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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Astarte & Warlock
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:b090dcee 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/02 20:47
 その言葉は存在を知る一握りの者にとっての呪いにも等しい。男の口から飛び出した『ニュータイプ』と言う単語はバスクの身体の内に巣食った殺意を残らずはぎ取って好奇心へと置き換えた。後何秒か後の未来には男の命を奪う筈だった拳銃を慌てて腰へと戻したバスクは、街角で配られる号外記事に食いつく一般市民の様な顔で手の中の紙面を広げる。
「彼女ならばきっと私が理想とする強化人間の能力を十分に発揮できるプログラムを組み上げてくれるに違いない。いえ、それだけの素養が彼女の能力にはある」
「 …… 何だ、これは」
 得意満面に対象者へと賭ける期待を口にする男に向かって、バスクはまるで闇の底から漏れ出す地鳴りのような声で尋ねた。両手で広げられたその紙は彼の膂力を支えきれずに今にも破れてしまいそうなほど歪に歪んでいる。
「何だ、と申されても今貴方にお見せできる資料はその一枚だけ。後はこの研究所への異動が認められてからの提出と言うのは元々の決まりですが? 」
「だからこれは何だと聞いているっ!? 貴様の言う通りの人物ならば一廉の経歴、係累の持ち主の筈。それが ―― これではまるでこの女の履歴書ではないかっ! 」
 鬱積した怒りがその手に乗り移って手品の様に紙を丸めこむと、それを渾身の力で床へと叩きつけるバスク。種の無い仕掛けはその紙を小さく床から跳ね上げてもう一度床へと導き、それが物理法則に従った正確な放物線を描き終わる前にバスクのブーツがその紙を思い切り踏み躙った。
「そうですね、そう言う見方も出来ますか。 …… 確かに彼女が在籍していたのはただ一社、アナハイム・エレクトロ二クス社のみ、それ以外に彼女が参画した機関、軍関係の研究所などは一切なし。純粋な民間の技術者ですから」
「気でも狂ったかっ、それとも貴様の目は節穴か!? こんな女に我がティターンズの技術開発部や貴様の古巣が束になっても叶わないだと!? ましてやこ奴は『蝙蝠野郎 ルナリアン』ではないかっ! 」
「才能に出自は関係ない、それを言うならば私も、そして我が師フラナガンも貴方が重用するモーゼスもナカモトもスペースノイドだ。貴方方の主義主張がいかなる物であろうとも、この研究の最先端を求めようとするのであれば清濁併せ呑まざるを得ないと言う事はご存じの筈。そしてそれは彼女にも当てはまる事」
「詭弁を弄すなっ! 」
 咄嗟にバスクの丸太の様な腕が男の胸倉を掴んで持ち上げた。皺一つない白衣の襟が捻じ上げられて男の首へと絡みつく、しかし男はその両足がバスクの渾身によって宙に浮く寸前に何事も無いかの様にぽつりと呟いた。
「 ―― 彼女は『ガンダム』の開発者です」
 
『ガンダム』という名は元々連邦軍の次期主力機種開発計画の試作機に与えられる名称である。一年戦争の最中に急遽ロールアウトした試作機が上げた戦果と影響力は敵に恐怖と伝説を埋め込み、その功績を重視した連邦軍はいつしか性能損失が少ないとみられる量産機にもその名を冠する事が慣例化しつつあった。機体名称の一部へと変化した開発計画名ではあったが、それはティターンズの台頭した連邦軍においても最重要機密の一翼を担う名前には違いない。男の口からその台詞が語られた時、バスクはそれを鵜呑みにする事は出来なくても手を止めざるを得なかった。
「ガンダムだと!? 」
 吊るしあげたこの男がその名称を口にしたと言っても何ら憚る事は無い、この男もティターンズの極秘計画に従事する科学者の一人なのだから。しかしバスクはいかにも訳知り顔でそれを告げたこの男の態度が許せなかった。畑違いの軍の開発計画に対する侮蔑にも、バスクの耳には聞こえる。
「貴様の言う『ガンダム』とはどの機種を指して言うのだ、既に連邦軍にはその名を冠した様々なヴァリエーションが星の数ほど存在する。その様な言い逃れで ―― 」
「この資料を貴方に手渡す前に、私が何と言ったか憶えていますか? 」
 素知らぬ顔でそう告げる男の言葉にはっと表情を変えたバスクの手から力が抜ける。物語の伏線の様に何気なく記憶へと埋め込まれた言葉がバスクの心理に衝撃を齎した。
「 …… 『貴方達がその記録から抹消し』 ―― 」
 歴史の表舞台から抹消された試作機、それに該当する機種はあの四機しか思い当たらない。自分達がデラーズ紛争という状況を利用してその権益を拡大しようとし、そして成し遂げた後に残った負の遺産。
「私が、そこから拾い上げた …… ご名答」
「馬鹿なっ! あの機体の記録はアナハイムの本社に軍の技術者が乗り込んで完全に抹消した筈、何故それを貴様が知っているっ!? 」
 機密保持には万全を期するティターンズならではの腕利き連中が手抜かりをするとは考えられない。バスクの脳裏にその時の時系列と報告書の文面が津波の様に押し寄せて、それは彼の思考を整理するどころか一層の混乱を招く。苦悩を浮かべたバスクに向かって男が見かねた様に言った。
「これは彼らから私へと送られたと言うより、貴方方ティターンズへと私を通して送られたメッセージでしょう。もしこの事を知り、貴方方が何らかの実力行使を行う様であれば彼らは自らの保身の為にこの事を全人類へと確かな証拠と共に公開する、と言う。裏を返せばこれ以上アナハイムを窮鼠にしないと約束するのならばこの情報は一切口外しない」
「 …… おのれアナハイムの連中めっ、そんな恐喝紛いの脅しに我らが屈するとでも思っているのか!? 」
 男の文言に理を悟ったバスクは怒りの矛先を手の中の男から、遥かな宇宙の上に浮かんだ灰色の衛星へと向けた。人類史上最大の軍産企業と言えども所詮は戦争に寄生して生き血を啜る輩に過ぎない、それが自分の立場もわきまえずに何を言うっ!?

 足の裏へしっかりと自分の体重が掛かった事を理解した男はバスクの視線が調度品の全くない部屋の壁へと向けられた事を確認して、おもむろに足元の紙屑へとその手を伸ばした。ソールの跡がくっきりと残るその紙屑を丁寧に、慎重に開きながら言った。
「それは貴方方の問題だ。私の抱える問題が片付いた後で十分にやり合えばいいでしょう。しかし、先ずは ―― 」
 元通りとはいかないまでも、あらかた開き切った一枚の紙の隅に印刷された彼女のポートレート。高価な宝石を思わせる抜ける様な蒼い瞳と、それを引き立たせる金色の柔らかな髪。
「 ―― 彼女をどうやって私の元へと異動させるかと言う事を、考えて頂かなくては」

