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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐[廣瀬 雀吉](2013/08/23 00:17)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
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[32711] Truth
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6ac7193b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 14:24
 心を砕かんばかりに逆巻いた殺意の激流が突然訪れた静寂に飲み込まれていく。苛まれ続けた頭痛が嘘の様に止んでコウはその目と耳を取り巻く世界へと傾けた。
 規則正しく鳴り続ける機器の作動音と何処までも広がる漆黒の空、上面のモニターが破壊された事で全周囲を収める事は叶わなくなったが、屋根付きの視界はコウに一時の平穏を齎した。アポジを吹かして機体を転回させて周囲に残る敵の姿を追い求める、だがステイメンのAIは探知できる範囲の何処にも敵がいないと言う無残な現実をコウに伝える。持てるポテンシャルを残らず発揮して拠点防衛の任と言う名の殺戮を全うしたデンドロビウムの真ん中で、コウは音も無く逝き分かれていく緋色の破片を追いかけながら呟いた。
「何人、殺した? 」
 押し寄せる罪の意識と痛む良心がコウの身体を大きく震わせた。忘我の境地にありながらその過程を冷酷に記録し続けた黒い瞳を固く閉じ、バイザーを両手で覆って光を拒む。
「 …… どれだけ死ねば、この戦いは終わるって言うんだっ」
 頭を垂れながら吐き捨てた言葉の影に隠れた多くの未来をコウは惜しみ、嘆き、そして悔やんだ。バイザーを覆う手を染め上げる見えない血がグローブの縫い目から直にコウの手を濡らして重くする、零れ落ちて逝こうとする魂の糸を手放すまいと力を込めて握り締める掌にその資格はない。体に染みついた人殺しの烙印を自らの心へと押し付けたコウの身体が起こす変調、臓腑の底から込み上げるえぐい酸味を必死で喉の手前で押し留めて、肩の力で押し戻す。
「ガトー、これが義の無い戦いに身を委ねた者の末路か。 …… お前と俺の手の色は違うと、お前はそう言うのか」
 手足に枷の重みを感じながら、コウは勝ち名乗りを上げた宿敵に向かって呟いた。ソロモンでの邂逅、そして通信機越しに交わした断片的な会話、奴は言った。「私の戦いは義によって成っている」と。
 同じ戦場で互いを求めて駆け抜けながら血泥に塗れてのたうつ自分と綺麗なままで誇らしげに胸を張る奴との間にどんな違いがあると言うのか。踏み拉いた命数を拾い上げて棺を埋めればその嵩はきっと同じか、奴の方が高い筈だ。それでもアヌビスの天秤は奴の罪を羽に変えて俺の罪を裁きにかけるのか。
 ただ答えが欲しかった。自分の犯した罪を正当化出来るだけの理由が欲しかった。殺さなければ殺されたんだと正当防衛を掲げるにはあまりにも一方的過ぎる、そして自分は戦いの最中に彼らを生かしたまま逃がす事も出来たのだ。
 しかし湧き上がる衝動がコウの意思を封殺して、ひたすら止めを刺す事を強制した。甘美な音色と妖艶な調に心を奪われたコウは趣くままに壊し、砕き、殺した。蛮族の魂が憑依したとしか思えない自分の行動が戦争と言う名の殺し合いの中でも正当には扱われない事だと分かる。
 分かっていたんだ!

 悲観的な思考の中で出口を見失ったコウの吐息が荒くなる、交感神経の変調は血中の酸素濃度を上げて過呼吸の前兆を現し始める。一時的なHVS(Hyper Ventilation Syndrome;過換気症候群)に陥りそうになった事を自覚したコウは慌ててシートの下に固定してあった箱を引っ張り出して蓋を開いた。
 ウレタンの窪みに固定された三本の円筒。その内の一本は既にここへと赴く前に使い切って空のまま収まっている。コウは小さく『2』と書かれた真ん中の筒を摘まみあげて先端のキャップを外した。
 インジェクターと呼ばれる簡易注射器の中にはデンドロビウムのOSを扱う際に発生するストレスを軽減する薬剤が封入されている、とルセットの手紙には書かれてあった。コウはコックピットの気密を確認して袖を捲り上げ、冷たいステンレス製の先端を肌に押し当ててからボタンを押しこんだ。
 飛び出した小さな針の先端から圧搾空気によって送り込まれる薬剤が筋肉内へと浸透する、万力で握り潰される様な強い痛みに顔を顰めながらコウは空になった円筒を再び元の窪みへとはめ込んだ。底に感じる固い感触はウレタンの下に隠された連邦軍の正式拳銃、それが決して自分の身を護る為に置かれている物では無い、と言う事を自覚してコウは静かに蓋を閉じて大きく息を整える。

 不思議な事にその薬剤はともすれば鬱に陥りそうになるコウの感情を逆方向へと引き上げる効果を持っていた。懺悔の泥沼に深く沈んだままだったコウの思考は幾度かの深呼吸を繰り返した後に正常に近い領域への帰還を果たす。勿論人としての良心を元通りに取り戻すと言う訳にはいかない、ただ自分の犯した罪が一体誰のせいであるかと言う事に気付いたコウは、その全てを清算する為の唯一の手段を思い付いた。

