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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Lynx
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6649b3b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/05/04 20:07
 コウとニナの後ろ姿を見送るヘンケンの眼にもう涙はなかった。

「ウラキ君、ニナさん。一緒にドクを見送ってくれてありがとう …… これから君はどうする ―― 」
「艦長、彼はハンガーを目指します」失った悲しみからまだ立ち直れないグレゴリーが呟くようにその事を告げると、ヘンケンとセシルはぎょっとしてコウへと目を向けた。敵の侵攻の最終目標、いわばオークリー失陥の象徴とも言うべきその場所は鉄火場寸前の状況下にある。武器も持たない二人がそんな所に飛び込んで行ってどうするつもりなのか?
 確かにここから逃げ出すのには早い足が必要だ、しかし彼女を助けるためにそれを使い切ってしまった彼が考える事。「ウラキさん、あなたまさか ―― 」「ウラキ君」
 目的の場所で選ぶ事の出来る選択肢は乏しく、その中には当然モビルスーツも含まれている。しかしコウが考えている事はサリナスでその症状を直に見たセシルにとって自殺行為としか思えない。止めなければと口を開いた彼女の声にすかさずヘンケンが割り込んだ。
「今のうちならハンガーはまだ敵の砲火に持ちこたえられる、だから急いで向かってくれ …… 一刻も早くオークリーから彼女を連れだすんだ」
 口調と声音に含んだ力が耳にしたセシルを驚かせる、それは彼が戦場へと赴くときにだけ見せる硬い物だ。「基地から遠ざかったなら必ず連絡をくれ、そこから俺達が一気に戦局を動かす」

「行ったな」ぽつりとつぶやいたヘンケンが胸ポケットから煙草を取り出すとセシルの眼も気にせずに火をつけて深々と吸い込んだ。吐き戻された煙は空気の流れが弱い赤い通路の空間でゆっくりと天井へと向かっていく。「彼の前ではまだいい兄貴分でいたいからな」
 そう言うとヘンケンは火のついたままの煙草をぐしゃりと握りつぶした。わなわなと震える拳の間から紫煙がにじみ出る。「方針を変えるぞセシル」
 唸るように告げるヘンケンの声を三人は久々に聞いて身震いする、一撃必殺の爪と牙をひた隠しにしてきた獅子は自分に降りかかった火の粉を振り払うためにその真の姿をついに現した。
「ウラキ君からの連絡が入り次第モビルスーツ隊は全機撤退。残存戦力はハンガーを放棄して食堂へと集合の後に通用門で敷地外に脱出 …… 対象がいなくなれば敵もこの場所に固執はできまい、夜明けまでには撤収せざるを得なくなる」
「分かりました、ですが敷地外へ出る際に地上部隊の攻撃を受ける事は必至です」
「奴らは生かして帰さん、誰一人として」
 モラレスの亡骸をものすごい形相で見つめるヘンケンの口からほとばしるどす黒い感情。「彼が逃げおおせるまでの間に必ず一人残らずぶち殺す …… 殲滅だ、いいなセシル。グレゴリー」
 粗野な表現しかできなくなったヘンケンの怒りは凄まじい。烈火のように燃え上がる恨みの炎を間近に見た三人は目を細めてうなずいた。

                    *                    *                    *

 ほんの一瞬の静寂が漂うその雰囲気にマルコは師であるモラレスの言葉を思い出した。寝る暇も惜しんでありとあらゆるシミュレーションを頭の中で繰り返して、これ以上ない戦略と戦術を駆使して初の一勝をもぎ取ろうとしたその刹那。
「ほほう、なかなかこれはよく研究してきたのう。スラブ・ディフェンスからメランヴァリエーションとは昔の記譜をよく勉強してきたもんじゃ、黒殺しにこれ以上ない戦術 ―― じゃが」
 モラレスの手が静かにクイーンの頭を摘むとそのまま一気に四段目にまで押し上がった。本来であればそのマスは白のビショップが睨みを利かせていたはずだったが流れをいち早く看破したモラレスが針路上にポーンを招き入れてマルコの手を一手遅らせる、それで十分だった。
 全方位へと睨みを利かせる黒のクイーンを止める手段はない、あっという間に前線が崩壊していく様を頭の中で想像しながら手にできなかった勝利をため息で見送るマルコにモラレスが忠告した。
「優位な時ほど見落としや隙が生まれる、必ず全てのコマから目を外すな。戦況が変わる何十手か前にはその前兆が現れておる、それを見逃さずに常に先手を打っておく事が戦いに勝つ為の秘訣じゃ。よーく覚えておけ」

