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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Assemble
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6649b3b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/07/23 10:48
「 …… アイドリングの音がする」唐突に呟いたジェスがまるで猫のような身のこなしで立ち上がるとそのまま足早にハッチへと近付く、一瞬あっけにとられたモウラだったが彼女がロックハンドルに手をかけた所でやっと我に返った。
「ちょっ、なにやってんのあんたっ!? 」
「ハンガーでエンジンの音がする ―― 間違いないよ、だってあたしが直したやつだモン」今にもロックを外そうとするその手をやっと抑え込んだモウラに向かってジェスはあっけらかんと答える。確かに彼女はここに手伝いとして入った時に腕試しとしていくつかのエンジンを整備させた事があり、そして驚いた事に彼女が手掛けた物は他のベテラン整備士が手掛けたどれよりも故障が少なく安定した性能を維持し続けていた。当然調子の悪くなったエンジンは次々に一番実績のある整備士に回される訳で、いつの間にかオークリーの実働機械の約半分が実は性格にひと癖もふた癖もある小娘整備士の手で仕上げられた物に変わっていた。
「エンジン、てあんた ―― 」「あれか? ハンガークイーンに繋いだままの電源車の事か? 」部屋の隅で他の仲間と話しこんでいたアストナージが何事かと近寄って来てすかさず二人の会話に割り込む。
「ハンガークイーンって言うなって言ってンでしょう? あれはあたしのなンだから」ギロッと睨んだジェスが訂正しろとばかりに憤慨するが、痛いほどの視線も慣れっことばかりアストナージは二人の傍を通り過ぎるとそのままハッチの扉へと耳を押しあてた。
「 …… 間違いねえ、電源車のエンジンだ。一体だれが ―― ? 」
「まさかここまで運良くたどり着いた誰かがそれでここから逃げ出そうって? 」頬に手を当てて小首をかしげながら最も信憑性が高く物騒な予測をジェスが呟くと、思わず顔を見合わせたモウラとアストナージは異口同音に同じ言葉を吐いてハッチのロックを思いっきり回した。「そんなの自殺行為じゃんっ! 」
 勝手口を溶接して閉じてしまった以上ハンガーへの出入りはマルコとアンドレアが固めている正面しかない。だがその場所は今やこの戦いの最前線、とても鈍重な電源車など抜け出せるはずがないのだ。「急いで止めるよ、アストナージっ! 」扉を開いていち早くハンガーへと飛び出すモウラを追ってジェスが続こうとするが、あと一歩のところでその襟首を捕まれた。「ちょっと、なにすンのよっ!? 」
「お前はここでお留守番だ、興味本位で大人の喧嘩を覗きに行くんじゃねえ。 ―― デニスっ! ここ任せたっ! 」
 すっかり思惑を見透かされたジェスが悔し紛れに舌を出してやり返すとニヤリと笑ったアストナージはその勢いのままハッチを閉じてモウラの後を追いかけた。

 入口から吹き込んでくる硝煙と激しい震動が起こす砂埃で視界が悪い、それでもモウラの眼は置き去りにされたままの電源車の輪郭と荷台で光る赤いランプを捉えた。一体だれが、と運転席へと視線を移動する彼女だったがそれを見つけるより先にシステムモニターの前に立つ二人の人影に気がつく。
「ばっかやろうっ! てめえらなに考えてやがるっ!? 」モウラが声を出すよりも早く背後のアストナージの怒声が飛びだして、それに反応して振り向いた人影は輪郭しか分からない。だがその両肩で大きく揺れた頭髪がモニターの光を受けてかすかに金色に煌めいたのがモウラの眼にははっきりと見えた。
「 …… に、な? 」
 呟いた声が頭の中を真っ白にする、でもそんな力がどこから湧いてくるのだろう? 全力の先にある得体のしれないなにかが両の足に漲ってモウラの両足を懸命に回し、もうすぐ肩を並べる所まで追いついてきたアストナージを一気に置いていった彼女は夢なら覚めるなとばかりにその人影へと飛びついて思いっきり抱きしめた。
「ニナぁっ!! 」
 きゃあ、という驚きの声ごと胸に掻き抱いたモウラがまた子供のようにオンオンと泣きわめく、滴り落ちてくる涙と両手にこもった力のなすがままにニナは体を預けてモウラの背中へと手を回した。「ごめんモウラ、ほんとに ―― ごめんなさい」
「やだぁ ―― もうやだよぅ、なんであんなことあたしにいうんだよぅ? あたしほんとに …… ほんとにあんたと死のうと思ったんだからぁ。今度そんな事言われたら、あたしもう ―― 」
 嬉し泣きに震えるモウラの背中をニナの手がまるで子供をあやすようにポンポンと叩いている。思わぬ形で出くわした感動の再会シーンにアストナージが思わず鼻をすすりながらもう一人の人影へと話しかけた。
「くそう、ああいうのはいくつになっても涙腺にきやがるっての …… さ、あんたもよくここまで生き残った。ここも安全たァ言えねえが俺たちと一緒に退避壕で ―― 」
 声に反応してゆっくりと振り返る人影を見たアストナージは思わず息をのんでその先の言葉を失った。背格好が同じというだけで袖から覗く筋肉は繊維の塊、胸板はここを出ていった時より遥かに分厚く髪は無造作に伸びている。しかしそこに立っているのはかつてこのオークリーで甘酸辛苦をともに分かち合った、彼だ。
「やあ、アストナージ …… 変わってなくてうれしいよ」弱弱しく答えたコウに気づいた彼はすぐに心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて頼りなくふらつくその体に肩を貸した。「 …… 伍長は少しやつれましたかね? ほんとは敬礼しなきゃなんだけど肩をお貸ししますからその代わりという事で」
「コウ」
 モウラの声に顔を向けるとそこにはなんとか泣きやんだ体のモウラが立っていた。「この前は、ほんとにごめん。あたしじゃあんたの代りはできなかった …… ニナにもそう言われたよ」
 差し出された右手をコウは迷う事なく握りしめた。あの時は心の底から忌々しく思った肉刺だらけの掌が今はこんなにも心強く感じる。「そんな事はないよ、今までありがとう ―― 俺もすまなかった」
「なんかみんな謝ってばっかりだ、中坊じゃあるまいし …… それより早くあたし達と退避壕に非難しよ? ごらんの通りハンガーはすっかりもぬけの殻だし、後は「バンディッド」さん達の手腕にお願いするしか ―― 」