 全ては、お前のせいだ。 ―― アナベル・ガトー。
 俺はもう戻れない。俺の戦いをお前が私怨と呼ぶならば俺はその誹りを甘んじて受けよう。
 だが、お前だけは許さない。俺の全てを壊した報いは ―― お前の命で贖ってもらう。

「ガトー …… 何処だっ」
 背負う十字架の重みを委ねる為にコウは磔っせられるべき罪人の名をぽつりと呟く。茨の冠を被ってゴルゴダを目指すのは俺じゃない、例え丘へと繋がる階段に足を取られようとも手足を杭で打ちつけられても、最期に掲げられるべき者の名はお前の名前でなければならない、そしてその脇腹に鉄槍を突き立てるのはお前と最後まで関わり続けた百卒長としての俺の役目だ。
 恨みに埋め尽くされた眼が大きく開いて焦点を取り戻す、頭を上げた先で未だに点滅を繰り返す遠く離れた戦場へと姿を現す巨大な影。それが地球軌道上を一周して再び現れたアイランド・イーズであると言う事は直ぐに理解できた。
 後何周すればあの巨大な人災は地球の大気圏へと踏み込むのか、学校の校庭で見上げた空を輝きながら通り過ぎたコロニーの姿とその後に起こった悲劇の数々を思い出して、コウは思わず身震いした。
 もしアレがジャブローに落ちればそれは連邦軍総司令部の壊滅と言う被害に留まらない、6万メガトン級とも言われるその破壊力はアマゾン川流域の森林を残らず焼き払って地球上の酸素供給サイクルに甚大な被害を与えるだろう。そして恐ろしい事にその被害を直ちに復旧させる為の手段が無い。
 機械や建築や植林では賄えないほどの損失は地球環境に著しい影響を及ぼし、一年戦争で負った傷が癒されないままに人類は再び激変する自然の猛威との対決を余儀無くされるのだ、敗れた自分達が住み慣れた土地を追われたあの時と同じ様に。

「 …… あれは? 」
 明滅を繰り返す主戦場の光はアイランド・イーズにつき従う様に地球軌道上を移動している、シーマとの戦いが自分とコロニーとの距離をこれ程までに引き離しているとは予想外だった。これではアルビオンからの通信は様々な電波の妨害にあって自分の元へと届く事はないだろう。
 コウはアルビオンとの通信回路を開いて、ガトーに関する何らかの情報を得る為にデンドロビウムの舳先をコロニーの影へと向けた。そしてそれらの物とは全く性質の違う小さな光がよろめきながらコロニーへと吸い込まれていくのを見たのは、正にその瞬間だった。
 目を凝らして見つめなければ他の輝きに埋もれてしまいそうなほど頼りない輝きがコウの目を捉えて離さない。誘う様に手招きをするその航跡を追い掛けていたコウの脳裏にその時、ある疑問が過った。
「 ―― あのコロニーは、本当に、ジャブローに落ちるのか? 」
 アイランド・イーズが最終的に地球軌道を目指したのは月で推進剤に点火してからだ。34万4000キロも離れた場所から進発した移動目標が誰の手も借りずにそのまま地球上の一点へと狙い澄まして落ちると言う発想には無理がある。宇宙には絶えず天体からの重力が干渉して移動物体の慣性に様々な影響を与える、唯一の例外は全ての重力が均等に釣り合って物体を安定させる緩衝宙域 ―― 七つのコロニーが置かれたラグランジュポイントと呼ばれる平衡解だ。
 たった今自分が考えた様に、地球軌道上を周回しているあのコロニーが後何周で地球の大気圏に突入するかは分からない。と言う事はそれを確実な物として、狙った場所へコロニーを投下する為には最後の軌道調整を行わなくてはならない。
 地球を取り巻く数多の人工衛星がその任務を終えた後に軌道を変えて、大気圏で燃え尽きてしまう様に調整されるのと同じ手順で。

「そこにいるのか、ガトーっ! 」
 居場所を確信したコウの腕がスロットルを押しこんだ。息を潜めていた六本のスラスターは主の命を受けてコーンノズルを震わせながら炎の尾を伸ばし始める、凶暴な加速係数がコウの肉体をシートに押し付けて循環器にまで影響を及ぼした。虚血を起こして眩む意識に殺気を捻じ込んでコウは燃える様な視線を太陽の輝きに輪郭を露わにしたコロニーへと向ける。戦場の残滓がデブリとなって機体に触れては弾け飛ぶ、相対速度を上げて押し寄せて来るそれらを蹴散らしながらデンドロビウムは傷だらけの巨体を引き摺って、混沌渦巻く戦場へと再び舞い戻った。