 間違いない、これは変化の前兆 ―― 空気が変わった。今まで盤面を動かしてきたプレイヤーが変わる。
「アンドレア、残弾は? 」
「 ” バズは残りあと二本。90ミリはまだいっぱいあるけど ――  ” 」
 絶えず続いていた敵との銃撃戦でかすり傷一つ負ってないという事は戦闘が初めてのアンドレアにも余裕を生んでいる、自分の状況を冷静に判断できるようになったのはいい傾向だが「今まで通りにやっていれば間違いない」という思い込みが怖い。状況の変化が起こった時に絶対に対応できずにパニックを起こす。もしかしたら、敵の狙いもそれか?
 敵の立場であらゆる戦術を模索するマルコの頭痛が収まらない、起こりうる可能性に対する対抗策を全部弾き出しながら考える事だけはやめられない。それが途切れるときこそオークリーに死が訪れる。「バズの弾はいざという時まで温存しときたい。アンドレア、武器をマシンガンに切り替えてくれ」
 とりあえずいざという時のために最大火力の温存は必須、敵はこれ以上の損害を望まないはずだ。もし万が一敵が後一機失ってしまったとしたらこちらの欺瞞がばれない限り戦況を膠着せざるを得なくなる、そう考えるとあの一機をバズの一撃で墜とした事は大いに効果があった。
「 “ えー? やだよ俺、バズだから敵が近寄ってこないかもしれないのにいきなり撃ってもないマシンガンに切り替えるなんて ” 」
「バズは敵を確実に殺れるって時に使いたいんだ、だからそれまで辛抱な。それにマシンガンだって使い方によっちゃあバズと同じくらい敵の足を止められる、こちらには敵よりも弾がいっぱいあるんだ ―― モウラ班長」
 ちぇっと呟きながら足元に散らばったバズーカの空砲身をバリケードの隙間へと押し込むアンドレアをモニターで確認しながらマルコはモウラを呼びだした。「聞いての通りです、90ミリの補充を。アンドレアはいっぱい持ってるけどこっちはあと3マグしか残ってない」
「 “ その事なんだけど悪い知らせだ ” 」喜怒哀楽の荒波をやっと乗り越えて元の服をきっちりと着こんだモウラにさっきまでの動揺は見られない。「 “ 流れ弾でセンターホイストがやられたみたいなんだ、予備の弾倉を釣り上げてあんたの近くにまで持ってけない ” 」
「どこにあります? 」
「 “ あんたの真後ろ、通路のどん詰まりの壁際 ” 」
 間が悪い時には間が悪い事が重なるものだ、様子を窺っている敵の目前でどちらかが後ろへ下がる事は敵に付け入るすきを与える事になる。それに自分はモビルスーツの素人、弾の詰まった何トンもあるコンテナを持って帰ってくるまでに何秒かかるだろう? その時間があれば敵が一気にハンガーまでの間合いを詰める事ができる。
 切迫した問題 ―― 今の状況をできるだけ変えずにどうやって予備の弾薬を取りにいくかという難題。演習用モニターをスクロールしながら周辺の地形図を見つめていたマルコの眼が南の山山頂付近にある青い光点の上で止まった。
「 ―― 隊長、聞こえますか? 」

「話は聞いていた、何か考えが? 」
 狙撃ポイントについたキースは何度かバンパイアを使ってガンタンクの居場所を探っていたが、距離が遠すぎる上に夜間迷彩ではさすがに姿を捉えられない。しかも下手に長く顔を出して敵にこちらの居場所を知られては長射程を誇るあの120ミリで狙い撃ちにされる。何か敵の居場所を掴むためのいい方法はないかと考えていた矢先に届いたマルコからの通信だった。
「 “ ルーファスを一発だけ使って敵の前線の前に撃ち込んでください、怯んだ隙に僕が弾を取りに行きます ” 」
「 “ マルコっ! あんたそんなことしたらキースの居場所がばれて狙い撃ちにされちゃうじゃないの! そんなことしなくても整備班全員でなんとかあんたン所までパレットを押し出すから ―― ” 」
「モウラ、いいから。それはマルコも分かっている …… 狙いは? そこまで派手にやるんだ、時間稼ぎだけじゃないんだろう? 」
 この作戦の大前提を自ら覆す発言でキースは内心ドキドキだったが、それでもバスケスに「用兵の天才」と謳われた男の事だ、きっと何か突破口があるに違いないとキースはモウラの抗弁を退けた。ふう、とイヤホンの向こうでマルコのため息が聞こえる。
「 “ 自分達も待ったなしですが敵も後がない、後一機でも稼働不能機が発生すれば作戦の達成はかなり難しくなります。だからそんな威力のある弾丸で背後を押さえられているという事実を無視は出来ないでしょう ” 」
「そうなるとハンガー攻略どころじゃなくなってまずこっちの脅威を沈黙させる事を優先させる ―― 手っ取り早いのはタンクの火力をこちらに集中させる事か」
「 “ はい ” 」ほんの一瞬の間がある、キースはそれがどういう意味なのかに気づいていた。「 “ 班長の言った通り隊長はそれでタンクの標的になります、ただ直接照準ができない以上120ミリを使う事はないと思います。曲射するには距離が近すぎるしすでにかなりの弾数を使っています、こちらのバズと同じでいざという時のために極力セーブしたいでしょう ” 」
「 …… まだ使ってない40ミリミサイルの飽和攻撃、か」

 マニピュレーターを装備しないガンタンクにとっての唯一の近接戦闘武装が両腕に取り付けられた40ミリ4連装ポップミサイルだ、一斉射で約八発、目標付近で散開して敵にダメージを与える。120連射が可能なそれが全部自分の下へと殺到するのかと思うとぞっとしない。
「 “ ここからは僕からの提案になります …… 隊長、もし。できる事なら敵のその攻撃範囲内にとどまって狙撃ポジションを確保してもらえないでしょうか? ” 」
 さすがのキースもこのマルコの言葉には思わずえっ、と耳を疑った。多分雨あられと降り注ぐ敵のミサイルの散布界のど真ん中で果たして無事に生きていられるものだろうか?
「 “ 敵はバスケスの機体の変化をかぎ取って攻撃を加えました。という事は赤外線照準を使っているはず ―― 今の状態でそのライフルを撃てば ” 」
「照準調整を済ませてないこいつでもし外せば銃口に残った熱でこちらの正確な位置を知られてしまう …… だがもし敵のミサイルがばらまかれた中で無事でいられたのならこちらの位置を敵が知ることはできなくなる。なるほど、一切合財込みでの敵へのけん制ファーストアタックという事か」
「 “ あの重砲をできるだけ早く排除するためには賭けに出るしかありません、ぐずぐずしてると状況はもっと悪くなる …… どうですか? ” 」
 むう、とモニターを見つめながら考え込むキースだが確かに敵の位置が目視できない以上それ以上の案はないようにも思える。それになにもバカ正直に敵のミサイルの到達をじっと待ってる必要はない、一旦散布界の外ギリギリまで回避してもう一度ここの位置にまで戻ってくれば済む話だ。ただその境界線が自分の勘と神頼みというだけで。
「 ―― 一度敵の攻撃範囲の外に出てから戻るのもアリだよな? 」
「 “ 大丈夫だと思います。ただしルーファスの予備を取り付けてある盾には気をつけてください、熱や衝撃で爆発したら隊長のジムは木っ端みじんです ” 」

