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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Clue
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6649b3b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/01/07 21:17
 壁に張り付いたままのドムを見上げながら小走りで退避壕へと向かうアストナージは隣を同じように走るモウラへと声をかけた。「班長、どうせだったらアイツもバリケードに使っちまえばよかったンじゃないスか? 弾が当たったって爆発の心配はないんだし ―― 」
「あの装甲は役に立つって? そんな事ァあたしも百も承知さ」

                    *                    *                     *

 謎だらけのハンガークイーン。アビオニクスに関してはニナにその処遇を任せるとしてモウラは残ったハードの全てを解析する事に決めて、基地にあるありったけの整備用機材を用いて全身の隅から隅までくまなく調べていくうちに彼女はこの機体が自分が思っている以上の謎を秘めているという事実に直面した。その中でも特に装甲に使用されている金属素材。
 連邦軍に鹵獲されたジオン軍のモビルスーツのほとんどはその装甲が『超硬スチール合金』と呼ばれる ―― 主に炭素と鉄を無重力下で鍛造したジオン公国肝いりのインダストリーで作られたものを使用している。純度の高い『チタン』を大量に埋蔵するルナツ-を連邦軍に握られているジオン軍にとって、それに匹敵する硬質金属の開発は目前に迫った決起を控えての喫緊ともいえる課題だった。その活路を求めて大戦前に抑えたグラナダには残念ながら彼らが必要とする条件を満たすだけのチタンが存在していなかった事が本国での開発速度に拍車をかけた。
 装甲の材質が連邦軍に劣る ―― 連邦軍のモビルスーツが戦場にいずれ現れるであろう事を当時のジオン軍の中枢部は予期していた ―― 事はいかんともし難い事実であり、ならばルナツ-を奪取するまでの繋ぎとして何としてもそれに匹敵する長所を備えた素材を調達する必要がある。しかもすぐに手に入る身近な材料で。
 そこに現れたのがかの素材である。主材料となる鉄と炭素ならばどこにでも存在し、しかも価格も他の稀少金属とは比較にならないほど安い。硬度は確かにチタンとは比べようもないが取り扱いの良さ、加工の容易さという点においては断然有利であった。連邦軍と比較してジオン軍のモビルスーツのバリエーションが多彩なのは素材加工の容難による差であるという事が後の世の軍事評論家たちによって分析されている。

 装甲の材質強度を非破壊検査機で測定していたモウラはモニターに表れた数値が連邦軍のモビルスーツに近い事に気がついた。驚いて超音波による組成分析を行ってみると機体外郭を構成するパーツは全てチタン、コックピット周りにはなんとV作戦時に建造された試作機にしか使用されなかった「ルナ・チタニウム合金」が使われている。サバイバビリティだけで言うならあのGPシリーズ以上だ。
「ドンガラはジオンで中身は連邦、どうなってんだ、この子? 」
「すげえな、こりゃ …… 俺もジャブローで組成サンプルしか見た事ァねえけど数値は連邦のアレに近いモンですぜ。いよいよもって謎だらけですけど ―― 」
 当時分析結果のモニターを横で眺めていたアストナージがモウラに向かって呟いた言葉。
「 ―― なんで連邦はこんな機体をお払い箱に? 使えないとこだけでも変えちまえば十分エース機体になったかも知ンないのに」

                    *                    *                    *

「でもあの機体はジェスの担当だ。担当者の許可なくこっちの勝手にはできないだろ? 」退避壕のドアの前で腕組みをしたままじっと壁を睨みつける赤毛の少女へと視線を向けたモウラが笑った。
「確かに、そんなことしようモンならどんな仕返しが待ってる事やら。あいつ、整備士よりそういった方面の方が向いてるんじゃないスか? 政治家とか活動家とか」
「やめとくれ、そんな勢いで労働組合でも作られた日にゃこっちがお手上げだ。管理職にとっちゃあああいうのが一番扱いづらい ―― 」本気でアストナージの冗談に反論したモウラの胸ポケットから音がした。しまってあった携帯を耳にはめてホログラムを開いて発信元を確認して、ぎょっとした彼女の足が止まる。
「! キース!? 」
 慌てて通話ボタンを押したモウラの耳に恐らく敵に肉薄しつつある部隊長からの大声が響いた。「 “ 携帯だ、モウラっ! ” 」

                    *                    *                    *

 機体性能の差は覆しようがない。どれだけの決意と気迫をこめてマークスが立ち向かったとしても一対一では明らかに分が悪い事がおいてきぼりにされたアデリアにはよくわかる。
 だが二人の間に踏み込む隙が見えない。自分よりは接近戦が苦手なはずのマークスが息を飲むほどの見事な立ち回りでガザエフの太刀を受け、いなし、かいくぐっては肉薄する。その度に機体の装甲が徐々に削られてはいるのだがそれでも彼は、やめない。
 外部スピーカーでの呼びかけにも答えず延々と切り結ぶ二人を前に何とかしなければと焦るアデリアの下に携帯の着信が入ったのは、今まさに無理やり間合いに飛び込もうとフットペダルに力を込めた瞬間だった。襟元に固定した ―― 副業のモデルの連絡が入る為、演習中の癖でそこにつけている ―― 小さな機械が自動的にホログラムを展開して発信元を表示すると、彼女はそこに映った名前を見て声を詰まらせた。
「! モウ、ラ …… さん? 」
 彼女はまだキースが死んだ事を知らないのだ。呼び覚まされた怒りと悲しみが再び彼女の視界をゆらゆらと歪ませる。だがアデリアの小さな機械は持ち主の葛藤もお構いなしに設定された指示通りに自動的に着信を通話へと切り替えた。
 まだ心の準備もできてないのにっ! なんて言おう、どうやって伝えればいい!?