 無駄だと分かっていながらニナは、操作パネルの前に立つ銀髪の男との微かな繋がりにその可能性を見出すしかない。だがニナが嘗て愛したそのジオンの士官は翻意を求めるニナの表情へとその鳶色の瞳を注いだ後に、堪え切れなくなった何かを吐き出す様に言った。
「 ―― ジャブローでは無いっ」
 矢の様に放たれたその一言がニナの思考を真っ白にする。そんな馬鹿な、聞き間違いだ、とニナは自分の耳を瞬時に疑った。大勢の命を踏み台にして、自分達の指揮官まで犠牲にして得た人類史上最大の破壊力を持つ戦略兵器は彼の手中にある。彼は一国家が総力を上げても為し得なかった偉業を達成しようとしている寸前にあるのだ、その彼が ―― 今、何と言った?
 言葉を失って立ち尽くすニナに向かって、ガトーは深刻な表情を浮かべて言葉を続けた。
「そこに落としては、意味が無いのだ。 ―― 私達の犠牲の」
「犠牲って …… 」
 ガトーの引き締まった唇から零れて来る言葉の一つ一つがニナの思考を混乱させる。疑問の鍵となる単語を復唱したまま呆然とするニナを置き去りにして、ガトーは再びパネルのボタンへと手を伸ばした。
 元々定点に浮かんだまま居住設備として利用されるスペースコロニーが能動的に空間を移動する事はない。準備されている推進剤は例えばそのコロニーの軌道が何らかの影響で平衡点から離脱し始めようとした時 ―― それはしばしば起こる現象だ ―― や、致命的な損傷を追った際にそれを太陽へと廃棄する為の物だ。ガトーの前にあるパネルはその為に設けられたものであり、そしてそれは複雑な打ち込みや数値の変更を行わなくてもちょっとした星間航行の知識がある者ならば誰でも操作が出来るほど単純化されている。
 ボタンを一つ押しこめばコロニーの軸線が変わって予測軌道が壁面の液晶パネルに表示される。生き残っているセンサーから集められた外部情報と照合された結果がアイランド・イーズの内部にある中央制御管制室 ―― 通称グレイブ ―― へと演算室から送られて来る。そしてその落着点は太平洋上の一点から徐々に東へと移動を始めていた。
「多くの者が命を落とす事に賛同してくれたこの作戦もこれで最終段階になる。私がここにいるのは、このコロニーを決してジャブローに落とさない様にする為だ」
「じゃ、じゃあ貴方はこのコロニーを一体どこへと落とすつもりなの? 」
 落下予測を表示するパネルを見上げたまま微動だにしないガトーの視線を追うニナは、緩やかな放物線がジャブローのある南米大陸の上部に位置する巨大な大陸の中央付近でぴたりと止まるのを見た。予測誤差を含めた小さな円がその点を中心として周囲へと広がる、だがその縁が大陸の形状を示す輪郭線から外へとはみ出す事はなかった。
「最も連邦の戦力に影響を及ぼす事が少なく、そして連邦の経済力に大きな打撃を与える事の出来る場所 ―― 北米大陸中央部に位置するカンザス・コロラド・オクラホマの州境、『コーンベルト』と呼ばれる連邦最大級の穀倉地帯」
「そんな。 …… それじゃあ貴方達は地球にいる人達の食べ物を奪って飢え死にさせるつもりなの!? 何の罪も無い大勢の人達を ―― 」
「残念だが私はそこまでロマンチストでは無い。確かに一時的には収穫量の低下で物資の不足や価格の高騰はあるかも知れんが、核を使用していない以上荒れ果てた大地にも草木は育つ。人が生きようと望む限りは、な」
 その口ぶりが嘗てのこの男の面影をニナに思い出させる。ジルベルト・フォン・ローゼンマイヤー、私が最初に愛したひと。去来する甘酸っぱい記憶を振り払う様にニナは頭を振ってガトーに尋ねた。
「じゃあ、どうして ―― 」
「 ―― 君は今日、その答えを見た筈だ。ニナ・パープルトン」