                    *                    *                    *

 地上部隊が対象の確保に失敗したという報はほんの一瞬のタイムラグを置いてダンプティ達にももたらされた。その事実をひた隠しにするという選択肢もあったのだが、作戦によって被った被害とこれからの作戦方針を伝えない事には同士撃ちになる可能性もある。ブージャム達が自分達とは別に受け取っていた「対象の殺害」という極秘命令をあからさまにした事で時計の針を無理やり進められたケルヒャーは自然と行動の前倒しを余儀なくされた。
「ハンプティ、『Volga』はどうだ? 」
「 “ 上空到着まであと五分。もうちょっとで全部準備が整うってのに待ってられないのかよ、あのバカども ―― 失敬 ” 」
「今日は敵も味方もこちらの思惑通りには動いてはくれんようだ、まあそんな日もある …… ダンプティ、『スレッジ・ハンマー』を開始します。作戦許可を」

 タンクの後方の弾薬扉が開いてユニックが二発の砲弾を釣り上げる、砲身に挿入されたそれは建物に隠れたバスケスを追いだすために使われたHESHだ。堅牢に作られた敵本拠地への砲撃と内部破壊を目的としたそれはこの作戦の開幕を飾るにふさわしい弾。
「スレッジ・ハンマー」とは文字通り鉄製の大槌の事、力づくでぶっ叩いて何もかも粉々に破壊するための象徴として古来より使われている。そしてその名を冠する作戦も同じ意味が込められている、MIP研究所と同じシチュエーション ―― 立てこもる敵高脅威目標を本拠地から一気にあぶり出すというのならこれより適した作戦はあるまい。
「装填終了、弾種粘着榴弾。左右同時射撃、目標敵ハンガー ―― 撃っ」

 明らかに弾速の遅い砲弾がこちらに迫ってくるのをマルコの耳は拾った。徹甲弾は音速を超えるため着弾の後に発射音が聞こえるかほぼ同時、しかしこれは ―― 。
「ハンガーっ! すぐに一番奥の退避壕に逃げろ、榴弾が来るっ! 」マルコが叫ぶと同時に前面に置かれたバリケードがとてつもない打撃音で震えた。突然始まる敵の全力射撃、どこにこんな弾数があったのかと自分の判断を疑ってしまうほど激しい攻撃にさらされた二人は思わずバリケードの影に頭を引っ込めるしか手がない。奇しくもハンガーの入口へと目を向けたマルコのモニターに映る閃光は一瞬彼の視界を白く染め上げた。
 着弾した榴弾が起こす二次爆発の衝撃でハンガーの耐爆コンクリートの内壁がはじけ飛ぶ。そしてその威力は壊れて動かなかったホイストクレーンのレールをいともたやすく天井から引きはがしてそのまま床へと叩き落とした。歪んだ鉄の塊が轟音を上げてマルコの行く手を遮る。「隊長、今ですっ! 」
 声をかけるなりマルコはコンクリートの降り注ぐハンガーの奥へと一目散に駆け出した。

 キースの夜間照準器バンパイアは確かにタンクの発射炎を捕捉した。得意げに放つその一斉射が実は奴の命取りになるであろうその機会をものにすることができない事が悔やまれる、もしこの対物ライフルが届いたその時にせめて試射だけでもしておけば。
 できなかった事を後悔しても仕方がないとそれ以上の韜晦を打ち切ったキースは照準を滑走路へと向けた。滑走路を挟んだハンガーの対岸で動き出す黒い影、障害物があるにもかかわらず包囲円から斜線陣への移行は見事な物だ。その動きを上から見ただけで彼らがただ者じゃない事がよくわかる、統率のとれかたが今まで見たどの部隊よりも ―― 元不死身の第四は除いて ―― 洗練されている。
 接続されたモニターに浮かびあがる赤い十字の下の端に一番左端に位置するクゥエルを置いてキースは引き金に手をかける、当たれば儲けもので外してもそう離れた場所に着弾する事はあるまい。バンパイアの先端から放たれた距離測定用レーザーが射程範囲外であることを示す赤い数字をモニターの隅に踊らせる、しかしキースは構わずにグリップを握りしめた。
 夜闇を引き裂く轟音。先端に設置されたマズルブレーキから吹き出す燃焼ガスの噴煙がモニターを陽炎のように揺らめかせる、クルップ社製102ミリ腔旋ライフリング砲身から吐き出された特殊弾頭の反動はキースの体をいともたやすくシートから持ち上げた。
 