「 “ アデリア? どうしたんだあんたらしく ―― まあ戦闘中だからしょうがないか、あたしもこんなこたぁ初めてだ ” 」何も知らずにいつも通りのトーンで話をするモウラの声が耳に痛い。「 “ いいかい、今からあたしの言う事をよく聞いて。今ホログラムに出たアドレスに繋いでチャットアイコンを押して。それでプロバイダのクラウドサービスが使えるから。今基地の主だった連中にもメールで送信して同じように繋いでる、基地全員とはいかないけれどもうすぐ通信が回復するから ” 」
 チャットで繋がるという事は自分の発信する情報がメンバーとの間で同時に共有できるという事だ、つまり ―― 隊長が敵にやられたことも全員に。
 軍人としてのアデリアの判断がそれを拒否した。自分達に不利な情報を味方に発信してはいけない、特にこの状況下は少しでも士気が下がる事はご法度だ。そのためには全員に繋がっていない今しか彼女に伝える機会はない。 
 なんとしても ―― 自分の悲しみ以上に聞かなければならない人にはこの事を伝えなくっちゃ。

「了解、しました。 ―― モウラさん」必死で絞り出す涙声が震えるのが自分でもわかる。「 “ ―― ちょっと、どうしたんだいアンタ? 泣いてンの? 一体そこで何があったって ―― ” 」
「隊長がっ! 敵に …… 」あふれる涙がそれ以上の言葉を紡がせない、嗚咽が体の奥からあふれ出てなんとか話さなきゃという彼女の意思を簡単に覆してくれる。二人の間に割り込もうという気力も気迫もなくなって泣きじゃくるアデリアの耳にモウラの声がとてつもなく大きく響く。「 “ えっ、なに? キースがどうしたって? ” 」
「敵に …… 撃破、されましたっ! シャーリー02、ロストですっ!! 」
「 “ ふーん? それっていつごろの話? ” 」思わせぶりなモウラの反応も今のアデリアには届かない。「 “ 聞くけど。あんたはその事実を自分の目で見たのかい? 戦場で一番大事な事は客観的事実を自分の目で見て確認して、正確に本部へと伝える事だ。あんたの目の前でキースは本当にやられたっていうのかなぁ? ” 」
「いえ、それは ―― 」
「 “ それともう一つ ” 」声の中にほんの少し混じっている怒りのエッセンスがアデリアの涙を止めた。本当にモウラさんは百戦錬磨だ、彼氏が死んだというのに平然と戦場での常識を口にしてあたしを叱っている。あたしには到底こんな事は ――。
「 “ あたしはたった今、死んだ彼氏からの電話を取ったってことなんでしょーか? ” 」
「 ―― はえ? 」驚いて飛び出た返事が間抜けだ。相反する情報が錯綜して混乱する彼女の思考を正すようにモウラの怒鳴り声が耳を突きぬけて頭の芯にまで届いた。「 “ いい加減寝ぼけてないでとっとと言われたとおりにアクセスしなっ! キースがあんた達のこと心配してるからっ! ” 」