                              *                              *                              *

 両肩に掛かった金の髪がオークリーの風に揺れる。大ぶりなゲッティのサングラス越しにアデリアとマークスの出で立ちを一瞥したニナは、腕組みをしたまま溜息交じりに言った。
「まあ、なんて格好なの二人とも、と言いたい所だけど ―― 」
 サングラスの淵から覗く眉がピクリと上がる、その動きだけでもニナが二人の今日の演習内容に関して不満を持っている事が分かる。アデリアもマークスもまるで借りた猫の子の様に肩を竦めて、小首を傾げたまま二人を睨みつけるニナを上目づかいに盗み見た。
「今、貴方達二人の起動ディスクを回収して分析している所。もうちょっとしたら今日の演習の行動分析が終わるから、その間にその汚れた服を着替えて食事を済ませて会議室に来るようにとのお達しよ。私も後から資料を持ってモウラと一緒に行くから」
「 ―― ニナさ ―― い、いえ技術主任もご一緒ですか? 」
 名前を呼ぼうとした瞬間にアデリアの肘がマークスの脇腹を小突いた。慌てて言い直すマークスの視線は薄くローズの引かれたニナの口元へと注がれている、誰もが見蕩れる美貌を持っている事に自覚的では無いニナのさりげなさに心惹かれるマークスの気配を察知したアデリアが、視線を地面に向けて誰にも気づかれない様に小さく舌打ちする。
「そうね、隊長からの直々の要請だから私も。『モビルスーツの操縦の仕方をサルでも分かる様に教えてやってくれ』と言われたんじゃ、無碍にも断れないわ」
「 …… ひでえ言われよう」
「あたし達って、サル以下? 」
 技術部門のトップからさすがにそこまで低評価を下されると二人も黙ってはいられない。揶揄に対して思いっきり不満を露わにする二人に向かってニナは口元を崩しながら小さく笑った。
「整備から上がったばかりのゲルググを見事なまでに傷だらけにして帰って来た罰よ『クラッシャーズ』。アストナージがここまで怒鳴り込んで来ない事を幸運に思いなさい」
「そうそう」
 ニナの背後から被せる様に陽気な声が届く。恐らく十キロはあると思われる巨大なモビルスーツ用のスパナを肩に担いだモウラがにやにやと笑いながらニナの隣へと肩を並べた。
「お前達、ジェスに後で何か奢っとけ? 担ぎ込まれたゲルググに奴が真っ先に飛び付かなかったら、アストナージは仁王立ちのまんまであんた達を出迎えるとこだったんだから。―― あの小娘バラシ屋、ほっといたらゲルググの骨までしゃぶり尽くすつもりだよ」
 遣い込んで色褪せたモスグリーンの繋ぎの袖を肘まで捲くったモウラが視線を背後へと送る、その先にあるハンガーの内部ではクレーンの轟音と整備士達の怒号が鳴り響いていた。
「それに元アナハイムのシステムエンジニア様が直々に講義をして下さるって言うんだ、ジャブローに居たってそんな機会滅多にあるもんじゃないんだからもっと嬉しそうな顔をしたらどうだい? 」
 トントンとスパナで自分の肩を叩きながら視線を二人へと戻したモウラは穏やかに笑いながら二人を宥める、しかしマークスは自分より遥かに上背のあるモウラの顔を見上げながら困惑した様に言った。当然だ、フルマラソンを走り切った直後に冷房の利いた部屋になんぞ満腹で押し込まれたら、襲いかかってくる睡魔を振り切る自信が無い。全く同じ事を考えていたアデリアが隣で小さく頷いた。
「い、いやバシット中尉。それは自分達にとっても絶好の機会だとは思うし大変ありがたい事だとは思うんですが、自分もアデリアも座学は昔からどうも苦手で ―― 」
 ちょっと待て、と。言い逃れの巻き添えにされたアデリアが思わず目を見開いてマークスの横顔を睨みつけた。それに加えて藍色の瞳にはありありと抗議の意思が窺える、士官学校をダントツのトップで卒業した男が言うに事欠いて座学が苦手とはよく言う。彼が苦手だと言うのならば自分の立場はどうなるのだ。
「 …… ほう? アデリアが言うンならともかく、あんたの口からそんな言い逃れが聞けるとはねぇ。 ―― だってさ、キース中尉。どうする? 」

 モウラの視線が背中越しへ移動した事を知った瞬間に、マークスの後頭部へと強烈な平手が飛んだ。痺れる頭を両手で押さえて振り返ったマークスの目に真っ先に飛び込んだのはキースのシューティンググラスのオレンジだった。
「た、隊長。いつの間に ―― 」
 痛みに顔を顰めるマークスとその仕草を心配そうに横目で眺めるアデリアが敬愛する上官に向かって形ばかりの敬礼を小さく返す、だがキースの怒りはそれでは収まらない。
「お前たち、技術主任のご好意に対してその態度は何だ! 本来ならば自主的に教えを請う所を、不勉強なお前達二人の為に技術主任が徹夜明けの体を押して教えて下さると言うんだ、ありがたいとは思わないのか!? 」
 上官の部下に対する指導がいかなる物であっても部外者は口を挟んではならないと言う事を、その光景を見つめるニナとモウラは知っている。金髪を日の光に煌めかせながら猛烈な剣幕で捲し立てるその様を二人は口を噤んでじっと見守った。
「今日みたいな体たらくで敵と互角に渡り合えるなどと本気で思ってるンなら先ずその性根からもう一度叩き直してやるっ! あれほど俺が二人一組ツーマンセルで行動しろと教えたにも関わらず、機種の有利に頼んで別行動をとる等とは言語道断。戦闘の原則を無視して行動するから自分のザクにまで遅れをとる羽目になるんだ、少しばかりモビルスーツを上手く扱えるようになったからって図に乗るんじゃないっ! 」
 降り注ぐ罵声は見る見るうちにアデリアの表情を曇らせた。確かにキースの言う通りだ、もし二人が別行動を取らずにキースに当たっていたら、少なくとももう少しは持ち堪えられたのではないのか、と思う。
 ポイントマンの位置にあったマークスがキースと対峙した時点で自分はマークスの死角をカバーする事が出来た、そうしていれば少なくともキースの奇襲には対応できた筈だし、いざとなれば倍の火力で足を鈍らせる事が出来たかも知れないのだ。戦力を二分した時点でお互いの策敵能力は半減し、戦術的にはその隙を突かれて敗北したと言う事になる。
 演習を振り返って反省一しきりの表情を浮かべるアデリア、しかしその隣に立つマークスの表情は彼女とは全くの正反対だった。痛みを堪えて背筋を伸ばしたマークスは怒りの形相で立つキースの顔を見つめて、もう一度敬礼をやり直してからおもむろに口を開いた。
「隊長、お言葉を返す様ですが自分はそうは思いません。自分達が今日負けたのは隊長の戦略にであって、機体性能や技量には関係が無いと思います。もし今日の相手が隊長以外の誰かだとしたら、自分かアデリアかのどちらかがきっと仕留めていた筈だと自分は推測します」
 マークスの反抗にびっくりしたアデリアが慌ててもう一度脇腹へと肘を送る、しかしマークスの姿勢も表情も微動だにしない。彼の長所でもあり致命的な短所でもある反骨精神は自分の正義を疑わないと言う揺ぎ無い信念であり、それは彼のキャリアを今まで大きく損なって来たという事をアデリアは彼から聞いていた。ここでその心意気を披露してどうするの、と心配するアデリアではあったがその一方で彼の屈する事の無い精神力を羨ましいとも思った。