 禅問答の様にガトーから返された質問の答えをニナは見つける事が出来ない。苦悩を露わにするニナへと視線を流したガトーはそのまま顔だけをニナへと向けながらその解をはっきりと告げた。
「我々が起こした反乱に対して行われた様々な策謀、そしてコロニーの接近を見越した様に設置されたあの戦略兵器。 …… この状況を利用して人類を二分する対立を画策し、その勢力を広げようとする集団」
「それは連邦軍の中で自分達の力を増そうとしている人達の事? 軍内部の一部の勢力がそんな大それた事を考えているなんて信じられないわ」
「仮に彼らがそういう動きを見せたとしても、それは奴らの走狗に過ぎない。事の本質は ―― そして私達の真の狙いはその先で息を潜めて世界を操ろうとしている連中だ。権益を独占し、世界を牛耳る為にありとあらゆる手段を使って全てを混沌へと導こうとしている奴らが、この宇宙のどこかにいる。 …… 『アスラ』と呼ばれる謎の集団が」
 断言するガトーの目に嘘はない、そういう嘘や言い逃れが出来ない人物であると言う事をニナは知っている。貫く様に投げかけられた瞳から伝わるガトーの決意がニナの心を震わせた。
「疲弊した経済を補う為に連邦は必ず動き出す、残った軍事力を行使してスペースノイドを恫喝してでも影響力を維持しようとするだろう。その先に訪れる混沌こそ奴らが世界を掌握する為に必要な好機。反連邦と連邦と言う対立構造は再びこの世に戦乱を齎し、地球圏で巨額の資金が流動する。多くの命と引き換えにして」
「そんな、他人事のようにっ! 」
 淡々と未来の悲劇を口にするガトーをニナは非難した。彼は再び戦争の引き金を引く為にこの戦いを起こしたと言うのか、人類の半数を失ってもまだ終わりの見えないこの世界で更なる悲劇を積み重ねる為に!
「そんな事が許されると思ってるの!? 貴方がした事はそういう連中に切っ掛けを与えただけじゃない、これじゃあ貴方達がその連中の手先になって状況を作り上げた様にしか、私には思えない! 」
「奴らが世界を手に入れてからでは遅すぎるのだ。もしそうなってしまったら奴らは望んだ時に望むがままに戦争を起こす事が出来る。今日私達が行った事と同じ様な物ですらも、指一つで」
「でも貴方はその為の切っ掛けを作ったのよ。それを今更そんな言い訳で取り繕おうなんてっ! 」
 胸の内から込み上げて来る怒りがニナの視界を滲ませる。零れ落ちそうになる涙を堪えるニナに向かって、ガトーは静かに言い放った。
「 …… 分かって貰おうと思ってこの話を君にした訳ではない。私達がした事は奴らが刻もうとする時計の針をほんの少し先へと進めただけなのだ。予定にない世界の変化は息を潜めて機会を伺っていた奴らを必ず社会の表層へとおびき出す事が出来る。 ―― 閣下亡き今、私は閣下の遺志に賛同する者達を更に募って奴らと戦わなくてはならない。奴らが創ろうとする未来を否定する為に」
「聞きたくなかったっ! そんな事の為に ―― 」
 長い間ニナの心の底に深く沈んでいたその疑問が突然声となって口を吐く。抑え切れない衝動は叫びとなって二人の他には誰もいない、広い空間へと木霊した。
「 ―― 死ぬために、私の前から突然姿を消したなんてっ! 」

 残響が何度も二人の間を行き交った。目の届く位置にいながら決して触れる事の出来ない距離、そして今の二人を隔てる大きな溝。交わる事の無い平行線の淵で睨み合いながらニナはあの日の真意を問い質したかった。肩を震わせて拳を握るニナの姿に向かってガトーは、ニナにしか聞かせた事の無い穏やかな声で優しく語り掛けた。
「 …… 全てを忘れて欲しかったのだ、月に身を委ねて時が満ちるのをひたすらに待ち続けたあの日の偽りを。私が命を捧げて戦ったジオン公国ですらも奴らの手によって操られていたと知った時、既に私の未来は決まっていた。そんな私の運命を君に背負わせる事は出来なかった。少なくとも自分の未来を信じて健やかな日々を過ごしていた、あの時の君には」
 ガトーの脳裏に浮かぶあの日のニナ。金色の髪を揺らしながら弾ける様な笑顔で駆け寄って来る彼女の顔を思い出す。
「私の事など忘れて新しい未来を歩んで欲しかった。人と出会い、恋をして、子を生み、育て。 …… 私が歩む事の出来ない未来へと進んで欲しかったのだ。汚名を雪ぐ為に修羅を選んだ、生き長らえる死人となった私の事など忘れて」
「忘れてたわっ! 」
 ガトーの瞼に浮かんでいた彼女の幻想が慟哭によって砕け散る。強奪しようとしたガンダムの情報を入手した際、そのシリーズのOSを作り上げた者が彼女であったと言う事にガトーは少なからず驚いた。ニナを近づけまいとして自分の選んだ行動が逆に彼女を引き寄せてしまったのかと後悔もした。だから今度こそ本当に彼女を自分の背負った運命から遠ざける為に、あの日の真実を明かそうと決意したのだ。
 しかしガトーの記憶はニナの口から零れたその叫びで見事に覆された。二人が別々に過ごした三年という月日の間にそれぞれの運命は、とうの昔に次元を変えて交差している。 上から見れば交わっている様に見えて、しかし視点を変えれば決して交わる事の無い三次元の平行線。ガトーは自分とは違う並行パラレルへと身を置いた彼女の顔を、目を細めながら無言で眺めた。
「 …… なぜ。どうして私の前にまた姿を現したの? 貴方だと知らなければ、思い出さなければっ! 私はこんなに苦しむ事はなかったのにっ! 」
 詰る様に放たれる聲が胸に刺さる。小さな痛みによって齎される大きな驚きを心に秘めて、ガトーはニナから視線を逸らした。再び見上げるモニターに表示されたアイランド・イーズの推進機関が点滅を始めた事を確認したガトーは、小さな声でぽつりと呟いた。
「出逢うべき者を、見つける事が出来たのか? 」