 ハンプティの声を聞いた最前線がケルヒャーの指示で時間差で動き出す、まるでどちらかが後ろに下がる事を予期していたかのようなそのタイミングは恐らくマルコの予測を一瞬上回っていた。しかし最も山側に位置していたタリホー1は音響センサーが捉えたわずかな違和感に気がついて、援護射撃をしながらその足を止めた。「何か来る、早 ―― 」
 言い終わらないうちに超高速の光の矢が彼のクゥエルを掠めて滑走路へと ―― その角度で撃ち込まれたのなら確実に跳弾で空へと向かうはずのその弾は彼らが見た事もない現象を引き起こした。コンクリートを大きく抉った弾頭がその場で大きな火柱を上げて爆発する、機体に加わった衝撃と熱はハイパーバズーカの弾頭から発せられるものと何ら変わりがない。「な、なんだ一体っ!? 」

 その爆発過程は反対側に位置するケルヒャーからもよく見えた。弾速は超高速で破壊力は炸裂弾、しかも弾が接地した瞬間に爆発したという事は信管の感度が敏感であるという事。モビルスーツが携行できる小型弾頭の中でその性質を有する物は火器に精通するケルヒャーにとっても思い当たるものがただ一つしかない。
「バカな、Raufoss Mk 411が何でこんな所に置いてある? 」
 旧東ヨーロッパの小さな兵器メーカーが対物ライフルに最大の破壊力を持たせようと開発したHEIAP(High Explosive Incendiary/Armor Piercing Ammunition;焼夷徹甲炸裂弾)、ありとあらゆる破壊要素をその一発に詰め込んだ凶悪極まりないその弾頭はしかし、1868に締結されたピーターバーグ条約で使用と開発が禁止されていたはずだ。噂ではIフィールド対策のために密かに開発されているかもしれないと聞いてはいたが ―― 。
 ――  まさか実戦配備とはっ! こいつらどれだけ有事に対して周到に準備していたというんだ!?
「全機止まれっ! 散開して南の山頂から見えない遮蔽物を探して退避しろっ! ハンプティ、敵の狙いは貴様だ。頼めるなっ!? 」

 復唱もないままガンタンクの上半身が旋回して両手が空へと突きだされた。音響測定、赤外線探知、そのどちらとも同じ場所を示している。敵のポジションはズバリ向かい側の山の山頂 ―― 。
「AI、自動防御システム作動っ、目標右山頂付近、40ミリ三斉射っ! 」
 ハンプティの命令と共に両手のランチャーから撃ちだされる八発のミサイルが炎を上げて夜空に舞いあがる、立て続けに上がる24発の散弾ミサイルは大きな放物線を描いた後にキースが陣取る南の山の上で分裂してその散布界を大きく広げた。
 損害を確認するまでもなくハンプティは固定用のアンカーを外し、駆動転輪を接地させるや否や一気に丘を下って次の段差へとタンクの巨体を滑り込ませた。ブレーキ代わりのアンカーが再び地面へと撃ちこまれて重い車体はあっという間に狭い踊り場に固定される。「弾着っ! 」
 ハンプティの掛け声とともにミサイルの着弾した山の山頂が一気に燃え上がる、それはオークリーのどこからでも見てとれるほどはっきりと、そして破滅的に鮮やかな光景だった。

 舞い上がったミサイルの光跡をしり目に必死で山の斜面を駆け降りるキース。マルコの忠告が正しければ回避に盾を使えない、となると自分の機動力頼みとなる。しかし自分の背丈ほどもある対物ライフルを抱えて林の中を駆け抜けるのは想像以上に困難だった。狭い木々の間を縫ってのスラロームで移動速度は極端に下がり、焦る気持ちにはお構いなしに彼の背後で第一波が弾着する。
「くっ! 早いっ! 」吐き捨てた声をかき消すように叫び始めた接近警報は頭上に迫った第二波によるものだ。直撃だけは避けてくれと祈るキースの周辺に舞い散るミサイルが周辺の木々をなぎ倒しながら大きな火柱を上げて行く手を遮ろうとする。経験とスキルの全てを使ってジムの駆動系をコントロールしてなんとか第二波の攻撃を躱しきったと一息つく暇もなく、今度は前方に光の雨が降り注いだ。ここまで逃走経路を先読みされるとはキース自身も思っていなかった、多分敵の持つすべての能力が自分を、超えている。
「くそおぉっッッ! 」叫びながら立ちはだかる炎の壁へと機体を滑り込ませるキース、立ち止まったら敵の思うつぼだ。ならばほんの少しでも生き残る可能性がある前へっ!

「隊長、隊長っ!? ―― アンドレア、状況はっ!? 」
 床の転がっているホイストクレーンの残骸を蹴り飛ばしながら大きな木箱を引きずって来たマルコがバリケードの影へと滑りこむ、アンドレアのゲルググは攻撃の収まった滑走路へと90ミリの銃口を向けながらモノアイだけを右の山へと向けている。「 “ わっかんねえ、わっかんねえけど …… 山が燃えちまってる ” 」「くそっ! 」
 演習用モニターでキースのジムの位置を確認するマルコ。光点は山の斜面に残ってはいるが果たしてどれくらいの損害があるのだろう、もし戦闘不能という事にでもなればそれだけでゲームオーバーだ。「隊長っ! マルコです、たった今弾薬の補充に成功、元の配置に戻りましたっ! 無事ですか、無事なら応答をっ! 」
 彼の声に耳を澄ませているのはマルコだけではない、そこに繋がっているオークリーの生き残り全員が彼の無事を願っている。ウェブナーを失った今となっては先任士官である彼だけがこの基地の精神的支柱なのだ。
「 “ ―― 02からマルコ、なんとか敵の砲撃は躱しきった …… いやあ、今のはヤバかった ” 」