 キースは心の底でマークスの主張を認めている、モウラにも話した通り二人との演習で勝てたのは自分が今まで培ってきた戦闘経験による物が大きい。技量も戦術も彼らと同年代のパイロットは比較にならないほど上達しているのは演習後に回収されるデータからも、そしてキースやモウラ、ニナですらも認める所ではある。今日の演習が戦争経験の無い連中との模擬戦だったとしたら確実に彼らは勝利していた筈だ。
 だが彼らが真に越えなければならない相手はキース自身であり、そして何よりもその事実を今の段階で認める訳にはいかない。
 拳を握っていたキースの両手がその形のまま腰へと添えられる。睨みつけた目の力を解いて視線を逸らす、ハンガーの屋根の向こうへと続く色褪せた空へと目を向けたキースはぽつりと呟いた。
「 …… 俺に勝てない様では、お前達はいつか戦場で命を落とす事になる」
 あの紛争を生き残った要因をキースは自分の実力だとは思わない、運が良かったのだ。だが戦場で目まぐるしく向きを変える運命の天秤の針を自分の方へと傾ける為にはその運を凌駕する力を身につけなければならないのだ、どんな敵と相対したとしてもそれを潜り抜ける事の出来る、力を。
 ―― 相手の持つ運ごと叩き潰すだけの、力を。

 キースの放った静かな声が逆にマークスの動揺を誘う、思わず敬礼を解いたマークスが空を見上げたままのキースに向かって言った。
「そんな。隊長に勝つ、だなんてっ! い、いや勿論いつかは勝ちたいとは思っていますしその努力を怠るつもりはないですけど、隊長の実力以上の物を身につける事なんて今の自分には想像が出来ません! 」
「想像では無く、俺も含めて部隊が生き残る為にはそうするしかないって事だ。 ―― そうだな、バシット中尉? 」 
 叱責覚悟の意見が思わぬ反応をキースに齎したと言う事に動揺を隠しきれないマークスとその隣で驚きを露わにしたアデリア。肩越しに送った視線の先に立つモウラは少し困った様な顔をして、しかし穏やかな頬笑みだけはいまだに残っている。
「隊長の言う通りだよ、二人とも。負けたあんた達をいじめる様で悪いけど、世間にゃ隊長位の腕を持ったパイロットはごまんといる。そんな奴にも勝てないで、もし戦場で『撃墜王エース』と呼ばれる連中に出っくわしたら、今のあんた達じゃ何にも出来ずに死んじまう。あんた達がもし死んじまったとしたら ―― 」
 モウラの声が僅かに止まる。アルビオンから送り出す度に何度も覚悟したその気持ちを口に出す事は、例え戦場から遠く離れたこの場所にあっても嫌な物だ。
「 ―― その次は隊長の、番だ」

 資料に記載されたモウラの経歴がたとえ白紙であったとしても、彼女が幾重もの戦いの中を生き延びて来た歴戦の整備士であると言う事はその手腕から容易に想像できた。根拠のない裏付けはモウラ自身の技能とその身体から滲み出す雰囲気からも分かるのだ。渇いた喉を湿らせる様にゴクリと飲み込んだ唾の音が、まるで何かの早鐘の様にマークスには思えた。
「あんた達に勘違いして欲しくないのは、隊長はあんた達を生き延びさせる為じゃなく、自分が生き延びる為にあんた達を育てているんだ。実力的には全く歯が立たないエースでも相手は所詮一人、一対一では敵わなくても三対一ならばもしかしたら生き残る事が出来るかもしれない。その為に隊長は自分の持ってる技術の全てを全部隠さずにあんた達に使ってるんだ、だからあんた達もその期待に応えてやんなきゃ」
 背後から宥める様に零れ出すモウラの言葉が二人の背中に痛いほど突き刺さる。自分達が化け物呼ばわりしたキースでも歯が立たない『撃墜王』と言う者の存在を二人はまだ知らない、いやもしかしたらこの先も出逢わないかも知れない。圧倒的なその恐怖に背筋を寒くする二人に向かって今度はニナが声を掛けた。
「 …… 軍人である以上、万が一の覚悟はしておかなくてはならない。その時にもし貴方達が命を落とす様な事があったらそれは私達の責任。ここで出会ったのは偶然の悪戯なのかも知れないけれど、だからこそ私達は貴方達に生き残って貰いたい。その為には私達の持ってる全てを継ぎこんででもそのやり方を教えるわ、もう二度とあんな ―― 」
「 …… ニナさん? 」
 深刻なニナの声音に驚いたアデリアが思わず振り返って、声を詰まらせたその訳を読み取る為にじっとニナの表情へと目を凝らす。しかしニナはいつの間にか二人の影から目を背けて、少し離れた所へと乗り付けられたバイクへと注がれていた。

 赤と黒のツートンを基調とした大型のバイクは猛禽類の嘴を彷彿とさせるフロントフェンダーを僅かに傾けながらゆっくりと、司令部のある棟の脇へとその体を休めた。大排気量のエンジンとは思えないほど中音域に幅のある駆動音は緩やかなアイドリングを僅かに続けた後に、主の意思を受け入れてその息継ぎを止める。
 ハンガーから溢れ出る喧騒に紛れてひっそりとサイドスタンドを立てたコウは体に廻された両手をなかなか外そうとはしない背後のセシルに、遠慮がちに声を掛けた。
「せ、セシルさん。着きましたけど? 」
 ボブスターのゴーグルを外しながら背後へと視線を送ったコウの背中から、自分のヘルメットを被ったセシルの頭がゆっくりと離れた。前頭部のバイザーカバーに大きく『5』と印刷された赤いヘルメットは嘗て彼がトリントンで使用していた物だ、セシルは僅かに張り出した庇の影からコウの顔を見上げてにっこりと笑った。
「バイクって初めて乗ったけど、面白いわ。もう少しこのまま乗っていたかったのに」
「あ、いやその ―― 」
 何の屈託もなく見上げるセシルから慌てて目を逸らすコウ。セシルはそんなコウの仕草を面白がって笑うと、両手をコウの肩に掛けてひらりと地面へと降り立った。しなやかな身のこなしは重力と言うしがらみを微塵も感じさせない、セシルはコウのヘルメットを外すと軽く頭を振って艶やかな翠の髪の乱れを振り解いた。
「でもウラキさんの言う通り、自転車じゃ大変な事になるとこだった。本当にごめんなさいね、わざわざここまで送って貰っちゃって」

「 …… コウ? 」
 人目を憚る様にニナの口をついて出たその言葉をアデリアは聞き逃さなかった。反射的に送る視線の中に映るニナの表情は、アデリアが今までに見た事もない複雑な表情が見え隠れしている。微かに震えている肩は彼女の喜びから来る物なのかそれともその表情の大半を占める悲しみから来る物なのかは分からない、しかし今アデリアが見るニナには自分の知る技術主任のイメージと言う物が完全に覆されている。
 ニナの視線を追う様にアデリアの目がバイクの傍にいる二人の人物へと注がれた。カーキ色のカーゴパンツを軍用のブーツの中に託し入れ、長袖のTシャツから僅かに覗く胸の肌は浅黒い。その色はさっき自分達の自信をプライドごと叩き折った民間人と同じ、日焼けによる肌の色だ。身長はマークスと同じ位なのに妙に大きく感じるのは、肩の盛り上がった筋肉と厚い胸板のせいだろう。いかにも自分の肉体を誇示して漢らしさを滲ませるその男と対になる妙な色気の女の姿を目を細めて眺めるアデリア。