 二人の間に穿たれた溝を満たそうとする沈黙。流れ込む水音の代わりに二人の耳へと忍び込んだのは推進機関の再起動の準備が整った事を知らせるアナウンス。合成音声マシンボイスで流れる警告とパネル上で点滅を始めた赤い光はガトーの手を小さなボタンへと誘った。グローブを嵌めたままの指先がそれを強く押しこむと、耳障りな音と共にすぐ傍にあるシャッターが開く。手動点火の為の赤いレバーをじっと見下ろしながら、ガトーは言った。
「 ―― 私達がここでこうしている瞬間にもこの宇宙の何処かでそう言う者達が大勢生まれているのだろうな。 …… ならば尚の事、私は。」
 不退転の決意を言葉の端へと残してガトーの手がレバーへと伸びる。その光景を追い詰められた獣の様な目で見つめるニナ。理によって埋め尽くされた動機を力の無い手で掘り返しながら、ニナは必死で盤面に刻まれた文字を思い出そうと試みる。
 しっかりして、ニナ・パープルトン。貴方は何の為に危険を冒してここまで来たの?
 このコロニーをジャブローへと落とす意思がガトーに無いと分かっても、地球にいる人達がこの先苦しむ事には変わりがない。そして私の過去がそんな犯罪に加担したと言う事を私自身が認めたくない。それに今そんな事をしなくてもその事実を彼が声高に叫び続ければ、いつかは誰かが気付く筈だ。テロによって世界を動かそうとする彼らの企みは、どんな正当な理由が存在したとしても決して許してはならないのだ、人はそんなに蒙昧でもなければ無知でもないっ!
 抗う心がニナの身体を動かした。目の端に映り込んだ金属の塊に向かって無我夢中で手を伸ばしながらニナは、全く別の所で囁く声を聞いた。
 ―― それが、本当に、貴方の本心なの?

 手の中に収まったそれは冷たく、重い。生まれた時から人に害を与える為に創られたそれは自分の造った物と同じ世界に属する。アルビオンへと乗り込む時に口頭で説明された銃の構え方を必死で思い出しながらニナは、三つの将星が重なる先にガトーの姿を縛り付けた。
 利き足を後ろに引いて足の裏全体で踏ん張り。両手で銃把をしっかりと掴んで両脇を締めて。肘を内側に向けて反動が真っ直ぐ肩に伝わる様に固定して。安全装置が外れている事を ―― 。
 それが外れていると言う事をニナが知った瞬間に世界は揺れた。歯の根を揺らすその震えは高熱に浮かされた患者の様にニナの唇を痙攣させる、必要以上に籠められた力が銃の先に浮かんだガトーの姿を大きくぶれさせて狙う事すら許さない。トリガーガードに差し込んだ人差し指が僅かな隙間を何度も往復して綺麗な爪に見えない疵を付ける、指の腹に当たる引き金は自分がそう望んだだけで的となった相手の命を一瞬にして奪うだろう。
 殺すと言う事は、そう言う事。
 人の意思が機械を通じて反映されると言う行為には必ず結果が付いて回る。今まで気付きもしなかった残酷な法則を初めて知ったニナはその時、今の自分と同じ様に武器を片手に戦い続けているコウの顔を思い出した。
 彼はまだそこにいる。戦うごとに、殺すたびに屠った者の人生に連なる多くの希望と未来を奪い、代わりに書き換えられていく自分の未来と運命を呪いながら。それでもまだ彼は砕けた心を引き摺って背徳に塗れた醜い宇宙そらを駆け巡る。
 コウ。貴方はこんな思いをしながら今まで戦って来たと言うの? こんな気持ちを抱えて、それでも貴方はまだ ―― 。

「 …… 君は、変わったな」
 ニナに向かってそう語り掛けたガトーの目は、いつの間にか震える将星の間へと置かれていた。相手が自分の決意を受け入れていると言う事に安堵を憶えたのだろうか、ニナの震えはその声を境に収まった。もしかしたら自分の願いを聞き届けてくれるのかも知れないと言う甘い観測がニナの緊張を抑えたのかもしれない。
「私が知るあの日の君ならばこんな所へわざわざ危険を冒してまで来る筈が無い、ましてや人に向かって銃を突き付けるなど。父の権威の影に怯えて故郷を離れ、フォン・ブラウンへと逃げて来たあの頃の君では考えもつかない。 ―― 何故、君はここへ来た? 」
 鳶色の瞳に宿る優しい光に目を奪われていたニナが、再び身体を強張らせて銃を構えた。先んじて用意してあったその答えを台本に書かれた台詞の様に、ニナは声に出して音読した。
「貴方を止める為よ、私にはその責任がある。シリーズ全ての機体の基礎理論を考え、それによって大勢の死者を出してしまった責任を取る為に私はここへやって来た。このコロニーはもう止められない、貴方達の思う通りになってしまったけれど、それでも私はこれ以上犠牲者が出る事を望まない。 ―― このコロニーは最も被害の出ないヒマラヤ山中か、オーストラリアのシドニー湾へ落として見せる。だからそこをどいて、ジル。 …… いえ、アナベル・ガトー」
「それは嘘だ」
 ニナの決意を真っ向から否定したガトーの言葉が銃口を一つ、大きく揺らした。目に見えない大きな刃が胸を貫き、呼吸は致命傷を追った怪我人の様に荒くなる。喉に張り付く粘った唾をごくりとの呑み下して、ニナは頭を何度も振った。
「嘘じゃないっ。私は貴方を止める為にここに来た、本当よっ! 」
 何に向かって自分は抗っているのか? 自問自答を繰り返して銃口を揺らすニナへとガトーは小さな笑みを寄越した。そこが落着間際のコロニーの中である事すら忘れ去ってしまう程穏やかな顔で。
「気が付かないのか? …… 『何』の為にここへ来たのか、じゃない。『誰』の為に、君はここに来たんだ? 」