「 “ 遅いぞ伍長っ! 今お前達どうなってるっ!? ” 」叱られている事がアデリアにはとてつもなく嬉しかった。いつも通りの厳しい声も、見え隠れするその優しさも。溢れる笑顔を濡らす涙を片袖で拭いた彼女はそんな自分の醜態を悟られないように必死で、努めて冷静ないつもの声で話そうと試みる。「申し訳ありません、現在重砲を護衛していたと思われる敵一機と遭遇、マークスが交戦中です」
「 “ そうか、 …… よかったぁ ” 」そういうところなのだ、私が。いや私たちがこの隊長を好きなのは。
 作戦が反故になっても不利になっても、決して非情にはなりきれないその人柄を私たちは知ってる。彼が私たちに厳しかったその理由も、その経緯も聞いてしまった今となっては「隊長」と心の底から尊敬して呼べる人は彼ただ一人。
 たとえコールサインが『02』のままであったとしても。
「 “ 敵は強いか? ” 」
「強いです、恐ろしく。二人がかりでも抑えるのがやっとです」
「 “ 了解した。では伍長と軍曹は二人で協力して何とかそいつをそこで抑え込め、そんな凄腕なら絶対に前に出す訳にはいかないからな。こっちは俺が一人で何とかする ” 」 
 そんな事は絶対にない。だってこいつはあたしが目当てでここまで出張ってきてるんだから。 ―― と言うモノローグを心の中で呟いたアデリアは恐ろしい笑みを浮かべた。「りょーかいです。お任せください」
「 “ 強敵だって自分で言ってたのにずいぶんと自信満々だな。まあいい、マークスにもモウラの電話の事を伝えて早く繋げるよう言ってくれ。できるな? ” 」
「はい、それはもう」消えていた心の焔が再び燃え上がる、ヘルメットを脱ぎ棄てて傍に置くのは本当にやる気になった表れだ。
「今メッチャやる気マンマンになりましたから」
「 “ お、おう。頼もしいな ” 」零れ出る根拠のない気迫に引き気味になるキースの声を聞きながらアデリアは長い髪をお気に入りのオレンジ色のシュシュでまとめながら言った。
「あたし、昔っから嘘つく奴って本当に大嫌いなんです。みんなの事は別ですけどね」思いっきり両手で腿の外側を力いっぱい張って渇を入れる。「ではこれよりフォス伍長、吶喊しますっ!!」
 吠えたアデリアが操縦桿を力いっぱい握りしめてフットペダルを男勝りの膂力で踏み切る、キースに繋がっていることもお構いなしに彼女は目の前にあっという間に迫る黒い機体に向かってサーベルを引き抜きながら怒鳴り倒した。
「こンの、ペテン師やろおっっッ!! 」

 至近距離での攻防と動体視力に絶対の自信を持つ彼女の突撃は絡んでいる二人を怯ませた。ねじ込んできた刃を躱すために体勢を崩したガザエフが後ろへ引いた瞬間に放たれるアデリアのマシンガンはクゥエルの右肘を掠めてアクチュエーターの一本を捻じ曲げる。ゴキンと言う音と共にはじけ飛ぶシリンダーの音を聞きながら彼女が外部スピーカーで叫んだ。
「マークスっ! 隊長生きてるっ! あんたは携帯でモウラさんに電話してやり方を聞いて。それで基地のみんなと交信できるからっ! 」
「残念、もうばれちまったか」
「うるさいっ! よくも今までだましてくれたわねっ!? 」含み笑いで事実を告げるガザエフに向かってアデリアの激怒が声となって炸裂した。
「あんたってやつは本当にクズのクズっ! ちょっとしたあたしの涙をかえせ、このバカっ!! 」

                    *                    *                    *

「センサーに感、おいでなすった」携帯の繋がったマルコがアンドレアに注意を促す。ゲルググの掌から伝わる振動の波形が直線から小刻みに変化するのをマルコはじっと見つめている。
「 “ ど、どどどうしようマルコ。敵が、いや味方が敵って、えーとと、とにかく俺達どうすりゃいいんだっけ? ” 」実戦経験のないアンドレアが慌てるのも無理はない、自分達が対峙している敵が実は連邦軍でしかも特殊部隊と聞けばマルコとて穏やかではいられない。
 敵の主力は最新型のジム・クゥエル夜戦タイプ、昔読んだ開発計画の資料では多少のパワーアップが図られてはいるが緒元その他に変更点はない。ただ頭部に設置されたクアッドタイプのセンサーと戦術的C4Iシステム(C Quadruple I system シー・クォドルプル・アイ・システム;指揮官の意思決定を支援して、作戦を計画・指揮・統制するための情報資料を提供し、またこれによって決定された命令を隷下の部隊に伝達する。すなわち、動物における神経系に相当する)を搭載した集団戦特化型ではないかという印象があった。数で力任せに押すジムの運用方法を見直し、トップダウンで相互連携を図って全体を能動的に機能させる。作戦を立てる側としてはモビルスーツの上げる戦果はどこかイレギュラーヒットな考え方があった、だがもしこのシステムが全てのモビルスーツに搭載されれば繋がった小隊なり分隊なりの火力単位が大きく変わって艦船と同単位の戦力として運用する事ができる。損害予想も立てやすい。
 ただ戦争が終わってからずいぶん経つ今頃になってこんな機体が開発、実戦配備されているとは。ティターンズとは本当はどういう集団なんだ?

「撃ってくる奴が敵で撃ってこない奴が味方。簡単だろ? 」レジスタンス時代に受けたドクトリンの一節を口にするマルコはセンサーの波形を注意深く数えていた。突起は八か所、つまり敷地内に侵入したのは八機。
 ―― 数が多すぎる。こっちは貴重な、本当に貴重な戦力を失ってまで目くらましを試みたのに大した時間稼ぎもできなかった。
「 “ じゃ、じゃあさ。もし敵が撃たずに投降しろって言ったら素直に従えばいいんじゃないか? それなら味方ってことだろ? ” 」
「あのなぁ、そんな紳士的な奴らが夜中にこっそり襲ってきたりするか? バスケスがどうやって殺られたのかもう忘れちまったのか? 」つい今しがた起こった衝撃的な光景を口にしたマルコの声音に怒気がはらんでいる。弱気を起こす兵士はどこにでもいる、そんな時に宥め透かすのは得策ではないという事を彼は戦場の空気から教わっていた。
「 “ …… そうだよな、も、もうやるしかないんだもんな。 …… ごめんな、マルコ。やな事思い出させて ” 」
「いいって。それよりそろそろ持ち場につくぞ。お前は右側、俺は左側。そっち側には重火器を目いっぱいばらまいてるから敵が顔を出したらガンガン撃ちまくってくれ。こっちに逃げてきた敵は俺がマシンガンでけん制するから」
「 “ わかった。 …… それで本当に勝てるんだよな、マルコ? ” 」

