいはい」
「早速、お兄ちゃんとラブラブしてくる! 今ならまだ、すみれちゃんは起きてないはずっ!」

 右手は未だに私の手を握りながら、左手でグッと決意の拳を握る。もう既にその決意は、百回単位で聞いたり、見たりしているんだけど。で、百回単位で兄さんに軽くあしらわれているんだけど……。いや、あしらうという表現はちょっと間違っているかもしれない。兄さんは、花梨から向けられる愛を家族への愛だと勘違いしている節がある。そして、その愛に応える様に花梨の事をそれなりに愛でている。それはもう、愛情たっぷりという表現が似合うだろうけど、その愛情がどう転ぶなんて分からないし、それを期待して花梨の事を応援するのもやぶさかではないのだけど、正直、正直に応援する気にはなれない。ああ、正直が並ぶと言葉として変かな。伝わればいっか。
 正直、その愛情は私にもたっぷり向けられている訳だし。

「いってきますっ」

 時間にして五分ほどだと思う。ずっと握られていた手が解放されて、花梨がこの部屋から出ていった。
 そういえば、唐突に花梨が現れたかのような描写だったけど、花梨はずっとこの部屋にいた。理由は簡単で、私と花梨は相部屋。この部屋には机も二つあるし、ベッドも二つある。それぞれのクローゼットもあるし、それぞれのパソコンだってある。豪勢と言えば豪勢な部屋である。実際豪勢であるのだから否定はしない。ただし、テレビは一台。同じ部屋にテレビが二台あっても、音が混合して見難いというか聞き難いというか、そもそも自分の部屋にあるテレビを余り見ないというかなんというか。とりあえず一台しかない。
 一応、この部屋は両者の私物を置く場所、言ってしまえば領地みたいな範囲をちゃんと線引はしてある。私達の部屋は真ん中に並んで二つのベッドがある。部屋の入り口側から見て、右にあるのが花梨のベッド、左にあるのが私のベッド。更に、そのベッドがある方向がそれぞれの領地となる。つまり、ベッドが線引となっている訳。領地とはいっても、不可侵条約が結んであるとか、一歩でも進入禁止だとかそういうのは全く無い。ただ、一応線を引いただけ。混合しないように。ああ、そうそう。さっき言っていたヒーターは部屋の丁度中央辺りの壁際に置かれている。やっぱり、ヒーターが二台あっても全く意味無いから一台だけ。
 で、花梨がずっとこの部屋にいたという事だけど。相部屋なのだから一緒に寝て、起きるのも一緒でも何の不思議もない。いきなり現れたというよりもずっとベッドの上に花梨はいたという表現が正しい。今はこの部屋にその姿は何処にも見当たらないのだけど。
 そろそろ布団から出ようと、這い出てベッドに座る。ヒーターを点けたからか、寒さはそれなりに和らいでいる。しかし寒いのは変わらない。寒いで思いだしたけれど、最近テレビでアイドルが地球の自転と公転に対して問われた時、ちんぷんかんぷんな表現をしいて、全く間違った認識をしていたのが露見した訳だけど、キャラ作りじゃなければあれはヤバいよね。多分、日本に季節がある理由なんて知らないんだろうなーって思いながらその番組を見ていた訳だけど――物凄く話が変な方向にいっちゃってる。寒いから地球の自転公転、更にアイドルのおつむ事情まで話が飛ぶとは、我ながら意味無い事をしてる。
 出来るだけヒーターの近くで、パジャマから部屋着に着替える。その為に開いたクローゼットの中身は、もちろん服。そこにはもう昔の思い出は無いけれど、今現在の思い出が沢山詰まっているクローゼット。それを片手で閉め、ヒーターの電源を切ってから部屋から出る。
 廊下の向こう側にある階段を下りていけば、階下から声が聞こえてきた。

「ごめんね。手伝わせちゃって」
「ううん、良いの。だって暇だしね」

 その二つの声が聞こえてきた辺りから、一段抜かしで階段を下りていく。階下の廊下に足が着いた時、この家にある唯一の和室へと入っていく二人の姿が見えた。二人共私に気付かなかったみたいだけど、今更和室に入って起きた事を自分から報告する様な行動はしたくない。
 その和室の前を通って、リビングに向かう事にした。