 そこまで話した時モウラは自分の見る景色に強烈な違和感を感じた。退避壕へと非難した時と同じ景色、同じ配置 ―― しかしどこかが変わってる。
 なんだろう? …… そう言えばなんでこの二人が揃いもそろってシステムモニターなんぞ覗いてた? 恐らく連邦でも何人といない最新鋭機の開発システムエンジニア、方やもう一人はそれを操って二つ名まで戴いた『幻の撃墜王』、それがどうして動かないハンガークイーンに繋がれたままの ―― 。
 もやもやと漂う胸騒ぎが目の隅にぼんやりと映るモニター画面に向かって彼女を歩かせ、なにげなくその表示に視線を落す ―― しかし次の瞬間にモウラの眼はそこから離れなくなっていた。表示されている文字と文章、はっきりと読めるがもはや理解はできない。
「な、なんでこの機体の封印がっ!? アクセス許可、起動ディスクのデータアップロードってどういう事っ!? 」
「は …… はいぃっ!? 」
 素っ頓狂な声を上げたアストナージがコウに肩を貸したままその画面をモウラの脇から覗きこむとそこには確かに判読可能で理解不能な文字が整然と並んでいた。過程を全て飛び越えて現れた不可解な結論はアビオニクスに直結するモノアイが点灯する事でセットアップが可能になった事を眼下の四人に教えている、頭上で怪しく光る赤い輝きを見上げたアストナージはぽかんと開いた口を動かした。
「 …… 今夜は奇跡の大安売りか? どういう事なんだ、全く」
「詳しい話はあとよ」

 背後で響くその声と言葉は今までともに長く付き合ってきたモウラとコウにしか分からない ―― いや、コウはもうとっくに知っている ―― 変化を秘めていた。多くの出来事の中にうずめられた遠い遠い過去、だけどどんなに世界が変わったってどんなに歳を取ったってその日の事ははっきりと覚えているだろう。
 間違いない。他人に有無を言わせぬこの物言いと込められた気迫。あたしは何度もそれを聞いた、リバモアで、トリントンで、そしてアルビオンの艦内で。
 肚を決めた時のニナの、声。
「この機体を今から実戦に出します。技術主任として整備班に要請 ―― モウラ、整備をお願い。アストナージは整備班の中から有志を募って」
「! 主任そりゃ無茶だっ! 動き出したっつっても何年動いてないかもわかンねえし慣熟だって怪しいンですぜ!? そんなのいきなり鉄火場に放り出すなんて」
「無茶も無理もいつもの事、でももうそんな事言ってられない。あたしはコウとこの機体に乗り込んで細かい微調整は戦闘中に行うつもりです、だからみんなはこれを動かしてくれればそれで ―― 」
「ちょっと待ちなよニナッ! 」
 一度言い出したら聞かない。でも無駄だとわかってても言わずにはいられない。「あんた今の状況を考えてみなよっ! ハンガーのすぐ外が最前線でマルコとアンドレアもしょせん時間稼ぎだ、それにアビオニクスが動いたって言うだけでこいつの炉は消えたまま。火を入れようにも非常用の電力だけでどうやってプラズマを ―― 」 
「 ―― これ、使いますぅ? 」