 順調にいかない事はよくあることだ。だが敵の戦力予想が根底から覆った事はマルコに頭痛をもたらしていた。主力の機種もそうだが高台に控えているのは間違いなくガンタンク、性能は一切不明だがそれなりの強化は図られているだろう。隊長の持つ対物ライフル一丁で間に合うかどうか。
 それに軍曹と伍長の動向も気になる。本当ならどちらか ―― または二機が敵の背後から襲いかかって数を減らしてくれるだろうと思っていた。だがそんな思惑を見透かしたように現れた一機の敵がこちら主戦力の一翼を見事に絡め取っている。しばらくは援護の期待ができない。
「 ―― さっきも言ったろ? 勝つには死ぬほどがンばンなきゃダメだって」自分に言い聞かせるようにマルコは言った。頭の中で昔バスケスに言われたセリフが蘇る。
“ そりゃどう考えたって死ぬ確率の方が高いさ、でも生き残る可能性がなくもない。じゃあ少しでもその可能性を高める為の努力ってのは必要だろ? 何にもせずにただやられっぱなしってのは無しだ ”

                    *                    *                    *

 処置室の隣にある手術室の無影灯に火がともる。黄色いタグをつけた重症患者のほとんどを凄まじい速度で片づけたモラレスは次に重症患者への処置へと入った。もっとも重篤で、しかしまだ助けられるかもしれない患者を優先的にベッドの上に寝かせて一時的な延命を試みる。人命は優先しないが助けられるのならできるだけ助けたいという、それはモラレスと言う名の救急外科医が持つ彼なりの矜持のようなものだった。
 この外傷で息があるのは幸運だ。横たえられた兵士の顔面は大きく抉られて左の頬骨がなくなっている、加えて左上腕部からの欠損と出血性ショックの症状。「リンゲルだけじゃ足りんわい ―― おいっ! 元気のあり余ってるA型のやつ! こっちに来て少し血を分けてくれっ!」 
 声はかけてみたもののそんな奴がこの部屋のどこに ―― といぶかしんだモラレスだったが以外にも二人の男が名乗りを上げた。「あり余ってる元気はないけど輸血ならなんとか」という声に力はないが、それでも外傷による出血量はそう多くない。十分輸血には耐えられるはずだ。
「おお、すまんの。ちょっとこっちに来てくれ」モラレスに手招きされて足を踏み入れた二人は目の前に寝かされている瀕死の兵士を見てぎょっとなった。「ちょ、こりゃあ ―― 」
「ドク、これで彼を助けられるんですか? 」傷の酷さに口を押さえて尋ねる兵士に向かって頑固医師の鋭い睨みが飛ぶ。「それをやるのが儂の仕事じゃ、びびっとらんで両側の台に早いとこ寝てくれ」
 促されて手術台の傍らに据えられた台に寝そべった二人に看護婦よりも手際よく輸血用の針を刺して、反対側をそれぞれ患者の頸動脈と手首に突き刺した。「頭がくらっとしたらそれが限界じゃ、すぐに輸血を代わるから儂に言ってくれ」
 うなずく二人から流れ込む血が少しづつ怪我人へと流れ込む、そうすると不思議な事に息も絶え絶えだったその兵士はわずかにではあるが顔を動かして無事な方の目の焦点をモラレスに合わせた。「ド …… ドク。お、れは ―― 」
「しゃべらんでええ。すぐに元どおりとはいかんが直してやる」そう言うと彼は患者を見下ろしながらマスクを装着した。
「お前さんの怪我は酷い、じゃが心配せんでもええ。儂はもっと酷い患者を治したこともあるからの」

                    *                    *                    *

 ペガサス級強襲揚陸艦ブランリヴァルに救助された乗組員と難民は遅れて来たヘンケンやセシルと共にサイド6へと到着する。だがその中でモラレスだけはただ一人港で連邦軍から直々の待機命令を受けた。何事かと一室で次の展開を待つ彼の下へとやって来たのは連邦軍の士官と彼の乗る一機の宙間用戦闘機、セイバーフィッシュ。
 「なんと青線入りリーダーか、それに複座カモノハシとは。 …… で、儂を一体どこへ連れて行くつもりじゃ? 」
 モラレスとは一切口を訊かないその士官が向かった先は隣のL3に置かれた連邦軍唯一の宇宙要塞ルナツ-だった。到着するなり用意されてあった白衣を身にまとった彼は ―― 道中で恐らくそんな事ではとあらかた予想はついていた ―― 老人へと足を踏み入れた年齢を感じさせないほどの速さで医療部門を訪ねた。
「Dr.モラレス。お待ちしておりました」
「挨拶は後回しじゃ、儂が看る患者はどこにおる? 」