 メインカメラから見上げる山肌はいまだに赤々と燃え盛っている、よくもまあこの弾幕の中をさしたる被害もなく潜り抜けられたもんだとキースは安堵のため息を漏らした。自分が隠れていた山頂からここまでまるでスキー場のゲレンデのように一つ残らず障害物が取り除かれている。どうやらツキはこちらにあるようだ。
「02はこれより予定通りに元の位置に戻って敵重砲の排除にかかる。マルコ、アンドレア。もう少しの間持ちこたえててくれ」

「敵の狙撃手をポイントから排除する事に成功、ただし撃破したかどうかは不明」赤く染まる山の稜線を見つめながら淡々と告げるハンプティの耳元で何かを知らせるピッピッという音が飛び込む、モニターの隅に浮かびあがる『Volga』の赤い文字を見つめた彼は小さく笑ってケルヒャーへの報告につけ足した。「お待たせしました、たった今『Volga』が上空に到着。損害評価及び敵高脅威目標の分析を開始します」

                    *                    *                    *

「キースがまだ頑張ってくれてる、今のうちだ」コウはそう言うとハンガーへと続く通路の途中にある地下通路からの出口を開いた。入り込んでくる外気に混じった火薬の匂いと熱が戦場の真っただ中に出た事を二人に教え、それが今までモラレスとの思い出に後ろ髪を引かれ続けていた表情を引きしめる。
 不思議な事にあれだけ激しかった銃撃音は収まっている、先頭に立ったコウはニナの手を引いて忍び足で半開きになったハンガーの扉へと近付いた。モウラがニナを助けに行こうと力づくで開けたそれは閉じられることなくそのままになっている、だが事情を知らない二人はもうそこまで敵の手が及んでいるのかと思わず壁に背中を押しあてた。
 ニナに動かないように手で指示してからコウはドアの向こうを覗いた。非常照明に照らされた懐かしい景色、自分がいた頃と少しも変わらない大きな空間の中をコウの眼が異変を求めてさ迷う。「 …… 誰もいない? 」
 無意識のうちにハンガーの中へと踏み込もうとする彼の手をニナがぎゅっと握りしめた。「ねえ、コウ。 …… やっぱりあたしみんなを置いて一人で逃げるなんて ―― 」
「みんなのために俺達は逃げなきゃいけないんだ」ニナに止められたままハンガーへと視線を向けるコウは何かを確信していた。
「俺達がここを無事に逃げだしたらヘンケンさんは必ず連絡をくれと言った、そこからこの戦況をひっくり返すって。どんなやり方かは分からないけどこれだけ不利な状況を変える手立てをあの人はまだ持ってる。だから俺達はその言葉を信じてそうするべきだと思う」
 いくら辺境とはいえ連邦正規軍の基地の全機能をあっという間に掌握して隊員達の状況を逐一掴む事に成功したあの手腕を見れば、彼らが告げる言葉に嘘はないのだろう。そして自分が今ここに生きているという事がその言葉の証明でもある。「わかった、コウ。あなたがそう言うのなら、そうする」
 昔より少し背の高くなったコウの顔を見上げて答えるニナに、彼は笑って小さくうなずいた。

 足を踏み入れたハンガーの中には何もなかった。壁面にあるはずのモビルスーツはすべて取り除かれて建物の柱も何本かなくなり、入口から内部へと重量物を運ぶためのセンターホイストは天井から外れて床の上に無残な姿を晒している。敵の攻撃を受けて天井から降り注いだコンクリートの内壁はまるでここから逃げようとする二人の思惑を遮るように大小取り混ぜて床一面にばらまかれていた。
 しかし何よりもコウの眼を引いたのはすぐそこに置かれたままの電源車と繋がったままのシステムモニター、そして壁に張り付いたままの重モビルスーツだ。「MS09-Fドムトローペン? …… いや違う」
「なんでこれがまだこんな所に? 」思わず立ちつくしたコウの隣で同じように足を止めて見上げるニナ。「どうせ動かないんだったらバリケードの芯材にしか使い道がないはずなのに」
「動か、ない? 」
 防塵用の黒いケブラーシートに包まれたままの巨体を見上げたコウの顔色が見る見るうちに白くなっていく。