 空気を読まない能天気な声の主は赤い髪の毛に穏やかな ―― 来た時から知っているモウラとアストナージには分かる、こいつがこんな声をだした時は絶っっ対にまともな事を言わない ―― 笑顔を張りつけてトコトコと現れた。後ろ手に引いた運搬台車には彼女の背丈ほどもある大きなカートリッジが乗せられている。
「壊れてるわけじゃないんだし炉に火さえ入ればそれでだいたいオッケーってことでしょ? ちょうど電源車も動いてンだしラッキーって感じ? 」
「あ、あんたっ! 退避壕でおとなしく ―― アストナージこらあっ! 」
「まあまあ。先任叱っちゃかわいそうですって」そう言うとジェスに向かって何度も口をパクパクさせるアストナージに片目を閉ざしながらペロッと舌を出して応える。まるでそれが合図であったかのように逮捕壕のハッチが開いて中から大勢の男達が飛び出してきた。
「それに有志って話でしたけど …… 全員でも? 」

 あっという間にシステムモニターの傍へと列をなす総勢三十人の仲間。呆気に取られてただその光景を見つめるしかないモウラとアストナージに向かってジェスはその歳に似合わぬ凄味のある笑顔で言った。
「あたしの子が最後の可能性なンでしょ? じゃあそれに賭けましょうよ、ここでしり込みするような臆病者は班長の下には誰もいないそうです。ね、班長? 」

 ” 本当に。心の底からこいつが労働組合を立ち上げなかった事に感謝するよ。この小娘が本気を出したらルナツ-の大所帯でも一つにまとめかねないんじゃないか? ”

「こんな時にあんたみたいな子がここにいたって事も今夜の奇跡の一つなンかね? …… 恐れ入ったよ、ジェシカ・アリスト『ニ等兵』」
 モウラが告げたその呼び方に思わず瞳を輝かせるジェス。「お? 階級つきます? お給料上がって? 軍属扱いのお手伝いさんじゃなく? 」
「ばーか、有事における戦時階級だ。仮にも正式に軍用機を任せるんだ、民間人のままだといろいろ都合が悪いだろ? ―― アストナージっ!! 」
「ったく、どいつもこいつも命を粗末にしやがって」内容とは裏腹にニヤリと笑った彼は帽子の庇を後ろに回すともう一度深く被りなおした。「いいかっ! こっからは軍の命令も縛りもねえ、ただのボランティアでおまけに命の保証もねえ。それでも俺と班長についてくるってバカは姿勢を正して右手を挙げろっ! 」
 アストナージの号令一下に無言で掲げられる整備班全員の右手 ―― だがそれを確認する前にアストナージは彼らに背を向けた。そんなの確認しなくてもジェスの言った事が自分も含めてこの整備班全員の総意だ。「整備班全員、班長と主任の無茶にお供しますっ! 中尉、ご指示をっ! 」

 全員から立ち上る気迫に圧倒されるコウとニナ、思わず息をのむその光景の前に仁王立ちで大きく胸を張ったモウラは二人の方へと振り返った。「みんなであんたらの無茶についてくってさ。一体どこの誰がこんな所に集まってきた半端者達をこんな風にしちまったんだろうねぇ? ―― みんな、覚悟はいいかいっ!? 」
 モウラの渇で一斉に上がる鬨の声がハンガーの空気を大きく揺らす。「キースとアデリアの班は機体右、マークスと予備機の班は左側だ! 伍長と主任がコックピットチェックを始める前に全ブースターと駆動系の点検を終わらせろっ! サスペンションとシリンダーは油量・油圧・劣化度を調べて危ないと思ったらすぐに新品と交換、数が多いけど絶対に見逃すなっ! ―― ジェスっ! 」
「アイ、マムっ! 」
「技術主任と一緒にコックピットで火器管制及び操作系の全部をチェック、主任が調整に入る前にお前は電装系を担当しろっ! この機体の一切の責任は担当者のお前にかかってる、絶対にミスを犯すなっ! 」
「もっちろん。いいだしっぺの名に賭けてこの子をきっちり仕上げて見せますよ」モウラの檄をさらりとかわして落ち着いた声で応えるジェスだがこういう時の彼女こそ最も完璧だという事をモウラとアストナージはよく知っている。直近では壊れたアデリアのザクをきっちり6時間で仕上げて見せたあの手腕、『オークリー最速』は伊達じゃない。
「たく、あんたは ―― アストナージっ! 」「ヤー」
 彼の返事を受けたモウラが思わずニヤリと笑う。それはかつて宇宙軍に所属していた整備兵同士が交わした挨拶だ。合わせた視線が震えているのがよくわかる、怖いのか? ―― いや。
 臨戦態勢下での整備なんていつ以来だろう、高まる緊張と共に昂る高揚感で今にも動き出しそうな体を理性が必死で押しとどめている。まったく、何度痛い目に会ってもあの日々の事を忘れないなんてどうしようもない。
 あたし整備士って種族は。
「融合炉及び動力系、モーター関係のシステムチェックはお前の得意分野だ、全部一任する。それと野戦カートリッジの取り付けと点火リモコンの設定もだ! 」
「ヤー、マム」すっと上げた右手の何気なさが幾度も修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の証。小さくうなづいたモウラが同じように右手を掲げてから整列した仲間に大声で叫んだ。
「さあ、やるよっ! 日ごろ鍛えたあんたらの腕を久しぶりに帰ってきた伍長によっく見せつけてやンな! 」