 何時しかそこに居合わせている四人の目がその一点へと向けられている事にマークスは気が付き、しかし自分以外の全員が漂わせるそれぞれの異様な雰囲気に驚いた。顔見知りならばすぐにでも駆け寄って挨拶をすればいい物を、何故かそこにいる全員が固まったまま微動だにしない。自分の隣でまるでうっとりと男を眺めるアデリアの表情を嫌な気分で眺めながらマークスは尋ねた。
「アデリア、お前ひょっとしてああいうマッチョがストライク? 」

 セシルの顔が何の躊躇いもなくコウの頬へと迫る。音も無く触れる柔らかい唇の感触に驚いたコウはびっくりした表情でセシルの方を振り返った。

「 ―― うん、ど真ん中」
 力強く返答したアデリアはその二人の睦み合いを羨ましそうな表情で眺めている。マークスはアデリアの嗜好がいかにも女性士官好みの男性像だと言う事を確認して心の中でそっと溜息をついた。分かりあえていると自分で思っていても、やはりそう言う所の価値観は共有出来ないと言う事なのか。ほんの少しの失望はマークスの表情を微かに歪めて、心に小さな針を何度も刺した。
 小さな痛みを覚えるマークスが大事な何かを諦めてアデリアの視線を追って二人へと目を向ける。その途上に映ったニナの表情も唇を固く閉じたまま、何かの痛みに耐えている。
 自分と同じ表情をしている、とマークスは思った。

「な、何を ―― 」
 慌てて頬を抑えようとするコウの手に間髪をいれずにヘルメットを手渡したセシルは、うろたえたままのその反応を悪戯っぽい表情で眺めながら言った。
「一人身のかっこいいお兄さんに、お姉さんからのほんのお礼です。それにいつもうちの主人の飲み相手になって貰ってる、そのお礼も兼ねて、かな? 」
 少女の様ににっこりと笑うとセシルはそのまま踵を返して司令棟の脇にある小さな入口へと足を向けた。モデルの様な足取りで去っていくその後ろ姿を電気に打たれた様に呆然と見送るコウ、セシルが不意に立ち止まってそのままの状態のコウに向かって声を掛けたのは入口へと姿を消す間際だった。くるりと振り返った彼女が小さくウインクをして、コウに言った。
「帰りに主人とお家に寄りますから、自転車宜しくお願いします。 …… それとこの事は主人には、内緒ね? 」
 人差し指を立てて唇の前に当てるセシル。余りにチャーミングなその仕草にコウは言葉も無く、やっと頷くだけだった。

「 ―― 今日はここまでだ」
 突然キースの声が目の前に立ったままの二人に届く。慌てて声の主を振り返ったアデリアとマークスに、キースは冷静な口調で言った。
「一時間後にブリーフィングルームで今日の演習の損害評価を行う、分かったな? 」
 突然の宣言にマークスは訝しげな顔を浮かべてキースの顔色を伺った。自分達を叱責したあの雰囲気がまるで影を潜めて、一瞬のうちに心を壁の中へと閉じ込めてしまった様な気がする。その全ての事があのバイクに跨った男に起因する物だと感づいたマークスは、思い切ってキースへとその疑問をぶつけてみた。
「 …… 隊長、お伺いしたいのですが、もしかしてあそこに来られた方は隊長のお知り合いの方なんじゃ ―― 」
「復唱はどうした、ヴェスト軍曹? 」
 取り着く島もなく言い放つキースの前にマークスの質問は遮られる、尚も口を開いて続けようとしたマークスはキースの眼光によってそれ以上の質問に彼が応える気が無い事を悟った。睨みつけるキースの視線に向かって真っ向から対峙したマークスは、背筋を糺して右手を掲げた。
「マークス・ヴェスト軍曹、アデリア・フォス伍長の両名は只今から一時間後の1400ヒトヨンマルマル時にブリーフィングルームに集合。本日の演習の損害評価に参加いたします」
 アデリアが無言で敬礼する、さっきとは明らかに違う表情の横顔を横目で見ながら復唱するマークスを一瞥したキースが言った。
「よし、解散デスミス

 アデリアの手がすかさずマークスの背中を押した。思い掛けないその強い力に慌てて振り返る視線の中で、アデリアは何かを言いたげな瞳を掲げている。
「ほら、マークス行こう? 早くしないとお昼ご飯が食べらン無くなっちゃう」
 背中を押していたと思ったら今度はマークスの前へと回ってその右手を引っ張る、握り締めたその力に顔を顰めるマークスの心境などお構いなしにアデリアは尚もその歩調を速めてハンガーの前からどんどん遠ざかる。早足が小走りになり掛けた所でマークスがアデリアの足を止めようと声を掛けた。
「お、おいアデリア待てって。そんなに急がなくてもまだ時間は十分にあるから ―― 」
 しかしアデリアはマークスの訴えを退けたまま、無言で施設棟の入口を潜った。頭上から降り注いでいた強い日差しが途切れて、ひんやりとした空気に変わった入口のすぐ傍でアデリアの手はやっとマークスの手首を離す。ジン、とする痛みを労わる様に自分の手首を擦りながら、アデリアの行動に抗議しようと口を開きかけたマークスに先んじてアデリアが言った。
「 …… コウ・ウラキ伍長よ、あの人」
 ぽつりと呟くその言葉はマークスを驚かせる、思わず振り返って元いた場所へと視線を投げかけようとするマークスの動きをアデリアが片手で制する。
「何で分かるんだ、今まで見た事もあった事もないってのに? 」
「さっき、ニナさんが呟いたの。『コウ』って」
 自分には聞えなかった ―― いやそこまで気が回っていなかった。しかしアデリアはその卓越した聴力を生かして、彼女から漏れ出したその一言から相手の素性を割り出した。確かにニナの周辺で『コウ』と言う名の男性を指すのは基地内の噂に残る嘗ての恋人の名前しか思い当たらない、と言うかそもそも彼女の周囲にそんな華やかな噂など煙の一本すら立っていない。
 絶句したままアデリアの表情を伺うマークスの前でアデリアの表情が変化した。不思議に思っていた感情が彼女の内面から溢れだしてそれが怒りであったと言う事をマークスに教える。
「 …… ニナさんのあんな悲しそうな声、聞いた事ない。きっと今でも伍長の事が好きなのよ」
 固く結んだ口の奥で彼女の奥歯がギリ、と鳴った。湧き上がって来るマグマの様な怒りを必死で堪えて、自分の足元をじっと見つめるアデリアの肩が震えている。長い髪が隠した表情を探る様にマークスが顔を覗きこんだ。
「お、おいアデリア。お前、ひょっとして ―― 怒ってンのか? 」
「きっと二人が別れた原因って、伍長の浮気が原因よ。ううんきっとそう、だってこんなまっ昼間っからあんな所でキスする所を見せびらかすなんて、なんて奴っ! 」
 アデリアの目がそこに浮かんだ見えない何かを睨みつけた。眉目秀麗を絵に描いた様な顔形でありながら、一度火が付くとその気性は火の様に激しく、熱い。ここに来てからずっと随伴機として彼女を従えるマークスは、それこそが彼女の二つ名の真髄である事をよく理解していた。
「女の気持を知っててそれを踏みにじる男なんて許せない、ベルファストの時と同じよっ! ―― あの子はあいつの事が本当に好きだったのにあいつは、あの下衆野郎はっ! 」
          