                    *                    *                    *

「ええっ!? 基地から持ってきたジムじゃないんですか、俺の乗るのって!? 」トリントンを離れたアルビオンのブリーフィングルームでその事実を聞かされた時、最も驚いたのは当事者のキース本人だった。無事だったのはコウの乗る一号機とC整備中でハンガーの一番奥に格納されていたジム改の二機のみで、彼はてっきりジムに乗るものだと決めつけていたのだ。ちなみにバニングの乗るジム・カスタムはすでに同機種新品が用意されている。
「うっせいひよっこ、じたばたわめくんじゃねえ。おめえがそれに乗るのか、それとも予備要員として俺たちの小間使い ―― もとい雑用係になるのかをこれから決めようって言うんだからよ」
 椅子の背もたれに両手を乗せた不機嫌そうなモンシアが吐き捨てるように言った。「まーおれはそんな事しても無駄だって言ったんだがなぁ、大尉の言う事には逆らえねえ。でもよぉ、俺も身の回りの世話をしてくれるってのが野郎だとどうもこれからの作戦に身が入らねえなぁ」
「こらモンシア、いつまでも後輩をいじめてるんじゃない …… もちろんトリントンにあったジム改は予備機としてアルビオンに接収してはある、だが敵はあのガトー率いる腕利きのジオンの残党だ。あそこに配備してあった機体で奴らと互角に渡り合えるのかどうかは実際に戦ってみた貴様らが一番よくわかっているはずだ」
 左足をギブスで固めたバニングが椅子に座ったまま二人を交互に見る。もちろんそんな事は分かっている、あの基地にいたモビルスーツ部隊で生き残ったのは ―― ここにいる三人だけ。
「かといって俺のジム・カスタムを貸してやってもかまわんのだがいざという時になって変な癖がついていたんじゃ俺も困る。 …… で俺の昔の部下の三人の要望でこういう集まりになったというわけだ」
「コウのはもう決まってるから ―― 」
「馬っ鹿野郎まだ決まってねえっ! 一時俺の奴を貸してやってるだけでぇっ! ウラキィ、てめえ借りてる間に俺の壊しやがったらただじゃおかねえからなぁっ! 」
「まだ言ってるんですか? 往生際の悪い。 …… そうですね、ウラキ少尉は一号機に決まっているので残るのはあなただけになります、キース少尉。でいろいろあなたのデータを見させてもらった上で私がいくつか質問をしたいと思いまして、大尉にお願いしたのです」
 ため息をついたアデルが怒りに震えるモンシアを一言でたしなめると、いつもの柔らかい口調でキースの前に立った。
「ではまず一つ目に質問です、少尉は今まで行った多くの演習で自分が一番気持ちよく戦えるポジションをどこだと自覚していますか? 」
「 …… 中盤から後ろ、バックアップの位置です」迷わず即答した事にアデルとバニングは満足したように小さくうなずいた。「理由は? 」
「コウとカークスはよく動き回るので戦況が掴みづらい、だから大尉やアレン中尉と戦う時にはいつもそこを突かれるんです。自分は二人の後ろで状況を見ながら大体どこから敵が現れるのか ―― どこを抑えられたら負けるのかという事を考えながらフロントの位置を起点にして動いていました」
「でも一度も俺たちに勝った事はなかったな? それだけうまく立ち回れて、どういう事だ? 」ニヤリと笑ったバニングが尋ねるとキースは照れ臭そうに答えた。「フロントがあまりに早く動くので自兵装の射程外に飛び出していくんです、持たされてたのはマシンガンだったので」

「分かりました、では二つ目」アデルがそう言うとベイトが立ちあがって部屋の電気を消した。壁面にプロジェクターから放たれる四角い光が浮かび上がる。「今から君達に二枚の写真を五秒間ずつ見てもらいます、その後にどこが違っているのかを教えてください ―― では」
 おもむろに壁に映し出された二枚の写真は何の変哲もない風景写真だった。それもパッと見には同じようにしか見えない。暗闇の中で食い入るように見つめる十秒が過ぎると再び明かりが灯って、バニングを始めとする「不死身の第四小隊」の面々が二人の答えを興味深々と言った体で待ち構えている。「では同時に二人で答えをどうぞ? 」
「五個です」
「七個ありました」何気なく答えたキースの言葉にコウが驚いた。「え? どこ? 」
「キース少尉が正解です」アデルはそう言うと今度は二つの写真を並べて壁面に表示した。「恐らくウラキ少尉が指摘した五個はこことここと ―― ですね。三つはすぐわかりますが後の二つはなかなか見つけづらい、それだけでも十分に観察力に優れていると言えます。付け加えるとウラキ少尉とモンシア中尉は同じ数です」
「けーっ! ウラキの野郎と同じなんて俺もヤキがずいぶんと回っちまったもんだなあ、おいっ! 」
「モンシアくーん、みんなのお邪魔になるようだったら君だけ他の部屋でおとなしく結果だけ待っていようか? 」ニヤニヤと笑いながら後ろからモンシアの肩をがっちりと掴んだベイトが猫なで声で話しかけた。「君もずいぶんと積極的だったじゃなーい、今日の集まりには」
「うっるせえな、わかってンよ! 」そう言うとさらに不機嫌になったモンシアが腕組みをしてそっぽを向いた、しかし目だけはじっと二人を見つめている。「では『ひよっこ』少尉さんと同じ数しか見つけられなかったベテラン中尉さんの事は置いといて …… 後の二個、まず一つ目はここ」アデルが指をさした先にある林の中の一本の立木の根元。こんもりとした茂みは一目見てもそれが何だか分からない。
「ここに敵のザクが偽装網を被って隠れていました。 …… 言っておきますがこれは実際に一年戦争の時の戦闘中にガンカメラで撮られた映像から抜粋したものです、一枚目から二枚目までの間はほんの数十分しか経ってません。戦場ではそんな短い時間でこれだけ状況が変わってしまいます」
 それをつい二日前の戦闘で体験したコウとキースはごくりと喉を鳴らした。「じゃ、じゃあもう一機はどこに? 」コウが尋ねるとアデルの代りに隣のキースが答えた。
「この撮影をしている機体の後方、山の上だよ」