 百人以上は収容できそうな集中医療センターをガラス越しに眺めながらモラレスはトラベレーターの上を小走りに駆け抜けるとその先にあるエアバリアーへと飛び込んだ。一通りの洗浄を受け、肩でスイングドアを押しあけるとその先で彼の到着を今や遅しと待っていた医療スタッフに大急ぎで指示を飛ばす。「一刻を争うんじゃろう? 患者の容体は手術室で直に見るから検査のデータは全部そこに回してくれ。X線とMRIの画像も忘れるな」
「レントゲンですか? いえ、それはまだ ―― 」
「ならすぐに撮影しろ、手間はかからん。外傷部分の全体像を把握するにはその方が分かりやすい」
 言うなり彼は隣の無菌室へと飛び込み衣服を全部脱ぎ棄てて紫外線ライトの下で看護婦が手にした手術用の衣服に袖を通そうとした。しかしモラレスはその時傍らの壁に連邦軍の制服のままで背中を預けている大柄な士官の姿に気がついた。
「なんじゃ貴様は? いつからこの中に入っておった、あんまり長くこの中におると目が見えんようになりかねんぞ? これ以上儂の余計な手間を増やさんでくれ」
「このゴーグルは特製でな」青い光の下でその士官がニヤリと不気味に笑う。「貴様がDr.モラレスか? 」
「自分から名乗らんような躾のなってない奴に誰が言うか。それに ―― 」士官の襟に光る階級章に横眼をくれながら彼は毒づいた。「佐官にもなるとそんなことも忘れてしまうモンかの? 」
 挑戦的なモラレスの態度が癇に障ったのかみるみる佐官の表情が怒りに歪む、しかし彼はそこで気を取り直して一つ咳ばらいをした後に丁寧な口調で告げた。
「私は作戦参謀本部長次席補佐、バスク・オム少佐。わざわざこんな所まで自ら赴いたのは貴様に頼みがあるからだ。 ―― これから貴様が治療する患者を必ず助けろ」
「名乗りはしたが口のきき方を治す気はない、おまけに畑違いの事にずいぶん上から物を言ってくれる。そんな事は儂が決める事じゃない、患者が決める事じゃ」
 看護婦が手にしたラテックスの手袋を目で拒絶して別の手袋を持ってくるように視線を送る。手術帽を被せられたその後頭部に向かってバスクの威嚇的な声が届いた。
「彼は一年戦争の英雄だ、それに今後の予定もある。だからこんな所で死んでもらっては困るのだ」
「 …… 英雄、ねえ」深い溜息とともにその言葉を吐き出すとモラレスは手袋をした両手を目の前に掲げたままバスクの方へと振り向いた。「人を上手に多く殺した者に与えられる、儂ら医術に携わる人間にとっては最も忌むべき蔑称じゃ。そんなもので人一人の矜持がどうにかなると考えてる所が苦労が足りん」
「貴様っ! 仮にも参謀本部を預かるこの俺の ―― 」
「騒ぐな、唾が飛ぶわい。お前さんとのそのくだらない会話と恫喝がお前さんの頼みをご破算にしかけてるって事がまだ分からんのか? 」頭二つも背の高い大男を老人が下から睨め上げる。「お前さんごとき部外者に言われるまでもない、儂は儂のベストを尽くしていつも患者に向き合っておる。今回もそうじゃ、約束はできんが彼は儂の全てを使って治療を試みる事だけは約束しよう」
「貴様ァっ! 」
「触るなバカ者っ!! 」バスクが振り上げた拳に背を向けたモラレスが裂帛の気合で恫喝した。背中から滲むその気迫に思わず大男の拳が宙で止まる。
「 …… そういや自己紹介がまだじゃったの。儂はスエルテ・モラレス少佐、お前さんと同じ階級じゃ。どうしても納得できないというのであれば今度は歳で話す事になるぞ? 小僧」

                    *                    *                    *

 顔の左半分を覆う金属の仮面を金属の手で押さえたウスタシュはもう一つの生身の目でじっと星空を眺めていた。
大佐カーネル、どうかしましたか? 」少し離れた隣で配置についている爆撃手が異変に気づいて声をかけるが、彼は普通に機械を通した声で静かに言った。
「 “ いや、何でもない。 …… 現在地は? ” 」
「高度21000メートル、ハワイ島の上空を通過した所です。 …… 向かい風がひどい、予定より若干遅れるかと」成層圏に吹く風は地上とは逆になる、巨大な翼を少し揺らしながら「ガルダ」と呼ばれる空中大型輸送機はゆったりと目的地を目指していた。カーゴベイには一発二トンのサーモバリック爆薬を使用した超大型爆弾が五発、最大搭載量を超えた重量が足を遅くしている事は否めない。
「 “ 間にあわないのなら代わるぞ? ” 」真ん中に座る操縦士に向かってウスタシュの不気味な声が届く、しかしシールドで覆われた顔を小さく左右に振って操縦士は答えた。「偏差データ入力、誤差修正 …… 少し燃料は余分に使いますが大丈夫です、時間に、なんとか」
 グンと背中にかかるGを感じながらウスタシュはゆっくりと背中をシートに預けた。「 “ そうだ、それでいい ” 」
「しかし大佐自らご搭乗になるとは思いませんでした。ドイツの時も本部においででしたから今回も、と思っていましたが」
「 “ たまには私も現場を視察せんとな、それに後始末をこの目で直に見てみたい ” 」