 ガトーの問い掛けはニナの心を護っていた固い殻をいとも容易く打ち砕く。剥がれていく建前 ―― 自分はそれが本心だと信じ切っていた ―― の奥から浮かび上がって来る本当の気持ちに向き合ったニナの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
 真っ直ぐに向けられたニナの蒼い瞳を見つめていたガトーは既にその事に気付いていた。昔とは違うニナの行動や心境、自分に銃を突き付ける動機までもが自分の知らない彼女である事。そして子を奪われる親の様に牙を剥き出して威嚇する彼女の姿は、絶対に守らなければならない物を手にしている人のそれであると言う事に。
 そしてその者は恐らく今でも彼女の傍にいる。
「 …… 君の大事な人間を私の戦いに巻き込んでしまった事はすまない、と思う。そして彼の『罪』を軽くする為に手を汚そうとした、君にも」
 ニナ・パープルトンという少女をここまで強く育てたその男の事をガトーは尊敬した。血の繋がりや立場などでは決して到達できない所まで彼女を磨き上げた彼に一度会ってみたかった。今となっては望むべくもないその願いを頬笑みに変え、しかし全てを振り払う様に表情を硬くしたガトーは再び眼下のパネルに視線を落とした。ガトーの一挙手一投足に注意を払っていたニナの手が反射的に銃の狙いを定める、震える手を目の淵で確かめながらガトーは強い口調で言った。
「だが『星の屑』はもう始まってしまったのだ。事を成してこそ私達の志を継ぐ者が現れる、私が奴らと戦う為には更なる力が必要なのだ。 …… 分かってくれ、ニナ」
「止めて、ガトー! 私は貴方を撃ちたくない、だから ―― ! 」
「私を殺すか? 」
 反射的に放った殺気は一年戦争にその名を轟かせた『ソロモンの悪夢』ならではの物、ニナの指は当てられた様に動きを止める。無意識のうちに行ってしまった威嚇に気付いたガトーは少し困ったような表情を浮かべて、ニナを襲った緊張を解きほぐす様に口元を歪めて笑った。
「 …… たとえ今君が私を殺してこのコロニーをヒマラヤへ落としたとしても未来は変わらない。そして閣下の志を継いで私がここにある様に私の遺志を継ぐ者も必ず現れる。私と同じ道を選んで未来を変えようとする者が」
 そこまで語ったガトーの目が不意に宙を泳いだ。何かを思い浮かべる様に焦点の合わない瞳を液晶へと向けながら、ガトーはある一人の男を瞼の裏に浮かべた。ソロモンの海で初めて自分と互角に戦い、そして引き分けに持ちこんだ若き連邦のパイロット。トリントンで初めて刃を交えてから短期間の内に自分と拮抗する力を手に入れたその才能。もし彼が自分の部下として付き従っていてくれていたら ―― 。
「 …… そうだな、例えばあのガンダムのパイロット。今、強いて誰かを挙げるとしたら彼の他に私の後を継ぐ者はいない。 ―― 皮肉にもその身の置き所を右左に違えてしまってはいるが」