「ところでお兄ちゃん。私、今年の抱負を考えたんだー」
「抱負? へぇ、良い事だよ。ちなみに、内容を聞いても良いかな?」
「今年もいつも通り平和で、お兄ちゃんとラブラブするっ」
「はははっ。そっか。良い抱負だね」

 リビングに入るまでの間に、和室の方からそんな会話が聞こえてきた。今更だが、和室に入った二人とは花梨と兄さんだ。多分、お正月のおせち料理を和室に運んでいるんだと思う。
 この家では、お正月のおせち料理は和室で食べる。以前、両親と住んでいた時もそうだったけど、他の家族がどうしているかなんて知らないから、これが世間的に普通かどうかは知らないけれど、我が家では普通だ。昔も、今も普通の事。
 リビングに入れば、お笑い芸人の笑い声が響いていた。当然だけど、リビングにお笑い芸人がいる訳ではなく、お正月の特番を流しているテレビからの音声。そのテレビを笑いもせずに面白いのかどうかも良く分からない表情をしながら、ジーっと眺めている小さな女の子がいる。

「あっ、しらんおねーちゃんおはよー」

 リビングのドアを開く音で私が入ってきた事に気が付いて、その女の子が嬉しそうに駆け寄ってくる。

「おはよう。すずな

 目の前で可愛い笑顔を見せるのはこの家最年少の菘。この子は、私の姉さんとその夫である兄さんの一人娘で、現在三歳とちょっと。つまり、母親である姉さんはこの子を産んですぐに交通事故で死んでしまうという形となってしまって、この子は母親の顔は写真で知っていてもその温もりは殆ど憶えていない。だからといって、この子が不幸だとか、私は言うつもりはない。もしかしたら、この子はそこらの家族の子供よりもよっぽど幸せなのかもしれない。この子へと向けられる愛情は、ほんの少しだけ私を嫉妬させる。

「きょーね。いつものてれびやってないの。あんまりおもしろくないの」

 そう訴えかけるその顔。姉さんに良く似ていて、その灰色の瞳だけが兄さんに似ている。

「お正月だから。いつものテレビはやらないんだよ」
「えー。おっはーは?」
「今日はやらないよ。そうだなー。あと五回位寝ないとやらないね」

 『つまんなーい』と言いながらテレビの前に戻っていき、ちょこんとそこに座る。でも、テレビの目の前に座ってそれを眺めるのはルール違反であり、兄さんも注意している事だから、放任する訳にはいかない。

「菘、テレビの目の前は駄目だよ」

 テレビの目の前に座った菘ちゃんの脇に手を入れて、抱き上げる。そのままテレビから一定の距離を離した所に置かれたソファーへと向かい、そこに座って膝の上に菘を乗せる。

「むー」
「パパに駄目って、言われてるでしょ」
「だって、てれびとおいもん」

 不満みたいだけれど、テレビに近づき過ぎるのは駄目だって言われているしね。
 あれ、そもそも何でテレビに近づき過ぎちゃ駄目なんだっけ。良く目が悪くなるとは言われているけど、そのメカニズムは知らない。なんだか気になってきたけど、今部屋に戻ってググる訳にもいかない。だからしばらく、菘と一緒に特番を眺めている事にした。

「 おはよう」

 やがて、リビングに誰かが入ってきた。誰かとは言っても、私の家族以外の誰でもないし、この無機質な声は一人しかいない。

「おはよう、すみれ

 リビングに入ってきたのは、私の妹である菫。両親が遺していった最後の子で、私と花梨よりも六年後に産まれた十歳の女の子。今現在小学四年生なのだが、世間一般の小学四年生の他の子とはちょっとだけ違う。違うとはいっても超能力が使えるとか、IQ120越えの天才児だとか、そういう事じゃない。ただ、身体的な特徴として小学四年生のそれよりも明らかに小さいのだ。それには両親の死が関わっているのだけど、余り深く追及するべきじゃないと思う。

「兄さん、花梨に取られているけど?」
「 んー?」

 どうやら菫はまだ完全に覚醒している訳じゃないらしい。良く良く見てみれば、まだ格好はパジャマのままで、髪の毛も寝癖でボサボサ。

「菫ちゃーん」

 廊下の方から、兄さんの菫を呼ぶ声が聞こえてきた。その声に呼び寄せられるかのように、菫は一度入ってきたリビングから出ていってしまう。

「あーあ、髪の毛ぼさぼさだね。あと、着替えもしないと」
「 抱っこ」
「はいはい」

 廊下から聞こえてくるその声。完全に菫が兄さんに甘えているのだけど、菘は全くその事に関しては無関心。父親を盗られるという思考には繋がらないようだ。もう既にたっぷり愛情を注がれているから満足しているのか、それともこの家庭環境がそうさせているのか。どちらにしても良い子なのは確かではあるのだけど、大人にとっての良い子は大体子供には良くない事なわけで――。