                              *                               *                              *

 アデリアの二つ名が付けられた事件の顛末をマークスは人づてに聞いた。八人の現役パイロットのことごとくに重傷を負わせてベルファスト基地に駐留するモビルスーツ部隊の機能を完全に麻痺させた張本人の名は既にマンスリーで掲示されてはいたのだがその内容まで知る者は殆ど無く、あくまで噂話と言う域を出ない物であった。
 通報によって駆けつけたベルファスト基地のMPが駆け付けた現場は、ほんの数十分前までパイロット用の娯楽施設が整ったプレイルームと呼ばれていた修羅場だった。まるで局地的な暴風が吹き荒れた様に什器備品が飛び散ったまま散乱する惨状の中で苦しげな息で横たわったままの哀れな犠牲者達、そしてそのただ中で何かに取り憑かれた様に動きを止めない女の姿。腰に縋って静止を哀願する同僚の叫びも無視して、その女隊長は血泡を吹いたまま動かなくなった男の股間を渾身の力で蹴り上げ続けていたと言う。
 本来であれば暴行罪による拘置収監が行われる筈の所を何らかの要因での情状酌量によって、降格と転属のみの処分で済んだのは彼女にとって幸運だったと言えるだろう。相手の男が一生『男』としての機能を失った事を考えれば。
 
 アデリアがここへと流れついた理由をマークスは、軍が怨恨絡みの死闘へと今後発展する事を恐れての転属だと今でも思っている。絶対に他の兵士と交流する事の出来ない、最も後方に位置する『忘却博物館』はそう言う事への対処にはまさにうってつけの場所なのだ。そして自分の命を守る為に上官からの命令を悉く拒否し続けた自分も、彼女と同じ理由でここにいる。
 オークリー基地の正門へとやっとの思いで辿り着いたあの日の事をマークスは昨日の事の様にはっきりと覚えている、それは奇しくもアデリアと初めて出会った日だった。

「あの、すいません」
 突然の異動で書類の整わないマークスの身元を照会する為に管理棟へと向った警備員の背中を見送って相当の時間が立っていた。未だに姿の欠片すら見えない人影を待ち惚けたマークスが少女の声と思われる物を耳にしたのは、スーツケースに腰かけたままその怠惰に流れる一時を愉しむ事に決めた瞬間だった。初夏の日差しから隠れる様に被った、大ぶりなひさしのキャップからはみ出した栗色の長い髪が緩やかに風にそよぐ様を目を細めて眺めるマークスに向かって少女は再び訪ねてきた。
「あ、あの、私今度此処で働く事になったんですけど何処に行ったらいいか分かんなくて …… えっと、基地の方ですよね? 」
「いや、違うよ。俺も此処に来たばかりだから」
 初対面の相手にそっけなく応えてしまったのは自分がここへと送られた理由について釈然としていなかったからなのかも知れない、しかしそうでなかったとしてもマークスのその言葉が少女の心にある種の失望を与えてしまった事は明らかだった。自分と同じ様にやっとの思いでここまで辿り着いた風情の少女は眉を顰めて藍色の円らな瞳を長い睫毛で隠しながらがっくりと肩を落とす、その姿を見たマークスは自分の心無い仕打ちを心の中で詰った後に、取り繕う様に慌てて少女に言い直した。
「あ、いやごめん。今警備の人が俺の用事で出払ってるんだ。その人が帰って来ればたぶん分かると思うから ―― 」
「じゃあ、一緒にここで待っててもいいですか? 」
 気を取り直した様に尋ねて来る少女に向かって小さく頷くマークス。少女は嬉しそうににっこりと笑うと自分の背丈の半分ほどもあるスーツケースをずるずると引き摺って横に置くと、マークスと同じ方向を向いて座り込んだ。

 餌となる野鼠を求めて頭上を舞う鳶の甲高い鳴き声と無機質なコンクリート剥き出しの建物の他には何も無い風景を彩る二つの影は、そこに座ったままで何を話すでもなくただ茫洋と広がるオークリーの景色を眺めている。何の気兼ねも無くただそうしているだけの時間の流れをマークスは心地よく思い、しかし自分が彼女と過ごす時間に安らぎを覚えている事に少なからず驚いていた。片手で足りるほどしかいない友人達の中にも ―― 勿論みんな同性だが ―― これ程無防備に自分を晒して置ける関係の間柄は少ない、
 今日初めて会ったばかりの少女がまるでジグゾーパズルのワンピースの様に自分の心の中へとぴったりと嵌り込んでいる事に戸惑う。第一自分は彼女の名前も知らないと言うのに。
 マークスは自分と同じ波長を持っているであろう少女の氏素性を尋ねようと決心して、言葉を忘れてしまったままの口を動かそうとする、しかしその前にマークスの目の前へと、隣に座っていた筈の少女の顔が飛び込んで来てマークスの決意を思い切り遮った。大きな藍色の瞳の中に映り込んだ自分の顔形に思わずのけぞったマークスは、彼女の顔全体がやっと捉えられる距離まで上体を離す。
「 …… 綺麗な目」
 まるで魅入られた様にじっとマークスを見つめる少女の顔は忌まわしい自分の目を評した彼女の言葉をそのまま返せるほどに可憐だと思う、口をポカンと開けたまま少女の顔を見つめたままのマークスに気付いた少女は、自分の仕出かした無礼に慌てて顔を離してあどけなかったその表情を崩してしまう。もったいない、と心の中で思うマークスに向かって少女は勢い良く頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさいっ! あんまり綺麗なンでつい近くで見たくなっちゃって。右と左の目の色が違う人なんて見た事が無かったから、つい ―― 」
「いいよ」
 彼女の仕草に自分の決意すらも忘れたマークスは思わず笑って小さく頷いた。ほっとした表情の後に再び笑顔を取り戻した少女に向かって、マークスは自分の髪を指さして尋ねる。
「ついでに言えば、この髪の毛にも興味があるんじゃないか? 」
「そう、そうです。銀色の髪の毛の人なんて。まるで童話の中の王子様みたいで」
「 ―― 王子様、ねえ」
 そんな事を言ったのは少女が初めてだった。予想外の評価にマークスの笑顔には困惑の要素が混じって、それは彼の表情に小さな翳りを齎す。陳腐ではあるがそれは立派な褒め言葉だ、少なくとも生まれてこの方まで自分へと向けられた忌避と言う領域からは対極に位置するのを心の中では理解していても、やはり自分の見た目に何かしらの評価を下されるのは心苦しい。
「 …… ま、現実にはそうも言ってられないんだけどね。『ワールデンブルグ症候群』(染色体異常を特徴とする遺伝子疾患による症候群)を発症した子供はみんなこう言う風になっちゃう、本当は耳もおかしくなる筈なんだけど幸か不幸かそれだけは免れているけど」
「『幸か不幸か』って? 」
 小首を傾げて尋ねて来る少女の顔へと視線を向けたマークスはその愛らしさに驚いて思わず視線を色褪せた空へと向けた。全く価値観の揺らがない人物と言うのはいる物だ、鄙にもまれなと言うのはこの事を言うのだろうか?
「身体の何処にも不具合が無いのは幸運ラッキー、でも俺の眼と髪を見て気味悪がる連中の陰口が聞えるのは不幸アンラッキー
「そんな、こんなにきれいな髪と目を ―― 」
 微かな憤慨を顔に浮かべた少女の反応をマークスは嬉しく思った。今はもう疎遠になってしまった友人の一人が自分に言った事がある。マークス心配するな、お前のその顔形を気にいる物好きが世界の何処かにはきっといる、と。その友人の面影を瞼の裏に思い浮かべながら、マークスは溜息交じりに呟いた。
「今までにそう言ってくれたのは君で五人目。世間の人がみんな君と同じ価値観を持っててくれてれば良かったんだけどね」