 生まれて初めて得た感覚にニナの身体は硬直した。頭の天辺から全ての血が流れ落ちていく音が耳鳴りになってニナの耳を塞いでいる、自分が全く予想もしていなかった人物の事がガトーの口から零れた瞬間に目の前の全てが凍りつく。絶望や諦観等と言う言葉では表現するのもおこがましいほどの衝撃は、ニナ・パープルトンという存在から全ての機能を抹消して熱を孕んだ彫像へと変えた。
 そう、熱だ。宇宙空間に生身で放り出された様に凍え切った体の芯に点った小さな炎。揺らめく渦は瞬く間に紅蓮と化してニナの体内を焼き尽くす、駆け抜ける激痛に似た何かを堪えようとする眼の奥が、燃える様に、熱いっ!
「 …… 腐った連邦になぞ属さねば、あれ程苦しむ事もなかっただろう。だが戦場で幾度も刃を交える事で彼とは何度も会話した。百の言葉で互いを憎み、千の言葉で心を分かち合う。敵同士という立場でなければおよそ知る事の出来ない意識の共有と言う物を、私は身をもって体験する事が出来たのだ。私怨によって戦っている今の彼に必要な物は、それを大義に変えるただ一つの切っ掛け。 …… ア・バオア・クーで死のうとした私に救いの手を差し伸べて下さったデラーズ閣下の様に」
 遠い目で語るガトーの言葉は、今のニナにとってはテレビニュースで何度も繰り返し流されたデラーズの演説にも等しいほど無意味な物だ。耳に忍び込む彼の一言一言がニナの中では全く意味を成さない音声へと変わり、声に出せない心の叫びが炎と共に駆け巡る。
 貴方が誇らしげに語る者こそ私が無くしてはならないと願う、たった一つのっ!
「彼だけでは無い。恐らくこの先、私達が成し遂げた『星の屑』の真の目的に気が付いて陣営を問わずに参加しようとする者がきっと大勢現れる。アクシズの様に深くジオンに取り憑かれていない、本当の自由意志を持った戦士達が。…… 彼との戦いを通じてその希望を見出せただけでも、私にとってのこの戦いは十分に価値のある物だった。悔いはない」

 自分を突き動かそうとする衝動が人としての本能なのか、女としての欲望なのかは分からない。だがニナは自分の懐から最も大事な物を奪っていこうとする嘗ての恋人をその瞬間、真底憎んだ。憎悪が生み出す力の束がその全てをキーボードを打つしか能の無い指先の一つへと集められる。手袋越しにでも分かる冷たい鉄の感触は人差し指の色を白く変えて、後ほんの少しの決心を伝えるだけで撃鉄の留め金を外すだろう。
 撃て、と囁く誰かの声。撃たなければお前は全てを無くすのだ、と。
 肺の中の息を吐き尽すニナの口から洩れる声は獣の唸り声に似ている。そこまで自分自身を追いこんでも尚、ニナの指はピクリとも動かなかった。その何ミリかを動かす間に人は何センチ移動する? モビルスーツなら何十メートルだ? 罪までの距離を全く別の測りに置き換えてニナは犯す為の努力を試みる。

 渾身の力で銃を構えたまま自分を睨みつけるニナから目を逸らしたガトーには、彼女がそれ以上動けないと言う事が分かっていた。その何ミリを動かす為に兵士はどれだけの物を犠牲にするのか、覚悟の無い者には絶対に手の届かない領域に彼女が踏み込める訳がない。手をあけに染めてでも何かを得ようとする者にしかその距離を縮める事は出来ない、そして禁断を超える為の覚悟が、今の彼女には、足りない。
 微かに震える銃口を尻目にガトーは再びレバーへと手を伸ばした。最後の最後に覗かせたニナの優しさに付け込む自分のあざとさを嘲りながら、奥に置かれたレバーを握り締める。
「最後に君に出会う事が出来て、良かった。だがこれでお別れだ。 …… 君は君の空を臨むがいい」
 ゆっくりと動き出すレバーに注がれる二人の視線。確信を湛えた鳶色と無力さを思い知る蒼がその一点で交錯する。
「 …… 思えば君こそが、『星の屑』の真の目撃者に相応しい者だったのかも知れない」

 無人の区画内に響き渡る人の声を頼りにコウはそこへと辿り着いた。あらゆる事態を想定して設計されたコロニーの最重要施設とも言える中央制御管制室に到達するには、迷路の様に入り組んだ通路を一本の間違いも無く通り抜けなければならない。戦艦の通路と同様に何の表示も無い場所で途方に暮れたコウは、自分とアルビオンを繋ぐ為に置かれたステイメンのトランスポンダ(通信用の中継器)のスイッチを不用意に切ってしまった事を後悔した。ガトーの居場所を掴んで万難を排して乗り込んだ所で、初めて足を踏み入れる施設の情報が得られなければ打つ手がない、自分の迂闊さに憤るコウの耳が絶対にそこにある筈の無い人の声を捉えたのは正にその瞬間だった。
 声の強弱を聞き分けながら銃を構えて歩を進めるコウの目の前に現れた一本の通路。袋小路の片隅から漏れだす光と声に誘われるがままに行き着いた先で、コウは決して忘れる事の出来ない凛とした声と、頼りなげに付き添うもう一つを耳にした。
 未だに稼働し続けるコロニーの大気循環システムが発する轟音の為にその会話の内容を把握する事は出来ない、だがコウにとってはそこにガトーがいると確認出来ただけで十分だった。開口部の影に身を潜めて、コウは手にした銃を確認する。
 ダブルカアラムのマガジンを引き抜いて弾が十分に装填されている事をチェック、それを銃把に叩き込んだ後にスライドを引いて初弾を確実に薬室へと送り込む。廃莢された未使用の弾が目の前を通り過ぎようとするのを慌てて掴んだ後に、もう一度スライドを軽く引いて小さく開いたイジェクトポートから弾がチャンバーに収まっている事を確認して、安全装置を外す。
 モビルスーツパイロットを目指した自分が銃に触れる機会など、士官学校のサバイバル講習で行った実弾演習の時だけだ。頭の中でその時の内容を思い浮かべながら、コウは教官が言ったその言葉をふと思いだした。