「菘は、パパは好き?」

 そんな問いかけをしてみた。

「うん! だいすき!」

 笑顔でそう答えるのは、予想通りだった。その予想通りの答えの間に、もっと深く掘り下げた質問もしようかと思っていたけど、やっぱり止めておいた。

「そっかー。私も大好きだよ」
「みんな、ぱぱだいすき!」
「そうだねー」

 自分から振っておいて適当な相槌を打ちながら、テレビを眺める。お正月番組というのはどうにも好きになれない。ただ、芸人がテレビの向こう側で馬鹿やっているという印象しかなく、その馬鹿な事も中途半端。今は色々とうるさいから過激な事も出来ないのだろうけど、これなら若者のテレビ離れも納得がいく。実際、私もテレビは余り見ないから。
 テレビを見ないで何をするか。花梨はよくインターネットをしているようだけど、私は本を読む。月のお小遣いの殆どを本に回していて、部屋にある本棚もそろそろパンパンになりそう。もう読まないって物を資源ゴミに出したり、古本屋に売れば良いんだけど、それだといざ読みたくなった時に不便だし、どうもこうもない。

「柴蘭ちゃん、おせち食べるよー」

 しばらく小さな女の子の体の柔らかさを堪能しながらテレビを観ているというよりただ眺めていたら、花梨がリビングに顔を出した。
 幼女プニプニタイム、至高の時間は一時中断。菘を膝の上から床に下ろし、目の前のガラステーブルの上に乗せられたリモコンで、テレビを消した。

「で、兄さんとのラブラブ行為には満足した訳?」
「満足? 残念だね柴蘭ちゃん。私の欲望はこれ位では満たされないよ!」

 キリッと決め顔でそう言われてもどう反応して良いのか困る。
 朝から兄さんにベッタリしていた癖に、まだ足りないらしい。いよいよこの娘は駄目かもしれない。いや、もうとっくに駄目だったかもしれない。

「私の目標は――っ」
「ちょーっと待ったぁ。それから先はどうでも良い。言わなくても良い」
「そうなの? 菘ちゃんは花梨おねーちゃんがママになっても良いよねー?」
「んー?」

 余り良く解っていない菘と共に、三人で和室へと向かう。
 和室の戸を開ければ、いつも見えるその光景とは違う小さな変化がそこにはある。いつもほぼ放置に近い形で和室の中央に置かれている木製のテーブルの上にはおせちが並んでいる。更にお雑煮はもちろん蟹も並んでおり、豪勢な物がたっぷりだ。

「おはよう、柴蘭ちゃん」

 そのテーブルの上座に座って、こちらに笑顔を向けている男性が私達の兄さん。私達全員がこうして一緒に住めるように私達を全員引き取ってくれた血縁上は何の繋がりもない姉さんの夫だった人。それでもずっと昔から、私達とは繋がりがあって、ずっとずっと私達を見てくれていた人。

「おはよう、兄さん」

 引き寄せられるような灰色の瞳。その目を優しげに、柔らかく細めて笑顔を向けてくれる。今も昔も変わらない、心が落ち着く笑顔。

「さぁ、座って。いつもと同じだよ」

 いつもと同じとは、いつも朝食や夕食を食べているテーブルと同じ位置関係という事。兄さんの前に花梨、その隣に私。更に兄さんの隣が菘で、その隣が菫。自然とこうなった席の配置は、多分ずっと変わらないだろう。

「さて、まずはご挨拶。あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 全員が『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』と兄さんの言葉に続く。

「それじゃあ、ご飯の前にお年玉配っちゃおうか」

 取り出したお年玉の袋を扇状に広げ、兄さんが名前を読み上げてそれぞれに渡していく。まずは私、次に花梨、さらに菫、菘へと続いていく。お年玉の中身に関しては、貰った相手の目の前で確認するのは余り良い事じゃないと私はしているので、見ない。隣に座る花梨もそうだ。貰ってすぐに自分の脇に置いている。