 マークスの生まれたスイス地方は古くから『魔女』の存在を信じ、それ故に世界で最古の異端審問が行われた場所でもある。歴史の暗部とも言えるその悲劇は四万人にも上る無辜の民を浄化の名を借りた火で飲み込んだ後に、戦争と言う名の新たな悲劇によって終焉を迎えた。それ以降、学術的に集団ヒステリーの一種に分類されたその行為は形を変えた風習として人々の間に残り、それは大きく時を隔てた宇宙世紀の時代になっても根強くコミュニティの中に存在し続けていた。
 医学的に劣性遺伝、若しくは遺伝子異常によって発生する外見上の突然変異はその原因がはっきりと解明されてはいるが、治療法は殆ど存在しない。生まれた時から明らかに他人の子と違う顔形を具えていたマークスは彼を生んだ両親共々言われなき差別と蔑視の嵐に翻弄され、彼の両親は彼の生命と未来とを守る為に遠く離れた北アメリカへの移住を決意する。その成立当初から多種多様な人種で成り立つ連邦最大の民主国家は出自に関係なく受け入れると言う事をスローガンに掲げており、彼の両親がそこに一縷の望みを見出しそうとした事を今のマークスには責められない。
 結論から言えばマークスの両親の願いは全く叶えられなかったと言ってもいいだろう。『醜いあひるの子』に代表される差別を題材とした説話は確かに情操教育の一環としては有効なのだが、種としての本質的な部分で発生した違和を見過ごして受け入れるほど人は理性的ではないし革新的な生物でもない。程度の差こそあれ再び繰り返される一家の悲劇に意を決したマークスは家を飛び出して、自らの実力一本で生きていける道を模索した。
 幼い頃から習っていたボクシングは自らの護身の為に身に付けた物でそれを生かしてなどと言うつもりはない、かと言って自分を雇ってくれそうな場所などどこにも無い。家計を助ける為に申し込んだアルバイトで採用してくれたのはビルの夜間清掃等の普段人とは絶対に触れ合わない職種ばかりで、しかも実入りは悪かった。親から離れて自立する為にはどうしても纏まった金額の期待出来る職業が必要だったのだ。
 ありとあらゆる可能性を求めて知恵を絞り切った当時16歳のマークスは遂に連邦宇宙軍士官学校(Earth Federation Space Force Academy ; EFSFA)への入学を試みる。入学条件の下限17歳には届かないと分かっていながら彼は、ジオンとの戦争を間近に控えた軍の状況を推察し、もし自分が高得点を入学試験で叩き出せば特例として入学を許可されるのではと考え、そしてその読みは的中した。
 飛び級とも言える入学を果たしたマークスはその外見と風評によって更なる差別に晒された。自分の両親が今までにどれだけの仕打ちを受け、そしてどれだけ大きな軒となって自分を差別の雨霰から凌いでくれていたのかを知るいい機会にもなった。
 だがマークスはそれを両親に感謝すると同時にその外圧を打破する為の手段を手に入れなければならなかった。生徒に平等に与えられた武器は成績と言う数字しか無く、しかしマークスはその武器を磨く為に全ての精力を注ぎ込む。結果、彼が手にした物は士官学校首席卒業、それも1年時から一度もその場所を譲る事の無いと言う完全勝利とも言うべき物だった。

 卒業式の直前に教官が手にした靴墨みで髪を真っ黒に染められたマークスは、卒業生の座る区画の最前列に座っていた。総代として呼ばれたマークスのライバル ―― 彼が勝手にそう思い込んでいるのであって、マークスは何とも思っていない ―― が脇を通り過ぎる時に、マークスの顔を一瞥して言った。
「残念だったな『魔女ウィロック』。今度はもっとましな姿で生んでくれと親に ―― 」
 侮蔑の捨て台詞を言い終わる前にマークスの拳は彼の顎を捉えて弾き飛ばした。隣に座ってくれた数少ない親友の一人が尚も荒ぶるマークスを羽交い絞めにする暇も無く。
 
 士官学校でも数人を数えるほどの成績優秀者でありながら素行に問題ありと評価されたマークスが最初の赴任地へ赴いた時には既に一年戦争は終了していた。勝利に酔いしれる連邦軍の駐留基地には同時に嫌戦機分が蔓延し、ジオンの敗北後も各地で勃発する残党との小競り合いには専ら新兵が投入された。特にマークスの様な『札付き』にはいの一番にお呼びが掛かり、同時に赴任した士官候補生の殆どが戦死を遂げる中で唯一生き残り続ける彼は何度目かの出撃を遂に拒否する事になる。 自らの命惜しさに自分達を使い捨てにしようとする幹部連中の意図もそうだが、何よりもマークスを激怒させたのは自分を厄介払いする為に出撃と言う形で殉職を画策していたと言う事を知った為だった。それ以来マークスは一切の出撃命令を固辞し、そして彼の懲罰経歴はヘンケン曰く四人分の厚みに相当するほど溜まる事になる。