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 突然照準器がその光に反応して覗いていたハンプティを焦らせた。てっきり自分に向かって放たれた何らかの噴射炎だと思った彼はとっさにAIに対して回避を指示する、が機械は生身よりも冷静に状況を判断していた。接近して来る脅威目標及び攻撃弾体なし、測定の結果は人為による光源発光。
「 …… おっどろかせやがって、全く」回避すると言っても自分が立つこの丘の上は足場が狭く移動範囲も限られている。本来なら重砲をそんな場所に設置する事は自殺行為にも等しいのだが、敵戦力にそれを迎撃する火力を持ち合わせていない事が判明しているので野ざらしのこの場所を配置ポイントとして選んだ。
 光学補正を赤外線からスターライトに変更して自分を驚かせたその光の正体を探るとそこは管制塔のある指令棟の二つ隣り、事前にインストールされた見取り図では管理棟に併設された三階建の小さな建物だが医療区画等の保全施設が集中している。「このドンパチでも全然気にせずに明かりをつけたところを考えると …… あそこが医務室か。AI、弾種榴弾。目標医療区画」
 どうせ皆殺しになるのだからそんな事をする必要はない、とお堅いトーブ1あたりに怒られるのかもしれないが医療部門を壊滅させる事は敵の士気を著しく低下させる。怪我をしても治療をしてもらえないという心理的な制約が敵の攻撃の選択肢から前向きなものを除外してしまうのだ。それに下手に治療を続けられて敵の戦力が漸減されないままになるのはこちらとしてもいただけない、平時と違ってこちらの行動時間には限りがある。
「勇気ある行動には素直に敬意を表したいところだが、これも戦争だ。悪く思うな」

                    *                    *                     *

 壁に沿って上から下へと延びる二本のパイプから突き出たレバーをゆっくりと下へと下げながらモラレスはマスクに繋がる途中に設けられた混合比メーターの数値を注意深く眺めていた。一応手術設備を備えてはいる ―― それもモラレスとウェブナーのゴリ押しによって本部から勝ち取った物だが ―― もののそれはあくまで応急処置的なものであり、手に負えない重症者はヘリでキャリフォルニアへと運ぶ段取りとなっている。だが無線も封鎖され、こんな夜中では携帯の相手も応答しない今となってはここでほとんどの救命措置を、限られた機材をやりくりして行うしかない。
 患者の胸の上に置かれた心電図モニターと麻酔代わりの笑気ガス、そして万が一の時のために保管してあった局所麻酔剤リドカインと自前の手術道具だけが頼みの綱だ。あとは自分の腕がさびついていない事を祈るのみ。
「つくづく医局を離れて現場に出といてよかったわい。あのまんまあそこにいたらこんな状況はお手上げだったの」
 上げ膳据え膳で先生さまと持ち上げてくる下の人間と人一人の命を運命に逆らってまでも繋ぎとめられるだけの機材と薬剤。便利になりすぎる日常が人を腐らせ、腕を鈍らせる。一介の医師として最後まで現場の最前線に立つ事はもしかしたら自分の寿命を縮めているかもしれないが、それでも常に新鮮な気持ちで患者と対峙する事の重要さを教えてくれる。
 無力ではない、と自分が自分に誇れるだけの自信と技術。それこそが今までのモラレスを、そして今の彼を支えてくれる。
「じゃあそろそろ始めるか。二人ともまだ血を貰うても大丈夫か?  …… もうちょっとの辛抱じゃ ―― 」
  
                    *                    *                     *

「AI、最後の榴弾だ。確実に当てろよ。 …… 一番、ファイア」

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 戦場に出た物ならその音がどういう意味なのか瞬時に分かる、わからなかった奴はとっくにこの世にいない。突然大きくなる高い笛の音と窓ガラスをビリビリと震わせる空気の振動。
「至近弾っ! 」そう叫んだのは怪我人を見て一歩引いた方の兵士だった。モラレスが手にしていたメスを床へと投げ捨ててとっさに目の前に横たわった患者の体に身を投げると、さらにその上から両側の二人が自らの体を投げ出した。

 キャニスターから子弾を放出するクラスターとは違って榴弾から放出される弾はただの鉄球だ、それ自体が破裂して二次被害をもたらす事はない。だがそれゆえに破壊力は極めて暴力的でもある。砲弾の持つ終速をそのまま運動エネルギーとして目標へと叩きつけるその仕組みは巨大なショットシェルのゼロ距離射撃に等しい。
 勢いよく放たれた無数の弾が小さな医療棟全体へと突き刺さってコンクリートを豆腐のように破壊し、外壁を突き破って内部へと侵入した鉄球は物理法則の趣くままに内部構造を隅から隅まで蹂躙した。