 蜘蛛の子を散らしたように走り出した彼らが自分の道具を手にとって一機のモビルスーツへと取り付くさまは圧巻だ、だがその集団の中で最も上位に位置する担当者であるジェスはまず道具を取りに行こうとするその首根っこをモウラに掴まれてそこに置いてきぼりになってしまった。「ふえ? 」と思わず振り向いた彼女の顔にモウラが小声で尋ねる。
「あんた、なにやった? 」「え? なにって ―― 」
 しらを切って視線をそらしたジェスの首にモウラの渾身の力がこもると「いたた」と言いながら彼女は顔だけをこちらへと向けた。
「とぼけるな。いくらなんでも全部が全部自分から出てきた訳じゃないだろ? あんたがなんかしたのはお見通しだってーの」
「いやー、だって二人で出てってなかなか帰ってこないなぁーって思ってたら電源車の傍でなんかやってるじゃないですか。『あーあたしの機体どうにかするんだぁ』って思ったからそのままカートリッジ取りに行って ―― 」
「ていうかあんたぜんぜん退避壕の中にいなかったんじゃないかっ! ―― あたしが聞いてるのはその後あんたが皆になんて言って連れてきたかって事。そりゃ全員でかかれば整備はすぐにできるけど今は臨戦下だ、なんかあった時には犠牲が出る。あんたの事も含めてあたしにはその責任があるんだ」
 いつにもまして深刻な表情で尋ねる真剣なモウラを見たジェスははあ、と小さなため息をつくと観念したように白状を始めた。「いや、だからぁ。あたしの機体を動かすのにみんなの力を貸してください、って」
「そんな言い方してないだろっ? ―― まあいい、それから? 」
「いっちばん頑張ってくれた人に …… あたしのだいじなひ・み・つ・を ―― おしえてあげるって! 」
「はあっ!? 」

 びっくりしたモウラの手の力が緩んだ隙にジェスはするりとぬけだして距離を置いてから振り向いた。小悪魔どころか詐欺師もここに極まれりの突拍子もない言葉に驚きが怒りへと変わる。「あ、あんたって子はぁっ! 」
「えー? だって男の人ってそういうメールが来るとすぐ返信しちゃうんでしょ? んじゃああたしもやってみようかなぁって。みんなやっさしいからすぐにおれもおれもって …… ちょっと嬉しいかも」
「てへぺろじゃないっ! そんなの未成年のあんたが覚えてどうすンだあっ! それにあんたの大事な秘密って ―― 預かってるご両親にあたしはどんな顔で謝れってっ!? 」
「しーんぱいしなくってもあたしはそんなに安っぽい女じゃないですよー、これでもいろいろかんがえてるんですからぁ」
 どこがっ! と怒鳴りつけようとしたモウラの前にアストナージが割り込み、差し出した左手でそれ以上の怒鳴り声を押さえた。「あーいいぞジェス、時間がないからさっさと終わらせてこい。コックピットが終わったら俺の方を手伝ってくれ、めったに見らンないモンをおがませてやる」
 やったっといいながら飛び跳ねるジェスを乗せたバケットがすぐに上昇してコックピットへと向かうが、怒りの収まらないモウラはその矛先を途中で止めたアストナージへと向けざるを得ない。「アストナージっ! まだあたしの話は ―― 」
 憤懣やるかたない表情で睨みつけるモウラの視線を真横から受けたアストナージはやれやれと言った顔で、コリコリと手にしたボールペンの尻で額を掻く。手の中にあるファイルはニナがシステムモニターへとダウンロードした整備マニュアルのコピーだ、それに目を落としながらアストナージが溜息をついた。
「いちいちアレのやり口にカッカしてたら身が持ちませんぜ、それにジェスよりそんな小娘の口約束にまんまと乗せられた連中のほうが悪い。ま、俺に言わせりゃあいつのほうが一枚上手だったとは思いますがね」
「冷静な意見をどうも。いつもコンビを組んでる相方については自分の方がよく理解をしてるとでも言いたげだね? 」
 皮肉たっぷりにそう告げるモウラの眼の前でアストナージの表情が変化した。恥ずかしそうな、それでいてどこか黄昏たような切ない笑顔を浮かべた彼はぽつりとつぶやいた。
「 …… もうとっくに、俺で実験済みなンすよ」