「 ―― やれやれ、やっと帰って来た」
 立ち上る陽炎の中に揺らめく人影を眺めながら呟いたマークスは膝に手を当ててゆっくりと立ちあがった。釣られて隣の少女も慌てて立ち上がるのをマークスは穏やかな目で眺める。近寄って来た兵士は一人の筈がいつの間にか二人に増えている人影を鬱陶しそうに睨みながら、やる気の欠片も無いと言った風情でマークスに言った。
「あーあんた、マークス・ヴェスト軍曹だっけ? 転属書類はまだニューアークにあるってよ。確認取れたから入ってよし」
 くたびれた襟に上等兵の階級章を張り付けたその男は憮然と言い放って再び手にぶら下げた書類に目を落とす。自分よりも上の階級であるマークスに向かって敬語の一つも使わないその男の事をマークスはむしろ好ましく思った。少なくとも自分の見た目に向かって嫌悪感の欠片も抱かない ―― たんに興味が無いのか ―― 男の物言いは今までどの基地でも体験できなかった新鮮な物だ。わざわざ管理棟に出向いて自分の赴任を確認して貰った事に感謝の敬礼を返すマークスの背後で、少女が小さく呟いた。
「 …… マークス・ヴェスト、って。 ―― まさか『魔女のマークスマークス・ザ・ウィロック』? 」
 士官学校で付けられた渾名を耳にしたマークスが驚いて振り返ると、そこには自分と同じ表情をした少女が自分の顔をしげしげと覗き込んでいる。不名誉なその名称をどこで知ったのかを尋ねようと口を開きかけたマークスの声を遮る様に、兵士が言った。
「ところであんたの他にもう一人ここに来る予定なんだが、どっかで見なかったか? 」
 まるであんたの事は後にしてくれと言わんばかりの不機嫌な声がマークスの視線を再び兵士へと向けさせる。
「い、いえ自分はここに一人で来たンで、自分の他には誰も」
「チッ」
 舌打ちした兵士はマークスへと向けていた目を門の外に広がる広大な荒野へ向けるとぼやく様に言った。
「全くこんななーんにも無い荒れ地のど真ん中で迷ったらとんだ迷惑だってのに。せめてウサギ狩りに出てる連中の網にでもかかりゃあ捜索隊を出す手間が省けるんだがなあ」
「ウサギ狩り? 何でそんな事を? 」
「日頃のストレス解消と実益、今晩の晩飯に決まってんじゃねえか。演習場まで行きゃあ山ほどいらあな。余ったら小遣い稼ぎに街まで売りに出るんだが、結構な値が付くぜ。どうだい、兄さんも基地の暮らしになれたら一緒に行くかい? 」
「あ、あの、私今日の晩御飯はいいです。遠慮します」
 か細い声に二人の視線は少女へと向けられた。口を押さえていかにも気持ち悪そうな表情を浮かべた少女を見た兵士が、マークスへと視線を向けて尋ねた。
「 …… 嫁さんかい? 申請出てなかったけど」
「や、いや違いますっ、この娘とはここで偶然 ―― 今日からここで働く事になってるらしくて、それで確認をお願いしようと」
「困るんだよなぁ、そういう事はいっぺんに言ってくンないと」
 よれた帽子の庇を摘まんでファイルへと目を落とした兵士は暫く無言で紙面を眺めた後に、空いた方の手に握っていたボールペンの尻でこんこんとファイルを突きながら言った。
「 ―― ちっ、またデータ漏れかよ。 …… 参ったな、もう一度管理棟に行くっきゃねえかぁ? 」

 口を開く度に不機嫌になる兵士の顔を眺めながら、マークスは少女を庇う為の対策を練った。『そう言う事』に慣れている自分ならともかく、いたいけな少女が相手の機嫌で嫌みを言われる事を黙って見ていられるほど暢気じゃない。何とか話題を逸らそうとマークスは件の『もう一人』について言及してみる事にした。
「もう一人って、一体誰がこの基地に? 」
「おお、兄さんも興味あるかい? そりゃそうだよな、こんな辺鄙な場所に一日に二人もパイロットが補充されるなんて今までに無かった事だからな」
 よくぞ聞いてくれましたとばかりに上機嫌になった兵士は突然饒舌になる。自分の作戦が的中した事を実感したマークスは思わず胸を撫で下ろした。
「 …… 大きな声じゃ言えないんだけどよ、とんでもない『凶状持ち』らしいぜ? 何でもベルファスト基地で大立ち回りをやらかして八人病院送りにしたって言う強面の女だ。脛に傷持つっつっても今度の奴ァ、とびっきりだぜ? 」
「ベルファストで八人病院送りって …… それって!? 」
 各基地に張り出される処分者リストの中でも最も印象的な事件を起こした当事者がここへ来ると聞いてマークスは驚きと期待を露わにした。諌める様に兵士が目配せしてその叫びを咎めると、小さく頭を下げて謝るマークスに向かってニヤニヤと笑いながら言葉を続けた。
「『ベルファストの鬼姫』ことアデリア・フォス曹長 ―― おっと、二階級降格で現伍長か。しっかし現役の兵隊を八人まとめてブッ飛ばすなんてどんな奴なんだぁ? ただでさえうちにゃあゴリラみてえな整備班長が巾利かせてるって言うのに、そんなのがもう一人増えちまったら野郎連中は肩身が狭くてしょうがねぇ。いっその事二人の間で白黒つけてくれるって言うんなら、赤黒買いで賭けも成立しようってモンだがなあ」
「 …… はい」
 噂話に花を咲かせる二人の耳に再び少女の声が飛び込んで来た。遠慮がちでもあり、しかし明らかに何かの意図を秘めたその声は兵士の注意を惹くには十分過ぎるほどだ。口は押さえたままだったが空いているもう片方の手を小さく上げている少女に向かって兵士が言った。
「どした嬢ちゃん、気分でも悪いのか? 吐くんならその辺に行って吐いちまえよ。大丈夫、誰も見てやしねえから」
「い、いえ。そうじゃなくて …… 」
 
 いくら彼女が否定した所でその姿は今にも吐きそうになっている人のそれにしか見えない。マークスはそれを否定する少女の態度を訝しく思いながらも、彼女をどこか離れた場所へと連れて行こうとした。少し離れた場所でなら人目を憚らずに痞えた物が出せるかもしれない。
 しかしマークスのその気遣いは少女の次の一言で、木端微塵に粉砕された。手で押さえられたままの口からくぐもった声で告げられる彼女の名前。
「 …… アデリア・フォス伍長、ただいまオークリー基地に到着いたしました。入場の許可を ―― 」

 その沈黙は二、三秒ほども続いただろうか。オークリーを吹き渡る乾いた風が彼女の口から零れた名前を荒野の彼方へと連れ去り、残った欠片が反芻された後に二人の脳へと衝撃を届ける。驚愕で開いた瞳と口をそのままに、声も無く後ろへと飛びずさる二人に向かって少女は涙で潤んだ藍色の瞳を向けて言った。
「 …… さっきは渾名で呼んじゃってごめんなさい。でもこれで、おあいこ ―― 」
 愛らしい口元がきゅっと持ち上がって笑顔を覗かせる、けなげなその姿にマークスの心臓はどきりと鳴った。驚いたまま呆然と視線を向けたままのマークスに向かってアデリアは、栗色の髪に隠れたこめかみに掲げたままの自分の片手を軽く押し当てながら、言った。
「 ―― ですよね? 」