「せんえんー」

 菘はそういう礼儀等に捉われていないから、すぐにお年玉の中身を出して喜んでいる。菫は、チラッと中身を見て自分の脇に置いた。

「さぁ、今年も良い年である様に願いながらおせちを食べようか」

 いつもの笑顔で、手を合わせる。

「いただきます」

 『いただきます』と続いて箸を手に取る。
 なんか、お正月だなぁと思う。









 おせち料理にはそれぞれ意味があると聞く。例えば栗金団ならば見た目が豪華で金塊の様に見えるから――まずった、栗金団を最初にチョイスしてしまった。これではおせち料理に込められた意味というのが最初から安っぽくなってしまう。栗金団の意味が安っぽいと思うのは私だけかもしれないけど、もうちょっと他のチョイスがあるはず。
 とりあえず、伊達巻には知識が増える様にとか、鰤の焼き物には出世するようにとか、色々とある。それを真に受け、沢山食べる事で自分はこれで出世できると意気込んでいる人は余りいないと思うけど、それを食べて出世できるようにとか、勉強が出来るようになるようにとか、それらに対して努力する人は少なくないはず。一応私も勉学には励まないといけない身。伊達巻を食べて勉強、というほどヤル気はないが、今年もそれなりにやろうとは考えている。毎年思うのだけど。

「ところで柴蘭ちゃん」

 リビングのソファーに座ってテレビを眺めている時、花梨のその言葉が聞こえてきた。

「なに?」
「今朝のおせち料理、里芋と八ツ頭を沢山食べたんだけど、出来るかな?」
「脳に腫瘍なら、もう出来ているんじゃない?」

 『ぶー、柴蘭ちゃんは冗談が通じないなぁ』と不満そうな表情を見せるその顔から視線を外し、テレビへと戻す。ちなみに、里芋と八ツ頭は子孫繁栄の意味が込められている。

「お正月だねぇ。柴蘭ちゃん」

 ボスっとソファーから振動が伝わる。

「何を今更……」
「初詣はお昼前だって。ついでに露店で色々買おうってさ」
「兄さんが?」
「うん。露店でお昼買って、お兄ちゃんはお昼サボるんだってさ」
「ふーん」

 昨日の夜からおせちの準備をして、今日の朝も早く起きてそれを完成させたであろうその口から出てきても、その言葉の意味を成していない様な気がする。苦労人から出てくるその言葉ほど、その言葉は嘘になっている様な気がする。

「で、その後はお墓参り」

 世間一般的にはお正月とお墓参りは余り並べられる言葉ではないと思う。いや、極端に少ないという訳ではないはず。お正月にお墓参りに行くという人も、それなりに沢山いるはずだ。しかしそれが命日となればどうだろう。そこに眠っている人の命日だとすると、その数は一気に減るだろう。

「去年と同じね」
「毎年の通りだね」
「まだ三年よ」
「もう三年だよ」
「……そっか」
「そうだね」

 双子とはいえ、その内で流れる時の流れは同じじゃない。昔はその差異を殆ど感じはしなかったけれど、最近はそうとは限らない。

「ところで柴蘭ちゃん、明日は暇だからみんなで映画鑑賞でもしようと思うんだけど」
「映画鑑賞? 今、何か面白そうなの上映していた?」
「違う違う。借りてきて、リビングで再生して観るの。ちょっとだけ薄暗くして、それなりに雰囲気作ってね」
「ふーん」

 頭の中で想像しながら、何の映画を観たいか考える。観たかったけど結局観なかった映画は沢山あるけど、いざ借りて観るとなると思い付く物が無い。結局映画館に行って観る事が無かったのだから、それまでだと分かっているのだけど、逆に言えば自分に行動力が無い事や興味が続かない事が現れているようにも思える。

「やっぱりあれかな? ホラーかな? ホラー系でお兄ちゃんに『キャー!』とか言って抱きついたり、色々押し付けたり」
「菘や菫もいるんだから、あんまりハードなのは止めなさい」
「うーん。正直そこがネックだよねー。そうなるとインディージョーンズとかになっちゃうし」
「なんでそこでインディージョーンズがチョイスされるの」

 確かにあれは名作だし、刺激もそんなに強くないけれど、ここで出てくるような映画ではないと思う。こういう場合、E・Tとかバグズライフとかそういう所が出てきた方が正しいんじゃないか。