「お見事、正解です」嬉しそうにアデルがそう言うと写真の端に指を置く、背後からの日の光を受けて鮮やかに刻まれた山の稜線の影。そこに不自然に盛り上がったこぶが一つ。「この撮影の直後彼は背後から敵の狙撃手によって撃破されました。 …… もしこれに少尉が乗っていたら返り討ちにできたという事ですね」
「おっめでとう、キース少尉。これで君は晴れて俺達の背中を守る新型の支援機に乗る資格を得た訳だ …… 断っとくがなァ、間違っても背中を撃つンじゃねえぞ、このひよっ子っ! 」ぱちぱちと厭味ったらしく手を叩いたモンシアがフンッと鼻を鳴らして今度は本当にそっぽを向いた。「あ、あの。 …… 新型? 支援機って、その ―― 」
「キース少尉には私と同じ機体に搭乗していただきます。いいですね大尉? 」
 小さく頷いて許可するバニングとアデルの笑顔を見比べながら、言われた事の意味をもう一度頭の中で整理する。アルビオンへの着任と共に運び込まれたアデルの機体は確かにジム・キャノンとは名ばかりの今まで見た事も無い機体だった。両肩に付けられた二門のキャノン砲はビーム式に変更されているし、なによりも大きな違いは機体全面をボリュームをアップさせている装甲板の厚みだ。試作型ガンダムNT-1アレックスに採用されていたチョバム・アーマー(Ceramics Hybrid Outer-shelled Blow up Act-on Materials、セラミックス複合外装による爆発反応材質)とスナップロック方式を兼ね備えた複合装甲板は年鑑に記載されているモビルスーツが携行出来る弾種の殆どを相殺できる。それに専用のライフルも、今までキャノンには採用されていなかったビームサーベルも標準装備だ。
 支援型のモビルスーツとしてはほぼ完成形とも言われているジム・キャノンⅡに、自分が?
「キース少尉、あなたは自分でも気づいてないでしょうが私と同じく『狙撃手』としての技量を有しています。敵を見つける優れた索敵能力と観察眼」
「前方に展開する部隊の動向、敵の動きと各部隊員の適性を読み取って配置する能力 ―― 狙撃手は最後尾に位置するが故に様々な能力が要求されるし誰でも出来ると言う物じゃない。だからアデルが認めた以上貴様は奴と同じ機体に乗らなければならない …… これは命令だ、キース少尉。お前は明日からアデルと同じ機体に乗って完熟訓練を行え。整備班にはすでに機種変更の通達を出してある、いまさら嫌だと言ってもお前の乗る機体はもう他にはないぞ? 」
 アデルから言葉を引き継いだバニングがニヤリと笑ってキースを見る。くる日もくる日も必死でみんなの背中を追いかけてきた自分が持つ、自分が知らない能力。誰かの役に立てるかもしれない ―― 足手まといにはならないかもしれないという希望はキースの表情をほころばせた。だが次の瞬間ある事実に気づいた彼ははっと表情を変えて正面にいるバニングにおずおずと尋ねた。
「で、でも大尉。まだ機体もないのに明日からってどういう ―― 」
「だから明日からはアデルとタンデムで演習に参加しろ。ジャブローに申請した貴様の機体が届くまでキャノンの特徴と操縦方法をじかに教われ …… キース、貴様はツイてる。アデルは一年戦争の頃から俺の小隊のキャノンライダーだ。こんな教官に恵まれる事はそう滅多にあるもんじゃない」
「おまけに他ではめったにお目にかかれないキャノンの『撃墜王エース』様だしな」
 お前なんかにアデルの代わりが務まるもんかとばかりに嫌味な目つきで睨みつけるモンシアをしり目に、縮こまるキースの肩を一つ叩いたアデルがにこやかに笑った。「ではキース少尉、明日からよろしくお願いします。厳しくいきますから覚悟しといてください」
 そう言って差し出された手を握りしめたキースは彼のその言葉が決して冗談や誇張の欠片一つも混じっていないという事を知った。見た目の穏やかさや礼儀正しさとは全然異なる硬い掌、幾重にも重なった大きな肉刺の数がキャノンを操るという事の難しさをキースに教える。
「よ、よろしくお願いしますっ!! 」慌てて大声になるキースにアデルは破顔一笑で答えた。「よしましょう、あなたと私は同じ階級ですからそんなかしこまった言葉づかいは。それとあの人たちがいくら威張り散らしていたってビビる必要はありません。いざとなったら『間違って』後ろから撃っちゃえばいいだけの話ですから」
「ちょ、待てコラっアデルっ!! 手前ぇいっつもそんなこと考えながらキャノンに乗ってやがったのかっ!? 」
 ウィンクをしながら冗談を飛ばすアデルに向かって血相を変えた二人が立ち上がる。アデルは笑いながらモンシアとベイトの抗議を受け流してキースに言った。
「とりあえずですが、少尉。 …… 『山猫リンクスの世界』へ、ようこそ」

「大尉、残念ですがあなたのようにはうまくいかないかも」焼け野原になった山の斜面をにじり登りながらキースはぽつりとつぶやいた。褒めてもらった索敵能力、認めてもらった戦術眼。今まで培ったスキルや経験が目の前の敵に通じないかもしれない。これだけ特殊な任務についている部隊の構成員だ、多分一年戦争 ―― いやそのもっと前から戦場で生き延びてきた兵に違いない、それに引き換え自分はその頃 ―― 。
「! しっかりしろ、キースっ! お前だってそんな連中が一山で死んじまうくらい酷い戦いをくぐり抜けたんだろう!? この前の演習でお前は大尉から何を教わったっ!? 」
 あのオベリスクでの三対三で戦闘のなんたるかを教わったのはマークスとアデリアだけではない、自分も大尉と一対一で対峙して個人スキルの重要性を体に叩き込まれたはずだ。機体の性能、技能、経験 ―― 相手より力が劣ると認識する事が勝ちをもぎ取る第一歩、そこから今の自分に何ができるかという事を数少ない引き出しの中から探し出して組み上げる冷静さ。
「 …… 落ち着け、今さらない物ねだりをしてもしょうがない。考えろ、自分と敵の機体の何が違う? 」