                             *                               *                               *

「ちょっとマークス、あたしの話聞いてンの? 」
 我に返ったマークスの眼前一杯に広がるアデリアの顔、一年前と少しも変わらない ―― いや、少し大人びた ―― 彼女の見た目とは裏腹にその口調から上官に対する敬語は消え失せている。もっともアデリア自身にそれを勧めたのはマークス本人であり、咎め立てをする事など有り得ない。たった一つしか階級の違わない下士官同士でそんなつまらない事を論うつもりもないし、何より自分は人の上に立つという性分では無い。それにいざと言う時にはアデリアが自らその立ち位置を持ち前の聡明さで控えてくれると言う事が分かっている。
 つまり今のアデリアはいざっていう状態では無いのだな、とマークスは心の中で思いながら、しかし眉を吊り上げて一気に詰めよって来るアデリアの行動に回想からの帰還を強制されたマークスは思わず彼女の言葉の意味を尋ねた。
「え、何? 」
「やっぱり聞いてないっ! 」
 手を腰に当てて睨みつけていたアデリアの顔がマークスの前から去っていく。気の無い返事でより憤ったアデリアの語気が荒くなった。
「何なのよ人の話を上の空って。どうせまたニナさんの事でも考えてたんでしょ、どうして男ってどいつもこいつも影のある年上の女性に憧れるのかしら。ほんと、やらしいっ! 」
 怒ると子供の様に膨らむアデリアの頬へと目を送ったマークスが慌てて言った。
「どいつもこいつもって、ちょっと待てアデリア。お前の話を聞いて無かったのは謝るけど、今お前がしている想像は全くの見当違いだ。一体どこからそうなった? 」
「だからぁ、あんたの話にあたしも乗るって言ってンの! ウラキ伍長とニナさんの別れた理由って奴っ! 」
 自分に向けられた矢印の根元を、記憶の海のさざ波の中から必死で探すマークス。中途からの参加で混乱するマークスの脳裏にやっとアデリアの言う『自分の話』が浮かび上がったのは、巻き戻しの映像が今朝の演習時にまで遡った時だった。散々悪趣味だと罵った当の本人が一体どういう風の吹き廻しだと、マークスは疑いの眼差しでアデリアを眺める。
「何、その目っ!? いいじゃない別に今から乗っかっても。あんた一人じゃ心許ないからあたしも手を貸してあげるって言ってンだから光栄に思えっての! 」
「いや、それは確かにありがたいんだが一体どうやって調べる? 二人の関係を知ってそうなのはここじゃバシット中尉と隊長ぐらいのモンで、あの二人がそんな話をぺらぺらとしゃべる様なタイプには見えない。他の知り合いを当たってみるとしても、伍長は軍人だから他の部隊をしらみつぶしに探せばひょっとしたらって気もしないでもないが、ニナさんは元民間人だろ? 世界の違う二人がどこでどう知り合ったのか ―― 」
「 ―― そこよ、狙い目は」
 ついとマークス目がけて詰め寄ったアデリアが上目づかいでマークスを見上げる、凄みのある笑みを浮かべた彼女が言った。

「『軍人と民間人』と言う二人の経歴がミソなのよ。軍人と民間人が接触できる唯一の機会 ―― そうね、例えば基地の一般開放日とか。それにニナさんはアナハイムの元システムエンジニアだから、もしかしたらモビルスーツ絡みの接点があったのかも。とにかくこれだけ閉鎖的な世界で職場恋愛じゃないカップルなんてそう多くはない筈だわ、だからね」
「 …… つまり伍長とニナさんが出会いそうな基地の行事を、伍長の経歴に沿って調べて行けばいい訳か。そこから二人の出会った日を推測すればいい」
「それが分かれば後は ―― 」
 アデリアの笑みが嗤いに変化する。表現力豊かなアデリアの表情は、彼女の人格が一人では無いような錯覚をいつもマークスに起こさせる。
「伍長の懲罰履歴を調べれば一目瞭然。あいつがどれだけ浮気者で、ニナさんが好きになる価値の欠片もない人間かって言う事を内容証明付きで教えてあげればいいんだわ。だいたい元彼女カノのいる前であんな女といちゃいちゃするような奴だもん、きっと懲罰記録はソレ関係で真っ黒よ、真っ黒! 」
「 …… お前も、ワルだなあ」
 悪代官と廻船問屋の会話に終始する二人、自分はコウとニナの悲恋の話が知りたいだけなのに事態をそこまで悪化させようと策を練るアデリアの才を背筋を寒くしながら眺めるマークス。しかしそこでふと、ある事に思い当たったマークスが思わず目の前でニヤニヤと嗤うアデリアに向かって尋ねた。
「ところでアデリア。それはそれでいいとして一体伍長の経歴をどうやって調べるんだ? ジャブローのデータバンクへとアクセスしようにも降格続きの俺とお前じゃ、もしかしたら門前払いを喰らうかもって話だぜ? 」
「 ―― そう言うのに打って付けの知り合いがいるのよ」
 形のいい唇の前に差し上げられた彼女の人差し指が暗に沈黙を指示する、マークスは興味深々の風情でアデリアの顔を眺めた。
「そいつならすぐに伍長の経歴くらい調べてくれる筈よ、万が一それがジャブローのメインサーバーのデータバンクだったとしても ―― 」
「おまえ、それってハッキン ―― 」
 言いかけた途端にアデリアの掌が飛んできてマークスの口を塞いだ。押し当てられた柔らかさと余りの速さに目を白黒させて驚くマークスに向かってアデリアが囁く。
「しーっ、声、おおきい」
 驚いたのはアデリアも同様だった。慌てて周囲を見回して人影の有無を確認すると、ほっとした様に小さく溜息をついた後に言った。
「だから、万が一よ。第一予備役のデータがそんな所にある訳ないじゃない。彼にはあくまで士官が調べられる範囲にしとけって言っとくから、ね? 」
 ねだる様に見上げるその目をマークスは卑怯だと思う。そんな目で見つめられたら何にも言えないじゃないか。
 
 恐る恐る離れて行くアデリアの掌から解放されたマークスの口は、彼女の立てた作戦への許可を口にしようとしてはたと止まった。アデリアがニナを心の底から尊敬していると言う事は知っているし、それが単に上司と部下と言う関係や同じ基地に所属する仲間などと言う範疇を越えて血の繋がりにも似た結びつきを求めているのだろうと言う事も彼女自身の口から聞いた事がある。ニナを苦しめている張本人である伍長の過去の悪事を暴いて、彼女の目を覚めさせようとしている ―― やり方はあこぎだが、これも分からなくも、ない。
 しかしマークスはそこで自分の記憶の整合しない事実に気がついた。アデリアが憤慨を露わにする当のコウの事を、彼女はさっき羨望の眼差しで見つめていたのでは無かったのか?
 尋ねようとする心に再び走る小さな痛み、しかしマークスは訊かずに目を逸らしてアデリアとの関係を保つ事よりも、彼女の内面を深く知る事をそこで選択した。
「そう言や、お前」
 てっきり可否についての言葉が零れて来るだろうと予想していたアデリアは、マークスに改まって尋ねられた事に驚いてきょとんとした。まんまるに開いた藍色の瞳は穴が空くほどマークスの顔を見つめている。
「さっき伍長の事を『ど真ん中のストライク』って言ってなかったか? 」
「言ったよ、なんでさ? 」
 無邪気に尋ね返して来るアデリアの顔からほんの少し目を逸らして、マークスはその先を続けようとする。鼓動が少し早くなっている事を目の前の相棒に悟られない様に、声のトーンを少し落として言った。
「だってお前の好きなタイプなんじゃないの、伍長は。さっきはずっと見てたじゃないか」
「ああ」
 マークスの質問に対して浮かび上がったアデリアの表情は、全然マークスの予想に反した物だった。何の感情の起伏も見られないが故の強烈な殺気に、マークスは彼女の二つ名の意味を再びそこで確認する。
 片方の眉を僅かに吊り上げた『鬼姫』はコウを見ていた時と同じ目を今度はマークスに向けて、ぼそりと言った。
「だから『ど真ん中の攻撃対象ストライク』だって言ってンじゃん、あんな女ったらし。今度どっかで会ったら有無を言わさず絶対に、ブッ飛ばしてやるんだから」


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