                    *                    *                    *

「近くだな」
 足を止めずにヘンケンが呟くと先頭に立って歩くチェンは行く手の左に現れた鉄製のドアの鍵を開けていた。雷鳴のような炸裂音と建造物の崩落する振動が床を伝わって三人に届く、だがミサイルやビームの嵐に船体を削られながら戦場を駆け抜ける事に比べればどうという事はない。むしろそれが彼らにとってのかつての日常だ。
「しかしまさか携帯でこの状況を打開するとは。オペレーターとしてそれに気がつかなかった事は恥ずべきばかりです」そういうとチェンはドアを開いて後の二人を招き入れる。沈黙を守っていたはずの予備電算室は中央電算室の機能停止によってその機能を移管され、六台あったサーバーの全てに駆動状態を示すインジケーターが点灯していた。
「便利なものとはそういうもんだ、普段使っているから別の使い道があるってことにはなかなか気付かない」
「しかし考えましたね、クラウドサービスを使ってグループ会話を通信網に使う。確かに携帯の電波は変調波ですから盗聴はされにくいですし、それにここは僻地ですからどうしても最新鋭の通信サービスが採用されていない」
 感心するセシルが後ろ手でゆっくりとドアを閉める。「基地局のアンテナの本数はいま主流になっているサービスの半分以下、探して壊すにしても時間がかかる」
「通信容量は大したことないが会話だけならば問題はないという訳だ。で、チェン。お前はこの状況をどう利用する? 」
 訪ねたヘンケンの横を通り抜けてモニターの前に腰かけたチェンはすぐに電源を立ち上げてコマンドを打ち込んだ。「クラウドが使えるのならばファインディング捜索機能が使える、今僕の携帯と繋がっている全ての携帯を探すようにプロバイダに要求しました。これで全員の位置情報がこのモニターの見取り図上に表示できます」
 最初は北米地図上に置かれた赤い点の塊が拡大と共にその輪郭を広げて遂にはオークリー基地の俯瞰図上でまばらに分かれる。「これからも通話が誰かに繋がればすぐにその位置はここに出ます、そしてIFF(敵味方識別)の役割も果たす」
「味方に関してはそれでいい、だが敵の位置はどうやって見つける? 」
「携帯電波の周波数帯を除外してそれ以外の電波を探します、特にスクランブルの掛かっている周波数帯。多分敵の通信機にはCAS(限定受信装置)が組み込まれているでしょうからそれをデスクランブルしてしまえば相手の位置も自分達と同じようにこの見取り図上に ―― 」チェンがそういうとすでにいくつかの青い点が表示されている、すでに彼はその操作を終えていた。「表示されます」
 ヘンケンがニヤリと笑うと自分の携帯を耳にかけた。「こんな小さな普段使いの物が敵の戦術の一角を無効化するとはな、見落としてしまっても仕方のない他愛のないモンだが ―― 」
「アリの穴から巨大な堤防も崩れると言います …… もしかしたらこの事が完璧に見える敵の作戦を覆すアキレス腱になるかも」セシルはそういうと自分の携帯に流れ込んでくる多くの会話を聞き分けることに集中した。

                    *                    *                    *

 真っ暗になった手術室の瓦礫がかすかに動く、自分を抑え込んでいるコンクリートの塊をやっとの思いで押しのけたモラレスは沈黙する医務室の闇へと大きな声で呼びかけた。
「おおいっ! 誰か生きとるかぁっ!? 」だがその声は宙に飛んだまま遠くで虚しく消えていく。壁で仕切られていたはずの手術室と処置室、そして通路までの大きな範囲が基礎構造を残して素通しになった事を見ればそこがどれだけの被害を被ったかは明らかだ。むしろ今自分が生きている事の方が奇跡ともいえる。
 それでも少しでも息のある者を、とモラレスは瓦礫の山から這い出して座り込む。自前の道具の入ったカバンを探そうと周囲を見回す彼の目に飛び込んできた三人の兵士 ―― 四つん這いで近寄ってすぐに頸動脈に指を当てて命の痕跡を探し求めた。
「 …… バカもんが、こんな年寄りを庇いおって」
 温かいのに動かなくなった三人の両手をそれぞれに胸の上で組ませたモラレスはよろよろと立ちあがってゆっくりと処置室のある方へと足を向けた。天井から垂れ下がったままの蛍光灯が小さな火花を絶え間なく放って周囲の惨状をモラレスに教え、立っている者どころか動く者すらいなくなった部屋をぼんやりと眺めながら彼はここで自分ができる事はもうなくなったと知った。
「つくづく兵隊と言うのは楽な商売じゃな」
 呟きながら深くなる眉間のしわ。戦って大勢の人間を殺す事で成り立つ商売、それに引き換え自分たちはそこからが仕事のスタートライン。何度こんな目にあっても何度こんなものを見せられても決して後に引く事は許されない、因果な商売だ。
 たとえ自分の命が尽きてもこの輪廻は自分が生まれるはるか昔から延々と続いている宿業だ。互いが並び立つ隣人を認められないように人は、始まった時から憎み合うようにできている。いつになったら、どうやったらこれは終わるのか。過去に大勢の人間がそれぞれに考えて人道非人道を問わず様々な方法でそれを実現しようとしたのに。
「 …… 人と言う種が持つ、それが業と言うもんかの。何かとんでもないペテンか酷いカラクリでもない限り絶対に ―― 」