 壁面を走る整備用のベランダは丁度モビルスーツの肩口の高さに当たる。急いで駆け上がった何人かの整備兵は肩に担いだロープを手すりに何箇所も縛り付けると次々にドムの肩越しに階下へと投げおろした。整備用のホイストが使えない状況ではこのロープが彼らの命綱となる。
 ハンガーの床まで垂らされたその綱の端に整備士の中でも身軽な連中が取りついたかと思うとあっという間にするするとドムの胸部装甲のあたりまでよじ登って、かけられたままの防塵用のケブラーシートを一気に引きはがした。今ではなかなか見られなくなったMS-09は戦史に残るその威容を赤い光の下へと現す。
「形式番号、MSー09 …… F? 」ニナと共にシステムモニターを見つめるコウが思わず呟いた。「トローペン? …… いやそれにしては形状が違いすぎる」
「ドム・フュンフ、制式採用された初番から数えて五番目に開発された試作機ね」すぐにスペックデータを開いて素早く目を走らせるニナ。「噂ではコロニー内戦闘を想定したマルチロール機じゃないかって。宇宙空間で使用するバーニアパックやアポジを重力下でも制御可能なアビオニクスが搭載してあるとか ―― ごめんなさい。年鑑にも隅の方に記載があっただけで正式な発表はなにもされてないの」
「乗ってみなけりゃ何も分からないってことか」血の気の戻らない顔で見上げたコウの目の前でドムのメンテナンスカバーが一斉に開いた。むき出しになった内部機関を保護するトラスフレームがあちこちで鈍い光を放つ。「補強構造も複雑だな、フレームは全部ハニカム構造か。耐爆性はともかく強度だけならキャノンよりも頑丈かもしれない」
 素早く各部の造りへと目を走らせるコウの眼が輝きを取り戻している、その顔を下から見上げながらニナは彼との最初の出会いを思い返していた。思えばアルビオンのハンガーで初めて出会った時もこんな顔をしてたっけ。
「コウ、これを」ニナはそう言うとプリンターの出口にたまった紙の束をバインダーで止めてからコウに手渡した。掌にずっしりと重みを感じさせるそれがこの機体に関する操縦マニュアルとチェックリストだと確認したコウはニナが待つバケットへと足を踏み入れると扉が鉄のきしみを響かせながら閉じられた。振り返った二人が電源車の傍に立つモウラに向かって親指を立てて合図する。
 もう後には戻れない。
「バケット上げろっ! パイロットが搭乗する、道を開けろっ! 」