「愛は核実験だーってね」
「……あー、レイゾウコにニゲナイとー」
「冷めてるね。柴蘭ちゃん」
「一々付き合ってられないの」

 丁度、テレビでやっている漫才番組で突っ込み役がボケ役にツッコミを入れているが、特に狙っている訳じゃない。

「それじゃあ、柴蘭ちゃんは何が良いの?」
「私? 私は――意外と観てなかったE・Tとかチャーリーとチョコレート工場とか、そういえばパイレーツオブカリビアンのシリーズも観てなかったっけ」
「ぷっ、お子様」
「この色ボケが――」

 そのむにゅんむにょんした肉を摘んで、引っ張る。

「いふぁい。いふぁいよしらんふぁん」

 ここで変な想像をした人は残念。正解は両頬を摘んで引っ張っているだけ。

「二人共、何をしているの」

 グニグニとやっているとソファーの後ろから兄さんの声がした。目を向ければ当然、そこには兄さんが立っていて、ほんの少し眉間に皺を寄せている。

「柴蘭ちゃん、もう止めなさい」
「あ、ごめんなさい」

 咄嗟にパッと手を離してしまう。

「大丈夫? 花梨ちゃん」
「わーんっ、お兄ちゃん痛かったよー」

 ちょっと赤くなった頬を撫でながらの言葉に対して、花梨がすかさず甘えの態勢に入る。イラッとした。

「まぁ、どうせ花梨ちゃんが変な事言って柴蘭ちゃんを怒らしたんだろうけど」
「酷い! 酷いよお兄ちゃん! 私はそんな子じゃないよ!」
「そう? でも、僕が好きな花梨ちゃんはそんな子だよ」
「花梨はそんな子です!」

 なんて都合の良い人間なのでしょーう(ビフォーアフター)。これがもう一人の自分といっても差し支えない存在だと思うと、私達の間に壁を作ってしまっても良いのではないかと思ってしまう。
 駄目だこいつ……もうどうしようも出来ない……。

「そっかそっか。で、どんな話をしていたの?」

 花梨の頭を笑顔で撫でながらの兄さんの言葉。この人は本当、花梨を子供扱いしているなー。更に花梨はそれに対してかなり満足げだ。先は長い。

「明日、映画鑑賞するって話だよ。兄さん」
「ああっ。今朝、花梨ちゃんが言ってたね。うん、良いんじゃないかな」
「それで、どんな映画が良いかって話になったんだけど――」

 もちろん、私の頭の中で先程までの一連の会話が浮かんでくるのだけれども、その会話の中で花梨にされた質問も同時に頭に浮かぶ。それに関連して、兄さんはどんな答えを出すのだろうと少し気になった。

「兄さんは、どんな映画が良い?」
「僕? そうだね。あんまり映画とか見ないんだけど――E・Tとかバグズライフとかカーズとか――」
「やぁん。お兄ちゃんユニバーサルーゥ」
「あんたは黙ってなさい」

 お子様発言を私は忘れない。

「菘や菫ちゃんも観るからね。そういうのが、良いんじゃないかな?」
「私は、パイレーツやチャーリーとチョコレート工場も観てみたいんだけど」
「良いと思うよ。でも、今それを借りようって決めないで、あくまで候補としてあげておいて、DVDを借りに行く時に色々と見てみようよ」

 ポンっと頭の上に置かれたのは兄さんの手。もう癖になっているのか、兄さんは事ある毎に私達の頭の上に手を乗せる。女の子にとって、髪の毛は本当に親しくないと触られたくない箇所であって、気易く触るのは厳禁であるけれど、私達にとって兄さんはそれに当て嵌まらない。でも、いつかは注意してあげないといけないと思っていたりする。

「さぁ、お昼近くになったら近所の神社行くからね。多分、結構並ぶと思うから気持ち早めに出るよ。準備しておいてね」
「うん」
「はーい」
「そうそう、今日は寒いからね」

 多分、兄さんの方もそれなりの準備をするのだろう。リビングから出ていくその姿を見送り、再度二人だけになったリビングを小さな沈黙が支配する。

「ところで柴蘭ちゃん」
「んー?」
「純愛映画を見て、恋したいと一時的に思っても、多分それは過ちなんだろうね」
「いきなり何よ」
「その点、私は凄いよな。ずっとずーっとお兄ちゃんの事が好きだもん」
「そうね。最後まで色ボケたっぷりだもん」

 ツッコミをしてくれる人は誰もいない。


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