 からくり?
 自分の言葉に何かを閃いたモラレスは慌てて踵を返すと血の匂いが残る手術室へと乗り込んだ。バラバラになった機材と折り重なるように散乱するコンクリートの破片を跪いて、手袋をしたままの手でかき分けながら彼は急いで何かを探し始める。「 ―― ! あった。これじゃ」
 そう言って瓦礫の中から引きずり出したのは一冊の色褪せたファイルだった。めくった中には彼が今まで手掛けた患者の膨大な治療データがまとめられている。量が多すぎるために一冊のファイルの中に綴じられる人数はほんの数人、しかしモラレスはその患者の事ははっきりと覚えていた。
 さっきの兵士と同じような外傷を持つ患者。頭部半損壊と左腕離断というところも同じ、しかし当時連邦軍の最新鋭の医療施設でモラレスの手術を受けたその男は奇跡的に命を取り留めた。術後の経過やその後に行われた治療の内容など詳細に記された資料は主治医の特権として手にすることができた後学のための大事な記録。
「終わった後の事なんぞ全然興味が失せておったが …… あの義手を動かすのに確か ―― 」
 チタン製のマスクと視神経に接続された高性能CCD、そして失った声帯の代りにつけられた機械仕掛けの小型スピーカー。治療を終えたその患者に対して手渡された代替部品を緻密な神経縫合を繰り返しながら慎重に取り付けていくモラレスだったが『それ』に関しては謎のままだった。最後に手渡された義手は規格外の人工筋肉を内蔵していたとはいえ、筋電検出のための端子となる配線がどこにも存在していなかったのだ。むき出しの左の肩関節に金属ジョイントで接合はしたもののそれをどうやって動かすのかは明かされる事がなかった。
 主治医の権利を主張して何度も情報の開示を求めるモラレス。だが遂にその情報が手に入ったのは彼が医局を去る当日、玄関先で見送ってくれた最も仲のいい仲間の医師から手渡された餞別代りの封筒だった。
「くそう、どうも歳をとると物忘れが ―― 」そう呟きながら資料をめくる彼の手が最後のページに行き当たる前に止まった。三つ折りにされた封筒をそっと開いて胸ポケットのペンライトを紙面へと向ける。 

 医務室を破壊した榴弾の粒の何発かは壁面を貫通して外部へと抜ける、そしてそのうちの一発は外壁の内側を通るガスパイプに小さな穴を開けていた。しゅうしゅうと小さな音を立てながら建物へと侵入する可燃性のガスが少しづつ医務室内に充満し始め、それは患者の顔に装着されたまま引きちぎられたマスクから流出する笑気ガスと酸素の混合気と混ざり始める。

「これか、あの薬品の仕様は」体の痛みも忘れてモラレスが立ちあがった。確かチラリと聞いた話ではその義手を動かすのに薬物を使って意図的に脳波を活性化させる、と言っていた。 ―― 薬物っ。
 薬物を使って脳細胞を腑活化させると言うのであれば、しかもそれを恒常的に持続させるというのであればそれはコウに使われた物と特性がよく似ている。記載された成分概要に目を通しながらモラレスは呟いた。「 …… なんと、ジオン科学省の持ち物だったとは。しかしなぜそれを終戦間もないあのタイミングでこっちが手に入れてたのか ―― 開発者は、エルンスト・ハイデリッヒ? むう、聞いた事のない名じゃのう」
 次の髪をぺらりと捲って明かりを当てるとそこには明らかに違った字体で細かな化学式が記載されていた。イノシトールリン脂質に対する有効な酵素の検出、分析、プロテインキナーゼ経路の活性化による脳波の増大 ―― 。
「なるほど、元はガン細胞から抽出したもので作られておる訳か。しかしこれではまるで」

 モラレスの足元を埋めていく三つの気体の混合物はそっと天井から垂れ下がっている蛍光灯の端へと触れる。気まぐれな火花は思い出したように蘇ってガスの先端へと火をつけた。

「 ―― オーガスタの連中が何かを創ろうと関わって」

 モラレスの足元が真っ白に光って弾ける、NOSと呼ばれる混合気はガスと入り混じってその爆発力を理論値以上に押し上げた。酸素を過剰に供給された可燃気体は普段の1.5倍の破壊力で医療施設棟全体を炎と共に竜巻のように駆け抜け、あり余った暴風はあらゆる通路から捌け口を求めて巻き込んだ瓦礫を外部へと噴き飛ばす。そしてその一部は隣接する管理棟二つを繋ぐ空中回廊を一気に宙へとなぎ払った。


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