 腹の位置で上下に開いたコックピットハッチが迫ってくる、今までよりも低い位置にあるコックピットで発生するGや不具合を頭の中でシュミレートするコウの目の前に見慣れないコックピットが広がった。アビオニクスの封印が解けたおかげで外部電源だけでは作動しなかった全ての計器に火が灯り、割と広めな室内の様子が二人にも見て取れる。そして操縦席の後ろで二人に背を向けたまま何やらごそごそと作業を続ける少女とおぼしき人影も一緒に。
 モウラとやり合っていた一部始終をコウは驚きの眼で、ニナは「またですか」という諦めの眼で眺めていた。しかし鼻歌まじりでいそいそと作業を続けるその背中は間違いなく一人前の整備士だ。
「お、いらっしゃいましたね? おじゃましてまーす。もうすぐ終わりますから伍長はシートに、ニナさんは伍長の膝の上にでも座っててくださいね? …… これでよしっ、と」
 最後の基盤をテスターで測り終えたかと思うと素早く元に戻したジェスはパタンと蓋を閉じてからニナの横をすり抜けてバケットの柵から上体を乗り出した。「デニスさーん、アレお願いっ。ついでに20口径のリベットガンとタッピングアンカー6本っ! 」
「もう終わったの? 」ジェスの無茶なリクエストを聞くわけにもいかず、居場所のないニナはバケットの端に佇んだままジェスの背中に尋ねた。
「基盤の数だけならゲルググとそんなに変わりないです、でも今まで見た事がないくらい複雑で。新品だから熱損耗の心配はないですけどとりあえず劣化が怪しい所はゲルググの予備と交換したのでたぶん大丈夫だと思います」
 ニナの質問に理路整然と答えながら飛んできたロープの端をパシッとキャッチしたジェスはそのまま一気にたぐり寄せ、小柄な体に似合わぬ力で持ち上げたロープの先には真っ黒なバケットシートがぶら下がっている。シートにくくりつけられた包みともどもコックピットへと運び込んだ彼女はそれらを丁寧に操縦席の後ろへと置いた。
「ニナさんも一緒に乗るんじゃシートがなきゃ。ミカの車についてたレース用のバケットシート、お古でちょっと硬いけど五点式のシートベルトはつけられるし ―― 」
「HANSもつけられるのか? 」マニュアルを見ながら最初のトグルに指をかけたコウが尋ねるとジェスはさっすがあ、という表情でにっこりと笑った。「もっちろん、そこに気づくところが一流ですね。それと班長がニナさんにって」そう言うと包みの中からパイロットスーツを取り出してニナの手に渡した。
「パイロットスーツ。アデリアの予備だからたぶん大丈夫だとは思うけど ―― 」しげしげとニナの体を上から下まで眺める。「 ―― ちょっと胸がきっついかも?」
 訓練も受けていない普通の人間がモビルスーツに乗り込む事はそれなりのリスクが伴う。特に機動時にかかるGは地球上にあるどんな乗り物よりも多彩で激しく、ましてや戦闘機動ともなるとそれだけでも気を失ってしまう新兵がいるほどだ。オークリーに所属する正規パイロット ―― キースとマークスとアデリアには軍から支給されたパイロットスーツの着用が義務化されておりそれは耐Gスーツの役割も担う最新型だ。
「こんなの渡されたってどこで着替えるのよ?」
「あたしが出てってからハッチを閉めればいくらでも。いまさら伍長に見られたって、ねえ? 」何とも意味深な言葉にあたふたする二人をしり目にジェスはシートを操縦席の後ろへと置くと位置を決めて一気にリベットを撃ち込んだ。座席部分を何度もゆすってしっかりと固定された事を確かめた彼女は小さくうなづいて立ちあがるとコウに向かって右手を差し出す。
「おかえりなさい伍長。この機体を担当するジェシカ・アリスト『二等兵』です、まだ赤ん坊ですけどこの子をよろしくお願いします」くるくると目まぐるしく変化する彼女の雰囲気に翻弄されながらコウはジェスの手を握り返して力を込める。
「こちらこそ。よろしく頼みますアリスト ―― 」
「ジェスでいいですよ、それに伍長は初めてでもあたしはお会いするのは二度目で。この前のシュミレーターの調整はあたしが立ち会ったんですから知らない仲じゃないです ―― そうですね、主任に飽きたらいつでも言ってください。ちなみにあたしはニナさんの二号さんでも全っ然オッケーですから」
 パチンと思いっきりウインクをして目いっぱいコウを煽ったジェスはその後の展開を察知して素早く道具をひっつかむと急いでバケットへと飛び乗った。すれ違いざまに彼女の言葉の意味に気づいたニナが思わず血相を変えて少女の方へと振り返る。「ちょっとジェスっ! 今のはどういう ―― 」
「じゃ、おりまーす」
「きゃあっ! 」
 間髪をいれずに動き出したバケットの床面からコックピットへと飛び乗るニナと慌てて彼女の体を抱きとめるコウ、二人の姿を見上げながらにこにこと手を振るジェス。「もうっ! 後で覚えときなさいよ!? モウラにきっちり叱ってもらうんだからっ! 」
 眼下へと消えていく小悪魔に向かって雷を落した彼女をまじまじと見つめるコウの眼に気づいたニナは顔を真っ赤にしてそそくさとコウの前へと体を滑り込ませた。ふう、と小さく息を吐くと気を取り直してコンソール下に固定されているキーボードを引っ張り出す。いよいよ作業開始だ。
「まずはFSCインレット、セットアップのデフォルトを表示 …… やっぱり各レバーの抵抗値が異様に小さい、この機体が地上で使われた事がない事の証明ね」そうつぶやくと頭の中にあるコウの最終設定値へと次々に修正していく。アビオニクスは間違いなくアナハイム製なのだが機体重量や稼働域は彼が最後に乗ったステイメンとは全然違う、それでも初期設定のまま動かすよりははるかに扱いやすくなるはずだ。
「アストナージ、バックパックの調整に移るわ。作業を止めていったん離れて ―― バーニア調整。一番コンマ2・二番コンマ0.4・三番フリー・四番コンマ3 …… AI、センターに指示値で固定開始 …… コンプリート」
 バックパックとスカート内に隠された推進用バーニアが機体の正中線で指示された値で固定された事を示す青ランプが点灯する。何らかの事情で休眠状態、もしくは新規の機体には気候や環境の変化や前任者の癖など様々な要因で数値が変わっている事がまれにある。今行われているニナの作業 ―― セットアッパーは現使用者に合わせてそれらの数値を完全に調整していく事なのだがその項目は多種多様でしかも多岐にも及び、限られた時間内で人間でいうところの神経回路をどれだけ正確に繋ぐ事ができるか ―― そこに彼女が請け負う作業の難しさがあり、しかし最もエンジニアの能力が試される所でもある。
 操縦席の正面にある小さなインフォメーションパネルをやりくりしながら次々にセットアップを完了させていくニナの手際は素人眼から見ても見事というほかはない。「コウ、スタートアップレディ? 」ニナの声に彼は天井パネルのトグルスイッチを次々にオンにした。パチッと言う音と共に次から次へと点灯していくLEDの光はやはり彼をいつも緊張させる。
「OKよ、続けてチェックリスト」膝の上にあるファイルへと視線を落とすとそこには試作ガンダムと同じくらいの項目がびっしりと並ぶ。「1から120までの動力系項目は省略、操縦系と火器管制に絞ってチェックして。炉が動かない限りは必要がないものだから」
「わかった …… ニナ? 」頭越しに聞こえてきたコウの声にニナは思わず手を止めた。どことなく笑いをかみ殺して零れてくるその声は彼女もあまり聞いた事がない。「ジェス ―― あの子っていつもあんな感じなのか? 」
「そうね、それがどうかした? 」さりげなく答えたニナだが言葉じりがきつくなっているのが自分でもわかる。「 …… すごい度胸だな。俺はトリントンが初陣だったけどあの時俺の周囲であんな風に平然としていられたのはバニング大尉だけだったと思う。まるで歴戦の整備士みたいだ、まだ若いのに」
「若いから怖いもの知らずっていうかふてぶてしいって言うか。目上や立場に関係なく人に接するっていう所はどうかと思うけど、整備の腕が天才的だから誰も文句がつけられないのよね」
「そういやモウラもアフリカの時ベイト中尉と喧嘩してたっけ …… そういう所はやっぱり似るんだな」
「ねえ、コウ? 」突然くるりと振り返ったニナがコウの足の間で昔に見せたあの意地悪い笑顔を見せた。肘を腿につきながら上目づかいでにっこりと笑う。
「あなたモウラの前でそんな事口にしてごらんなさい? 本気の彼女に二度はのされるから」