                    *                    *                       *

「きゃあっ! 」再び始まった敵の銃撃にハンガーの空気が揺れる、悲鳴を上げたニナが驚いてコウの手を握ったまま全身をこわばらせた。肌に伝わる衝撃と耳をつんざく打撃音は医療棟の三階から聞いたものとは臨場感が違う、今まで自分がコックピットの装甲板越しに聞いていた物は生身にはこういう風に聞こえるものなのか。
「コウ、どうしたの? しっかりして」立ちすくんだままの彼の手を強く握って反応を確かめようとするニナは、しかし彼の意識がモビルスーツの方へはむいていない事にすぐ気がついた。敵味方が織りなす激しい銃撃と携帯を通じて飛び交う様々な声は混じり合いすぎて雑音とノイズの塊だ、しかし彼は宙を見上げたまま驚くべき集中力で一人の声だけをただひたすら追いかけている。
「 …… キース、がんばれっ」

                    *                    *                       *

 やっとの思いで辿り着いた山頂直下でキースは再びハンガー方向で始まった銃撃の音を耳にした。焼けた山肌を登って来たおかげでコックピットの中はちょっと気のきいたサウナだ、額から吹き出す汗を吹く暇もなく彼は次のルーファスを盾の裏から抜き取ろうとした。
 だがそれを待ち受けていたかのように対岸の方向から立て続けに起こる発射音が聞こえる。「くそっ、これも読まれてたのかっ!? 」
 マルコの立てた作戦のことごとく上を行くタンクの攻勢にキースは再び立ち上がり、今度は斜面を横方向に駆けだした。見えてない以上敵は何らかの手段を使ってこちらの位置を特定している ―― どうやって? まさか敵は噂に名高いニュータイプとか言う超能力者か?
 しかし自分がまだ生きているという事実はその可能性を疑った。もし漏れ伝わっている噂話が本当だとしたらそういう能力を持った兵士は無駄弾を使わない、それこそ自分が稜線から頭を出した瞬間に120ミリでこちらを撃ち抜いているはずだ。
 では現実的に考えて姿の見えない敵をレーダーなしで捕捉する方法は?
「 …… 音響探知か、ドローンでの画像探知か」
 キースはすぐに後者を選択した。麓で響く交戦音は山肌に反響して山彦のように周囲へと伝わっているだろう、という事は音響探知ではノイズが多すぎて正確な位置を測定する事は難しい。となるとドローンによる目標捕捉が一番現実味を帯びてくる。爆撃での余波を考えると高度50メートルくらいの所でじっとこちらを観察しているはずだ。
 その場で仰向けになったジムがすかさず腰のハードポイントから通常弾のマグをはぎ取って装填する、槍のような対物ライフルの銃身が見えない敵を求めて夜空をさまよう。
「どこだ、どこにいる? 」
 夜空に埋め尽くされたモニターいっぱいに広がる星の輝きが宇宙で戦っていた頃のあの気持ちをキースに思い起こさせる。何もない静寂が一瞬のうちに生死を賭けた喧騒に変わる戦場という名の究極、研ぎ澄まされていく感覚が彼の鳶色の瞳と瞳孔を大きく広げてスナイパーとしての能力を次々に覚醒させた。
「 ―― いた」
 静かに呟いたキースの手がそっとトリガーに触れた。北斗七星の尾から伸びて春の大曲線を描く途中にあるうしかい座の一等星、アルクトゥールス。夜空にひときわ目立つその星の輝きが途切れた瞬間に彼の眼はそこに浮かんだ小さな飛行物体を捉える。音もなく夜空に浮かぶ漆黒のドローンは自分に向けられた銃口に動揺するように機体を二度三度と揺らして方向を変えようと試みた。
「逃がすか」
 静かに告げる声をかき消す対物ライフルの発砲音が夜空に轟くと同時に放たれた102ミリ被覆鋼弾は、やすやすとドローンの中央を貫通して夜空の向こうへと飛び去った。

「凄腕だ」
 ドローンの映像が途絶えた瞬間にハンプティはそう呟いて嬉しそうに笑った。画像から得た情報では相手は第一世代のジムで当然スナイパー装備などない、しかし星の光だけで夜間迷彩を施されたこちらの戦術ドローンを瞬く間に叩き落としたのだ。しかも熱源探知が困難なように通常弾へと装填し直して。
 久々に歯ごたえのある相手に出会った。こういうポジションについているとなかなか敵と直に交戦する事は少なくなる、支援車両はどうしても部隊の後方に配備されているからだ。しかも味方が戦線を持ちこたえられずに瓦解すれば一番真っ先に敵の餌食になるのも自分達だ。ガンタンク専門に扱う事のできる兵士が激減しているのはその有用性を疑われて製造終了になりかけている事も一つの理由だが、実は運用に精通したエキスパートが先の大戦で大勢失われたという事に起因している。
「久々にやりがいのある相手だ …… トーヴ1の言うとおりこいつは俺に任せてもらおう。AI、リフティングウィンチ準備。丘向こうの林の中に目標設定」
 ハンプティの命令を受けた制御用AIが車両前部に取り付けられたアンカーディスペンサーを素早く動かして、最初に布陣していた丘の上目がけてその先端を向けた。


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