 ”心配するな。お前達がわざわざそんな悪足掻きをしなくても、その前に優しいジオンの兵隊さんがきっちり火葬までやってくれるさ。モビルスーツ乗りってなあ、そういうモンだ”
 
 いかにも叩き上げと言った風情のその教官の授業を真面目に受けておけばよかったと、コウは今更ながら心の中で呟いた。太めの銃把は手袋を嵌めた掌に丁度収まるサイズ、そして引き金に指を掛けて体の前へと銃を捧げ持つコウの目に鈍い光を跳ね返す。呼吸を止めてそっと頭を覗かせるその向こうに見える、紫の背中。
 いたっ。
 まるで爆発した様に高鳴る心臓の鼓動が、離れた場所に立つガトーにまで聞こえるのではないかと思う程大きな音でコウの耳を埋め尽くす。驚いて身を潜める物影でコウはもう一度銃の安全装置を見つめた後に必死で息を整えた。バイザーが曇らない為に口を噤んで鼻だけで呼吸する、しかしその供給だけでは足りないほど大きな炎がどんどんと燃え広がる。
 訪れた千載一遇のチャンスは生まれた瞑い炎へと薪をくべ続けている。全ての決着を付ける機会を与えてくれた復讐の神に感謝しながら、武者震いを抑え込む。緩やかに流れだした景色がコウの体内時計を狂わせる、何時間もそこに隠れていた様にも思える時間を確かめる為にコウは腕時計の針を盗み見た。その秒針はさっきガトーの背中を見た瞬間からまだ一回転もしていない。
 有り得ないほど大きな殺意がコウの意識を飲みこんでいた。めり込む様に失う自我がもう一人の自分を覚醒させる、それは形だけを似せて作った悪魔の姿。あれほど自分を苛んだ良心の呵責は影も形も無く、残った上澄みには鈍色に光る鉛の様な悪意の塊があるだけだ。喉を溶かすその熱い塊を一気に臓腑へと流し込んで、コウは成し遂げた歓喜を手にする為の最後の段階へとその身体を躍らせた。

 操作パネルへと手を置いたその人物の長い髪が止まって見える。コマ送りになったその世界で息づく男の背中に憎悪の視線を叩きつけて、コウは両手の肘を真っ直ぐに伸ばした。
 自分が銃を操っているのか、銃が自分を操っているのか。モビルスーツを操縦している時とは違う生々しい感触がコウの意識を支配する。猛り狂う感情がコウの視野を狭めて目指す一人へと注がれる、途切れていく映像の淵に僅かに見え隠れする、もう一人の人物の姿。
 褪せた朱色の余圧服は連邦軍の、それも非戦闘員だけが着用できる特別仕様の物だ。取り込んだたった一つの情報がコウの殺意に歯止めを掛けて、瞬時に選択肢の階層を作り上げる。人質、内通者、それとも戦火を逃れてここへと辿り着いてしまった避難民!?
 人物を特定しようとするコウの目が躍起になって周囲を駆け巡る。積み重ねた情報が齎す結果如何によっては奴の殺害を諦めなくてはならない、最悪の場合はこのまま奴の身柄を拘束してアルビオンへと戻る事になるだろう。しかしそれで本当にいいのか?
 奴の裁きを人に預けて、それで本当に自分の気は晴れるのか?
 葛藤が迷いとなってコウの手に伝わる。しかし一度燃え広がったその炎をもう一度元の大きさへと戻す事は、コウ自身には出来なかった。有り余る熱量が再び両のかいなを焼き尽くして自由を奪う、復讐という名の快楽に後押しされたコウの全てが凄惨な未来を渇望した。何の躊躇いも無く注ぎ込まれた力が小さな爪を動かし始めて、それが音と共に最高の瞬間を演出しようとしたその時。
 透き通るような肌と、柔らかな曲線を描いて両肩に掛かる輝く様なブロンドの髪。
 潤む蒼い瞳と、自分の名を呼ぶ、小さな赤い、その唇。

 ”ニナッ!? ”

 全身を貫く驚愕と錯乱する意識は、果たしてコウの手を止める事は叶わなかった。神経を駆け巡る電気信号はコウの身体に忍び込んだ何かの力を借りて、一気に指先へと辿り着く。
 弾ける様な感覚と衝撃の後に続く、湿った音。翳した将星の先で揺らめきながら床へと崩れ落ちていくガトーの姿。轟音と共に動き出すアイランド・イーズ。
 そして。
 ガトーの名を叫びながら駆け寄る、自分にとってかけがえの無い物と信じていたニナの姿。


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