                    *                        *                    *

 降下するバケットのアームをケージ内で操作して機体の左後方へと向かうと、果たしてそこにはアストナージがカートリッジと一緒にジェスを待っていた。「さぁていよいよかぁ、どうやってやるのか実は興味あったんだ」
「だろうな」アストナージがカートリッジを肩に担いでバケットへと足を踏み入れるとジェスがすかさずアームを上昇させる。ちょうど腰のスカートの根元にある取り付け位置で止めると乗り込んだ側とは反対側の柵を開いて作業場所を確保した。
「でもさ、炉心にレーザーを当てるって事はそこまで筒抜けになるってことでしょ? …… だいじょぶ? 」
「カートリッジをしっかりねじこんどきゃたぶん問題ない、なんかのショックで抜けた時もあるにゃあるそうだが ―― まあ、戦争だから」
「あー。じゃあアストナージよろしく。あたしは後ろで祈ってる」
 おい、と言いかけて後ろのジェスへと振り返るとにっこりと笑いながら両手を組むジェスの姿が飛び込んでくる。こいつといいアデリアといい、どうしてこの基地にはこうも外面のいい連中が集まってくるのだろう? 類友という言葉の意味を信じている訳じゃないがこうもサンプルが出そろうとどこかの偉い学者さんが統計学上の結論として後世に残したマーフィー的なものなのかと勘繰りたくなる。
 ―― じゃああの二人が『友』だってンなら、『類』って、だれだ?
「伍長、アストナージです。現在野戦カートリッジの取り付け場所にて待機中、チェックリストに入ったらエマージェンシーシステムの電源だけ先に入れてもらえますか? 」
「 “ 了解した ” 」
 コウの返事がするなりすぐにハッチの下でロックの外れた音がした。「 ―― うそだろ、もうチェックリスト始めてンのか? 」
 始まっているどころかそこに電源が届いているという事はチェックリストがすでに半分以上終了している事になる。ここの整備班の作業速度はアストナージが知る限りでも一線級 ―― そう言う風に育て上げたつもりだ。その連中が束になってかかっている整備作業よりも二人で行うセットアップの方が早い? 普通なら半日はかかる作業をこの短時間にこなすなんて一体どんな魔法を使ってるってンだ?
 驚きながらもすぐにパネルへと手を伸ばした彼はすぐに装甲板をスライドさせて内部構造を点検した。超硬スチール合金で固められた前室と底にある丸い蓋、それがジオンの規格である事を確認したアストナージはカートリッジを持ち上げてその先端を蓋の周囲に切られた雌ネジに押し当てた。
「ジェス、俺が位置を固定してるからお前が回せ、時計回りだ」すぐにジェスの手が伸びてアストナージの脇からきりきりと筒を回し始め、先端の雄ネジの部分が本体に隠れる頃にはカートリッジはびくともしないほど頑丈に固定される。
「ふう、これでとりあえず被ばくの心配はなくなった ―― 次は機体側の前室にある蓋を外して中のレバーを手前に引け」
「 ―― ネジ固った …… こんなの三つも四つもやったら腱鞘炎になりそう」ネジ止めしてあるパネルを開いてジェスがレバーを引くと油圧の音がしてすぐにレバーが元の位置へと収納される。「これでさっきの丸い蓋が開いて炉心とレーザーが直通状態になる。ハードのセッティングはこれで終わりだ」
「けっこう手間がかかるんだね、もっと簡単かと思ってた」
「これでもジオンの奴はかなり楽な方だ、連邦のはこの下にもう一枚蓋があってそれを外すのに専用の工具がいる ―― だから新品を寄こすんだよ。前線での整備なんてそれじゃなくても不具合が多いのにこんなモン使ってたら事故が発生した時の被害が大きすぎる、だから本拠地から出張ってきたジオンの方がやむを得ずこれを使う機会が多かったって訳だ。そういう意味ではこの機体とカートリッジの相性はいけると思うんだがな」
「そっかぁ …… いよいよなんだね、この子が動くのも」嬉しそうなジェスが全ての作業を終えてそっと頭上を見上げる。出会いの瞬間を頭の中に思い浮かべながら優しい笑顔を浮かべる彼女をしり目にアストナージは、カートリッジの横に飛び出た電源ボックスを開いて中から太めのケーブルを取り出し電源車の方へと放り投げた。
「セット終了っ! 動力(三相200V)スロットに差し込んだらブレーカーを上げてくれ、通電確認するっ! ―― さてここからが肝心だ、ボックスの奥に細長いリモコンが刺さってる。通電するとそのリモコンにあるLEDが赤く点灯する」二人の視線の先にあるボックスの奥で小さく灯る赤い光。「確認したらそのリモコンを刺したままサイドにある小さいボタンを押せ」
 恐る恐るジェスが手を伸ばして万年筆くらいの太さの棒をなぞるとそこには確かに小さなでっぱりがあった。「こう? 」押した途端に赤い光は緑色へと変化する。
「緑に変わった事を確認したらそれをそのまま引き抜け、そうするとLEDは緑から赤の点滅に変わる。リモコンと本体がWi- Fiで繋がった証拠だ、点滅しなかったらもう一回それを差し込んで同じ動作を繰り返すんだ。接続範囲は直線で約100メートル以内、わかったな」
 手のひらに収まる程度のリモコンの点滅とカートリッジ本体とを交互に眺めながらぽつりとつぶやく。「 ―― これで、完了? 」
「跡はこのリモコンのケツにある赤いボタンを押すだけ ―― 融合炉の起動がAIで確認されるとカートリッジが強制排除されて本体側の蓋が自動的に閉まる仕組みだ。あとは」
「 …… あとは? 」
 小首を傾げてリモコンを手渡してくるジェスに向かってアストナージはニヤリと笑った。「これ以上の厄介事と関わらないよう一目散に逃げだすだけだ」

                    *                    *                    *

「あたし脚部のスラスター手伝ってくるっ! 」そう言い残すと彼女は降り切る前のバケットから身を躍らせてハンガーの床へと降り立った。「アストナージは大腿部のオイルラインを手伝ってあげて、少し遅れてるみたいだから! 」
「 …… やっぱりたいしたタマだな、よくこれだけの時間であれだけ全体を把握できるもんだ」息も切らさず一目散に右足へと走る天才少女の背中を眺めながらアストナージはかつての自分を重ね合わせていた。初めて任された自分の機体 ―― 最初は基地間を繋ぐ連絡用の軽飛行機だったが、それでも絶対に不具合の出ないように毎日毎日一生懸命にいろんな所を整備してたっけ。汚れ一つ埃一つないようにピカピカに磨き上げたそいつが大空に飛び上がった時の緊張と喜びは体が震えあがるほどだった。
 だから本当は前途有望で性格気性ともに難アリの彼女にもその感動をもっと平和な形で味あわせてやりたかった。たった一回しかないその体験がどれだけ自分の未来に希望と光を与えるのか、たとえどんなにつらい事があったとしてもその日の事を思い出すだけで耐えられる。そんな記憶を焼き付けてこれから起こりうる苦難を耐えていってほしいと心の底から祈るのだ、同じ整備士としての道を先に歩いている先輩として。
「さて、と」バケットが完全に折りたたまれた事を確認したアストナージは頭の中の感傷を奥底に押し込めてバケットの扉を開いて床へと降り立つと傍の整備員に声をかけた。「バケットはまだ使うかもしれないからそのまま機体の陰に置いたままでいい、手が開いた奴は俺と脚部のオイルラインを ―― 」

 先任として発した彼の指示をかき消す轟音と床を震わせる猛烈な振動。その原因を捉えた運のいい何人かの叫びが必死の形相と共にドムの整備にあたっている整備班へとほとばしる。「タキシングラインから離れてっ! 急げ、いそげぇっ! 」
 突然起こったその異変はハンガー内の全員に状況の変化を教えた。視界を曇らせていた硝煙を吹き飛ばすほどの熱風が空気を掻きまわして逃げ場のない閉鎖空間の室温をあっという間に上げ、ロケットの打ち上げのような噴射音は容易に全員の音を奪い去る。帽子が吹き飛ぶのもお構いなしにドムの右足へと駆け寄ったアストナージはそこでタキシングラインの方をみつめたまま固まるジェスを抱きかかえて頭を押さえた。
 全員が思い思いの防御態勢を取り終えた瞬間に姿を現した変化の正体 ―― モウラも、コウやニナも見守る中でタキシングラインに滑り込んできたのはゲルググの巨体だった。肩のマーキングには04の文字、アデリアの予備機という事は ―― 。
「アンドレアっ! ばっか、バーニアを止めろ、早くっ! 」アストナージが携帯に向かって思いっきり叫ぶ。接地部分から火花を散らしてハンガーを滑っていくゲルググのバーニアはいまだに長い炎を伸ばしたままだ、そんな勢いで耐爆防護壁にぶつかったら ―― 。
 誰もが予想するその悲劇の光景はその数瞬後に訪れた。推力61トンを誇るバーニアの炎は全開のまま収まることなくその巨体を存分にハンガーの壁面へと叩き付け、衝撃で特徴的なその頭部を木っ端みじんに粉砕した。飛び散る破片がまるで石つぶてのように整備班の隠れるケージの周辺にまでばらまかれる。
「だめだ、全員その場で動くなっ! 」
 身近にいたニナも驚くほど鋭い声がコウの口から飛び出すと助けにいこうとしたその場の全員の動きが凍りつく。そして次の瞬間。
 40トンの重モビルスーツが一瞬浮き上がるほどの炸裂音と閃光が突っ伏したままのゲルググと床の間から周囲へとあふれ出た。


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